中国の「共産党ファシズム」を糾弾する

1) 今年は戦後60周年にあたる年だ。8月15日の終戦記念日を中心に、わが国では“戦後”の意味を問い直す動きが出てくるだろう。 一方、隣の中国では、反ファシズム戦争(抗日戦争)勝利60周年の記念式典が催されるということで、愛国精神が高揚されるにちがいない。

 節目の年だから、それはそれで当然かもしれないが、中国共産党の“歴史的偉業”が高らかに謳われるだろう。 確かに、抗日戦争に果たした中国共産党の役割は大きなものがあり、その「紅軍」が日本軍と果敢に戦った歴史は多くの人が知るところである。

 中共(中国共産党の略)の歴史的役割を否定するものではないが、最近、この中共に指導される中国のあり方に疑問を抱く人が増えている。 過日、某テレビ局の情報番組の緊急アンケートで、今の中国は信頼できないという日本人が91%もいることが分かった。(信頼できると答えた人は、わずか9%

 これはもっともな話しで、最近の中国では“反日感情”が高まっており、昨年のサッカー・アジアカップ大会では日本選手へのブーイングはもとより、日本国旗が燃やされたり、日本選手団の乗ったバスが投石を受けたほか、大使館の車が襲われるなどの反日騒動が起きた。

 また、尖閣諸島の領有権や靖国問題、中国側による日中中間線を越える海底資源探査など、日中両国の対立が目立つようになり、中国の原潜が日本の領海を侵犯する事件も起きた。 従って、日本の反中国感情も高まってきたと言えよう。

 昨年からにわかに言われ出した「政冷経熱」・・・両国の経済関係は良好でも、政治関係は冷えきっているという事態は一向に改善されないばかりか、最近では「政冷経涼」といって、経済の面でも、両国間に“隙間風”が吹くのではないかという観測が出ている。

2) 日中関係をいたずらに悪化させるような言動は慎むべきだ。 しかし、ここにきて私は、根本的な問題に触れざるをえない。それは、両国の政治体制があまりにも違うということである。 

 日本が自由と民主主義に立脚して政治を行なっているのに対し、中国は共産党一党支配の国である。事実上、中共の一党独裁であり、“共産党に非(あら)ざれば人に非ず”といった所がある。 従って、他の政治勢力や政党が芽生える要素はなく、もしそうした動きが出ようものなら、容赦なく弾圧される。

 読者はよく覚えておられるだろう、1989年春に起きた「天安門事件」を。 民主化を求めて立ち上がった学生、市民、労働者らを、共産党政府は「反革命暴乱」と決め付け、武力で徹底的な弾圧を加えて多数の死傷者が出たことを。

 中国の憲法でも、言論や集会の自由は認められている。表面的には民主主義も認められているが、これはあくまでも共産党政権に反対しない範囲のもので、少しでも体制批判に通じるようなものであれば、「天安門事件」のように徹底的に弾圧されるのだ。

 民主的な政治運動ばかりでなく、例えば気功の集団「法輪功」のようなものが勢力を伸ばしてくると、たちどころに非合法化されて、指導者に逮捕状が出る始末なのだ。 要するに、現在の共産党政権に少しでも都合の悪いものが出てくれば、直ちに排除される仕組みとなっている。

 こんなことが、現在の日本で考えられるだろうか。まったく考えられない。 日本では、いろいろな意見もあろうが、言論、集会、報道、出版、信教などの自由がほぼ完全に認められており、基本的人権も十分に尊重されているのだ。 中国の政治・社会体制と日本のそれとでは、まさに“天地雲泥の差”がある。

3) 中国の体制は、一言でいえば「共産党ファシズム」なのだ。共産党全体主義ということである。 表向きは「人民」のためと言っているが、中身は共産党(中共)にとって善いか悪いかが、全ての判断の基準になっている。 

 そして、共産党にとって都合の悪いもの、あるいは敵対的なものは全て「反革命」として断罪される。「天安門事件」での学生や市民、労働者らの正当な民主化要求も反革命として断罪され、人民解放軍が“人民虐殺軍”となって、多数の民衆を武力で殺傷したのだ。

