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金曜日の夜
友達の来訪と
猫の死の
認識
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金曜日の夜、友達の来訪と猫の死の認識

金曜日の夜9時前に携帯電話が鳴った。そのディスプレイには友人Sの名前が表示されていた。けれど、出てみると、そこから飛び出して来た声は友人Sのモノではなくて、彼の妻からのモノだった。
「今、家?」と友人Sの妻は言った。
「家だけど」
「これからウチのが行くって言っているんだけど構わない?」友人Sの妻ま妻らしく言った。
「構わない」と、僕は応えた。
「大丈夫だって」と友人Sの妻の声が届いた。もちろんその声は僕に向けれれたモノではなく友人Sに発したモノだ。
「それじゃよろしくね」と今度は僕に向けて友人Sの妻は言った。「どうせ呑むんでしょ。あまり呑むんじゃないわよ。程々にしときんさいよ」
それで電話は切れた。
なんだかヘンな電話だと思われるかもしれない。まるでケンカして仲直りの出来ない子供の為に、親が助け舟を出したような幼いやりとりにみれるものね。
だけど、僕達はお互い38歳(彼とは幼なじみなのだ)、そこにはそれなりの理由があるのだ。

この日、友人Sは同僚達と軽く呑んで電車で帰って来た(普段、彼はマイカー通勤)。そして改札口を抜けた時、ふと僕の事が頭を過ぎったのだそうだ。そこで彼は久しぶりに僕んトコに寄ってみようと思い立った。ならばそのまま寄ってみればいいようなモノだけど(僕の家はその駅から歩いて3分とかからない)、以前このような思い付きで何度か寄ってみたらしいのだが、ことごとく僕は不在だったそうだ。それに駅を挟んで彼の家と僕の家の帰り道は左右に別れている。彼の帰り道沿いに僕の家があるのなら何気に寄ってみてもいい。だけど、いくら僕の家が駅から近いとはいえ、たいした用事もなく“帰りたくない症候群"でもない(彼の家庭は至って正常に営んでる。と、僕は思っている。)彼にしてみれば、帰り道とは違う逆の方向に足を向けるのは、なかなかの決心がいるものだ。それに彼は僕と違って“学習能力のある男"なのだ。
そこで彼は僕の家に電話をしてみようと思いたった。けれど電話番号が思いだせない(僕も彼の家の電話番号はとっさに思いだせない)。最近は(と、言うか、かなり前から)携帯電話を大方の成人は持っていて、そこに友人知人の電話番号を登録しているモノだけど、彼は携帯電話を持っていなかった。この日に限って持っていなかったわけじゃなくて、彼は“持たない主義"の人間なのだ。(ただ契約をしてないわけではない。何年か前に仕事で1ヶ月程出張しなくちゃならなくなった時、緊急の為にと(彼に言わせれば、泣く泣く)契約したそうだ。だから携帯電話が無いわけではなのだ。その携帯電話は今、彼の妻が使用している。)まぁ、そう言う人間がいなくてはこの世は成りたたない。僕が巨人を嫌うようにね。で、彼はどうしたか?
まず自宅に電話を掛ける。そして妻に告げるのだ『奴が家に居るかどうか携帯電話で確認してみてくれ』と。それで冒頭のような幼い会話に至ったのだ。
これは僕の勝手な想像だけど、この時、友人Sの妻は片方の耳に自宅の電話の受話機をあて、もうひとつの耳に携帯電話をあてていたのだ。彼等夫婦には幼いふたりの娘がいる。もしそんな格好の“お母さん”を『ふたつも電話を耳にあてて、ウチのお母さんは何をしているんだろう?』ときょとんと観ていたとしたらと、考えると、それはそれでなかなか面白い光景である。

ともかく、こういった経緯を経て程なく友人Sはコンビニの袋をクシャクシュア揺らしなが僕の家にやってきた。

僕等は
「なっ、面倒臭いやろ?だから携帯持てって言っちょるやろ」
「別に携帯なんて持たんでもええんちゃ。」
と、彼がぶら下げて来たコンビニ袋の中から、彼が買って来てくれ缶ビールやらピーナツやら(『なんだかコンビーフを急に食べたくなった』とコンビーフの缶詰をふたつ買って来ていた)を出しながら、そんな挨拶代わりの会話を皮切りに、互いの近況やイラクで人質になった日本人の事や、プロ野球の話しや、年金の話しや、同級生の離婚の話しや、[9・11}についてや、年齢について話した。
そして、B・G・M代わりに流していたテレビが“世界の車窓から”をやっている頃、彼が買って来てくれた缶ビールは全て飲み干されていた。
「まだ呑むよな?」と僕が尋ねると、彼はタバコを咥えたままうなずいた。
僕はある人に貰った日本酒“影虎”をだした。そして乾き物のつまみにも飽きて来ていたので(かと言って、コンビーフの缶を開ける気に僕はなれなかったし、彼も買ってきた事を後悔していた)、僕は知り合いにもらった茶そば(頂き物ばかりですね。)を茹で、盛そばにしてそれをつまみした。
「なぁ覚えちょるか?」と彼は言った。「新潟にスキーに行った時に会ったウチの親戚のふたりの姉妹の事」
「覚えちょる」と僕は答えた。でも、もう何年も前の事なので顔はおぼろげにしか思い出す事が出来なかった。「どうかした?」
「こないだ妹の方に子供が出来たって言ってた。男の子だって。」
「そりゃおめでとうじゃん。幾つだっけ?」
「32」と彼は言った。「お前もそろそろやない?ええ加減に結婚しろや」
「お前が携帯持ったらな」
それからも僕等は、精神的な病に苦しんでる共通の知り合いの事や、自給自足の生活についてや、彼の子供の話しや、自己責任についてや、禁煙についてや、古館伊知郎についてやイロイロ話した。
僕等が話したそれぞれは、僕等なりの結論にたどり着いたモノもあったけど、いつまでたってもわかり合えそうにないモノもあった。それでいいのだと思う。

「そろそろ帰るとするか」と彼が言った。ビデオデッキのデジタル数字は1:14と薄く光っていた。

僕は彼を駅まで送り、駅のトイレでふたり並んで小便をし、自動販売機で冷たい缶コーヒーを買って、最終電車のとうに過ぎた誰もいない駅のベンチに座りそれを飲んだ。そして、期日のない約束を交わし、彼は左に僕は右に別れた。
僕は家に戻る約3分程の間、ある人の事を考え声が聞きたいと思った。友人Sが帰ると言った時、時刻を確認しなければ、電話を掛けていたかもしれない。だけど、夜中の1時過ぎに声を聞きたいというだけの理由で電話を掛けるという事がどれほど社会的に反してる事なのか、僕の理性はそれを踏み外す程千鳥足になっていなかったし、歳もとっていた。
そして、部屋に戻って全て飲み干され、ただの空缶になったビール缶群を見て僕は猫の死を認識した。

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