(この小説は、第136項目からの続きです。)
14)研修
就職が決まって一安心していると、歌舞伎研究会が夏休み中に長野県の蓼科で合宿を行なうということが分かった。 行雄は以前ほど歌舞伎に関心は持っていなかったが、面倒臭い就職問題も片付いて気が楽になったせいか、気分転換も兼ねて合宿に参加しようと思った。
また、蓼科高原の自然の中で、百合子と一緒に合宿生活を送るのは、他に多くの学生が参加していようとも何か“淡い期待”を抱かせるものがある。 彼はこれまでの百合子との諍(いさか)いのことなどは忘れてしまい、歌舞研の幹事に合宿への参加を伝えた。
ところが、その翌日(夏休みに入る直前だったが)、一学期の最後の講義に出席した後、教室を出た所で行雄は待ち構えていた百合子から声をかけられた。彼女の方から話しかけてくるのは滅多にないことなので、何事かと思ってしまう。
「あなたが歌舞研の合宿に行くのなら、私は行きません」 百合子は勿体ぶった口調で言った。突然そう言われても、行雄は何と返事をしたらよいのか分からない。つまり、自分と一緒の合宿では嫌だというのだろうか? 「面白くないのです。 歌舞研の中には主流派と反主流派があって、勢力争いをしているのです。あなたがそれに巻き込まれるなんて見たくもありません。とにかく、あなたが合宿に行くのなら、わたしは参加しません」 彼女は釘を刺すように言った。
俺と一緒の合宿が嫌だから、歌舞研の中の争いを理由にして、百合子は参加しないと言っているのだろうか? それとも、本当に勢力争いに関わらせないためにそう言ったのだろうか? 行雄は彼女の発言の真意を質そうかと思ったが、自分が合宿に参加すれば彼女は来ないと意思表示したのだから、もう合宿に行く意味はないと考えた。
「それじゃ、僕は行かないよ!」 吐き捨てるようにそう言うと、行雄は百合子から離れた。彼女から邪魔されたという思いが強かったが、せっかく合宿に行っても彼女がいないのなら、淡い期待も何もあったものではない。俺が行かなければ彼女は参加する? それは向うの勝手だろうと考え、彼はその日のうちに、何の理由も告げずに合宿不参加を幹事に伝えた。
それから数日して、徳田が行雄の自宅に電話をかけてきた。彼は滅多に大学に来ていなかったので、夏休み中の文学部や仏文科の予定などが気になって聞いてきたのだ。雑談をしていると、誰から聞いたのか、彼もFテレビへの就職を行雄が決めたことを知っていた。彼の話しによれば、高村は近くA新聞社の試験を受けるという。
徳田のアルバイトや行雄の家庭教師の話しなどをしているうちに、卒業論文の話題に移り、彼はポール・エリュアールをやるが、まだまったく手を付けていないと言った。行雄がアンドレ・ジッドをやるつもりで準備を進めていると言うと、「えっ、そうか。中野さんもジッドをやると言ってたよ」と彼が付け加えた。
その瞬間、行雄は動揺し、これは具合が悪いと思った。よりによって、百合子と同じ作家を卒論で扱うということに抵抗を感じる。 彼は徳田と適当に話したあと電話を切ったが、卒論のことが重く心に伸しかかっていた。歌舞伎などの趣味では百合子と同一歩調になっても良いが、卒業論文という重要な課題で彼女と一緒になるのは受け入れられない。
つい先日、歌舞研の合宿参加を事実上、彼女から“妨害”されたことにも彼は反発を感じていた。 それに同じ作家を扱えば、卒論審査の主査も同じ人になるだろう。そうなれば、自分と百合子は何かと比較されるに違いない。自意識の強い行雄にとっては、それは嫌なことだった。
もともと彼は、ロマン・ロランを卒論で扱いたかったのだが、堕落しきっている自分にはこの作家は高貴すぎると思い、諦めた経緯がある。 しかし、今や百合子と同じ作家を扱うことに耐えられない気持になり、行雄は卒論でジッドを取り止めロマン・ロランに切り替えることに決めた。
彼は新たに卒論の準備を始めたが、夏休みなので暇を持て余していた。それに就職が決まっているので、どうしても心に“ゆとり”が生じてくる。 旅行や遠出の予定もないので、少しは東京見物でもしてみようと思い、定期券を有効に使って都内を見て回ることにした。その主な理由は、翌年にオリンピックが開催されるため、大きく変りつつある東京を目(ま)の当たりにしたいというものだった。
行雄は6年ぶりに東京タワーに上ったが、眼下に広がる光景を望遠鏡で覗くと、高速道路の工事を始めオリンピック施設やホテルなど高層ビルの建築ラッシュで、都内の景観は凄まじい勢いで変貌している。特に高速道路の工事は急ピッチで進んでいるようだ。
2ヵ月ほど前、旧江戸城跡の高速道路4号線の工事現場から、長さ100メートルほどの“謎の地下道”が発見され、考古学者らが喜び勇んで調査を始めていたのに、オリンピックを最優先とする道路公団が、その地下道を取り壊したことを行雄は思い出した。
江戸城の構造や築城技術を知る上で、又とない絶好のチャンスだっただけに大きな物議を醸したが、オリンピックのためなら多少のことは仕方がないということで、世論もそれを認める風潮になっていた。
地上に下りて山手線などに乗ってみると、東京駅では夢の超特急「東海道新幹線」の開業を翌年に控えている他、地下鉄の新路線もどんどん整備されており、まるで東京から日本が生まれ変わっていくような雰囲気である。 このため、都内のどこに行っても“活気”が漲っているように感じられた。それは真夏の太陽の下の熱気だけではない。東京自体が熱く燃えている感じなのだ。
行雄は汗をふきふき都内を歩いたが、途中で喫茶店に立ち寄り、涼しいクーラーの中でアイスコーヒーを飲むと生き返った思いがする。そして又、彼は表に出て街を散策するのだった。 彼はふと、ちょうど1年前の夏休みに橋本敏夫の故郷・豊岡を訪れたことを思い出した。
あの時は、日本海の眺望を楽しんだりして自然に親しんだが、今は東京のど真ん中で人間の活気に触れているのだ。 人類の祭典・オリンピックを1年後に控え、この街はいま急激に様変わりしている。そうした中で俺は来年、社会へ“巣立つ”のだと思うと、何か活力が湧いてくるような気持になるのだった。
そうした日々を送っているうちに、Fテレビから8月末に最初の職場研修を行なうという通知が来た。急な連絡のように思えたが、行雄はそれまでに卒業論文のメドを立てておこうと、ロマン・ロランの著作をいろいろ調べ直すことにした。
彼の書物はすでに数多く整えていたが、小説、戯曲、伝記もの、評論、日記など厖大な量になるため、当然“テーマ”を絞らなければならない。いろいろ考えたが、行雄が傾倒する「汎神論」を軸にロマン・ロランの思想を検証していくことになった。
「汎神論」と言えば「エチカ」を書いたスピノザが有名である。そこで行雄は、スピノザから影響を受けた大好きなゲーテと、ロランとの関連はないものかと調べてみると、彼の「自伝と回想」や「ゲーテ論」などで3人の巨匠の“接点”があることが分かった。 このため行雄は、スピノザ哲学を軸とした「ロマン・ロランのゲーテ研究について」をテーマにすることに決めた。要するに、ロランのゲーテ研究の核心は、スピノザの「汎神論」に在るということである。
行雄が卒論の作業を進めているうちに、Fテレビの研修の日がやって来た。二次試験を突破して採用が内定した36人のうち、3人は他の会社への就職を選んだのか研修には参加していなかった。 Fテレビの中堅幹部が各セクションの職務内容などを説明した後、人事担当の役員を中心に再び面接が行なわれた。
どうして今頃になって、また面接をするのかと不審に思っていると、最終日の3日目になってその理由が分かった。驚いたことに33人の内定者のうち10人ほどが、Fテレビと資本関係のあるS新聞社への採用を通知されたのである。これでは約束が違うと怒って、S新聞社への就職を拒否した者も数人いた。
結局、行雄を含めて23人が最終的にFテレビへの採用に決まったのである。この中には、大学の同じ仏文科に在籍する片山順一もいた。ただし、片山はAクラスだったので、人付き合いの薄い行雄は初めて彼と言葉を交わすことになった。
9月の新学期が始まって暫くすると、高村がA新聞社への合格を決めた。 ある日、行雄は徳田と高村と連れ立って喫茶店に入り雑談に興じていると、徳田が羨ましそうに言う。「二人とも就職が早く決まって良かったな。 僕なんか試験勉強も何もしていないから、まともなマスコミにはとても入れそうもない。まあ当分は、フランス語関係の翻訳でもしていくしかないな」
「自由業みたいでいいじゃないか。君は会社勤めは向いてないだろうし、“彼女”も翻訳に熱心なんだろう?」高村が答えた。徳田の彼女とは、Aクラスの小野恭子のことである。 「うん、小野もいろいろフランス関係の仕事をしているよ。彼女は将来、フランスで働きたいと言っていたが、どういう仕事になるかは分からない。僕もいずれそういう方向で仕事を探そうと思っている」小野の話題に触れたせいか、徳田は明るい口調で語った。
「恋人と合い携えてか、仲が良くて羨ましいよ、ハッハッハッハッハ。彼女と協力し合っていけば、相当な仕事ができるはずだ。 大体、君はこれまでアルバイトで儲け過ぎだよ。君みたいに稼いでいる学生は他にいないんじゃないのか。授業にもほとんど出て来ないんだから」高村は愉快そうに混ぜ返すと、また笑い声を上げた。
「ところで、君達の会社はどういう風になっているんだ?」徳田がこちらに話しを振ってきたので、行雄はFテレビの研修の模様などを話した。 高村もA新聞社の話しをしていったが、記者は車の運転免許ぐらいは取っておかないと駄目だというので、会社の負担で目下、教習所通いをしていると言う。
「タダで運転免許が取れるなんて、最高じゃないか。大新聞は違うね」行雄が感心して言った。「いや、それがけっこう大変なんだ。俺は不器用なので、なかなか運転が上手くならない。 それに、教習員の態度が偉そうで腹が立ってくるよ。女性には優しく教えるくせに、俺たち男となると、実に態度が横柄で威張りやがる。 この前なんか、殴ってやりたいと思ったほどだ。ハッハッハッハッハ」高村がまた大笑いしたが、新聞記者への道が開けて“やる気”満々という感じである。
