明治17年秩父革命

第2幕

第1場[10月下旬、長野県南佐久郡の北相木村。 養蚕農家・菊池貫平の家に、萩原勘次郎と日下藤吉が訪れている。]

萩原 「初めまして、萩原勘次郎と申します。こちらは日下藤吉と言って、同じ秩父に住む若い者ですが、よろしくお願い致します」(藤吉、頭を下げる)

菊池 「こちらこそ、よろしく。 さて、田代さんと言う方からの“使者”と聞いていますが、きょうはどういうご用件でしょうな」

萩原 「私は秩父の侠客・田代栄助の子分なのですが、実は田代を首領にいただいて、近いうちに農民達が決起することになりました。つきましては、菊池さんを始め長野県の方々にも、ご協力いただきたく参上したものです」

菊池 「ほう、それはまた大胆なことだ。それで、準備は整っているのですか?」

萩原 「すでに何人もの者がお伝えしていると思いますが、秩父では農民達の生活が今や破局を迎えており、怨嗟の声が満ち満ちています。こうした中で、われわれは地道な組織作りを進めてきた結果、困民党というものに農民を結集するメドがつきました。 山林集会などを次々に開いていますが、手応えを十分に感じ取っています。あとは、いつ決起するか時間の問題となっており、われわれが立ち上がれば、秩父はもとより埼玉の至る所で、また群馬県など他の地域でも農民が蜂起することは間違いありません。そういう準備は整っているのです」

菊池 「ふむ、しかし、武器や軍資金などは十分ですか?」

萩原 「それも着々と用意しており、秩父一帯を征圧することぐらいは訳も無いことだと思います」

菊池 「あなた方の努力や意気込みは結構だが、明確な目標や立派な大義名分はあるのですか?」

萩原 「それこそ一番大事な点です。公正な世の中を実現するために、また貧しい民衆を救済するためにわれわれは立ち上がるのです。 ただ単に、高利貸しをやっつけるために戦うのではありません」

菊池 「理想は良いが、もっと具体的な目標がないと単なる“百姓一揆”で終ってしまう危険がある」

藤吉 「私からも言わせて下さい。これは自由民権運動の最後の戦いです。 具体的には税の軽減、費用がかかる学校の休校、徴兵制反対、労働力の強制的な徴用の廃止などを訴えていきます。また、民意を直ちに反映させるため国会の即時開設を求めていきます」

菊池 「ふむ、自由党が掲げていることと大差ないな」(そこへ、井出為吉が部屋に入ってくる)

井出 「こんにちは、秩父から人が来ていると聞いたのでやって来ました。よろしいですか?」

菊池 「おお、勿論。ちょうど良かった、座りたまえ。 こちらは私の親友であり同志の井出為吉君です。この方々は、秩父の萩原勘次郎さんと日下藤吉君だ。(3人がそれぞれ会釈する) 井出君は自由民権思想にたいへん詳しく、東京でも良く勉強してきたから、きっと皆さんのお役に立つと思いますよ」

萩原 「これは素晴らしい。私などは一介の剣術使いだから、いろいろ教えていただきたいですね」

菊池 「そう、私も彼から随分教えてもらった。“年寄りの冷や水”ですがね」(笑)

井出 「いえいえ」

藤吉 「自由民権思想にお詳しいということですが、われわれの農民闘争を強化し、いざ決起する場合には何が最も必要だと考えますか?」

井出 「まず、はっきりとした構想を持つことです。つまり、この社会を日本を、どのような形にしていくのかという明確な方針を持つことです」

藤吉 「それは、今の自由党だって持っているじゃないですか」

井出 「いや、自由党はもはや頼りにならない。頼りになるどころか、農民達の激しい闘争に恐れをなして逃げてしまった。もうすぐ解散すると言ってますよ。菊池さんも私も自由党員だが、すっかり愛想が尽きましたね」

萩原 「私も同感です。だから、われわれは困民党という新しい組織を作って、農民達の力を結集しようとしているのです」

井出 「結構ですね」

藤吉 「それなら、明確な方針とはどういうものですか?」

井出 「人民主権の政治制度を作り、公正平等な社会を実現することです」

藤吉 「それは、ルソーの政治理念を日本でも実現しようということですか?」

井出 「まあ、そういうことですね。天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらずと言われるが、今の日本は全くそういう状況ではない。 薩長の藩閥政治が横行し、権力に癒着したいわゆる“政商”だけが利権を貪っている。大多数の国民、とりわけ農民は貧困に喘ぎ、重税や高利貸しの取立てに苦しんでいる。どこが公正で平等な世の中なのですか。 加えて、松方緊縮財政の進行で農村経済は大打撃を受け、倒産が相次ぎ今日明日のメシを食うことさえままならない。これこそ正に、苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)の政治です。 ルソーも言ってますよ、圧政に対しては、人民は革命を起こす権利があるのだと」

萩原 「ううむ、難しい話しだが、何か分かったような気もする」

菊池 「井出君は、こういう話しが得意なんだよ。私もそれに参ったんだ」(笑)

井出 「冷やかさないで下さいよ、私は真剣なのですから」

菊池 「いや、分かった分かった」(笑)

藤吉 「そうすると、われわれの困民党は革命党であり、その農民軍は革命軍ということですか?」

井出 「そういうことですね、専制政治を人民が打ち倒すのが革命です。フランス革命がそうじゃないですか。 われわれも理想を掲げて戦っていかなければならないのです。公正平等でより良い社会を実現するためには、そういう理想と明確な方針を持つことが大切なのです」

藤吉 「ううむ、何か目が覚めるような気がしますね。 僕も少しは自由民権思想を勉強したつもりですが、今の井出さんの話しは確固として説得力があり、自由党の“旦那方”のものとは大違いだ。もっと話しを聞きたいですね」

菊池 「いや、きょうはこの位いにしておこう。井出君が語り出すと止まらないからな。(笑) 萩原さん、先ほどの協力してくれという話しだが、一体われわれに何をせよということですか?」

萩原 「まずは一度、秩父の方へお越し願えればと思います。われわれの闘いを実際に見ていただいて、田代達と話しをしてもらえば、長野県と埼玉県の“共闘”が可能になるように思えます。 われわれは本気で決起することにしています。一度来ていただければ、両県の今後の展望も開けるでしょう」

菊池 「うむ、百聞は一見に如(し)かずだな、そうしましょう。その前に、われわれもこの佐久地方の組織固めをしておきます。 井出君、君の考えはどう?」

井出 「異論はありません。菊池さんが行かれるなら、私もぜひ一緒に行かせて下さい」

萩原 「有り難い! これで田代も喜ぶし、秩父の同志達も勇気百倍になりますよ」

藤吉 「有り難うございます。井出さん、今度来られた時に又、じっくりと話しを聞かせて下さい」

第2場[10月下旬、東京・麹町区(こうじまちく)の大手町にある内務省の内務卿室。 内務卿 兼参謀本部長の山県有朋が、警視総監の大迫貞清と話し合っている。隣に、東京鎮台参謀長の乃木希典(陸軍大佐)が陪席。]

山県 「大迫さん、その後、民権運動の動きはどうですか」

大迫 「ええ、東京は比較的平穏ですが、地方がまだいろいろ“くすぶって”いるようです。先月も加波山(かばさん)で武装蜂起があったばかりですから」

山県 「今年は群馬とか茨城とか、関東地方でいろいろ起きるね。他に不穏な所は感じられますか」

大迫 「今のところは大して無いようです。ただ、埼玉の秩父地方で、このところ農民の山林集会が開かれたり、高利貸しが何人も斬られるなど物騒な事件が起きています。 つい最近は、豪農や豪商の家に押込み強盗があり、金品や刀剣類が奪われたと聞いています」

山県 「ふむ、要注意だな」

大迫 「ええ、確かに。警戒を強め十分に内偵するよう指示していますが、現地からは、今のところ農民達が暴発する気配はうかがえないとの報告です」

山県 「うむ、蜂起の気配は無いということか。しかし、何時どこで何が起きるか分からない。 群馬事件の時は、自由党員が3000人の農民を率いて警察や高利貸しを襲撃し、さらに高崎の兵営までも襲おうとしたからな。 農民達の不満がうっ積している。くれぐれも注意していただきたい」

