毎日、いろんなことを考えている。
そのほとんどが、どうでもいいこと。
でも、そのどうでもいいことを吐き出さないと、
精神衛生上悪いのです…。

幼児虐待
ニュース23で、幼児虐待についての特集をしている。
見ているうちにいたたまれなくなり、とうとうチャンネルを替えてしまった。
「どうしてこんなことをするんだろう。」
と、テレビを見ながら思う。

しかし5〜6年前の私は、「どうして」とは思わなかった。「私はしないが、気持ちは解る」と、思っていた。
育児ノイローゼと云うものだったのだろう。子供が可愛いと思うためには随分努力が必要だった。

気づいたら朝から夕方まで、居間の同じ一ヶ所にずっと座りっぱなしということも珍しくなかった。子供の泣き声も気持ちに響かない。何かしゃべっている声は聞こえるが、何を言っているのかが理解できない。
幼稚園年中を筆頭に、2歳と乳児の3人の子供がいたというのに、どうやってすごしていたのか記憶がないのだ。

あの苦しみが後もう一歩心を蝕んでいたら、どうなっていただろうとも思う。
幸い、私は夫の理解を得て病院にも通い、
引越しを期に少しずつよい方向に向かった。
現在では子供が4人になったが、上の子供たちにも助けられながら、落ち着いた気持ちで子育てができるようになった。あの頃の事が、遠い昔のことのようだ。

しかし、今このときにも、行き場のない怒りや絶望に心を支配された親と、その親におびえる子供の、緊張に満ちた家がいったいいくつあるだろう。

おびえる子供を救うことはもちろん真っ先に必要な事だ。
しかし、子供をはけ口にするしかない親の心を、誰が救ってやれるのか。

私には何もできないのだろうか。

2003年12月18日 23時42分36秒

エプロン
私は普段エプロンはしない。
料理をするときに水や粉や油が飛び、そのたびに「あ〜あ、エプロンをやっぱりしとくんだったなぁ。」と思うのだが、使わないときにそれをその辺にかけておくと、おあばあちゃんからどこかへしまいこまれるだろうなぁとか、じゃあ使うたびに2階へとりに行くのかなぁなどと考えるうちに、面倒くさくなってついつい使わない。

そういえば母のエプロン姿というものも見た覚えがない。だからエプロンというものが身についていないのだろう。

などと、人のせいにしたりしていたが、私も幼い頃からいっぱしに、エプロン姿でいそいそと家事をこなすという姿に、あこがれなかったわけではない。
で、今日100円ショップで、ふと買ってしまった。カフェスタイル?と言うのだろうか。昔で言う前掛けだ。緑の地にベージュの糸で刺し子のように格子に模様が縫い付けてあるものと、オレンジ色の格子の地模様の2枚。

家に帰って、早速緑のほうをしていると、娘にオレンジの方をとられてしまった。
やはり娘も、エプロン姿にあこがれる口らしい。

そこで米とぎと風呂洗いを頼んでしてもらった。風呂洗いには少々顔をしかめたが、米とぎはいそいそとしてくれた。
エプロンの威力はたいしたものだ。

私もなんとなくいつもと違う気分で台所に立った。でも、味噌汁を作ろうとなべに水を張り火にかけ、さといもの皮を剥いたころにはエプロンのことなどすっかり頭から消えていた。

支度がすんで、家族が食卓にそろい、ご飯をお茶碗によそっているときに、横からその姿を見ただんなが、「おかあさん、そりゃなんね。その緑かとは。腹巻ね。なんかぁ〜ここに腹がありますよって強調しとるね。ぽっこり出てるよ。」と一言。

なるほど。カフェの店員のおなかはペッタンコだ。私がしたのではエプロンには見えないらしい。 2003年12月16日 23時43分12秒

ばあちゃん骨折
ばあちゃんが腰の骨を折った。
朝、起き抜けにトイレに行こうとしてしりもちをついたのだ。

病院が開くのを待って、診察を受けた。なんと絶対安静、入院二ヶ月だと…。
しかし、正月は病院を閉めるので、10日間は自宅に帰ってもらわなければ、というのはどういうものかと思う。

で、別の総合病院にかかりなおした。
すると、確かに若干、第二腰椎がひしゃげているが、コルセットを巻いて無理をせぬ程度に動くほうがいいとの事。

もし最初の病院の言うとおりに2ヶ月絶対安静を守っていたら、退院後も寝たきりになりかねなかったと思うとぞっとする。
病院はよく選ばねば。 2003年12月14日 00時56分33秒

