文化大革命」その2

第二幕・第十場(7月上旬。 北京・中南海にある周恩来の家。周恩来と妻の登頴超)

周恩来 「先ほど登小平が来て、二十一日から十一中全会を開くから、協力して欲しいと言っていた」

登頴超 「あなたはなんと答えたのですか」

周恩来 「こんな状態で会議が開けるのかと聞いたら、小平は、早く会議を開いて混乱を収拾しなければならないと言っていた」

登頴超 「でも、十一中全会を開くには、毛主席の同意が要るのではないですか」

周恩来 「そうだ。 党主席の同意がなければ開けないのではと言ってやると、小平は、総書記である私が会議開催の事務手続きを全て任されている、各地区の中央委員には、すでに会議招集の通知を出したと答えていた」

党頴超 「毛主席は何も言っていないのですか」

周恩来 「いや、毛主席は会議の開催を延期するよう、すでに小平に伝えてきたようだ。 小平は詳しいことを説明してくれなかったが、彼は劉主席の指示で二十一日に会議を開くことを、総書記の責任において決めてしまったようだ」

登頴超 「それでは、国家主席と総書記の独断で会議を開くことになりますね」

周恩来 「そのようだね。事態は中国共産党史上、前例を見ないほど深刻になっている。 実は昨日、毛主席から電話があって、二十一日からの十一中全会には協力しないでくれと言ってきた。私は分かりましたと答えておいたが、わが共産党は今や、毛沢東と劉少奇の二つの派に完全に分裂してしまった。最悪の事態だ。

 毛主席は、路線の面でも政策の面でも、劉主席とは絶対に相容れないと断言していた。 ここ数年来の党内矛盾が、ついに爆発寸前まで来てしまったのだ。双方とも今では、死に物狂いで相手を打倒しようと鉾を構えている。もはや、収拾の道はないようだ。

 どちらか一方が倒れるまで、血なまぐさい戦いが繰り広げられるだろう。そして、この戦いの結果は、わが共産党の将来に、計り知れないほど深い傷跡を残すことになるだろう」

登頴超 「それでは、あなたはどうしようと考えているのですか。 中立の立場から、戦いを傍観することになるのですか」

周恩来 「いや、傍観などしようとは思わない。できることなら、中に割って入って、調停でも仲裁でもなんでもしたい。しかし、もう全てが手遅れの状態になってしまった。 毛主席には林彪達がつき、劉主席には登小平らがつき、抜き差しならない羽目に陥ってしまった。

 私にできることと言えば、この戦いの結果、中国と党が受ける傷跡を、できるだけ小さく軽いものにするよう努めることだけだ。 少なくとも、国務院への影響は、身体を張ってでも最小限に食い止めなければならない」

登頴超 「それにしても、二つに一つを選ばなければならない所にまで、来てしまったのでしょうか」

周恩来 「そういうことだ。 君はもう気づいているだろうが、私は二者択一の場合、はっきりと毛主席の側に立つ。

 あれから三十年以上たってしまったが、延安に至る長征の最中、遵義で行なわれた中央委員会総会で、私は毛沢東に共産党の指導権を委ねるよう発議し、そうなるよう党内をまとめた。 あの時から、私は一貫して毛主席を押し立てて今日に至った。

 毛主席にも、数々の過ちがあったことは認める。しかし、日本の侵略軍を撃退し、共産党を率いて中国革命を成功させ、新中国を建設した不滅の大事業は、毛主席の指導がなければ考えられないことだった。

 また、社会主義中国の未来像については、誰にも負けない壮大な夢を持っている。彼は偉大な革命家であり、優れた思想家であり、夢多き詩人でもあるのだ」

登頴超 「でも、現実の問題として、この二十一日に中央委員会が開かれると、毛主席は不利な立場に追い込まれるのではないですか」

周恩来 「だから、私は手を打とうと思っている。 私は毛主席から言われたように、二十一日に会議を開くことに協力しない。登小平に、会議を延期するように説得するつもりだ」

登頴超 「総書記が、あなたの説得に応じるでしょうか」

周恩来 「応じてくれると思う。その自信はある。 いや、これは必ず彼を説得しなければならない。中国共産党の将来のためにも、また登小平自身のためにも、私は必ず彼を説得してみせる。 そうしなければ、中国は最悪の内戦状態になってしまうだろう。

 毛主席が不利な状況で十一中全会を迎えれば、彼と林彪は必ず、人民解放軍と奪権のためのゲリラ部隊を動員するだろう。 そうなれば、ことは合法的にはいかない。血みどろの武力衝突、内戦に突入する。私としては、そういう状態をなんとしても回避するようにしなければならない。

 だからいずれ、毛主席の有利な状況の中で十一中全会を開き、合法的に劉少奇国家主席に辞めてもらわなければならない。 天に二つの太陽は輝かない。両雄、並び立たずだ。 その後の混乱は、私が全力をあげて収拾していこう。私の考えは、分かってくれただろうね」

登頴超 「あなたの決意は分かりました。 これほどの危機は、本当に今までなかったような気がします。蒋介石の国民党軍と戦った時も、日本の侵略軍を迎え撃った時も、今から思えば、これほどの危機ではなかったでしょう。共産党が一致結束して、敵に当たることができたのですから。

 それに比べると、今度は共産党が真っ二つに分かれて争うのですから、こんなに恐ろしいことはありません。 でも、あなたは西安事件の時も、戦後の国共和平交渉の時も、見事な収拾役を演じて見せたのですから、今度もきっと上手くいくと信じています。頑張って下さい」

周恩来 「うむ、有難う」

第十一場(7月18日。 北京・中南海にある劉少奇の家。劉少奇と王光美のいる部屋に、彭真が急ぎ足で入ってくる)

彭真 「大変です! 昨夜、北京と天津間の鉄道が爆破され、汽車の往来が遮断されました」

劉少奇 「誰がやったんだ、けしからんにも程がある。 三日後の十一中全会の開会を妨害しようというのだな」

彭真 「それも当然あるでしょう。 しかし、聞くところによりますと、林彪はこの鉄道爆破事件の混乱を理由に、北京の治安を守ることが解放軍の任務であると宣言し、軍隊を続々と北京周辺に集結させているということです。 鉄道の爆破は、林彪一派の解放軍の仕業に間違いありません」

劉少奇 「林彪め、あのやせ犬野郎が・・・狂犬は何をしでかすか分からん。今に見ていろ、十一中全会で国防部長をクビにしてやるからな」

王光美 「でも、あなた。彭真同志と楊尚昆同志のおかげで、西南地区や西北地区の中央委員は、ほとんどがわれわれの味方になってくれました。 このまま、中央委員会を開けば、われわれが勝つのは間違いありません。

 敵は焦っているのです。こんな鉄道爆破事件など、大したことではありません。 人を不安や混乱に陥れ、その機に乗じて情勢を有利に導こうという、ありふれたやり方です。そんなことに動揺していては、敵の思う壺です」

劉少奇 「勿論そうだ。敵の術中にはまって、こちらが動揺することはない。 われわれの工作組だって、至る所で毛一派の奪権闘争を押さえ込んでいるではないか」

王光美 「そうです。 清華大学でも萠大富という“跳ね上がり”が、私達を非難する大字報を貼ったため、工作組によって直ちに取り押さえられ、学生集会で断罪されました。 他の大学や学校でも、工作組は極左混乱分子を次々に摘発して、学園の秩序を保っています。状況は私達にとって、決して不利ではありません」

彭真 「十一中全会が予定どおり開かれれば、われわれの勝利は間違いありません。登総書記も、二十一日の開会を全国の中央委員に通知しています。 ただ気になるのは、毛沢東らが総書記に、会議を延期するようしつこく圧力をかけているということです。 しかし、総書記は勿論、予定どおり会議を開くはずですが・・・」

劉少奇 「そのとおりだ。登同志がわれわれを裏切るようなことはないはずだ。 しかし、念には念を入れて、いま確認しておいた方がいいな。どれ、私が彼に電話をかけてみよう。(劉少奇が受話器を取り上げ、電話をかける)

 もしもし・・・ああ、総書記ですか、どうも・・・えっ、毛沢東が帰ってきた? つい先程ですか・・・あの男が何を言おうと、会議は予定どおり二十一日に開いて下さい・・・そうそう、よろしく。

 今の情勢から言えば、彭真同志らの努力で、中央委員の過半数はわれわれを支持していますからね。 会議を早く開けば開くほど、われわれにとって有利です。その点をお忘れなく・・・そうですか、安心しました。 それでは、よろしく頼みます。(劉少奇、受話器を置く)

 毛沢東が今日、北京に帰ってきたそうだ。 あの男も、三日後の会議には素直に出ようということかな」

王光美 「総書記は、予定どおり二十一日に、会議を開くことを確約してくれましたね」

劉少奇 「ああ勿論、約束してくれた。これで大丈夫だ。 よほどの天変地異でもないかぎり、われわれが十一中全会で勝つことは間違いない。 毛沢東は、鉄道爆破事件などを理由に、登小平に会議の延期を迫るだろうが、彼はそんなことは絶対にさせないと、今はっきりと言っていた」

彭真 「総書記だって、現在の情勢がどうなっているかぐらいのことは、良くご存知でしょう。 もし万一、十一中全会でわれわれが敗北したら、自分も毛沢東や林彪から、どんなにひどい仕打ちを受けることになるか、百も承知のはずだ。 よほどの馬鹿でないかぎり、敵の圧力を受けて、会議を延期するようなことはしないでしょう」

王光美 「でも、あの人は七年前の廬山会議の時に、われわれが彭徳懐同志を援護して毛沢東と対立した際、肝心な時に会議に出てこなかったという前例もありますよ。 あと三日しかありませんが、登総書記の動静は、なお十分に注意しておく必要があるかもしれません」

劉少奇 「いや、大丈夫、大丈夫。そこまで疑心暗鬼にならなくてもいいだろう。 たしかに廬山会議では、肝心な時に彼が欠席したため、彭徳懐を支持するわれわれは拍子抜けしてしまったが、今度はそんなことはありえない。

