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2002年02月23日 22時42分16秒
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2002年02月17日 21時53分25秒
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2002年02月14日 16時47分10秒
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2002年02月06日 21時50分22秒
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ふう〜。がつんと言われてしまったことがあってすごく沈んでしまった。。悲しいです。覚悟はしていたもののはっきりと言葉にされてしまうと受け止めるのに本当に辛く一日重い気持ちで過ごしてしまいました。オレにはそんな気持ちはない。。私は全然かやの外。一生会えることもないんだなぁと思うと本当に辛かった。
2002年01月27日 21時45分14秒 |
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| ばかやろーーーーーーー わかってくれってなんなのよ なにをわかれっていってんのよ もくひってなんなのよ あほー けっきょくあなたは みんなとなかよくしたいだけ ほんきじゃないきもちのなかで げんじつにむすびつかない そとがわのぶぶんだけで みんなとなかよくしていたいだけ みんなとなかよしでいたいということをもとめるのなら わたしはきみのもとからはなれる わたしじゃないほかのみんなとなかよくしてください おげんきで |
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2002年01月21日 16時42分22秒
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| 大切なもの失ってしまった。それは私のとんまな誤りだった。思ってはならないことを思ってしまって、その思った思いを口に出しては行けなかったのに言葉として綴ってしまい、その上最大なる過ちは、伝える相手を誤ってしまった・・。だけど、そのこと以上に後悔しているのは、うじうじじめじめと思ってしまったということだ。陰口ではなかったけれど、人に対する嫉妬心のような人として一番醜い部分を思ってしまい、出してしまった・・・。情けなすぎて自分にほとほと呆れ果ててしまった。大事だったのに・・・私にとって本当に本当に大切だった人なのに・・・失いたくなかったのに・・・さよならなんてしたくなかったのに・・したくないのに・・・“今までありがとう”と伝えた。自分のしたことに許せなかった。そして、許してもらえる訳なんてないと思った。不安だった・・・感情が高まれば高まるほどどうしようもなく気持ちが不安定になってしまって、以前は気軽に話が出来たり、メールが書けたり出来たのに、その人のことが大事に思えば思うほどそうできなくなっていしまった自分がいて、そうしなくても、心の中でその人のことをずっと想っている自分がいて、大切に想っている自分がいて・・・。届くわけない想いと分かっていたし、“気持ちに答えられない”と、はっきりそう言われてしまったし、そのときは離れようと思ったのだけれど、そうできなくて、少しでもその人の力になりたいと思う自分がいて、近くにいたいと思う自分がいて・・・。そばにいたかった。許される間、ずっといたかった・・・。それなのに、もうできない・・・話せない・・・過ちは大きくて、きっとその人も私のことを軽蔑していると思う。がっかりだ・・と思っていることと思う。悲しいよ・・・まだ話したかったよ・・・友達としてでもそばにいたかった。ううん、友達で十分。それ以上求めてしまってはいけない。相手に求める思いはもうない。ただ・・・さよならはしたくない・・・したくない・・・ |
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2001年11月23日 21時58分18秒
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| 今日は仕事が終わってお墓へ行ってきた。お店で花を買って出来る限り急いだのだが、冬は日が落ちるのが早く、そして冷え込むのも早い。夕方になるとお昼間のぽかぽか陽気とは一転してぐんと冷える。毛糸を着ていても寒いくらいだ。お墓へ着く頃には辺りは真っ暗で街灯の明かりでやっと見えるくらいだった。夜のお墓はひっそりとしていて寂しい。恐いという気持ちは感じなかったが、夜にさしかかる時間にひとりぼっちで訪れるのはちょっぴりどきどきした。いつもよりも急ぐ心だった。“お花を生けたらすぐ帰ろう”という気持ちで足早に祖父の眠るお墓に向かった。このすじだったかな・・・ざくざくと石砂利の道を歩いて向かったけれど、あれ?名前が違う・・一本すじを間違えた。初めてだった。真っ暗だからかな・・・そんな風に思いながら隣のすじへ入り直して祖父のお墓を見つけてお花を生けた。真っ暗な空の下、街灯に照らされたお墓に手を合わせ、“またくるね”と心で祈った。 |
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2001年11月12日 23時11分23秒
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| 今日は寂しい職場だった。ほとんどの先生が出張でおられなくて、私を含めて4人での職場は静かな空気だった。先生方が出張の時期になるとたまにこんな日がある。私はその間留守を預かる。あ〜、水色の空だ〜久しぶりに空を仰いだような気がする。大好きな空を。見上げることを忘れていた。この優しい空を。いつの日からか、顔が下に向いてしまっていた。ぐずついた心の天気を抱えたまま下を向いてしまっていて、そのまま閉じこもらせてしまっている。行き場がどこにも見あたらない。場所が見つからない。思い切り泣くことが出来たら、どんなに楽になれるだろう。涙さえ出ない。泣きたいときに泣けないのは本当につらい。心が傷つきすぎていたら泣けないのかな。心は早く楽になりたがっている。自分を取り戻したがっている。早く心に自分を返してあげたい。そんな寂しい一日。 |
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2001年11月09日 22時13分08秒
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| おはようございます。昨日は午後から雨の天気で、夜中もずっと降っていた。今朝は今のところ止んでいる様子である。雨上がりの今朝は少し暖かい・・。星は見えない空。そんな空を見上げながら自分を反省する気持ち・・・。もっと人の心を思いやる心を養わなくちゃ。実は、一昨日、母親と口げんかをしてしまい、母親の心を傷つけてしまった。お互い触れてはならないところをわかっていながら、敢えて触れ合ってしまい、共に心傷つき、共に意地を張ったまま昨日の時間を過ごし、共に悲しい気持ちになってしまった。昨日の夕方には自然に話をするようになっていたけれど、それでも母親の心を傷つけたことに深く後悔している。気持ちは強いのに“ごめんなさい”が口に出ない。たった一言が伝えられない。素直になれない。私の周りにいて下さる人からも、“ゆきちゃんは素直だよ”と言ってもらえることが多くて、私自身も自分のことを、どちらかといえば素直な方かなと思っていたのに、全くそうではない。変に意地っ張りで、意固地で、素直さのかけらもないひねくれ野郎。外で見せている自分は全ての自分じゃない。“本当の素直にならなきゃ”刻みたい。このことを。胸にいつも刻み込んでおこう、自分を少しでも好きになるために。 |
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2001年11月06日 05時25分35秒
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| 今日は職場の学院祭だ。学生さんの主催する毎年恒例の行事で、この日だけは学院を公開しているので受験を考えておられる方や、外からの方がたくさん来られる。とてもにぎやかな日となっている。毎年学院祭は、土曜日に催されている。土・日はお仕事も休みなので、教務の先生お二人ほど休日出勤をされて、学院に残られて学生のサポートをされている。私は、こちらに就職させていただいて6年目に入るが、学院祭へはほぼ毎年来させていただいている。今年も行かせてもらうつもりでいた。けれど、今朝起きたときお天気は朝からあいにくの雨で結構降っていた。今日は母が午後から仕事が入っていて、車で出勤しているため、それに便乗させてもらって行こうかなと思っていた。だけど・・・何となく気持ちが重い。朝から熱っぽく、鼻は出るし、喉も痛い。体調が優れていないという理由もあったのだけれど、行くのが億劫に感じてしまっていた。完璧言い訳であるのだけれど、日頃の睡眠不足もあったり、仕事がばたばたとしてしまっていたりしたので、ゆっくりと休んでいたいなという気持ちがわいていた。今年の「リハ祭」(リハビリテーション学院祭なので略してリハ祭と呼ばれています)は少し寂しい感じがした。年が経つにつれて、だんだんと簡素化されてきているように感じる。初めて参加させていただいたときは、準備期間の時か学生が力を入れられていて、忙しい時間の合間をぬって一生懸命取り組んでおられた。当日も大盛況で一般の方々にも喜んでもらえている様子が伺えた。そんな学生一人一人が眩しくて、うらやましくて、その熱き姿に感動させられていた。学年、年齢など関係なく、学生皆の絆や団結力が強く感じられた。それが・・・だんだんとそういう気持ちが薄らいでいっているような気がして、学生も自分は自分、人は人、独立心に富んだといったら言葉は良いが、他人は他人といった協力する心に乏しくなってきてしまっているように感じた。でも、それは学生だけにいえないことかもしれない。世の中の流れが昔と違っているということも大きく左右していることと思う。自分の身が危ないと思われつつある世の中、人の身のことを考えているゆとりはないのかもしれない。寂しい。午後になっても雨は止まなくて私は部屋から外を眺めていた。これはどうやら止みそうにないなぁ・・・そのまま家でゆっくりとしていようと思っていた。だけど、私、先生に言っていた。「行こうかなと思っています」と・・・。その先生は、私の敬愛する女性の先生で、最も尊敬している先生である。その先生のおかげで今の笑顔でいられている私がいると言っても全くおかしくない。いつもいつも温かくて、進んで自己犠牲になられることも多く、それでも全然ご自身のことは構われなく、とにかくお人のことばかり考えられ、ご自身のことは謙遜の思いがお強く、しんどくても、つらくても、そんなことおっしゃられなくて、本当に磨かれたお人である。健くんと優くんとおっしゃるお二人の男の子のお子さんがいらっしゃって、お顔は先生に似ていて、わんぱく盛りである。でも、きっと、お子さんの気持ちを尊重された育て方をされておられるんだろうなという風に思う。その先生が、今年のリハ祭の日直として残っておられることになっていて、それを聞かせてもらったのが先週の木曜日。“中野さん、リハ祭は来られるの?”って聞いてくださって、私は“来たいなと思っています。”ってお答えした。そしたら先生は嬉しそうで、でも私はまた先生がご自身が無理をされておられたんではないかと心配になり、“先生、お忙しいのに大丈夫なのですか?”とお伺いしたところ、先生は“うん?大丈夫大丈夫。私当番だから全然大変なことないんよ。”と手をぶるんぶるん振られて笑顔で否定して下さった。私は“私も使ってやって下さい。お役に立てること少ないかもしれませんが。”と言い、先生は“うん。当日は力になってもらうこと多いかもしれないけれど”とおっしゃって下さった。そのことが思い出され、実は朝からずっと先生の言葉が胸に残っていて、“私は先生にそう言ったのに、自分がたいぎいからといってここにいることは、先生へ伝えた言葉を重んじていないことになってしまう” そう思い、午後3時頃、ばっと思い立ち、着替えて家を飛び出した。雨の中走った。リハ祭は朝9時から午後3時までとなっていたので、もう終わってしまっていることは分かっていた。だけれど、このまま家にいることはできなかった。そうしたくなかった。そうしてしまうと私が私でなくなってしまうと感じた。先生へ伝えた言葉を大事にしたかったから。学院が閉まっていることは覚悟の上だった。先生が帰られているかもしれないことも承知の上だった。それでも行かなければと思った。私でいたかったから・・。学院へ着いたときには既に4時を廻ってしまっていて、学院内はすっかり片づけられていた。ふと、教務室(先生方と私の職場です)は明かりがついていた。もしかすると・・そんな思いで走っていった。すると、リハ祭に来ていた学生が「中野さ〜ん」と呼んでくれて、手作りのろうそくを見せてくれて、「まだ温かいんですよ〜」と言って、手に取らせてくれた。。「わ〜かわいい〜。上手に出来ているね〜」と胸躍らせながら少し話をして、その後教務室のドアをノックしてみた。“あ・・”先生はまだいらっしゃっていて、学生と話をされていた。私はそのお話が終わるまで少し待っていて、しばらくしてお話が終わられて先生がふと見られて「あ、中野さん!?どこの学生さんかと思った(笑)」とおっしゃられ、私も思わず笑顔がこぼれた。「ごめんなさい、先生。遅くなってしまって・・。」私はそう伝えて「もう、終わったんですね〜。」と付け添えて言い伝え、「ええ、そうなんですよ〜。もう学生さんで片づけも終わられて無事終わったところなんですよ〜」と話して下さった。この後体育館で学生の間で「後夜祭」が催されるのだけれど、これも毎年恒例となっている。「中野さんも行かれるの?」と先生はお尋ね下さったのだけれど、私は「そうですね。学生さんに風邪をうつしてしまうかもしれませんので、今日は母親が仕事でこちら(呉)へ来ているのでこのままそこへ向かおうと思っています。」