「君はテレビ局に入って、何をやるんだ?」今度は高村が聞いてきた。 「いや、まだほとんど考えていないが、まあ出来れば、制作部門へでも行ってドラマを作るか、ドキュメンタリーでもやってみようかと思っている。でもテレビ局なんて、総務とか営業とか編成とかいろいろあるから、どこへ配属されるかまったく分かっていないんだ。一応、希望は聞かれるけどね。 その点、君はいいよ、始めから新聞記者になれるんだからな」
行雄が答えると、高村が言った。「それはそうだが、新人は最初の基礎教育を受けた後、どこへ飛ばされるか分からない。北海道や九州へ行くこともある。その点、君は東京でやっていけるから、いいじゃないか」 そんな話しをしているうちに、三人はクラスメートの就職状況の話題に移っていった。
「中野さんはエール・フランスを受けたが、落ちたと言ってたよ」百合子のことに詳しい徳田が語った。 その時、一瞬だったが、行雄は彼女に対し優越感を覚えた。自分はこんなに早く就職を決めたというのに、百合子は第一志望のエール・フランスを受けて落ちたのである。
ざまあ見ろとは言わないが、小馬鹿にしてやりたい感じがする。いつも彼女に冷たくされている思いがあるから、彼は初めて相手を見下す気分になったのだ。「なんだ、中野さんは就職をしたがってるの?」行雄が徳田に聞いた。
「そうだよ、彼女はとにかく就職したいらしい。エール・フランスが駄目だったから、僕も知っている所は当たってやっている。フランス大使館などいろいろあるからね」「君は顔が広いね、さすがだな」行雄は徳田の交際範囲の広さに感心して、素直にそう述べた。 そのうちに彼は、少しは百合子に同情する気持になり、俺は彼女のことを想っているというのに何もしてやれない、実生活では徳田の方がはるかに良く彼女の面倒を見ていると思った。
いろいろ話していると、出版関係の就職はやはり厳しい状況だということが分かった。入社試験がほとんど始まっていないため、そちらに進みたい学生は落ちることを覚悟して、大学院へ進む用意をしている者が何人もいるという。行雄と高村が就職を決めていたので、三人は明るい会話を交わして別れた。
それから暫くして、行雄は22歳の誕生日を迎えた。22歳になったということが、何か“前向き”の気持にさせるのだが、就職が決まったというだけで他にほとんど変化はない。 日頃の授業には適当に出席していたし、週2回の家庭教師のアルバイトもいつもどおりこなしていた。
百合子との関係は相変らず冷え切っていたが、歌舞伎研究会のサークル活動でも顔を合わせるし、歌舞伎を団体観劇する時は、彼女が熱心に舞台を見ている様子を、横目で窺っているのが楽しかった。 ただ、卒業論文のことが次第に気になってきて、その準備に取り組まざるを得なくなった。
「ロマン・ロランのゲーテ研究について」というテーマは決まったが、スピノザ哲学を軸にして検証するため、古書店に行って大正11年刊行の小尾範治訳「エチカ」(岩波書店)や、昭和10年刊行のゲーテ著・村岡一郎訳「形態学のために」(改造社)等を購入するなど慌ただしくなってきた。
行雄はそれらの書物を読み始めたが、ふだん哲学や自然科学に余り馴染みがないせいか、難解に思われて重苦しい気分になった。しかし、卒論は完璧に仕上げなければならない。彼は自分に、我慢だ忍耐だと言い聞かせながら読んでいった。
そんなある日、行雄が生協の食堂で徳田と雑談を交わしていると、片山順一とばったり出会った。彼はニコニコ笑いながら近寄って来ると二人の隣に座ったが、徳田とは面識があるようで、改たまった挨拶はしなかった。
「村上君、きのうFテレビから研修の知らせが来たけれど、忙しくなってきたな。君は問題はないのだろう?」片山が声をかけてきた。 そう言えば、きのう行雄の所にも、11月初旬に一週間ほど研修を行なうという通知が届いていたのだ。
「うん、僕の方は家庭教師のバイトを一回ぐらい飛ばせば問題はないよ。君の方は?」「ああ、いろいろあるけれど、もう会社優先でいかないとね」 片山はそう言うと、今度は徳田の方に声をかけた。「君のクラスの渡辺さんというのが、うちの会沢とすっかり仲が良くなっているというじゃないか」「渡辺さん? ああ、中野さんの友達のね。そうか、会沢君とね・・・」
この後、片山の話しを聞いていると、彼の友人であるAクラスの会沢邦彦が渡辺悦子と交際を重ね、今や婚約目前だという。徳田はAクラスの小野恭子と“事実上”夫婦関係にあるから、A・B両クラスの間で二組のカップルが誕生しそうである。
片山は同じクラスの小野を知っているので、顔の広い徳田とはかなり以前から面識があったようだ。 クラスメートや就職の雑談をしているうちに、徳田が真面目な顔付きになって行雄に語りかけてきた。「君も就職が決まったのだから、中野さんと一緒にやっていけるじゃないか」
それは冷やかしではなく、真剣な口調だった。何か胸に短刀でも突き付けられた気持になり、行雄は返答に窮した。片山も興味ありげにこちらの顔を窺っている。「うん、考えておくよ」暫くして彼はそう答えるしかなかった。
いろいろの話しがあったが、中野百合子は依然として就職先が決まっていなかった。会沢はつい最近、国立国会図書館への採用が決まったとのことで、これで気持の整理が付いたのか、渡辺悦子との関係が急速に進展したらしい。行雄はそれらのことを聞いているうちに、いよいよ自分も“決断”しなければと考えたが、肝心の百合子との関係は一向に進んでいないのが現状だった。
秋も深まり11月を迎えると、Fテレビで就職内定者の職場研修が始まった。一日目の午前中、まず総務局の河野人事部長から、23人の内定者に対して研修の目的や日程などの説明があり、そのあと研修生は7つの班に分けられ各職場へと配置された。
制作関係を希望していた行雄は、同じようにドラマのディレクターを志望する他の3人と一緒に、まず制作現場に回された。テレビ局のスタジオを見るのは初めてなので、興味津々覗いてみると、何とそこには「クレージー・キャッツ」のメンバーがいるではないか!
ハナ肇はむっつりとして怖そうな顔をしており、植木等はテレビで見るとおり軽薄で“お調子者”といった感じだ。谷啓は何を考えているのか分からないといった風情で、ぼんやりと椅子に腰かけている。 これまで会ったこともない芸能人を間近に見て、行雄は“別世界”に来た感じがした。
他のスタジオへ行くと、何かの番組の出演を前にしているのか、渥美清が帽子を被ったままくつろいでいる。丁度そこへ、テレビ局見学に訪れた女子高生らがやって来て彼に気付くと、キャーキャーと歓声を上げた。すると、渥美は満面に笑みを堪え手を振って愛想良く応えていた。
行雄ら4人は翌日も、スタジオ見学をしたり番組制作の現場に立ち会ったが、フロアディレクターの指示に従って弁当運びなどの雑用を手伝わされた。 この日もあるスタジオへ行くと「台風家族」というドラマに出演している笠置シズ子が、付き人だか誰かをえらい剣幕で怒鳴りつけているのを見たので、ずいぶん威張っているなと思った。
3日目は、制作部のプロデューサーからドラマ作りの行程についてレクを受けた後、女優の河内桃子らが台本の下読みをしている所から、ドライリハーサル、カメラリハーサルなどをしている所を見学した。その中で特に印象に残ったのは、山本富士子が出演するドラマの“カメリハ”だった。
この映画界の大女優がテレビドラマに出演するというのは、その当時、映画会社の締め付けが非常に強かったので極めて稀なことであった。 映画界はテレビのことを「電気紙芝居」と酷評していたが、テレビが着実に“茶の間”に浸透してきていたので、銀幕のスターもそれを軽視するわけにはいかなかったのだろう。
もっとも、この当時のテレビドラマには時々“ひどい”ものがあって、生放送でやっているから仕方がないとしても、出演者がもたれ掛かった樹木のセットが傾いたり、放送中に大道具や小道具が倒れたり、外れたりすることがよく起きた。これでは「電気紙芝居」と嘲笑されてもやむを得ない面があったのである。
山本富士子がFテレビに出演するのは初めてなので、その日は取締役のS編成局長らが待機していた。やがて、大輪の花のように美しい彼女がスタジオに現われた。 S局長は溢れんばかりの笑みを浮かべ、深くお辞儀をして花束を彼女に手渡すと、取り囲むスタッフから一斉に拍手が湧き起こる。行雄ら研修生も同調して拍手した。山本富士子も溢れんばかりの笑みでそれに応えた。
彼女が主演していたのは「お母さんの骨をもらって歩けた」というヒューマンドラマの母親役で、カメリハが始まると、スタッフの視線は彼女に集中したかのようであった。 行雄もうっとりとして“大輪の花”の演技を観賞した。彼はこういう場に立ち会えて良かったと思い、今後もドラマ作りをしていこうという意を強くしたのである。
4日目は、一転して番組中継の手伝いをすることになった。「スター千一夜」と言って、映画俳優やタレント、歌手やスポーツ選手らの“スター”にインタビューする番組で、この日は、結婚して間もないプロレスの力道山夫妻が生中継で出演することになっていた。
中継場所は、力道山が経営する東京・渋谷の鉄板焼肉店であった。行雄ら研修生は夕方から生放送の準備に追われ、スタッフと共に軍手をはめて中継用ケーブルのセッティング作業などに汗を流した。 夜9時30分からの放送だったが10分ほど前になって、力道山が新婦を伴って店内に現われた。
プロレスの大スターを目の当りにすると、背はそれほど高くはなかったが、はち切れそうな肉体をブレザーに包み、テレビライトに映えた顔は紅潮して精悍そのものであった。余人を圧倒するような威風堂々たる容姿である。
彼はテーブルに着席すると店員を呼び、小瓶のビールを持ってこさせグイッと一口飲んだ。それから司会者のMと簡単な打ち合わせを済ますと、新婦と共に生放送に臨んだ。貫禄十分である。15分の中継時間はあっという間に過ぎ、行雄は放送が非常に短いと感じた。
生中継が終ると、力道山はテレビスタッフ全員に対し上機嫌で言った。「ご苦労さん、今夜はステーキを大いに食べていってほしい」 彼は来た時と同様に威風堂々と立ち去った。この後、行雄らスタッフ全員は、美味しいステーキを“腹一杯”食べてから、中継の撤収作業を終えて帰宅したのである。
この気前の良い力道山がそれからわずか1ヵ月後に、都内の高級ナイトクラブで暴力団のチンピラに腹を刺され、一週間後に亡くなった時は、行雄も大いに驚いたものだ。 何はともあれ「クレージー・キャッツ」に始まり、山本富士子や力道山らの番組に接することができて、彼はテレビの面白さや刺激的な面が少しは分かった気がしたのである。
