1) いま、ミサイル防衛(MD)システムが議論されている。 私は軍事の素人だから、専門的なことはよく分からない。しかし、国防という問題には、一国民として非常な関心を持っている。 そこで私が強く言いたいのは、「専守防衛」という姿勢を一刻も早く破棄せよということである。防衛政策の転換を求めたい。
ミサイル防衛システムについて、日本はアメリカとの間で緊密な連係を取り合い、整備を進めていくようだ。 しかし、このMD計画は本当に有効なのか。金ばかりかかって、役に立たないのではないかという議論が出ている。
ごく最近の報道によれば、肝心のアメリカが、アラスカ沖から発射した模擬の弾道標的ミサイルを、マーシャル諸島から発射する迎撃ミサイルで撃ち落とす実験に失敗したという。 迎撃実験の失敗は3回連続だそうで、アメリカでの実戦配備は、予算削減もあって遠のくという観測記事が出ていた。(2月16日・産経新聞)
また、軍事専門家の話しによれば、今のMDシステムでは、外国から飛んでくる弾道ミサイルを“百発百中”で撃ち落とすということは、とても無理だという。 もとより、システムの精度向上が望まれるが、こういう防衛構想で果たして良いのだろうか。
このMDシステムを実戦配備するには、一説では、初期費用だけで8000億円もの金(税金)が必要だと言われるが、完成するにはどのくらい金がかかるのだろうか。何兆円も要るのだろうか。 精度や予算の話しは不確定だから、ここでしても仕方がない。問題の根本は他にあるのだ。
2) 外国からミサイルが飛んでくることを考える前に、ミサイルを飛ばせない方策や、ミサイルを発射させない軍事手段をなぜ論議しないのか。 ミサイルが飛んできたら、それは戦争である。戦争を起こさせないことを考えるのが、本当の防衛論議なのだ。
戦争が起きないことが最善である。そんなことは小学生でも分かることだ。 戦争が起きた後の対策ばかりを考える前に、それを起こさせない方策を真剣に考えようではないか。問題の根本とは、そういうことである。
いかにして、外国からのミサイル発射を未然に防ぐのか。一番分かりやすいのは、その外国のミサイル基地を事前に壊滅させることである(こんなことはイロハの常識だ)。 例えば、いま最も問題になっている北朝鮮の場合、北朝鮮の某基地を先制攻撃で叩くことである。そうすれば、ミサイルは日本に飛んでこないからだ。
しかし、「専守防衛」を掲げるわが国の「防衛政策基本方針」では、「わが国が侵略や攻撃を受けている場合、それを阻止する目的で相手国の基地を攻撃することは、自衛の範囲に入る」としている。 攻撃を受けなければ、相手国の基地を叩くことができないのである(先制攻撃の否定)。これが本気で国民や国土を守ろうという姿勢なのか!
100年前ならいざ知らず、現代では偵察衛星(軍事衛星)等で、相手国のミサイル発射準備は事前にある程度察知できる。 そうした科学技術の進歩がありながら、みすみすミサイル攻撃を受けなければならないのだろうか。どう考えても納得できない。
3) 同様に、わが国では専守防衛の立場から、攻撃的兵器は持てないことになっている。 例えば、ICBM(大陸間弾道ミサイル)や長距離戦略爆撃機、攻撃型空母などは保有できないのだ。しかし、そうした攻撃的兵器を持ってこそ、相手国の侵略や攻撃を未然に防ぐことができるのではないか。
日本が長距離ミサイルや戦略爆撃機、原子力空母などを持てば、相手国だって警戒して安易にミサイル攻撃などはできないはずである。 もし、日本を攻撃すれば、大変な反撃に遭うことを覚悟しなければならないからだ。「攻撃は最大の防御」というのは、正にそういうことである。
われわれが攻撃的兵器を持つことは、他国に侵略するためではない。 今の日本が、どうして他国に侵略などするだろうか。戦前ならいざ知らず、戦後の平和主義でやってきた日本で、侵略をしようなどと考える国民は一人もいないだろう。攻撃的兵器はあくまでも防御、防衛のためのものである。戦争の抑止力となるものだ。
