《前書き》
この戯曲は、1956年に起きた“ハンガリー動乱”を題材にしたものである。ハンガリー動乱は当時、全世界に大きな衝撃を与え、社会主義と自由や民主主義のあり方、軍事介入した旧ソ連邦の国家的性格などについて深刻な論議を呼び起こした。
現代史はその後、旧ソ連軍によるチェコスロバキア、アフガニスタンへの侵攻などの事態を引き起こし、ソ連邦自体は1991年に崩壊、消滅していったのである。 筆者は23年前に創作した史劇「血にまみれたハンガリー」を元にして、この戯曲を世に出そうと考えた。
一国の運命が、その時の“国際情勢”によっていかに翻弄されるものか、又そうした中で、自由を希求する人達がどのような苦闘を強いられたかを叙述してみたい。 なお、これは“レーゼドラマ”であるため、あくまでもフィクションである。
時代背景・・・1956年10月〜11月
場所・・・ブダペスト、ソルノク(以上、ハンガリー) モスクワ(ロシア・当時のソ連邦)
《登場人物》
【ハンガリー人】
政府・党関係者・・・ナジ・イムレ(ハンガリー人民共和国首相) カダル・ヤノシュ(勤労者党第一書記、後に首相) ゲレー・エルネ(カダルの前の党第一書記) ヘゲデューシュ・アンドラシュ(ナジの前の首相) アプロ・アンタル(党政治局員) ミュニッヒ・フェレンツ(党政治局員) マロシャン・ジェルジ(社会民主党幹部) ピロシュ・ラスロ(内務大臣) マレテル・パール(国防大臣) ナジ・マーリア(ナジ首相夫人) 他に、ホルバート外務大臣 ナジの秘書官
一般人・その他・・・メレー・オルダス(ブダペスト工科大学生) ペジャ・フェレンツ(メレーの友人、工科大学生) ウィラキ・ノーラ(メレーの恋人) ウィラキ・アニコー(ノーラの母親) デアーグ・ゾルターン(医師) ブダペスト工科大学の学生達 ブダペスト市民達 ハンガリー軍兵士達
【ロシア人】
ニキータ・フルシチョフ(ソ連共産党第一書記) ニコライ・ブルガーニン(ソ連邦首相) ヴィヤチェスラフ・モロトフ(党政治局員) ゲオルギ・マレンコフ(党政治局員) ラザール・カガノヴィッチ(党政治局員) アナスタス・ミコヤン(党政治局員) ミハイル・スースロフ(党政治局員) 他に、アンドロポフ・駐ハンガリー大使 セーロフ秘密警察長官 マリニネ将軍 ソ連軍兵士達
なお、それ以外に、ブダペストのユーゴスラビア大使館員
(注: ハンガリーの人名は姓が先、名が後である。 ハンガリーの勤労者党は、後に社会主義労働者党に改名。 当時のソ連共産党中央委員会幹部会員は全て、政治局員に統一。 ナジ夫人のマーリアは仮名)
第一場(1956年10月のある日。ブダペストのペスト地区郊外にある、ウィラキ家の応接間。 幕が開くと、メレー・オルダスとウィラキ・ノーラが、抱き合ったまま接吻を交わしている。やがて2人は身体を離すと、ソファの方へ向う)
メレー 「ノーラ、それでお母さんの病気は良くなってきたの?」
ノーラ 「ええ、まあ快方に向っているわ。 でも、まだ熱があるし、時々咳を苦しそうにするの。なにしろあの年でしょ、心配しているのよ」(2人はソファに腰を下ろす)
メレー 「うん、お年寄りの肺炎って怖いからな。十分に注意しないといけないね」
ノーラ 「ありがとう。 でもデアーグ先生にずっと付いてもらっているし、きっと回復してくれると思うわ。私もしょっちゅう病院の方へ行っているし・・・」
メレー 「早く退院してくれるといいね。君は熱心なクリスチャンだし、神様も必ずお母さんの容体を良くしてくれると思うよ」
ノーラ 「ええ。それに、私達が尊敬しているミンドセンティ枢機卿も釈放されて、元気に活動されているでしょ。 母もそれを喜んでいるので、身体にきっといいと思うわ」
メレー 「枢機卿もまったく、ラコシにはひどい目に遭ったからな。7年間も投獄されながら、よく辛抱したものだ。 今度はわれわれが、ラコシ一派に仕返しをしてやる番だ」
ノーラ 「でも、ラコシは勤労者党の第一書記を解任されて、居たたまれずモスクワに逃げてしまったでしょ。 それほど追い討ちをかけなくても、ラコシ一派は老木が朽ち果てるように潰れていくと思うわ」
メレー 「いや、そう簡単にいくとは思わないよ。ラコシの“片腕”であるゲレーが第一書記で頑張っている限り、ハンガリーはそう良くはならない。 ゲレーだけでなく、ラコシ一派のスターリニストが、まだ大勢党内で力を振っているじゃないか。党から除名されたのは、“暗黒将軍”のファルカシュだけだ。
こんなことではいけない。 ノーラ、分かるだろう? われわれはゲレーを始め、まだ党内に巣くっているスターリニストどもを全員、党の外にたたき出してやらなくちゃ駄目なんだ。 そうしない限り、このハンガリーは決して良くならないんだ」
ノーラ 「でも、オルダス、ラコシの理不尽な仕打ちのために何年も投獄されていたカダル達が、ようやく復帰して、勤労者党の政治局のメンバーに返り咲いたじゃないの」
メレー 「それだけでは足りないんだ。 われわれが最も強く求めているのは、ナジ・イムレの復活だ。ナジこそ、ハンガリーの希望の星だ。 彼こそ、ハンガリーを自由で独立した国に再生できる唯一の人物なのだ。
ペテフィ・サークルも、われわれ学生も、また政治意識の高い労働者、市民もみな、ナジの復活を強く望んでいるのだ。 そのことは、ゲレー達だって嫌と言うほど分かっているはずだよ。現にわれわれも、ペテフィ・サークルも、ナジの復権を強く呼びかけているからね」
ノーラ 「ナジが復活すれば、ハンガリーはそんなに良くなるというのかしら」
メレー 「それはそうさ。彼も共産主義者だが、ラコシやゲレーとはまったく違ったタイプの人間だよ。 国民の声を十分に聞き入れ、自由で柔軟な政治路線を取ってきたのは彼だけだ。 だからこそ、恐怖政治を行なってきたスターリニストのラコシ達に、一番憎まれてきたじゃないか。 ゲレーをたたき出して、ナジに再び政権の座に戻ってもらわなくてはならないんだ」
ノーラ 「でも、ソ連がそれを許すかしら・・・」
メレー 「ソ連が許すも許さないも、これはハンガリーの国民が決めることなんだ。われわれの要求で、必ずナジを復権させなければならない」
ノーラ 「そうね、私達は長い間、ラコシ達の専制政治に苦しんできたわ。 クリスチャンも自由主義者も、良心的な共産主義者も次々に逮捕、投獄され、何百人、いえ何千人と処刑されてしまった。 ミンドセンティ枢機卿やカダルのように、投獄されたまま拷問を受けていた人達は、まだ救われた方かもしれない。
もう二度と、あんな恐怖政治はいや。 あなたの言うように、ナジのような人が政権について、自由で明るい政治をしてくれることが本当に望ましいと思うわ。これは、大多数のハンガリー人が願っていることだと思うの」
メレー 「そうだとも。スターリニストと秘密警察の奴らを除いて、全てのハンガリー人がそれを望んでいるんだ。 その点、ポーランドなども同じだ。スターリニストによって牢獄にぶち込まれていたゴムルカが、今年になってようやく名誉を回復し、間もなく党の中央に返り咲こうとしている。
ポーランドでは6月に、ポズナニでパンと自由を求める労働者が暴動を起こし、多くの死傷者が出た。 これに対して、オハブらのスターリニストは何ら適切な処置を取ることができず、ただ慌てふためいていただけだ。
びっくりしたモスクワが、首相のブルガーニンをワルシャワに送り込んで、ポーランド人民に圧力をかけたが、そんな事はまったく役に立たなかったではないか。 いや、むしろ、ソ連に対する敵意を助長させただけだ。
今年2月、ソ連共産党がスターリンを公然と批判していらい、東ヨーロッパの各国では、スターリニストの恐怖政治に対する反発と、民主化の要求が猛然と高まってきたのは当然のことだ。 これまで、ラコシ達スターリニストは、われわれ国民に対して“ろく”なことをしてこなかったからね」
ノーラ 「そうね、あなたの言うとおりだわ。 一週間前のライクの葬儀には、30万人もの民衆が参列して、ライクの霊を弔ったわね。あんなに大勢の人が参列した葬儀を、私は勿論まだ見た事がないわ」
メレー 「うん、ラコシによって、“チトー主義的ファシスト”などと汚名をきせられ、処刑されたライクに誰もが同情しているのだ。 まったく、ラコシが死んで、ライクが生きておれば良かったんだ。でも、ライクは完全に名誉を回復したよ」