大迫 「承知しました」

山県 「ひと昔前は“士族”の反乱に手を焼いたが、民権運動が盛んになって、このところ農民や一般市民の暴動ばかりだ。 植木や中江らの民権思想が普及したせいか、『人民主権』などと馬鹿げたことを言っておる。全く困ったものだ」

大迫 「そのとおりです。 しかし、内務卿、自由党が間もなく“解散大会”を大阪で開きますので、民権運動もようやく鎮静化するのではないですか」

山県 「うむ、それは結構だが、自由党から食(は)み出した連中が何をするか分からん。そいつらはますます過激になって、暴発する恐れがある。加波山も群馬の事件もそうだった。鎮台の兵営まで狙われるから叶わないよ、武器を略奪されたら大事(おおごと)だ。 あっ、そうそう、乃木君、最新式の村田銃はいつでも使えるのだろう?」

乃木 「はい、十分に用意しておりますから、いつでも使用できます」

山県 「うむ、一度使ってみたいものだ。もっとも、“戦争”でもない限り国内で村田銃を使うことはないが。 性能が良いですぞ、大迫さん」

大迫 「そうですか。しかし、それが使われる事態となれば、警察力の限界を超えているということです」

山県 「ハッハッハッハッハ、もちろん、そういう事態にならないことが肝心だ」(その時、山県の秘書が部屋に入ってくる)

秘書 「閣下、そろそろ鹿鳴館(ろくめいかん)の方へお出かけになる時間です」

山県 「又きょうも鹿鳴館だ、いい加減に嫌になるな」

大迫 「ハッハッハッハ、内務卿、ダンスの方は上手になりましたか?」

山県 「いやいや、私のような“一介の武弁”が上手くなるはずがない。もう行きたくないが、伊藤や井上が来い来いと言うものだから・・・困ったものだよ」

大迫 「槍を取っては天下の達人も、ダンスは苦手なようですな」(笑)

山県 「私がやるのだから、どうですか大迫さん、一緒に来ませんか?」

大迫 「いえ、私のような薩摩の無骨ものは遠慮します」

山県 「ふむ、乃木君、たまには君も鹿鳴館に来ないか?」

乃木 「いえ、仕事が残っていますので、私も遠慮致します」

山県 「仕方がない、行くとしようか。それでは失礼」(山県が秘書を従えて部屋を出ていく。大迫と乃木が立ち上がって一礼、二人は顔を見合わせて笑う)

第3場[10月下旬、石間村の粟野山(あのうさん)の麓。 田代栄助、加藤織平、井上伝蔵、高岸善吉、落合寅市、坂本宗作、小柏常次郎、新井周三郎、飯塚盛蔵、大野苗吉らの幹部。]

加藤 「井上さん、自由党本部が何か伝えてきたと聞いていますが」

井上 「ええ、数日前、党本部の使者が私の所に来て、蜂起などは絶対に止めてくれと言ってきました。しかし、私はそんなことは約束できないと答えたところ、向うは『それでは、自由党と君達はもう一切関係ない』と言って立ち去りました」

加藤 「うむ、事ここに至っては、われわれと自由党はもう縁が切れましたな、田代さん」

田代 「確かにそうだ、われわれだけで決行しよう。しかも、自由党はもうすぐ解散するではないか」

高岸 「解散する政党とは関係のしようがない、馬鹿げた話しだ」

新井 「党本部は、自分らに累(るい)が及ぶのを恐れているだけですよ」

加藤 「自由党の板垣総理にはもう用はない。従って、わが秩父困民党の“総理”には田代さんがなっていただく。そして、不肖・加藤が副総理となって補佐していく。 皆さん、それで異存はないでしょうな?」

(参加者一同から、「賛成!」「異議なーし!」「それでいこう!」の声)

加藤 「それでは、各人の役割や任務については、田代総理を中心にあとで早急に決めたい。その前に、われわれがどういう方針で何をやるかを確認しておきたい。 すでにいろいろ話し合ってきたが、まず高利貸しを焼き討ちしたあと、郡の役所や警察署などを占拠して証書類を全て焼き尽くすということで良いか?」

飯塚 「そのとおりです。それと、われわれが決起する中で、農民だけでなく一般の民衆もできるだけ多く“駆り出す”ことが肝心です。味方が多ければ多いほど戦いは有利になります」

加藤 「うむ、それは当然だ。他に意見は?」

大野 「役所や警察を占拠しただけでは足りない。至る所で軍用金や武器を徴収し、大部隊で浦和の県庁を目指して進軍しよう」

坂本 「浦和まで行けば、監獄を襲撃し捕われている同志達を助け出せる」

田代 「結構だ、埼玉県庁を制圧すれば、天下に世直し、世均(なら)しを訴えることができる。秩父困民党はそれに全力をあげよう!」

(参加者から「そのとおり!」「賛成!」「異議なーし!」などの声)

加藤 「よし、大体の行動方針は決まった。それでは、一番重要な蜂起の日取りをいつにするかだが、皆さんの意見を聞きたい」

井上 「その前に、蜂起の場所をどこにするか決めてもらいたい。皆さんが集合しやすい所が良いのだが」

高岸 「それは数日前から話し合ってきたが、下吉田の椋(むく)神社が良いのではという意見が多かったですね」

田代 「結構です。あそこは小学校の校舎もあるし、何かと使いやすい。皆さんも集まりやすいのではないか」

飯塚 「広いし問題はないでしょう」

坂本 「賛成です」

新井 「私の所からは遠いが、全く問題はありません」

大野 「皆が集まるには最適でしょう、賛成だ」

加藤 「これは皆さんの考えが一致したようだ、椋神社で良いですな。(暫くの間) 異論がなければそうしましょう。さて蜂起の日取りだが、皆さんの意見を聞きたい」

小柏 「それは早ければ早いほど良いでしょう」

井上 「いや、これは態勢が十分に整っているかどうかが問題だ。それと、もう少し時間をかければ農民達をもっと組織できるので、軽はずみな蜂起は慎んだ方が良いと思う」

新井 「態勢はもう十分にできてますよ。むしろ早く決起しないと、かえって統制が取りにくくなります」

落合 「そのとおり、もう爆発寸前なんだ。無理に先延ばしすると、何が起きるか分からない」

井上 「しかし、長野や群馬など他の地域の動静を見ないと、蜂起しても先細りになる恐れがある。もう少し慎重に見極めるべきではないか」

小柏 「井上さん、群馬は大丈夫だとこの前言ったじゃありませんか。必ず多くの農民が立ち上がります」

田代 「そうかな? 先日、私が群馬を探ってみたら、どうも十分ではない様子だったが」

小柏 「そんなことはないです、私も同志達と一所懸命に農民を組織した。彼らは蜂起の日を今か今かと待っているのです」

田代 「いや、どうもそんな感じではない。 南甘楽(かんら)の坂原村へ行った時、地元の人の話しを聞いたら、秩父の動きなど全く知らないし、誰からも何の連絡もないと言っていたぞ」

小柏 「田代さん、そんなことはありません! 一部の人はそう言ってるかもしれないが、群馬県の同志達は“潜行”して必死になって活動しているのです。鉄砲を一、二発撃てばみんな立ち上がります。われわれを信用して下さい!」

加藤 「まあまあ、そう“ムキ”にならないで。他の人の意見はどうだろうか」

坂本 「もう爆発寸前なので、早く決起した方が良いでしょう。この勢いを止めるのは難しい」

高岸 「当局の探索が厳しくなっている。密偵がウヨウヨしているし、密告者が出ないとも限らない。もし、われわれの計画が事前に漏れたら、一網打尽にやられる可能性がある。従って、できるだけ早く決行した方が良いでしょう」

新井 「そのとおりです、私の村にも怪しい奴が忍び込んでいます。たぶん、埼玉県警の密偵だと思いますが、こういう状況では早くやるに越したことはないでしょう」

田代 「しかし、さっき井上君が言ったように、情勢をもう少し見極めても良いのではないか。長野県からももうすぐ同志がやって来るし、半月や一ヵ月ぐらいの猶予があっても大勢には変りないと思うが・・・」