またテレビには、何か魔性のようなものが潜んでいるように思われた。当時の有名な評論家・大宅壮一氏は「テレビは、一億総白痴化にする」と言ったが、その大宅氏自身がしょっちゅうテレビに出演しているではないか! マスメディアとしての存在を確立したテレビが、魔性のような底知れない魅力に富んでいるのではと、行雄は考えるのだった。
Fテレビの研修の真っ最中に、彼は中野百合子から“衝撃”を受けた2周年目の11月7日を迎えたが、感慨にふける暇はまったくなかった。センチメンタルに流れやすい彼も、日々の忙しい研修にそれどころではなかったのである。
研修の最終スケジュールは、熱海・伊豆山にある健康保険組合の寮での合宿であった。23人の研修生は人事部の社員らと共に11月9日、その寮に集合した。 最終日のその日は、人事部長や総務部長といった管理部門の責任者が総括を行ない、翌10日には、報道部長や制作部長といった現場部門の責任者がレクを行なう予定になっていた。
河野人事部長らの話しが終ると、夕方から懇親会が始まった。研修生と人事部の社員らは打ち解けた雰囲気になり、ビールや日本酒を注ぎ合って雑談に興じた。 「せっかく熱海に来たのですから、今夜は街へ飲みにでも行きたいですね」研修生の一人が楽しそうに声を上げた。
「ダメ、ダメ。君達は研修に来ているんだぞ。今日ぐらいは大人しくして、今夜はここで飲んで終りだ」 太った体を揺すりながら、入社2年目の早瀬という男がさも偉そうな素振りをして言った。 「先輩、そう堅いことを言わないで下さい。熱海で一杯やるのも“社会勉強”じゃないですか」アナウンサーに内定している高森慎治が、ニコニコ笑いながら甘えた声を出す。
「おい、高森。お前そんなことを言っていると、査定が悪くなるぞ」眼鏡をかけた他の若い社員がそう答えたので、皆がどっと笑い声を上げた。 「いやあ、人事部の先輩は職業上、厳しいですね」「僕だけは人事部に配属しないで下さい」酒のせいで寛(くつろ)いだ片山順一らが、次々に冗談口をたたく。
「困った奴らだ、お前達は。俺だっていつまでも人事部にいたくはないぜ」先程の早瀬がそう言ったので、皆が又どっと笑った。 「早瀬、君の言ったことは忘れておくぞ。せいぜい人事部で励むんだな」副部長の柴田が混ぜ返したので、河野部長らが大笑いした。
すっかり打ち解けた席になり、酒でだいぶ酔った皆がワイワイガヤガヤと勝手に雑談を交わしているうちに、社員の誰かがニュースでも見ようとしたのか、テレビのスイッチを入れた。すると、白黒テレビの画面に字幕スーパー付きの映像が出てきた。『三池三川鉱で大爆発、死者300人以上か?』
「おい、ひどい事故じゃないか」「こりゃあ、大変だぞ」「現場の映像はどんどん入ってくるのかな」 誰彼となく言い出す。宴席は暫く静かになった。Fテレビではニュース枠を拡大して、報道特別番組を放送しているところだった。
「他の局もやっているんだろうね」誰かがそう言ってチャンネルを切り替えると、他局もほとんど、爆発事故のニュースを特番スタイルで放送していた。「東京でなくて、まだ良かったな」誰かが本音をもらすと、皆の表情に安堵の色が浮かんだ。
テレビ局の報道もこういう時は大変なんだと行雄が思っていると、テレビのスイッチが切られ、また宴席が賑やかになった。 銘々が席を変えたりしていろいろの人と話し合っていると、行雄の前に、30歳近くに見える主任の遠山という男がやって来て「日本酒はどうだ、まあ飲めよ」と言う。
彼は背が高くがっしりした体格で、それ程太ってはいなかった。酒のせいで赤ら顔になっており、熱カンの徳利を行雄に差し出す。彼はふだん酒を飲んでいなかったので、この日はビールを少しずつ味わっていたが、遠山の勧めで“ぐい飲み”を初めて手にした。
なみなみと酒が注がれ、行雄は「いただきます」と言ってグイッと飲むと、喉から食道にかけて熱い液体が通り過ぎていく。酔いがいっぺんに回ってくる感じだ。「なかなかいけるじゃないか。さっきから見ていると、君はあまり飲んでいないようだが、けっこう酒飲みになれるぞ」 遠山は笑いながらそう言うと、また徳利を差し出してきた。
「いえ、もう酔っ払いますよ。先輩こそどうぞ」 行雄が徳利を受け取って、傍らの“ぐい飲み”を手にした遠山の方へ酒を注ぐと、彼はそれを一気に飲み干した。「酒はいいよ、アルコールコミュニケーションってやつだ。何でも話せる、仕事のことも自分のこともね」 彼はそこで一呼吸おくと続けた。
「俺は本当は報道に行きたいんだ。 ところが、最初は運行考査部って所に行かされたものだから、毎日オンエアのチェックばかりを2年半もやっていた。その後、どういうわけか人事部に回されて、もう2年以上になる。部長には、早く報道に出してくれと何度もお願いしているんだが、まだなんだよなあ。 まあ、来年ぐらいには何とかなると思っているんだが、君らの誰かが早く人事部に来てくれないと困るんだ。 ところで君は制作が希望だそうだが、ドラマの研修なんかはどうだった?」
こちらに話しを向けられたので、行雄はドラマや「スター千一夜」などの研修が面白かったと正直に語ったが、だいぶ酔いが回ってきたせいか、彼の話しもけっこう饒舌になっていた。
「そうか、それは良かったな。それじゃ、君は人事部に志望を変えるってことはないな?」遠山はケラケラと笑って言った。 「やめて下さいよ、僕なんか人事部には向きっこないですよ。お願いしますよ、変なことを人事部長に言わないで下さいよ」行雄の声は、酔いで一層大きくなった。
「分かった、分かった。君を人事部に誘惑しようとしたが、失敗だったか・・・まあ、いい。そのうち、俺は必ず報道に出るぞ〜!」 遠山の声も甲高くなり、数メートル先にいる河野部長の耳に届いたようだ。いや、届くように声を高めたのだろう。河野部長はニヤリと笑うと、又あいつが“ほざいて”いるな、といった目付きで遠山の方を見やった。
賑やかで雑然とした懇親会が延々と続き、夜も11時ぐらいになった。三池三川鉱の大爆発が気になったのだろうか、あるいは単にニュースでも見ようと思ったのか、誰かがまたテレビのスイッチを入れた。 「おい、鶴見で列車衝突だってよ! 死者も出ているぞ!」テレビのすぐ側にいた柴田副部長が叫んだ。
行雄も酔眼を凝らしてテレビ画面を見た。『横須賀線鶴見駅付近で列車衝突、死者100人以上か?』という字幕スーパーが、暗くて見えにくい映像をバックに出たままで、またも報道特別番組が放送されている。この瞬間、全員が酔いから冷めた気分になった。N総務部長が会社に電話をするためすぐに席を立ち、皆がテレビの前に集まった。
「えらいことになったな」「中継は大丈夫か?」「死者はどのくらいになるんだ」「俺達はこのままでいいのか」誰彼となく言い出す。 三池三川鉱は福岡県にあるから、東京のFテレビの取材責任地域に入っていないが、鶴見はFテレビの完全な取材責任地域である。皆がテレビ画面に釘付けとなった。
特番は延々と続くようだ。列車衝突の報道の後、画面は三池三川鉱の中継現場に移り、爆発事故で死者は400人を超え、重軽傷者も500人にのぼると報じている。爆発の原因は炭塵引火によるものだそうで、中継のアナウンサーが懸命な形相で伝えている。
この中継が一段落すると、今度はまた鶴見からの中継に切り替わり、列車衝突による死者は100数十人にのぼるだろうと伝えられた。事故の原因は、脱線した貨車に接触した横須賀線の上り電車が、その弾みで下り電車に激突したというもので、双方の列車の何両かがぐしゃぐしゃに押し潰されてしまった。
真夜中の中継のため現場の映像は鮮明ではないが、車両の上に車両が乗り上げていて凄惨な状況を映し出している。負傷者を助け出す救急車のけたたましいサイレンが鳴り響いている。 テレビ画面はこの後も、三池三川鉱と鶴見の大事故を交互に報道していった。 この影響で、翌日に予定されていた報道部長の総括レクは、急きょ取り止めるという連絡が会社から入った。
懇親会はいつの間にか終った形となり、皆は深夜遅くまでテレビの前に集まっていた。行雄は酔いも冷めた気持で刻々と伝えられる報道特番を見ながら、テレビにおける報道の重要性を痛切に思い知った。 それは研修の前半に、ドラマやコメディなどに立ち会って“ルンルン気分”になっていたのとは大違いの、何か厳粛な感じをもたらすものであった。
15)百合子の指
Fテレビの研修が終って通常の大学生活に戻ると、また早稲田祭の季節になっていた。百合子は歌舞伎研究会の活動に熱心に参加していたが、行雄は蓼科での合宿に行けなかったことなどから歌舞研にはほとんど関心を失い、早稲田祭のサークル活動には加わらなかった。
そんなある日、徳田と雑談を交わしていると、エール・フランスの採用試験に失敗した百合子が、彼の助力でフランス大使館への就職を決めたことが分かった。徳田の先輩が大使館に勤めているので、その筋から彼女の採用が内定したようである。
「中野さんもホッとしているよ、とにかく良かったね」徳田が我がことのように言うので、行雄も「良かったね」と“おうむ返し”に答えた。「君も中野さんも就職が決まったのだ、もう何の心配もいらない。後は卒業するだけじゃないか」 徳田の快活な語りかけに行雄はうなずいた。
彼は相変らず“二人”の関係の進展を促しているようだ。以前も「就職が決まったのだから、中野さんと一緒にやっていけるじゃないか」と言ったことがある。 百合子と仲の良い徳田が、彼女の心情を察してそういうことを言うのだろうか。あるいは、自分の決断を促しているのだろうか・・・行雄はそんなことを考えていた。
「実は、僕は来年4月にも小野と結婚しようと思っている。彼女も異存はないと言っているんだ」徳田が自分の慶事を打ち明けた。「えっ、そう。それはおめでとう」行雄は反射的に祝意を表わした。 彼の話しによると、小野恭子の方が結婚を急いでいるという。徳田は、いずれ結ばれるのは分かっているのだから、まだ若い二人が結婚を急ぐ必要もないだろうと考えていたが、彼女の方は早く“見える形”でケジメを付けたいのだという。
その話しを聞いて、行雄は渡辺悦子とAクラスの会沢邦彦のことを思い出した。「渡辺さんと会沢君は、どうなるのだろうか?」「さあ、それはまだ分からない。でも、あの二人も来年中には一緒になるはずだよ」徳田が確信ありげに答えた。 彼は渡辺と会沢の話しを続けていったが、顔が広いだけに、その他のクラスメートの交際関係にも触れていた。