北朝鮮はよく「ソウルを火の海にするぞ!」「東京を火の海にするぞ!」と脅しをかけてくる。 その場合、日本が攻撃的兵器を持っていれば、初めて「ピョンヤンを火の海にしてやるぞ!!」と反論することができる。それが相手の攻撃を抑止することになるのだ。
金正日だって、日本が相当の攻撃的兵器を持っていれば、容易にミサイル攻撃を仕掛けてくることはできないだろう。もし攻撃を仕掛ければ、自国が反撃を受けて滅亡しかねないからだ。 従って、他国からの侵略や攻撃を未然に防ぐために、日本も攻撃的兵器を保有するよう強く提言する。
4) 北朝鮮は2月16日、核兵器の保有を公式に初めて発表した。識者はいろいろ論評しているが、これは極めて重大な事である。 北朝鮮を甘く見ていると、とんでもない事態になりかねない。日本も「非核3原則」を見直さざるを得なくなるだろう。
しかし、当面はわが国の核武装(今の時点では、まだ現実味を帯びていない)よりも、通常兵器の増強が喫緊の課題になるはずだ。 そのためには、有効かどうか危ぶまれているMD計画よりも、攻撃的兵器の配備に全力を傾けるべきである。
そう考えると何度も言うようだが、専守防衛の姿勢を直ちに改め、先制攻撃による防衛体制を確立しなければならない。 わが国へのミサイル発射を、敵に断念させるような攻撃型軍事力を保有することが急務である。ミサイルが発射されては遅い。
脅しが得意な北朝鮮に対し、常日頃「そっちが攻撃してきたら、ピョンヤンを100倍も火の海にしてやるぞ!」ぐらいのことを言っておくことが肝心だ。 もとより、それは単なるブラフ(こけ脅し)でなく、そのための軍事力を備えていなければならない。
そうすれば、いかに軍事国家であるとは言え、北朝鮮がわが国に容易に攻撃を仕掛けてくることはないはずだ。 こちらに反撃能力がある限り、攻撃や侵略を未然に防ぐことができる。また、未然に防ぐということが、日本の安全にとっても、東アジアの平和にとっても最も重要なことなのである。
MD(ミサイル防衛)計画などというものは、なにか戦前の「防空大演習」を思い起こさせる。 敵機の空襲を想定した防空大演習は、国を挙げて何度も行なわれたが、そもそも敵機が来襲してきたら、日本はもう終りということではないか。敵機が来襲しない戦略、戦術を考えなければならない。
現実に、その後の日本は、アメリカの「B29」の大編隊による空襲を受け、東京や大阪などの主要都市はほとんど“焼け野原”になって、敗戦を迎えた。「防空大演習」は何の役に立ったのか? 何の役にも立たなかったではないか!!
そんな“受け身”の方策や戦術ばかりを考えていては、本当の防衛にはならない。 外交面での努力はもちろん必要だが、軍事的にも敵に攻撃の意志を持たせないような努力が必要である。そのためには重ねて言うが、専守防衛の姿勢を直ちに改め、先制攻撃体制を整えて敵に“恐怖”を与え、戦争の勃発を抑止すべきである。
われわれのミサイルは、迎撃のためだけにあってはならない。攻撃のためにあるということが、敵の攻撃意欲を失わせ、戦争を未然に防ぐことになるのだ。(2005年2月18日)
付記・・・先日、某テレビ局で、石破茂前防衛庁長官がMDシステムについて語っていた。とても参考になったが、石破氏は、この迎撃ミサイルが相手国(侵略国)を攻撃するものでないことを力説していた。 専守防衛の日本の立場を理解してもらおうという趣旨は分かるが、これでは、侵略国を安堵させ喜ばすだけではないか。
悪の「ならずもの国家」を自制させるには、こちらも大量の攻撃型弾道ミサイルを用意し、その点を力説しなければならない。 なお、3年ほど前にも、筆者は「専守防衛」を批判した一文を当ホームページに載せた。これも参考までに、読んでいただければ幸いである。マ参照 (2005年2月20日)
付記・・・識者(田中宇氏)の最近の論文によると、“おとり(囮)”の弾道ミサイルが使われると、成層圏では本物のミサイルと“おとり”の識別が極めて困難となり、迎撃ミサイルで撃ち落とすことは絶望的だといわれる。 迎撃実験の失敗と合わせて、MD計画は不安材料が一杯だと言わざるを得ない。(2005年3月19日)