 この七年間、登小平はわれわれとがっちり手を結んで、国の近代化や党の民主化に努力してきたではないか。 その結果、彼はすっかり毛沢東の機嫌を損ねてしまい、彼の方から“独裁者”に寄り付かなくなってしまった。 登小平はいずれ、周恩来に代って国務院総理になるべき人物だ。こんな大事な時に、自分の進むべき道を踏み誤るようなことはないはずだ。

 いよいよ、決戦の時が来たな。 私が進めてきた、現実に根ざした近代化の路線が勝つか、毛沢東の教条一辺倒の精神主義の路線が勝つか、道は二つに一つしかない。中国の将来の幸福も不幸も、今度の十一中全会にかかっている。 

 私は国家百年の大計を考えても、必ず毛沢東に勝ってみせる。毛沢東路線を倒さなければならない。 その方が中国の将来にとって、どれほど幸せかは歴史が証明してくれるだろう」

第十二場(7月20日。 北京・中南海にある周恩来の家。周恩来、江青のいる所に、登小平が入ってくる)

周恩来 「ようこそ、登同志。 さあ、こちらに座って下さい」

江青 「総書記、私も同席させてもらいます」(登小平が椅子に座り、3人がテーブルを囲む)

登小平 「総理、一体どういうご用件で、私を呼び出したのですか」

周恩来 「他でもない。 明日からの十一中全会の準備は整いましたか」

登小平 「ええ、おかげさまで。書記処としては、予定どおり明日から会議を開くことにしています。 総理にも、重ねてご協力をお願い致します」

江青 「その点についてですが、毛主席から、会議を延期せよという指示が総書記にあったはずではないのですか」

登小平 「ええ、数日前にありました。 しかし、その時にはすでに、二十一日開会の通知を全国の中央委員に出しており、変更はできない状況でした」

江青 「総書記。失礼ですが、それはおかしいのではないですか。党主席の指示に従うのが、総書記の義務ではありませんか。 会議延期の通知を、今から電報で出しても間に合うはずですが・・・」

登小平 「この時になって、それはまた随分無茶なことを言いますね。 だいたい、毛主席は七年前の廬山会議いらい、日常の仕事は主宰しないと言って、第一線の党務は全て、私に任せることになったではありませんか。 だから私は主席の言葉を守って、何事も自分の責任において、第一線の党務をやっているのです。

 それを今になって、急に横槍を入れられたのでは堪ったものではない! しかも、北京にはすでに、多くの中央委員が集まって、明日の開会を待っているんですよ」

江青 「しかし、会議延期の指示は、党の最高責任者である毛主席が出したのですよ。失礼ですが、総書記はそれに従うべきではないですか。 それに、例の鉄道爆破事件の影響や後始末で、林彪国防部長を始め多くの中央委員が、明日の会議には出られないと言っています。 それでも、総書記は明日、会議を開くというのですか」

周恩来 「まあまあ、江青同志、そう高飛車に言わなくても。 ねえ、小平同志、事態が極めて重大な局面にあることは、君もよく承知しているだろう。今や党は真っ二つに分裂している。 そこで率直に聞きたい。このまま明日、会議を強行して開けばどうなるか、君には十分な成算があるというのか」

登小平 「明日の会議は、私の責任において開くものです。それ以外には何もない。 十分な成算があろうがなかろうが、事態がどうなろうが、開くと決めたからにはそうせざるをえない」

周恩来 「事態がどうなるか、それはまったく予測がつかないではないか。 小平同志、冷静に今の局面を見て欲しい。党が真っ二つに分裂した以上、このままでは、どちらかが相手を打倒するまで、戦いは終わらないだろう。 どちらが勝つかは、今の段階ではなんとも言えない。

 しかし、事態がいかに深刻になっているかは、君も十分に分かっているだろう。人民解放軍の大勢は、林彪の指揮のもと、すでに毛主席支持にまわっている。 今度の戦いは、最後に軍事力が物を言うほど深刻なものだ。 もし明日、会議が開かれればどうなるか。鉄道爆破事件どころではない。どんな大事件が起きるか、予測もつかない状況になっているのだ。

 毛主席や林彪は、内戦も辞さない覚悟で今度の戦いに臨んでいる。 そうした中で会議を開けば、何が起きるか分からない。何かが起きれば、その場合の混乱の責任は、あげて会議を強行した君の双肩にかかってくるのだ」(周恩来、間を置く)

登小平 (無言)

周恩来 「小平同志、私の意見を率直に言わせてもらおう。 明日の会議は延期した方がいい。それは毛主席の指示であり、党主席の指示に従って、君はなんら恥じる所もなければ、人に後ろ指をさされることもないのだ」(周恩来、またも間を置く)

登小平 (沈黙)

周恩来 「はっきり言おう。私は、今度の毛主席と劉主席の決着をつける戦いで、毛主席を支持する。 小平同志、君はいま、最後の決断を迫られているのだ。 毛主席や私と永久に袂(たもと)を分かつのか、それとも、私達の味方になってくれるのか・・・」

登小平 「・・・しかし、私は長い間、毛主席から“白い目”で見られてきた。また私も、毛主席を避けるようにして生きてきた。 毛主席が勝った場合、そうした関係が今さら良くなるとは思えない」

周恩来 「小平、後のことは私に任せて欲しい。 吹きすさぶ嵐の中で、私は君を全力で擁護する」

江青 「わたくしも、あなたを擁護することを約束致します。 総書記が会議の延期を通知してくれれば、毛主席もきっと総書記を見直すことになるでしょう」

周恩来 「プチトン(登小平のこと)。 君と私は、四十年以上も前のフランスにいた時から、手を携えてやってきた仲ではないか。あの頃、私が書いた原稿を、君はガリ版で刷って出してくれたね。君はいつも心良く、私の助手役をやってくれたんだ。あの頃のことが忘れられない。

 あれから半世紀近くたってしまったが、君は今や、中国人民とわが共産党にとって、掛け替えのない重要な人物になっている。君の将来については、私が全責任をもって擁護する。 江青同志も、そう言っているではないか。江青同志と私がいま、お互いに“証人”となっているのだ。 だから安心して、会議延期の通知を今日中に出して欲しい」

江青 「わたくしからも、重ねてお願い致します」

登小平 (暫くの間、沈黙)「分かりました。今日中に、十一中全会延期の通知を、全国の中央委員に電報で知らせます」

周恩来 「有難う」

江青 「有難うございます」

周恩来 「小平、私は今日のことを終生忘れない。感謝している」(周恩来、登小平の両手を握る)

登小平 「それでは、私はこれから党本部に戻り、会議延期の手続きを取ります」(登小平、退場)

江青 「総理、有難うございました。 総書記にはやはり、総理から言って頂くのが、一番効き目があることが分かりました」

周恩来 「いやいや、あなたが側にいて“証人”になっていたことが、彼を安心させたのだろう。 これで会議が延期になったから、中央委員の多数派工作もじっくりとすることができる」

江青 「そうです。これから、巻き返しを図っていきましょう。 総理、今日は本当に助かりました。それでは、私も失礼します」

周恩来 「毛主席によろしく」(江青、退場)

第十三場(7月20日夜。 北京・中南海にある劉少奇の家。劉少奇、彭真、楊尚昆、王光美)

彭真 「西南、西北地区を中心に、すでに過半数の中央委員が北京に集結しました。明日の会議では、間違いなくわれわれが多数を制することができる。 主席、まずはおめでとうございます」 

劉少奇 「これも、君や楊同志らの不眠不休の努力のおかげだ。いろいろ有難う。 これで合法的に、毛沢東を党主席から罷免し、林彪も国防部長をクビにすることができる。北京市長を解任された君も、間違いなく復権することができるし、羅瑞卿同志も国防部長として返り咲くことになるだろう。 これほどの喜びはない。さあ、前祝いに皆で乾杯しよう」

楊尚昆 「共産党も中国も、新しく生まれ変わろうとしているのですね。毛沢東の独裁もこれで終わりだ。 これからは劉主席が、名実共に党と国家の支柱となり、党の民主化と国家の近代化を実現していくわけですな。 お目出度いことだ。教条主義の毒草が除かれ、豊かに成長した明日の中国が目に浮かぶようです」

王光美 「彭真同志、楊尚昆同志、ご苦労さまでした。 明るい中国の未来のために、劉主席や皆様のご健康とご繁栄を祈って、乾杯しましょう。(王光美、四つのグラスにラオチューを注いで、乾杯の準備をする。 その時、部屋の片隅にある電話のベルが鳴る) 

 あら、電話ですわ。(王光美、受話器を取り上げる) もしもし、ああ、総書記ですか。ちょっとお待ち下さい・・・あなた、登同志からです」

劉少奇 「おお、彼もここに来てもらって、一緒に乾杯したいところだな。(劉少奇、王光美に代って受話器を取る) もしもし、ああ、私だ。ご苦労さん・・・・・・なに、そんな馬鹿な! 君はどうしてそんなことをしたのだ。馬鹿な真似はやめたまえ!・・・もしもし、もしもし! (劉少奇、受話器を置くと、椅子にぐったりと座り込む) 一体、なんということだ! 登小平が、明日の会議開催の延期を、全中央委員に電報で知らせたというんだ」

彭真 「そんな馬鹿な!」

楊尚昆 「信じられん、裏切りです! 登小平の裏切りです!」

王光美 「ああ、今はの時になって、なんということでしょう・・・だから、あの人の動きには十分注意しなければと言っていたのに」(暫く、沈黙が続く)

劉少奇 「私が、彼を信頼していたのが間違っていた。残念だ、なんということだ・・・彼は圧力に屈したのだ。 しかし、会議が延期になったからといって、われわれが敗北すると決まったわけではない。なんとしても、今度は勝たなければならない」