落合 「いや、その半月や一ヵ月が命取りになる恐れがある、埼玉県警に“ばれたら”終りですよ。こうなったら、一刻も早い方が良いです」

飯塚 「同感です、もう矢も楯もたまらない気持だ」

大野 「情勢を見極めるのは良いが、絶好の機会を逃すと一巻の終りということもある。今こそ機が熟したと言って良いでしょう」

加藤 「うむ、皆さんの意見を聞いていると、早めに決起すべきというのが多いようだ。私もそう思う。田代さん、井上さん、どうですか?」

田代 「うむ、それならば皆さんの意向に従おう」

井上 「やむを得ません、そうしましょう」

加藤 「それならば、長野県の同志が来るのを待つとしても、秩父困民党としては、来る11月1日をもって決起の日とすることでどうですか?」

(参加者から「賛成!」「異議なーし!」「そうしよう!」の声)

第4場[10月下旬のある晩、上吉田村にある日下の家。 藤吉がそっと忍び込んでくると、母のミツと妹のハルが驚いた表情で迎える。]

ミツ 「藤吉・・・大丈夫なの?」

藤吉 「うん、何とかやっている。二人とも元気だった?」

ミツ 「こちらは大丈夫だけど、お前のことが心配で夜もおちおち眠れなかったよ」

ハル 「兄さんったら何の連絡もないし、言(こと)付けでも良いからしてくれれば安心するのに」

藤吉 「ごめん、なにせ追われる身だからね。もっぱら群馬や長野に潜伏していたんだ。 ところで、加藤さんから面倒を見てもらってる?」

ミツ 「ええ、それはとても。当座のお金も貸してくれたのよ」

藤吉 「それは良かった」

ハル 「母さんも私も働きに出るわ。加藤さんに早くお返しをしないと」

藤吉 「うん、あの人は“高利貸し”じゃないから助かるね。僕が何もして上げられなくて、ごめん」

ミツ 「何を言ってるの、とにかくお前が無事で安心したわ」

ハル 「兄さんは心配しないで、二人で何とかするから。それより、このまま逃げとおすわけ? 遠い所へ行ってしまうこともあるの?」

藤吉 「うん、逃げとおすさ。でも近いうちに大変なことが起きる。われわれや農民が一斉に決起するのだ。そうなったら、貧乏人も破産人も助かる世の中が必ず来る。いや、そうしなければならない」

ミツ 「そんな世の中が来るかしら・・・私には考えられない」

藤吉 「いや、そのために僕らはいま、全力を尽くして活動しているのだ。詳しいことを言っている暇はないが、もう少し待っててよ。 僕はもう行かなければならない、いろいろやることがあってね。とにかく、母さんとハルに会えただけで嬉しかった。元気でいてよ」

ハル 「ええ、でも今度は言付けでいいから、何か知らせて」

藤吉 「うん、分かった。密偵がウロウロしてるから、感づかれないうちに引き上げないと。なにせ僕は“お尋ね者”だからね。(笑) それじゃ・・・」

ミツ 「ああ、ちょっと待って。ここに、松本カヨさんからの便りがあるの」

藤吉 「えっ?(ミツが手紙を藤吉に手渡す) ありがとう」

ハル 「兄さんも元気でね」

ミツ 「達者でいてよ、また来てちょうだい」

藤吉 「うん」(手を振って家から出て行く)

第5場[10月下旬、石間村の加藤織平の家。 加藤の他に、田代栄助、井上伝蔵、高岸善吉、落合寅市、坂本宗作のいる所へ、菊池貫平と井出為吉が入ってくる。]

菊池 「初めまして、長野県は北相木村の菊池貫平と井出為吉です。お見知りおきのほどを」

加藤 「おお、これはご苦労さま。さあさ、お座り下さい」(加藤の勧めで、菊池と井出が座敷の中央に座る)

田代 「お二人が来られるのをお待ちしていました。 さて、時間も切迫していますので、遠慮なくざっくばらんにお話しをしていきたい。まず、今回のわれわれの決起について、お二人は賛同の上こちらに来られたということですな」

菊池 「萩原さんや日下君の話しを聞いていますので、基本的に賛同ということでこちらに来ました」

田代 「それは有り難い。では、秩父困民党の基本方針を説明しましょう。 今のところ、決行予定日は11月1日、攻撃目標は郡役所、警察署などですが、日頃から農民達を搾取している極悪非道な高利貸し、大地主どもを徹底的に叩きのめし、証書類を全て焼き捨てるのが第一の目的です」

井出 「ちょっと待って下さい。それでは、苦しんでいる農民の単なる“一揆”ということですか?」

田代 「先ずはそういうことですが、それだけでは終らない。当然、次の目標として、埼玉県庁への攻撃などを考えている。 また、長野県や群馬県、山梨県などの同志達と共に戦っていこうと思っている」

井出 「それは分かりますが、もっと大きな政治目標や方針といったものはないのですか? 例えば、国会の即時開会や選挙の実施、それが容れられなかったら自治政権の樹立といったものが」

田代 「そういった所まではまだ考えていない。戦いが進むに従って、いろいろな要求を掲げていくことになるでしょう」

井出 「どうも納得できませんね。 明確な政治目標、はっきりとした大義名分がないと、私などは戦う気がしません」

坂本 「ちょっと待って下さい。とにかく、農民達は怒っているんですよ、何かしなければとエネルギーを爆発させようとしているのです。それを汲み取って方向付けをしていくのが、われわれの任務ではないですか」

井出 「その方向付けというのが、はっきりしていない。爆発すれば済むという問題ではない。日本をどうするか、明確な政治目標が立っていなければ単なる一揆、“烏合の衆”の反乱に終ってしまいますよ」

落合 「烏合の衆とは何だ! 失礼じゃないか。君は農民の苦しみが分かっていないのか!」

菊池 「まあまあ、そう怒らないで。井出君は譬(たと)えとして言ったのだろうが、言い過ぎだったら謝ります。 彼は明確な戦略目標が必要だと言っているのです。皆さんの話しでは私もその点が希薄だと思うが、ただ、戦いというは“理屈”だけで進むものではない。戦っていく中から、おのずと目標が明確になっていく場合もある。それは、戦いながら考えていけば良いことです。あとは、われわれが早めに方向付けをしていくことが肝心だと思うのです」

高岸 「そのとおりです。井出さんは理想論を述べたようだが、どんな理想も現実と懸け離れていれば実現することはできない。実際の戦いの中から、理想を求めていきましょう」

加藤 「うむ、そのとおりだ。戦いがどんな展開をしていくか、それはまだ分からない。明確な政治目標といったものは、情勢が推移する中で考えていこう」

井上 「同感ですね、戦いのいろいろな段階で柔軟に考えていくのが良いでしょう。 それより、今の話しを聞いていると、菊池さんも井出さんも、今度の蜂起について非常に深く考えておられるようだ。だからこの際、一緒にやっていただけるのであれば、菊地さんに“参謀長”をお願いしてはどうだろうか」

田代 「それは素晴らしい考えだ、私も賛成だ」

加藤 「私も大賛成だ。 菊地さん、どうか参謀長になっていただきたい。われわれ秩父の者が考えも及ばないことを、あなた方は知っておられるようだ。参謀長になってもらえれば、われわれにとって大変な力となる。ぜひ、お願いします」

高岸 「私からも、ぜひお願いします」

坂本 「お願いします」

菊池 (暫くの間)「分かりました、お引き受けしましょう」

井上 「良かった、これで総理、副総理、参謀長の骨格が決まった。 井出さん、あなたも参謀長を補佐する立場でどうですか?」

井出 「いえ、私はもっと“実務的”なものが似合っていると思います。軍用金調達係りみたいなものが」

田代 「ほう、理論的な人とお見受けしたが・・・」

菊池 「いや、彼はこの若さで北相木村の戸長をやっていましたからね。実務も理論も何でも“こなせる”のですよ」(皆、井出を見ながら感心したような表情)