わが息子なり
3人目の子は小学校1年生だ。
毎日のびのびマイペースで、楽しく過ごしている。
しかし、性格のだらしなさが目に付いて仕方がない。

学校の忘れ物なんて、ぜんぜん気にしていない様子だ。
私には「学校にある」と言い、先生には「いえにある」と言って、ほったらかし。
この間は、図書館で使うブックカバーを1ヶ月間忘れっぱなし。その月の図書の時間は、一人でずっと教室で自習をしていたらしい。

息子よ、お願いだから、もうちょっとしっかりしておくれ。
じゃないと、私は自分が子供の頃を思い出して、いたたまれない。

せめて、お友達からの「いいとこ探しカード」に、「なぜ、かずくんはつくえの中がきたないんですか?」とかかれない程度でいい。それはいい所じゃないってば。他に書くことはなかったのかぃ? 2003年12月08日 23時52分36秒

補助クッションその2
この間のクッションが失敗だったので、すっかり諦めていたのだが、友達が、浮き輪を二つ重ねて紐で縛り、その中に赤ん坊をすっぽりと入れ込むという方法を伝授してくれた。

なるほど、それは理にかなっている。と思った。

早速夏以来しまいこんでいた浮き輪を引っ張り出し、一苦労して膨らましてお座りクッションを作ってみた。
うん。いいかも。
友達に「いい感じだよ〜」とメールを打った。

でも、やっぱり親の思い通りに行かないのが子供なのだ。
浮き輪ごとひっくり返るのは時間の問題だった。

お座りができるようにならなければ、お座りはしないのだ。 2003年12月06日 00時40分14秒

うどん
じいちゃんがキレた。
私が昼食に作ったうどんが、冷めていたそうだ。

元を正せばこうだ。
今日はばあちゃんがストレッチ体操に行く日なので、昼間は留守にする。
出掛けに
「じいちゃん、カップラーメンを持ってないけん、うどん作っちゃってね。お願いします。」
と、声をかけられた。

じいちゃんは本当に柔らかいものしか食べない。彼の中では【おいしい=柔らかい】なのだ。
で、お昼は毎日クタクタに煮たうどんと決まっている。
しかしばあちゃんがいない日は、これまた麺が柔らかいからお気に入りの「どでか豚骨」カップラーメンを食べる。
今日はあいにく、そのラーメンが切れているらしい。

じいちゃんはお昼ご飯を1時に食べる。私は一時に家を出る用事があった。
だから、時間を見計らってうどんをクツクツ煮て、スープをどんぶりに作った処に入れて、少しは野菜も食べなきゃというんでレタスを小皿に盛り付けて、さあ「うどんできたよ〜」と呼ぼうとしたその時!

なんとじいちゃんが、ふたをめくってスープの素を振り入れた「どでか豚骨」を手に、台所に入ってくるではないか。
「あらっ!うどん、できとーよ…」
「ありゃっ…」

封を切ってしまっては、ラーメンだって長持ちしない。
ましてや神経質なじいちゃんのことだ。そのラーメンを翌日食べようなどとは思いもしない。

「どうしたもんかいな…」
と言いながら、見る見る機嫌が悪くなるのが判った。
すっかり気分はラーメンだったのだろう。
しかし、うどんも今更もとへはもどせない。私も昼食を済ませていたし、第一、クタクタに伸びきったうどんなど、じいちゃん以外に誰が食べると言うのだ。

「仕方がないから、ラーメンにはお湯をいれずに置いておいて、智紀(長男)に食べさせようか。」
じいちゃんはその私の言葉に従ったが、明らかに不服そうであった。

そして外出から私が帰ると、大荒れに荒れていた。
どうもビールを2缶以上は飲んでいるようだ。
ドアを「ドンッ」「バンッ」「ガチャンッ」とやって、部屋を出入りする。
声をかけると、
「なんやぁっ!」
と、おらび(さけび)かえす。

夕方帰ってきたばあちゃんが、じいちゃんに聞くと、うどんが冷めていたという返事だったらしい。
じいちゃんのうどんを作っておいて、ほったらかして自分の昼飯を食べたに違いない。おれをおろそかにしやがって、親を親とも思っていない奴めがっ!
と、いうことらしい。

「とんでもない!」と、ばあちゃんには言ったが、なんとも歯がゆい。不愉快だ。
そんなにラーメンがいいなら、もう二度と私はうどんなんか作らばい。私が作ったもんなんか、食べとーもなかろうけんッ!
とは、言えない。