楊尚昆 「あのチビ猫には、まったく腹が立つ。どうして今頃になって、われわれを裏切るのか! われわれの努力も“水の泡”ではないか・・・」

彭真 「“一世に聡明なるも、一時に愚鈍なり”とは、あの男を言うんだな。馬鹿な奴だ・・・いずれ近い内に、国務院総理にもなれるというのに。 これで毛一派についたとしても、あの男は所詮、冷や飯を食わされることが分かり切っているのに、馬鹿な奴だ。情けないのにも程がある」

王光美 「でも、私達はまだ負けたわけではありません! 中央委員の半数以上は、私達を支持してくれるはずではありませんか。 十一中全会が延期されたからといって、気を落としてはなりません。

 工作組の活動だって大いに成果を上げているし、林彪が解放軍の一部を北京に進駐させようというなら、こちらも、新彊軍区司令の王恩茂(おうおんぼう)の部隊を動員すればいいではありませんか。彼は私達の味方です」

劉少奇 「そうだ。われわれはここで、腰砕けになってはならん。 彭真同志、楊尚昆同志、北京に集まっている中央委員のオルグを更に徹底してもらいたい。 王光美、お前は私と一緒に、各工作組の活動を一層強化させていこう。

 戦いには有利な時もあれば、不利な時もある。決して諦めることなく、戦いを続けていこうではないか。 今度の戦いに、もし敗れるようなことがあれば、それこそ、われわれは毛一派の生け贄となり、党から永久に追放されてしまうのだ」

彭真 「分かりました。こうなったら、死に物狂いで戦うしかありません」

楊尚昆 「今夜の乾杯はお預けとしましょう。 先に延びれば延びるほど、乾杯の味も旨くなるというものだ」

第十四場(7月27日。 北京・中南海にある毛沢東の家。毛沢東、陳伯達、康生、江青)

毛沢東 「登小平のやつ、周総理が脅しをかけて説得したら、とうとう寝返って十一中全会を延期してしまった。 あの男も、自分が可愛いと見えるな。これで、劉少奇らは大変なショックを受けたわけだ。 それにしても、周総理は相変らず大したものだ。あれほど事態の推移を見極め、大勢の赴く所を洞察できる人間は、わが共産党にはいない。

 彼は私に忠実であるというより、私の力と権威を利用して、政治を一定の方向に持って行こうとしている。 私から見れば、彼は政治の“芸術家”だ。あのような人物がいる限り、中国の行政は、調和と均衡を失うことはないだろう。 彼はカメレオンのように色鮮やかに変貌しながら、最も大切なものは決して変えないという男だ」

江青 「周総理には、本当にお世話になりました。 あの方が登総書記を“プチトン”と呼んで、じゅんじゅんと説得していくと、総書記も賢いお兄さんに諭される弟のように、聞き分けが良くなるんですものね」

陳伯達 「この時になって、中立と見られていた周総理がわれわれの側についてくれたことは、百万の味方を得た感じがする。 あの人は“不倒翁”と言われるように、何か争いごとがあった時、彼が味方した陣営の方が必ず勝ってきたからな。 これで、われわれの方が十一中全会で勝つことは間違いなしと言って良い」

康生 「ただ気をつけなくてならないのは、劉一派が死に物狂いで立ち向ってくることだ。 登小平が寝返ったことで、劉少奇は絶望的になり、何を仕掛けてくるか分からない。やつらは必死になって、中央委員の多数派工作をやっており、また、工作組の活動を強化している。

 左派学生による奪権闘争も今のところ、決して上手くいっているとは言えない。 各学校では、工作組による“白色テロ”が吹き荒れている。絶対に楽観はできない」

毛沢東 「康生同志、その問題については、わしの責任で片づけるつもりだ。心配は要らない。 わしは明日、党主席の名において、工作組を廃止する通達を全ての党幹部に出そうと思っている。わしの通達に従う者はわれわれの味方であり、そうでない者は敵だという色分けが、これではっきりするはずだ。

 そして、わしは全ての青年、学生に対し、マルクス主義の数ある真理の中でも“造反有理”こそ、最高の真理であると教えてやるつもりだ」

江青 「造反有理ですか。なんと革命的な、素晴らしい言葉でしょう」

陳伯達 「うむ、造反有理・・・劉少奇らの“実権派”から権力を奪い取る闘争においては、これ以上に説得力のあるスローガンは他にない」

康生 「さすが毛主席だ。これで工作組を叩きのめし、革命左派による奪権闘争を成功させることができる」

毛沢東 「造反青年や造反学生に何をやらせるか。 それは、古い思想、古い文化、古い習慣、古い風俗を叩き壊し、新しい思想、文化、習慣、風俗に置き換えさせるのだ。 これこそ文化大革命なのだ。これができなければ、今度の戦いの本当の意味はないのだ」

陳伯達 「それにしても、文化大革命を進めていけば、相当の混乱が予想されますね」

毛沢東 「それは、勿論そうだ。大混乱になるかもしれない。 しかし、各地域に革命委員会を樹立し、新しいコミューンを創っていくことこそ、社会主義中国を建設していく上で、絶対に欠かせないことだとわしは信じている。

 これこそ、わしの長い革命人生における最後の集大成だと思っている。 それによって、中国は真の社会主義国家として生まれ変わり、全世界の革命運動の指導的な地位をソ連から奪い取ることができるのだ」

康生 「主席の壮大なビジョンには、ただただ心を打たれるばかりです。 ところで、十一中全会の日取りはお決めになりましたか」

毛沢東 「来月一日に開く予定だ。そのことはすでに、周総理を通じて登小平に伝えてある。 あのチビ猫も今度ばかりは観念して、わしの言うとおりにするはずだ」

陳伯達 「私達も、中央委員の多数派工作は敵に負けないようにやっていますが、あと五日で開会というのは、早過ぎないでしょうか」

毛沢東 「なに、早過ぎることはない。 明日、工作組廃止の通達を出すから、あとはその勢いに乗って一気呵成に敵を押しつぶすのだ。 しかも会議には、北京の革命的な造反学生、教師らを多数“傍聴人”として出席させ、会議中は絶えず、劉一派や中立系の委員に圧力を加えるのだ。 そうすれば、中立系の委員は恐れおののいて、われわれの側に立たざるをえなくなるだろう」

康生 「しかし、党の規約では、中央委員会に一般の学生や教師を出席させることはできませんが・・・」

毛沢東 「何を言うか! 中国の運命を決する文化大革命を、十一中全会で採択しようとしているのではないか。 こういう時に、革命的な造反学生らを動員することこそ、文化大革命にとって最も意義のあることではないか! わしは党主席の権限と責任において、革命的な学生、教師の代表の出席を認めるのだ」

陳伯達 「主席は恐るべき人だ。 これでは、劉少奇なんぞは、とても毛主席に太刀打ちできるわけがない」

江青 「しかも北京には、林彪将軍の人民解放軍が進駐して、ニラミを利かせるわけですね」

毛沢東 「そうだ。革命は銃口から生まれる。これが鉄則だ。 われわれは、文化大革命を実現しようとしているのだぞ。そのことを忘れるな。 革命のためには、どんな力でも、どんな手段でも使うことができるのだ」

第十五場(7月28日。 北京・中南海にある劉少奇の家。劉少奇、王光美、それに娘の劉濤)

劉少奇 「林彪の部隊が北京に入り、また、多くの学校で極左分子による破壊活動がエスカレートしてきて、北京は騒然とした雰囲気になってきた。 真夏の暑い空気がやがて来る大きな嵐を予感させるように、じっとりと不気味に身体に感じられる。

 ここにすでに集まっている、われわれの陣営の中央委員達も、今に何が起きるのかと不安におののいているようだ。 いよいよ、十一中全会も近づいてきた。やるべき準備は、全てやり尽くしたつもりだ。人事を尽くして天命を待つとは、私の今の心境を言っているようなものだ」

王光美 「あなた、私達は負ける気は毛頭ありません。打つ手は全て打ちました。 この七年間にし遂げたあなたの政治の功績が、どうして一朝(いっちょう)にして覆されることがあるでしょうか。

 登小平が裏切り、周恩来が毛一派に与したとはいえ、これまであなたが中国の政治や経済政策に果たしてきた数々の功績が、心ある中央委員の人達に忘れられ、退けられるようなことはありません。

 あなたと毛沢東のどちらが、中国の発展のために本当に貢献してきたでしょうか。そんなことは、冷静にものを判断する人達には直ぐに分かることです。 あの三年続きの自然災害や、大躍進政策の破綻を乗り越えて、中国経済の生産を高め、人民の生活を向上させてきたのは全て、あなたや登小平、私達の努力のお陰ではありませんか。

 たとえ万が一、私達が敗れるようなことがあっても、歴史は、私達の路線が正しく有効であったことを、証明してくれるはずです」

劉少奇 「私もそう自負している。 われわれのどこが、間違っていたというのだろうか。われわれの路線や政策が正しかったから、心ある多くの党幹部が、私達を支持してくれたのだ。 私達が力をつけて大きくなってきたことに、毛沢東は自らの権威が失墜したと思い込み、嫉妬を交えた権力欲から巻き返しに出てきたに過ぎない。 ここで、われわれの正しい路線が覆されて堪るか!」

王光美 「そうです。 私達は毛沢東思想を絶えず掲げながら、実際の政治の分野で着実な成果を収めてきたのです。 ところが、あの人は、いつも自分がナンバーワンでなければ気が済まないため、自分の失政を棚に上げて、私達を排斥しようと血眼になっているのです。

 そのために、野心に満ちた林彪や一部の極左分子、現実から疎外された不満分子を扇動して、狂犬のように私達に襲いかからせているのです。 なんという野蛮で、暴力一辺倒のやり方でしょう。こんなことが許されるなら、中国共産党の規律も秩序も滅茶苦茶に破壊され、恐怖政治だけが横行するようになるでしょう」

劉少奇 「恐ろしいことだ。 毛沢東は民主主義のルールでは勝てないと見ると、文化大革命などと号令して、暴力による権力奪取を企ててきたのだ。そのやり方は、秦の始皇帝やジンギスカンと同じものだ。 このまま毛沢東のテロを許せば、われわれが抹殺されるだけでなく、中国共産党の良き伝統である党内民主主義も、木っ端微塵に粉砕されてしまうだろう。 絶対にそういうことがあってはならん。(その時、電話のベルが鳴る。劉少奇、受話器を取る)