徳田が楽しそうに語るのを行雄は黙って聞いていたが、卒業が間近に迫ってくると就職や男女関係など、人それぞれの運命が決まっていくのだと思った。 人もこの世も成るようになる、成るようにしかならない。そう考えていると、彼は又、あのゲーテの言葉を思い出した。自分の場合は「人生は欲して成らず。成りて欲せず」ということだろうか、と。
早稲田祭が終ると秋も一段と深まり、木々の緑も色褪せて赤や黄色の紅葉の季節を迎えた。行雄は卒業論文の作業を急がねばと思いながらも、まだ時間が十分にあるではないかと自分を甘やかした。卒論などは年が明けて集中してやれば良いと考えたのだ。
むしろ彼はこの時期、百合子との関係を真剣に考えようとしていた。 徳田にいろいろ言われたこともあったが、年が明ければ直ぐにも期末試験と卒業が迫ってくる。卒論のまとめで忙しくなるだろうし、Fテレビの方から予期しない呼び出しなどもあるかもしれない。
何かと落ち着かない日々がやって来そうなので、今のうちに彼女との交際を真面目に考えなければならない。行雄はそう思うのだが、そう思ったとたん、過去の百合子との諍(いさか)いや数々の失敗の思い出が、脳裏にどっと浮かんできた。
自分が彼女に近づこうとすると、必ずと言って良いほど上手く行かなかったではないか。自分は感情の起伏が激しく短気で“わがまま”だったかもしれないが、百合子の方も気紛れと言うか、予想もしない対応を示したことが数多くあったではないか。
つい先日もそうだった。行雄が歌舞伎研究会に関するある件を聞こうとしたら、彼女は鼻であしらうかのように顔をぷいと背けて立ち去った。その時、傍らにいた学生達が失笑したので彼は恥をかいたのだ。 歌舞研の蓼科合宿の件もそうだった。彼が楽しみにしていたら、彼女から事実上、参加を邪魔されたのだ。
他にも、上手く行かなかったことは枚挙にいとまが無い。それらのことを思い出すと、行雄はどうしても重苦しい気持になってくる。俺と百合子は傷つけ合うように出来ているのか・・・多分そうなのだろう。「呪い殺す」と俺が絶好状を叩き付けた時から、二人の間には深い溝ができてしまって関係修復は不可能になってしまったようだ。
そう考えていると、俺は今でも百合子が好きで惹かれているはずなのだが、二人の交際が順調に進んで“花が開く”という展望に、行雄は悲観的にならざるを得なかった。 そういう時にも唯一、彼に明るい将来を予感させるのは進路を決めた「テレビ」業界のことである。
多くの人がそうだったように、彼はその月(11月)の下旬に予定されていた、通信衛星を使った日米間で初のテレビ中継を楽しみにしていた。 ところが23日朝、早起きしてテレビを見たら、飛び込んできたのは驚くべきニュースだった。衛星放送の開始直前に、アメリカのケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されたのである。
このため、録画によるケネディ大統領の日本国民へのメッセージは急きょ中止となり、沈痛な面持ちの特派員がケネディ暗殺を伝える中で、歴史的な衛星中継は「追悼特別番組」に切り替えられたのである。 行雄は呆然としてテレビ画面に釘付けとなった。先の熱海での研修で、二つの大事故の中継を見た時と同様のショッキングな出来事だった。 しかし、彼は落ち着くにつれて、これがテレビの世界なのだ、これが未来に発展するテレビなのだ、この現実を良く見ておけよと自分に言い聞かせていた。
12月に入ったある日、行雄が文学部の校舎から外へ出ようとした時、渡辺悦子に突然呼び止められた。彼女はAクラスの会沢邦彦との仲が良くなっているせいか、このところ端から見ていても幸せそうで、生き生きとした感じがする。少なくとも彼にはそう見えた。
渡辺はなぜか、行雄を鉄扉(てっぴ)の方へ寄らせると、翌日の講義の件で幾つか“つまらない”質問をしてきた。彼は、どうしてそんな質問をするのだろうかと不審に思った。 暫くして、彼女は真剣な面持ちになって聞いてきた。「村上さん、あなたは中野さんのことをどう思っているのですか? 今でも好きなのですか?」
まるで、検事の尋問みたいだ。それを聞きたいために、先程のつまらない質問を前もってしてきたのか。行雄はやや呆れ、何と答えていいものかと思いながら彼女から目を逸らした。 すると、鉄扉と壁のわずかな隙間から百合子の後ろ姿が見えるではないか! 彼は唖然としたが、渡辺にそれと気付かれないように何食わぬ顔をしていた。
百合子が“盗み聞き”をしている、親友を使って俺の本心を探ろうとしている。そう思ったとたん、行雄は残忍な返事をした。「別に何とも思っていないよ」 盗み聞きなんて卑怯じゃないか、そんなことをする女に対しては、こちらは高圧的な態度に出るしかないのだ。彼は“出任せ”の返事をして渡辺悦子から離れた。
百合子の“盗聴”を知ってから、行雄は彼女に対し優位な立場になったと感じた。彼女を哀れにさえ思う。 きっと耳をそばだてて、こちらの本心を探ろうとしていたのだろう。ところが、俺は「別に何とも思っていないよ」と答えた。あの返事は彼女の耳に入ったに違いない。俺の心が冷たくなっているのを悟ったに違いない。そう考えると、行雄は勝利者の気分になったのである。 しかし、残忍な返事をして自分が優位に立ったと思ったとたん、落胆している百合子を想像すると、彼は彼女に同情する気持になっていた。
それから数日して、行雄がフランス文学のある講義に出席すると、教室には百合子を含めて6〜7人の学生しかいなかった。 師走になって皆も忙しいのだろうと思っていたが、講義が終ると他のクラスメートはさっさと席を立ったのに、百合子はなぜか居残っている。行雄も吊られるようにその場に残った。
冬にしては暖かい日和で、陽射しが教室にも入っている。二人だけになって彼は、声をかけた方がいいのか、やはり立ち去った方がいいのか迷った。 しかし、自分が立ち去ると、残された百合子が可哀想ではないかという“勝手な”思いが湧いてきて、行雄は気安く彼女の席に近寄った。
百合子は何十枚もの四百字詰め原稿用紙に目を通している。彼女は声をかけられるのを待っているかのように思えた。「なに、それ」と話しかけると、彼女は「卒論です」と素っ気なく答えた。 行雄が原稿用紙を覗き込むと、百合子らしい大らかで読みやすい文字が目に入った。それはかつて、彼女が彼に送ってきた手紙の文字を想い起こさせた。
急に親近感が込み上げてきて、行雄はその原稿用紙を取り上げた。「何をするのよ〜」百合子が拗(す)ねたような甘ったるい声を出した。 原稿に興味を覚えた彼は、彼女を無視して数枚読んでいった。アンドレ・ジッドの作品についていろいろ書かれている。
「面白そうだな、これちょっと貸してくれる?」行雄は出任せに聞いた。「駄目です。まだ半分ぐらいしか出来ていませんから」また素っ気ない答えが返ってきた。 「ふん、じゃあ返すよ」行雄が原稿用紙を百合子の手元に戻した時、彼女の“指先”が目に入って彼は激しい衝動に駆られた。
白くしなやかな指先を握ろうとして、彼は辛うじて思いとどまった。それは本当にしなやかで美しい指だった。大柄でふくよかな百合子の姿態からは、想像もできない華奢で“なよなよ”とした指だった。 だが、この指を握れば、自分の運命が決まってしまう。自分の人生が決まってしまう。行雄はそう直感して欲望を押さえ込んだ。
百合子は彼を無視するかのように、また卒論に目を通している。何かを待っているような風情にも見えたが、それは行雄の思い過ごしだったろうか・・・彼は「それじゃ」と言って離れたが、彼女は無言のまま顔も上げなかった。
行雄の心には野獣のような情欲があったが、意識は潔癖すぎるほど純粋で神経質であった。もし自分が百合子の指を握れば、それは「重大な責任」を負うものと理解していた。 想像の中では彼女をいつも“オナペット”にしているくせに、実際の行動では極めて慎重で用心深いのだ。 彼は教室を出て長いスロープの歩道を下りていったが、決定的な行動に踏み切れなかったことで、最後の機会が失われたような気がした。
12月も半ばを過ぎると寒さが一段と厳しくなった感じで、行雄は冬休みの予定を考えてみたが、これといった妙案は浮かばなかった。 その前に何かすることはないかと考えていると、突然、思いがけない発想が浮かんだ。 百合子との関係が冷え切っていたせいもあるが、歌舞伎研究会との関係を精算しようというものだ。
歌舞研を退会する。そのためには“贖罪”の意味を込めて大金を寄付するというものだ。 歌舞研に入会したのは、まったく不純な動機からだった。百合子との接触時間を増やすため、彼女が所属するクラブにストーカーのように忍び込んだのだ。ただそれだけだ。
確かに歌舞伎の勉強はしたし、観劇の楽しさも味わった。それなりに、日本の古典文化に触れた意義はあったが、動機が極めて不純であったことは否定できない。 行雄は歌舞研のサークル活動に参加している間、いつも何か“後ろめたい”気持でいた。それは、不純な動機による罪の意識と言ってよいものだ。
彼は罪の意識を払拭したかった。罪を贖(あがな)うためには何かしなければならない。そのためには、自分が所持する金を寄付しよう。出来るだけ多く寄付しよう。そうすれば、罪から逃れられると考えた。 彼は1万8千円ほど持っていたが、全額を寄付する気持にはなれなかった。少しは自分の手元に残しておきたい。
それならば、ちょうど1万円というのが妥当ではないか。1万円とは、自分の家庭教師アルバイト料の2ヵ月分という“大金”だ。 彼はそう考えると矢も楯もたまらない気持になり、翌日、歌舞研に退会を届け出て金を寄付しようと決めた。
そう決意すると、寄付が百合子への面当てか当て擦りのように思われてきた。良いではないか・・・これで彼女が驚けば俺は満足だ。 行雄はふと、以前、新宿に売春婦を買いに行って失敗したことを思い出した。あの行動も、冷たい百合子への面当てではなかったか。あの時1万円を使っていれば、ドブに金を捨てたのと同じではなかったか。
しかし、今回は違う。自分の罪を許してもらうために使うのだ。1万円がどう使われようと、たとえ飲み代に消えようとそんなことはどうでも良い。罪を償うのだ。 そして、百合子が驚けばそれで良いではないかと彼は考えた。
