1.武士道の神髄

 武士というのは,正月元旦の朝,雑煮を祝う箸を手にしてから,その年の大晦日の夜にいたるまで,毎日毎夜のごとく,心に死を覚悟するのを第一の心がけとするものである。

 己の生命は,今日はあっても,明日はしれぬものとの覚悟があれば,主君や親に対しても,今日が奉公の仕納め,仕えるのも今日を限りと思うようになって,主君の御前でご用を承るにしろ,両親に拝顔するにしても,これが最後になるやもしれぬといった気持ちになるであろう。

 身分の高下にかかわらず,人間は死ぬという事実を忘却しているがゆえに,過食,大酒,色道などで健康を害する。
 そのうえ,人間の死を遠い先の出来事と思えば,この世に命を長らえるものと錯覚するから,心の中にいろいろな願望を持つので,欲深くなって他人の物を欲しがり,我が物は惜しむ根性となる。
 常に胸奥に死への自覚があれば,この世は味気なきものと悟れようから,貪欲の心もおのずと希薄になり,欲しいとか惜しむといった,いじましい気持ちもあまり出てこないものだ。

 人間は死を覚悟さえすれば,人品骨柄まで良くなるとは,これをいうのである。

 しかし,いかに心のうちに死を覚悟するとはいえ,吉田兼好が『徒然草』に書き記しているように,年中,死を待ちこがれて,ただうずくまってばかりでは,出家仏門にある身の修行としてはともかく,それでは武士の修行としてふさわしくない。

 つまり,昼夜を分かたず公私にわたる責任をまっとうし,わずかでも心の平安なときに,思い起こしては懈怠なく死の覚悟を新たにすべきなのである。
 楠木正成が,わが子正行に悟し教えた言葉にも,「常に死をならえ」とある。

 以上は,初心の武士の心得のため,申しおくのである。

我が愛読書:大道寺友山原著『武道初心集』(教育社新書,1989)より

大変そう思う度=100点。     武士TOPへ