同居してれば、こんなことは日常茶飯事と割り切るしかなかろう。

じいちゃんが、この後何日私と口をきかないか見ものだ。私だって口なんかきかないぞ。(私もともとは、根に持たない方なんだけどね。)

2003年12月03日 00時39分02秒

補助クッション」
末っ子が6ヶ月目に入った。
この娘がとにかく重い。4ヶ月検診では7600グラムだった。これは成長曲線のちょうど最大レベルだ。身長も高い(と、言うのだろうか?まだ立たないけど…)。
だから、抱っこしているのがとても辛い。座って支えるのでさえ一苦労する。お陰で私の手首から先は常にこわばっている。正直、キーを打つくらいの力しか出ない。
手のこわばりはリュウマチの始まりの症状だとテレビで見て、慌てて病院へ検査に行ったほどだ。
幸いその心配はなかった。

話がそれて行きつつあるので、元へ戻して。

その重い娘はまだお座りができない。
「洗濯物を取り込みたいからちょっと待ってて」という時に、ほいと床に置いてほいと座ってくれたら、だいぶ楽だろうということで、西松屋でお座り補助クッションをかった。

もともとは授乳をサポートするためのものだが、ドーナッツの一箇所が切れた形をしたクッションなので、赤ん坊をその中にすっぽりはめ込んで座らせようという腹だった。

しかし目論みどおりに事は運ばないものだ。
第一、本人のお座りする力が足りなさすぎる。だから、いくら腰の周りにクッションがあっても、クッションごとごろりと横になってしまう。

1980円ものタイマイを叩いたというのに、ちょっとガッカリだ。

でも、本来の使い方である授乳の助けとしては、なかなかの使い心地だ。
とは言うものの、上の小学生達のおもちゃと化してしまうのは時間の問題のようだ。
すでに1年生の息子が頭にはめて「見てみて!キノコ!」とやったものだ。
私は、「ライオン!」というものと思っていたが、確かにキノコの方が的を射ている。

いろいろな使い方ができるクッションではある。

2003年12月02日 01時08分58秒

お風呂のまくら
一ヶ月以上ぶりの日記。
もはや日記とは呼ばない。少し心を入れ替えよう。

ところで、山田の交差点(なんてローカルな話題でしょう)にあるインテリア雑貨のパスポートで、娘の誕生日プレゼント用にバースデイベアを買ったついでに、お風呂用の枕を買ってしまった。

素材を見るとプラスチック製らしい。見本をさわってみると、今流行の低反発クッションに似た感触だ。色は白・赤・青の三色。トリコロールカラー??というのだろうか。

あまりビビッドな色が似合うような風呂でもないので、無難な白い枕を買った。
バスタブの端にうまい具合に引っ掛けて固定できる。ハート型のとがったほうが低く、二つの丸みのほうが高く傾斜がついている。ハートの中心が首に沿うように溝になっていて、首と頭を預けられるようになる。
ちょっと見おしりみたい…。

私はいつもしまい湯に入る。
使い心地を試そうといそいそと風呂場に行き、バスタブの端に枕を置こうと持ち上げたとき…重い…。
うすうす不安を感じてはいたのだが、やはりたっぷりと水を吸っているようだ。

手のひらで押してみる。
出るは出るは。水が枕全面から、まるで噴水のように、もしくはスプリンクラーのように勢い良く飛び出してくる。

重い枕をねじったり折ったりしながら絞って、とりあえず使ってみた。
…冷たい…。

しみこんだ水はしっかり冷えて、首筋から後頭部にかけてをヒンヤリと冷やしてくれる。真夏ならば具合がいいかもしれないが、もう12月だ。
おまけに、到底搾り出しきれなかった水が、頭の重みでじわじわと染み出して首を伝わって行くのが分かる。

頭を支える角度と柔らかさは申し分ないだけに、残念でならない。
染み出してくるのがお湯ならば、気持ちがいいだろうに。

などと思いながら、いつの間にかぐっすりと眠り込んでしまっていた。
はっと気づくと、30分以上も眠っていたようだ。なにやら気分のいい夢まで見ていた気がする。

結局使い心地がいいということか?