翌日の午後、行雄は学生会館にある歌舞伎研究会の部室を訪れた。幹事と数人のメンバーがいたが、百合子はいなかった。 「歌舞研にはいろいろお世話になりましたが、きょうで退会したいと思います。僕はクラブの活動にほとんど寄与できなくて、申し訳ないと思っています。 罪滅ぼしに、これだけはお納めしたいので、ぜひ受け取って下さい。有意義に使っていただければ幸いです」
行雄は一方的にそう言うと、1万円の入った茶封筒を幹事に手渡して直ぐに立ち去った。彼らからどうのこうのと言われるのが嫌だったからだ。 彼は少し“ヒロイック”な気分になったが、こういう気分を味わうのは全学連の時以来だったろう。そして、歌舞伎研究会を退会して彼は解放感を覚えていた。
次の日、行雄は講義を受けるため教室に入ると、百合子が“びっくり”した表情で彼を凝視するのを痛いほど感じた。彼女は俺の寄付を知ったのだと思うと、「やったぞ!」という優越感に浸った。二学期が終る直前に、百合子が驚くような行動が取れたことに行雄は満足したのである。
歌舞研を脱会したことで、俺は彼女の呪縛からようやく解放されようとしているのだ。あの寄付金は何か“手切れ金”みたいな感じがするが、百合子の手かせ足かせから逃れ、俺は自由の身を回復しようとしているのだと行雄は思った。
16)卒業論文
冬休みに入ると、彼は遅れがちだった卒業論文の作業を進めようとしたが、まだどうも気乗りがしなかった。 そこで、近所に住む向井弘道の家へ遊びに行ったり、彼の方が行雄を訪ねてきたりして雑談を交わしていたが、向井も某石油化学会社への就職を決めていたため、将来の仕事や生活ぶりが話題の中心になった。
彼は親元を離れ、会社の独身寮に入るということが相当に嬉しいようだった。日頃は温和で控え目な性格だったが、彼は独立心のある芯の強い人間なのだろう。 行雄が「独身寮とは羨ましいね」と言うと、向井は「うん、親からいろいろ言われることもないしね」と明るい声で答えた。
彼と話していると、自分も早く親元から離れたいと思うのだが、月給3万円では都内のアパートを借りることはとても無理だ。 当分は浦和の自宅からFテレビに通うしかないが、いずれ早く独立したいと行雄は思う。向井とあれこれ話していると気が紛れて楽しかった。
そんな冬休みを送っているうちに、兄の国雄が妙なことを言ってきた。「お前、結婚するにしても、きちんと卒業してからにしろよ」 行雄は何を言っているのだと思い「結婚なんて考えていないよ」と答えた。それにしても、兄は変なことを言うではないか・・・彼はそう考えていると、百合子のことを思い出した。
兄が自分と百合子との関係を知っているのだろうか? まさか、そんなことはないだろう。行雄がそう訝っていると、ある晩、父の国義が彼を部屋に呼んだ。傍らには母もいた。「行雄、お前は中野さんという女性と付き合っているだろう。もう止めろよ。 向うのお母さんから、交際は止めてほしいというお願いがあったのだ。相手が嫌だと言うのに、無理に付き合おうとしても駄目じゃないか。とにかく、もう止めろよ。みっともないじゃないか」
父の言葉に行雄は呆然とした。 百合子との関係については、家の中では一切話していないというのに、どうしてそんなことが父の耳に入るのだろうか。兄が先日、変なことを言ったのも父から事情を聞いていたからだろう。世の中はどう動いているのかと、彼は信じられない思いがした。
「向うのお母さんの話しによると、娘も世間知らずで幼いものだから、こちらにいろいろ誤解を与えるようなことをしたかもしれない。もしそうだったら大変申し訳なくて謝りたいが、娘には交際を続けようという気持はまったくないので、宜しく取り計らってほしいというのだ。 向うが交際したくないと言っているんだぞ、行雄。だから、もう止めたらどうなんだ」
国義はそう言うと、一呼吸置いてから付け加えた。「なあ、行雄。女なんかいくらでもいるとは言わないが、中野さんという子も随分“のっぺり”した顔をしてるな」 そんなことまで知っているのか! 行雄は父の言葉に何も答えることができなかった。
唖然としたまま、どうして百合子の母から国義にそうした意思表示があったのか、どのように伝えられたのかといった疑問が湧いてくる。国義はその辺を察したらしく続けた。「向うから手紙が来たんだよ。中野さんの兄弟というのも、お前のことを調べたらしいぞ。 それにしても、お前は女の子の扱い方がえらく下手なようだな」 彼はそう言って笑い声を上げた。
行雄はおおよその事情を理解し、周囲の人間を巻き込んでいることにある種の“恥ずかしさ”を覚えた。 これ以上、双方の家族に迷惑をかけることは絶対に控えなければならない。彼は、訴えられた原告のような気持になり、「中野さんとの交際は止めるよ」と父に告げた。
百合子の母からの手紙について、もっと知りたいとも思ったが、行雄はそれ以上のことを父に聞く気にはなれず自分の部屋に戻った。 これで全てが終ったと悟ったが、何とも言えない空しさが込み上げてきて、彼はベッドの上に寝転んだ。
年が明けて昭和39年を迎えた。 行雄は卒業論文の作成作業に本格的に取り組み始めたが、中野家からの“絶縁通告”の件がまだ心に重く伸しかかり、憂うつな気分が抜けなかった。 しかし、卒論の提出期限は一ヵ月後に控えている。彼は憂いを忘れて、全力で作業に没頭するしかなかった。
「ロマン・ロランのゲーテ研究」の核心を、スピノザの汎神論としたので、若き日の両者が「エチカ」から鮮烈な影響を受けた点から書き始めた。 また、スピノザ哲学を共通項として、ロマン・ロランがゲーテから学んだもの、啓示を受けた点を中心に検証を進めていった。
ところが、テーマは定まっていたものの、ゲーテやロランの著作は極めて厖大であるため、文章の引用と検証作業は実に“骨の折れる”ものであった。 しかし、卒論を仕上げなければ卒業できないのだから、行雄は自分に鞭打つ気持で作業に全力を注いだ。
冬休みはあっという間に終った感じだったが、論文の進み具合は遅々としている。 彼は必要最低限の講義にしか出席せず、自宅で過ごす日が圧倒的に多くなったが、丁度この頃、家庭教師のアルバイトから解放されたのが幸いであった。
田端で教えていた女子中学生が私立高校を受験する時期となり、行雄は最後の授業アルバイトを済ませた。 国鉄職員のSさん一家は彼の労をねぎらい、御礼に上等なソックス3足を贈ってくれ、「Fテレビはよく見ているから、頑張って下さい」と励ましてくれたので、行雄は気持良くアルバイトを終了することができた。
彼はその直後、このアルバイトを頼まれた徳田に電話をかけて雑談したが、彼もポール・エリュアールの卒論で四苦八苦しているという。「でも、大丈夫だ。(主査の)中山教授とはいつも会っているし、よく飲んだりしているからな」 徳田らしい言い方だった。
彼は、中山教授の姪である小野恭子と仲睦まじくやっているし、教授と酒を飲む間柄だから何の心配もしていないのだろう。 話しが百合子のことに及ぶのを恐れて行雄は電話を切ったが、アルバイト終了の報告と共に、卒論でエールを交換した形となった。
1月から2月にかけて、行雄は卒論の作成作業と格闘した。原稿用紙を何十枚も書き直したり、また破棄したりと悪戦苦闘の連続だった。 正直言って、卒論の作成がこれほど大変で苛酷なものとは思わなかった。正に、学生生活の最後を飾る“戦争”だったのである。
疲れてくると、国義が持っているゴルフのパターとボールを借りてきて、カーペットの上にマッチ箱を立て、それを倒す行為を無心に続けた。そうしている間だけが、休息の時間だったのである。 書いては破り棄て、また書いては書き直す。そして、パターを手にしてマッチ箱を倒すという日々が続いた。
2月上旬、「ロマン・ロランのゲーテ研究について」はようやく完成した。94枚の原稿用紙には文字が“びっしり”と書き詰められていた。 余裕がなかったせいか、「改行」というものが一カ所もなかった。読み返してみると息苦しくなるほどだ。(これでは、主査の先生も読みにくいだろうと思ったが、後の祭りだ。)
卒論が完成した時「ああ、これで終った、終ったのだ」という実感が込み上げ、行雄は安堵と喜びで一杯になった。 彼はゴルフボールを転がして“最後”のマッチ箱倒しをやったのである。それは、これまでにない楽しい一時であった。 翌日、彼は大学の近くの製本屋に卒業論文を渡し、出来上がると担当主査のS助教授に提出した。
それから暫くして、大学生活最後の期末試験が始まった。試験となると多くの学生が集まってくる。 ある日、仏文学関係の課目が終った後、行雄は徳田、高村と連れ立ってW喫茶店に入った。大学周辺の喫茶店を訪れるのも、あと僅かだと思うと名残惜しいような気持になる。
行雄は特に喫茶店が好きだった。悲しい時も楽しい時も、いつも喫茶店にいたように思う。一人で入ると、喫茶店は彼に寛ぎや安らぎを与え、いろいろな友人、知人と入ると、談話や議論の場を提供してくれた。 全学連で活躍していた時も、百合子との関係が上手くいかなかった時も、この“オアシス”はいつも彼を温かく迎え入れてくれた。
W店もS店もT店も、他の全ての“オアシス”がそうだった。 いま、徳田や高村とブレンドのホットコーヒーを啜(すす)っていると、いろいろな思い出が甦ってくるようだ。二人は試験課目のことや社会に出た時のことなど、取留めのない話しをしている。
行雄もその話しの輪に入りながら、彼らと談話を楽しむのも残り少なくなってきたと思うと、妙に甘いメランコリックな気分になってくる。 学生時代は終ろうとしているのだ。俺の学生時代は何だったのか。少しは有意義だったとも思えるし、無残で情けなかったとも思える。
大学のキャンパスとは、あと一ヵ月ほどでお別れだ。ここを出てしまえば、俺は単なる卒業生でしかない。二度と戻ってくることはないだろう。そんなことを考えていると、高村がふいに声をかけてきた。「村上、君は中野さんともう終りということか?」 又その話しかと思い、行雄は答えなかった。
「村上君、本当に君はもう中野さんとは付き合わないということか」 今度は徳田が聞いてきたが、行雄は黙っていた。「残念だなあ。君は立派な会社に就職も決まり、彼女もフランス大使館に決まって張り切っている。 一、二年付き合っているうちに、“しこり”があっても解(ほぐ)れてくるだろうに。ここでもう一度、すっきりと考え直したらどうなんだ。最後のチャンスだよ」 徳田が真剣な面持ちで付け加えた。