ノーラ 「誰かが言っていたわ。クリスチャンは“来世”を信じるけれども、共産主義者は“来世の名誉”を信じなければ、生きていけないって」
メレー 「ハッハッハッハッハ、そいつは面白い。まったくそうだね。 あの後、僕らは無届けのデモをしてやったんだ。そうしたら、警察は何も規制してこなかった。 それどころか、一般の市民までが僕らのデモに参加してきたので、とても盛り上がったんだよ」(その時、ドアをノックする音。 ノーラが立ち上がってドアに近づく)
ノーラ 「どなたでしょうか? (『こんにちは、フェレンツです』という声。)まあ、フェレンツ、どうぞ入って」(ノーラがドアを開けると、ペジャ・フェレンツが入ってくる)
ペジャ 「オルダス、君がここにいると聞いて、急いでやって来たんだ。 ノーラ、ごめんね、二人だけのところを」
メレー 「どうしたんだ、フェレンツ。ずいぶん急いでいるようじゃないか」
ペジャ 「オルダス、ついにやったぞ! ナジが勤労者党に復帰したんだ」
メレー 「本当か!」(メレー、ソファから立ち上がる)
ペジャ 「本当だとも。さっき、ブダペスト放送が臨時ニュースで伝えたばかりだ」
メレー 「そうか、ノーラ、やったぞ!」
ノーラ 「まあ、そんなに早くナジが党に復帰できたんですか」
ペジャ 「ナジに再び党員証が与えられたと、ブダペスト放送が言っていた。われわれの勝利だ、いや、われわれの勝利の第一歩だ」
メレー 「素晴らしい、われわれの要求が認められたのだ。 頭の固いゲレー達も、ついに民衆の声を受け入れざるを得なくなったのだ」
ペジャ 「こうなると、ナジが党の中央に返り咲くのも時間の問題になってきたな」
メレー 「うん、ナジもカダルも、これまでスターリニストから不当な弾圧を受けてきた愛国者が、みな一斉に復権する日がやって来たんだ。 素晴らしいじゃないか!」
ペジャ 「ハンガリーは甦るぞ! これで、われわれの民族主義、愛国主義、そして民主化と自由化の運動は、一層力強いものになっていくのだ」
メレー 「やろう、ハンガリーの自由とマジャール民族の真の独立のために、共に手を携えてやっていこう!」(メレーが手を差し伸べる。 ペジャがメレーとノーラの手を握りしめる)
ペジャ 「闘っていこう、ハンガリーの自由と独立のために。われわれの勝利の日は近いはずだ」
第二場(ブダペストの勤労者党本部。 ゲレー・エルネ第一書記の部屋。ゲレーとヘゲデューシュ首相、アプロ政治局員)
ゲレー 「まったく困ったものだ。多くの国民が、ナジの党中央への返り咲きを公然と要求している。 あの男を復権させたのはやむを得ないとしても、再び首相などの要職に据えるなんて、とんでもない! そんなことをしたら、ハンガリーの共産政権は、どんな形に変質してしまうか分かったものではない。 なんとしても、今の体制を維持しなくてはならん」
アプロ 「仕方がない。早くユーゴスラビアへ行ってチトーと仲直りし、国民の気持を和らげようではないか。 ユーゴスラビアと友好協力条約を結べば、われわれの立場も国民に理解されるだろう。党や政府は前向きにやっているとね」
ヘゲデューシュ 「そうだ、今やることはそれしかない。 われわれがチトーを認めてやれば、チトーに同情的な国民も、われわれの努力を評価してくれるだろう」
ゲレー 「うむ、フルシチョフまでがユーゴを訪問するし、コミンフォルムも解散されるし、時代の流れには逆らえないな。 モスクワからも、ユーゴへ行けとさかんに言ってくる。一昔前に比べると、まったく世の中は変わったものだ」
ヘゲデューシュ 「ところで、ユーゴにはカダルも連れていこうじゃないか」
ゲレー 「なにっ、カダルを?」
ヘゲデューシュ 「そうだ。あれも長い間、チトー主義者の烙印を押されて、ラコシによって終身刑にまで処せられた男だ。 われわれがカダルを連れていってやれば、“罪滅ぼし”ということになる」
アプロ 「それはいい考えだ。 カダルはナジに次いで、国民の間に人気がある。ナジは絶対に許せないとしても、カダルならわれわれの味方に引き入れてもおかしくない。 カダルを認めてやれば、国民の不満ももっと和らいでくるはずだ」
ゲレー 「あの“しんねりむっつり”の強情ものを連れていくのか?」
ヘゲデューシュ 「しょうがないだろう。今や勤労者党の体質が問われている時だ。 譲歩するところは出来るだけ譲歩して、われわれの体制を持ちこたえなければならない。それには、カダルを引っ張り込むしかないと思う」
ゲレー 「うむ、仕方がないな・・・それじゃ、あの男も連れていこう。こうなれば、挙党態勢で乗り切るしかない。 ところで、国内の不満分子の動きは大丈夫だろうか?」
アプロ 「分からん、正直言って分からん。 ライクの国葬の時は、あんなに大勢の人間が集まるとは思ってもみなかった。大衆は、あからさまに変革を求めている。 困ったものだ、まったく頭痛の種だよ」
ヘゲデューシュ 「自由化を求める声が、潮のように押し寄せてきている。 われわれが対応を間違えると、とんでもないことになるぞ」
ゲレー 「もう、秘密警察や軍隊の力で押さえ込むのも、限界にきている感じだな。 大衆の要求は飲めるものは飲むが、ラコシの追放やナジの党中央への返り咲き、労働者へのスト権付与や、ソ連軍撤退などの要求は絶対に認められない!」
アプロ 「それはそうだ。特にナジの復活などは絶対に駄目だ。 モスクワとも十分に連絡を取り合って、対応策を練ろう」
ヘゲデューシュ 「私は早速、カダルも含めたユーゴ訪問団の手筈を整えよう。 その間の治安については、秘密警察に万全を期すよう指示してくる」
ゲレー 「うむ、国内の不穏分子がどう動こうとも、国外の情勢がどう変わろうとも、今の体制でなんとしても乗り切らなくてはならない。 そうでなかったら、大変なことになるぞ」
第三場(ブダペスト工科大学の一室。 メレー・オルダスとペジャ・フェレンツ、他に4人の学生がテーブルを囲んで座り、時には立ち上がったりしながら、話しを進めている)
学生一 「ワルシャワでは、もうすぐ統一労働者党の中央委員会が開かれるということだ」
学生二 「そうなると、ゴムルカがようやくカムバックすることになるのか」
メレー 「その点が、まだはっきりしていないようだ。 党内には、国防大臣のロコソフスキーを始め、ゴムルカの政権復帰に強く反対しているグループがいる」
学生三 「ちぇっ、“モスクワの犬”どもが。まだフルシチョフらに尻尾を振っているのか」
ペジャ 「その一方で、ソ連軍がワルシャワへ向けて動き出したという情報もある。 クレムリンは、国際的な反動家達が、ポーランドに資本主義を復活させようとしているのは許せないと、再三にわたって警告を出している」
学生四 「あいつらの決まり文句だ。 なにかと言えば、反動分子、ファシスト呼ばわりをするのが常套手段だからな」
学生一 「居ても立っても居られないよ。 すぐワルシャワへ行って、ポーランドの学生や労働者と一緒に戦いたいくらいだ」
メレー 「ワルシャワの労働者や学生は、ソ連軍の侵入に備えて武装を固めているそうだ。 しかも、ポーランド軍が動員態勢を取っているし、党がこれを全面的にバックアップしていると聞いている」
学生二 「その点が、わがハンガリーと違うところだな。勤労者党の“腰抜け幹部”どもに見習わせてやりたいくらいだ。 ポーランドの団結ぶりに比べると、ハンガリーは隙だらけといった感じだ」
ペジャ 「しかし、モスクワは必死になっているそうだ。 ポーランドが自主路線を取れば、ソ連を中心とする国際共産主義運動に深刻な亀裂が生じかねないと、フルシチョフを始めモスクワのボスどもは、重大な決意で臨もうとしているようだ」
学生三 「なにが深刻な亀裂だと言うんだ。 独立国がそれぞれのやり方で、共産主義路線を取っていくことが間違っているとでも言うのか。 まったく露助(ろすけ)どもは、自分勝手で分からず屋が多すぎる。くそっ!」
学生四 「あいつらは、東ヨーロッパの国々をなんだと思っているんだ! 自分の“衛星国”だと思って軍隊を派遣し、欲しい原材料をタダ同然の安い値段で、ソ連に持って行っているじゃないか。 まったく、あいつらはジンギスカンやアッチラよりも悪どい奴らだ」
メレー 「だからこそ、われわれはソ連軍の即時撤退や、ウラニウムなどハンガリーの資源の確保などを、強く要求していかなければならない。 ソ連のハンガリーに対する“収奪”を、黙って見ているわけにはいかないのだ」