落合 「井出さん、先ほどは怒鳴ったりして申し訳なかったです。われわれにぜひ協力して下さい」

井出 「ええ、私の方こそ、つい失礼なことを言ってしまいました。謝ります」

加藤 「よし、これで長野県と埼玉県が一体になったぞ。あとは、全力をあげて決起するだけだ」

第6場[10月下旬、小鹿野町にある川本平三の家。 川本の他に、岩上慎次、村岡耕造、林善作、山中常太郎、安藤貞一の自警団のメンバー。]

川本 「きょう集まってもらったのは、農民達の不穏な動静について情報交換をしたかったからだ。何か目立った動きでもあるだろうか」

岩上 「それが、これといった動きはないようだね。ひところ盛んだった山林集会も行なわれず、一見して静かな佇(たたず)まいになっている」

林 「農民達はいま“イモ掘り”や畑の整地に忙しくて、夕方遅くまで働いているよ」

村岡 「うむ、もうすぐ麦の種まきだからな。11月に入ったらそれで“大わらわ”だ」

川本 「暴動を起こすような気配はないのかな」

山中 「ああ、僕の所には、借金の返済据え置きや40年の年賦払いにしてくれなどと、とんでもないことを陳情しに来ているが、以前のように暴れたり刃物を突き付けるような奴はいなくなった。もう諦めたのだろうか」

安藤 「なにか不気味だな、このまま終るとは思えないが」

村岡 (安藤に向って)「君の所はこの前、強盗に入られて金品などを奪われただろう。お父さんもお母さんも相当な“ショック”だったな」

安藤 「うん、しかし、命まで奪われなくて良かったよ。100円取られたけどね」

林 「大金じゃないか。それは単なる強盗ではない、きっと武装グループの資金集めのはずだ」

岩上 「俺もそう思う。石間(いさま)にいる加藤の仲間達が怪しいと、警察では見ているようだ」

川本 「あいつは怪しい。“バクチ打ち”で昔から好きなことばかりやっている。 子分から妙に慕われているらしく、仁侠の士を気取っていると聞いた。ああいう奴は、義侠心を出して貧乏人を助けたがるんだ。金払いがいいらしいぞ」

村岡 「ふん、しょせんバクチ打ちじゃないか。真面目に働こうという人間ではない」

山中 「秩父にはそういう奴が多すぎる。ちょっと金が溜まると、すぐにバクチや遊びに使ってしまう。景気が良いと“きんきらきん”に着飾って、やれ花火だ、芝居だ、相撲見物だと言って金を使い果たしてしまうのだ。 そういう奴は金が無くなると、すぐに借金をしに来る。挙げ句の果てに返済を延期してくれとか、年賦払いにしてくれなどと泣きついてくる。全くどうしようもない連中なんだ」

林 「ハッハッハッハッハ、金貸しをやっていると良く分かるな。しかし、本当にどうしようもない連中だ。借りたものを返すのは当り前だからな」

安藤 (山中に向って)「ところで、君の親父さんはその後、ケガの方は良くなったのか?」

山中 「うん、だいぶ治ってきたが、数カ所斬られて深手(ふかで)もあるので、完全に治るのはまだまだ先のことだ。当分は床の中だよ。君のご両親はケガが無くて良かったね」

安藤 「うん、その点は」

岩上 「われわれも、いつ襲われるか分かったものではない。十分に警戒をして連絡を取り合おう」

村岡 「何かあれば、警察ともすぐに連絡できる態勢は取ってある」

林 「不気味なほど静かになっているが、油断はできない」

川本 「うむ、われわれは秩父の住民の生命と財産を守っていかなければならない、そのための自警団だ。 万一、暴動が起きるようであれば全力をあげて戦っていこう」

第7場[10月31日午後、風布(ふうっぷ)村の路上。 大野苗吉、大野長四郎、木島善一郎の他に、農民多数が参集している。 多くの者が白鉢巻きに白たすき姿で、手に手に刀や槍、猟銃を持っている。]

苗吉 「みんな、ついに決起する時が来たぞーっ! いいか、われわれはこれから秩父の中心を目指して進撃する。 すでに、大野福次郎君らの先発隊は荒川へ向って進んだが、警官隊と衝突し逮捕者が何人も出ているという。ぐずぐずしてはいられない! ただちに行動を起こそう!」

農民達 「おーっ!」「戦うぞーっ!」「敵を倒せーっ!」「高利貸しをぶっ殺せーっ!」

長四郎 「俺達は金尾村から駆けつけた。これは風布と金尾の連合軍だ! 隣にいる木島さんが、朝からここの金比羅(こんぴら)山でノロシを打ち上げたんだ! 同志達が続々と集まっている、決起の日は明日だったがもう待てない、今すぐに立ち上がろう!」

農民達 「異議なーしっ!」「賛成!」「決起するぞーっ!」「戦うぞーっ!」

苗吉 「われわれがこの戦いの先陣を切るんだ! いいか、警官隊や俺達を邪魔する奴らがいたら、ぶった斬れっ! 猟銃をぶっ放せっ! 容赦なくぶっ殺せっ! そして、みんなにこう呼びかけろ、おそれながら“天朝様”に敵対するから加勢しろ!っとな」

農民1 「おお、天朝様に敵対するから加勢しろか、いい文句だ!」

農民2 「薩長の専制政府を打ち倒せっ!」

農民3 「そうだ、国家権力を打ち倒せっ!」

苗吉 「よく言った、それじゃ行くぞーっ! 進撃開始ーっ、えいえいお〜!」

参加者全員 「えいえいお〜! えいえいお〜!! えいえいお〜!!!」(全員が気勢を上げて行進に移る)

第8場[10月31日夕方、寄居警察の署長室。 丸山署長の所へ、2人の警官が慌ただしく飛び込んでくる。)

警官1 「大変です! いま入った連絡によりますと、風布村と金尾村の農民達が武装蜂起したということです!」

丸山 「なにっ、本当か」

警官2 「はいっ、下田野では警備に当っていた大宮署員が“暴徒”と衝突し、10数人を逮捕したということです」

警官1 「130人を超える他の武装集団は現在、荒川を越えて末野から中野上の方向へ進んでいるもようです」

丸山 「う〜む、えらいことになった。 畜生、きょうは三条実美(さねとみ)太政大臣の御一行が館林から行田(ぎょうだ)をお通りになるというので、うちの署員はほとんどその警備に出払っていたな。運が悪い・・・とにかく、電報だ、県警本部に電報を打て!」

警官2 「はっ」(メモ用紙を取り出して筆記の用意)

丸山 「いいか。 秩父郡風布村、金尾村の武装した農民達が決起し・・・現在、小鹿野方面へ進出する模様である・・・よって、速やかに応援の警察官派遣を要請する・・・委細は追って連絡する・・・いいか、すぐに電報を打てっ!」

警官1,2 「はっ」(2人の警官、急いで立ち去る)

第9場[10月31日夜、金崎村の金貸し会社・永保社の前。 新井周三郎、柴岡熊吉、村竹茂市ら40人余りが武装して集結。]

新井 「われわれの一隊は、風布村の大野さんらに先を越されたが、この永保社をぶち壊して最初の戦果を挙げよう!」

柴岡 「ここには、借金の“カタ”に取られた地権の証書が沢山ある。それらを全部燃やしてしまえーっ!」

村竹 「われわれは、この永保社にどれほど苦しめられてきたことか! 容赦なく徹底的に打ち壊せーっ!」

農民達 「うお〜っ!」「永保社をやっつけろーっ!」「たたき壊せーっ!」「怨みを晴らせーっ!」「かかれーっ!」 (多くの農民が竹槍や大槌などを持って、永保社の玄関を壊し始める。 ドスン、バリバリッ、バタンといった凄まじい音。玄関の扉が壊されると、農民達は「うお〜っ!」と喊(かん)声を上げて突入する。)

第10場[11月1日、下吉田村の椋神社境内。 田代栄助、加藤織平、菊池貫平ら幹部が勢揃いし、多数の農民が集まって決起集会を開いている。]

田代 「諸君、すでに知ってのとおりだろうが、われわれの同志は昨夜から決起し、いま続々とこの椋神社へ向って進軍中である。 風布や西ノ入の“軍勢”は途中で警官隊と交戦したり、金崎の永保社を打ち壊したりした。戦いはついに始まったのだ! 全軍をあげて戦い抜こう!」