 もしもし、ああ、私だ・・・・・・なに、そんな馬鹿なことが! あれは、党中央の機関で決まったことではないか!・・・・・・分かった、もういい。(劉少奇、受話器を置く) 彭真からの電話だ。 毛沢東が、工作組の廃止を党幹部に通達したそうだ。馬鹿な・・・こんなことがあっていいのか」

王光美 「そんな、無茶苦茶です。工作組の派遣は、党中央で正式に決まったことです。あの時には毛沢東は、反対するとは何も言っていなかったではないですか。 それを、党の中央機関に諮らずに、主席の独断だけで廃止してしまうなんて、あんまりです!」

劉少奇 「ああ、もう何もかも終わりだ。こんなことが許されるなら、わしはもう、共産党なんかにいたくない! ひどい、ひど過ぎる。これほどの暴虐、無法、無理無体があっていいのか。 党の上に毛沢東がいるのではない、毛沢東は党の下にあるはずだ。王光美、わしはもう、死んでしまいたいくらいだ・・・(劉少奇、ハンカチで涙を拭う)

 畜生、嵐が来るなら来い! わしを殺そうというなら殺せ! 真っ赤に染まった剣で俺を刺し殺せ! 俺をズタズタに切り裂いて、毛沢東の狂犬どもに食わせろ!」

王光美 「あなた、そんなに取り乱さないで」

劉濤 「お父さん、そんな言い方はなさらないで下さい」

劉少奇 「ええい、わしに構うな! どうせわしは地獄に堕ちるんだ。党を除名され、紅衛兵どもに殴り倒され、屈辱と汚名の炎の中で焼き殺されるんだ!(劉少奇、泣き崩れて暫く沈黙) せめて、お前達だけは助けてやりたい。 わしに最後の力と運があるなら、お前達だけは、なんとしても助けてやりたい」

王光美 「ありますとも! あなたには最後の力があるはずです。気を落とさないで下さい。 工作組が廃止されても、私達が負けると決まったわけではありません。ここまで、頑張ってきたではありませんか。 それを、あなたが全てを投げ出すような言い方をするなんて・・・私達はどうすればいいのですか」(王光美、泣き崩れる)

劉濤 「お父さん、私も悲しくなります。いつも威厳があり、堂々としているお父さんが、どうしてそんなに自暴自棄な言い方をするのですか。 私はこれまで、国家主席の娘ということで誇りを持って生きてきました。学校へ行っても誰からも可愛がられ、親切にしてもらっています。

 そうした私の生活が、もう駄目になってしまうのでしょうか。 もしそうなるなら、こんなに悲しいことはありません。お父さん、しっかりして下さい」

王光美 「あなたがいちいち、そう言わなくてもいいのよ。お父さんは分かっていらっしゃるのですから」

劉濤 「私が何か言うと、お母さんはいつもそんな言い方をなさるのね。お母さんは冷たいんだから・・・どうせ私は、お母さんの“実の子”ではありませんからね」

王光美 「まあ、又そういうことを言うのね。 私はいつもあなたを可愛がり、大事にしてきたではありませんか」

劉濤 「ええ、そうでしょう。でも、お母さんの可愛がり方は、いつも自分の都合のいいやり方なの。 本当に心から優しく、私を育んでくれたことがあるでしょうか。お母さんの親切は、どちらかと言うと押し付けがましくて、私をまったく子供扱いしているんですから。 母親と言うより、監視人という感じなの」

王光美 「まあ、この子は・・・私はいつもあなたを、実の子のように大切に育ててきたというのに」

劉少奇 「おい、二人とももう止さないか。 私が取り乱したのが悪かった。私はお前達を心から愛している。どんなことになろうとも、お前達二人を不幸な目に遭わせたりはしない。 私は国家主席だ。どんな苦境に陥ろうとも、誇りを持って立ち向っていく。 さあ、二人ともしっかりと私を見守っていてくれ。私は十一中全会で、やるだけのことはやってみせるからな」

第十六場(8月8日。北京・中南海にある懐仁堂。 第八期中共中央委員会・第十一回全体会議が開かれている。 毛沢東、劉少奇、周恩来、登小平、林彪を始めとして、多くの中央委員、同候補らが多数出席。 舞台の両側から、北京の大学、高専の『革命的教員と学生の代表』がしばしば、甲高い喚声と激しいヤジを飛ばしている)

毛沢東 「われわれはもう一週間以上にわたり、議論を尽くしてきた。 これ以上、口を酸っぱくして言い争ってみても、議論は平行線をたどるだけだ。もうこの辺で、プロレタリア文化大革命を遂行するかしないか、決めるべきではないか。 私としては、文化大革命の遂行を、是非とも党議で正式に決めて欲しいと思う」

文革派学生・教員の声 「異議なーしっ! 毛主席の言われるとおり決めろーっ!」

劉少奇 「議論は、まだ十分に尽くされていない。もっと多くの委員達の意見を聞くべきではないか」

文革派学生・教員の声 「何を言うか! 劉少奇よ、お前達の意見は、もう嫌になるほど聞いたぞ。 これ以上、何か新しい意見があると言うのか!」

劉少奇 「プロレタリア文化大革命というのは、極めて重大な問題だ。もっと徹底的に議論しなければ、後に災いを残すことになる」

文革派学生・教員の声 「黙れ! 劉少奇。お前ら資本主義の道を歩む実権派は、文化大革命の決定によって断罪されるのが怖いのだろう。 お前達ウジ虫どもは、永遠に党から葬り去ってやるぞ!」

劉少奇 「どうしてわれわれが、資本主義の道を歩んでいると言うのだ! 誤解もはなはだしい。われわれは毛沢東思想を忠実に守りながら、これまでやってきたではないか」

文革派学生・教員の声 「ウソをつけ! お前達は見せ掛けの毛沢東思想を掲げながら、陰では修正主義の路線を取り、資本主義への道を歩んできたのだ。 お前達のような妖怪変化、“牛鬼蛇神”の輩は叩きつぶしてやる以外にない!」

劉少奇 「それが、国家主席に対して言う言葉か。 大体、党の規約では、お前達はこの中央委員会に出席できないはずだ。もしオブザーバーであるなら、お前達が意見を述べる資格はない!」

文革派学生・教員の声 「そんなことはない! われわれは、党の最高指導者である毛沢東主席の許可を得て、ここに出席しているのだ。毛主席に忠実であるというなら、今のお前の発言を取り消せ!」

毛沢東 「彼ら革命的な教員、学生の代表は、私の責任において出席を認めたのだ。 プロレタリア文化大革命という、中国にとって最も重大な問題を討議する場に、革命的な人民の代表を出席させることは当然である」

劉少奇 「それでは、党の規約はどうなるのだ。 それを無視するなら、党あって党なしということになるではないか」

劉支持の中央委員達 「そうだ! 毛主席は党の下にあるのであって、党の上に神様のようにいるのではない。毛主席といえども、党員ではないか!」

文革派学生・教員の声 「黙れ、黙れ! 毛主席は党の絶対権力者だ。毛主席に逆らう者は、毛沢東思想をないがしろにする反革命の輩だ。 そんな奴らは、この場からさっさと出ていけ! 反革命、反党修正主義分子どもは出ていけ!」

毛沢東 「諸君、聞いたか。 彼ら革命的人民の代表の意見は正しい。私は彼らの会議参加と発言を認める」

林彪 「党の最高責任者である毛主席が、彼らの出席と発言を認めたのだ。 この問題はもう切り上げて、文化大革命の党議決定を早く議題にして欲しい。 登総書記、直ちに採決に移ったらどうですか」

登小平 「しかし、まだ十分に意見を述べていない委員も多いようだし、いま採決するのはどうだろうか・・・」

文革派学生・教員の声 「登小平、何をためらっているのだ。もう意見は出尽くしたぞ、早く採決しろ!」

劉支持の中央委員達 「それはおかしい。まだ意見を言っていない人は大勢いるぞ! 採決はもっと後にすべきだ!」

毛沢東 「文化大革命に関する決定の十六条の中には、少数意見の尊重や、名指しで党幹部を批判することを制限する項目があるではないか。 文化大革命を恐れる人もこの中にいると思うが、そうした人達も十六条をよく読めば、安心して大革命を推進していけるはずだ。 だから、もうこれ以上、無益な議論を続けていくのは止めよう。 登総書記、革命的な人民の代表の声を聞き入れて、早く採決しなさい」

文革派学生・教員の声 「毛主席が、早く採決せよと指示されたぞ。登小平、直ちに採決しろ!」

林彪 「人民の声を無視してはならない。 今日決めなければ、文化大革命の発動は、それだけ一日遅れることになる。登総書記、毛主席の指示に従って、いま採決して頂きたい」

文革派学生・教員の声 「異議なーしっ! 登小平、何をもたもたしているのだ! 早くしろ! 早くやれ! 早く採決しろ!」

劉支持の中央委員達 「まだ早い! もっと多くの人の意見を聞け!」 (場内は喚声と罵声、怒号などで騒然となる)

登小平(騒音で途切れがちになる)「それでは・・・毛主席の指示に従い、プロレタリア文化大革命に関する・・・十六条の党議決定について・・・採決を行ないまーすっ! 賛成の委員は挙手を願いまーすっ!」

劉支持の中央委員達 「こんな採決は無効だ! 出席者は定足数に満たないぞ! 出席予定の百八十人のうち、百人ぐらい欠席しているじゃないか!」 (場内は更に騒然となる。 文革派学生・教師の十数人が舞台に出てきて、一部の中央委員達を小突いたり、取っ組み合いを始める)

文革派学生・教員 「何を言うか! 採決だ! 十六条に賛成の人は挙手を! 挙手を! (中央委員達の半分ぐらいが挙手。場内は興奮と混乱の“るつぼ”と化す)・・・・・・勝ったぞーっ! 勝ったぞーっ!! 過半数が賛成だっ! 文化大革命が可決されたぞーっ!! 中華人民共和国万歳! 中国共産党万歳! 毛沢東主席万歳!! プロレタリア文化大革命万歳!!」

劉支持の中央委員達 「いんちきだ! 採決は無効だ! やり直せーっ!!」 (場内は大混乱となる。罵声や怒号が飛び交い、取っ組み合いが激しくなって、事態の収拾は不能となる)

登小平 「プロレタリア文化大革命に関する・・・十六条の党議決定は・・・賛成多数で・・・可決されましたっ!」

毛沢東 「プロレタリア文化大革命はいま、党議で決定されたのだ! これによりわれわれは、人々の魂に触れる文化大革命を完全に遂行し・・・古い思想や文化、風俗、習慣を改め、それらをプロレタリア階級の新しい思想、文化、風俗、習慣に置き換えなければならない! 