と伝えた。後夜祭へ行っても良かったのだけれど、ここで先生と少しの時間を過ごしたく思った。先生は「お母さんはお仕事何時頃終わられるの?」と聞かれ、「8時頃には終わるって言ってましたので大丈夫です。その時間まで(母の職場へ)お邪魔させてもらおうと思っています」「え?8時?そんな時間まで(体)大丈夫?顔色良くないもん。いつもと違う。目の方がこう〜違う」「え?そうですか。違う感じですか?」「うん。熱計った方がいいんじゃない?体温計あるし計られて〜」「先生、本当熱はもうないんですよ。ちょっと喉の方が痛いのとあと鼻が少しずびずびしているだけなんですよ」「あ〜声違う感じだもの。鼻の方も、うん。」先生の私を思ってくれる気遣いが伝わる。もったいない。心配してくれて下さっている。申し訳ない。来るのが遅くなってしまったのに・・・。それから私はしばらくここにいた。先生は先生のお仕事をされておられたが、私は先生が帰られるまでの時間、ここの教務室で一緒にいたかった。先生がそうされている間、私は自分のデスクに座って、リハ祭のパンフレットを読んで過ごしていた。すると、先生が「中野さん、これよかったら・・」と手作りのクッキーとマドレーヌを下さった。「え?!先生、私そんな、そのつもりじゃ・・」「ううん。中野さん、これ学院祭で買ったんですよ。半額だったから〜全然(気にしないで)。」「でも、子供さんに、先生!」「ううん。私もたくさん買わせてもらったから大丈夫よ。子供らのもあるもん。」そうおっしゃられて下さった。あぁ・・・もう、先生・・・。胸の詰まる思いだった。私は何かしたくて、どうしてもお礼というかこの気持ちをお伝えしたくて、お手洗いへ行く道で、自動販売機のところへ向かい、飲み物を買った。レモンティ、ミルクティ、お子さんにはフルーツのミックスジュース、旦那さんには・・・うう〜ん、何が良いだろう・・・しばらく考えていた。すると、隣のところからごそごそと音がする。“え?誰かいるのかな・・”でも、もう学生は皆後夜祭の方へ行っているはず・・・誰?誰?どきどきしながらきょろきょろ辺りを見回すと、リハ学院(私の働いている職場の建物の名前です。病院の敷地内にあります。)の隣はまだ工事をしていて、その建物にはシーツが被されてあるのだけれど、そこから工事のお人が出てきて、私は思わず「わっっ、びっくりした!」と声を上げてしまった。その人は「あ」と言われ、私は「ジュース買われるんですか?(お先に)どうぞ」とお伝えした。そして「誰もいないのかと思いましたのでビックリしてしまって」と付け添え、その人は黄色の缶のコーヒーとあともう一つジュースを買われて、「すみません」と言われてシーツをくぐられて隣の現場へ行かれた。ここへは学院だけでなくて、工事現場に携わっておられるお人も利用されるんだなぁ、と初めてわかった。そして、私は先生のご主人様用の飲み物として黄色の缶コーヒーを買って教務室へ戻った。そして先生のところへ「先生〜あの、これ、よろしかったら〜」と持って行った。先生は大変恐縮してくださり「中野さん、どうして・・こんなことしちゃいけんよ〜」と申し訳なさそうに言ってくださった。「先生〜私も喉渇いていたんですよ。ほら〜レモンティ。先生、ミルクティ大丈夫だったですか?あ〜さっきですね、これを買いに自動販売機へ行ったとき・・・」先ほどの小事件(工事現場の人に会ったこと)をお話して先生も驚いておられた。先生は本当に遠慮深いお人なのでどうか私に気を遣われないでほしい。先生にとって気楽に話せると思ってもらえている存在でありたい、私はいつもそう願っている。それから間もなく先生のご主人様が(先生をお迎えに)見えられて、「これ中野さんに頂いたよ〜」と言われた。ご主人様まで「ありがとうございます」と頭を下げてくださり私は本当に恐縮の思いであった。全然たいしたことなんてしていないのに・・・ウェ〜ン、あまりに申し訳ないので私は心で泣いていた。そして、最後の戸締まりをして一緒にリハ学院を出た。先生はこれからご実家の東広島の方へ帰られるとおっしゃっておられた。私は、“母の職場がすぐそこなので大丈夫ですよ”とお伝えし、学院の前で先生とご主人様とお別れをして母の職場へ向かった。まだ雨は降っていて、ぱしゃぱしゃさせながら歩いて向かった。行ってよかった・・・こんなことなら何故もっと早く思い立たなかったのだろう・・・自分がしんどいからといって楽したいという思いを優先してしまって・・・あのまま行かないで家にいたら私は言葉の重要性を無視したことになっていた。一度口に出した言葉は大事にしたい・・・人にそれを求める前に自分が出来ていなくてどうする。伝えた言葉を大事に生きていこう・・・私を、こんな私のことでも気にかけてくださるお人の心を裏切ることをしてはいけない。大事な人へ伝えた言葉は大事にする。私にとって大事な人たち。その人達の心を決して傷つけてはいけない。私は改めて誓った。守る。この誓い、必ず守ってみせる。空に、天に。雨の降る薄灰色の空に。 |
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2001年11月04日 01時40分13秒
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| 今日は忙しい一日だった・・・。明日(11/3(土))は学院祭という催し物があるため、その準備で学生たちはてんてこまいである。それに伴ってそのための学生指導や応援をしなくてはならないので、自分の仕事を抱えながらこちらの仕事へも気を配ることが要とされる。また、二つから支援が同時に求められたとき、その時点で対処する優先順位などを即座に決めなくてはならなくて頭の切り替えが難しかった。その上、昨日あたりから体調が優れなくて、体が重たい。風邪の引きかけかもしれない。体を動かした後などしんどさが残る。昨日うっかりコタツで眠ってしまったからかもしれない。同じ職場の方にも「それは(その行為は)風邪引きの代名詞ですよ(笑)」と言われてしまった。確かにそうだ。今更子供でも気をつけているところである。我が家では既にコタツが大活躍でコタツは居間におかれてあるのだけれど、布団で眠らなきゃ・・と思いつつもついそのままここで眠ってしまっていた。ちょっと待っていたく感じた気持ちがあったから。待っていてよかった。どうかな〜と、おぼろげながらの気持ちだったけれど、待っている間に声が届いた。飾り気のない声。飾られてはいなかったけれど、とても嬉しい声だった。声といっても、発っせられる声という意味のものではなくて、文字で届けられた声。私の気持ちを気遣ってくれているように感じた。お話することは出来なかったなかったけれど私のことを考えてくれている気持ちがあったことにものすごく嬉しかった。感動してその日はそこで眠ってしまった。おかげで鼻がずびずびいっている。喉も痛い感じだ。でも、ま、いっかぁ。ゆるりと治そう。今夜は月がとても近くに感じられた、そんな満月の夜。 |
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2001年11月03日 00時34分15秒
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| 今日は忙しい一日だった・・・。明日(11/3(土))は学院祭という催し物があるため、その準備で学生たちはてんてこまいである。それに伴ってそのための学生指導や応援をしなくてはならないので、自分の仕事を抱えながらこちらの仕事へも気を配ることが要とされる。また、二つから支援が同時に求められたとき、その時点で対処する優先順位などを即座に決めなくてはならなくて頭の切り替えが難しかった。その上、昨日あたりから体調が優れなくて、体が重たい。風邪の引きかけかもしれない。体を動かした後などしんどさが残る。昨日うっかりコタツで眠ってしまったからかもしれない。同じ職場の方にも「それは(その行為は)風邪引きの代名詞ですよ(笑)」と言われてしまった。確かにそうだ。今更子供でも気をつけているところである。我が家では既にコタツが大活躍でコタツは居間におかれてあるのだけれど、布団で眠らなきゃ・・と思いつつもついそのままここで眠ってしまっていた。ちょっと待っていたく感じた気持ちがあったから。待っていてよかった。どうかな〜と、おぼろげながらの気持ちだったけれど、待っている間に声が届いた。飾り気のない声。飾られてはいなかったけれど、とても嬉しい声だった。声といっても、発っせられる声という意味のものではなくて、文字で届けられた声。私の気持ちを気遣ってくれているように感じた。お話することは出来なかったなかったけれど私のことを考えてくれている気持ちがあったことにものすごく嬉しかった。感動してその日はそこで眠ってしまった。おかげで鼻がずびずびいっている。喉も痛い感じだ。でも、ま、いっかぁ。ゆるりと治そう。今夜は月がとても近くに感じられた、そんな満月の夜。 |
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2001年11月03日 00時34分31秒
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| 今朝家を出るときには星が見えていたのに、午後になってふと窓の方へ目を見やるといつの間にか外では雨が降り始めていて、ちょっぴり気が重たく感じた。雨が嫌いというわけで気が重たく感じてしまったのではなくて、さっきまで良い天気だったのに、急に崩れてしまったので、何となく寂しく感じたのでそう思ってしまった。あぁ・・天気予報当たっていた。西の方からお天気下り坂という予報であった。折り畳みの傘を持って来ていて正解だった。少し肌寒い。雨が降っているため気温が下がっているのだろう。今朝出がけに反省した気持ちがある。母親にも指摘をされた。人に不安を押しつけてしまっていること。不安であるために相手に気持ちに行方を尋ねて、どんな風な思いを持っているのか知りたくて、つい追求してしまう形をとってしまっている。昨日の日記へも書き留めた気持ちなんだけれど、心を大きく保たれていない状態となってしまっているのだ。外からの出来事や人の気持ちなどを大きく包み込むことができる人になりたい。一歩下がって受け止められる気持ちが持てるように自分の心を鍛えたい。まだまだ未熟過ぎるなぁ・・・今の自分では恥ずかしすぎる。社会人となってもう6年目に入ろうとしているのに、成長の足らないところが多すぎて本当に恥ずかしい。自分を中から磨いていきたい。時間が掛かろうとも少しでも自分のことが好きになれるように内側の自分に努力を払いたい。今夜はまだら模様の空だ〜・・・黒い雲、ねずみ色の雲、そんなマーブル状の空の遠くにうっすらとした光を放った月が、雲の間から出てきたり、隠れたりしていた、そんな空の下。 |
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2001年11月01日 22時12分10秒
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| 今朝はすごく冷えたのでマフラーをして出勤した。喉元が寒いと体全体に寒さがしみ入るので、喉は温かくしていたい性分である。なのにどうだろう。お昼に差し掛かる頃から気温が上がり、暑さを感じるくらいのぽかぽか陽気になってくれるのに、家を出る頃の時間はすこぶる寒さだ。私は、動きやすいということもあって仕事へ行くときにはよくジーパンを履いて行っているのだが、朝の時間帯ではジーンズと肌が触れ合うところがひんやりとしてものすごく冷たく、“ひ〜”と雄叫びをあげてしまうほどである。あ〜寒い季節は苦手である。改めて思ったことがある。私はなんて心狭き人間なんだろう、と・・。心に余裕がないのかな。物事を大きく受け止めていたいのに、なかなかそうできていない自分がいて、不安を感じてしまっている自分がいて、一人で抱え込んだままもやもやしてしまっている自分がいる。気持ちが安定していない。情緒不安定というわけではないと思う。そのような心の動きではなくて、嬉しい気持ちを迎えたと思えば何か気に掛かることが起こったり見つかったりして、途端に心配心で心ががちがちになってしまう。自分の自信の無さからくるものもあると思う。自信があればもっと胸を張って、襟を立ててしゃきっとして、何が訪れようとも微動だにしない気持ちできっと立っていられているだろう。だけれど、私はなんてこんなにももろいんだろう。安心したかと思えば次の瞬間には不安になっている自分がいて、自分の心の内を冷静に見つめ直してみると、結局はいつも不安の気持ちを抱えてしまっている。“気にするな、ドンマイ”と声を掛けてもらうことがあっても、気に思ってしまっている。私はこんなにもうじうじとした性格だっただろうか。私の長所は少なからずも“明るくて活発”ということだったのではなかっただろうか。小学校時代・中学校時代いずれも、通知表の生活指導の欄には、担任の先生から「明朗活発」という評価を頂いていなかっただろうか。確かそう書かれてあった記憶がある。卒業して経ってしまってはいるものの、心は鮮明に覚えている。それほど嬉しかったということなのかもしれない。それなのに、今の自分はからっと晴れ間が見えていなくて、何となくぐずついてしまっていて、いつも曇りの天気を抱えてしまっているように思う。唯一の長所と評価してもらえている部分がこんな自分では台無しである。心がもっと強くありたい。優しく強く。磨いていきたい。傷つき、錆びついた心を・・・。 |
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2001年10月31日 23時39分58秒
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おはようございます。今朝も冷え込む朝を迎えて、庭に出た。今日の空は星が遠いなぁ。じっと仰いでいるとふと右の方にきらっと光の流れゆく姿を見た。“あ・・”流れ星だった。紛れもなく流れ星。光の流れは星の放つ光だった。こんなにはっきりと見たのは初めてだ。過去に流星群など星たちが降り注ぐ空もあったけれど、まるで真っ黒いスケッチブックに細い筆ですーっと描いたように流れ行く様をはっきりと目にしたのは・・。見た瞬間息が止まった。少しの間言葉が出なかった。私の心の中にそのまま置き換えられるかのように、心の空に一つの星が流れたような、心の洗われた朝。