農民達 「うお〜っ!」「いいぞーっ!」「われわれも戦うぞーっ!」「警官隊をやっつけろーっ!」

加藤 「諸君、さらに聞いてくれ。 新井周三郎君らの一隊はこの後、阿熊村で追撃してきた警官隊に銃火を浴びせて撃退した。30人ぐらいの哀れな警官どもはすぐそこの清泉寺に逃げ込んだが、先ほど、われわれの一隊が攻撃すると、たちまち悲鳴をあげてちりぢりに逃げ去った。緒戦はわれわれの大勝利だ!」

農民達 「いいぞーっ!」「勝ったぞーっ!」「もっと、やっつけろーっ!」

田代 「幸先の良いスタートを切ったが、これで油断してはならない。気を引き締めて戦っていこう。 (紙片を取り出して)そこで、わが困民党軍の主な役割任務を発表する。総理はわたし田代栄助、副総理は加藤織平、参謀長は菊池貫平、会計長は井上伝蔵だ。 軍隊は二つに分け、甲大隊の隊長が新井周三郎、副大隊長が大野苗吉、乙大隊の隊長が飯塚森蔵、副大隊長が落合寅市である。 各村には小隊長を置き、他に兵糧方、軍用金集め方、小荷駄方、伝令係りなどを設ける。以上、異論はないか?」

農民達 「賛成!」「異議なーしっ!」

菊池 (紙片を手にして)「事を起こす前に、ぜひ聞いてもらいたい。 われわれ困民党軍は、農民や民衆を圧政から解放するために立ち上がった。いわば、革命のための軍隊だ。軍隊には最低限の規律が必要である。 そこで、これから軍律5カ条を読み上げるので、しっかりと守ってほしい。まず第一に、勝手に金銭を奪ってはならない。第二に女を犯してはならない。

 第三に酒盛りをして打ち興じてはならない。第四に、個人的な怨みで人に危害を加えてはならない。第五に、指揮官の命令に背いて勝手に事を起こしてはならない。 この5カ条を破った者は、誰であろうとも斬り捨てる! 以上、われわれは名誉ある“革命軍”であることを忘れてはならない!」(会場は静まりかえり、暫くの間)

田代 「菊池参謀長より軍律5カ条が申し渡されたが、肝に銘じて守ってもらうよう私からもお願いする」

加藤 「この椋神社の周りには、すでに3000人ほどの同志が集まっている。警察は全く手も足も出せない状況だ。いよいよ出撃する時を迎えたぞ」

菊池 「そこで、今夜から明日にかけての作戦を発表する。 われわれは甲・乙両大隊に分かれて出発し、今夜は小鹿野町一帯を征圧する。途中、高利貸しの家や村役場などを襲撃し、証書類を全て焼き払え。 明日は大宮郷に進撃して警察、郡役所、裁判所などを占拠するが、その間、遊撃隊は至る所で仲間の“駆り出し”を行なうこと。 諸君はそれぞれの村の小隊に入って、小隊長の指揮に従ってほしい。隊列は第一陣に鉄砲隊、続いて竹槍隊、抜刀隊の順にする。さらに後方は竹槍隊が固め、伝令使が従うものとする。以上」

田代 「それでは、いよいよ出撃だ! 全員、気持を引き締めて戦おう! えいえいお〜!」

全員 「えいえいお〜! えいえいお〜!! えいえいお〜!!!」(武装した全員が出発)

第11場[11月1日夜、下吉田村の高利貸し・吉川宮次郎邸の前。 坂本宗作、新井蒔蔵、日下藤吉の他、多数の農民が集結。]

坂本 「諸君、手始めにこの最も悪質な高利貸し・吉川宮次郎の家を襲撃しよう! 吉川は秩父で最も強欲な奴だ! 容赦なくやっつけてしまえーっ!」

農民達 「うおーっ!」「やっつけろーっ!」「強欲ジジイを叩きのめせーっ!」

新井 「吉川には怨み骨髄だ! 証書を燃やすだけでは足りない、家も丸ごと焼き払ってしまえーっ!」

農民達 「うおーっ!」「焼き払えーっ!」「火をつけろーっ!」

坂本 「ただし、敵は吉川だけだ。火が隣の家に燃え移ってはいけない。水に濡らした“ムシロ”を用意して、延焼を防止しろ。隣の人は味方だと思え」

農民達 「そうだ!」「さすが、坂本さん!」(10人以上の農民が濡れたムシロを用意し、隣家との間の塀にかける)

新井 「よし、準備ができたら、吉川の家に火をかけろーっ! 燃やせーっ!」

農民達 「うおーっ!」「火をつけろーっ!」「焼き払えーっ!」(農民達、吉川邸にかがり火などで一斉に放火する)「うおーっ!」「やったー!」「燃えろーっ!」

第12場[11月1日深夜、皆野の角屋(かどや)旅館。 埼玉県警の江夏喜蔵警部長、鎌田沖太署長ら警察幹部数人が協議をしている。]

鎌田 「こんな旅館に隠れて作戦会議をするとは情けないですが、ご了解下さい」

江夏 「仕方がないだろう、身の安全が第一だ。警察官の被害はどの程度なのか?」

鎌田 「今のところ死者が1人、負傷者が10人程度出ているもようで、他に暴徒に連れ去られた者も幾人かいます」

江夏 「相当な被害だな」

鎌田 「ええ、暴徒に拉致された警官は、どのような仕打ちを受けているか分かりません。それも心配です」

江夏 「う〜む、大変なことになった。これでは、われわれ警察だけで対応するのは無理ではないか」

鎌田 「はあ、どうもそういう情勢のようですが、まずは埼玉県警あげての治安出動をお願いしたい所です」

江夏 「うむ、それは分かった。明日中に県警あげての態勢を取ることにしよう。もとより、他の県に応援を要請することも考えよう。 それにしても、もっと早く暴徒どもの動きを察知できなかったのか?」

鎌田 「いろいろ内偵を進めてきましたが、残念ながらここまでの騒動に発展するとは察知できませんでした。申し訳ありません」(その時、何発もの銃声と群集の騒音が聞こえる)

江夏 「おお、えらい騒ぎになってきたな。これじゃ、警察だけでは無理だろう・・・」(そこへ、警官が飛び込んでくる)

警官 「大変です! 小鹿野方面のあちこちで火の手があがっています」

鎌田 「なにっ?」

警官 「これは金貸し業者が襲われているものですが、暴徒は他にも村役場、戸長の家などにも押しかけ公証簿を焼き捨てたり、発砲を繰り返しています」

江夏 「ううむ、これでは駄目だ。こうなったら軍隊が必要だ! 軍隊が・・・」

鎌田 「もう、それしかありませんね」

江夏 「よし、山県内務卿に憲兵隊の出動を要請しよう。 (警官に向って)きみっ、吉田県令宛てに私の名前で、早急に憲兵隊の派遣を内務卿にお願いしてほしい旨の電報を打ってくれ」

警官 「はっ」

鎌田 「いいか、これから寄居警察署に直行して、いま警部長が言われたことを直ちに電報で打ってくれ!」

警官 「はっ、かしこまりました」(警官、急いで退場)

江夏 「このままでは、われわれが皆野に留まるのは危険ではないか。寄居の方へ退却するのもやむを得ないと思うが」

鎌田 「しかし、ここは重要な戦略拠点です。そう簡単に皆野を放棄するわけにはいきません」

幹部1 「しかし、周りは全て暴徒に制圧されていますぞ。ここに居ては非常に危険です」

幹部2 「いったん寄居へ退いて、態勢を立て直してから反撃に出ましょう」

鎌田 「いや、警部長が言われたように、明日中には県警の増援部隊が到着するはずだ。それまでは、ここを死守しないと面目が立たない」

幹部3 「そうは言っても、もしわれわれが暴徒に襲撃されたら、いたずらに被害や犠牲を出すだけです。ここは一歩後退するしかないでしょう」

鎌田 「そう簡単に退却できるか! こちらにも武器はある、暴徒が襲ってきたら拳銃や刀で応戦するだけだ!」(その時また、何発もの銃声と群集の騒音が聞こえる)