学生一 「そうだ! それに加えて、モスクワの言いなりになっているゲレーやヘゲデューシュなどの犬どもを、今こそラコシと同じように追放してやろう。あいつらスターリニストは“売国奴”と同じだ!」
学生二 「われわれは、モスクワへ逃亡したラコシを連れ戻して、人民裁判にかけるべきだろう。 その上に、ハンガリーの人民を心から愛し、自主独立の政治を進めてきたナジ・イムレを、もう一度政権に復帰させるべきだ。 ナジこそ、ハンガリーの真の指導者であり、ハンガリーのゴムルカなのだ」
学生三 「勤労者党の大会を早く招集して、スターリニストどもを追放してやればいい。 そして、新しい国民議会の議員を選ぶために、多くの政党が参加する総選挙を行なうべきだと思う」
学生四 「それに、労働者のためにはノルマを徹底的に改善し、われわれ学生や知識人のためには、言論の完全な自由を認めさせるべきだ」
ペジャ 「どうやら、われわれの要求が出そろってきたな。 早い機会にこうした要求をまとめて、他の大学や、知識人が多いペテフィ・サークルなどと連絡を取り合って、一大決議に仕立て上げようじゃないか」
メレー (立ち上がって)「賛成だ! ハンガリーを自由で希望に満ちた国にするために、今こそ、われわれ学生が立ち上がるべきだ。南部のセゲドでも、近く学生集会が開かれるというが、ブダペストも負けてはいられない。 “ドナウの女王”ブダペストで、われわれが大決起集会を開けば、その波紋はハンガリーの津々浦々にまで広がるだろう。 さあ、大集会を準備しようじゃないか!」(他の学生達も立ち上がる)
学生一 「よしきた、やろう!」
学生二 「僕が他の大学自治会にも連絡を取る」
学生三 「今ごろベオグラードでうろうろしているゲレー達に、目に物見せてやるぞ!」
学生四 「ハンガリーの学生の意地を、全世界に示してやろうじゃないか!」
第四場(モスクワ・クレムリン内の一室。ソ連共産党政治局会議が開かれている。 フルシチョフ、ブルガーニン、モロトフ、カガノヴィッチ、ミコヤン、スースロフが出席。なお、マレンコフは病気療養中で欠席)
モロトフ 「一体、ポーランドはどうなっているのだ。 明日から中央委員会を開いて、ゴムルカを第一書記に選ぼうというのは本当なのか」
フルシチョフ 「そうらしいな、困ったものだ」
カガノヴィッチ 「困ったもんだでは済まされんぞ! このまま、ポーランドの自由化を許したらどうなるんだ。ソ連の面目は丸つぶれじゃないか!」
スースロフ 「だから、いろいろ手は打ってある」
ブルガーニン 「どんな手を打っているのだ」
スースロフ 「国防大臣のロコソフスキーにクーデタを起こすよう指示してある。しかし・・・」
モロトフ 「しかし、なんだと言うんだ」
スースロフ 「どうもポーランドの軍隊は、ロコソフスキーの言うことを聞かないらしい。 ポーランド軍の大半は党中央の側に付いていると、先ほどロコソフスキーが連絡してきたばかりだ」
カガノヴィッチ 「けしからん! それじゃ駄目じゃないか。“カトリック野郎”がうようよしているポーランドは、そういう国なんだ。 こうなれば、共産主義陣営の団結を守るためにも、わがソ連軍が出撃して、ポーランドを屈服させる以外に道はない」
ミコヤン 「しかし、それは危険だ。もし、ポーランド人民と軍隊が一致結束して、ソ連軍に抵抗してきたらどうなるか。 ちょっとやそっとでは、ポーランドを制圧することは難しくなる」
モロトフ 「それなら、他にどんな方法があるのだ。このまま、ポーランドのソ連からの離反と自由化を、黙って見ていろというのか。 カガノヴィッチ同志が言うように、早急にソ連軍を出動させるべきだ」
フルシチョフ 「しかし、ポーランドの抵抗が強くて、制圧できなかったらどうなるのだ。 ソ連は全世界の非難を一身に浴びて、わが国の権威は地に堕ちるだけだ。それでも良いというのか」
カガノヴィッチ 「フルシチョフ同志、大体、あんたがスターリン批判をやり過ぎたり、チトーの所へ謝罪に出かけたり、コミンフォルムを解散するなど、手ぬるいことばかりしているから、こういうことになるのだ。 もっと毅然とした態度を取っていたら、東ヨーロッパの各国がざわめくことはなかったはずだ」
スースロフ 「今さら、そんな話しをしても仕方がないでしょう。平和共存路線も、社会主義諸国間の平等な関係改善も、全て党の公式会議で決定したものだ。 それを“スターリン時代”に逆戻りさせようとしたら、なおさら各国の反発や抵抗を呼び起こすだけだ」
モロトフ 「しかし、このままポーランドの事態を黙って見ているわけにはいかない。 もし、ポーランドが自由化の道をたどり、西側諸国に接近するようなことにでもなったら、フルシチョフ同志、ソ連共産党の最高指導者であるあなたの責任と立場は、重大なことになりますぞ」
フルシチョフ 「勿論それは分かっている。私は党第一書記としての責任を痛感している。 だからこの際、私を始めとしてわが党の代表団がワルシャワに乗り込み、オハブら統一労働者党の指導部を説得する以外に方法はないと思うが・・・」
ミコヤン 「そう、それしかありませんな。 わが陸軍はワルシャワを包囲し、海軍はバルチック海の沿岸から相手を威嚇する。そうしておいて、ポーランドから大きな譲歩を勝ち取るしかないでしょう」
カガノヴィッチ 「譲歩を勝ち取るのではなく、相手を屈服させなければならんのだ」
フルシチョフ 「それは勿論、屈服させれれば最高だ。しかし、ポーランドの団結がどのくらい強いか弱いかが問題だ」
スースロフ 「そうだ。われわれの断固たる要求に対して、相手が動揺すればチャンスが生まれてくる。 ポーランドの党や軍隊が分裂状態に陥れば、武力で制圧することも可能になるでしょう」
モロトフ 「よし、それならそうしよう。私もワルシャワに行く。 フルシチョフ同志、早速あなたに代表団の人選をしてもらおう」
フルシチョフ 「うむ、それでは私の他に、モロトフ同志、カガノヴィッチ同志、ミコヤン同志でいかがかな」
ブルガーニン 「それでいいだろう」
スースロフ 「もう一人、ワルシャワ条約軍司令官のコーネフ将軍も同行させたらどうか。 コーネフがいれば、こちらも断固戦う決意であることを、相手に嫌というほど知らしめてやることになるが」
フルシチョフ 「そうしよう」
全員 「よし、決まった」「それでいい」「その方針で行こう」
第五場(ブダペスト工科大学の一室。 メレー・オルダスとペジャ・フェレンツ、他に4人の学生がテーブルに付いて話しを進めている)
学生一 「われわれの決起集会の準備は整った。 あさっての午後、大学のホールで一般の人達もまじえて、一大集会を開くということでいいね」
学生二 「それでいこう。 集会を大衆的なものにするため、初めは教科書代の値下げや、学生寄宿舎の環境改善などを要求項目として示すつもりだが、その後は勿論、政治的、社会的な要求を掲げようと思っている」
ペジャ 「それは良い。まず身近な問題から始めて、じょじょに政治問題へと盛り上げていく。 その方が多くの人の共感を得やすいだろう」
学生三 「大集会をやるという宣伝は、市民の間にも深く浸透しているようだ。 ホールに人が入り切れないのではと、その方が心配なくらいだ」
メレー 「大したものだ。われわれの集会は成功しそうだな。 ゲレー達が帰ってきたら、きっとびっくりするぞ」
学生四 「あの連中が、いくらユーゴスラビアでチトーと仲直りする振りをしても、見え透いている。 もうスターリニストどもには用はない。帰ってきたら、党から追い出してやるだけだ」(その時、学生五が部屋に駆け込んでくる)
学生五 「おい、みんな、ポーランドでゴムルカが第一書記に返り咲いたぞ! いま、ラジオで聞いたばかりだ」
学生一 「本当か、やったぞ!」
学生二 「ポーランドは勝った! ポーランドは自由を回復するぞ!」
学生三 「偉大な勝利だ。それで、フルシチョフ達はどうなったんだ」
学生五 「フルシチョフやモロトフ達は、中央委員会総会の真っ最中に飛行機でワルシャワに乗り込んできて、昨日から今日の明け方まで、統一労働者党の指導部と延々と激論を闘わせたそうだ。 その席にはコーネフもいたそうで、言うことを聞かなければソ連軍が介入すると、猛り狂って脅しをかけたようだ。
