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 〔いただいた本や詩誌など〕

*菊地隆三「夕焼け 小焼け」
書肆山田 2500円
2000年5月15日初版第一刷

 菊地さんは現在「山形詩人」で詩を発表し、「山形文学」では小説を書いている。
 「夕焼け小焼け」は、なんだか死にかけているような老人の独り言のような内容だ。もちろん菊地さんはまだまだお若い元気な壮年期にあたる方。だから不思議な雰囲気が醸し出されている。枯淡なのに艶がある。

 
*「流氷を盗る」安達徹
一粒社 1904円+税
2000年7月11日発行

 物故した知人や地元の「小さな巨人」というような活躍した人たちを描写した文章の集成。いろんな活字媒体に発表したもの。
 地元が多いため、読者にもなじみの人々が登場して興味深い。
 郷土出版の意義はここにもあると思う。どこか遠い異国に憧れて書物を紐解くことだけが読書行為ではない。
 改めて活字で描写されてみるとまた違ったイメージが立ち現れて感慨深くなる。
 身近なことで知らないことが明らかにされることも楽しいし意義深い。
 筆者が喧嘩っぱやいことも新しく知り得たことである。


*「ウコギの家」伊藤啓子
夢人館 1800円
2000年6月15日発行

 「和風」というとヘンかな。短歌や俳句、古典を扱うだけが和風でなく、そうだなあ「昭和」という時代を感じさせる。それは「日本海」の匂いが付いてきているからでもあるかもしれない。家庭や家族を描いているからかもしれない。しっとりとした女性の感受性が結露した作品の集成。


*「樹の声」いとう柚子
書肆犀 1890円
2000年5月3日初版
 
 男よりも女の方が詩作に向いているのではないだろうか、と薄々感じていたが、いとうさんの詩集を読むと、日本語における詩は女性に尽きる、と平伏したくなった。
 伊藤さんの作品には、知と意と情がバランスよく納まっている。伊藤啓子さんの作品が和風に比べ、いとうさんはやや洋風だ。だが、それは洋食屋さんの趣で、ぼくらの舌によくなじむ。
 「樹の声」はいまどき風のアウトドアレジャーに舞い上がったものではなく、精神主義の世界に旅立っていくでもない。日常に拠って凝視しているものだ。だがその精神はとてもすがすがしい。


*「風塵雑記」細野長年詩集
あうん社 2500円+税
2000年7月25日発行

 おもしろい。言葉の華やかに乱舞する詩群に酔っぱらってしまう。読んで楽しめる。キラキラ、キラキラと紙面に舞う金箔のような詩的直観。楽天のピッコロがスキップをしながら春の野原で奏でている。詩人の本姓が現代に再来した証としての詩集。


*「ワッパ騒動」鬼県令に立ち向かった人々
田中 哲  私家版
2000年2月21日発行

 庄内で発生した明治初期、山形県の初代県令三島通庸を糾弾した一揆について詳細に描写したもので、賊軍となった庄内藩の背景事情から始まる。
 本書には小説「ワッパ騒動」および戯曲「ワッパ事件始末(五幕)」が納められている。
 田中さんは元々が新聞記者。綿密な取材や文章力によって読む者をグイグイ引きつけ、一気に読み切らせる。
 山形県の歴史を知る上でも必読の参考書で、今後もこのような郷土の歴史を扱った歴史小説の発行が求められる、その口火を切るものとしたい。


*湧彩詩誌「佐助」・12
湧太 釉彩  彩工房
2000年3月7日発行

 美学を学校で学ばなかったが、その90パーセントはエロチシズムが占めるのではないだろうか。
 男と女の絡み合いなどはどこでも見かけるモチーフだが、女の血の滴る四肢(詩誌)はただ一つ彩工房で編まれる湧彩四肢の紙面においてである。
 誰か、エディターはいないか。この紙面を彩る美学に心酔したらただちに発行人と詩集発行の段取りに取りかかって欲しい。
 自分しか知らない秘密の園を多数の読者に明け渡すのはとっても惜しいが、私情を越えてこの美学は一刻も早く公衆に知られるべきである。