幹部1 「いや、とにかく、寄居へ退いて態勢を立て直しましょう。このままでは“袋のネズミ”になってしまう」

鎌田 「袋のネズミだと? ふん、それがどうした。われわれ“薩摩士族”は御一新の時、こんなものよりはるかに危険な中で戦ってきたではないか! 恐れることは何もない」

幹部2 「しかし、ここで“犬死に”しては何にもならないでしょう」

鎌田 「犬死にだと? 馬鹿を言えっ! そんなに怖かったら、お前達はとっとと逃げたらどうなんだ!」

江夏 「まあ、待て。 鎌田君が勇敢なのは分かるが、いたずらに犠牲者を出してはまずい。ここはいったん寄居へ退いて、増援部隊や憲兵隊の応援を待ってから反撃するのが得策だろう。 一時的な撤退はやむを得ない。私が責任を持つからそうしよう!」

鎌田 「はっ、警部長がそうおっしゃるなら、残念ですが・・・」(江夏が立ち上がって退場すると、鎌田らも付き従う) 

第13場[11月1日深夜、小鹿野町の諏訪神社の境内。 井出為吉、日下藤吉が“かがり火”の近くで話し合っている。]

藤吉 「井出さん、素晴らしい蜂起ですね。こんなにエネルギーが爆発するとは、目を見張るばかりです」

井出 「うむ、確かに凄い。今のところは統制も良く取れている」

藤吉 「農民の駆り出しも順調にいっているようで、明日は大変な人数になりそうですよ」

井出 「きょうは3000人ぐらいだったが、明日は倍になるだろう。いや、それ以上かな」

藤吉 「井出さんは軍用金集め方になったのですか?」

井出 「うむ、軍用金を徴収する係りで、受領証を発行することになっている。集めた金を処理するのは会計長の井上さんの役目だ」

藤吉 「受領証を発行するんですって? どんなものになるのですか」

井出 「“革命本部”という受領証を考えている」

藤吉 「革命本部? それはまた大胆な・・・」

井出 「うむ、革命政権が出来ればそれが当然だろう。フランス革命やパリ・コミューンを参考にしているのだ」

藤吉 「ほう、さすが井出さんだ。そこまで先を読んでいるとは」

井出 「なにも驚くことはないよ、初めからそう考えていたのだ。 この秩父の蜂起は単なる一揆どころか、今後の自由民権運動の理想的な“ひな形”にしなければならない。歴史に残ることを考えて当然ではないか。 人民主権の“コミューン”を秩父に打ち立てる、それが我々の使命だ」

藤吉 「う〜む、同感です。そういう政治理念や目標があると、僕なんかますます戦う気持が強くなりますよ。闘志が湧いてきます」

井出 「ヨーロッパではフランスやイタリアなどに、かつてコミューンやコムーネがあった。中身は多少違うがいずれも自治政権であり、政治や経済活動の自由を求めて、国王や封建領主らと戦った歴史がある。 パリ・コミューンもそうだったが、そういう人民主権の自治政府をつくり、それを“積み上げて”いって新しい日本を創造することが我々の夢ではないのか。きょうは“自由自治元年”の始まりなのだ」

藤吉 「ふ〜む、ずいぶん理想主義的ですね。また、井出さんに煙(けむ)に巻かれた感じだ(笑)」

井出 「理想が無くて、どうして戦える? 理想も無い戦いなんて単なる百姓一揆や暴乱でしかない。そんな戦いなら御免だよ。夢を持って当然じゃないか。 そうだ・・・君は肥後(熊本県)の宮崎八郎の話しを知っていないだろう?」

藤吉 「何ですか、その宮崎八郎と言うのは」

井出 「宮崎と言うのは自由民権運動の闘士だったが、西郷隆盛が起こした西南戦争に参加して戦死した男なのだ」

藤吉 「士族の反乱と自由民権運動とは、あまり関係がないでしょう?」

井出 「いや、専制政府を打倒して新しい世の中に繋げるということで、彼は西南戦争にも参加したのだ。そこで、宮崎が戦死した時、その遺体から何が見つかったと思う?」

藤吉 「さあ、皆目(かいもく)分かりませんね」

井出 「宮崎の遺族が遺体を引き取りに行った時、なんと彼の“フンドシ”からルソーの本が出てきたんだよ」

藤吉 「え〜っ、それは本当? 信じられない」

井出 「本当だとも、中江先生が訳した例の『民訳論』だ。僕はその話しを聞いた時、胸が熱くなった。理想とは、夢とはそういうものだ。 そこで僕も、今度の革命戦争に備え、宮崎にならって『民訳論』を懐に入れてきたのだ。(藤吉に、着物の懐をそっと見せる) まだ、フンドシには入れてないけどね(笑)。これは僕の秘密なので、誰にも言わないでよ」

藤吉 「そうか・・・井出さんが秘密を明かしたのなら、おあいこだ。僕の秘密はこれ、誰にも言わないで、内緒ですよ。(懐から、松本カヨの手紙を取り出す) ある女性からの手紙です」

井出 「ハッハッハッハッハ、君は正直だな、ますます好きになった」

藤吉 「井出さんのように革命の本ではないですが、この手紙を胸にしまっておくと、ますます闘志が湧いてくるのです」

井出 「うむ、夢とロマンを感じるな・・・どれ、明日の戦いに備えて、そろそろ寝るとしようか。 明日は大宮郷を征圧するからね、良い夢でも見よう。君はその手紙のお陰で、きっと素晴らしい夢を見るだろう(笑)」

藤吉 「そうですね、素晴らしい夢でも見ながら寝ましょう」(二人、横に臥す) 

第14場[11月2日午前、小鹿坂峠に近い音楽寺(札所23番)の境内。 田代、加藤、菊池、井上ら困民党の幹部の他に、大勢の農民が勢揃いしている。]

田代 「諸君、我々はいま小鹿坂峠を越えた。眼下には大宮郷が広がり、秩父の山々全体が我々の前途を祝っているようではないか。 武甲山の頂きは美しい紅葉に彩られ、荒川はゆったりと流れてわが軍勢の進撃を待っている。この美しい秩父は我々のものだ。間もなく、偵察隊の合図が出たら大宮郷へ進撃しよう!」

加藤 「我々の軍勢はすでに数千人に達している。この大部隊が進軍すれば、大宮郷は立ち所に我々の掌中に入ってしまう。 ここを押さえれば秩父郡だけでなく、やがて埼玉県全体を解放することができるだろう。そうすれば、貧窮に喘ぐ農民は全て救われるのだ!」

菊池 「昨夜からの動員は順調に進んでいる。農民もその他の民衆も皆、わが軍に協力的で“炊き出し”も熱心にやってくれている。 これから大宮郷に進んでいけば、我々の軍勢は1万人にも達するだろう。警官達はほとんど逃げ去った。従って、わが軍の進撃は無人の野を行くようなものだ!」(その時、二発の銃声が真下の荒川の方から聞こえる)

田代 「今の銃声は、大宮郷小隊長の柴岡熊吉君らが放ったものだ! 荒川にかかる“武の鼻の渡し”には、敵が一兵もいないという合図だ! いざ、進撃っ!」

農民達 「おう〜!」「進撃っ!」「戦えーっ!」「突撃っ!」「進めーっ!」「えいえいお〜!!」

加藤 「いいか、銃を撃てーっ! 花火を打ち上げろーっ! 竹ぼらを吹けーっ!」(銃声や竹ぼらの音などが鳴り響く)

菊池 「そこにいる者は、音楽寺の鐘を打ち鳴らせーっ! 進め〜っ! 突撃〜っ!!」(音楽寺の鐘が乱打され音が鳴り響く。「うお〜っ!!」という喊声とともに、農民達が白い“昇り旗”を掲げて進撃を開始する)

第15場[11月2日午前、大宮郷にある岩上慎次の家。 岩上の他に、川本平三、村岡耕造、林善作、山中常太郎、安藤貞一の自警団のメンバーがいる。]