ところが、あの“煮え切らない”オハブ達もゴムルカと一緒になって、ソ連軍が侵入してきたら、ポーランド国民は一致結束して戦うと断固たる決意を示したため、さすがのフルシチョフ達も最早これまでと観念したらしい。 そこで、あいつらは今朝早く、すごすごとモスクワへ帰っていったということだ」
メレー 「素晴らしい! ポーランド人民と統一労働者党の英雄的な戦いが、勝利を収めたのだ」
学生四 「ワルシャワでは、労働者や学生が武装して立ち上がる準備をしていた。 ポーランド人民の祖国愛と闘志が、うす汚い“ロシアの熊”どもを追っ払ったというわけだ」
ペジャ 「偉大なポーランド人民の戦いに敬意を表し、われわれも見習おうではないか。 ハンガリー人民も一致団結して当たれば、ソ連軍の横暴な介入をはね除けることができるはずだ」
学生一 「そうだ、われわれも戦う準備を始めよう。“モスクワの犬”ゲレーやヘゲデューシュを追っ払おうとすれば、必ずソ連がポーランドの場合と同じように、戦車を繰り出してくるだろう。
しかし、われわれがハンガリー人民と手を取り合って立ち上がれば、露助どもはすごすごと引き返さざるをえないのだ。 ポーランド人民の勝利は、僕らに限りない勇気を与えてくれたと言ってよい」
メレー 「ハンガリーの前途に、明るい希望が湧いてきたようだ。 すでにセゲドでは、われわれの同志が決起集会を開いた。ジュールでも他の都市でも、労働者や学生が一体となって立ち上がろうとしている。 今こそ、二百万人のブダペスト市民が決起する時がきた。老いも若きも男も女も、“マジャール人”の誇りを持って立ち上がろうではないか」
学生二 「オルダス、君の恋人のノーラも一緒にやってくれるんだろう?」
メレー 「それはそうさ。ノーラだって、僕らの気持は分かってくれるはずだ」
学生三 「恋人と仲良く腕を組んでデモをするなんて、素敵だぜ」(学生達、どっと笑う)
メレー 「冷やかさないでくれ、ノーラだって愛国者なんだ。彼女は喜んでデモに加わってくれるよ」
学生四 「オルダスの顔を見ていると、前途は“バラ色”といった感じだな」
メレー 「もうよさないか。僕もノーラも、ハンガリーの自由と独立のために真剣なんだ」
ペジャ 「分かった分かった。ハンガリーに自由が甦った暁には、メレー・オルダスとウィラキ・ノーラのために、僕らが祝福をあげる時が来そうだな」(学生達、また明るく笑う)
学生五 「わがマジャール民族の将来も、“お二人さん”の前途のように、希望に満ちて明るいってわけだ」
学生一 「よしっ、あさっての決起集会を、ブダペスト市民にとって歴史的な記念すべき集会にするよう、盛り上げようじゃないか!」
学生達 「賛成!」「異議なーしっ!」「ハンガリーの自由とマジャール民族の独立のために!」「われわれは戦うぞっ!」「必ず勝つぞっ!」
第六場(ウィラキ家の応接間。 メレー・オルダスとウィラキ・ノーラ)
ノーラ 「オルダス、いよいよ明日は集会が開かれるのね。私も参加するわ」
メレー 「それより、お母さんの容体はどうなの? お母さんが君のことを心配しているようだったら、無理して集会に来なくてもいいんだよ」
ノーラ 「いいえ、母に集会のことを話したら、私のことなど少しも気にしないでと言われたわ。 それに、母の具合もだいぶ良くなってきたの」
メレー 「それは結構だ。でも、出来るだけ君が、お母さんの側に付いてあげている方がいいからね」
ノーラ 「母は、ミンドセンティさまやカトリック信者の多くが、ハンガリーのために立ち上がっていることを知っているの。 それに、病気で入院していなければ喜んで集会に参加したいくらいだ、皆さんに申し訳ない、とさえ言っているのよ。
母も、これまでのラコシやゲレーがやってきた恐怖政治を憎んでいるの。 だから、私が明日の集会に参加したいと言っても、少しも反対しなかったわ」
メレー 「そうか、そんなにまでお母さんは、僕達の行動を理解してくれているんだね。ありがたいな」
ノーラ 「でも、ハンガリーの大抵の人達は同じ気持だと思うわ。だって、今までの政治が悪すぎたんですもの」
メレー 「そうだ、たしかに今までの政治はひどすぎた。罪のない人達が何千人も処刑されたり、少しでも自由や社会生活の改善を要求しようものなら、逮捕されたり、ファシスト呼ばわりされたんだからな。 国の政治も経済も、みんなモスクワの方を向いていたんだ。
2年前、ナジが首相になって新しい路線を打ち出した時には、限られていたとはいえ自由化を進め、強制収容所を廃止したり、集団農場からの脱退の自由を認めたり、重工業優先政策を改めたりして、国民にホッと一息つくような寛大な政治を始めたのだ。
ところが、ラコシが陰謀をめぐらして、去年の4月ナジを首相の椅子からだけでなく、党からも追放してしまった。 その後は、また“冬の時代”に逆戻りしたように、以前と同じような陰湿で残忍な政治が横行するようになってしまった。
国民の不満が高まって、見るに見兼ねたモスクワがラコシを更迭したが、その後に、ラコシと同じタイプのゲレーが党の実権を握ってしまったのだから、誰だって政治が良くなったなんて思ってやしないんだ。
だから僕達は、もう一度ナジの復帰を望んでいるのだ。 モスクワだってナジは大嫌いだろうが、ハンガリー国民の気持を考えれば、ナジに再び政権を渡さざるをえないと思うようになるかもしれない。 そこが、僕達の狙い目なんだ」
ノーラ 「でも、ソ連が本当にナジの政権復帰を認めるかしら」
メレー 「それは有りえるとも。ナジは党に復帰したし、ポーランドでは長い間投獄されていたゴムルカが、ソ連の反対を押し切って第一書記に返り咲いたじゃないか。 われわれが強力に運動を盛り上げていけば、ソ連だってナジの復活を認めざるをえなくなると思うんだ」
ノーラ 「ソ連は、ハンガリーに駐留する軍隊を増強しているようでしょ。 もしナジが政権に復帰したら、どうなるかしら」
メレー 「大丈夫、それほど心配しなくてもいいよ。ポーランド人民と同じように、われわれハンガリー人が一致結束して強い態度で臨めば、ソ連といえども引き下がざるをえなくなるだろう。 問題は、われわれの決意と態度に掛かっているんだ」
ノーラ 「そうね、きっとそうだわ。だから、ポーランドでは勝利をつかむことができたのね。 でも、私達の国はいくら自由化しても、共産圏に残るんでしょ?」
メレー 「そんなことは分かるものか。国の進路については、新しい国民議会で決めればいいのだ。 ハンガリーがオーストリアのように“中立国”になろうとなるまいと、それはハンガリー人自身が決めればいいことなんだ」
ノーラ 「でも、そこまでいくと、ソ連が黙って見ているかしら」
メレー 「それは分からない。こちらの国内情勢をうかがったり、共産圏諸国の動きを見ながら対応してくるだろう。 また、本気でハンガリーを制圧してくるかもしれない。しかし、国の主権を犯すような武力制圧に乗り出してくれば、ハンガリー人としては戦うしか他に道はないはずだ」
ノーラ 「恐ろしいわ、そこまでいくようだとハンガリーはどうなるか、見当も付かないわ。 あなたの話しを聞いていると、動乱がどんどん拡大していくみたいで、恐ろしくなるの」
メレー 「僕は、動乱の拡大なんかの話しをしているんじゃない。そう思われては心外だ。 ハンガリーが、自分の国のことは自分で決めればいいと言っているのさ。僕の友人で、もしもハンガリーがソ連と戦争をするようになったら、アメリカや西側諸国が助けにくるだろうと言っている者がいる。
しかし、僕にはそんなことは全く分からないし、西側諸国が助けにくるなんて当てにもしていない。 もっとも、西ドイツあたりでは、ハンガリーを救えという放送が、盛んに行なわれていることは知っているけどね」
ノーラ 「共産圏の中での自由化なら、“雪解け”と言っているくらいだから、ソ連だって認めざるをえないでしょう。 でも、ハンガリーが中立国になったり、自由主義陣営に入ったりしたら、ソ連が黙って見ているとは思わないわ。 私はカトリック信者だから、中立国にでも自由主義国家にでも、なった方がいいと思っているけど・・・」
メレー 「とにかく、やるだけやってみるしかない。 ハンガリーが本当に自由になるまで、やるしかないんだ。それを恐れていては、何も出来なくなる。 ハンガリーが自由になって、何故いけないんだ!
