「饅頭の切腹」

え〜まいど、バカバカしいところをおひとつ。
その昔江戸城にあって勘定方、まっ今で言うところの大蔵省・・じゃなくて
財務省のお役人に新三郎という者がおりました。
この男、文武両道に秀でていて中々の切れ者でありましたが、一つだけ
悪い"クセ"がありました。
それは、何かというと直ぐに「むむ、そこまで言われるのであれば拙者にも
覚悟がある。この上は腹を切って・・・」
と、その場に座り込んで切腹の所作を始めようとすることでございました。
それも唐突に始めるものだから、相手の方が慌ててしまって、
「わっ判った判った。やめろ、やめろ。ここは城内じゃ。そんな処で腹
なんぞ切られたら連帯責任でオレにまで懲罰が来るじゃないか。」
という事になって、怒っていた事も忘れてなだめにかかる羽目になる。
まぁ、そんな感じでありました。
さて、ある日のこと。
勘定奉行の備前守が饅頭の箱を片手に、勘定方が仕事をしている部屋に
入ってまいりました。
「どうじゃ、皆仕事ははかどっておるか? まぁまぁこっちに来て一休み
せぃ。今、台所に寄ったら饅頭が箱なりで置いてあったので頂いてきた。
皆で食べようじゃないか。ささ、いらっしゃい。何人おる?」
「これはこれは、お奉行さま。いたみいります。では折角でありますので
頂戴いたします。」
皆が仕事を中断しまして、饅頭の箱に近寄ってまいります。
「えーと・・ひいふうみぃ・・一人に一つづつはあるな・・」
お奉行が勘定しておりますと、
「あれ?・・ふたつばかり、足りませんな。」
箱の饅頭を数えていた役人の一人が首を傾げます。
「ん?そんなことは無いと思ったが・・・こら!新三郎!そなた何をしておるっ!
一人で3つも抱えておるではないか、皆平等じゃ!浅ましいマネはよさんか!」
皆が一斉に新三郎の方を見るというと、いつの間にやら懐に饅頭を抱きこんで
おります。
「こらこら新三郎殿、お控えなされい。皆に行き渡らないではありまんか。」
食い物の恨みってぇ物は怖いといいますが、皆の怒りの視線が新三郎に集中
いたしました。
予想外に険悪な雰囲気にあって、ついつい新三郎さん、いつもの悪いクセが
出てしまいました。
「な・・なんと、これはしたり。拙者、確かに数を改める事もせず饅頭を
確保いたした事は事実であるが、決して御方々をないがしろにいたそうと
したワケではござらん。それをさも、餓鬼の如き浅ましさと同類に言われる
とは至極心外にこざる。このうえは拙者、腹を切って身の潔白を・・」
言うが早いか新三郎、その場に座り込むと裃を裂いて脇差を抜こうといたし
ます。
「まっ・・待て、待たんか、何をしておる、止さんか・・全く。たかが饅頭
ではないか、そんな事で一々腹を切ってどうする。そんなに食いたければ
箱ごと持っていくがよい。」
毎度のことに、お奉行さまもすっかりあきれ果てております。
「・・さようで御座いますか。では、有難く。」
ケロッとした様子で新三郎さんは裃を整えると、饅頭の箱を抱えてさっさと
部屋を出て行ってしまいました。
収まらないのは他の勘定方の役人です。
「ちょっ・・ちょっと、お奉行様。どういうことです?あれでは益々新三郎
が増長してしまいますぞ。」
ぶつぶつ言う勘定方の声にじっと聞き入っていたお奉行さまが、
「・・よし。一計を案じる。・・皆も協力するように。」
と皆を見渡しました。