2001年10月31日 05時31分17秒 |
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今日で30日が終わり、10月も残り1日となった。月末が近づくと“え、もうこの月が終わってしまうの?”と、時の流れの速さを一層感じてしまう。一日や一週間の過ぎゆくのはまだかな、まだかなと思うくらいゆっくりと流れているように感じるのに・・。今日は走った一日だった。明日までにどうしても届けなければならない書類があって、配達記録の郵便物として処理してもらおうと考えていたところ、今からではその扱いの郵便物は時間が間に合わないため受けられないと言われてしまい、“それならどんな手段がありますか?”と必死の思いで伺ったところ、“速達便で出す”ことが最も有効な手段だとおっしゃられ、職場から一番近い郵便局へダッシュで向かった。一番近いと言っても坂道も少しあり、少し距離もある。“急がなきゃ・・一刻も早く!”大急ぎで靴を履き替え、髪を振り乱し、全力疾走で郵便局への道のりを駆けていった。真っ青な空が気持ちいい。あ、空にひたっている余裕はない!目指すは郵便局ただ一つ。はぁはぁと呼吸を忙しくさせながら目的地に辿り着き、直接窓口にその郵便物を差し出した。ポストだと集配に来る時間が決まっているので間に合わないと考えたからだ。速達は、記録の残らない郵便物扱いなので、確実に届いたかどうかは明日になってみないとわからないため、内心まだどきどきしている。どうかどうか届きますように・・・。祈りながら今朝感じた思いが何度も思い返された。胸の中にほんわりとランプが灯ったかのように温かい気持ち・・・信じる気持ち・・・。当分の間は何も信じないと思っていた気持ちにもう一度、「信じる」気持ちを蘇らせたい、信じる気持ちをなくしたくないと思ったその思いを、幾度も幾度も私の心の中を駆けめぐった。心を乏しくさせたくない。どんなときでも温かさを忘れないでいたい。あ・・見上げると空には満月が昇っていた。昨日まで半月だったのに。よくよく見ると、左側が満月になるまであともう少しという感じだった。満月までもう少し・・・。その月の光はまるでほんわりと灯ったランプのようだった。
2001年10月30日 22時30分10秒 |
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おはようございます。寒い朝。空気が冷たい。窓を見ると水滴がたくさんついていた。外と中の気温の差があるんだな・・“はぁ〜っ”窓を開けて外に向かって息を吐いてみる。わ、真っ白・・。息はたちまち真白な水蒸気となって空気に溶けていった。空を見上げると数は少ないけれどダイヤモンドのように輝く星が遠く瞬いていた。きれい・・心が潤う思いがした。昨日、眠る前に、嬉しい気持ちがあった。“あった”なんて、こんな表現おかしいか・・でも、そんな風に思った。だからそのまま書き留めた。このぐずついていた心に、渇ききった心の土地に、一降りの雨がさーっと潤してくれたかのようなそんな気持ちになった。失望を感じていたこの心に、それは温かく降り注いでくれた雨だった。失い掛けた信じる心を、再びつなぎとめたく思った。ダイヤモンドの星が嬉しかった、そんな朝。
2001年10月30日 06時01分52秒 |
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今朝の天気は雨降りで始まり、時折晴れた空が顔を出し、曇り空で夕方を迎えたといった感じの空だった。朝から比較的暖かく、“少し暑いかな・・”と感じるほどの陽気だった。“今週は祝日がある週だったっけ?”と、急にそんなことを思いながら家を跡にして、おもむろに職場におかれてあるカレンダーを見てみると、11月3日が確かに「文化の日」という祝日となってはいるものの、その日はちょうど土曜日に当てはまっており、土曜日・日曜日が休日の私にとっては差し当たって関係はないお休みであった。残念・・・。“今週も頑張るぞ!”改めて自分に喝を入れた。休み明けの日というものは、午前中の時間帯においては元気一杯で臨むためあっという間に時間が流れてしまったように感じるけれど、お昼を過ぎて午後の勤務時間に差し掛かる頃にはちょっぴり疲れを感じてくる。若くなくなったということなのだろうか、いや、そうではなくて、ただの甘えなのだろう。体が楽を求めてしまっている。たるんどる!何ということだ!いけない、いけない!これから寒い季節がやってくるのにこんなことでは冬を越せない!何か見つけよう。外側から見たら石ころのようなものでも、価値は宝石に匹敵するような感じの何かを見つけたい。あ、今日は曇り空だけれど、月がはっきり見える夜だ・・・。今夜も半月。空を月を仰ぎながら思った。
2001年10月29日 22時15分55秒 |
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今日はあっという間だった日曜日だった。朝から雨が降っていてほとんど一日雨模様だった。明日からまた一週間の始まり。あ、この週で10月が終わってしまうんだ・・・。一日の時間は長く感じられるけれど、過ぎ去った時間を振り返ってみるともうこんなに経ってしまっていたんだ・・ってしみじみ思う。時間を大切にしなくちゃ・・待ってはくれないんだから。時の流れは止まることなく流れているんだから・・ふと部屋の天井を見上げながら思った。
2001年10月28日 23時45分07秒 |
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あ・・・雨が降り出した・・・。ぱらぱらと雨音が聞こえ始めた。あ〜明日は雨かなぁ・・・明日は友達とランチを食べる予定で広島に出ることになっているので、ちょっぴり残念。そういえば今日の夕方空には半月が出ていたけれど、もやもやとした感じの空の上にうすぼんやりと昇っていたっけ。テレビのチャンネルを切り替え天気予報を見てみると、明日の雨の降る確率は80〜90%になっていた。やっぱり雨かぁ〜・・・再び思い直しながらもちょっぴりふぅっとした気持ちになってしまった。26日の金曜日は仕事が終わって友達と広島で待ち合わせをして「家鴨長屋(あひるながや)」というお店で食事をした。このお店は私は2回目だ。1回目も同じ友達に連れてきてもらって、とても明るいお店の雰囲気が印象に残っている。お料理もとても美味しく頂けた。友達は私にとってとても心の安まる友達で、学生の頃から仲良くしてもらっている。出会って10年になる。わ、今自分で書いて驚いてしまった。10年!?・・になるんだ。大学に入ってから知り合ったので、お互い18歳の頃に出会ったからもう10年になるんだ・・早いなぁ・・出会ってこんなに長い月日が流れたんだなぁ・・改めて思った。メールや電話で連絡はしていたけれど、友達の方は来月結婚を控えていて毎日とても忙しい生活を送っているので、なかなか会う時間を設けることが難しかった。だけれど、今日久しぶりに会える時間を作ることができて本当嬉しかった。私は、少しやりきれないような、ぐずっとした気持ちを抱えていたこともあって、友達に気持ちを聞いてもらって、意見を伺いたかったこともあって、前もって気持ちを心の中で整理しておいた。友達の方が、翌日は朝早く予定が入っているため、あまり遅くまでいることが難しいと話してくれていたから、気持ちを整えておかなくちゃと思って準備をしていた。私はどちらかといえばあまり愚痴をこぼすことをしない方である。友達には決して話したりはしない。私が話すことによって、聞かせてしまうことによって、友達の気持ちを快くない気持ちにさせてしまうことが何より最も嫌だから。むしろ、明るい話題をして、自分のおっちょこちょい話やドジ話は尽きぬほどあるので、その話をおもしろおかしく話して聞いてもらって、友達の心を和ませる時間を作ることの方が私にとっては大切だから。そのため、もやもやとした思い悩んでしまう気持ちは、自分の心にこもらせて、自分で解決しよう、しなくちゃと思うので、心がぐしゅんぐしゅんとぐずついてしまうことが多いのかもしれない。お店の中に入って、始めに飲み物を注文して、それから二人でメニューを見ながら“なんかメニューが変わったね〜。前の方が見やすかったね〜(笑)”なんて言いながら、“何にする〜?何食べたい〜?じゃあゆきちゃんはサラダ担当ね〜”なんて小首をかしげながら微笑みかけてくれるくしゅっとした友達の顔は、こわばった気持ちを抱えていた私を少しずつ癒してくれていた。それぞれに食べたいものを言い合いながら、“これどうかな?大丈夫?”とお互いに気持ちを伺い合いながらお料理を決めた。1回目に来たときと変わりなく、お料理はどれも美味しかった。お料理を二人でつつき合いながら、いろいろ話したり聞かせてもらったり、とても楽しいひとときを過ごせた。帰りの電車の中で、私はふと自分の気持ちがとても潤っているのを感じた。心がほっとしていた。優しくなれていた。友達の優しさを注いでもらえていて、帰り道を一人てくてく帰っている時間はとっても穏やかな気持ちでいられていた。友達の笑顔が私の心を温かくしてくれる。ありがとう、たけちゃん。あなたは私の支えです。あなたは人にとても優しいぶん、自分のことを後回しにしてしまいがちで、いつも自分の気持ちよりも相手の気持ちを気遣ってくれるから、気がつくと疲れをため込んでしまっていることなど多いと思います。私はいつでもこう思っています。あなたの気持ちを支えていてあげられる存在でありたいなって。頼りない私なんだけれど、あなたにとってほっとしてもらえる存在でありたいなって。私にとってあなたがそうであるように・・・。空に思った。雨音がぱらぱらと耳に聞こえる今夜の空。
2001年10月28日 00時23分23秒 |
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今日は出張だった。午前中はいつも通り同じ時間に出勤して、10時20分頃に職場から直接出張先に向かった。広島駅の近くの「ホテル広島ガーデンパレス」というところだ。ここへ行くのは2回目だ。昨年の春に同じ件で出かけた。私は病院の中に附属している専門学校の事務に就かせてもらっているのだけれど、3年前くらいから日本育英会主催のもので、奨学金支援制度の説明会のようなものが年に春と秋とで2回開催されるようになった。私はどちらにも出席を心掛けている。最近は難しい。インターネットの普及に伴って情報も技術も高度化しており、一年一年新しいことが入ってきては拾得するために勉強するといった具合である。ついていくのに手一杯である。今日も新しい取り組みについて学んできたところだ。この仕事を担っているのが事務員である私だけということもあり、責任もあり、やりがいがあるぶんプレッシャーも感じている。他の人には甘えることのできない大事な仕事だ。無論、仕事は甘えた気持ちで取り掛かるものではないけれど、自分がきちんとしておかなければ皆に迷惑が掛かるのだと思うと正直“私がしっかりしなくちゃ”というプレッシャーにかられる。“あ・・・”今自分で思ってはっとした。これ・・・この言葉、私はよく人に言われる。“しっかりしてるね”と。“しっかりしてる”・・・私に対して言ってくれた方には私という人物がそう映ったからそう言ってくれたんだね。私もそう思っていた。私はしっかりしているって。どうしようもない大ドジで、救えないほどの大ボケで自分で自分が呆れてしまうところばかりの人間なんだけれど、それでも芯はしっかりしていると思っていた。家族がどちらかというと芯のしっかりしたところを備えているのでその影響も強いのかもしれない。それに、小さい頃からそのような環境で育ったせいか、自分の心を解放することがあまり上手くない。そのような環境というのは、私は家庭環境に恵まれていなくて、両親は共に健在しているのだが父親の方はどうしているのかさっぱり知らない。父親に恵まれない環境で母親と母親の両親、いわゆる祖父母にここまで育ててもらった。その頃から自然に“私がしっかりしなくちゃ”という気持ちを心に根強く備えてしまっていたように思う。と、同時に、“自分はもういいや”という気持ちも明かりを灯していた。“どう頑張ったって幸せになんてなれるわけがない、なれなくていいや、どうだっていいや”・・・自分に投げやりの気持ち・・・自分のための幸せなんて望めば望むほど、夢見れば見るほどつらくなるだけ、心が豊かになることなんてありえない、一生ありえない・・・ひそかにそんな気持ちをずっと心に持ってしまっていた。悲しい日々はいらないのに・・・悲しい気持ちはもう欲しくないのに・・・。誰にも言えなかった。言ってしまうと家族の心に負担になる。家族に責任を感じさせてしまう。“子供にこんな風に思わせてしまった”って、“こんな子に育ててしまった”って。“私たちの責任だ”と母と祖父母を苦しめてしまう。弱音は絶対吐いてはならなかった。苦しいときがあっても、私が苦しいと感じたときには家族はそれ以上に苦しい、泣きたいときがあっても、私よりも家族はもっと泣きたい気持ちなんだ、そんな風に思う気持ちが働くようになって、私は自分のことで泣くことをやめた。泣くことができなくなっていた。心を、自分の心に蓋をしてしまっていた。頑固な蓋。それはそれはかたくなな蓋。そこだけ見ると“しっかりしている”という言葉がしっくりくるような気がする。当たっている、そうだ、私はしっかりしている、そう言い聞かせる。それなのに・・・どうしてこんなにも悲しいのだろう。誉めてくれている言葉だと、思うのに、私なんかに、もったいない言葉だと、思うのに、どうしてこんなにも寂しいのだろう・・・。私は、しっかりなんてできていない・・・本当は苦しくて苦しくてどうしようもなくて、悲しくて寂しくて溢れそうで、そんな気持ちに堅く堅く蓋をしてこぼれてないように、決してこぼれてしまうことがないように、力一杯蓋をして、心が乱れてしまわないように自分をコントロールして、そうすることがいつの間にか普通になってしまっていて・・・。しっかりしていなくてはいけない気持ちが、どれほどつらくて、どれほどにしんどいものなのか誰にも伝えることは許されず、誰も知らなくてもよいことで、私自身が押さえつければよいだけの気持ちで・・・。心が泣いている・・・。あの頃に涙は渇ききったはずだったのに、もう蓋をしてしまっているはずの心であったのに、今頃になって再び涙が蓋からひとすじ、ふたすじ、温かいものが通っていくのを感じた。本当は私、しっかりなんて、できていないんだよ・・・悲しいくらい、もろい奴なんだよ・・・心が話した。そんな半月の遠い空。