われわれの国なんだぜ、僕達の好きなように国の体制や進路を決めて、何故いけないと言うんだ! ハンガリーは、独立した主権を持った国なんだ。ソ連の衛星国でも資本主義国家でもない。 自分の国のことを、国民自身が決めて悪いということはない・・・ごめん、僕は少ししゃべり過ぎたようだね」
ノーラ 「・・・ううん、いいの。あなたの話しを聞いていると、情熱が私の心に“飛び火”してくるようだわ。 あなたの燃えるような真情に、私の心も溶かされていくような感じがするの」
メレー 「ノーラ、僕は君が好きだ。ハンガリーがどうなろうとも、僕は絶対に君を放しはしない。 この国に自由が確立され、僕が大学を卒業したら、君と結婚しよう。ね、いいだろう」
ノーラ 「ええ」
メレー 「君と一緒に船に乗って楽しんだドナウ川の美しさを、君は忘れないだろう。 去年、二人で遊びに行ったバラトン湖の清らかな眺めも、君は忘れないだろう。僕らの愛するハンガリーなのだ。 そのハンガリーと同じように、いやそれ以上に、僕は君を愛している。 それがいけないだろうか」(メレー、ノーラの両手を握って引き寄せる)
ノーラ 「・・・」
メレー 「あした、僕は決起集会の司会をする。ハンガリーの自由のための闘いを始めるのだ。 しかし、僕の心は片時も君から離れない。ハンガリーのために、また愛する君のために僕は闘うんだ」
ノーラ 「・・・」
メレー 「僕はどうなるかもしれない。でもいつの日か、きっと君を幸せにしてみせる。 ノーラ、僕は君を愛しているんだ」(メレー、ノーラを抱き寄せて接吻する)
ノーラ 「私もあなたを愛し、尊敬しています」
メレー 「ごめんね、ノーラ。あしたの準備があるから、僕はもう帰らなくちゃいけない。 これから忙しくなるけど、その内きっと、二人でゆっくりできる日が来るよ。 お母さんによろしく」
ノーラ 「・・・」
メレー 「フェレンツにまた見つかったら、冷やかされてしまうしね(笑)。 それじゃ又」
ノーラ 「さよなら」(メレー、部屋から出ていく)
第一場(10月下旬。 ブダペストの勤労者党本部。ゲレー・エルネ第一書記の部屋。 ゲレー、アプロ、ヘゲデューシュ、カダル、ピロシュ)
ゲレー 「けさベオグラードから帰ってみると、ブダペストの情勢は一変してしまったようだ。 内務大臣、一体どうなっているのか、説明してほしい」
ピロシュ 「昨日、工科大学で学生の決起集会が開かれ、16項目にわたる“とてつも無い”要求が打ち出されたのです」
ヘゲデューシュ 「どんな要求なのか?」
ピロシュ(コピーを出席者に配ってから)「そこに書いてあるように、ハンガリーに駐留するソ連軍の即時撤退、ナジの復帰、ラコシ達の人民裁判、複数の政党が参加する総選挙の実施、労働ノルマの抜本的な改善、政治犯の釈放、言論の自由、それにスターリンの銅像の撤去など、唖然とするようなものばかりです」
ゲレー 「とんでもない要求ばかりじゃないか・・・それで、この学生の要求に対して、一般大衆はどう反応しているのかね」
ピロシュ 「ポーランドでゴムルカの政変が起きたこともあって、一般大衆は学生達の要求に同調する気配を示しています。 知識人達も、ペテフィ・サークルの連中を始めとして、学生ほどではありませんが、ナジの復帰やラコシの正式な追放、党中央委員会の早期招集、労働者による工場の自主管理などを強く求めています。
そこで、政府としては、ペテフィ・サークルの要求項目は放送する許可を与えましたが、学生達の要求については、放送の申し出を却下しています」
ゲレー 「それはいい。学生達の要求までブダペスト放送で流したら、大変なことになる。 それにしても、ナジ同志は今どうしているのか」
ピロシュ 「ナジ同志は事態のあまりの急変を警戒してか、この数日、バラトン湖へ行ってブドウ狩りをしながら、ブダペストの様子を見守っているようです。 しかし、勤労者党の要請を受けて、今日午後にはこちらに帰ってくることになっています」
ゲレー 「うむ、気は進まんが、ナジ同志も交えて早急に対応策を協議しないと駄目だ。後で彼に電話をしよう。 ポーランドの政変にはびっくりしたが、ハンガリーでも情勢がここまでひっ迫してくるとは、正直言って予想もしていなかった。 この時期に、われわれがベオグラードへ行っていたのは間違いだったかな・・・」
アプロ 「そうは言っても、ユーゴとの関係改善は焦眉の課題だったではないか。 われわれが間違っていたのではない。ポーランドの政変といい、内外の情勢の変化が急激すぎるのだ」
ヘゲデューシュ 「それで、学生達は今日デモをやるというのか」
ピロシュ 「その16項目の最後に書いてあるように、今日午後2時半から集会を開いて、そのあとベムの銅像までデモ行進をするということです。 どのような処置を取りましょうか」
アプロ 「いかん! そんなデモを許したら、一般大衆まで巻き込んだデモ行進にふくれ上がってしまうぞ。すぐに禁止の措置を取るべきだ!」
ゲレー 「私も同じ意見だ。 今、学生達にデモ行進を許したら、反政府運動を“野放し”にするようなことになる」
カダル 「しかし、政府が高圧的な態度を取ったら、学生達の反発はますます強くなるでしょう。 それに、一般大衆は整然としたデモ行進を望んでいるはずですよ」
ヘゲデューシュ 「いや、時の勢いというものがあるぞ。 始めは整然としたデモでも、群集心理に駆られていつ暴動化するとも限らない。学生達のデモはやはり禁止すべきだ」
カダル 「そうは言っても、政府に対する学生や労働者の不満は、今や沸騰点に達しています。 彼らの動きを無理に押さえ込もうとしたら、逆に爆発しかねません」
ゲレー 「君はそんなにまで、あの連中の立場を擁護しようというのかね。そうした生温い態度では、かえって火に油を注ぐようなものだ。 今こそ政府は、断固たる姿勢で学生達のデモに対処しなくてはならん」
カダル 「私はなにも、学生達の立場を擁護しているのではありません。それは誤解というものです。 大体、ラコシ前第一書記やあなた方が、今まで民衆の気持を十分に汲み取って公正な政治をしていたら、このような事態にはならなかったはずです。
何もかも権力で押さえ付けるような、高圧的なやり方を続けてきたからこそ、民衆の不満や憤激が爆発するようになるのです。 正直言って、私はあなた方の政治手法には賛成できません。 これは何年も前から思ってきたことで、投獄されている間にその思いは一層強くなってきたのです」
ゲレー 「君はこの重大な時になって、われわれの政治責任を追及しようというのか! 党と政府の団結が一番必要な時に、分裂を促すような発言は許せない!」
ヘゲデューシュ 「まあまあ、今われわれの間で口論している場合ではないでしょう。 カダル同志、ともかくどうだろうか。第一書記もアプロ同志も私も、学生達のデモを許すことには反対なのだ。 だから、ひとまずデモ禁止の措置を取っておいて、その後の対応は、情勢の推移を見極めながら考えていこうじゃないか。 とにかく、事は緊急を要するのです。了解してくれますね、カダル同志」
カダル 「皆さんの意見がそうなら、仕方ありませんね。そのようにして下さい」
ヘゲデューシュ 「よし、それでは内務大臣、すぐに学生達の集会やデモは許可しないと放送してほしい。 この措置がもし手遅れになるようだったら、その時はその時で、また考えればいいのだ」
ピロシュ 「分かりました。早速、放送の手続きを取りましょう」(ピロシュ、退場)
第二場(ブダペスト市内のナジ・イムレの自宅。 夫人のマーリアがいる所へ、ナジが入ってくる)
マーリア 「あなた、お帰りなさい。 バラトン湖の方はどうでしたか」
ナジ 「うん、今がブドウ狩りの一番良い季節だな。大勢の人がブドウの房を手にして、秋の一日を楽しんでいたよ」
マーリア 「でも、こちらの情勢があまりに急激に動いているので、あなたもゆっくり出来ませんでしたわね」
ナジ 「うむ、党から直接電話が入った。至急帰ってきてくれと言われたので、仕方がないが戻ってきた。 こちらの学生達の動きは、目に余るものがあるようだな。ゲレー達もどうしてよいのか困っているだろう」
マーリア 「工科大学の学生達を先頭にして、労働者や一般市民までが今、デモをしようとしているのですよ。 彼らはあなたの政権復帰を大声を上げて要求しています」
ナジ 「弱ったな・・・私は10日ほど前に復党したばかりだというのに。 学生達は、ポーランドでゴムルカの政変が成功したのに勢いづいて、熱狂的になっているようだ。しかし、ハンガリーはポーランドとは事情が違う。 ゲレー達党幹部は、私の政権復帰を望んでいないのだよ。
ここで私が首相にでも返り咲いたら、党が分裂寸前の混乱状態に陥るかもしれないのだ。モスクワだって黙って見ているわけがない。必ず干渉してくるだろう。 ポーランドの場合だって、ソ連軍がワルシャワを包囲して、一触即発の状態になってしまったじゃないか。 私の政権復帰なんて早すぎる。 もっと着実に冷静に、道を進んでいかなければならないのだ」
マーリア 「でも先程も、ペテフィ・サークルや労働組合の代表が相次いでやって来て、あなたの政権復帰を求める決議文を置いていきましたよ。 これがその文書です」(マーリアが数枚の決議文をナジに手渡す。 ナジが暫くそれに目を通す)
ナジ 「困ったものだ・・・しかし、民衆がそれほど私の“カムバック”を望んでいるのなら、いずれ応じなければならないのだろうか。 お前はどう思う?」
マーリア 「遅かれ早かれ、あなたの出番があると私は思います。 だってラコシはモスクワへ亡命するし、ゲレー第一書記が実権を握っていたのでは、国民は納得しないでしょう」
ナジ 「うむ、それはそうだ。国民は自由化政策を望んでいる。 それを実現するのは、私をおいて他に適切な人物はいないというのか・・・」
マーリア 「あなたはハンガリーのゴムルカだと、国民は期待しているのですよ。国民の要望に応えるのが、政治家の任務ではないでしょうか。 いくら事態が急変しているからと言っても、またソ連が干渉の“魔の手”を伸ばしてくるからと言っても、ハンガリー国民の本当の声に耳を傾けるのが、あなたの使命ではないでしょうか」
ナジ 「うむ、お前の言うことはよく分かる。私もそう思うのだが・・・しかし、こんなに事態が急激に変わってくると、なにか私は“不安”を感じざるをえないのだ」(その時、卓上の電話のベルが鳴る。 マーリアが受話器を取る)
マーリア 「もしもし・・・はい、帰ってきました・・・・・・少々お待ち下さい。 あなた、ゲレー第一書記からお電話です」
ナジ 「うむ。(受話器をマーリアから受け取る) もしもし、ああ、いま戻ってきたところですよ・・・えっ、今すぐにですか?・・・・・・分かりました。それでは急いでそちらに行きます・・・では、後ほど。(受話器を置く) マーリア、重大な事態になってきたので、すぐ党本部に来てくれということだ。緊急の党首脳会議を開くらしい。 とにかく、のんびりとはしておれんな。私はすぐに行くぞ」
マーリア 「ええ、それではどうぞ」
第三場(ブダペストのペスト地区にある“ペテフィ像”の前。 学生達や一般市民が集会を開いており、学生代表の演説が始まる)
学生の代表 「自由と独立を求める学友諸君、市民の皆さん! われわれは、愛する祖国・ハンガリーの自由と独立のために立ち上がった。 われわれは戦後十年以上にわたって、忌まわしいスターリニストどもによって支配され、圧迫を受けてきた。
しかし、諸君、今やわれわれは、英雄的なポーランド人民と同じように、スターリニストの弾圧の“くびき”を取り除くために立ち上がったのだ! われわれの前には、自由と独立のための広い道が開かれている。 われわれは今こそ勇気と誇りを持って、ハンガリーの自由と独立を勝ち取ろうではないか!」
学生達 「そうだ!」「異議なーしっ!」「ハンガリーの自由を勝ち取れ!」「ハンガリーの独立と主権を取り戻せ!」「ソ連軍はハンガリーから出て行け!」
学生の代表 「諸君、今の学友の声を聞いたか。 われわれは昨日、ブダペスト工科大学で開いた決起集会で、要求項目の第一にソ連軍の撤退を決議したのだ! ハンガリーの平和と独立を守るために、まず第一に、ソ連軍がわれわれの祖国から出て行かなければならない。
次いで、ナジ・イムレ同志の政権復帰、多くの政党が参加する総選挙の実施、労働ノルマの是正、政治犯の釈放、言論の自由なども決議したのだ!」
学生達 「われわれの要求は正しいぞ!」「同志ナジ・イムレを復帰させよ!」「政治犯を釈放しろ!」「言論の自由を保証せよ!」
学生の代表 「われわれの正当な要求を勝ち取るために、学友諸君や市民の皆さんはここに集まった。 かつてハンガリーの自由と独立のために戦い、雄々しく死んでいった愛国詩人・ペテフィの像の前に、われわれは結集したのだ! 偉大な詩人・ペテフィの精神を忘れてはならない!