 このような硬直した「共産党ファシズム」の姿勢が、あらゆる場面に出てくる。 例えば外交面では、日本に対して閣僚の「靖国参拝問題」で強硬な主張を繰り返してくるのだ。閣僚の靖国参拝は、基本的に日本の国内問題である。 国内でいろいろ議論されるのは当然だが(参拝反対論があっても当然だ)、それを外国の政府が公然と批判してくるのは、内政干渉も甚だしい。

 そのことをいくら説明しても中共政権は分からないし、分かろうともしないのだから、一私人である私が、「共産党ファシズム」の問題を取り上げることにしたのだ。これは本来、中国の内政問題だから“内政干渉”に当たるようなものだ。 しかし、中国の公人が公然と内政干渉してくるのだから、私人である私がそれに触れて当然ではないか!

 中国では現在、各地で民衆の様々な暴動が起きているという。13億人もいるのだから不思議ではなかろうが、中共政権は国内を引き締めるために、対外的にはどうやら日本を敵対性国家、つまり“仮想敵国”にするのが都合が良いと判断しているようだ。

 従って、靖国問題ばかりでなく、戦前の「抗日戦争」の歴史をことあるごとに取り上げ、そこで果たした中国共産党の“偉大な戦果”を鼓吹している。 こういう歴史教育をやれば中共への信頼を高め、日本を憎む反日、排日の若者が増えるだけで、現に実情はそうなっている。

 昨年、中国で開かれたサッカー・アジアカップ大会では、先の大戦になんの関係もない日本選手、日本の若いサポーターに対し、中国の若者は「侵略者!」「鬼!」などと悪口雑言の限りを尽くした。中国共産党の歴史教育は、見事に(?)開花したのである。 これが果たして、日中友好関係を真面目に押し進めようという姿勢なのか!!

4) 中国における「共産党ファシズム」の一端を紹介したが、民主主義を否定するその政治体制に我々は違和感を持つ。 共産党独裁の中から生まれてくる硬直した政治姿勢が、今後も続いていくのだろうか。13億人を束ねていくためには、共産党独裁しかないのだろうか。

 現代中国の“国父”といわれる孫文は「三民主義」を掲げたことで有名である。その中の「民権主義」は、主権在民による民主主義国家の樹立を目指したものである。 台湾(中華民国)にはその伝統が生きているが、本土の中国にはまったく生かされていない。

 民主主義国家・日本の一市民である私は、断固として台湾(中華民国)の政治体制を支持する。中国共産党の歴史的役割は、21世紀が進行する中で徐々に減少していくだろうし、また減少しなければならない。 中国は民主主義国家に生まれ変わるべきだ!

 3年後の北京オリンピック開催は、中国の“国威発揚”に最も都合の良いものだ。これは又、中国共産党の威信高揚にも一役買う。「共産党ファシズム」にとっては、これほど良い機会はないだろう。 それはあたかも、ファシズムのナチス・ドイツ(ヒトラー政権)が、ベルリンオリンピックを国威発揚の場に使ったのと酷似している。 全体主義の政治とは、そういうものだ。個人や基本的人権よりも国家が優先する。

 そこで最後に、日中関係を展望していきたい。 両国の関係は今後、友好・親善の間柄というよりも“競争的”関係に進んでいくだろう。東アジアの主導権をめぐって、両国は政治、経済の両面で熾烈な競争を展開していくだろう(もとより、軍事面での衝突や“あつれき”は好ましくないが)。それが歴史的必然と思われてならない。

 さらに「共産党ファシズム」が、伝統的な“中華思想”と合体していくなら、その傾向はさらに強まるかもしれない。 そうなれば日本は、好むと好まざるとにかかわらず、外交面で「対中国大包囲網」を形成せざるをえなくなるのだ。(2005年1月16日)

付記・・・上記の小論を載せた直後の1月17日、奇しくも「天安門事件」で失脚した趙紫陽元総書記(85歳)が死去した。 趙氏は中国の民主化に尽力したため、「共産党ファシズム」によって粛清された人物である。哀悼の意を表したい。(2005年1月18日)

後記・・・「対中国大包囲網」とは、日本がアメリカ、韓国はもとより、ロシア、インド、フィリピン、タイ、インドネシア、マレーシア、シンガポール、台湾(中華民国)、モンゴル、オーストラリア、ニュージーランドなどの周辺の民主主義国家と連帯し、全体主義の中国と対峙する戦略である。

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