 今や中国は、社会主義革命の新たな段階に突入した・・・プロレタリア文化大革命の偉大な勝利を勝ち取ろう!」

文革派学生・教員 「プロレタリア文化大革命万歳!! 毛沢東主席万歳!! 中国共産党万歳!! 中華人民共和国万歳!!・・・」 (喚声、罵声、怒号の中に、万歳の声や悲鳴などが入り交じり、大混乱のうちに幕が閉じる)

第十七場(8月10日。 北京・中南海の西門前。上手から、毛沢東がモノローグしながら出てくる。後ろに江青、陳伯達、康生が続く)

毛沢東 「劉少奇達はまだ、じたばたしている。われわれが十一中全会で勝ったというのに、あいつらは最後の悪あがきといったところだ。 文化大革命が党議で決定されたので、人民大衆は大喜びし、北京市内はまるでお祭り騒ぎになっている。 十八年前、人民解放軍が北京に入城した時と同じような感動が、今ここでは渦巻いている。

 人民大衆は単純で正直だ。 どうやら文化大革命に熱狂し、酔いしれているようだ。わしの権威は、文化大革命と共に高まり、揺るぎないものとなっていくだろう。 どれ、人民の前に姿を見せて、歓呼の声を浴びるとしようか。人民がどれほどわしを尊敬し慕っているかを、劉少奇達に思い知らせてやろう。

 そうすれば、あいつらだって無駄な抵抗を諦め、敗北を認めざるをえなくなるだろう。 わしの元気な姿を見れば、人民大衆は大喜びし、文化大革命に酔いしれるはずだ」(毛沢東ら、下手の大衆接待所に赴く)

北京市民達(口々に)「おお、毛沢東主席だ。 毛主席がお見えになったぞ! 毛主席がわれわれの前に姿を見せられたぞ! 皆さん、こちらに集まって、早く集まって下さい! ウソではない、本当に毛主席だ!

 夢のようだ、毛沢東主席がお元気な姿を現わされたぞ! 私達が心の太陽と崇めている毛主席だ! 毛沢東主席万歳!! われわれの偉大な指導者・毛主席万歳!! 世界人民の赤い太陽・毛主席万歳!!」(毛沢東、集まってきた市民達の一人一人と握手し、壇上に上る)

毛沢東 「市民の皆さん、同志諸君、こんにちわ。 皆さんもお元気でなによりだ。私もご覧のように元気にやっている。 ところで皆さんは、おととい決まったプロレタリア文化大革命を祝うため、ここに集まってこられたと思うが、私は、そうした皆さんの革命的情熱と真心に、深く敬意を表したい。

 私がいま言いたいことはただ一つ、皆さんは、国家の大問題に関心を持たなければならない! それは、プロレタリア文化大革命を最後までやり抜くということだ! 分かりましたか?」

北京市民一 「われわれは毛主席の心を心とし、毛主席の指示に従い、プロレタリア文化大革命を最後までやり抜きます」

北京市民二 「毛主席。 私達はいま、全ての迷い、全ての疑問から解放されました。私達は毛主席に従って、文化大革命を必ず成功させます」

北京市民三 「私達はいつも、毛主席の良い教え子であり、毛主席の指示に従って闘っていきます」

北京市民四 「われわれは、文化大革命に反対する反党、修正主義分子どもに鉄槌の雨を降らしてやることを誓います」

毛沢東 「ありがとう。 皆さんの革命的な情熱と決意に私は心を打たれた。皆さんの有り余るエネルギーと行動力を、文化大革命のために使って欲しい。 そして、皆さんの陰に隠れて、文化大革命に反対しているブルジョア反動分子を摘発し、彼らに徹底的な制裁を加えて欲しい。 それでは、諸君のご健闘を祈っています」

市民の代表 「毛主席。 私達は主席の教えを忠実に守り、プロレタリア文化大革命を必ず成功させてみせます! 本日、私達が主席のお姿を拝見し、親しく教えを賜わったことは身に余る光栄であり、終生、忘れることのできない感激であります。

 どうか、お身体に十分気をつけて頂き、末長くわれわれの心の太陽として、光り輝くことをお祈り申し上げます。 さあ皆さん、もう一度声を合わせて、毛主席のご健康とプロレタリア文化大革命の勝利を祈って、大地を揺るがすような万歳を唱えようではありませんか!

 毛沢東主席万歳! 中国共産党万歳! 中華人民共和国万歳! プロレタリア文化大革命万歳!」

市民達 「毛沢東主席万歳!! 中国共産党万歳!! 中華人民共和国万歳!! プロレタリア文化大革命万歳!!」(歓声と拍手が沸き起こる)

毛沢東 「ありがとう。皆さんもお元気で、頑張って下さい」(毛沢東、市民達に手を振りながら、江青らを従えて上手の方へ退場)

第十八場(8月12日。 北京・中南海にある周恩来の家。周恩来、妻の登頴超、登小平の3人)

周恩来 「十一中全会もようやく終わったが、これほど大荒れに荒れた大会を、私は見たことがない。 まるで嵐に弄ばれる難破船のように、党中央の権威は揺れ動いていた。嵐が一応おさまると、その中から毛主席の威光が太陽のようにまぶしく照り輝いてきた。

 もはや誰も、毛主席の権威を制限することも、それを取り除くこともできない。毛主席は再び、赤い太陽として全中国に君臨することになった。 そして、その陽光を更にさん然と輝かせているのが林彪国防部長だ。 今や毛林体制は、樫の大木のように中国の大地に根を下ろすことになったのだ」

登頴超 「でも、あなた、十一中全会は、来るべき大嵐の前の単なる微風に過ぎなかったような気がします。 すでに、紅衛兵の活動が大地を揺り動かすように、地響きを立てて近づいてきているようですね」

周恩来 「まったく、この先どうなるのか見当もつかない。 小平同志、君もなんとか党内第五位の地位を確保したが、紅衛兵の大きな打倒目標は、劉少奇とあんたの二人だ。 君はやがて、吹きすさぶ大嵐の矢面に立たされ、苦難の道のりを歩まねばならなくなるだろう」

登小平 「それはもう覚悟しています。 私がこれまで劉主席を支えてきたことは、万人周知の事実です。紅衛兵達は、決して私を容赦しないでしょう。 私は身に降り注ぐ火の粉を、振り払うのが精一杯となるでしょう」

登頴超 「一体、この先どうなるのでしょう。 血なまぐさい暴力とテロの炎が、登同志はもとより、あなたのいる国務院にまで襲いかかるのでしょうか。 そんなことになれば、中国の行政は深い火傷を負い、それが元に戻るまでには長い時間がかかってしまうのでしょうね」

周恩来 「きっと、そうなるだろう。だから私は、消防士を買って出なければならない。 誰が文化大革命の猛火を鎮める者がいるだろうか。火事は広がるところまで広がるだろうが、やがて必ず下火になってくる。 その時、私は溜めておいた水で、全力をあげて鎮火に当たるのだ。

 とにかく今は、燃え始めた火の手がどこまで広がるのか、誰も分からないのだ。 それは、毛主席だって林彪だって分からないだろう」

登頴超 「恐ろしいことですね。 これまでに経験したことがないような、大混乱が生じる気がしてなりません」

登小平 「火事を煽り立てて大きくするのは、陳伯達や江青だ。 そして、人民解放軍によって“火事場泥棒”をしようというのが林彪だ」

周恩来 「この干からびた中国の大地を、文化大革命の猛火が焼き尽くそうとも、私は国務院を守っていく。 そして、小平同志、この前約束したように、君の政治生命は必ず私が守ってみせる。 焼け野原となった中国の大地に、建設の槌音も高らかに再生の道を切り開くのは、私と君の二人の仕事なのだ。

 その時がくるまでは、ただ忍耐あるのみだ。じっと我慢しよう。 幸運が長続きしないように、不幸だって永久に続くものではない。 やがて明るい太陽が微笑み、恵みの雨が降り注いで、焼け野原の大地に緑の若葉が輝くようになるまで、私達はじっと耐え忍ばなければならないのだ」

第三幕 紅衛兵旋風!! 劉少奇派の没落

第一幕(8月20日。 北京・王府井〔ワンフーチン〕通り。紅衛兵の腕章を巻いた多くの若者達が、何軒かの商店の前に集まっている)

紅衛兵の代表 「われわれ紅衛兵は、先の十一中全会で決まったプロレタリア文化大革命の方針に従い、古い思想や文化、風俗、習慣を一切廃止する運動に立ち上がった! われわれ紅衛兵は、おととい天安門広場で行なわれた文化大革命の百万人祝賀集会で、毛主席や林彪国防部長ら党の最高指導部から、文化大革命をやり抜く“兵士”として、正式に認められた。

 われわれの仲間である女子紅衛兵の宋要武同志が、天安門の上で毛主席の左腕に紅衛兵の腕章を巻いてあげると、毛主席はにっこりと微笑んで手を上げられた。 われわれ紅衛兵は、こうして毛主席を始め党中央から認められたのだ。

 われわれはもはや、何ものも恐れたり、また何ものも憚ることはない! われわれの闘争は正義の闘争であり、われわれの行動は革命の行動である。 光栄ある文化大革命の先頭に立って、われわれは古い思想や習俗などを大胆にぶち壊し、それに代って、新しいプロレタリア文化を創造しなければならないのだ!