「そうは行かない。いろいろあったので、仕方がないんだ」行雄はようやく重苦しい口調で答えた。彼は中野家から絶縁状が来たことは友人に話すまいと思っていた。「なぜだ。余計なお世話かもしれないが、あれほど彼女に“首ったけ”になっていたくせに、どんな理由で別れるというのだ。気持が冷めてしまったというのか」 今度は高村が追及してくる。その舌鋒が鋭かったので、行雄はまるで“尋問”を受けているような気分になった。
「僕のことだから、もう放っておいてくれ。これ以上、何を言っても無駄だよ」彼は嫌気がさして突き放すように答えた。 気まずい雰囲気になり、せっかくのコーヒーブレークを沈黙が覆う。暫くして、徳田が重々しく口を開いた。「君がそう言うのなら仕方がないね。高村も僕も期待していたんだ。 残念だな、中野さんはいい人なのに」
「もういいか、君自身の問題だからな。これ以上言っても君を困らせるだけだ。余計なお節介は止めよう」 高村が静かな口調で語ったので、行雄は安堵した。「君達には済まないね。いろいろ心配をかけてしまって・・・」彼は素直な気持に戻りコクリと頭を下げた。
「まあいいや。久しぶりに3人で飲みに行かないか、軽くだぞ。明日は試験がないから、いいじゃないか」徳田が快活な声を上げた。 「よし、行こう。村上もいいだろう?」高村の誘いに行雄もすぐに応じた。彼はFテレビの研修などで酒に慣れてきたせいか、飲酒に抵抗感はなくなっていた。
むしろ、最近はビールが旨いと思うようになり、自分は酒好きの父に似てきたのではと考えるほどだった。 3人はW喫茶店を出て高田馬場駅の方へ向かい、途中の居酒屋に入った。 この店は、徳田が中山教授と一緒によく来る所だという。以前、行雄がマル学同の“勉強会”に出席した蕎麦(そば)店のすぐ隣にあった。
それもあってか、3人でビールを飲みながら雑談していても、行雄は全学連時代の自分を思い出していた。あの巨大な安保闘争は何だったのか。いま酒を飲んでいる高村達を誘って、よくデモに行ったではないか。3年以上も前の思い出が走馬灯のように浮ぶ。高村も自分もあの頃は随分血気にはやっていた。
しかし、今の俺達にはその面影はまったくない。何か年を取ってしまったように思う。いや、事実、年を取ってしまったのだ。 卒業を目前にして、年を取った俺達は就職のことぐらいしか頭にない。3人はバラバラに離れてそれぞれの道を歩んでいく。そして俺の場合は、全学連のことも百合子のことも、全ては遠い過去の記憶の中へ去っていくのだろう。ビールの酔いもあって行雄は感傷的な気分に浸った。
期末試験も終りに近づいた頃、行雄は卒論担当主査のS助教授から呼び出しを受けた。愛称が「国連ビル」と呼ばれる文学部教員研究室の10階に彼の部屋があった。S助教授は卒論の講評を行なったのだが、それはおおむね好意的な内容だったので、行雄は結果に自信を持った。
S氏は最後に「卒論は大学に残しますか、それとも君の家に持ち帰りますか」と聞いてきたので、行雄は持ち帰ると答えた。彼は大変な苦労を重ねて仕上げた自分の卒論を、どうしても手元に置いておきたかったのだ。そして、この卒論は一生離さずに持っておこうと自分に言い聞かせた。
やがて期末試験が終了した。試験の最終日に、行雄は教室で百合子と出会ったが、当然のように無言のままで別れた。彼女の母が行雄の父に「絶縁」を伝えてきたのだから、そうするしかない。 しかし、彼はあと何回百合子と出会えるだろうかと考えた。多分、クラスのお別れコンパと卒業式の時ぐらいではないか。
そう思うと、やはり寂しい心地になってくる。しかし、そうは言っても「絶縁」されたのだから仕方がない。 加えて、行雄は百合子による束縛と重荷を感じていた。自分が社会に出ても、月給3万円で一緒に暮らしていくことは重圧でしかない。まさか、親の援助に頼るなどあってはならないことだ。
結婚・・・それは、若い自分にとっては重い責任を負うものではないか。22歳の若さで、将来の人生と運命が決まってしまうのは、余りに呆気なく“はかない”ものではないか。 自分には、まだ想像もできないような未知の人生が待っているはずだ。22歳で人生と運命が決まってしまうなんて、何と空しいことではないか。
行雄はそう考えると、今でも百合子に惹かれていようとも、結婚などはあり得ないと自分に言い聞かせた。 すると、2年以上も前から彼女に恋してきたことは何だったのかと思う。あれは本当の恋ではなかったのか。“偽りの恋”でしかなかったのか。彼女に「芯がない」と言われたのは、そういうことだったのかと思ってしまう。
俺は真実の恋を偽りの恋に変えてしまったのだ。俺はかつて、百合子に対し「僕の一生の感謝、一生の幸福になって下さい」とラブレターを書いたはずだ。 さらに「あなたの暖かい懐の中で死ねたら なんという感激!」だとか、「君は永遠に僕のものだ」とか「君の足元に 永遠にひれ伏す」などと書いたはずだ。 それらは全て偽りであり嘘だったのか!?
そう考えると、行雄はやり切れない気持になってくる。 俺は彼女を裏切ったのだ。心底から愛していると言いながら、実はそれは見せ掛けだけの甘言だったのだ。彼の心にはっきりと“罪の意識”が湧き上がってきた。 俺は罪を犯した。真っ赤な嘘を言って彼女を騙したのだ。結果的にそうなったとはいえ、騙した事実には変りない。何と卑怯な仕打ちだろう。
それに比べると、徳田や会沢はそれぞれの恋人と目出たくゴールインする。二人には真実の恋があるからそうなるのだ。 もとより、恋愛関係にある全ての人達が結婚するわけではない。恋愛イコール結婚ではない。いろいろな事情で、絶縁や破局を迎えることはいくらでもある。
しかし、自分の場合は最初の頃、誰よりも強く深く真剣に相手の異性(百合子)を好きになっていたではないか。その恋慕の情は、どんな恋人のものよりも美しいと自負していたし、崇高で純粋で輝かしいものであった。 ところが、月日が経つにつれて、その恋愛感情は見るも無残に汚れ腐敗していった。最初が美しかっただけに、それは余計に醜いものとなった。
なぜ、偽りの恋になってしまったのか。行雄はその原因を考えると、自分の場合は単に「リビドー」が爆発したに過ぎないと思われた。性的エネルギーが爆発し奔出したのだ。 美しい憧れや夢想は、そのリビドーを艶やかに飾っていたに過ぎない。崇高で純粋だと思っていたものは、単なる上辺の“飾り”だったのではないか。
従って、時間が経つにつれてメッキが剥がれ、どす黒く濁った中身が表面に現われてきたのだ。それは欲情そのものだった。 俺は百合子を何度、いや何十回“オナペット”にしただろう。映画で見たモービー・ディック(白鯨)も巨大空母も、幻影の中で百合子の肢体に変っていったではないか。そのように思い返してみると、自分の恋愛というのは結局、欲情の発露でしかなかったのかと、行雄は情けない気持に襲われた。
それと同時に彼は、この2年以上にわたって悩み苦しんできたことが、非常に空しいものに思われた。自分と百合子は互いに惹かれ合いながらも、傷つけ合ってきたのだ。引力で惹かれながらも、絶えず斥力で反発し合っていたのだ。 その結果、二人は傷つき行雄は悩み苦しんだのだ。そう考えると、何と実のない馬鹿げたことをしてきたのか。
俺は呪われたのだ! 呪われた時間を過ごしたにすぎない。何と惨めな青春の一ページだったことか。 期末試験を終えて大学を去る時、彼は自分も百合子も、大学のキャンパスも全てを呪いたい気持になった。呪われたキャンパスよ、さらば! 行雄は心の中でそう叫んだ。
17)エピローグ
外気の寒さがまだ残る日々だったが、冬は一歩ずつ遠のき、すぐそこに春の訪れが近づいている。行雄は全ての学業から解放され、後は春の到来を待つだけという気分になった。 やがて試験の結果が発表され、彼はほとんどの課目で「優」を取ったが、そんなことより卒論の「優」の方が何よりも嬉しかった。
そして、卒業式を前にした3月中旬、大学近くのS蕎麦店で仏文科のお別れ会が開かれた。A、B両クラスの合同コンパだったので40人以上の学生が出席し、中山教授やO教授ら5人の教官も同席した。大人数だったので、二階の大広間もぎゅうぎゅう詰めの状態である。 初めはおおむねクラス別に座っていた学生も、宴がたけなわになってくると席を移したりして交歓した。
行雄も初めは高村や徳田らと一緒だったが、気持良く酔ってくるとAクラスの片山順一らの所に行って雑談に興じた。すぐ側にNラジオ放送(Fテレビの関係会社)のアナウンサーに採用された加藤貴美子(Aクラス)がいたので、片山が系列会社の誼みもあって親しげに語りかけていた。
彼は人当りが良く話し上手だったので女性から人気があったようだが、目のクリクリした可愛い顔立の加藤とは、すっかり意気投合して話しに花が咲いていた。彼女はラジオの研修体験など、つい最近の出来事を失敗談も交えて面白おかしく話すので、行雄も吊られるように聞き入っていた。
「わたし、ゆくゆくは“ディスクジョッキー”になりたいの」加藤が明るい声を上げる。「君は話しが面白いから大丈夫だ。そうなったら、俺はしょっちゅうリクエストするぞ。早くそうなれよ」片山が彼女を励ました。 「でも、シャンソンは駄目よ、古臭いわ。最近のポップミュージックじゃないと受けないわよ」加藤がそう答えたので、周りの男連中がどっと笑い声を上げた。
「そりゃあそうだ。歌と言えば『枯葉』や『ラ・メール』ぐらいしか知らない俺達では、貴美子に注文するのは無理だな」小柄でむっつりした風貌(学者風)の男が混ぜ返したが、彼こそ渡辺悦子の恋人の会沢邦彦だった。 「まあ、昔の名曲の時間でも作ってもらえば、リクエストするか。加藤は、どうも時代の“最先端”を行きそうだからね」Aクラスの誰かがそう言うと失笑が漏れた。
そんな雑談に興じていると、大学院へ進むことになった小村と滝川が、ビールや徳利を持ってやって来た。「やあ、就職する諸君、君達の前途を祝して一杯やろう!」小村が甲高い声を上げる。「おお、大学院組か、しっかり勉強してくれよ」「まずは、いい助手になれ!」「30年後は大学教授だ!」就職組の男達がエールを送った。
その場が賑やかになって、今度は大学院組との話しに花が咲く。行雄はもっぱらビールを飲んでいたが、相当に酔ってきた感じがした。しかし、大学最後のコンパではないか。今日ぐらいは大いに飲んで憂さを晴らしたい気持だった。