村岡 「大変だ、この騒動は尋常ではない」

林 「何だ、この銃声や鐘の音は・・・」

川本 「だから言っただろう、俺達の小鹿野町は滅茶苦茶にぶち壊されたんだ。もうすぐ、ここも暴徒どもに占領され破壊されるだけだ」

岩上 「こうしてはおれない、とにかく逃げよう」

山中 「うむ、逃げるしかないが、警察はどこへ行ったのだろう?」

安藤 「皆野を棄てて、寄居へ退却したらしい」

村岡 「ということは、ここから皆野の方へ逃げるのは危険だということだな」

林 「そうだ、暴徒が一杯いそうだ」

岩上 「となると、南か東しかないが・・・」

川本 「いや、南は相当“駆り出し”をしていたから危ない、東の方が安全だろう」

安藤 「僕の家へ来いよ、横瀬はまだ大丈夫のはずだ」

山中 「そうだな、横瀬村なら安全だろう」

岩上 「よし、それならすぐに逃げよう」(岩上、立ち上がる)

川本 「自警団用の赤い鉢巻きや“たすき”は、決して目につかないように注意しよう」

村岡 「分かった、さあ横瀬へ行こう」

林 「おのれ、暴徒め、今に見ていろ」(全員、立ち上がり急いで退場)

第16場[11月2日午前、大宮郷の警察署内。 加藤織平、高岸善吉、新井周三郎、飯塚盛蔵、大野苗吉、落合寅市、柴岡熊吉らの他に、農民多数。]

落合 「今度ここに来る時は全てぶっ壊してやろうと思ったが、正にその時が来たぞ」

農民1 「本当にそうなりましたね。2ヵ月ほど前ここへ請願に来た時、警察の連中はわれわれの要求を全く受け付けなかった」

高岸 「高利貸しへの説得をあれほど求めたのに、実に冷たい返事だったな」

農民2 「警察は高利貸しの味方だったのだ。高利貸しから“ワイロ”をもらっていたに違いない」

農民3 「しかし、ここは今やわれわれが支配する所となった。どうですか、火を付けて全部燃やしてしまいますか」

農民4 「そうだ、憎っくき警察は燃やしてしまおう」

加藤 「いや、待て、ここは“人民警察”の本部として使える。要らない書類だけを燃やせばいい」

飯塚 「われわれに不都合な書類を全て燃やそう」

落合 「残念だが、それもそうだ。こんな“新品”の警察署を焼き払ってやれば、あいつらもガックリするだろうに」

加藤 「それでは諸君、その辺の机や棚などを調べて、不要な書類は全て焼き捨てよう。さあ、取りかかろうではないか」

農民達 「よし、やろう」「分からない書類は、とにかく燃やしてしまえ!」「俺は字が読めるから大丈夫だ」「調書は全部焼き捨てよう」「肝心なものは持ち出しているだろうな」「まあ、沢山書類があるな・・・いちいち読むのは大変だ」「外に運び出すだけでも重労働だ」等々 (農民達、机や棚の書類を次々に運び出す)

第17場[11月2日午後、秩父神社の境内。 田代、加藤、菊池、井上、高岸、坂本ら幹部の他に、多数の農民が集まっている。]

田代 「諸君、我々はきょう、大宮郷一帯を完全に征圧した。警察署も郡役所も裁判所も全て占拠した。暴虐な高利貸しの家を次々に襲撃し、大地主などからも軍用金をたっぷりと徴収した。 警官隊や役人どもは恐れをなして、どこへともなく逃げ落ちている。これは、諸君の偉大な戦いの勝利だ! 全員で勝利の喜びを分かち合おう!」

農民達 「うお〜!」「いいぞーっ!」「勝ったぞーっ!」「秩父困民党バンザーイッ!」

加藤 「すでに我々の陣営には、1万人に達する同志が参集している。1万人の大軍勢だ! これからももっと増える勢いだ。きょうは大宮郷に駐屯するが、あす以降は幾つかの部隊に分かれて周りの地域を征圧し、そのあと力を結集して浦和の県庁に攻め上る予定である」

菊池 「敵の動きはまだはっきりしていない。しかし、いずれ警官隊だけでなく軍隊も出動してくるだろう。 それに備えて、偵察をしっかりと行なわなければならない。斥候(せっこう)係りは十分に任務を果たしてほしい。また、自警団が各地で行動を起こす気配がある。これに対しては、我々の“駆り出し”を一層強化して封じ込めなければならない。遊撃隊の奮闘を期待する」

田代 「ところできょうは、この秩父神社を本陣として宿営しようと思うがどうだろうか。この神社は大宮郷の“象徴”みたいなものではないか」

菊池 「総理、ちょっと待って下さい。我々は国家権力を打倒するために立ち上がったのです。そう考えると、この神社は確かに秩父の象徴かもしれないが、権力の象徴ではない。 我々が政府に打撃を与えるとすれば、占領した政府の出先機関を本陣にすべきだと思います。そのためには、秩父における権力の“牙城”は郡役所ということになります。従って我々は、総理を先頭にしてこれから郡役所に乗り込み、そこを本営にすべきだと思います」

田代 「なるほど・・・」

井上 「それは良い考えだ、その方が訴える力が大きくなる」

加藤 「もっともだ。国家権力の出先で“大イビキ”をかいて寝てやれば、政府に与える痛撃は一層強まるというものだ」(笑)

高岸 「役所の屋上に、困民軍の旗を掲げましょう!」

坂本 「それがいい。そうすれば、秩父全体が我々のものだということがはっきりするぞ!」

田代 「うむ、よく分かった。参謀長の言うようにしよう」

菊池 「有り難うございます。 よしっ、それではこれから、田代総理を先頭にして我々は郡役所に乗り込むぞ! 全員、堂々たる隊列を組んで行進しよう!」

加藤 「郡役所は秩父の中心だ! 我々は凱旋行進をするぞっ!」

農民達 「うお〜!」「困民党バンザーイッ!」「勝利の行進だーっ!」「田代総理は凱旋将軍だーっ!」「いざ、進めーっ!」(田代を先頭にして、全員が行進を開始)

第18場[11月2日午後、東京・内務省の内務卿室。 山県有朋内務卿を中心に大迫貞清警視総監、東京鎮台の乃木希典参謀長が協議している。そこへ、山県の秘書が飛び込んでくる。]

秘書 「閣下、一大事です。いま、埼玉県庁から入った電報によりますと、武器を持った秩父郡の暴徒は大宮郷一帯をほぼ制圧し、その数は数千人に達するということです。このため、憲兵隊を直ちに派遣していただきたいとの要請が来ております」(秘書が電文を山県に手渡すと、山県は暫くそれに目を通す)

山県 「えらいことになったな。あすは天長節(天皇誕生日)だというのに、なんと間が悪いことか。 大迫さんの方にはどういう情報が入っていますか?」

大迫 「こちらには、警官7〜8人が死傷し、他に数人が捕われの身になっているとの報告が入っています。 暴徒の勢いは非常に強く、警察の能力ではもはや鎮圧することは極めて困難だということです。このため、皆野にあった警備本部は、寄居へ撤退を余儀なくされました。 こういう状況になりましたので、内務卿、私からも憲兵隊など軍隊の派遣をお願い申し上げます」

山県 「う〜む、乃木君、君の考えはどうか?」

乃木 「警視総監のおっしゃる通りだと思います。一刻も早く軍隊を出動させないと、取り返しのつかない事態になることも予想されます」

山県 「うむ、暴動が東京に波及してきたら大変だ。よし、直ちに軍隊を派遣しよう! 乃木君、まず憲兵隊を出してくれ。次に、東京鎮台と高崎分営鎮台の出動が必要になるな」

乃木 「はっ、憲兵隊に続いて、東京鎮台と高崎分営兵の派遣も直ちに準備します」

山県 「高崎まで鉄道が開通したばかりで本当に良かったな、兵隊をどしどし輸送できる。 しかし、これを見てくれ。(山県が机上の地図を指し示すと、大迫と乃木が覗き込む) この川越方面にもし暴動が広がると、輸送手段がほとんど無いから軍隊の移動が難しくなる。従って、暴徒の進出を何としても秩父一帯で食い止めなければならない。川越の方には絶対に進撃を許してはならん、鎮台の役目はそういうことだ」

