異物混入事件
ある日の仕事中の事です。
私が昼の休憩から戻って、置いてあった飲みかけのウーロン茶を飲もうとしたところ、異臭がしました。
ほんの少し口に含んでしまいましたが、さほど変な味はしません。
気のせいかと思ってよく臭いを嗅いでみたところ、やはりウーロン茶ではない臭いがします。
この臭いは、明らかに仕事に使用しているベンジンです。
さて、その場の状況を説明しますと、私以外にもう一人の女性と、私が休憩中に出勤してきた男性が一人いました。
職場は、外部の者が入ることが不可能ではありませんが、まず入ってこないし、入ったらすぐにつまみ出される場所です。
つまり、犯人は、その二人のうちの男性のほうです。
なぜ断言するのかというと、私と犯人は、お互いに口も利かない、挨拶もしないほど険悪な仲だからです。
そこに至るまでの過程もいろいろとあるのですが、それはひとまず置いておいて。
私はそんな嫌がらせをされたことにもちろん不快になりましたが、それよりも、臭いですぐにわかるような物を入れる、明らかに犯人が特定できるような時間帯に実行する(私と犯人は一週間のうち一日、しかも三時間しか勤務時間が重なりません)、さらに万一私が飲んでしまって入院ということになったら警察沙汰になって前科一犯になるという事の重大さがわかっていない頭の悪さに呆れ、相手の馬鹿さ加減を心中で嘲笑いました。
ベンジン入りウーロン茶はさっそく捨て、念のため別のお茶を買って飲みました。(あとで知ったのですが、ベンジンの場合は何も飲まないほうが良いそうです)
しかしこのまま泣き寝入りも癪ですので、私は一計を案じました。
次の週に同じように飲みかけのお茶を置いておき、その近くにベンジンも置いておくのです。
犯人が馬鹿なら、必ずこの罠にひっかかります。
案の定、ひっかかってくれました。
休憩から戻ると、お茶からは先週より強烈な異臭がします。
さらにベンジンの容器も動かした形跡があります。(ベンジンは動かしたことがわかるように、わざと壁に対して斜めに置いておいたのですが、戻ってきたら真っ直ぐになっていました)
私は同僚の女性に臭いを嗅いでもらい、確かに異臭がするということを確認してもらいました。
さらに、ベンジンは揮発するので、袋を被せて厳重にセロテープで止め、念のため上から輪ゴムをかけました。
あとは、上司が出勤するのを待つだけです。
しかし、私は詰めが甘かったのです。
いくらベンジン入り茶という証拠が存在していたとしても、状況がただ一人の人物を指していたとしても、所詮は状況証拠でしかないのです。
上司の問いに対し、二人は「自分はやっていない。あれが●●さん(私)のお茶だということも知らなかった」と主張しました。
犯人と私が仲が悪いということは職場の全員が知っていますから、犯人と親しい人から見れば、私の自作自演という説も出てくるかもしれません。
今にして思えば、時間帯も場所もわかっていたのですから、デジカメか何かで犯行現場を隠し撮りしておくべきでした。
そうすれば、たとえ罪には問えなくとも、あくまで犯行を否定する犯人に対して証拠物件をつきつけて顔面蒼白になるのを見て楽しむ、という、『刑事コロンボ』のクライマックスの如き快感を味わうことが出来たのです。
そんなわけで、異物混入事件はうやむやのうちに幕を閉じました。
幸いにというか何というか、私は6月いっぱいで異動が決まり、犯人と顔を合わせることもなくなります。
犯人は今まで通り、何事も無かったかのように働いていくのでしょう。
このままで済むと思うなよ、楠木良樹(実名)
<付記>
後日調べてみたところ、ベンジンは誤飲したりするとかなり危険なものだということがわかりました。
さすがに不安になって警察に問い合わせたところ、今回のような場合は、罪に問うのは不可能のようです。(証拠のベンジンは揮発している・実害がなかった等で)
混入したものが死に至るような毒物だった場合は殺人未遂に問えるようですが、ベンジンではおそらく無理だと思います。
万一このような事態に遭遇した場合は、「証拠物件をとっておく」「すぐに警察に届ける」ことをおすすめします。私のように余裕ぶっこいて相手の馬鹿さ加減を嘲笑ったところで、所詮は自己満足でしかありません。相手は痛くも痒くもないのです。
でも一番いいのは、ふだんから周囲の人とは仲良くしておくことですね。
え、私ですか? そんなことができる性格なら、異物混入なんかされません。