8月8日の変」 前代未聞の解散劇

1) おもしろい事が起きるものである。 衆議院で可決された「郵政民営化法案」が参議院で否決され、小泉総理大臣は8日、衆議院の解散に踏み切った。法案の否決が内閣不信任と同じと受け止めたらしい。 法案が参議院で否決されたから、衆議院を解散するというのは初めてのことだ。

 本当は参議院を解散すれば良いのに、憲法上、もちろん参議院を解散することはできない。衆議院が参議院の“とばっちり”を受けた形だ。衆議院議員(代議士)がかわいそうな感じになってくる。 それも、1院が衆議院で2院が参議院だと思っていたのに、2院の決定の方が1院のそれより重みのある結果になってしまった。何か変である

 今回の解散は、いわゆる「7条解散」と言って、内閣の決定でいつでも衆議院を解散できるという憲法7条に基づくものだ。 これでは総理大臣(内閣)の権限が大きくなり過ぎて、良くないという意見もあるのだが、もとより違法でも何でもない。過去にもしょっちゅうあった事だ。

 解散権を制限するために、内閣不信任案が可決された時、あるいは、内閣信任案が否決された時だけに解散を限るべきだという議論もある(いわゆる「69条解散」説)。 しかし、ここで解散権の問題を議論するつもりはないので、それは後の機会にしよう。

 今回、印象深かったのは、小泉総理が解散に反対した島村農相を罷免して、自ら農相を兼務してまで解散を断行したことだ。 これは戦後政治史上初めての事なので、総理の並々ならぬ決意を読み取ることができた。小泉さんは、どの総理もやらなかったことをやってのけたのだ。大変なものである。

 過日、解散を回避しようした森喜朗前総理が、小泉さんの説得に失敗した際「彼は変人以上だ」と言ったが、それを思い起こす時、今回の解散は“変人の変人による変人のための解散”と、皮肉を込めて言いたくなる。「郵政民営化」にかける、小泉総理の凄まじい執念に圧倒されそうだ。

 彼の人となりについては、国民の多くがすでに知るところとなった。私も3年半前に「小泉純一郎氏のこと」という小文を書いたので、参照して頂ければ幸いである。 真の改革を断行しようとすれば、人は諸々の困難や苦境に直面する。歴史はそれを物語っている。

 日本史をひもとけば清盛も信長も、坂本龍馬も高杉晋作も、新しい時代を切り開くために旧勢力と血みどろの戦いを繰り広げた。“英雄”とされる彼らは、守旧派から見ればたぶん“変人”に映っただろう。変人・・・大いに結構である。

 小泉さんも今やヒロイズム(英雄主義)に酔っているかもしれない。新しい時代を切り開こうとしているのだ。 それは結構だが、前代未聞の今回の解散劇は何か変な気がしてならない。「8月8日の変」とでも言うのだろうか?

2) 先ほど、私は解散権の話しに少し触れたが、この場を借りて一言述べたいのは、むしろ参議院の問題である。(解散権の問題は、機会があればまた後日論議していきたい) 参議院のあり方については、以前から重大な関心を持っており、このホームページでも再三取り上げてきた。

 結論から言えば、私は「参議院廃止」論者である。一院制を支持する者である。 参議院の是非については、多くの国民がいろいろの意見を持っておられるだろうが、参議院の廃止こそ“最大の政治改革”という信条を、私は今も変えていない。

 特に今回、郵政法案の可否をめぐり、衆参両院の決定が違って解散という事態になったことで、改めて参議院問題を考えざるを得なくなった。 ごく単純に端的に言えば、参議院の存在が国政の混乱を引き起こしているのだ。

 もとより、これは一方的な見方だと批判されることは承知の上で、さらに言いたい。 1院である衆議院が、今回の“小泉解散”という前例が初めて出来たことによって、いつでも解散されるという事態になった。 2院の参議院議員の任期は6年もあるのに、任期4年の衆議院議員は今後、いつも解散されるという恐怖におののくだろう。

 はたして、これが正常な姿だろうか。衆議院の優位が言われているのに、実態は参議院が上位に立っているのではと錯覚してしまう。 参議院が無意味だということは、さんざんホームページで指摘してきたので、これ以上言うつもりはないが、参議院は今や現代の「貴族院」である。

 戦前ならば「貴族院」もあっておかしくはないが、平成の現代においてはまったく無駄、無用の長物である。 いかに“盲腸”のような存在であるかは、私のこれまでの小論を読んで頂ければ理解してもらえるはずである。

 従って、参議院の廃止こそ最大の政治改革であり、自衛軍(国軍)の創設などと並んで、来るべき憲法改正の“目玉”となるべきものだ。 今後も機会を見て参議院の廃止を訴えていくが、その跡地利用については、まだ何も言っていなかったことを思い出した。

 この際だから言わせてもらえば、参議院の跡地は、国立の大音楽ホール、あるいはルーヴルのような大美術館、あるいは新たな国立劇場といった、世界に誇れる「文化施設」に生まれ変わるよう提言する。それを決めるのは国民である。

「8月8日の変」から話しが弾んでしまったが、今回の解散劇はいろいろなことを考えさせてくれた。それだけでも有り難いことだったのか・・・ 9月11日の総選挙の結果が楽しみである。(2005年8月9日)

 トップページに戻る