 毛主席は言われた。“造反有理”だと。 さあ、同志諸君、われわれは立ち上がろう! 立ち上がって、この北京に残っている古くて腐敗した、ブルジョア文化の遺物を徹底的に破壊しようではないか!」

紅衛兵一 「そうだ! 新しいプロレタリア文化を創り出すために、まず古いものをぶち壊せ!」

紅衛兵二 「臭気ふんぷんたるブルジョア文化の残りカス、塵、芥は一切がっさい掃き清めろ!」

紅衛兵三 「汚い手口で私腹を肥やしている奴らは、ぶっ殺せーっ!」

紅衛兵の代表 「この際、私は同志諸君に提案したい。 われわれの日常生活の中にはびこり、絶えず害毒を流している、腐り切ったブルジョア商人どもを一掃しよう! このワンフーチン通りには、資本主義のボロ屑を売り、密かに暴利をむさぼっている連中が沢山いる。 こういう奴らは、われわれプロレタリア人民の敵だ!

 こいつらを“のさばらせて”おいたのでは、プロレタリア文化大革命をやり抜くことはできない。 同志諸君。今こそプロレタリアートの敵である、この腐敗堕落したブタどもに革命的な鉄槌を打ち下ろしてやろうではないか!」

紅衛兵四 「異議なーしっ! 汚い金もうけで肥った奴らは叩きのめせーっ!」

紅衛兵五 「資本主義国家のいかがわしい商品を、売りさばいてきた店はぶっ壊せ!」

紅衛兵六 「きらびやかなブルジョア風の店の名前は、全部取りつぶせーっ!」

紅衛兵七 「代りに、文化大革命にふさわしい名前に取り替えろーっ!」

紅衛兵の代表 「国を売るあくどいブルジョア商人どもを、粉砕しよう! 奴らに徹底的に自己批判をさせ、言うことを聞かない連中は、われわれの手で抹殺しようではないか! 毛主席は、古い思想、文化、風俗、習慣を廃止せよとおっしゃった。

 この辺にある、汚らわしいブルジョア風の店の名は、全部取り替えよう! 店の主人どもを引っぱり出して、革命的な制裁を加えてやろうではないか!」

紅衛兵達 「異議なーしっ! かかれーっ! やっつけろーっ!」(紅衛兵達は喊声を上げながら、何軒もの商店の看板を、ハンマーなどで壊し始める。 そのあとに、赤インクやペンキで新しい店名を書いた紙片を、次々に貼っていく。 幾人もの紅衛兵が店の中に入っていく)

紅衛兵達 「よし、いいぞ! やった、やったーっ! ブルジョア商人どもを叩きのめしてやれっ! プロレタリア文化大革命万歳! 毛主席万歳!」(紅衛兵の喚声の中を、宝石店の主人が両腕を取られながら、店の外に連れ出されてくる)

紅衛兵一 「おい、お前がこの店の主人か。 さあ、自己批判しろ!」

宝石店主人 「私は悪いことはしていません」

紅衛兵二 「ウソつけ! お前は、この店の宝石類をどういうルートで手に入れ、誰に売りさばいていたのだ」

紅衛兵三 「これまでに、どのくらい儲けたのだ。さあ、言え!」

宝石店主人 「宝石類は、外国貿易部を通して手に入れたものが大半です。おもに元地主や党幹部、軍の幹部の人達に売っていました。 これまで、私はそれほど儲けてはおりません」

紅衛兵四 「馬鹿野郎! デタラメを言うな! お前の家にはお手伝いさんが何人もいて、家具調度品は輸入用品が多く、贅沢な暮しをしていたことは、われわれの調べで分かっているんだぞ!」

紅衛兵五 「われわれが質素で貧しい生活をしている間に、貴様は宝石売買で儲けた金で、ブルジョア旦那のように豪勢で贅沢な生活をしていたんだ!」

紅衛兵六 「プロレタリア人民の犠牲の上に立って、お前はのうのうと甘い汁を吸っていたのか。 この野郎、さあ、今後絶対に贅沢な生活はしないと誓ってみせろ! さもないと、お前は人民裁判にかけられて首が飛ぶぞ!」

紅衛兵一 「さあ、自己批判しろ! お前が自己批判するまで、われわれはここを立ち退かないぞ。 お前のこれまでの商売のやり方が、あくどくて汚かったことを認めろ!」

紅衛兵二 「黙っていないで、なにか言わんのか。われわれの追及が正しくて革命的だから、お前はぐうの音も出ないのか。 悪かったら悪かったと、素直に言ってみろ!」

紅衛兵三 「おい、どうなんだ。今後は、プロレタリア人民に奉仕する生活をすると言ってみろ!」

紅衛兵四 「黙っていたんでは、分からんじゃないか! この野郎、なんとか言わんか!」(紅衛兵達、宝石店主人の襟首をつかんで、小突いたり殴る)

宝石店主人 「私が悪かったです! あやまります、反省します! 私の商売のやり方が間違っていました。もう今後は、決して贅沢な生活はしません! 勘弁して下さい」

紅衛兵五 「よしっ、それなら今後は、あくどいやり方で絶対に商売をしないと誓うか」

宝石店主人 「はい、誓います」

紅衛兵六 「毛沢東思想に従って、われわれが進めている文化大革命に協力すると約束するか」

宝石店主人 「はい、約束します」

紅衛兵代表 「よしっ、それなら、この老いぼれを放してやれ。(紅衛兵達、宝石店主人を解放する) 次は、そこの服飾店の主人を引っぱり出してやろう。 同志諸君、われわれはこうして、ブルジョア退廃分子どもを片っ端から人民の前に引きずり出し、徹底的に自己批判を迫っていこうではないか!」

紅衛兵達 「そうだっ! 異議なーしっ! 腐敗したブルジョアのブタどもを叩きつぶせーっ! プロレタリア文化大革命万歳! 毛主席万歳! 紅衛兵万歳!」(紅衛兵達、喚声を上げながら、服飾店の中に侵入していく)

第二場(8月25日。北京市・崇文門外の欄杆市。 紅衛兵達、元大地主の李文波夫妻を引きずり出して、人民裁判を行なっている)

紅衛兵代表 「わずか数日の間に、われわれ紅衛兵の激烈な闘争によって、北京市内は至る所で、プロレタリア文化大革命の“洗礼”を受けることになった。 われわれの運動は今や、全国の津々浦々にまで大波のように広がろうとしている。

 中国はまったく新しい時代に突入し、文化大革命の旗は、太陽のように燦然と中国人民の上に輝いているのだ。 われわれは何ものも恐れるものはない。すでに、ワンフーチン通りが“革命大路”と名称を変えたのを始め、古臭く忌まわしい街や商店の名前も、次々と革命的な呼び方に変更されている。

 こうして、われわれの運動は、古い文化や風俗、習慣に致命的な打撃を与えることに成功している。 又、これまで暴利を貪ってきたブルジョア商人どもや、実権派の党官僚、学校の教師達、更には、薄汚れた幻想をいつも抱いている反動文化人や学者どもに革命的な鉄槌を打ち下ろしてきた。

 しかし、それだけではまだ足りない。 ここにいる李文波のように、かつて小作人を苦しめ、小作人から悪辣な搾取を続けてきた大地主も、この際、われわれの闘争目標から逃れるわけにはいかないのだ。これから、李文波の人民裁判を始める。 同志諸君、元大地主の李文波にも、自己批判をさせようではないか!」

紅衛兵一 「異議なーしっ! こいつらは農民から巻き上げた財産で、これまで“ぬくぬく”とした生活を送ってきたのだ。 今日は徹底的に吊るし上げて、こいつを自己批判させ、その財産を没収しようではないか!」

紅衛兵二 「そうだ! 自分らが昔、痛めつけた小作人に償いをしろ! 李文波をウイグルにでも追いやって、強制労働をさせろ!」

紅衛兵代表 「同志諸君、あそこを見てくれ。 あそこに大量に積まれている絹織物、毛皮のコートやオーバー、金ぴかの洋服類、それにダイヤモンドやエメラルドなどの宝石類は、われわれが先ほど、李文波の家を捜索して押収したものだ。

 こいつは農民や小作人をこき使って得た莫大な利益で、あの贅沢な財産を溜め込んでいたのだ! こんなに人民を虐げた醜いブルジョアの輩を、われわれは断じて許すことはできない!」

紅衛兵三 「許すな! 厳罰に処してやれ! こいつの財産を全て没収して、人民に返してやれ!」

紅衛兵四 「こいつは鬼だ、ブルジョアの鬼だ! 叩きのめしてやれ!」

紅衛兵代表 「李文波よ、聞いたか。われわれの雄叫びを聞いたか。人民の腹の底から込み上がってくる憎しみの叫びを聞いたか! 文化大革命が始まる前は、われわれはお前達のブルジョア的な思い上がりを、じっと我慢して見ていたのだ。 しかし、毛主席が文化大革命を発動した今、われわれはお前達を許すことはできない。 さあ、自己批判して、お前達の贅沢な財産を全て中国人民に返せ!」

李文波 「自己批判はする。しかし、私の財産は何もかも没収されるわけにはいかない」

紅衛兵達 「何を言うか! 今の発言を取り消せ! 搾取したものを返せ! 自己批判が足りないぞ! 文化大革命に協力しろ!」(紅衛兵達、李文波夫妻に詰め寄る)

紅衛兵代表 「李文波よ、お前の命と家族の安全を思うなら、素直にお前の財産をわれわれ人民に返せ。 そして、文化大革命に協力しろ」

李文波 「文化大革命には協力する。しかし、私の財産は法によって守られているはずだ」

紅衛兵五 「馬鹿を言うな! われわれは、お前の不当な手段による財産の蓄積を認めていないのだ。さあ、返すと言え!」

紅衛兵達 「悪あがきをするな! 命が惜しかったら、われわれの言うことを聞け! お前のような“しぶとい”奴はぶっ殺すぞーっ! まだ白(しら)を切るのか、このブタ野郎!」(紅衛兵達、李文波を小突く)