2001年10月25日 23時28分04秒 |
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今日も一日晴天に恵まれ、とても良いお天気だった。ただ、朝晩と日中と気温差があるため、朝多めに着込んで家を出るので日中は汗ばんでしまう。職場の方へ軽めの装い物を一着設けておいた方が便利かもしれないなぁ、なぁんて思った。ここのところ何となく感じられている寂しい気持ちはそのまま変わらなく現在もそんな気持ちで、ふっと気を抜くと沈んだ顔をしている自分にはっと気がつく。“いけない、いけない”自分に言い聞かせながら頬をぴしゃりと打ち、再び自分を取り戻す。あ〜今の自分嫌い〜どんより雲を抱え込んでしまっている自分にうんざりする。こんな気持ちがするのはきっと自分に一生懸命になれていないということだ、納得のいく自分に・・・。今生きている人たちで“自分は自分の望んでいる自分である”と答えられる人はもしかしたら少ないかもしれない。だけど、近づきたいと思っている人は多いかもしれない。いや、近づくために努力を払っている人たちに、私は羨ましさを感じているのかもしれない。“頑張ろう!”と自分を励ましはするものの、自分の目の前の道に大きな石が道をふさいでしまっていて、歩きたくても歩けない、ならば、石を動かす努力をすればまた違う考えを持った道が開けるかもしれない可能性があるのに、そうすることをしないで立ち止まったまま、目の前のふさがれた道の先を、遠い目をして見つめたまま、その道の先にある何かを見ることなくつかむこともなく憧れのまま留めてしまっていて、このまま自分が前に進むこともなく、すべてに取り残されてしまうようなそんな気持ちにかられてしまって恐い。頑張ろうという言葉の目指す先を自分の目で確かめられていないから、そんな自分にいらだちを感じ、これから先の時間に恐怖を感じている。自分は立ち止まってはいても時間は止まらない。時間の流れに自分が乗り切れておらず、流れ行く時間の後に後に立ってしまっているばかりで、いつか自分が、風に吹かれていく砂のようにさらさら流れて去られて、そして空気に消えてしまうかのようなそんな寂しい鼓動が止まらない。こんな風に思う心はただの負け犬の遠吠えで、努力の足らない自分自身に、“努力すればいいだけのことじゃないか”といえば全くそのように思う。すべては自分の情けなさからくる思い。甘えている思い。早く笑顔を取り戻さなきゃ、こんな気持ちで大好きな空を仰げない・・・見上げた空には半月が出ていて、そのすぐ横にうすぼんやりと光る一番星が出ていた。遠く放つ光だった。たとえ満足のいく自分にはいかないとしても、一生懸命の自分でありたい。一生懸命でいる自分でいつもいたい。道はまだ見えなくても、道は見えてくることを信じることを忘れないでいたい、そんな風に思った今日の空。
2001年10月24日 22時50分13秒 |
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おはようございます。いつもの朝の通り新聞受けに足を運ぼうと玄関のドアを開けて庭に出た。すると、どうしたんだろう。今朝見上げた空は遠くに感じた。ずっとずっと高くて、遠くて、星が少し出ていたんだけれど、その星の光もずうっと遠くて、星たちも遠くに感じた。心がぽっかりした気持ちだった。ぽっかりと穴が開いた気持ちという感じじゃなくて、なんて伝えたらいいのだろう・・・心の中にある何か一つがひゅんっと消えてしまったかのようなそんな気持ちだった。空が真っ暗な空だからか、その気持ちをより深く募らせ、だんだんと寂しい気持ちになってきた。私を包み込んでくれている大きな手がない。ふわっと受けとめてくれる手がどこにもいない。この空にひとりぼっち。誰もいない。もっと近くに感じていたいよ・・・空に願った。遠い空に・・・。
2001年10月24日 05時35分29秒 |
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日曜日からずっと降り続いていた雨も今日はからっとあがって久しぶりに青い空を仰いだ。気持ちいい〜。午後からは少し汗ばんでしまうほどのぽかぽか陽気で、思わずうとうとと感じてしまう心地だった。今は何だか寂しい気持ちがしている。今朝家を出るとき月と星が出ていた。“あ、晴れるかな”と思いながら、家を跡にした。“どんなに小さいことでも構わないから、何か小さないいことないかな”そうちょっぴり心に思ってしまった今夜の空。
2001年10月23日 21時32分08秒 |
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おはようございます。あ〜やっぱり雨だ〜。小雨ではあったけれど、天気予報によると西から下り坂だそうだ。今週は雨の幕開けかぁ・・・。そう思いながら庭に出て新聞受けに向かい、ビニール袋に入れてもらっている新聞を受け取った。雨が降ったり天気の思わしくない朝を迎えるといつも思う。新聞がビニールに入って届けられていることに、“朝の忙しい時間にこのような心遣いありがたいなぁ”って。その新聞屋さん達の心遣いのおかげで濡れていないきれいなままの新聞を拝見できている。この心を当たり前と受け取ることはしたくない。ありがとうと思いたい。玄関に入る直前に左の方でチカッて光ったような気がした。“ん?”と思って目をやると真っ黒い空に、色はなかったけれど虹のようなアーチ型をしたうすい影のような物が見えたような気がした。なんだったんだろう・・・錯覚かな・・・そう思いながら入ったそんな雨の朝。
2001年10月22日 05時17分32秒 |
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今日は朝から雨・・・今も降り続いている。明日も雨かなぁ〜そんな風に思いながら過ごす日曜日の夜はふぅ〜っと思わずため息が出てしまうようなちょっぴりしょんぼりした気持ちになる。私の職場に出産を控えた女の先生がおられて、来月の一日には出産準備を迎えるため産休に入られる。先生と出会ってこの10月で5年と7ヶ月の月日が流れる。早いなぁ・・出会った頃は私も社会人になって初めての年で、右も左も分からなくて、自分がどこに立っているのかも分からなくて、ただ目の前に与えられた仕事をこなすことだけにいっぱいいっぱいの毎日を送っていたそんな中、にこっと微笑みかけてくださる真っ白いつるつるのお肌の先生、“あはははは”と甲高く笑われる先生、私が大ドジをした時でも、手をぶんぶん振ってくださって“ううん、いいよいいよ。気にしないで〜”と、心優しく許してくださる先生、皆のいないところで“中野さんだから話すんだけれど・・・”と、先生内事でのあまり外に出されないような問題などの仕事上でのお話を聞かせてくださり、私を信じてお話ししてくれた先生。その先生が9年ほどおつき合いをされておられた方と昨年ご結婚された。結婚式には私にもお声をかけてくださった。“結婚しようと思うんだけれど、式に出てもらえるかなぁ?”と、ご招待状を頂く前にお話ししてくださった。私はびっくりした。そんなお気遣いをしてくださるなんて・・・私なんてご招待していただけるところででもこちらからお礼を申し上げなければならない身分であるのに・・・。感激で胸がいっぱいになった。就業時間が終わって一息ついた時間や、休憩時間、勤務時間中のほんのちょっとした合間などに、私は先生と食べ物の話でいつも花を咲かせていた。新作パンの話、お菓子の話など、食べ物の好みが似ているところもあり、きゃいきゃい言いながら話していた。そんな時間が日々仕事に追われ、周囲に追われ、そんな風に感じていた私の心を癒してくれていた。お薦めの物などお互いが購入したりしてふるまったり、感想を述べ合ったり、一緒に過ごした時間が懐かしく思い出される。先生のいてくれる職場が、自分にとっていつの間にか空気のように感じられてきて、先生の笑顔が私の支えになっていた。ここまで自分が頑張れてこられたのは先生のお力のおかげだとしみじみ思った。先生・・・先生に出会えて私は本当に嬉しかった。今のこの職場にいなかったら、私の人生の中で先生に出会うことはもしかしたらなかったかもしれない。先生との奇跡的といえる出会いに、今ある自分がたどってこられた時間に感謝します。先生がお休みに入られるまでに、お手紙を書こうと心の中でふんわりと思った、そんな雨の日曜日。
2001年10月21日 23時00分01秒 |
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今夜の空はちょっとぼんやりのお空。今日も三日月が出ているんだけれど、うすぼんやりと霧がかかっているみたいに映えている。あ〜こんな空もいいなぁ。見上げる空は一日一日色々な顔を見せてくれる。その一日の間でもさっきと今とではまた異なる表情で私たちのいる地球を温かく包んでくれる。ほっとする。沈んだ気持ちの時でもいつも空は優しく大きな手で包み込んでくれているように、一人ぽっちじゃないよと、その大きな両手で支えてくれているかのように優しい空気を届けてくれる。日記を書くようになってから、気持ちが落ち着いてきたような気がする。心にゆとりが持てるようになったようなそんな感じがしている。もちろん今でもやりきれないことがあったりして、悲しい気持ちになったり、沈んだ気持ちになったり、気持ちが乱れてしまうことはあったりするけれど、だけど、“信じる気持ち”が強くなってきたように思う。自分を信じる、誰かを信じる、今日を信じる、明日を信じる、これからを信じる、そんな何かを誰かを信じる気持ちが私の心をこんなにもほっとさせてくれて、笑顔にさせてくれて、これから進んでゆく自分の心に元気を与えてくれているような気がする。はじめは日記なんて続かないだろうなと思っていた。仕事が忙しかったりすると、きっと面倒くさいなと思って投げ出してしまうんじゃないかなとか思っていたけれど、日記を書くようになって、自分の気持ちを思った通りそのままにただ綴るかたちではあるけれど、これほどまでに自分の気持ちが落ち着くようになるなんて思ってもいなかった。まだまだ私は未熟者で、後ろ向きの気持ちが強く働いてしまうけれど、これはもう治らないかもしれないけれど、そんな自分も自分なんだと思えるようになってきて、完全に治ることは難しいかもしれないけれど、少しずつこれまで自分に備えていなかった前向きな考えや、人から与えてもらえる助言や忠告を受け入れられる大きな広い心が養うことができるように、成長していければいいなと思った。本当まだまだなんだけれど、空の優しさに少しでも近づくことができるように空の温かさの下で頑張っていきたい・・・。
2001年10月21日 00時18分51秒 |
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今夜の空も三日月に照らされて真っ黒な夜が明るい。明るい夜はやっぱりほっとするなあ〜。。。今日はちょっと体の調子がよくない。明日も優しい空が仰げますように。
2001年10月20日 01時00分37秒 |
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ふわわわ〜今日は一日良い天気だった〜。昨日と一昨日と雨模様だったので2日ぶりに仰いだ晴れた空が気持ちよく感じた。今日は外から来られる方も多い一日で、バタバタとたてこんだ日だった。“あ〜明日行ったらお休みだ〜”心の中で“うぅ〜ん”と大きく背伸びをする。木曜日の夕方にさしかかると一気にほっと肩の力が抜けるような感じがする。最近聞き違いが多い。今日も聞き間違えてしまった。同じ職場で働いておられるもう一人の事務の方が、「新館の方へ行きますけれど何かありますか?」と声をかけてくれたところ、“新館”の言葉がきちんと聞き取ることができなくて、「え?シーラカンス?」などと訳の分からない言葉を発してしまい、その事務の方に爆笑を提供してしまった。実は先日も少し似たようなことをしてしまった。外から講義で見えておられる先生にお茶をお持ちしようとしたところ、先生はお急ぎのご様子で「もう1コマありますから・・」とおっしゃられたらしいのだけれど、あいにく“もう1コマ”の言葉が聞き取れず、「小物がありますから」と聞き誤ってしまい、“小物って何だろう??”と少しの間考えてしまった。まったくとんでもなく大まぬけ野郎である。耳が遠くなってしまったのか、もう体はすっかりおばあちゃんである。あ〜明日も頑張らなくちゃぁ〜ガッツポーズで自分にファイトをかける。よぉし、明日はどんな空かなぁ・・・。
2001年10月18日 23時05分50秒 |
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今日は朝から雨。長袖を着ているけれど結構肌寒い。それに何となく今週は長く感じる。先週が月曜日が祝日だったのでそのギャップが大きく感じているのかもしれない。まだ水曜日かぁといった気持ちである。昨日とうとう居間にコタツがデビューした。昨晩はコタツをするにはまだ暖かい気候だったので、電気を入れないで過ごした。それでも十分快適に過ごせた。今日は電気を入れて迎えた方がいいかもしれないなぁ・・。今日の降る雨は何だか哀しい雨。本当は晴れていたいのに雨、と言っているような感じの空に感じられた。空は優しいから自分の気持ちよりも相手の気持ちを考えて受け止めてくれるから、そんな温かい心を備えている空にときどき“しんどくないかな”ってふと思ってしまった。心が豊かなぶんいろんなところから頼まれたり、頼りにされたり、背負うものが大きいことがあったりするから、雨に“今日は雨降らすから”と相談もなしに一方的に言われてたり、雲に“ちょっとどいて”なんて言われてしまうことがあったり、お日様に“今日は晴れがいいよね?!”とこちら側の意見を尋ねる口調ではあるけれど“うん”という返事で返してもらえるように期待される質問をされていたり、空はいつも受身。どんなときも受ける側。そんな空だからこそこんなにも優しい空で私達のいるこの地球はいつも温かく、穏やかでいられる。空を見上げると、笑いたいときや嬉しいときは思い切り微笑んでいられ、悲しいときや泣きたいときには心癒してくれて少しずつ落ち着かせてくれる。そんな空の下で今日も歩いている。いつも歩く道を優しく照らしてくれてありがとう。かけがえのない空に感謝した。