で、目が冴えて今夜も夜更かしという羽目となったとさ。 2003年12月01日 02時26分11秒

眠い
毎日、もっと早く眠ろうと思う。
でも4人目が10時に眠った後、どうしても自分のことがしたくて眠れない。

今日は家計簿ソフトと格闘した。
100円ショップで買ってきたものだ。
100円といえども、なかなかどうして侮れない。まずは、いろいろな基本データを入力する。
しかし、要領が飲み込めなくて四苦八苦だ。

一品ずつ入力していくと、自動的に消費税が計算されて入力されていく。でもスーパーのレシートに乗っている消費税とは微妙に違う。

家計簿に遊ばれながら、今日も夜が更けていく…。 2003年10月20日 23時58分11秒

母の趣味
母はたいへんパワフルな人だ。
興味の赴くまま、いろいろなことに首を突っ込んではそれなりに形をつけていく。

私が子供の頃には、毛糸やレース糸で服を編んでもらったものだ。
その後、ズブの素人ながら縫製会社に飛び込み、洋裁の技術を身につけてがむしゃらに働いた。

退職してからは洋裁は趣味にとどめている。
他にも、グラスリッツェン・押し花・カラオケと気の向くままに突進していく。

なによりもガーデニングだ。
他のもろもろは、一応型がついたら「はい次」とばかりに移り変わっていくが、ガーデニングばかりは熱が冷めることはない。
様々な木々や草花が、庭にあふれんばかりだ。
その一つ一つにかける手間と愛情たるや、娘の私たちにもそのくらいしてほしかったと言いたくなるほど。

パワフルすぎて、歯止めが利かない。
亥年生まれではないのだけれど、猪突猛進といった感じ。
おかげでひざを痛めてしまい、先日手術をするはめになった。
ずっとしゃがんだ姿勢で庭いじりをしていたので、ひざに負担がかかったのだ。

術後もしばらくは処置のために病院に通わなければならない。
病院まで距離があるので、私か妹が車で送ることになる。

今日、その車の中で「カラオケもいいけどねぇ、それより年をとって外に出られなくなったら、パソコンよね」と言い出した。どうやら高齢者向けのパソコン教室に興味があるらしい。
パソコンをいじるきっかけとしては、そういうものを利用するのもいいかもしれない。

もしパソコンをものにしたら、ガーデニングをテーマにしたホムペでも立ち上げてあげようか。

2003年10月18日 00時44分51秒

あかちゃんのおでこ
3ヵ月半の子供がいる。4人目の子だ。
上三人は小学6・4・1年生。一番上と4人目はちょうど一回り違う。

三人が小さいときは、毎日がまるで戦争のようだった。子供たちに振り回され、自分の感情のコントロールさえ失い、ついに育児ノイローゼ状態に。

あの頃は身も心も振り乱して余裕などなかった。
子供たちも、私の顔色を伺っておどおどしなければならない日がしょっちゅうだった。
やっと大きくなって、私にも子供たちにも余裕ができだした矢先に、また一からやり直し…と、生まれる前は正直、気が滅入ることもあった。

しかし産んでみると、なんとかわいいことだろう。赤ちゃんが家に来てからは、柔らかい空気が家に満ちている。
泣き声を聞いても嬉しくなるほどだ。
上の子たちも、とてもかわいがってくれて、オムツまで替えてくれる。
そのせいか、赤ちゃんの情緒も安定していて、夜泣きもなくすくすくと育っている。
夜泣きをしないなんて、4人目にして初めてのことだ。

それでも、疲れがたまったり、ストレスがたまったりすると、気持ちがささくれ立ってくる。
そんなときには、寝付いた赤ちゃんを抱きしめて、丸いおでこにほおずりをしてみる。
すると、心の緊張が柔らかく解ける気がする。
家族全員で見守り育てることができる子を授かったことは、もう一度チャンスを与えてもらったことなのかもしれない。
丸いおでこは、家族の幸せをそのまま映しているいるようだ。

2003年10月17日 00時10分55秒

模様替え
友人二人に手伝ってもらって、部屋の模様替えをした。

うちは一階に居間とじいちゃんばあちゃんの部屋、二階のに私たち夫婦と子供4人の部屋がある。
8畳・6畳・4畳半の3部屋に6人だから、どうしても狭くなる。8畳の部屋は3方の壁に婚礼ダンスと本棚・パソコン・仏壇がぐるりと立ち並び、まるで納戸のなかに布団を敷いて寝ているようなものだった。

目分量で、タンスと仏壇を押入れの上段に納めてそこを仏間とすることにした。
前もって必死で押入れの整理をして、上段をからっぽにしてあったので、友人と力をあわせてまずは和ダンスの上段をその中へ。首尾よく成功した。

次は仏壇だが、やはり何事も計画性が大切だ。見た感じでは余裕で納まるはずが、なんとあと数ミリの差で入らない!