李文波 「分かった、財産は返す。 ちょっと小用があるから、家に入らせてくれ」(李文波、逃げるようにして家の中に姿を消す)

李夫人 「あなた達は今、何をやっても咎められないのね」

紅衛兵六 「大人しくしていろ! お前もじたばた騒ぐと、どんな目に遭うか知っているだろう」

紅衛兵代表 「何をやっても許されるというのではない。われわれは、中国共産党が決めた文化大革命の方針に従って、道理にかなった行動をしているのだ。 毛主席は、造反有理と言われた。われわれの行動こそ、造反有理の革命的な行動なのだ。 李文波も自己批判して、文化大革命に協力すると言った。あなたもそうして欲しい。 そうすれば、われわれは決して、度を超えた攻撃をあなた方にするつもりはない」

李夫人 「私も自己批判する所はそうします。でも、あなた方が行なっている文化大革命とは、一体どういうことなのですか。 不法侵入、強奪、暴行、人民裁判・・・要するに暴力ではありませんか。衆をたのんだ暴力です。

 こうした不当なテロが、党や政府によって認められているのですか。こんな出たら目なやり方を、私は承知することはできません」

紅衛兵一 「黙れ! 大人しくしていれば、いい気になりやがって」

紅衛兵二 「出たら目なやり方とはなんだ! お前は、中国共産党が決めたことに従わないのか」

紅衛兵三 「ブルジョアのエゴイストめ。お前も亭主と一緒に強制労働だ!」

紅衛兵四 「もっと厳しく自己批判しろ! こうして生かしてやっているだけでも、有難く思え!」

紅衛兵五 「お前も“三角帽子”をかぶせて、街中を引きずり回してやるぞ!」

紅衛兵六 「メス犬! お前がどんなに優雅な生活をしてきたか、恥を知れ!」

紅衛兵代表 「李夫人よ、われわれ人民の声を聞いたか。 素直に自分の非を認め、財産を全て人民に返し、文化大革命に協力しなさい」(その時、李文波が青竜刀を振りかざして、家の中から現われる)

李文波 「この野郎ども! よく聞け! お前らは毛沢東に飼い馴らされた狂犬どもだ。お前らをこの青竜刀で、一人残らず切り殺してやる! どうせ生きていても、お前らに辱めを受けていくのが“落ち”だ。 こうなったら、お前達を全部叩き切ってから死んでやるぞ! 

 やい、狂犬ども、逃げるか! 一人一人切り刻んで、地獄の鬼の餌食にしてやるわ! そーれっ、逃げるか! 犬ども! 俺の刀を受けてみろ!」(李文波、青竜刀で紅衛兵達に切りつける。二、三人の紅衛兵が腕や肩、背を切られる。 李文波、狂ったように青竜刀を振り回すが、やがて、棍棒などを持った紅衛兵達によって、下手に追い詰められていく)

李文波 「狂犬ども! よく見ておけ! 俺の死に様を忘れるな! 立派な人間はこうやって死ぬんだ!」(李文波、青竜刀で自分の首を切りつけ、うつ伏して息絶える。 李夫人、李文波に駆け寄る)

李夫人 「あなた! あなた! ああ、どうしてこんなことに・・・(泣き崩れるが、やがて、隠し持っていた短刀を抜く) 畜生! よくも夫を責め殺したわね。さあ、お前達の腕一本、指一本でもいいから切り裂いてやる!」(李夫人、短刀を振り回して紅衛兵達に切りつけるが、やがて腕をねじ上げられて、取り押さえられる)

李夫人 「ああ、畜生、畜生! 毛沢東の犬ども! 野良犬! 殺すなら殺せ! 殺せ!!」

紅衛兵達 「よし、お前なんかなぶり殺してやる! 魔女め! 腐ったブルジョア女! 李文波と一緒に地獄へ行ってしまえ!! 反革命のメス犬め、こうしてやるわ!」(紅衛兵達、寄ってたかって、棍棒などで李夫人を叩きのめす。李夫人、悲鳴をあげながら、その場に倒れて動かなくなる)

第三場(9月上旬。北京の中央音楽学院。 構内の一室に、学院長の馬思聰が幽閉されている)

馬思聰 「まったく野蛮で、理不尽なこうした生活がいつまで続くのだろうか。 紅衛兵に捕まってから、もう二ヵ月以上たってしまったが、来る日も来る日も耐え難い拷問が続き、私の肉体も精神も疲れ果ててしまった。 こんな状態がいつまでも続くのなら、私は気が狂って、いつかは死んでしまうだろう。

 いや、こんな地獄の責め苦にずっと遭っているのなら、死んでしまった方が幸せかもしれない。 将来に、どんな明るい見通しがあるというのだろうか。何もない、何もないのだ。 紅衛兵達の残酷な仕打ちは、日を追って激しくなるばかりだ。この“牢獄”を抜け出すことができるのなら、私はどんな危険も苦労も厭うことはないだろう」(そこに、棍棒や鉄棒、ベルトなどを持った三人の少年紅衛兵が入ってくる)

紅衛兵一 「やい、馬思聰、“ブルジョア牛鬼”のブタめ。 毛沢東語録をちゃんと読んでいるか。お前なんかには、毛主席の偉大な革命精神が分からんだろう」

紅衛兵二 「今日もしっかりと自己批判したか。自己批判が足りないと、どんな目に遭うか分かっているだろうな」

紅衛兵三 「さあ、もう一度『黒い一味の叫び』を俺が歌うから、繰り返してみろ。 お前は音楽家だから、きっと上手に歌えるはずだ。いいか、俺が歌い終えたら、ちゃんと繰り返すんだぞ。 (手に持った棍棒を振りながら)“私は牛頭の怪物 罪を犯した 罪を犯した 私は人民独裁の元に置かれなければならない なぜなら 私は人民の敵だから 私は懺悔しなければならない もしそうしないなら 私を粉々に打ち砕いてくれ!” さあ、歌ってみろ!」

馬思聰 「私は牛頭の怪物 罪を犯した 罪を犯した 私は人民独裁の元に置かれなければならない なぜなら 私は人民の敵だから・・・ええと、その後はなんだったかな」

紅衛兵三 「馬鹿野郎! もう忘れたのか!(棍棒で馬思聰を打つ) 昨日、教えてやったばかりなのに、お前は文化人のくせに頭が悪いな。精神が腐っているんだ、この野郎。 私は懺悔しなければならない、というんだ。さあ、歌え!」

馬思聰 「私は懺悔しなければならない もしそうしないなら 私を粉々に打ち砕いてくれ」

紅衛兵二 「“懺悔”を忘れるなんて、お前は自己批判が足りないんだ!」

紅衛兵一 「ふざけた野郎だ。おい、四つん這いになって、この部屋の中を歩いてみろ!(鉄棒で馬思聰を小突く) さあ、四つん這いになれ! お前は懺悔が足りないのだ、犬みたいに這ってみろ!」(馬思聰、渋々と四つん這いになって這い出す)

紅衛兵二 「這い方が遅いぞ!(棍棒で馬思聰を打つ) この野郎、旨いものを食っていたわりには、元気がないな。もっと真剣に這え! そうそう、そうやればいいんだ」

紅衛兵三 「ウワッハッハッハ、このざまを見ろ。これが、ついこの間までは、音楽学院で偉そうな面をしていた奴だ。 犬め、もっと速く這い回れ!」(棍棒で馬思聰を突く。馬思聰倒れる)

紅衛兵一 「よろよろしやがって。もっとしゃんとしろ! しっかり這っていかないと、お前が飼っていたニワトリみたいに、ぶち殺してやるぞ! こいつ、革命精神が足りないんだな。(鉄棒で馬思聰を小突いて、唾を吐きかける。馬思聰、再び這い出す) よしよし、その調子その調子・・・」

紅衛兵二 「思い知ったか、ブタ野郎! われわれは、ついこの間まで、お前達によって苦しめられてきたんだ。 今度は、われわれがお前達を革命的に鍛えてやる番だ。有難く思え!」(ベルトで馬思聰を打つ)

紅衛兵三 「よし、今日はこれで終わりだ。『黒い一味の叫び』をちゃんと覚えておけよ。 今度しっかりと歌えなかったら、血へどを吐かせてやるからな」

紅衛兵一 「馬思聰、あとは壁に向って座っていろ。 それでは同志諸君、今度は隣にいる黒いブタの所へ行って、学習させてやろうではないか」(三人の少年紅衛兵、退場)

馬思聰 「ああ、これが私の人生か・・・これが、中国を愛し、中国の音楽界のために尽くしてきた者に対する仕打ちか。 もし、この世に神があるというなら、こんな地獄の中国は今すぐにでも滅ぼしてくれ。なんと酷い世の中なのだ。

 あの三人のうちの一人は、私の教え子だ。ついこの間までは、大人しく素直な生徒だったというのに、今はまるで狼のように残忍で血に飢えている。 何もかも変ってしまった。何もかも血なまぐさく、残酷で陰惨になってしまった。至る所で凄惨なリンチが繰り広げられている。

 ああ、神よ。 私は、この屈辱に耐えていかなければならないのか。私は、この地獄の世界にのたうち回らなければならないのか。 どこに救いの道が開かれているというのだ。 神よ、もうおしまいだ。これが革命なのか、これが文化大革命なのか。 私の人生も、私の愛する中国も、私の命である音楽も全ておしまいだ」(馬思聰、泣き崩れる)

第四場(9月中旬。 北京・中南海にある毛沢東の家。毛沢東、陳伯達、江青)

陳伯達 「主席。紅衛兵運動は今や、北京から全国のほとんどの主な都市に、燎原の火のように勢い良く広まっています。 北京では、これまで実権派に与していた学者や文化人、芸術家らが、紅衛兵によって次々に叩きのめされており、文化大革命は、予想以上の速さで成果を収めつつあります」