2001年10月17日 22時19分01秒 |
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つらかった・・・。いきなりこんな文章で日記を開けてしまった。私はどうしたらよいのだろう。それはたわいもない親子で話した会話の中で起こった。先日私は一人で祖父の眠るお墓参りへ行ったのだが、昨日母親と祖母も行ったらしく、私が仕事から帰ってきたときに“おじいちゃんのお墓にお花が飾られてあったのよ”と話して聞かせた。私は行ったことを言っていなかったこともあり、“二人は誰が参ってくれたのだろうね”と心当たりを人をいろいろあげながら考えていたらしい。“あ・・まだお花あったんだね。よかった。”と私は一言呟いて、その後少し間があり、“え?あんた行ってくれたの?!”と、母はとても驚いた様子で自分の部屋で休んでいた祖母に知らせに行った。それはそれは嬉しそうな様子だった。私はそんなにたいそうなこともしていなく、むしろ自分の生活が忙しかったとか等の理由を重ね、行くことを怠っていた自分が恥ずかしく、祖父に対して申し訳なくその思いが強かったので、当たり前のことではあるけれど、わざわざ二人に伝えるようなことでもないので、言わないでおいた。二人にとって私のその行為はとても嬉しかったらしく、母は私にお好み焼きを作ってくれた。何ともどうしていいか・・・私はそのようなものをもらえるほどのことをしたつもりでもないし、とても恐縮する思いだった。母親と一緒にお好み焼きを食べながらテレビを見ていた時である。母がぽそりとこう言った。“私の時にはジェリーと一緒のところにほってね”“??”私は始め意味が分からなかった。別に母に聞き返すこともしなくて、しばらくどういうことだろうと考えたが間もなく理解した。ジェリーとは、前に家で飼っていた犬の名前で今から7年前に亡くなった。老衰だった。私が小学校5年生の頃に母が拾ってきた。種類は雑種。真っ白の雌犬で目がくりっとしたところが愛らしかった。亡くなったときはわんわん泣いた。お墓を建ててあげたかったが残念なことにそうすることはできなくて庭に埋めた。その犬が亡くなる半年前に祖父が息を引き取ったせいもあり、我が家は火が消えたようだったため、周囲に力が入らなくなってしまっていた。現在も番犬ジェリーは庭で眠っている。そのジェリーと同じところへほおる・・・母は自分が亡くなったらジェリーと同じところで眠るということだろうか。母はもう何事もなかったかのようにテレビを見ていた。笑っていた。だけど横になってみているせいか、少し眠たそうで時々目をつむっていた。私はそんな母に隠れるようにして声を殺して泣いた。母にそんな思いをさせてしまっていたなんて、私という奴は母に対して何のご恩も親孝行もしていないのだ、母にそんな風に思わせてしまうなんて・・・思いつきのような感覚で、母が冗談で言った言葉であったにしても、母があまりに可哀想で申し訳なかった。母が私達姉弟をどれだけ苦労を重ねて育ててきてくれたのか分かっているつもりだ。この20年近く、ずっと自分を犠牲にして働いて働いて、働き通しで育て上げてくれたね。世間から冷たくされることもあっただろう、私達には見えない分からない多くの苦労を担っただろう。笑った時間より泣いた時間の方が多かっただろう。そんな母を私は心から愛しく思い、あなたの娘でよかったと思った。できそこないの娘だけれど、母が私を産んでよかったと思ってもらえるように、自分の人生を後悔するような思いをさせてしまうことがないように、母の心をいつも支えてあげたいと思った。
2001年10月16日 21時58分03秒 |
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「宇品入り口」路面電車の停留所で下車し、4人は歩いて目的地「瀬戸内海汽船結婚式場」へ向かった。入り口のドアが押すタイプのもので「自動」と書かれてあったので“ん?”と思いながら近づいて見ると、キィっとドアがひとりでに開いたため、予期しなかった目の間の出来事にあまりにもビックリしてしまい“うわわっ”とおののいてしまった。周りの友達は私を支えるように手を引いてくれて、いざ中へ入った。中は涼しくてひんやりとした空気だった。ご親族の方々は既に少しお見えになられていて、私たちは新婦のいる2階へと足を運んだ。“わ〜。。。”言葉を飲んだ。“きれ〜い。。。”白いウエディングドレスをまとった友達はお人形さんみたいだった。“かわいい〜。。。”お人形さんが近づいてきた。“うわ〜。。。”形容詞や感動詞ばかりが心に浮かぶ。“今日は来てくれてありがとう”お人形さんはそう言って微笑んだ。そこへ新郎さんも来られた。その頬は真っ赤で嬉しくて仕方がないといったお顔をされていた。二人とも嬉しそう〜。長い間会えていなかったが、友達は全然変わっていなくて、話しづらいという気持ちもわくこともなく、間もなく私たちは下へ降りた。はじめはご親族だけの式があり、その後私たちが招待されている披露宴が催された。披露宴は船の中で行われ、広島港から宮島まで行き一周してとりおこなわれたクルージングでの結婚式はそれはそれは豪華だった。お二人のお色直しは2回行われ、白いウエディングドレスからワインレッドの洋風ドレスに変わった。“こちらもなんてきれいなんだろう。。。”友達はお人形さんからフランス人形に変身した感じがした。私たちは大学時代の先生と一緒に皆でキロロの「未来へ」という歌を歌った。皆でそろって練習はしていなかったのだけれど、先生の盛り上げもありなかなか楽しく歌うことができ、皆さんにも喜んで頂けた。お料理も美味しく、私はナイフとフォークを使うのが上手ではないのと食事をする間が良くないというのかあまり食べることができなかったけれど、お料理の鑑賞をたっぷりと楽しむことができ、満足だった。新郎・新婦の上司等のご来賓の方々によるご挨拶も聞かせていただき、しんみりとした。中でも一番胸が熱くなったのは新婦の言葉。28年間お世話になりましたという彼女の思いが込められた言葉に思わず涙がこぼれた。彼女のお父さんは、彼女が18歳の時にお亡くなりになられたということをこの時初めて聞き、彼女が結婚することによって彼女のお母さんが一人になられることが彼女の一番の気掛かりであったこと、心配している彼女のところに一匹の猫が玄関前にいてお母さんが寂しくならないようにお父さんからの贈り物と思ったと彼女が感じたこと、彼女が結婚に至るまでさまよわれた気持ちが伝わってくるようなそんな思いがして、彼女に幸せになって欲しいと心から思った。これから歩まれる彼女の道が、彼女にとって最良の道となられますように。彼女がいつも笑顔でいられますように。フランス人形の彼女を遠くで見つめながら私はずっと思った。
2001年10月16日 21時12分11秒 |
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今日の仕事からの帰り道の空は何ともきれいな空だった。山際にたくさんのうろこ雲が、夕日の光に照らされてオレンジ色に輝いていて、一つ一つがつやを帯びていて絶句するほどきれいな空だった。山から遠くの空はまだ水色で二食の色の空が混ざり合っているようで、混ざり合っていないところもあって、不思議な感じがした。“夕焼けになると次の日は雨が降るんだったっけ・・・”オレンジ色の雲の空を見てからしばらく経ってからふとそう思ったけれど、“(雨が降っても)まぁいいかぁ・・”とすぐに思い直した。
2001年10月15日 22時27分13秒 |
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おはようございます。今朝は雲の多い空だ〜。まだ真っ暗な時間なので始めは分からなかったが、山際の近くに三日月が出ていて、それがうすぼんやりとした光を放っていた。はっきりとした黄色の光ではなくて、三日月の輪郭にぼんやりと雲がかかっていて毛羽立っていた。星は見えなかった。少し肌寒さを感じたけれど、心地良い感触だった。今日からまた一週間の始まりだ・・・月曜日はどうしても週末の休み明けすぐのためにはぁ〜っと気が重く感じられてしまいがちだけれど、今は心豊かな気持ちであった。そんなまだ世も明けやらぬうすぼんやりの三日月の朝。
2001年10月15日 05時25分17秒 |
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今日は大学時代のお友達の結婚式だった。招待状と併せて届けられた案内状に、クルーザーでの結婚式とあり、どんなのか想像もつかなくて、胸をわくわくさせながら家を集合時間よりも2時間半前に出た。どうしてこんなにも早めに出たかと申しますと、場所が家から遠いということで余裕を持って出たということと、あとこちらが重要ではありますが、極度の方向音痴であるということ。ちょっとやそっとのものではない為、これは早めに出るに越したことはないと思い、食事もとらないまま家を跡にした。集合時間は2時だった。バスとJRで広島駅に向かい、12時15分頃には駅に到着した。そこから路面電車で約30分ぐらいの所に集合場所の“瀬戸内海汽船”がある。初めて行くところでもあって電車に乗った時点で既に緊張していた。途中、同じ結婚式に招待されている友達に偶然路面電車の中で一緒になった。“あ〜ななちゃん、たけちゃん、久しぶりだね〜”感激のあまり電車の中だというのにキャーキャー騒いでしまった。懐かしい顔。二人とも全然変わらない。タイムスリップしたみたいな気持ちだった。“ゆきちゃんもこんなに早く行くの?”そう言われて、先程述べた理由を二人に説明し、“無事に着けてよかったよ”とほっとした声をもらった。二人は受付の任務を仰せつかったらしく、早めに行くよう言われたそうだ。そのうち、もう一人の招待されている友達が乗り合わせてきて、また話に花が咲いた。楽しい。自然に笑みがこぼれる。“じゃあ皆でまりちゃんの花嫁姿を見に行こうか”と話がまとまり躍る心を抑えながら向かった。続きはまた次回に書きます。
2001年10月14日 23時13分56秒 |
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おはようございます。あ〜水色の空が広がっている。今日はいいお天気になりそう。よかった〜。今朝はそんなに寒い朝を迎えることもなくて、過ごしやすい朝を迎えられた。今日はお友達の結婚式だ。お休みの日ではあったけれど目覚まし時計をセットして5時に起きた。起きたときは外はまだ暗くて、庭に出てみると空には星が一面に広がっていた。“あ!三日月・・・”窓からまっすぐ見える山の近くに輝く黄色の光が目に飛び込んだ。三日月を見たのは久しぶりで何だかとても嬉しかった。三日月とともに真っ黒な空にきらきらと光り輝く星たちが散りばめられていて、星たちは一瞬輝き、落ち着き、再び一瞬輝き、また落ち着きといったそれぞれが一定のリズムを備えていて、それが一層美しさを増し、儚さを感じさせた。空が近くに感じた。そんな三日月のまだ明けやらぬ空。
2001年10月14日 07時13分50秒 |
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今日は体が痛い〜。昨晩きちんと布団で寝ることをしなかったからだ。毛布にくるまったまま居間で眠ってしまっていた。朝は寒くていつも起きている時間と変わらない時間に目が覚めてしまった。やっぱり秋だなぁ・・朝が冷え込む。布団で眠らないとしっかり疲れがとれなくなってきた。あ、明日は友達の結婚式だ・・・昨日、その結婚式に招待されている友達から電話があった。“あ、ゆきちゃん?!”懐かしい声が電話口から流れた。“わ!ともかちゃん〜?”思わず歓声を上げてしまった。全然変わっていない。彼女とは2年ぶりぐらいになるだろうか。その時も共通の学生時代の友達の結婚式で招かれたときだった。その時点で彼女は結婚をされていてお子さんもおられた。それ以来、連絡は途絶えていたのだけれど、彼女の懐かしい声は心地良かった。あふれる話題に自然と笑みがこぼれる。“大(だい)くんは元気〜?”“あ、覚えててくれたんだ〜もう3歳になったよ〜。”電話口できっと微笑んでいる彼女の様子が思い浮かばれた。もう3歳になられたんだ〜。早いなぁ。あれから2年も経ったんだ。私たちと同じ彼女の学生時代の友達として私と彼女を含めて8人出席されるそうだ。結婚される彼女とも私はとても仲が良かった学生の頃は、塾の講師のアルバイトを彼女から声を掛けてもらって一緒にしていた。いっぱい遊びに行ったりして一緒に過ごした思いでの時間も多く、あんなこともあったなぁ、こんなこともあったなぁと懐かしい思い出の引き出しを開けて思い出していた。とうとう彼女も結婚されるのかぁ〜・・・同じ時を過ごした彼女との思い出が深く蘇る。一緒に学んだ時間、一緒に笑った時間、一緒に泣いた時間・・・まりちゃん、あなたはとても強そうでいて、とても弱かったね。しっかりとしているあなたをすごく尊敬していて、もろい部分を備えているあなたを、あなたが必要な時に支えてあげることのできる存在でありたいと思っていたよ。どうか、どうか幸せになってほしい。あなたがいつも笑っていられますように。空に思った。明日は晴れますように・・。
2001年10月13日 22時13分40秒 |
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おはようございます。あ〜空が気持ちいい〜。ちぎれ雲やすじ雲、わた雲、空の青に溶けていたり、いなかったり、今日の空は元気な空のように感じた。ちょっぴり肌寒いけれど、朝にこうして穏やかな心で空を仰いでいられるときが一番嬉しい。心が潤っているのがわかる。優しくありたい・・・そう心から思っている自分がいた。
2001年10月13日 07時47分45秒 |
