1) 「智恵子は東京に空が無いといふ、ほんとの空が見たいといふ。私は驚いて空を見る」(高村光太郎『智恵子抄』の“あどけない話”より) 過日(5月10日)、皇太子殿下がヨーロッパ訪問を前に記者会見された時、体調不良の雅子妃殿下に関して述べられた報道に接して、私はふと、上記の詩を連想した。
皇太子殿下の会見内容は、極めて衝撃的だったと思う。 大約すれば「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」「外国訪問をなかなか許されなかったことに大変苦悩していた」「疲れ切っているように見える」「雅子も、私もとても悩んだ」等々、唖然とするような内容だった。
日頃、皇室に関心があっても、その内部事情に詳しくない国民は驚いただろうし、もとより私も驚いた。 一体、皇室に何があったのか。いま何が起きているのか。 東宮御所の上には暗雲が垂れ込めていて、美しい空は見えないのか。 皇太子さまの異例の会見を聞いて、様々な疑問が湧いてくる。
2) 殿下の会見の中にも触れられていたが、最大の問題は“世継ぎ”のことだろう。 現在の皇室典範では、女子(内親王)は皇位を継承することができない。従って、せっかく愛子さまがお生まれになっても、皇位継承権はない。
この問題はあまりに周知のことなので、詳しく述べる必要はなかろうが、将来のことも考えて、女子にも継承権を認める皇室典範の改正が指摘されている。 これは当然のことで、私自身も以前、「女性天皇に賛成」という一文を載せたことがあるので参照していただきたい。
最近の各種世論調査においても、女性天皇の即位に賛成というのが、おおかた8割前後に達しているのだから、皇室典範の改正は国民に受け入れられやすいと判断する。 ところが、宮内庁の重責を担う某氏が、「皇太子殿下のところに第2子を」「秋篠宮殿下のところに第3子を」などと余計なことを言うから、穏やかでない雰囲気になってきた。
こう言われれば、雅子妃殿下らが“プレッシャー”を受けるのは当然である。 そんなことは分かり切っているのに、なぜ宮内庁の某氏はそういう軽率な発言をするのか。この男の頭の中には、現在の皇室典範しかないのだろう。 戦前だったら、「臣下の分際で、何を言うか!」と一喝されるところだ。
もとより21世紀の今日と戦前とでは、皇室の置かれている環境が違うし、某氏は善意のつもりで、善かれと思って発言したと推察するが、戦後「人間天皇」が誕生して以来、皇室にもプライバシーや人権が根付いたことを、絶対に忘れてはならない。
3) 最近、気になる言葉を聞いた。「女系天皇」という言葉だ。 日本には「女系天皇」は一人もいなかったというのだ。歴史上、8人の女性天皇がいたが、全て男系だという。
いろいろな理屈はさておき、女系天皇に反対する理由として、もし将来、愛子さまが天皇になったら、その御子は「女系」の天皇になるというのだ。 歴史上、そういう天皇はいないはずだから、宜しくないというのだ。
しかし、こういう見方は、あまりにも“男尊女卑”ではないか。また、現在の皇太子御一家を侮辱するものと言ってよい。 皇統とは、男系だけのものなのか。確かに今の皇室典範では、皇位は「男系の男子」に限られているから、現時点では正しい見方とも言える。
しかし、そんなことを言っていたら、現状で皇室に男子が生まれない限り、天皇制は消滅するだけだ。 無論、天皇制なんか消滅すれば良いと思っている人も、少なからずいるだろう。そういう人達は、現在の皇室の混迷ぶりを見て、ほくそ笑んでいるかもしれない。
4) あれこれ述べてきたが、要は女性天皇、女系天皇を認めるかどうかということである。 ヨーロッパでは、女王陛下はいくらでもいたし、今でも存在している。いや、これからますます多くなるだろう。 なぜなら、下に男子がいても、第一子が女子なら、その人に女王になってもらう国が増えているからだ。
ヨーロッパの王室は、男女同権の方向が以前よりもはっきりとしてきたというのに、日本では旧態依然とした皇室典範が厳存している。 意識の面で、今の日本がどれほど遅れているかと言えば、明治憲法(大日本帝国憲法)の制定を前に、はるか昔の明治15年(1882年)に行なわれた憲法論議でも、自由民権論者を中心に女性天皇を認めよという意見が、数多く噴出したことを見れば明らかである。(結局、これは実現しなかったが。)
日本は今でも、基本的に“男尊女卑”である。その典型が皇室典範だ。 ならば、それでも善いとする保守的、伝統的、右翼的な人達に尋ねたい。 私は日本古来の“神話”にはほとんど関心がないが、わが国の神話で、皇祖神は男性だったのか、女性だったのか。 皇祖神である天照大神(アマテラスオオミカミ)は女性だったではないか!! なぜ、男性ではなかったのか?
8世紀初頭の平城京時代に、古(いにしえ)の人達は古事記や日本書紀を完成させた。その神話の中では、皇祖神が女性であり、その孫が高千穂峯に降臨してこの国を開いたとなっているのだ。 ということは、保守的、伝統的な人達が尊ぶ日本神話では、皇統は正に「女系」だったのだ!! 従って、伝統を重んじる宮内庁関係者に問いたい。皇祖神が女性なら、「女系天皇」万々歳ではないか、と。
5) 私は左翼的な人間だから、神話などは好きになれない。しかし、日本民族の伝統や文化は十分に尊重していきたい。 そこで、天照大神は何だったかといえば、太陽神ではないか。太陽こそ宇宙の根源である。 その太陽神が日本神話で女性だということは、「元始、女性は実に太陽であった」という、有名な「青鞜(せいとう)」の発刊の辞を思い起こさせる。(ちなみに、発刊号の表紙絵は、若き日の高村智恵子が描いたという。1911年)
神話とはいえ、皇祖である女性太陽神・天照大神を伊勢神宮に祀る皇室が、どうして「女系」であってはならないのか。論理的に言えば、「女系」の方が正しいということになる。 私は理屈っぽい話しはもう止めるが、天皇制賛成・反対にかかわらず、皇室典範を改正して、女性天皇も女系天皇も認めるようにすべきである。 そうなれば、愛子さまお一人であっても、皇太子殿下御夫妻の心は安らぐだろう。
先の記者会見で、殿下は妃殿下の公務復帰について「当初考えられていたよりは、多く時間がかかるかもしれない」と述べられた。 雅子さまの体調は相当に危惧される。疲れ切っているというのだ。 どう対処すべきか、宮内庁関係者は真剣に考えてほしい。
後に心の病いに冒される高村智恵子は、「東京には空がない、ほんとの空が見たい」と言った。そして、「阿多多羅山(安達太良山)の青い空が、ほんとの空だ」と言った。 雅子妃殿下のご心境はどうか。東宮御所の上に本当の空はあるのか。 空は心の反映である。心が晴れ晴れとしていなかったら、どんなに青く澄み切った空も・・・曇って見えるだけだろう。(2004年5月22日)