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流れる街の 水無し川に 浮かぶ船 |
=1= ■僕は一人の女性と逢うために、その女性が指定した公園のベンチに坐り約束の時間を待っていた。僕の坐るベンチから見える空には雲ひとつない青空で、日差しは柔らかく風はゆっくりと僕の顔に触れて北へ向かって行った。公園で人を待には絶好の日和と言えた。 ■何人かの人々が僕の坐るベンチの前を通り過ぎて行く。ベビーカーを押す母親、腕を組んで歩く恋人同士、ネクタイを緩め鞄とコンビニエンスストアの袋を下げた営業マン風の男・・・そして、僕の坐るベンチの向いのベンチでは、タオルを顔にかぶせ水色の作業服を着た男(だと思う)が横になって昼寝に興じてる。一応にみんなこの公園に上手く同化していた。穏やかな火曜日の午後だ。印象派の画家は、今日、この日のこの公園をどのように描くだろう。 ■待ち人はまだ来ない。腕時計に目をやると約束時間までにはもうしばらくあった。僕はその手をジャケットの左ボケっとに突っ込んでタバコのパッケージとライターを一緒に掴んで取り出し、パッケージからタバコ一本抜き取りそれを口に運んだ。 ■風が口に咥えたタバコを舐めて北に歩いて行く。僕はその風に気付かされたかようにキョロキョロと灰皿を探した。しかし、辺りに灰皿は見当たらなかった。すると空いた僕の右手は自然と口に咥えたタバコを抜き取りパッケージに戻していた。この穏やかな日和が、僕にそうさせたのかもしれない。 ■僕は再び雲ひとつない青空を見上げひとつ息を吐いた。本当にいい天気だ。 ■「隣りいいかね」 ■そこへ男の声が突然耳に飛び込んで来た。その時まったく人の気配というものが僕には感じられなかったので、僕のその驚きはかなりの恐怖を含んでいた。僕はとっさに顔を前に降ろす。 ■最初に目に飛び込んで来たのは、声の主であろう人物の両腕に抱かれた猫だった。その猫は眠っているようだった。僕はゆっくり辿るように視線を上げ顔を探した。当然の事だけれど、顔はあるべき位置にちゃんと備わっていた。そのぐらいその呼びかけは僕を驚かせていた。 ■「いいかね」僕と目が合うと、声の主は確認を取るようにもう一度言った。 ■声の主は、ひと目で老人と呼ばれる歳に達しているだらろうという事がわかった。両耳の上に僅かに残る頭髪は真っ白だったし、顔や額には道路地図みたいな皺がいくつも深く浅く走っていた。それに、その年齢の人達に特有の穏やかさがあった。そのおかげで僕の恐怖にも似た驚きは静まりを見せてくれもした。この老人もまた今日のこの公園に相応しい人物だった。 ■「どうぞ」と、僕は言って少し右にずれた。 ■「済まないね」老人はそう言って僕の左に坐り抱いていた猫を膝の上に乗せた。猫は微動だひとつせずに眠り続けていた。 |
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