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“あ〜今日はハナ金だ〜”仕事していてふっと思った。今週は祝日(10/8:体育の日)もあったためか何となく得をした気持ちだった。ブルーな気持ちはひきずってしまうもので、昨日からへこんでしまっている重たい気持ちを、現在も抱えてしまっている状態のまま仕事に臨んでしまっている始末。いけないいけないとは思いつつも、自分が今沈んだ顔をしてしまっているのがとてもよく分かる。“そんな面構えをしてしまったままでは周りの人も近づいてはくれないこと分かっているのに・・ど馬鹿!!”心で思い叱る。何だか・・・ふてくされた顔をしてしまうことで一つ、もう一度ぶす顔をするとまた一つ、ぽつんぽつんと幸せが逃げていくようなそんな気がした・・・。“痛っ”左手首がどうも痛い。午前中、台車を使って荷物を運んだんだけれど、台車を押すときにぐっと力を入れると痛みが走り、力が入らない。そういえば昨日から少し痛みが感じられた覚えがあった。“ひねったのかな”そんな風に思いながら自分の机に備えていた湿布薬を貼り、包帯がなかったので取り急ぎハンカチを巻いて安全ピンで留めた。“こんな風にするとなんだかちょっと大げさに見えてしまって嫌だなぁ。”皆にも気を遣わせてしまうことにもなりかねないし・・でも、早い処置で痛みが取れるならさっさと痛みを取ってしまいたい、また、人もお忙しいのだから私のことなど目に入られるようなことなんてないだろうから大丈夫だろう〜そう思い直し、再び仕事に取りかかった。“手首、ひんやりとして気持ちがいい〜。”やっぱり湿布して良かった。ところが・・である。自分の意に反して職場の皆が“手どうしたの?”とお声を掛けて下さった。私はそこまで大事じゃない手を申し訳なく思いながら“少しひねってしまったみたいで・・もうドジなんです。”とお伝えした。今まで、私は今まで、どんな気持ちで仕事に取り組んでいたのだろう。人のプライベートにさしかかるようなことや、そこは触れないでおいておくところの範囲かもしれないなと自己判断ではあるけれど、すぐにそういう風に考えてしまう気持ちが強く働き、人から遠ざかったり、人を遠ざけてしまったりしていたような気がする。人から遠ざかることで、自ずから独りぼっちになることを選択していたのかもしれない。人が私を気遣って声を掛けてくださったことがありがたく、くすぐったかったけれどとても嬉しかった。それが少しきっかけになったのだろうか、人の会話に耳を傾け、あはははと声を出して笑っている自分がいた。それは、作られた笑顔ではなくて、自然に生まれた笑顔だった。今でも、その人のいないところでその人の話題のような内密な感じのように見受けられる人に関する話題は嫌いだけれど、もしもそのような話題にさしかかろうとするときがあるならば、さり気なくその場から離れるか、もしくは、そうすることがどうしても難しい状況におかれているなら、なるべく耳にふたをする形で、でも決して“はぶて顔”でいることはやめよう、気をつけよう、そう思った。あ・・ねずみ色の厚い雲が出てきた・・白い雲を更に覆うようにねずみ色の雲が広がっていた。“天気が崩れちゃうのかな・・”山の向こうにはうっすらオレンジ色の夕焼け。そんな心を空が再び癒してくれた。
2001年10月12日 21時07分43秒 |
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おはようございます。新聞を取りに庭に出た。“あ・・・”思わず声が出た。見上げると、空一面に星がちりばめられていた。“昨日帰るときには見えなかったのに・・”帰った後も見えなくて、今夜はもう見えないのかなと思っていた。“星たちはこんな時間に現れてくるのかな・・”こんな風に思った。まだ夜も明けてはいない真っ黒な秋の朝。
2001年10月12日 05時23分50秒 |
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今日は雲の多い天気。少し遠くの空は青空が広がっているのに、見上げる空は綿雲の出ている空。少し肌寒さを感じるものの、心地良い風が顔に当たる、そんな陽気の日中だった。あ〜ぁ、最近ふとため息をもらす日が多い。疲れているのかな。何となくストレスがたまっているのではないかなぁと少し自分に尋ねてみる。仕事?プライベート?どちらも何となく心当たりが感じられるところがある。自分自身?実はこれも大きく原因になっているところだ。仕事については、人の入れ替わりが大きくあり、今年度より環境が随分変わった。職場も昨年の夏に移転となり、その時点で第一段階の大きな環境の変化が訪れ、そして今年は人の入れ替わり。今まで勤務時間を一緒に過ごした方が三人もおられなくなり、異動で四月に一人、新規採用で五月に一人、七月に一人、九月に一人と異なった時期で来られた。私は環境の変化を受け止めるのに時間が掛かる方でもないように思っていたが、実際体験してみて業務内容は特に主だった変化はなかったので、仕事の方はそれ程までになかったが、心がまだ落ち着きを得ることができていなくて不安定な状態の感じがする。人の流れはあったものの、職場の方々皆温かく接してくださり、私にとってはもったいないほどの環境であることには変わりはなく、ありがたい思いで毎日過ごさせてもらっている。“それならどうして?何が原因?何か不満でもあるのか?”もう一度自分に問いかけてみた。“不満!?そんな不満だなんて恐れ多い。自分もしっかりできていないのに、そんな人に対してそのような思いを感じるなんて滅相もな・・。”“うん?何?はっきり最後まで言いなさい。どうした?言えないのか?”ぎくっとした。言えない。私・・こんなまだまだ未熟者であるのにも関わらず抱いてしまっている・・。“不満”という表現より“疲労という方が合っているかもしれない。人に疲れを感じてしまっている。ときどき、笑顔ができなくなってしまっている自分がいる。新しい人が増えて、それに伴い人のことを話題に持ち上げる噂話が耳に聞こえる数が増えてきた。あぁ、私の最も嫌いとする部分だ。この話題をされるととにかく疲れがどっとくる。なるべく避けられるときには極力離れるようにしている。だけれど、それが幸いとなるときもあればそうでないときもある。私はこそこそ言うこともそうではなくても、人のことを言うことは嫌だし、皆が笑顔で気持ちよくいて下さることを願うのに、なかなか難しいところがあるみたいで、そんな様子は普段は鈍いのに、こんな事に限って空気に肌に感じられてきて、しんどくなってくる。そんなとききっと私は黙々と仕事は続けてはいるだろうけれど、どんな顔をして務めているのだろう。きっとあんまり・・ううん全然いい顔をしていないように思う。あ!そういえば、以前母親に、“あんたは自分では普通の顔と思っていても“はぶて顔”(ぶすっとする顔、すねた顔)になっているときがあるから気をつけないといけんよ。人を感じの良くない気持ちにさせてしまうよ。”と忠告されたことがある。その言葉を思い出し、はっとした。どうしよう。自分では気がつかないところでこの“はぶて顔”をしてしまっているのかもしれない。人に不満を感じる前に、自分では気がついていないところで、自分が人に対して不満を与えてしまっているかもしれない。人に触れる前にまず自分を省みなくちゃ・・馬鹿馬鹿!人同士の噂事が好きではないために、もしかしたらそれをあらわに表出してしまっているかもしれないし、人に不快感を与えてしまう“はぶて顔”を披露してしまっているかもしれない。やはりまだまだ私は半人前の未熟者。自己成長したいと祈願しているのならその言葉に伴った心の働きと行動を兼ね備えて努めなきゃ。自分を改めて見つめ直し、反省した。帰り道、空を眺めながら帰った。あ〜星、出ていない・・・どんな空も大好きだけれど、星の見えない空は何となく少し寂しい。輝いた星たちに元気をもらいたかったな・・一瞬そう思ったけれどすぐに思い直した。こんな空の下で心を洗うことも良いのではないか。決して冷たい顔ではいないほんのり冬がかった秋の空。
2001年10月11日 21時11分59秒 |
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今日は一日よいお天気だった。水色の空にときどき雲。空に溶けていないはっきりと描かれた雲だった。空の水色に吸い込まれそうな気持ちだった。朝はひんやりと肌寒い心地を感じる。風はそんなに吹いたりはしていなかったけれど、秋の空気を体に感じた。水色の空を見上げながら、私は色々なことを思い浮かべた。仕事のこと、友達のこと、家族のこと、自分のことなどが心に思い描かれてきた。描かれたものはすべて、ふと気がつくといつも気に思ってしまうものばかりだった。これらは私にとって考えれば考えるほど思い悩んでしまったり、深みにはまってしまったりするものたちではあるけれど、いつも心の奥底で大きく支えてくれる存在である。これから先刻まれていく時間を考え始めると、大切にしたいという強い思いを感じているだけに、とても不安になる素材ではあるけれど、沈んでいるときや落ち込んだときには冷え切った心を温かくしてくれる。このまま時間が止まってくれればいいと過去にはそんな風に思ったりすることもあったけれど、今はそうは思わない。流れていく時間の中で、先の見えない時間の中で、今以上に温かくしてくれる、自分にとってかけがえのないものであってほしい、そんな風に思う。私は、物事を前向きに考えることが下手で、後ろを向いてしまいがちなところがあるのだが、そんな気持ちの中にいる時の私を、大きく励ましてくれたりするのはこれらのかけがえのないものの存在のおかげである。時間は絶えず流れている。今こうしている時間も過去の時間、すなわち過ぎ去った思い出の時間となる。その、止まらない時間の流れの中でこれらを大切に思う自分の心は大事にしていきたい。
2001年10月10日 22時41分55秒 |
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おはようございます。あ〜昨日は雨よく降ったなぁ・・・今日も雨なんだろうか〜そんな風に目覚めた今朝だった。今はもう家を出る準備も整え終わって、あと30分くらいで家を出るところだ。出る前に少し新聞を読もうと思って、庭に出ると、雨は降っていなくて、あぁ、あがったんだ・・・と思った。あ・・・思わず声が出た。空に星が出ていた。まだ、空は雲がかってはいたが、月の明るさと共に星の輝きが地面に降り注がれていた。あ、オリオン座!・・・月から少し離れたところに、ほんのり雲の浮かし出された空のキャンバスに、薄ぼんやりとした輝きを放ったオリオン座が出ていた。思わず書き留めたくなった今朝の空。
2001年10月10日 05時37分56秒 |
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強い雨が降っている。朝は曇り空だったけれど、午後から天気が崩れて雨が降り始めて今は窓に強めの雨が風と合わさってごうごうとうなるほど降っている。久しぶりの雨。何だか新鮮な気持ちがしている。家の中にいるからこんな気持ちでいられているのかな。外にいるとうっとおしいなという気持ちになるのかな。仕事から帰る時間も雨は降っていたけれど、今日はうっとおしいなんてそんな気持ちになったりしなかった。むしろ、その雨の中を傘さして進んで歩きたい気持ちになった。普段なら足下がびしょびしょになるのがあまり好きではないのだけれど、今日は気にならなかった。もともと部屋の中で雨降りの光景を眺めることは好きなのだけれど、今日は、外に出て雨に触れたい気持ちだった。雨触れて・・・雨に気持ちを乗せて、一端地面に浸透されるけれど、再びその雨が水蒸気となって空へ帰っていくときに、気持ちも一緒に連れて行って欲しいな、そんな思いだった。上を向いて見た。つめたっ!、雨が目に入った。雨の垂直に落ちている様子がはっきりと映る。こんな風に雨が降って乾いた地面を潤してくれるように、心にも一降りの雨が降らせてもらえるのならどんなに良いだろう。霧がかった心の天気を一掃してくれるように、優しい雨でも、どしゃ降りの雨でも、どちらの雨でも構わないから、このぐずぐずとした気持ちに一降りの雨の潤いが欲しい・・・そんな風に思った今夜の雨の空の顔。
2001年10月09日 22時52分29秒 |
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今夜も静かな夜空です。星は出ていません。今日で連休も終わりです。連休が始まる前は“わ〜お休み嬉しいな〜何しようかなぁ〜”と心ワクワクさせていましたけれど、過ぎてしまったらあっという間でした。また明日からお仕事です。あ、そういえば、先週末に“来週のお仕事にしよう”と持ち越したお仕事があったのを思い出した。朝一番に片づけるお仕事だったような気がする・・・。自覚の足らない曖昧な自分に怒!気持ちを入れ替えて取りかからなきゃ!だけど、連休最後の夜は星眺めたかったなぁ。でも空は優しいな。癒される。たとえどんな顔をしていても。いけん・・・また悩みだした。ネットと現実の隔たりを心しなくちゃいけないということ。当然のことなんだろうけれど、そう思わなければいけないと思うとつらい・・・。気持ちが揺れているのが分かる。ネットの空間を現実に求めてしまうことは、大きく不可能なことだし、それが現実だし、ネットはネットの世界という風に一線をおいてわきまえて臨まないとどうしようもなく自分がやりきれなくなる思いがしてしまってつらさが募る。わかっていることなのに、不器用な私。理解力の乏しい私。ネットの空間を越えたいと思っているのか、そう自分に尋ねてみた。本音はそうなのかもしれない。だけど、簡単にそういうのじゃない。自然に、本当に自然に感じる気持ちで、気がついたらネットの空間が現実のものとして受けとめられている部分が私の中で存在していた。私の中で生きた現実の世界だった。でも、それは、そう思っても仕方ない、どうしようもないことだと思うから、こんなにも苦しい気持ちになる。もがいてしまっている自分がいる。後ろ向いてしまっているのかな、私。こんな風に思ってしまう気持ちは、後ろ向きな無駄な気持ちなのかな。いけん、もやもやしてきた。虫達の鳴く声の聞こえなくなってきた音のない夜。
2001年10月08日 23時30分30秒 |
