蜀
劉備 玄徳
関羽
張飛
諸葛 孔明
劉備玄徳と言えば桃園の誓いで関羽や張飛と義兄弟の契りを結んだことで有名です。
劉備は御漢の一族でありますが身分を隠して幼少を過ごしました。
名が知れ渡るようになるのは黄巾の乱で義兵を挙げたのがきっかけです。
その後最終的には軍師『諸葛孔明』の力を得て蜀の初代皇帝となります。
民からは義と誠実と道徳の人と親しまれていました。
言わずと知れた豪将。
その名は後世には神とまで崇められるほどに偉大な人物。
劉備の次兄として張飛と共に戦場を駆け巡る。
愛刀の青龍演月刀を持って戦場を行く姿は敵兵を恐怖に振るわせ、味方を鼓舞した。
また、一時期は曹操の元に仕えるが劉備存命の知らせを聞くと直にその場をたったことは
関羽が実に忠義深い人物だったかがわかる。
なお、知将としても有名。
関羽と肩を並べる豪将。
劉備、関羽と義兄弟の誓いをし末弟の位置にいる。
元は関羽とは親友であり道中に知り合った劉備の人物に惚れ関羽を
さそって義兄弟となる。
気性は荒々しくまた大の酒好き、しかしながら酒癖は悪くこのおかげで何度も酷い目を見る。
ときには呂布に劉備の不在中に城を乗っ取られ、ときにはその酒癖の悪さで村人から野盗とまで
間違われることなどもあった。
極めつけには、その癖の悪さが災いして部下に首を取られてしまう。
だが、武人としての技量は確かなもので常に先陣を愛用の蛇矛で切り開いていた。
その名は大陸中に広まっており、かつては曹操の使いが何度も来て召し抱えようとしたほどである。
しかしながら孔明は幼い頃に見た戦場の悲劇により自分は支配欲より平和を志す君主に仕えるべきだと、
曹操の誘いを拒み続けている。
その後劉備に三度頭を下げられて劉備の軍師となる。
軍師としての力は最強で実質蜀を作り上げたのはこの孔明と言えよう。
また、忠義の心も厚く劉備死後も遺言を守って最後まで蜀のために尽くして死んだ。
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