仏壇を立てにしたり横にしたり斜めにしたり(不信心者…)。
でも入らないものは入らない。

どうしようかとあれこれ言っているうちに、いつの間にか話は学校の先生の噂話や今度仲間でいつ集まろうかとか…。

とにかく仏壇を押し入れに入れるのはあきらめて、どうにかこうにか家具を並び替えて納まりよく納めた。

前よりも明るく広く感じる。
二人に感謝しながら、昼ごはんに残り物のカレーを温めて出した。
冷蔵庫の片づけまで手伝ってもらってしまった。持つべきものは友である。

模様替えは家族にもなかなか好評だった。
しかし実は、まだまだ頭の中にある完成図までには遠いのだ。
お金と時間の余裕を探しながら、私の模様替え(リフォームといえないのが残念…)はまだまだ続く予定。

2003年10月15日 16時29分38秒

じいちゃん
うちのじいちゃんは、変わっている。
彼の人生の関心は、睡眠を摂ることと、快便を保つことだ。

眠れさえすれば、その質はどうでもいいらしい。ゆえに一日10時間でも12時間でも、眠れるものなら眠りたい。
年齢的には5時間くらいしか眠らない人もざらだと思うのだが、それでは許せない。

じいちゃんは外出が嫌いだ。それは、トイレに行きたいときに行けないかもしれないから。
電車に乗って旅行だなんてもっての外。電車のトイレは揺れるし、ゆっくり座っていられない。
便秘になろうものならそりゃあもう大騒ぎだから、家族も無理には外出を勧めない。
勧めたところで従いはしないが。

朝起きるのが遅いので、食事は一日2食。食事のときとお風呂に入るとき以外、自分の部屋から出てこない。
だから手がかからないといえば、かからない。

ビールが好き。
そのほかに好きなものはない。
少し前までは、やわらかい刺身や、豚のヒレや、焼きビーフンなどを食べたものだが、どういうきっかけからかそういうものを全く食べなくなった。
かろうじて卵かけご飯。ブロッコリー一切れ。朝にはそれにわかめとたまねぎの味噌汁。ビールのつまみはチーズ。毎日同じものだ。薬を飲まなくてはならないから、それだけは仕方なく食べる。
もう何ヶ月もそれしか食べないので、おばあちゃんは心配してかかりつけのお医者さんに相談した。
ところが血液検査の結果はどこにも異常のない健康体だった。
「まあ、一日ジーーッとしらっさるけん、カロリーもそげん必要なかとでしょう。本人がよかならよかですたい。」
という言葉に、家族一同納得することにした。

ビールしか好きなものがないから、ビールをたくさん飲みたい。朝に1本、夜2本。でも2本飲むとくだを巻く。
だけど、「今日が最後」といいながらもう3日2本飲んでいる。さすがに今日は部屋でおばあちゃんに怒られていたようだ。
数日は、じいちゃんは逆切れしておばあちゃんと口をきかないかもしれない。

こんなじいちゃんを心配して、どうにかならないかと家族で気をもんだりもするのだが、冷静になると結局じいちゃんは自分の好きなように生きている。

一番幸せな人かもしれない。

2003年10月12日 00時35分04秒

秋の匂い
気がつくと10月も半ばに差し掛かっている。
6月29日に4人目を産んで、怒涛のような夏を乗り越えた。
季節の移り変わりを感じる余裕もなかったようだ。いつの間にか秋になっている。

子供のころは、季節の移り変わりに敏感だった。
夕方、遊びから帰る道すがら、空に一番星を見つけたり、夕焼けに染まった雲をながめたりすれば、おのずと気がついた。

季節が変わったことは、匂いでもわかった。ことに夏から秋に移るときが好きだった。
毎日暑い夏の日差しを浴びながら夢中になって遊んでいたのに、ある日ふと気づくと周りの空気がぴんと澄んで、夏の草いきれとは違う、秋の匂いに包まれているのだ。
見回せば花も鳥も虫も、秋のものに変わっている。そのことに気づいたとき、切ない、それでいてなんとなく嬉しいような感覚が胸をくすぐった。

家族8人の洗濯物を干しながら、秋の匂いを探してみる。
子供たちは、秋の匂いを感じているのだろうか。
放課後は毎日夢中で遊んでいるが、そんな話をしたことはない。

子供は子供の世界に夢中だ。
私も昔そうだったように、親が何を考えているかなんて知ったこっちゃないという様子。
その中で、きっと秋の匂いは子供の身に心に沁みこんでいるのだろう。
そしていつかどこかで、同じ匂いに出会ってふるさとを思い出す…ということがあるのかもしれない。



2003年10月11日 00時25分35秒

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