*「凪」5
      星清彦
 「良い詩は難解じゃない」というのが星さんの信条のようだ。
 ぼく自身の詩は知的能力の制限もあってそんなに難解じゃないと思うが、「良い詩は難解じゃない」というのはどうかなあ。
 「良い詩には難解も明解もない」というものではなかろうか。
 とかくわかりやすい詩は平易なシンプルな表現のものと思われやすい。けれどゴージャスな表現だって分かりやすいものがあるはずだ。
 そもそも何が分かりやすいものなのか。伝統的な抒情だけが分かりやすいものなのか。それなら詩の使命って何なのだろうか。
 黒田三郎についての論究が上下で連載になっている。もちろんぼくも黒田三郎が好きだ。1975,6年頃、講演を聞きに上野にいったことがある。
 星さんの文章によると、黒田は自民党系から共産党系までの雑誌に詩を発表していたという。詩にはやはり党派性はないということではなかろうか。
 誰が言ったか忘れてしまったほど古い記憶だが、「リアリズムの勝利」という論がある。
 王党派の小説家がリアリズムで小説を書いたところ、王政の暴力が描かれてしまった、そんな記憶だ。
 黒田は詩作を通して結果として自民党政治への批判を洞察してしまったと思う。
 「文学の力」というものをしみじみ感じさせる黒田の軌跡である。


*詩集「風と月と・・・」
著者 玲音
発行所 AngelsLove
2000年1月

 パンフレットのような体裁だ。表紙に著者名がなく、開いても目次もない。
 全編が女性のこと。
 詩のテーマは、基本的にはやっぱり女なのだと思う。女をテーマにした詩が書けることがうらやましい。
 女、政治、宗教これが詩の三大テーマではないだろうか?
 神経や感覚、独自のフィーリングなどを詩の材料にすればやはり難解なものになるだろう。そして退屈なものになるだろう。それが悪いとはもちろん言わないから誤解のないように。
 玲音さんはぼくから見ればとても若いようだが、詩句にはいたるところ古くさい、言い古されてきたレトリックが無造作に並べられている。
 さて、自分なりに工夫した表現をすれば新しくなり、しかし難解になる。
 新しい表現でしかも共感しやすい作品が星さんの目指す詩だと思う。
 玲音さんへの不満はもう書けたと思うがいかがだろう。


*歌集「マラソンの歌」
篠田雲峰

 毎年、その年走った各種マラソンを詩に詠んだ歌集を送っていただいている。
 まだ、退職には至っていない年齢というが文字通りの鉄人の筆なるゴッツイ歌編である。
 日本中の、あるいは外国のマラソン大会で100キロなどハードな大会ばかりを選んで完走し、その凱歌をまとめている。
 写真が所々に挟んであるが、著者とともに並んで写っている面々は皆かなりなゴツさである。
 走る歌人としてすでのマラソン誌で紹介されて久しい。文人というと虚弱なイメージが伴うのは日本の後進性のゆえだろう。肉体と文学はともに情熱を背負っているのである。


*「中 正敏詩集」日本現代詩文庫102
中正敏 土曜美術社出版販売
1400円 2000年4月25日初版

 中先生を知ったのは東中野にあった新日本文学会の文学学校の先生と生徒という関係でだった。1976年頃だったと思う。
 講義の後の近くの養老の滝での飲み会は欠かさず出てはしゃいだものだった。その席で先生から詩集などを戴いたものだが、酔っぱらって自分の傘などと共に置き忘れてしまったりしたのだ。先生にその旨をわび、ついでに傘が父親から無断で拝借したものだとチョット述べると先生は
「詩集などどうでもよいが、お父さんの傘は残念なことをしてしまいましたね」
 などと反対に慰められたのだった。
 さて、この詩集によって、中先生がどんな生い立ちや経歴をたどってきた方なのかを知ることが出た。彼の口吻からするとただならぬ社会正義の強さを感じたものだ。
 父に似て正義心の強かったと思われるご子息の死を当時住んでいた青森県のアパートに送られてきた詩集で知った。
 本詩集の大きなモチーフであろう。解説の中村不二夫はやはり中先生の生き様に引き入れられるような形で編集した。
 本詩集が現代詩文庫のシリーズと少し違っていると知ればそこだろう。
「地球」の地球賞有力候補に上がりながら辞退された「デュラハンの誘い」が文庫収録詩集中もっとも優れた詩集と思われる。なんだかもったいないことをしたものだなあ、と思うが、先生の人生にはよくあることのようだ。


*「異郷」9月号 2000年第110号
異郷社 犬塚昭夫
 堺市で発行している同人誌だが、どうしても表現したいときにこの媒体は有効だったが、これからはどうなるのだろう。
 ペーパーよりもWebページを立ち上げた方がはるかに安い費用で済む。しかし、受容対象は不特定となる。それがなんともないか気持ち悪いかというところが問題になるだろう。
 犬塚さんの詩や文章はいつも身につまされるのが多い。多くの同人によって異郷社は支えられているのだと信じたい。