ところが諸君、われわれは正当な要求を掲げて集会を開き、デモ行進をすると党本部に申し出たのに対し、勤労者党のスターリニスト幹部どもは何と答えたか。 集会もデモも“あいならん”と言ったのだ!」
学生達 「ナンセンス!」「われわれを弾圧しようというのか!」「スターリニストの言うことなど聞けるか!」「ゲレー達を許すな!」「われわれは弾圧に屈しないぞ!」
学生の代表 「そうだ、われわれは屈しない、弾圧に屈してたまるか! ハンガリーの自由と独立を勝ち取るまでは、断固として戦うぞ!」
学生達 「異議なーしっ!」「断固として戦え!」「マジャール民族の独立万歳!」「スターリニストはモスクワへ行ってしまえ!」
学生の代表 「諸君、ここで喜んでほしい。 ハンガリーの“希望の星”ナジ・イムレ同志が先ほど、バラトン湖からこのブダペストに帰って来た。 われわれは、ナジ同志をハンガリーの真の指導者と仰ぎ、ポーランドの英雄的な人民と同じように、勝利の戦いを開始しようではないか!」
学生達 「そうだ!」「やるぞーっ!」「ナジ・イムレ同志万歳!」「ポーランドの英雄的な同志と共に戦うぞ!」「ベム将軍の銅像までデモ行進しよう!」(その時、学生一が集会場に駆け込んでくる)
学生一 「いま入ったニュースによると、われわれの集会とデモ行進は正式に認められたぞ!」(「やったーっ!」「よーしっ!」といった喚声と拍手が、どっとわき上がる)
学生の代表 「諸君、聞いたか。 勤労者党のスターリニストの“古狸”どもも、ついにわれわれの正当な集会、デモ行進を認めざるをえなくなったのだ! 彼らがわれわれを不当に弾圧しようと思っても、そうはいかない。 ハンガリー人民の声を圧殺しようと思っても、そうはいかないことが証明されたのだ。
諸君、今こそわれわれは堂々と胸を張って、正義と愛国のデモ行進を始めようではないか! かつてハンガリーの独立のために、われわれを支援してくれた、ポーランドの英雄的なベム将軍の銅像までデモ行進しよう! これこそ、ハンガリーとポーランドの友好と連帯のためには、最もふさわしいデモ行進ではないか!」
学生達 「賛成!」「異議なーしっ!」「われわれはポーランド人民と共に戦うぞ!」「ハンガリーとポーランドの友好、連帯万歳!」「ベム将軍とコシュートの友愛万歳!」「さあ、ベム将軍の銅像のもとへ行こう!」「ハンガリーに自由と独立を!」「マジャール民族に勝利と栄光を!」(学生達、喚声を上げながらデモ行進に移る。 一般市民もその後に続いて、全員退場)
第四場(勤労者党本部の会議室。 緊急の党首脳会議が開かれている。 ゲレー、ヘゲデユーシュ、アプロ、カダル、ピロシュの他に、ナジも出席している)
ゲレー 「学生達のデモを許可したのは、やむを得ない措置だ。こんなに人民集会が盛り上がってしまっては、禁止しようにもどうすることも出来ない」
ヘゲデユーシュ 「仕方ありませんな。 後はデモが平穏に終ることを期待するしかない」
ピロシュ 「士官学校の生徒も、800人ほどデモに参加しています。一般の市民も続々とデモ行進に加わっており、議会の前にも群集が集まっています。 その数は10万人以上と見られ、ますますふくれ上がっていくようです」
ゲレー 「困ったものだ。われわれは、一体どうすればいいのだ。 皆さんの意見を聞かせてほしい」
アプロ 「第一書記が、このデモは一部の“反動分子”が煽っているもので、暴徒の仕業だと非難する声明を出すしかないでしょう」
カダル 「しかし、学生達の大多数は“れっきとした”共産主義者でしょう。民主化を求める彼らの行動を、押しつぶすようなやり方はまずいと思います」
アプロ 「いや、彼らの中には、明らかに共産主義に反対する反動分子が数多く混じっている。 その連中の動きを、野放しにしておくわけにはいかないではないか」
ナジ 「私にも意見を言わせてほしい。 カダル同志が言われたように、学生達のデモは自由化や民主化を求める正当なものでしょう。これまでの圧政に対する当然の反発と言えるものです。 彼らの要求を認めるものは認めて、事態の収拾に当たらなければ、とてもこの民衆の蜂起を鎮めることは出来ない。 第一書記は、学生達の代表と会って話しを聞き、速やかに事態の収拾に乗り出すべきだと思います」
ヘゲデユーシュ 「しかし、学生達の要求は法外なものばかりではないか。 話し合っても“らち”が明くとは思えない」
カダル 「そんなことを言っていては、彼らとの接点を見い出すことは出来なくなる。 ここはナジ同志も言われるように、彼らの代表と直接会って、局面の打開を図るべきだと思います」
アプロ 「いや、まず断固とした党と政府の意思表示をしてから、彼らの反応を見ても遅くはない。彼らの代表と会って話しを聞けば、いたずらに連中を増長させるだけだ。 ここは、デモや集会が一部の反動分子の仕業であると発表し、良識ある一般市民はそれに参加しないよう強く呼びかけるべきだ。 そうした上で、次の対応策を練った方がいいと思うが・・・」
ゲレー 「私もアプロ同志の考えに賛成だ。ここは、私の権限と責任においてやらせてほしい。 私は今夜、ハンガリーの全国民に対して、一部の暴徒が仕組んだデモや集会に、参加しないよう呼びかける声明を出すつもりだ。 その結果、事態がどう動き局面がどう変わろうとも、全ての結果に私が責任を持つ。 これは一つの賭けだ。党第一書記として、やるべきことをやる決意だ」(全員が暫く沈黙)
カダル 「そうですか。あなたがそれ程までに言われるのなら、仕方がないでしょう」
ナジ 「第一書記が決断したのなら仕方がない。私も事態が平静になるよう協力しましょう」
ゲレー 「うむ、そうしてほしい。そこで私は、この重大な局面を打開するために、ソ連の首脳とも話し合うつもりだ。 さっきモスクワから連絡があって、明日、ミコヤンとスースロフが急きょブダペストにやって来ることになっている」
カダル 「ソ連はどういうつもりなのだろうか」
ゲレー 「それは分からん。 ただ一つ言えることは、ソ連は軍隊をブダペストに出動させようとしている」
カダル 「なにっ、そんなことがあっていいのか!」
ナジ 「それじゃ、最も忌まわしい軍事介入ではないか」
ゲレー 「そうだ。 反動分子によるデモや騒乱状態を鎮めるためには、わが国の軍隊や警察力ではもはや限界にきている。私もソ連軍の出動しかないと思っている」
カダル 「そんなことになったら、騒乱を一層大きくするだけではないか。 あくまでも、われわれの力で事態を解決しない限り、国民は納得しないはずだ」
ナジ 「私もソ連軍の出動には反対だ。そんなことになったら、学生や民衆をますます刺激して、収拾不能な状況になってしまう」
ゲレー 「しかし、他にどんな方法があると言うのだ。 それにたとえ、われわれがソ連軍の介入に反対しても、向うが勝手に出動してくるというのなら、防ぐ手立てがないではないか」
カダル 「あなたはソ連軍の力で騒乱を抑えようというのか」
ゲレー 「仕方がない、同じ社会主義国同士だ。 一方が騒乱状態に陥れば、他方が秩序回復のために軍事力で介入してきても、認めざるをえない。ワルシャワ条約の精神から言ってもそうなる」
カダル 「それはひどい! そんなやり方を安易に認めるなら、ハンガリーを内乱の“るつぼ”に突き落とすようなものだ。私は絶対に反対だ!」
ナジ 「私も反対だ。 そういう考えは撤回してほしい。騒乱の火に油を注ぐようなものではないか」
ゲレー 「何を言うか! いま一番重要なことは、秩序と平静を回復することじゃないか。そのためには、ソ連軍の力でもなんでも必要なんだ!」
カダル 「しかし・・・」
ゲレー 「しかしも何もない! 私は党第一書記の権限と責任においてそうする。このことは、ヘゲデユーシュ同志もアプロ同志も認めてくれた。 君達がなんと言おうとも、私はソ連軍の出動を要請する!」
カダル 「そうか、そんなに言うのならそうしなさい。ただし、事態がさらに悪化したら、その責任は全てあなたが取るんですぞ」