毛沢東 「うむ、それは良いことだ。 昨日行なわれた天安門前広場での、紅衛兵との三回目の会見も凄かったな。百万人はいただろうか。 まるで大津波が押し寄せるように、後から後から、いつ果てるともなく紅衛兵の大群が連なってきて、わしは気が遠くなりそうだった。こんなにも盛り上がるものかな」

江青 「学者や文化人だけでなく、紅衛兵は至る所で元大地主どもを懲らしめています。 もう二万人近い地主達が逮捕され、土地を没収されているそうです。戦果は上々ですわね」

陳伯達 「ただ心配なのは、地方都市での紅衛兵運動が、地元の党委員会や労働者達によって、かなり激しく妨害されていることです。 このため随分、死者やけが人が出ているようで、北京に集まった紅衛兵が、再び地方都市へ応援に戻っているのもあります。地方の実権派の連中は、紅衛兵に対抗して“赤衛隊”という組織を創っているそうで、混乱はますます大きくなっていくようですね」

毛沢東 「混乱は大きくなればなるほど、いいんだよ。騒ぎが大きい方が、こちらにとって有利なんだ。 紅衛兵にやらせるだけやらせろ。そうした方が、実権派に与える打撃も大きいのだ」

江青 「でも、闘争がアナーキーになってしまう心配もありますね。 今のところ、紅衛兵運動は、われわれ中央文革小組の統率の下で行なわれていますが、どうしても極左分子が出てきて、戦線が乱れてくることが考えられます」

毛沢東 「その時はその時だ。どんな運動にも極左分子は付き物だ。 われわれの戦線が混乱してきたら、その時には次の手を考えよう。今は、紅衛兵運動を煽るだけ煽れ。今は、混乱や騒乱は大きければ大きいほどいいのだ。 周恩来だって一国の総理だというのに、このまえ清華大学に行って、工作組の派遣は政府にも責任があると言って謝ったではないか。

 可哀想に、一国の総理が雨にずぶ濡れになりながら学生達に謝るなんて、前代未聞の異常な事態だ。それほどまでに、文化大革命は熱を帯びているのだ。 こうしてやっておけば、古いものは皆、粉々に砕け散ってしまうよ」

江青 「あなたは余裕があると言うのか、大変な革命家なんですね」

毛沢東 「それは皮肉か。わしは、一刻も気が抜けないほど真剣なんだぞ。 この大革命は行くところまで行く。その暁に、新しい社会主義中国の体制と秩序が生まれるのだ。 それまでは、なんとしても生き長らえて、新しい中国をこの目で見なくてはならん。それ以外にわしの望みはない。

 さあ、二人とも、新しい中国を創り出すために紅衛兵を煽ってこい。大衆のエネルギーは、常に正しく尊いものだ。 その前には、どんなに立派に見える古い体制や秩序でも、ガラクタのように壊れて消えてしまうのだ」

第五場(10月上旬。 北京・胡同にある馬思聰の家。書斎の中に馬思聰ただ一人)

馬思聰 「吹きすさぶ嵐も少し治まってきたのだろうか。日曜日には、こうして私も自分の家に帰ることが許されるようになった。 しかし、わが家のなんと変わり果てたことか。庭の柿や梨、ブドウの木は全て丸裸にされ、ニワトリ小屋もつぶされ、家の中は紅衛兵の土足で踏み荒らされている。

 私がいられるのは、この書斎だけで、他の部屋は、まったく顔も名前も知らない労働者の家族達が住みついてしまった。 それでも、週末にこうしてわが家に帰れるだけでも幸せだ。 学校では、まだ何十人という人達が捕われたままで、毎日、紅衛兵に吊るし上げをくっているのだから。

 それにしても、なんと暗い惨めなわが家だろう。 妻や子供達とは、三ヵ月以上も生き別れになったままで音信さえないのだ。元気に暮らしているのだろうか。 この書斎も、何百冊とあった本がほとんど持ち去られ、今はただ、クモの巣だけがあちこちに張られ、この部屋の主(あるじ)となっているのだ。(その時、扉をノックする音。やや怯えた感じで) 誰ですか?」

馬瑞雪の声(ささやくように)「私です。お父さん、瑞雪です」

馬思聰 「おお、瑞雪か。信じられん、帰ってきたのか。(馬思聰、扉を開ける。娘の瑞雪が入ってくる) 瑞雪、よく帰ってくれたな。会いたかったぞ」(父が娘を抱きしめる)

馬瑞雪 「お父さんこそ、よく御無事で。 私は上海の方へ行っていました。お母さんも兄さんも、上海の郊外で無事に暮らしています」

馬思聰 「おお、それは良かった。私は皆がどうしているのか、心配で心配で堪らなかったのだ。 よく帰って来てくれた。大変だったろう」

馬瑞雪 「私もこうして、農民の女の子のような格好をして北京に帰って来ました。ここにやって来れたのも、地方の紅衛兵のように変装していたからできたのです」

馬思聰 「音楽学院へは行かなかったのか」

馬瑞雪 「紅衛兵に成り済まして行きました。そうしたら、お父さんが週末には家に帰るということを聞いたので、三日ほど市内で身を隠していたのです。(瑞雪、涙を拭う) 早くお母さんや兄さんに、お父さんの無事を知らせてあげなくては・・・」

馬思聰 「私もお母さんや如龍に早く会いたい。しかし、このままではとても会うことはできんな」

馬瑞雪 「お父さんは酷い目に遭っているのでしょう? 紅衛兵が、馬思聰は“牛鬼蛇神”の一味だと喚いているのを聞きました」

馬思聰 「始めの頃は酷かった。とても、お前には話してやれないほどだ。 しかし最近は、紅衛兵の攻撃の的が次第に党幹部の方へ移っていったので、われわれの方は幾分、楽になってきたのだ。 それに、自己批判がだいぶ認められたので、週末には家に帰れるようになった」

馬瑞雪 「でも、お父さんはこのまま北京にいるつもりですか」

馬思聰 「仕方がないだろう。私がどこに行けるというのだ。どこへ行ったって、酷い目に遭うことは分かりきっている。 嵐が治まるのを、気を長く持ってじっと我慢するしかないじゃないか」

馬瑞雪 「お父さんはよく知らないでしょうが、紅衛兵運動はますます激しくなり、国中の至る所へと広まっています。嵐が治まるなんて、とても考えられません。 お父さん達への迫害も、今は少し弱まっているようですが、また強まるかもしれませんよ」

馬思聰 「だからと言って、私に何ができるというのだ。 私は紅衛兵の厳しい監視の下で捕われている身だ。徹底的に自己批判して、命だけは取り留めているに過ぎない。 われわれの同僚が、もう何十人も何百人も殺されてしまった。生きているだけでも、せめてもの救いというものだ」

馬瑞雪 「でも、お父さんだって、いつ殺されるか片輪にされるか、分からないじゃありませんか」

馬思聰 「それはそうだ。しかし、私に何ができるというんだ。逃げろとでもいうのか」

馬瑞雪 「そうです、逃げて下さい。 私はお母さんや兄さんと、密かに相談してきました。そして、私達はこのまま中国にいても、不自由で危険な生活を続けるしかないという結論に達したのです。 すでに多くの人が国外に脱出しています。やろうと思えば、亡命することはできます」

馬思聰 「国外へ亡命するのか!」

馬瑞雪 「そうです」

馬思聰 「おお、それはまた、なんと大胆な考えだ。本当にそんなことができるのか」

馬瑞雪 「できますとも。兄さんがいま、いろいろな人と密かに当たっているところです」

馬思聰 「それは素晴らしい。この気違いじみた地獄の国から脱出できるなら幸せだ。 しかし、上手くいくだろうか・・・」

馬瑞雪 「上手くいくかどうかは、絶対に大丈夫だとは言えません。 でも、ここでなぶり殺しにあうよりは、危険を冒してでも亡命する方が、お父さんにとっては救われるのではないでしょうか」

馬思聰 「良く言ってくれた、有難う。 私の前途にも、ようやく希望の光が見えてきたようだ。お前から亡命の話しをされるとは、夢にも思わなかった。 確かに、ここにいても“ろく”なことはない。紅衛兵に迫害され、土地も家も事実上没収され、好きな音楽は勿論のこと、教職に復帰することもまったく有りえないのだ。 考えられるのは、思想改造という名目で、どこかの僻地で強制労働をさせられるぐらいのことだ」

馬瑞雪 「お父さん、決心がつきましたか」

馬思聰 「うん、亡命するしかないだろう。 私はこの中国を愛しているし、一人一人の中国人は皆いい人だ。しかし、どうしてこんなに残酷な世の中になってしまったのだろう。私には理解できない。 

 文化大革命とは、文化も芸術も人間性も抹殺してしまうものなのだろうか。 もしそうなら、どうして私が中国に留まることができるだろう。ここに留まるぐらいなら、死んでしまった方がいいかもしれない」

馬瑞雪 「お父さんの気持が分かりました。 それでは、私は帰ります。兄さん達と話し合って亡命の手筈を十分に整えてから、又ここにやって来ます。それまで、お父さんはじっと我慢して待っていて下さい」

馬思聰 「うん、有難う。気をつけて帰ってくれ。 お前が私の娘だと分かったら、どんな目に遭うかもしれないからな」

馬瑞雪 「はい、それは大丈夫です。こうして紅衛兵の腕章を巻いて、農民の女の子のような格好をしていますから、見破られることはありません。 それに紅衛兵だと、今はタダで汽車に乗ることができますから、大助かりですわ」

馬思聰 「お前は相変らず、楽天的な子だね。 お母さんや如龍に、くれぐれも宜しく伝えてくれ。 早く皆に会いたい。今度会う時は、一緒に中国を離れる時だな」

馬瑞雪 「お父さんも、どうぞお元気で。また一ヵ月もしないうちに、ここに来られると思います。 あまり長居していて見破られたら大変ですから、もう帰ります。それでは、さようなら」(馬瑞雪、扉をそっと開け、忍び足で出て行く)《この後は、第101項目に続きます。》 

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