5.真の恥を知る
武士たる者は,義と不義のふたつをしっかり区別して心得,ひたすら義をおこなうようにつとめ,不義の行為を慎む決意をすれば,武士道をまっとうできるものである。
義と不義は善と悪であって,義はすなわち善,不義イコール悪である。
当人がまったくの愚か者であって,善悪や義不義の区別すらつかないのであれば論外だが,自身は,不義であり悪事と承知のうえで,義理を踏みはずして不義をおこなうのは,武士の心構えとはいえず,はなはだ未熟者というほかはない。
その原因は,ものごとに堪え忍ぶ精神の薄弱さにあるといえよう。 堪忍の精神が薄弱といえば,少しは聞こえもよいが,さらにその根元を探れば,臆病な心から不義が生じると解釈してもよい。 したがって,武士はつねに不義を慎み,義の道を歩むのが大切である。
義をおこなうための修行の心得は,わが妻子や召使いをはじめ身近な人々から,蔑みを受けないよう身を慎み,さらに広く他人の避難や嘲笑を蒙らぬよう考えて,不義をせず義を心がけるように習慣づけていけば,自然とそれが習性となって,やがては義を好ましくなり不義を嫌う心になるものである。
義をおこない勇を励むにも,とかく人目を意識するとともに,恥を知る以外に道はないといわれている。 人に不義と謗られようが気にもとめず,それを重ね,腰抜けと嘲笑されようとも臆病者でとおすような武士では,もはやいうべき言葉をもたないのである。
以上は,初心の武士の心得のため,申しおくのである。
我が愛読書:大道寺友山原著『武道初心集』(教育社新書,1989)より
大変そう思う度=100点。
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