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夕方見上げた空は星が出ていなかった。“(星が出るには)まだ早いのかなぁ”そう思った。秋の日はつるべ落としという言葉通り、日が短く夜が来るのがあっと言う間に感じる。今日は一人でお墓参りへ出かけた。祖父の眠るお墓へ。家から車で15〜20分くらいの距離の所に祖父は眠っている。急に会いたくなった。昨日のこともあって、どうしても祖父の眠る場所へ行かなければと思った。行く途中、お花を買った。ベゴニアと菊の花を買った。お墓へ着くとお見舞いに来られていたご夫婦がおられた。“こんにちは”と挨拶を交わして祖父のお墓へ向かった。しばらく誰も足を運んでいない様子が伺えた。“あ・・・”思わず心の中でそんな声が出て、“ごめんね、おじいちゃん。寂しかったでしょう・・・”そう申し訳なく思った。家から遠くないと思う気持ちが反対にいつでも行けるという甘い気持ちにさせてしまって、自分の生活を優先にしてしまいがちで、祖父のことを思い出す時間もなかったときもあった自分に、祖父の所へ足を運ぶことを怠ってしまっていた自分に、心から情けなく感じた。私はおじいちゃん子で、赤ちゃんの頃から親よりも祖父にくっついてばかりだった。大人になっても祖父といることが好きで、絵を描くことが好きだった祖父の血を継いでいるせいか、私自身も絵を描くことが大好きで、中学・高校の頃にも美術部に所属していた。社会人になってからは、しばらく本格的に絵を描くことから離れてしまっているけれど、今でも絵を描くことも鑑賞することも大好きである。祖父のお墓の周りに少し雑草が生えていたのできれいに掃除した。祖父と過ごした時間を思い返しながら、お掃除した。ぽたっ。ぽたっ。涙がこぼれた。“ごめんね、おじいちゃん・・・おじいちゃんはこんな私、今の私全然好きじゃないよね。おじいちゃんの大切な家族を傷つけてしまって、今まで築き上げてくれたおじいちゃんの家族への愛を踏みにじるようなことをして・・・おじいちゃんの愛してくれた家族を・・その一員である私はなんてひどい奴なんだろう”言葉は出ない。ただ一人心の中で言っていた。大好きなおじいちゃん・・・私のたった一人のおじいちゃん。今でも、祖父の逝った日のことは頭に焼き付いて忘れられない。最後まで精一杯生きようとしてくれていた、私たちのために。残されてしまう私たちのために、祖父は最後まで自分を諦めなかった。未だに祖母は言う、“その時遺言としてでも最後の言葉が欲しかった”祖母の気持ちからしたらその気持ちもとてもよく分かる。祖父が入院生活を始めてずっと看病の生活を努めてくれたのは祖母だったから。だけれど、私は祖父が遺言を残さない形でこの世を去った気持ちがわかるように思う。祖父は心から私たちを愛してくれていた。この頼りない私たちを。“こいつらには自分がいなくちゃいけない”そう思っていてくれたに違いない。けれど、自分が癌という病に冒され(祖父本人は癌の告知は受けていなかったけれど)、日々衰えていく体に祖父はきっと自分のことよりも私たち家族のことばかり思っていてくれたように思う。生きていてくれていた頃の祖父の笑顔が私の心の中でこぼれる。“ゆきやーい”私を呼ぶときにはいつもそう呼んでいた。今でも声も覚えている。忘れるわけがない。こぼれる涙はあとからあとからあふれ出て、お墓にいた間、私は祖父と過ごした時間の中にいた。祖父の優しさに包まれていた時間の中に。ごめんね、おじいちゃん・・・大好きなおじいちゃん・・・おじいちゃんの愛する家族を傷つけてしまうことはおじいちゃんを傷つけてしまうことと同じ、いやそれ以上。おじいちゃんの、私の愛する家族・・・大事な家族。もう一度空を見上げてみた。やっぱり星は出ていなくて黒い。でも少し明るい黒。明るみがかった黒だった。そんな今夜の空の顔。
2001年10月07日 23時26分48秒 |
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今夜の空は真っ黒だ。星が出ていない。どんな空も好きだけれどこんな空の時には寂しい気持ちになる。八つ当たりをしてしまった、家族に。心無い言葉を浴びせてしまった、大事な家族に。心傷つけてしまった、大事な家族を。あまりにも自分が愚かすぎて、人間的に乏しくて情けなかった。なんて私の心は狭いんだろう。涙が出てきた。私はこんなにも心の乏しい人間だったのか。誰にだって寂しい気持ちになるときはあるのに、何様なんだ、私って野郎は。努力が足らない。全然足らない。寂しいなら寂しい気持ちを感じないくらい、そんな気持ちを吹き飛ばしちゃうくらいに自分に一生懸命になる努力をしていない。しなくちゃ。今しなくちゃ何も動かない。自分に自信がないのなら、自信が持てるように、誉めてあげられるところができるように、努めなきゃ。頑張らなきゃ。せっかくこの世に生を受けて、人間として生まれてこられて、家族にこんなに大切に育ててもらって、ここまで育ててもらえて、そんなかけがえのない家族の気持ちを大切にしなきゃ。自分を叱った。あ、いつの間にか真っ黒な空に月が出ていた。満月ではないけれど、半月よりも少し大きなお月さま。地上を明るくてらしてくれていた。少しほっとした。もう少しこの夜空を仰ごう。
2001年10月07日 01時58分59秒 |
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今日の空は水色のキャンバスに筆ですうっと描かれたような雲がうっすらと流れるように空に溶け込まれていた。今日は色々なことがあったなぁ・・・。外勤へ向かう途中で、外から来られた方を案内して、向かった銀行でこちらの求めていた精算の仕方と異なった処理をされ、その後職場へ戻り、デスクワークに戻ろうとしたら駐車場のゲートが開かなくて往生しておられるトラックの運転手さんの助手席に座り、管理事務所へ向かい、帰り道に寄ったスーパーで、買った品物を1,000円以上多く精算され、これといって大きな出来事はなかったけれど、こまごまとしたところで思いがけないハプニングがありました。こんな日もあるんだなぁ。連休前だからかなぁ、仕事もとても忙しく慌ただしい一日だった。空を眺める余裕は、朝しかなかったように思う。そのとき見上げた空が水色だった。明日は小さな幸せが訪れるかなぁ・・・何となくそんな風にぽつりと心に思ってしまった今日の夜。
2001年10月05日 22時56分59秒 |
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朝がつらく感じる季節になってきた。私の家は山に囲まれているところにあるから、職場のあるところよりも気温が1,2度低い。コタツデビューの許可はもらえたのだけれど、未だ出していない。夜は朝ほど冷え込まないからさほどなくても過ごせるからかもしれない。だけれど、居間にはまだ扇風機が出ている。どういった現象なんだろう。まったくもって四季の感覚のない家だと思う。あ、気がつくと、虫の鳴く声がしなくなっている。今気がついた。ついこの間までコロコロリー、リンリンリンと大合唱していたのに、静かな夜を迎えている。まだ暦では秋ではあるけれど、虫たちにとってもつらい季節なのかもしれない。もう少しの間、合唱を鑑賞したかったなぁ・・・星空が降り注ぐ今日の夜。
2001年10月04日 22時54分11秒 |
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今朝も寒かった〜。朝の冷え込みがつらい。出がけに“そろそろコタツ出したいな”とぽそりとつぶやいでしまった。家族も皆寒がりなので“出してもいいけどあんた出しんさいや”と賛成の声兼言い出しっぺが率先してやりなさいという声をもらった。許可が下りた。まもなくコタツ虫になれる。冷え性な方なので、足下から冷えてくる。だけれど足下を温めると、眠気が襲ってくる。今日は少し残業した。と言っても、自ら残って動くことを選択した。“あ・・私元気だ”そう思った。今日の自分は嬉しかった。自分自身に笑顔で頑張れたように思う。こちらが笑顔でいると、周りもどこか温かい顔を向けてくださっているように思えた。優しい気持ちを大切に努めたいと思った。今日も一日お疲れさまでした・・・空に思った。
2001年10月03日 23時14分34秒 |
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朝が本当に寒くなってきた。家を出るときぶるぶるきて、だんだんと冬に近づいていっているんだと思うと、寒さの苦手な私はゆううつな気持ちにさえ感じてくる。冬のスポーツに目を向けるようにしたら少しは変わるのかな。私は生まれて今までスキーもスノーボードも経験したことがない。私の家は寒がり一家なので、皆冬が苦手である。そろそろコタツを出したい気持ちにさえなってきている。まだ10月なのに心はすっかりコタツ虫の私。寒いのは耐えられない私だけれど、ただ一つ嬉しいことがある。それは冬の夜空。ものすごく空が澄んで見える。星の輝きが一層美しい。冬の星座がはっきりと空に描かれているのを目にすることができる。私はふぅ〜っと手に息を吹きかけて、そして息は一瞬真っ白な水蒸気になってすぅっと空気に溶けていく。いいな、冬の空は・・・そんな気持ちにひたってしまった10月の今日の夜。
2001年10月02日 22時53分00秒 |
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おはようございます。今日は朝から雨模様。でも空は怒っていない顔。淋しい気持ちでもない様子、そんな風に感じた。今降っている小さな粒の雨は悲しい雨ではなくて、地上に潤いをもたらせてくれたそんな雨のように思った。霧はかかっていなかった。私の家からは山が見えるんですけれど、晴れた日に見るよりも色はぼや〜っとしている様子ではあるけれど、山の形ははっきりと映し出されている。こんな風景が見える雨降りのお天気は心が落ち着く。空が私たちを潤してくれているんだなぁと思うから。どんより色の重たい厚い雲は今日はいなくて、明るい空が見えている。ゴム飛びしたいな〜ふっとそう思った。知らない人も多いかもしれない。私が小学校の頃によく遊んでいた遊びの一つとしてゴム飛びは最も心に忍ばれている思い出だ。懐かしい。こんな風に感じてしまうのも歳なのかな・・・そう思った。母校の小学校が家からすぐのところにあって、歩いて1分の距離の所にあるのでちょっと顔をのぞければ見えるので、余計にその小学校の頃の時とか、幼い頃過ごした時のこととか思い出すことが多いのかもしれない。今はまだ秋なのでさすがにプールはもう使われてはいないと思うけれど、まだプールの水の色は済んだ青い色をしている。その上、今日は雨が降っているから雨が降って水面に波紋がふわっふわっと描かれている。こういう光景に出会うと、時間の経つのも忘れてつい見入ってしまう。雨が降るとよくこんな気持ちになる。懐かしい頃を思い描いたり、懐かしい本や写真などを見たくなったり、その頃に書きあった交換日記、友達からもらった手紙を出して、読んで、“こんなことあったっけ〜、あ〜こんなことあったあった〜”と思い出しながら 窓から見える風景にも目をやりながら過ごしてしまう。皆どうしているかな・・・あの頃の皆、あの頃一緒の時間を過ごした皆、元気にしているかな・・・懐かしさとともに目がじゅわっとしてきた。いけんなぁ。雨のせいだ。雨がこんな気持ちにさせる。優しい雨・・・。もう少し、もう少しだけ懐かしい時間にひたらせて下さい。ごめんね、雨のせいなんて言ったりして。あなたも大好きです。 2001年09月30日 17時06分18秒 |
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おはようございます。随分ご無沙汰してしまいました・・・。書きたい、書こう〜とは思うんだけれど、なかなかここへ足を運ばなかった。平日はどうしても朝が早いから、明日のことを考えて“もう寝なきゃぁ〜”と思い、また明日にしようと布団にもぐってしまうこともありました。どうしたんだろぉ・・・また私、もやもやし始めてきている。うぅ〜ん、あ〜嫌だ嫌だ、今の私。大嫌いだ〜(涙)もともと好きじゃないけれどどうもいけん。昨日久しぶりにチャットへ行ってみた。懐かしい大好きな皆がいた。ほっとした。皆の空気が変わっていないように感じた。皆大好き!でも・・・何かもやもやとしてる。せっかく久しぶりに皆に会えて、お話しできて、皆に“元気してた?大丈夫だった?”ともったいなくも心配してもらえるお声をかけてもらえたり、胸がいっぱいの思いで“皆、こんな私なのに本当にありがとう”という思いで、嬉しい気持ち通り越して沈んだ気持ちにもなってしまった。おかしいよね。何で沈んでしまうの?そう自分に追求してみた。いつの間にか、こんなにも皆のことが自分にとって大切な存在になってしまっていたかということ、前まではチャットの場で、この憩いの空間で、皆と会い、語り、ワイワイお話しできる時間が私にとって生活のオアシスだった。もちろんそれは今も変わらないんだれど、今はその気持ちが更に強くなってしまって、顔も素性も分からないチャットの場だけでなくて、“チャットの友達”いわゆる“チャット友”のかたちではなくて、“友達”としておつき合いしたいと思う気持ちが広がってしまっていた。だから、どうしてももどかしい気持ちが心にできてしまっていた。どうにもならないのに・・・。チャットの空間を越えて皆に触れたい、何言ってんだろう私・・・チャットの空間を越えたぃだなんて何考えてるんだろう・・・欲が出てきてしまっているように思った。チャットだけではなくて、チャットの空間じゃなくて、普段の生活において皆と向き合って直接お話ししたり、皆のこと自分のこと色々なことをお話ししたい、そんな不可能なことを求めてしまっている自分がいるからこんなにもこんなにももやもやとしてしまっている。皆と会話の中でも“会いたいね〜”“会えたらいいね〜”とお話しすることも多いけれど、それが難しいとわかっていることだったり、結局はここでそう言うだけの話で終わってしまうのだろうなとそう思ってしまうから更に気持ちが沈んでしまう・・・欲張りな私。聞き分けない子供みたい。子供の方がまだそういうわきまえをふまえているに違いない。皆が大好きだから・・・。
2001年09月29日 15時23分41秒 |