小村と滝川はこのあと席を外して、女性が何人も固まっている方へと移った。そこには百合子や小野恭子らがいた。 お喋りで屈託のない小村が何やら言うと、女の子達がどっと笑い転げている。百合子も楽しそうに笑っていたが、その表情を見て行雄はある種の“寂しさ”を感じた。
彼女を見るのも、今日ここが最後になるかもしれない。これが見納めか・・・待てよ、卒業式の日には又、会えるかもしれない。 しかし、大人数の卒業式で彼女と会えるだろうか。何千人分の一ではないか、見落とすことだってあり得る。ということは、これが今生の別れになるかもしれない。 そんなことを考えていると突然、中山教授が立ち上って大きな声を張り上げた。
「諸君、小生が最も得意とするシャンソンを今から披露するから、よく聴いてくれ。これは、諸君の卒業の“はなむけ”とするものである。 滅多に歌わないのだから、高くつくぞ〜」 拍手と笑い声が起きた。「先生、上手く歌ったら皆で1万円差し上げますよ」徳田が混ぜ返したので、また笑い声が上がった。
「ふむ、君に言われるとはな」 中山教授は苦笑しながら徳田を一瞥すると、ワイングラスを片手にして歌い始めた。それはエディット・ピアフ作詞の「愛の讃歌」であった。小太りの彼は顔を紅潮させ、身体を揺すりながら情感たっぷりに熱唱するのだが、音程がしばしば狂うので大広間は失笑で溢れた。
それでも彼は、身をよじったり揺すったりしながら歌い続ける。あちこちから拍手や歓声が起きる。 中山教授は堂々と歌い終えた。「どうだ、諸君。僕のフランス語は素晴らしかったろう」「先生、やはり1万円は差し上げられません」 徳田の皮肉にまた笑い声が起きた。
「それじゃ、今度は君達の番だ。シャンソンでも演歌でも何でもいいから、歌ってくれ。最初に歌ったのだから、僕に指名権があるぞ。 まずは、生意気な口をきいた徳田からだ。上手く歌ったら千円あげるよ」「ご指名とあらば仕方ありません。不肖、私から歌います」
徳田が中山教授の姪である小野と結婚することは皆が知っているので、二人のやり取りは身内の“じゃれ合い”みたいなものだった。 すぐに徳田は「セシボン」を歌い始めた。少しハスキーな声だったが、味のある歌い方で音程もしっかりしていた。こちらの方が明らかにシャンソンらしい。彼が歌い終えると拍手が湧いた。
「だめだめ、君のフランス語はまだ本物ではない。千円あげるのは止めておこう」 中山が大げさに首を振って言ったものだから失笑が漏れた。座はすっかり寛いだ雰囲気となり、徳田に指名された者から次々に歌声が上がっていった。
行雄の番になって、彼は意表を突く形で「異国の丘」を歌い始めた。「古いなあ、君は」「民族派だね」「どこでそんなの覚えたの」級友達がからかってきたが、彼はこの曲が好きだったので気持良く声を張り上げて終った。 やがて百合子の番になったが、彼女は小野恭子とデュエットで「河は呼んでいる」のシャンソンを歌った。
「マ〜プティテ コ〜ムロ エレコム ロ〜ヴィ〜ヴ エ〜ル ク〜ル コマン リュイソ〜・・・」 彼女達の涼しげな声が流れてくる。行雄はこの曲が大好きだった。中原美沙緒の歌をテープに撮ってどれほど聴いただろうか。いま、百合子がそれを歌っている。
彼はふと、以前、歌舞伎研究会の発表会で、彼女が長唄を唄っていたことを思い出した。その時とはまったく状況は違うが、いま、彼女の“おちょぼ口”から清々しい歌声が流れてくる。 それを聴いていると、行雄は束の間だが涙ぐんだ。酔いのせいもあるだろうが、百合子の口から大好きなメロディーが流れてきて胸が熱くなったのだ。
彼女達の透き通るような歌声が止むと、一斉に拍手が湧き起こった。行雄も盛んに拍手を送った。 皆の歌が終る頃になると、飲むものも飲み食べるものも食べたせいか、ほとんどの人が心地良い酔いと軽やかな疲労を感じているようだった。
すると、誰かが「おい、皆で会沢君と渡辺さん、徳田君と小野さんのお祝いをしようじゃないか」と、大きな声を上げた。「賛成、賛成!」「4人とも前に出て」「結婚宣言でもしてもらおうか」「想いを語ってもらおう」誰彼となく言う。皆の視線が4人に注がれたので、彼らは恥ずかしげな表情を浮かべ、勘弁してくれという様子だった。
「よしっ、今さら挨拶でもないだろう。4人の門出と、諸君の船出を祝して皆で乾杯といこうじゃないか」 中山教授が切り出したので全員が立ち上がり、最年長のO教授の音頭で乾杯した。「最後は、やはり『都の西北』だな・・・僕が音頭をとるから皆で歌おう!」
中山教授が呼びかけ、やや音程の狂った調子で前奏を口ずさむと、皆は肩を組んだりして「都の西北」を歌い出した。 剽軽ものの宮部進が指揮者のように腕を振って“景気”をつける。行雄は相当に酔っていたが、高い声を張り上げて校歌斉唱に和した。
歌詞の3番で「集まり散じて 人は変れど 仰ぐは同じき 理想の光・・・」という所にくると、彼は胸が熱くなった。 百合子も女友達と肩を組んで楽しそうに歌っている。彼女の頬は少し上気したせいか“トキ色”に輝いていた。 行雄は百合子ら同窓生と別れることを実感した。
「都の西北」が終ると、コンパは予定時間をかなり超えて解散となった。高村と徳田がもう少し飲みに行こうかと誘ってきたが、行雄は酩酊していた上に早く一人になりたくてそれを断った。 彼は大広間から一階に下りた所で百合子に並ぶと「中野さん、さよなら」と声をかけたが、彼女は一瞥を送っただけで無言のままだった。彼は彼女の側を通り過ぎると逃げるようにして立ち去った。
それから数日後に、卒業式の日を迎えた。 前日の雨空とは打って変って、目の覚めるような快晴の日和である。初春だというのに気温も上昇し、行雄は学生服を着ているのが少し暑苦しく感じられるほどだった。
卒業式典は記念会堂で行なわれ、卒業生をはじめ教職員や父兄、関係者らが1万人近く出席しただろうか、厳粛で盛大な催しに行雄は身が引き締まる思いがした。 大浜信泉総長の式辞に始まり、来賓である大学先輩の井深大ソニー社長らの祝辞などが続き、各学部の首席卒業生に卒業証書が授与された。
式典の最後に校歌「都の西北」の斉唱が行なわれた後、卒業生達は各学部の事務所に赴き銘々の卒業証書を手交される。 行雄は文学部の事務所で証書を手にしたが、そこは大勢の卒業生で溢れていた。彼は事務所を出てキャンパスを横切ろうとしていると、20メートルほど先に百合子が数人の女友達と連れ立って歩いているのが見えた。
彼女は水色の振袖を着ている。行雄はハッとして立ち止まったが、通り過ぎる彼女らに近寄ることはできなかった。彼女の方はこちらに気付いていないようだ。 先日のお別れコンパが見納めだと思っていたら、もう一度、百合子の姿を見ることができたのだ。彼女の後ろ姿は事務所の中へと消えていく。それを見送った後で、今度こそ全てが終ったと実感した。もう二度と、百合子には会えないかもしれない。
行雄はキャンパスを横切ると文学部の校舎の方を振り返った。まだ多くの学生が“たむろ”している。 この大学ともお別れだ。数多くの苦渋とささやかな喜びを与えてくれた学舎(まなびや)よ、さよなら。悲哀と苦悩で俺を包んでくれたキャンパスよ、さらば! 呪われたキャンパスよ、さらば! 最後に再び、彼は心の中でそう叫び大学を後にした。
やがて、Fテレビの入社式の日が来た。父兄同伴ということで、行雄は国義、久乃と連れ立って河田町の社屋を訪れた。 入社式は最も大きなスタジオで行なわれ、M社長、S副社長の式辞や歓迎挨拶などがあった後、別のスタジオに移って懇親会が催された。
行雄の一家は他の3人の新入社員とその父兄と共に、F専務が座っている丸テーブルに着席した。和洋折衷の料理が次々に出され、ビールや日本酒も出回って和やかな会食が始まった。 国義はF専務の隣に座っていたが、酒が好きな上にこういう宴席に慣れているせいか、専務にビールを勧めては座談に興じていた。
そのうちに、国義はほど良く酔ってきたのか饒舌になり、隣の行雄を指差しながら話し出した。「専務、うちのこの愚息は少し変な所がありましてねえ、勉強は良くやりますが、それ以外の社会常識というのはまったく駄目なんですよ。 昔は全学連でわいわい騒いでいたので、親としては随分困ったものです」「いやいや、誰でも若いうちはいろいろありますよ」 F専務はニコニコ笑いながら答えた。
「それがですねえ、その後は女の子を好きになったりしたようですが、まったく不器用と言うか世間知らずと言うか、やり方がホントに下手なんですなあ。 専務、何も分かっておらん息子ですが、これから一つ何かと宜しくお願いいたします。仕事だけでなく、社会常識と言うか“遊び”の方も含めていろいろ教えてやって下さい」
国義の言葉に、久乃が堪り兼ねて「あなた」と苦笑しながらたしなめた。行雄は忌々しくなり父をにらみ付けた。 さすがに、F専務も何と答えてよいか分からず黙ってしまったので、座が白けた。すると、行雄達の隣に座っている眼鏡をかけた白髪の老紳士が口を開いた。
「専務、うちのこの息子も大変未熟者ですので、宜しくお願いいたします。まだ、まったくの青二才ですので」 老紳士の一言で、気まずい雰囲気が少し和らいだ。他の父兄も自分達の息子のことを取り上げて話したので、行雄は救われる思いがした。『オヤジの奴、余計なことをべらべら喋りやがって』と思ったが、座の雰囲気が良くなったので胸を撫で下ろしたのである。
懇親会が終ると、まだFテレビの中を見たことがない父兄のために、総務部と人事部の社員が見学の案内を務めることになった。 大勢の父兄と共に国義と久乃は社内見学をすることになったが、行雄は父母から早く離れたかったので一人で帰路についた。
入社式から数日して、行雄達新入社員はFテレビの人事部に呼び出された。今日は辞令が交付される日だ。 皆が部屋で緊張気味に待機していると、河野人事部長と柴田副部長が現われた。背が低くてずんぐりした河野部長は、眼鏡の奥の目元にやや意地悪げな笑みをたたえて、一人々々に配属の辞令を手渡していく。
行雄の番になった。「村上君、君は報道部に行ってもらうことになりましたので、宜しく」 部長から小さな“紙切れ”が行雄に手渡された。彼は愕然とした。紙切れには『報道部勤務を命ず』と記されている。 自分は制作部へ行くものと期待していたため、身体の力が抜けていくように感じられた。
