孫はなぜ可愛いのか?

 「孫はなぜ可愛いのか?」というのは愚問である。「なぜと問うなかれ」と言いたくなる。孫は理屈抜きで可愛い。 しかし、理屈っぽい私としては、あえてその点を考察してみたくなる。どうか、お許し願いたい。

 孫は、自分の息子や娘の子供だから可愛いに決まっている、と言ってしまえばそれまでだ。自分の分身の分身だからだ。しかし、もう少し理屈っぽく考えていきたい。 私事で恐縮だが、私の孫は娘の娘である。その孫を見ていると、ほとんど忘れかけていた娘の幼女時代を思い出す。 孫が口がきけるようになると、自分の娘はたしか「開けて(あ・け・て)」と言ったのが、最初だったかなと思い出す。すると、孫はいつ「あ・け・て」と言うのだろうか、と思ってしまう。 孫と娘のイメージが重なり合ってきて、自分がもう一度若いパパに戻ってしまったような錯覚におちいる。 結局、孫を見ていると、年老いた自分も若返ってくるように感じられるのではないか。

 60歳を過ぎた自分は日に日に老いさらばえていくが、孫は日に日に成長していく。 会うたびに輝きを増していくようだ。会うたびに新鮮だ。その眩しさに、3日も我が家にいられると、老人はかえって疲れてしまう。 しかし、孫が帰ってしまうと急に寂しくなる。孫の輝きは絶大なものがある。

 さらに考察していこう。子供に対しては、親は大きな責任がある。しかし、孫に対しては直接の責任がない。 一人の子供に対して、親はどのくらいの経済的負担をするのだろうか。 人によって違うだろうが、子供が一人前になるまでに、親は何百万円どころか何千万円もの負担をするだろう。 しかし、孫に対しては普通、玩具やアイスクリームなどを買ってあげるぐらいだ。実に気楽である。

 金銭の問題だけではない。子供の養育、しつけの問題はさらに重要である。 親子は最も近い人間関係だから、一歩間違えると真っ向から衝突することがある。親子関係が上手くいっていないというのは、世の中にいくらでもある。 かく言う私の家でも、3人も子供がいたので大変だった。子供は何かあると、すぐ親に反抗したり口をきかなくなったりする。親子が衝突するケースはいくらでもある。

 しかし、親としては逃げてばかりはいられない。親の責任として、言うべきことは言わなければならない。 そこで衝突が激化して、親子が殴り合ったりすることがある。極端な場合は、時の勢いで殺し合いに発展する例もある。 親子間の悲劇的な事件が、テレビや新聞で報じられることも決して少なくない。

 その点、孫との関係は直接の衝突がないから良い。 孫の養育やしつけは自分の息子や娘がするのだから、ジイジやバアバは側から見ているだけでいい。 そこには、子供との間によくある緊張感はないし、逆に「ゆとり」が感じられる。その「ゆとり」が、かえって孫を甘やかしてしまうことが多い。 まして日に日に成長していく孫は、その減らず口も反抗的な仕種も、むしろ可愛く見えてしまうのである。

 現実のデータで、子供が親に暴力をふるう(その逆も然り)ことはよくあるが、孫がジイジやバアバに危害を加えることはほとんどない。 要するに、祖父母と孫の関係は、天地開びゃく以来極めて良好なのである。その「安心感」、そして「ゆとり」が、祖父母をしてますます孫を愛おしく思わせるのである。 以上、孫との関係について、理屈っぽく述べたことをお許し願いたい。(2002年1月18日)

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