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今日は寒い〜。朝は寒くて目が覚めた。まだ長そでを着ていなかったけれど、今日はごそごそとこうりの中の秋物冬物の服をひっぱりだして着た。ぶるる。さむっ。空はこんなに青空広がっているのに、空気はもう秋の心地。庭に目を向けると、少し伸びてしまったくぬぎの葉が揺れている。あ、ちょっと風強くなってきたみたい。窓がかたんかたんって鳴っている。郵便屋さんのバイクの音が聞こえてきた。寒いのにご苦労さまです。ダイレクトメール一つであっても届けてくださる時には、“このためにわざわざ・・・”という恐縮する思いも感じたりします。あ、うちのポストにも届けられた。誰へ届いたんだろう〜。お届け物はやっぱり嬉しい。後で取りに行こう〜っと。こうして今目にしている出来事や思ったことを書いているというのも何とも不思議な感覚がした。本当なら上手に気持ちをまとめて文章にしたいのに、まだまだ勉強不足だなぁ。毎日書きたいと思っていた日記なのに日を置いてしまっているし・・。“今書いてしまうと、まとめられていない気持ちをそのまま描いてしまうかもしれない”ということが多くて、“今日はやめておこう”と、敢えてペンを取らなかった。はじめは、皆と一緒に元気になれる場所を目指したくて、HPを設けてみたけれど、いつの間にか自分の気持ちを綴るばかりの場所となってしまっていた。そんな気持ちのときももしかするとあるのかもしれないけれど、これからは皆に“ちょっと遊びに行こかな〜”って、思ってもらえるような空間として築きたいなと思った。
2001年09月22日 15時15分08秒 |
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一昨日、変な時間に目が覚めた。朝の4時。仕事ならともかくお休みだったのに、頭が起きてしまった。まるで漁師。外は真っ暗。ちょっと庭へ出てみた。すると、真っ暗な空の上で星がたくさん瞬いていた。“わ〜”あまりのきれいな星空に引きこまれてしまった。そしてふと気がついた。“オリオン・・・”そこにオリオン座が輝いていた。“確か冬の星座ではなかっただろうか・・・ん、そういえば一年中でているんだっけ・・・”小首を傾げながらしばらくオリオンを眺めていた。輝くオリオンの下で少しずつ感じた。私の心はこんなにも渇ききった心だったのだということ。チャットの場で皆と話をしていても自分の言葉に潤いがない。人に投げ掛ける言葉に力が感じられない。言葉が生きていない。こんなにも心が渇ききっていたなんて・・・はっとした。分かった気がする。自分心を閉ざしてしまっている中、その間ずっと心は潤いを求めていたのに、欲していたのに、私自身それを許さず、自らからからに渇ききった状態にさせてしまっていたということ。心はとっくにSOSのサインを出していたということ。もっと心を自由にしてあげよう。優しさを、潤いの持った優しさを届けられるように。心の渇きが癒されたとき、本当に大地に足をつけられるような気がする。急ぎたいけれど、急いでできないかもしれない。少しずつになってしまうかもしれないけれど、自分のペースで心を潤していきたいと思う。そう思ったとき、少し気持ちがすっきりしたような気がした。霧が晴れかけているのかもしれない。笑顔でいるのに、どこか悲しい、淋しいといった気持ちを抱えたままの偽りの笑顔ではなくて、心から微笑んでいられている笑顔を養いたい。もう一度空を見上げると、いつの間にか星が消えていた。いや、消えたのではなくて夜が明けかけて、朝日の光で見えなくなっていた。真っ白。オリオンを見つけて日が昇るときまでのこのひととき、私は真っ白な大きなキャンバスを胸に持った、何も抱えていない心でいられたような気がした。
2001年09月18日 22時16分29秒 |
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今日は朝はぐずついた天気だったけれど、午後から青空が見えた。よかった〜やっぱり青い空がいいな。空はどんな空でも大好きだけれど今日は青空の気分だった。心にかかってしまった霧は未だ晴れていないんだけれど、どっとうつむいてしまうような気持ちでもいない。だんだんときざしが見えてきているからだろうか。チャットの皆どうしているかな・・・皆元気かな、皆に会いたいな・・・チャットへ行こうかなと考えたときもあった。でも行かなかった。今行ったら、チャットの空間を、皆との会話を言葉が良くないけれど、自分の気分を紛らす気分晴らしとなってしまうかもしれない、それは嫌だった。そんな気持ちでチャットへ臨みたくなかった自分がいた。はっとした。こんな私。今まではもやもやした気持ちを抱えていても、皆に会いたい気持ちが強かったので足を運んでいた。だけれど、明らかに今は気持ちが違う。チャットとは何だろう・・・自分にとってチャットの意味は何だろう・・・答えはまだはっきりとした形では見つからないけれども、いい加減な気持ちで臨みたくないという気持ちが私の心の中に生まれていた。 “たかがチャットなのに・・・”と感じられる方もおられるかもしれない。“え〜”と信じがたい気持ちを抱かれる方もおられるかもしれない。私も自分の気持ちに少し驚いてしまっている部分もある。大切にしたいと心から思っているぶん、どうしてもこのままの自分で、今のままの自分で、納得のいかない自分ではいられないと思うから、まだ霧は晴れないままでいる。“自分を磨きたい”私は自分に自信なんてこれっぽっちもないので、いつもこの思いを持ち合わせているけれど、それは思っている気持ちが強いだけで、実際に実行できてはいるのか、反省はしても、次回に生かすことに結びつけられていられているのかどうか、それにはいささか自信がない。私は、自分を未だ分かり切れていないのではないのではないか、そう感じた。それは自分だけに限らず、自分の周りにいる皆のことも、私はまだまだ分かっていないところが多いに違いない。当たり前といえばそうなのかもしれないが、私はもっと人を見つめ、自分を見つめ、その人を、自分自身を分かる必要がある。そして、人を自分の心に受け入れられる心を養わないといけない。そうでないと人に対して失礼だ。ある人の助けもあってそう思うようになった自分がいた。思いっきり叱られた。叱られたことなんて何年ぶりだろう。自分に本気でぶつかってもらえたことなんてなかったような気がする。この歳で“叱られた”なんて表現するのもこっぱずかしいのだけれど、何とも言えない気持ちになった。そして、改めて分かったような気がする。自分が何とも愚かでまだまだ未熟であるということを。自分を理解できたとき、本当に霧が晴れてくれるものだと信じている。 2001年09月15日 22時32分21秒 |
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今日は朝から雨降り・・・。起きた瞬間はぁ〜とため息が出そうになった。おまけに気分も優れない。早くからベッドに横になったのによく眠れなかった感じ。原因は分かっている。 感情が乱れてしまっている。これからの自分に対する不安が募る。やっぱり未だ見えてこない、将来の自分。淋しくてたまらない。普段の生活は私にはもったいないほどの環境で、仕事も楽しく努めさせていただいている。私の周りの方々は皆大変良いお人達ばかりで、私はいろいろな面において指導してもらっている。皆の知ってくれている明るくて元気な私。活発な私、鈍くさい私。ただ・・こんな私の左側にいるもう一人の私は、自分の感情をかたくなに閉ざした私。自分の殻を作ってしまっていて、他の人の差し伸べる手を素直に受け入れようとしない氷のような私。違う。そうじゃあない。私はその差し伸べてくれている手をつなぎたいのに、どう差し伸べていいか分からない。手が出ない。伸ばせられない。淋しいのに、淋しくてどうしようもないのに、手を差し伸べられないで縮こまってしまっている自分がいる。心を素直に解くことが出来ない自分がいる。人を許せていない自分がいる。 2001年09月14日 23時03分56秒 |
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みんな、どうしているかな・・・。チャットの皆に久しく会っていない。こんなに間が空いてしまったのは初めてのことだ。チャットを楽しいと感じてから初めてである。大きな疑問にぶつかってしまった。“チャットって何だろう”私にとって、チャットとは・・・。ただ会話を楽しむ場所なのか。それとも、この身の回りの現実の生活と違ったネットの世界の中に存在する空間での出会いということなのか。 皆にとって私はどんな存在なんだろう。ただのチャットの友達?チャット仲間?チャットの常連?皆の目から見た私を表すのに、これらの表現はどれも間違ってはいない。何故だろう・・・こんなにも淋しい気持ちになるのは。どうしてだろう。チャットの世界で友達になるには、親しく心を通い合わせるには限界があるのか。文字だけで心を通わせることでは、本当の仲間になることはできないのだろうか。親しくなると、電話番号やアドレスを交換したりそんな光景も見られる。だが、こんな声を聞いたことが幾度かあった、“チャット用のアドレス”。チャット用?そういえば私もチャットに対して初め頃は、本のアドレスとは違うアドレスを公表していた。だから気持ちはわからなくもない。だけれど、現在の私はその頃の私と気持ちが違っていた。その頃は不信感というか、チャットを楽しむものの、常に警戒心を心に持っていたように思う。だけれど、今は、皆のことを本当にネットの世界という風に現実の身の回りの世界と切り離して接するのではなくて、ネットという境界線を越えて心から通じ合いたい、そう思うようになった。その思いが強まるにつれて、一層心の悩みは深いものとなった。皆にとって私はやっぱりただのチャットの世界の人でしかないのだろうか・・私自身を知ってもらうというか、信じ合うということはこの空間の中だけでは無理なのだろうか・・。皆を信じたい、皆から信じてもらいたい、そう強く思えば思うほどやりきれなくなってきた。基本は文字の会話で成立しているチャットの空間ではこんな気持ちを伝えることはむしが良すぎるのだろうか。やりきれない思いで、思えば思うほど無理なことを追求しているのだろうなと思うからまた辛さが心に残る。気持ちが重たくなってきてしまっている。深く考えすぎなのはわかっている。わがままなのもわかっている。私は一人気持ちの中で、心の中でさまよってしまっている。笑顔の裏で・・。 2001年09月12日 21時53分14秒 |
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昨日は驚きました。夕方、メールの受信の確認をするために、PCを立ち上げて、いつもの通りの流れで開いてみたら、チャットではない友達からメールが2通届けられていた。“あれ?”と思いながらも、付け加えかな?と思い、何の疑いもしないで開こうとしたところ、どうも様子がおかしい。その開こうとしたメールは添付ファイルだった。けれども私は送信相手が学生の頃からの親しい友人だし、何の疑いもしないで開こうと試みたところ、添付ファイルをよくよく見ると“happy”の文字が見える。どこかで記憶にある・・このファイル。“あ!これはもしや・・・”気がついたのはそのときで、私はパニック。どうしようどうしよう。職場の方にも“気をつけるように”とのお触れがあったのに。お馬鹿〜(涙)すぐさまネットで“ウイルス”を検索し、応急処置並びに対処方法を調べ、格闘した。いろいろPCのハードや中を検査したところ、どうも未然に防がれていたみたいだ。その“happy”ファイルを起動させてしまったときには、花火の画像が画面に浮かび上がるらしい。その現象は見られなかった。友達はメールを私のMSNのアドレスの方へ送ってくれていたので、MSNが私が開く前に自動的に検索してくれていたらしく、そのおかげでウイルスに感染されなくてすんだのだった。うるうる・・・MSN。ありがとう〜(涙)もしもそのまま検索しないで残されていたのなら、私は何の疑いもしないで添付ファイルを開き、花火が上がる画像が映し出されると“おお〜きれい〜友達よ〜私のツボをよく心得てくれている・・・ありがたうたう(涙)”と見入ってしまっていただろう。MSNに感謝。今日そのことを友達に知らせてみようと思っている。いやはやドキドキの一日だった。皆様もどうぞウイルスファイルにはお気をつけ下さい。ご参考までに私はこちらのサイトに力を貸していただきました。 http://www.qr.cas.uec.ac.jp/~anti/ http://www.vcon.dekyo.or.jp/ 2001年09月10日 04時49分42秒 |
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最近朝晩がめっきり涼しくなって参りました。広島の方でもようやく秋の到来を少しずつ肌に感じています。もう9月の中旬にさしかかろうとしているのですね。今朝は起きたら青空が広がっていました。いつもは、起床時間が早いので、まだほとんど夜空で、星がハッキリ出ていて、ついつい見入ってしまうのですが、週末はこうして青い空と穏やかな風とともに朝を迎えられるのでなんともいえない幸せを感じてしまっております。(安っ(笑)) ふと、山に登りたくなってしまいました。登山なんて大の大の大嫌い。“山登りっていいなあ〜”と感じたことが今まで一度もありません。それなのに、今朝は空を見ながらこう思ってしまいました。初めてのことかもしれません。リュックサックにお弁当入れて、麦茶入れて、お菓子入れて、帽子かぶって、初めは笑顔で登っているけれど、次第に顔から笑いが消えて、ひたすら前を見てうんしょうんしょと山を登っていた姿がふんわりと思い出されてきました。苦しかったけれど、死ぬほど苦しい思いをしたけれど、もう一度その思いを味わいたいと思いました。どうしてだろう〜・・・今朝はそんな不思議な気持ちの朝を迎えました。
2001年09月09日 08時26分40秒 |
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HPを解説してから早一週間が経ってしまいました。どうしたら日記を書くページが開くことができるのか今までわからなくて、何度もヘルプページを開いたり、ファイルマネージャーを開いたりするものの、全くわからなくて毎日半べそ状態で今日までおりました・・・(涙)もしかして、これもきちんと日記として書き上げられいるのかとっても不安ですが、“どうか今日の日の日記でありますように・・・”などと、訳の分からない願いを心に思いながら今日の日を閉じたいと思います。どうか明日の日の日記も書き送ることができますように・・・。
2001年09月06日 21時26分44秒 |