ゲレー 「勿論だとも。 私はなんとしても秩序を回復してみせる。そのためには、どんな手でも打つのだ。カダル同志もナジ同志も、協力してもらわなければならない。 さて、私はこれから、ハンガリーの全国民に告げる声明文を用意する。諸君はそれぞれ、自分の持ち場で事態収拾のために努力してほしい。 それでは」(ゲレー、立ち上がって奥に退場)
第五場(ブダペストの国会議事堂前。 大勢の市民、学生、労働者が集会を開いている)
学生の代表 「われわれは先ほど、ベム将軍の銅像前で集会を開き、ポーランドの英雄的な人民と一致協力して、自由で民主的な社会主義国家を建設しようと誓い合った。 そして今や、ハンガリー人民の意志を象徴するこの国会議事堂の前で、一大決起集会を開くことになった。
同志諸君、市民の皆さん、見てほしい。 今ここには、20万人を超える人達が、ハンガリーの明るい未来を切り開こうとして集まっているのだ! ハンガリーは新しく生まれ変わろうとしている。 それは、皆さんの一人一人が今、心に秘めている決意なのだ。
1848年、われらが誇る偉大な愛国詩人・ペテフィは、ここブダペストで、ハンガリーの夜明けを祈って次のように詠った。“立てマジャール人よ 国が呼んでいる 時は来た 今をおいて永久(とわ)に来たらず 奴隷たらんか 自由たらんか 立てマジャール人よ!”と。
諸君、われわれは今こそ、ペテフィの愛国の真情あふれる心を心とし、新生ハンガリーのために、愛する祖国のために立ち上がろうではないか!」
学生達 「そうだ!」「われわれは立ち上がろう!」「ハンガリー万歳!」「マジャール民族に自由と独立を!」「ポーランド人民と共に戦おう!」
学生の代表 「ところで同志諸君、市民の皆さん。 われわれは今ここで、権力に驕り腐り切ったスターリニスト官僚を勤労者党から追放し、ナジ・イムレ同志をハンガリーの再生のために迎え入れる決議をしようではないか!
ナジ同志こそは、われわれの希望の星であり、自由で豊かなハンガリーを再建するためには、欠かすことのできない指導者である。 ナジ同志はこれまで、ラコシ達スターリニストによって不当にも迫害され、あわや処刑されるところまで追い詰められてきた。
しかし、自由と愛国の真情に目覚めたわれわれの力によって、今こそ復権する時が来たのだ! さあ、同志諸君、市民の皆さん、声を限りにナジ同志の復帰を求めようではないか!」
学生達 「異議なーしっ!」「賛成だ!」「ナジ同志はわれわれの前に姿を見せよ!」「ナジ同志は再び首相の座につけっ!」「ナジ同志は新生ハンガリーの象徴となれ!」「われらの導きの星であるナジ同志万歳!」「ナジ・ イムレ!」「ナジ・イムレ!」「ナジ・イムレ!!」「ナジ・イムレ!!」(そこへ、学生一と学生二が現われる)
学生一 「諸君、報告するぞ! いまゲレー第一書記がブダペスト放送を通じて、われわれの集会やデモは、“暴徒”が扇動した違法なものだと演説したぞ!」
学生二 「ゲレーは、われわれの行動が民主主義を破壊するものであり、絶対に認められないと放送したぞ!」
学生達 「何を言うか!」「ゲレーはわれわれの前に出てこい!」「出てきて謝罪しろ!」「ゲレーを倒せ!」「ゲレーを叩きのめせ!!」「ハンガリーをソ連に売るスターリニストを葬れ!!」
市民一 「学生諸君、君達が怒るのも無理はない。 権力の汚辱にまみれたスターリニストを許すべきではない」
市民二 「ゲレー達を党から追放しろ! あいつらはこれまで、党の権力を食いものにして、われわれ善良な市民を弾圧してきたのだ。あいつらを党から叩き出せ!」
市民三 「そうだ、ソ連の犬どもはモスクワへ追っ払え! 時代は変わったのだ、スターリニストをのさばらせておいてたまるか!」
学生の代表 「市民の皆さんも、われわれ学生の声に賛同してくれたぞ。 ゲレーがわれわれを“暴徒”呼ばわりしたのなら、もはや彼らスターリニストを許しておくわけにはいかない! ゲレー達は、ハンガリーの人民や学生の本当の声を聞こうとしていないのだ。あいつらは自分達の権力にしがみついて、醜い本性をさらけ出したのだ。
もうゲレー達に、われらの愛するハンガリーを任せておくわけにはいかない! われわれはこれからブダペスト放送局へ行って、真の愛国者の声を放送してくれるよう要求しようではないか! ゲレー達が正しいのか、われわれが道理にかなったことを主張しているのか、心あるハンガリー人なら誰でも分かってくれるはずだ。
さあ、諸君、1848年にペテフィ達が印刷所を占拠して、愛国の真情を全国民に知らしめたと同じように、われわれは今日こそ、ブダペスト放送局へ行って、学生や市民の正当な声を全国民に知らしめようではないか!」
学生達 「そうだ!」「異議なーしっ!」「放送局へ行こう!」「われわれの声をハンガリー全土に放送してもらおう!」「ゲレー達、党に巣食う“ムジナ”どもを追っ払え!」「ナジ同志を、われわれの指導者に迎えようではないか!」
「全ての政治犯を釈放しろ!」「言論の自由を取り戻せ!」「駐留ソ連軍はハンガリーから出て行け!」「党中央委員会を早く開け!」「ラコシ達を人民裁判にかけろ!」「自由ハンガリー万歳!」「国を売るスターリニストを追放しろ!」
(その時、数人の学生が歌い始める)「立てマジャール人よ 国が呼んでいる 時は来た 今をおいて永久(とわ)に来たらず 奴隷たらんか 自由たらんか 立てマジャール人よ・・・」
大勢の人々 「ハンガリー人民よ立て!」「学生も市民も労働者も立て!」「男も女も老人も子供もみんな立て!!」「ハンガリー万歳!!」「マジャール民族万歳!!」(騒然とした雰囲気の中で、人々が一斉に動き出して退場)
第六場(勤労者党本部の会議室。緊急政治局会議が開かれている。 ゲレー、ヘゲデューシュ、アプロ、ナジ、カダル、ピロシュ)
ピロシュ 「すでにソ連軍が、昨夜からブダペストへ向けて一斉に進撃を開始しました。 このままいくと、明日にもブダペストで、ソ連軍と一般民衆との間で武力衝突が起きる可能性が強まっています。
学生を始め労働者、市民は、ワルシャワと同じように武器を集めて、バリケードを築く態勢を取っています。 ソ連軍と民衆との間で戦闘が始まれば、事態はさらに悪化し、ハンガリー全土が混乱の“るつぼ”に陥る危険があります」
ゲレー 「困った、まったく困った、なんとかならんのか・・・デモ隊の動きはどうなっているのだ」
ピロシュ 「学生達はブダペスト放送局に押しかけ、建物を占拠しようとして、いま治安警察隊と衝突しています。死者が出るかもしれません。 また、英雄広場にも多くの民衆が集まり、近くにあるスターリンの銅像をロープで引き倒しました。
スターリンの“首”が道路に転がり落ちると、群集は歓呼の声を上げて『ハンガリー万歳』と叫んでいます。 これはもはや、単なる集会やデモではありません。暴動です! ブダペスト市民の暴動です!」
ゲレー 「どうすればいいのか、なんとか鎮める方法はないのか」
ピロシュ 「残念ながらありません。治安警察隊の一部には、すでに逃げる者も出ています。 また国防軍も、デモ隊の圧倒的な勢いに押されて、身動きが取れないような状況です。いや、国防軍の中には、むしろデモ隊に同調する動きさえ現われています」
ゲレー 「もはやこれまでか・・・ソ連は軍事介入をしてきたが、それは何よりも、ハンガリーの秩序回復を考えてのことだ。 ハンガリー人民と戦闘をしたいと、本気で考えてはいないはずだ。
となると、国民の大多数が望んでいる政権を早急につくって、暴徒と化した民衆の不満を和らげ、ソ連軍とハンガリー人民との武力衝突を未然に防がなければならない。 そのためには、諸君、国民の多くが望んでいるナジ同志の首相復帰を、今すぐに実現しなければならんと思うのだが・・・」
カダル 「そうです、それしかありません。ヘゲデューシュ同志には申し訳ないが、首相の地位を速やかにナジ同志に譲っていただく以外に、局面打開の方法はないでしょう」
ゲレー 「ヘゲデューシュ同志、残念ながら、あなたは首相の職務から離れていただきたい。もはや、事態は一刻の猶予もできない状況なのだ」
ヘゲデューシュ 「やむを得ませんな。 私が首相を辞めることによって、事態が少しでも好転するというのなら、潔くそうしましょう」