しばらくして、新三郎のもとに勘定方の一人がやってまいりました。
「新三郎殿、大変でござる。直ちに登城なさるようにとの、お奉行からの
ご伝言であります。」
使いの者の只ならぬ様子に、新三郎さんも取り急ぎお城にかけつけます。
「お奉行様。お呼びでございましたか。」
「おぉ、新三郎か。うむ、実は大変なことになった。先ほどの饅頭だがの、
あれはみな食べてしまったか?」
「は・・はぁ、有難く頂戴いたしましたが・・」
「・・実はな、あの饅頭だが只の饅頭ではなかった。紀伊様が以前に城下
で偶然にお召しになったもので、大変気に入れらた物でな。この度参勤
交代のさいに、是非にと御所望なさったものであった。それ故、使いを
やって千丸屋という店からわざわざ取り寄せたものだったらしい。」
紀伊様、といえば徳川御三家のひとつにして、幕府の重鎮。その方が特に
と所望したものとあれば、勝手に食べてしまいました、では済みません。
それこそ・・
「勿論、何も確認せずに饅頭を持ち去った私の責任は重大じゃ。しかし
食べてしまったそなたもまた、責任重大じゃ。そこでここは、二人で
この不始末の責任を取って腹を切ろうと思う。異存はないな?」
さすがの新三郎さんも段々顔が青ざめてまいります。
まさか、本当に腹を切る羽目になろうとは・・
下を向いてう・・んと唸っている新三郎さんにお奉行がたたみかけます。
「新三郎。そなた日頃より何かというと"腹を切る、腹を切る"と言うておる
な? あれは格好だけか?まこと責任を取るとなると、覚悟はないか!」
新三郎さん、ことここに至ってハメられた事に気付きました。
・・しまったな。これは日頃からのオレの口癖を逆手に取った作戦だな。
とはいうものの、まさかこれは嘘でしょう?とも聞けないし・・かと言って
どうもすいません、もう二度としませんからと、頭を下げるのも口惜しい。
何とかしてこの窮地を脱するには・・待てよ、千丸屋の饅頭、と言ったな
門前町のか?旨いと評判だという噂は聞いていたが・・成る程そうか、
それならば・・
新三郎さん、座り直すというと、
「無論、この新三郎も武士の一人にあれば、責任を取って腹を切ることに
何ら異存はござらん。むしろ拙者一人で充分でござる。されば支度を整え
てまいります故、しばしお時間を頂きたい。」
と深々と頭をさげます。
「そうか、よくぞ申した。されば待っておる故、支度してまいれ。」
では、ということで新三郎さんは席を離れていきました。
しかし、後に残った勘定方は不安でしょうがありません。
「お・・お奉行さま・・大丈夫でしょうか?・・何か本当に腹を切りそうで
すが?」
「なに、心配はいらん。ヤツもこれが芝居であることには気付いておるわ。
ただ面子があるからそう言えないだけじゃ。ヤツが白装束に身を固めて
参ったら、事の次第を話して聞かせて説教してやるつもりでおる。
それで万事解決じゃ、ヤツも二度と腹を切るなどと馬鹿な事を口走ったり
せんようになるじゃろうて。」
「なーるほど・・流石は年の功ですなぁ、お考えが深い。いや参りました。」
「いやなに・・ハッハッ・・」
「・・しかし、ですよ。ヤツがもし真に受けて私邸で割腹したら、いかが
します?」
「ん? そん時はな、秘密裏に処理いたす。物が饅頭なだけに"アン殺"と
いうことじゃ。」
「ちょっ・・ちょっとお奉行、頼みますよ、ホントに・・」

しばらくして、新三郎がお城に再びやって参りました。
しかし、その格好は切腹の白装束ではなく、普通の裃であります。
「新三郎。ただ今戻ってまいりました。それでは、ここに・・」
そういうと、お奉行の前に何やら包みを置いて、そのまま立ち去ろうと
します。
「こっ・・・こらこら、待て新三郎。そなた何のマネじゃ。白装束は
どうした?」
お奉行が包みを開けてみるというと、中からは先ほどと同じ、千丸屋の
饅頭がでてまいります。これにはお奉行さまも、烈火のごとく怒りました。
「新三郎っ!これは一体どう言うことじゃ!ワシはお前を見損なった
ぞ!成る程確かにワシはお前を騙したわ。紀伊様のお召し物とは
偽りじゃ。しかしだ、それでもお前は"自分一人が責任を取って腹
を切る"と申したではないか、あれは大嘘か?武士として恥ずかしく
ないのか!」
怒り心頭のお奉行さまに、新三郎さんは饅頭の方を指差して
「無論、拙者も武士の端くれなれば二言は申さん。さればその饅頭、
確かに拙者が"自腹を切って"買ってまいりました。」
お後がよろしいようで・・・(^^;



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