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雨降りの
帰り道
〜青春16編〜
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雨降りの帰り道〜青春16編〜


16歳のあっくんにとって・・・
16歳で“あっくん”ってのちょっと幼すぎるね。その頃“あっくん”が友達に呼ばれていたニックネーム「タクロウ」にしようか。

余談1
何故「タクロウ」?“あっくん”はその頃、吉田拓郎が好きで好きで、事あるごとに「拓郎」「拓郎」と連呼していたので、知らず知らずの内にみんながそう呼ぶようになっていたのだと。
では、改めて・・・



16歳のタクロウ少年にとって、

天気予報は株の値動きと同じくらい不必要なモノだった。

10円上がったとか下がったとか、そんな事はどうだっていい。

そういう事だ。

いくら降水確率が80%を越えていようが、

朝、ウチを出る時に降っていなければ傘なんて持っていかない。

それどころか、

少々の雨なら、タクロウ少年(16)は濡れる方を選ぶ。

タクロウ少年(16)にとって、“傘をさす”という事は、

開襟シャツの下に肌着をつけるぐらい

カッコ悪い事とされていた。

だから、
「今日は降るわよ。傘持っていきなさい」
母親のやさしい忠告も、

“ヒノエウマ年”生れのタクロウ少年(16)のミミには届かない。
ウマのミミにネンブツ
なのである。







ある秋の日の、放課後と呼べる時刻が過ぎた頃

タクロウ少年(16)はレコード屋さんにいた。

タクロウ少年(16)には、

前日貰ったアルバイト(新聞配達)代があって、

懐は少々あったかだったのだ。
余談2
彼はアルバイト代の殆どを、こうしてレコードを買う事に費やしていた。

余談3
彼は朝刊を配っていたのだけど、彼が配るお宅にとって、果たしてソレを“朝刊”と呼んで良いモノなのかどうか・・・
だって社会通念上ソレは、朝目覚めた時には既に新聞受けやポストなんかに挿し込まれているモノなのだけれど、その社会通念上的時刻に、彼が配っているお宅の新聞受けやポストにソレが挿し込まれていた事は、前頭が横綱を倒すより希な事であったのだから。それどころか、その時刻、彼はまだおウチのベッドの中で夢の中。なんて事もシバシバだったのだ。
結局彼はその朝刊(?)配達のアルバイトを3年あまり続けたのだが、それまでクビにならなかった事が不思議である。



どのくらいの時間が経ったのだろう?

やっとレジスターがガシャリと音をたて

勢いよくキャッシャーが突き出た。

タクロウ少年(16)の合成皮の財布から

3枚の伊藤博文がそこに入り、

五つのコインと共に、

黒いビニールのパッケージに入れられた

LPレコードがタクロウ少年(16)に手渡された。
余談4
この日彼が買ったレコードは、ボブ・ディランの“グランプリ20”と言うベストアルバム。
何故ボブ・ディランなのか?それは吉田拓郎が敬愛しているアーティストだからだ。それまで名前は知っていたものの、ボブ・ディランの曲で知っているモノと言えば“風に吹かれて(BLOWIN'IN THE WIND)”の一曲だけだったのだ。それも、それはボブ・ディラン本人の歌声ではなくて、ピーターポール&メアリーがカヴァーしたモノだった。ちなみに、このレコードが彼にとって生れてはじめて買った洋楽のレコードとなる。






御満悦のタクロウ少年(16)

大事そうにレコードを抱え、さて帰ろうと表に目をやると、

夜の帳につつまれはじめた秋の空から、

結構な量の雨粒が降り注ぎ、レコード屋の窓を叩いていた。
「傘持ってないの?」
表を見て立ち尽くしているタクロウ少年(16)の背中に、

レコード屋のお姉さんの声が届いた。

タクロウ少年(16)は、この日も

丈を短く切った学生服の下は、白い開襟シャツ一枚だけ。

肌着なんてつけていない。

ど、なると、当然、傘なんて持っているはずがない。
「今日降るって言っちょったのに」
お姉さんは、

まるで自分が予報をだしたかのようにガッカリと言った。
「そこの傘立てに・・」
レジスターを置いたカウンター越しから身を乗り出し、

出入りドアの脇に置いてある傘立てを覗きながら言った。

傘立てには1本も傘は入っていなかった。
「・・・ないわね」
タクロウ少年(16)は何かを察知してとっさに言った。
「あっ、いいですよ。どうせ駅までだから」
お姉さんは店内の壁掛け時計を見上げて言った。
「まだ“キシャ”の時間は大丈夫なの?」

「はい」

「じゃぁちょっと待っちょきぃ。もうすぐ閉めちゃうから」

「えっ?」

「私も駅まで行くけぇ、入れていっちゃげる」






お姉さんは店内に流れていた有線放送を切って、

ターンテーブルにレコードを乗せ針を慎重に降ろした。
プチ、、、
スピーカーからクラシックのピアノの旋律が流れて来た。

タクロウ少年(16)には、

それが誰のモノなのかまったくわからなかったけど、

聞き覚えのある曲だった。
「このレコードがこの店の“ホタルのヒカリ”のかわり。『もうすぐ閉店よ』って合図。聴いた事あるでしょ?」

{どうりで}
タクロウ少年(16)は合点した。
「はい。でも、閉店の合図だとは思わなかった」

「そうかもね」
お姉さんは笑った。
「閉店に相応しい曲とは言えんかも。でも、これは私の好きな曲なんよ。一日中ベストテンに入っちょるような曲ばかりを聴いちょると、頭が痛(いと)うなるんよ。一日の最後ぐらい好きなのを聴きたいわ」






「ねぇ、頼んでもええ?」
ギターの教本を所在なげに捲っていた

タクロウ少年(16)にお姉さんが言った。
余談6
このレコード屋は小さかったけれど、替えのレコード針をはじめ、他にも楽譜や楽器の教本。ギター、ベースの弦やそのちょっとした周辺のアクセサリー類なんかひと通り置いていた。彼もここで何度かギターの弦やギターピックを買った事があった。
お姉さんはレジスターの中のお金を数えはじめていた。
「これで、表のシャッターを半分ぐらいまで降ろしちょってくれる?この雨だし、もうお客さんなんかこないわ」
タクロウ少年(16)は、

お姉さんから鉄の引っかけ棒を受け取り、

内開きのドアを引いた。

雨はその激しさを増していた。

僅かな軒からの雨だれは、

“軒の糸水”と呼べる頃をとうに過ぎていた。

その“軒の糸水”と呼べる頃をとうに過ぎてしまった

“軒の糸水”のおかげで、

タクロウ少年はシャッターの引っかけ穴に、

引っかけ棒を引っかけるのに少々戸惑った。

店内に戻った時には、

丈を短く切った学生服の肩から背中にかけて、

“軒の糸水”と呼べる頃をとうに過ぎてしまった“軒の糸水”に

しっかりやられていた。
「もう少し屋根が出ちょったらね」
そう言ってお姉さんはタクロウ少年(16)を迎えた。

その表情は笑いを堪えている。

そんなお姉さんを見て、

タクロウ少年(16)は確固たるモノを察知した。
「ちょっと待って下さいよ。自分が濡れるのがイヤで僕にやらせたでしょう」

「もちろん!」
お姉さんはきっぱりと言った。
「ええじゃんそんぐらい。びしょ濡れで帰る事を思えば」
お姉さんはまたお金を数える作業に戻った。


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