ゲレー 「ありがとう。 ナジ同志、それでは、あなたはすぐに首相に就任してほしい。混乱したハンガリーを救うには、あなたが再び政権の座に復帰するしか他に道はない。 われわれの要請を受け入れてほしい」
ナジ 「しかし、政治局だけでなく、党中央委員会の承認がなければ、お引き受けするわけにはいかないでしょう」
ゲレー 「党中央委員の意見をいちいち聞いている暇はない。 こういう情勢になってしまっては、党の大多数も、あなたの首相復帰に異存を唱える者はいないはずだ。中央委員会には、あとで事後報告をすればいい。 政治局の一存で、とにかく早く首相に就任してほしい。この重大な局面を乗り切っていけるのは、あなたを措いて他にいない」
カダル 「そうです。今のハンガリーを救えるのは、ナジ同志、あなた以外にはいない。 私からも、よろしくお願いします!」
アプロ 「私もその考えに賛成だ。この難局を切り開いていけるのは、あなたしかいないはずだ」
ナジ 「・・・分かりました。ヘゲデューシュ同志さえ、それで良いというのなら、首相就任をお引き受けしましょう」
ヘゲデューシュ 「勿論、私からもよろしく頼みます。もはや私の力では、とてもこの騒乱状態を治めることはできない。 国民はあなたの登場を、一日千秋の思いで待ち望んでいるのです。 さあ、ナジ同志、国家存亡の折だ。これまでの経緯(いきさつ)にとらわれず、首相の座に復帰していただきたい!」
ナジ 「・・・承知しました。皆さんが一致してそう言われるのなら、お引き受けします」
ゲレー 「よし、早速、ナジ同志の首相就任を全国民に知らせよう。 これで人民の暴動も少しは治まり、またソ連の軍事介入も緩和されていくだろう。 後はわれわれ勤労者党が団結を取り戻して、事態の収拾に当たっていけば、この難局を乗り切ることができるはずだ」
第七場(モスクワ・クレムリン内の一室。ソ連共産党の緊急政治局会議が開かれている。 フルシチョフ、ブルガーニン、モロトフ、カガノヴィッチ、ミコヤン、スースロフが出席。 なお、この日もマレンコフは欠席)
モロトフ 「ポーランドの政変騒ぎが、われわれにとって極めて不本意な結末で終ったと思ったら、今度はハンガリーの番だ。 いけ好かないマジャール人どもが、ハンガリーの全土で暴動を起こして、社会主義体制をぶち壊そうとしている。
それに、ゴムルカよりもっと質(たち)の悪いナジが、首相に返り咲いたというじゃないか。 フルシチョフ同志、一体、あなたはこうしたハンガリーの混乱を、どのように収拾しようと考えているのか」
フルシチョフ 「あの国が、動乱の嵐の中で西側陣営の“餌食”にならないように、わが国の軍隊をブダペストに進駐させているところだ。 それに、われわれがナジを上手く抱き込めれば、今の事態をなんとか収拾していくことが出来ると思っている」
カガノヴィッチ 「ふむ、しかし、ナジは危険な男だ。 あの“ちょびヒゲ野郎”は、われわれの言うことをなかなか聞かない小生意気な奴だ。そのナジを抱き込めば、上手くいくと思っているのか」
フルシチョフ 「いや勿論、ナジを全面的に信頼しているわけではない。ただ、あの男はハンガリー人民に圧倒的な人気がある。 今の混乱した状況を打開していくためには、あの男の力を上手く利用していく以外に、いい方法はないと思うのだ」
スースロフ 「その点は、第一書記の言われるとおりだと思う。 確かに、あの“ちょびヒゲ”は反ソ的で、ハンガリーでは自由化路線のシンボルとなっている男だ。 しかし、こんな事態になってしまったら、そういうことをいちいち云々している余裕はないでしょう。ナジを取り込んで、圧力をかけていくしかないと思う」
ミコヤン 「私も同感だ。 この上、ナジを放逐しようとしたら、ハンガリー人民のソ連に対する反感はますます大きなものとなり、取り返しのつかない事態になってしまうだろう。 それに私見だが、この際、ゲレーに第一書記を辞めてもらうしかないと思う。
今度のハンガリーの混乱は、ラコシやゲレーの圧政が最大の原因になっているのだ。ハンガリー人は、ゲレーが党中央に居座っていることに非情な不満を持っている。 ゲレーを取り除かない限り、根本的な解決にはならないと思うのだが・・・」
ブルガーニン 「そこまでして、ハンガリー人どもに妥協しようというのか」
フルシチョフ 「私もミコヤン同志の意見に賛成だ。 ゲレーはもはや、ハンガリー人の信を失っている。ラコシの“二代目”じゃ、とてもあの国を治めていくことはできない。 あの男も解任すべきだと思う」
モロトフ 「しかし、それでは余りに、ハンガリーの自由化路線に妥協していくことになるじゃないか。 いかにゲレー達の失政が、今回の混乱の原因になっていようとも、親ソ派のゲレーを解任することは、われわれにとって極めて大きな譲歩ということになる。 そこまでして、マジャール人どもの“御機嫌”をとる必要があるのか」
スースロフ 「いや、こうなってしまっては仕方がないでしょう。今は強圧的な手段を講ずるよりも、なんとかしてハンガリー人を懐柔していくしかない。 武力弾圧に乗り出すのは、最悪の場合にだけ許されることで、ハンガリーが多少自由化しようとも、円満な形でわれわれの陣営に留まるよう、努力しなくてはいけないと思う。
そのためには、国民が最も忌み嫌っているゲレーを解任することは、ハンガリーの秩序を回復するのに役立つはずだ」
カガノヴィッチ 「ふむ、それじゃ、ゲレーの後任に誰を据えようというのだ。適当な人物がいるのか。 まさか、ナジに第一書記を兼任させるわけにはいかないだろう。 そんなことをしたら、あの“ちょびヒゲ”は、何をやり出すか分かったものではない。 誰かいい人物がいるというのか」
ミコヤン 「います。 最適かどうかは疑問ですが、カダルがいる」
モロトフ 「カダルだって!? あの“しんねりむっつり”の若造か」
ミコヤン 「そうです。彼は国民にはそれほど人気がなくても、党内ではナジ以上に信望を集めている人物だ。 まだ若いがしっかりしているし、ナジほど自由化路線に傾いていない。ナジと組み合わせれば、ちょうど均衡が取れていいと思うが」
ブルガーニン 「しかし、あの若造はこれまで、ラコシやゲレーに執拗に楯突いてきた男だ。 ナジに引きずられる危険があるが、それでも大丈夫だろうか」
ミコヤン 「大丈夫だと思いますよ。 私はあの男と何度か会ったことがあるが、彼は多少民族主義的な面はあっても、社会主義陣営を裏切るような男ではない。調和が取れているし、国民の声をよく聞き入れて、現実的な政治を行なうコミュニストだ。
ナジには自由化、民主化に突っ走るような危険な側面があるが、カダルはそれにブレーキをかけるような、慎重で堅実な所がある。 あの男を除いて、今のハンガリー勤労者党を任せるに足る人物は、他にないと思うのだが・・・」
カガノヴィッチ 「ふむ、君がそれほどまでに言うのなら、ゲレーの後任にカダルを据えたらいいだろう。 ただし、カダルが“ちょびヒゲ”と一緒になって、将来、とんでもない方向に突っ走るようなことにでもなったら、その時には、君にも多少責任を取ってもらうことになるぞ」
スースロフ 「カガノヴィッチ同志、今はそんなことを言っている段階ではないでしょう。とにかく、ゲレーでは駄目なのです。 カダルが絶対に大丈夫かどうかは分からないが、他に適当な人物がいない限り、ナジと組み合わせるしかないでしょう。 私はミコヤン同志の考えに賛成です」
モロトフ 「分かった。ゲレーではどうしようもないということは、われわれも知っている。 一時的な“弥縫策”になるかもしれないが、とりあえず、カダルにやらせるしかないな」
ブルガーニン 「われわれの考えが大体まとまったようだ。 フルシチョフ同志、それじゃ、ゲレーの更迭は誰にやってもらおうか」
ミコヤン 「私が言い出したことだ。ブダペストには私が行きましょう」
フルシチョフ 「うむ、それでは、ミコヤン同志・・・それに、スースロフ同志にも一緒に行ってもらおうか」
スースロフ 「結構でしょう。ミコヤン同志と私がブダペストへ行きましょう」
モロトフ 「それがいい、お二人に任せるとしよう」
カガノヴィッチ 「よろしく頼む。 重大な事態だ、ちょっとした失敗も許されないぞ」
《この後は、第115項目に続きます》