そして、自分は報道部でやっていけるのだろうかという不安に襲われた。それと同時に、報道部の石山副部長の顔が思い出された。彼が人事部に掛け合って自分を報道に呼んだのだろうか・・・そんなことは無論分からないが、行雄は制作部という目当てが外れ憂うつな気分に陥った。
一方、報道を志望していた片山順一は、これも期待を裏切られ、運行考査部という常時“オンエア”をチェックする事務的な部門に配属された。 人事発令が終ると、片山もショックをぬぐい切れない面持ちで語りかけてきた。
「村上、君は良かったな。報道ならやりがいがあるぞ」「いや、まったく予想もしていなかったよ。僕は制作に行くものとばかりに思っていたんだから」行雄が不満げに答えた。「いや、報道はこれから最も重要なセクションになっていく所だ。俺が代りに行きたいぐらいだ」
「しかし、不安だな、報道でやっていけるかな? 僕はドラマやドキュメンタリーを作りたかったんだ、当てが外れたよ」 「何を言ってるんだ。俺なんか運行考査だろ、1年や2年は我慢するけど、その後は必ず報道の現場に行ってやるからな」 片山が“ぼやく”のを聞いて、人事に不満を覚えているのは自分だけではない、他にも多くの同僚が同じ目に会っているかもしれないと思うと、行雄はようやく平静な気持に戻った。
とにかく働くしかない、会社勤めをした以上は人事発令に従って働くしかないではないか。 報道部に配属されて不安が募るが、社会主義流に言えば「働かざるもの食うべからず」ということか、資本主義流に言えば「職を与えてもらっている」ということかと、行雄は取り留めのないことを考えていた。
しかし、彼は制作の職場研修の時に山本富士子や力道山に出会ったこと、またドラマ作りの面白さなどを思い出し、いずれ自分はディレクターとして、吉永小百合や十朱幸代といった若い女優と一緒に仕事ができるのかと思っていた甘い夢が、遠い彼方へ消えていくのが恨めしかった。
代りに、伊豆山の研修所で見たテレビ中継、三池三川鉱の大爆発や鶴見の列車衝突大事故のことを思い出し、報道の重要な使命というものに身が引き締まるのだった。
Fテレビでの配属先が決まってから、実際の出社までには二週間ほど余裕があったので、行雄は東京の街を出来るだけ見ておこうと思った。前年の夏休みにも各所を見て回ったが、オリンピックを半年後に控えた様子を更に知りたいと思ったのだ。
前年に比べて、高速道路や地下鉄、一般道路の整備、オリンピック施設やホテルなどの建設は一段と進んでおり、国立競技場や代々木の屋内総合体育館などの建設現場に近寄って見ると、世紀の祭典が間もなくだという実感が込み上げてきて胸がときめくのだった。
彼はそれだけでは物足りず、都内の名所もついでに見ておこうと、浜離宮や原宿界隈、新宿御苑や上野公園などにも足を運んだ。 これだけゆっくりと都内を散策したのは初めてだったが、出社の日が近づくにつれて、なぜかもう一度早稲田界隈も見ておきたいと思った。
行雄は高田馬場駅から“呪われたキャンパス”へ向って歩いた。 甘泉園を通って大学構内に入った時は夕暮れどきだった。人影は疎(まば)らだったが、寂しげな風情はまったく感じられない。 よく通った演劇博物館の前を通り過ぎて大隈侯の銅像の方へ向う時、彼は何とも言えない郷愁を覚えた。
ここで、俺はどれほど多くの人と出会っただろう。何と多くの出来事に遭遇しただろう。 入学した時の全学連での活動、闘争の思い出が甦る。集会、デモ、オルグ、演説、ビラ配り・・・それらは全て遠い過去のものとなったが、決して忘れることができない。行雄は感傷的な気分に浸った。
旧文学部校舎の前に来ると、嫌でも百合子のことが思い出される。 あの11月7日、正面階段を一歩一歩ゆっくりと下りてきた彼女の幻影が目の前に浮ぶ。つい昨日の出来事のようではないか! その後、俺達はあの昇降口を下りてK教授のプルーストの講義に出席したのだ・・・感慨に耽りながら校舎の前を通り過ぎると、行雄はそのままS喫茶店に入った。
ここにも数多くの思い出がある。どれほど多くの人とここで出会い、話し合ったことか・・・そう懐かしんでいると、彼は在学中に百合子と“一度も”喫茶店に来たことがないことを思い出した。
何ということだ! あれほど好きだ惚れたと言っていた女性と、俺は大好きな喫茶店に一度も来たことがないのだ! こんなことがあるだろうか。百合子とデートしたのは、学生会館の面会所での一回きりだ。あれほど彼女を追いかけ回していたというのに、デートはたったの一回きり・・・これが恋と言えるのか?
だから無論、百合子の手に触ったこともなければ、彼女の家へ遊びに行ったこともないし、相手の家族構成がどうなっているかといったことも何一つ知っていないのだ。彼女の血液型はもとより誕生日さえ知らないのだ。これが本当の恋と言えるだろうか? 仮にそれが“淡い恋”だったとしても、中学・高校時代の雨宮和子や森戸敦子との方が、百合子の場合よりもはるかに多くのことを知っていたのだ。
こんな不可解な恋があるだろうか・・・いや、不可解と言うよりも、残酷で理不尽で“異常な恋”だったのだ。 異常な恋・・・それは確かだ。あんなに恋いしていたのに、どうして絶望感に苛まれ、砂を噛むような苦い日々を送らねばならなかったのか。
俺は自分の「欲情」を適正に表わし、それを満たすことが出来なかったのだと思う。欲情を汚らわしいと思っていたこともあり、また未熟であったため、それを素直に現実化、つまり実現できなかったのだと思う。 徳田の場合は小野恭子との間で実現できたが、俺の場合はそれが出来なかったのだ。この一点で、自分と徳田では大きな違いがあったのだ。
従って、俺は百合子をオナニーの対象、つまり“オナペット”にするしかなく、正常な欲情をベールに包み込み陰微なものにしてしまったのだ。 但し、俺は未熟だったせいか、百合子の肉体に底知れない恐怖を感じていた。彼女の肉体に没入していく危機感を抱いていた。
「誰でも、情欲を抱いて女を見る者は、心の中ですでに姦淫(かんいん)をしたのである」というキリストの言葉が真実であるとすれば、自分ほど姦淫をした者がこの世にいるだろうか! 少なくとも百合子に対しては、自分がこの世で“ナンバーワン”の姦淫者であると、行雄は思わざるを得なかった。(そして彼は終生、姦淫者であり続けるだろう。)
その最大の姦淫者が、相手の指や手を握ることも出来ず、日々悶々としてのたうち回っていたことこそ“異常な恋”だと断言できるのだ。 行雄が妄想の中で絶えず描いていたことを実行していれば、彼と百合子の運命は決定的に変ったはずである。
しかし、そういうチャンスがあっただろうか。それは絶無だったはずだ。 なぜなら、それまでに至る道程が余りに険しく、古い道徳観念に縛られていた行雄にとっては、チャンスを物にすることはまったく無理であり、また百合子の方も、奔放な性観念を持っているはずはなかったからである。
そう考えてみると、自分はいつも「肉と霊」の葛藤に苛まれていたのだ。欲情と精神の相克の間で揺れ動いていたのだ。それが「煩悩」と言うものだろう。 百合子に対する憧れは欲情を基にしたものであり、あらゆる幻想と妄想がそれに付きまとって、真実の恋だと思っていたものが“偽りの恋”に変質してしまったのだ。
行雄はそう考えると、またも罪の意識を覚えた。 俺は罪を犯したのだ。結果的にとは言え、偽(にせ)ものの恋で相手をたぶらかしたのだ。俺は謝罪しなければならない。懺悔して謝らなければならない。このまま黙って永遠に別れても良いかもしれないが、“ケジメ”を付けておこう。 そうすれば、自分の罪悪感は多少は和らぐだろう。喫茶店のシートに深く身を埋めながら、彼は百合子に最後の手紙を書こうと思った。
翌日、行雄は手紙を書き始めたが、いろいろな想念が湧いてきて思うように筆が進まない。少し書いては破り棄てたりしていたので、彼はFテレビへの出社前日まで放っておくことにした。ぎりぎりの状態になった時の方が、すっきりとしたものが書けるような気がしたからだ。
数日して出社の前日となった。行雄はできるだけ簡潔に手紙を書こうと思い万年筆をとった。くどくどとした長い文章は避けなければならない。
「拝啓 大学生活の四年間、いろいろありがとうございました。貴方との交友関係は、残念ながらうまくいきませんでした。その原因の大半は私にあると思います。 今はあれこれ後悔したり反省することもありますが、終ったことに対して、いちいち弁解する気持はありません。全てがなるようになってきたものと考えます。
ただ、私が極めて未熟であったばかりに、貴方に多大の迷惑をおかけしたことを、ここに深くお詫び致します。申し訳ありませんでした。 私は明日からFテレビで仕事を始めることになっています。不安と緊張感で一杯ですが、なんとか仕事に全力で当りたいと思っています。
貴方におかれても、新しい社会生活の出発に際し御健闘をお祈り致します。月並みなことしか書けませんが、どうぞ御身体を大切にして頑張って頂きたいと思います。 長い間、本当にいろいろありがとうございました。
貴方が幸多き人生を歩まれることを、心よりお祈り致します。私も未熟そのものですが、懸命に頑張って生きていくつもりです。 それでは、さようなら。 失礼致します。 敬具
中野百合子様
村上行雄」
手紙を書き終えると、行雄は自宅近くの郵便ポストに直ちに投函した。彼は全てが終った、全てが過ぎ去ったという感慨に浸った。 百合子に対し簡潔で在り来たりのことしか書かなかったが、心を込めた手紙だったので彼は清々しい心地になっていた。呪縛から解放された気持になり、行雄はその晩、安らかな眠りについた。
しかし、それから2日後、彼が出した封書は開けられないまま、返信用の封筒に入れられて送り返されてきた。 (完。2005年12月2日)
《後書き》・・・この小説で、青春の“危機と苦悩”を描いたつもりだが、どれほど書き込めたか疑問である。自伝的要素が極めて濃厚だが、フィクションの部分も数多くある。 ホームページ上の小説なので、表現等で今後手直しすることもあり得る。どの部分が事実で、どの部分がフィクション(作り話)かは読者のご判断にお任せしよう。 要は、青春の“危機と苦悩”が理解してもらえれば、この上ない満足だと考える。自伝的要素が大きいので、この小説は著者の「告白録(懺悔録)」と言ってよいものである。 寛大な読者のご理解が得られれば幸いである。