1) 最近、私は自分のパソコン(iMAC。日本語変換ソフトは「ことえり」)に大きなショックを受けた。それは、当然あるだろうと疑いもしなかった漢字が、なかったからである。 標題にある「登小平(トウショウヘイ)」というのは、現代中国史上、最も有名な政治家である。もとより、ご存知の方も多いに違いない。
ところが、登小平の「登(トウ)」という字は当て字である。正確な漢字がないから、これを使わざるをえないのだ。 正しい「トウショウヘイ」の「トウ」は、左の部分(偏)が“登”で、右の部分(旁)が“おおざと”である。
“おおざと”とは簡単なもので、例えば「部」「都」「郎」「郵」「邦」などの右の部分であり、いちいち説明しなくても大方の人はご存知だろう。 ちなみに、わがパソコンソフトには、“おおざと”を使う漢字として「郢」「郤」「鄙」「鄰」「鄲」などの、ほとんど使わない難しいものも入っている。
ところが、いくら探しても(実際、目を皿のようにして探したが)、現代中国史上最も有名な「トウショウヘイ」の「トウ」の正しい漢字がないのだ! こんな簡単な漢字がどうしてないのか・・・私は目を疑ったが、ないものはない。大変なショックだった。
2) 実は私は、前の項目(第98項目)から史劇「文化大革命」を連載することになり、毛沢東や劉少奇、周恩来、林彪らと並んで、当然「トウショウヘイ」を登場させることになった。 ショックは、登場人物の名前を列挙する時に起きた。いくら探しても「トウ」の正しい漢字がないため、一時はどうしてよいのか途方に暮れたのである。
しかし、「トウ」の正確な漢字がないからといって(周恩来夫人の「トウ頴超(エイチョウ)」も同様である)、創作を中止するわけにはいかない。 そこでインターネットでいろいろ調べてみると、慣習上「登小平」の文字が“代用”として使われていることが分かった。
従って、私はやむなく「登小平」と書かざるをえなくなったが、なんとも“もどかしい”気分である。いつも間違った文字を使っている気がしてならない。 実際に文章を書く時は、必ず「トウショウヘイ」を正しく書いているのに、自分のホームページでは当て字を使わざるをえないのだ。
言語というものは、時代の変遷によって変っていくのが当然だろう。古くて難しい漢字が消滅していくのは、必然的と言ってよい。 しかし、「郢」「郤」「鄙」「鄰」「鄲」などの難解な文字があるというのに、「トウショウヘイ」の「トウ」のような極めて簡単なものが、なぜパソコンソフトから欠落しているのか。愕然としてしまう。
3) SMAPの草なぎ剛君の「なぎ」という漢字がないために、戸惑った人も多いだろう。 私も以前、テレビ局で仕事をしていた時に困ったことがある。パソコンソフトに正確な「なぎ」の漢字がないため、その部分を空白にして、後で手書きで穴埋めしたことがある。
これなどは微笑ましい思い出になっているが、「トウショウヘイ」の「トウ」の漢字がないというのは、今の私にとっては断じて許せない思いだ。 「登小平」が独り歩きしていくと、それでも良いという風になっていくのだろうか。現にインターネット上ではそうなっているのだ。
その辺から言語は乱れてくるのだろうが、人名や地名などの固有名詞はできるだけ正確に書きたい。 それも限界があるというなら、外国人は洋の東西を問わず、「キムジョンイル(金正日)」とか「ノムヒョン(盧武鉉)」と片仮名で表記した方がいいのかもしれない。 現に地名では、北京を「ペキン」、平壌を「ピョンヤン」と書いて当り前になっているのだから。
より多くの正確な漢字のあるソフトを探すのは当然だが、私は「登小平」の当て字を、これから何十回、何百回も書いていかなければと思うと、切ない気持になってくる。 これまでパソコンソフトは“万能”だと思ってきたが、どうやらそうではないという気持になってきた。 (2003年6月16日)
《後日談・・・その後、私は使用しているパソコンのメーカーに電話を入れ、なぜ「トウ」の正しい漢字がないのか聞いてみた。 結局、「ことえり」にはその漢字がないことが確認でき、「ATOK15」にはあるということが分かった。
そこでパソコン機器販売店へ行って「ATOK15」を購入してきたが、残念ながら私のパソコンはやや旧式のせいか、その日本語変換ソフトは使えないことが分かり、代りに「ATOK14」に買い替えたが、それにはやはり「トウ」の正しい漢字がなかった。 従って現時点では、「トウショウヘイ」は登小平と書き続けるしかないのである。》