乃木 「はっ、承知しました。暴徒が川越地方に進出しないように、その手前から小川、児玉辺りにかけて憲兵隊、鎮台兵を配備しましょう」(乃木が地図上を指差す)

山県 「うむ、そうしてくれ。ところで、村田銃の方は大丈夫だな?」

乃木 「はい、最新式の村田銃を大量に用意してあります」

山県 「よし、村田銃をぶっ放せば、どんな暴動でも鎮圧できるぞ! 初めて使うからな、わしが陣頭指揮を取りたいくらいだ、ハッハッハッハッハ。 大迫さん、これでどうですか」

大迫 「有り難うございます、我々警察も非常に助かります」

山県 「うむ、しかし、軍隊を派遣しなければならないとは大変な事態だ。 天長節を前にして、陛下のご宸襟(しんきん)を悩ませてはならぬ。何のご心配もないと、私から早速“上奏”申し上げよう」

第19場[11月2日午後、武甲山の麓の坂道。 伊藤栄郡長と郡役所の役人数人が、大きなカバンやふろしき包みを持って歩いている。彼らは制服を脱ぎ捨て、農民の身なりをしている。]

伊藤 「やれやれ、酷い目に会ったものだ。大宮郷を暴徒どもに占領され、逃げ延びるだけとは情けない」

役人1 「郡長、これからどちらへ向かいましょうか?」

伊藤 「このまま名栗村(なぐりむら)へ行くしかないだろう。あそこはまだ安全だろうから、とにかく村役場を訪ねてみよう。 それより重要な書類、印鑑などは全て持ってきただろうな?」

役人2 「はっ、何せ緊急事態でありましたので、全てとはいきませんが出来るだけ多く持ってきました」

伊藤 「仕方がない、役所で“うろうろ”していたら暴徒どもに殺されるだけだ。公証簿を全て運び出そうと思ってもそれは無理だ。君達は良くやってくれたよ」

役人3 「はっ、恐れ入ります。保管していた印鑑は全部持ってきたつもりです」

伊藤 「うむ、ご苦労さん。 大変なことになったが、いずれ政府や警察が秩序を回復してくれるだろう。 それに、自警団も反撃に出てくれるに違いない。いろいろ手を打っておいたからな」

役人4 「そうですとも、自警団は必ず立ち上がってくれます」

伊藤 「それにしても情けない格好だ。こうして農民の着物を借り、自慢の“八の字ヒゲ”を剃り落として逃げ落ちるとはな。 しかし、今に見ていろ、必ず役所に戻る日が来るからな・・・おっとっとっと、危ない!」(肥満体の伊藤が足を滑らし、坂道を転げ落ちる)

役人達 「郡長! 大丈夫ですか」「お怪我はありませんか?」(役人達がカバンやふろしき包みを放り出し、転げ落ちた伊藤に手を差し伸べる)

第20場[11月2日夕刻、大宮郷の秩父郡役所。 田代、加藤、菊池以下、困民党の主だった幹部が作戦会議を開いている。]

落合 「この郡役所の屋上に困民軍の旗を掲げたし、大宮郷から国家権力の手先を全て排除しました。これぞ正に“自由自治元年”の日ですね」

田代 「うむ、素晴らしい出来事だ。我々が目指していた“秩父コミューン”の第一歩が印されたことになる」

井出 「軍用金の集め具合は順調に進んでおり、すでに3000円ほど集まりました。受領証は『革命本部』の名称を使ったり、田代総理のお名前にしたりしています」

田代 「うむ、私の名前も公(おおやけ)になってしまったな」(笑)

坂本 「わが軍が圧倒的に強いせいか、動員も順調にいっており仲間がどんどん増えています。また、炊き出しに協力してくれる住民も多く、食糧の補給などは全く問題がありません」

高岸 「軍律5カ条も良く守られており、今のところ軍の統制には何の心配もいりません。このため、我々に対する住民の支持は高まっているようです」

加藤 「それは大変いいことだが、問題は明日以降の作戦をどうするかということだ。参謀長はどのようなお考えか?」

菊池 「浦和の県庁を目指すのだから、軍を東の方へ展開しなければならない。場合によっては北寄りの進路も考えられるが、いずれにしろ兵力を集中して取り組まないと、浦和への進撃は無理でしょう」

田代 「参謀長の言うことは分かるが、群馬、山梨など近隣の動静がはっきりしないと、我々だけが突出して敵の総攻撃の格好の餌食になりかねない。 ここはもう少し秩父全体を固めながら、様子を見て浦和への進撃を考えても良いのではないか」

小柏 「いや、勢いのあるうちに進まないと包囲されるだけです。参謀長が言われたように、兵力を結集して突破口を開きましょう。 今ならこちらは1万の大軍だから、どこへでも進撃できるでしょう。我々が進んでいくうちに、それに呼応して近隣の農民達も容易に立ち上がることができます」

加藤 「その前に、十分な偵察が必要ではないか。せっかく斥候をあちこちに出しているのだから、彼らの報告を聞いてから行動を起こせば良い。 敵だってまだ、そんなに近くまで来ているはずがない」

菊池 「いや、偵察の情報はもちろん大切だが、今のうちに明確な戦略を決めておかないと、手遅れになる恐れがある。 私は小川から寄居へかけての線で、総攻撃をかけるのが最も効果的だと思っている。そのためにも、兵力の結集が必要なのではないか」

田代 「ちょっと待ってほしい。攻撃を仕掛けるなら、兵力を集中させるのが一番良いことは分かっている。 しかし、秩父の中にも敵の自警団の動きがある。我々が総攻撃で外に出ていった場合、この郡役所などを奪われたら本も子もなくなる。だから、もう少し全体の様子を見ようではないか」

菊池 「もちろん、秩父の中心は押さえておかなければならない。それに必要な部隊は当然残すべきでしょう。 しかし、ほとんどの部隊がここに残れば、外へ進出するどころか、いずれ包囲されて“袋のネズミ”になりかねない。だから、浦和への進撃と戦略を具体的に早く決めておくべきです」

加藤 「それは分かるが、偵察の情報も重要だ。今夜から明朝にかけての報告を聞いてから、作戦を練っても遅いということはない」

菊池 「うむ、それでは明朝早く、もう一度作戦会議を開きましょう。 但し、私は参謀長の立場から、小川から寄居方面への攻撃が不可欠だと思っている。従って明日は、少なくとも乙大隊の指揮を飯塚大隊長と共に取らせてもらいたい」

田代 「それは結構でしょう。 あとは甲大隊の指揮を、加藤さんと新井君に任せる。それに、軍勢も増えたことだから、秩父の中心を守るために“丙大隊”を新たに設け、落合君を大隊長に任命したい。それでいかがだろうか」

加藤 「結構です」

菊池 「それは良いが、明朝早くもう一度作戦会議をやりましょう」

田代 「うむ、そうしよう」

第21場[11月2日夜、郡役所の近くの民家で、井出為吉と日下藤吉が食事をとっている。]

藤吉 「こうして住民が“炊き出し”に協力してくれるのは、本当に有り難いですね」

井出 「うむ、美味(おい)しくいただこう」

藤吉 「先ほどの作戦会議の模様はどうだったのですか?」

井出 「総理、副総理と菊池参謀長らの考えが、だいぶ隔たっていた。それが少し心配になる」

藤吉 「田代総理は、秩父を固めるのが第一だと思っているのでしょう?」

井出 「その通りだ、それは当然かもしれないが、明日以降の戦いの方針といったものが見えてこない。その点が菊池さんは不満なようで、兵力を結集して小川から寄居方面へ打って出るべきだと言っていた」

藤吉 「菊池さんの気持は良く分かりますね。敵の反撃態勢が整わないうちに、こちらから攻勢をかければ、“駆り出し”の援軍も増えて状況はますます有利になるはずだ。 加藤さんも慎重なのですか?」

井出 「加藤さんは斥候の報告を重視している。それも良く分かるが、どのくらい的確な報告が上がってくるか心配だ。 こういう非常時には、根も葉もない噂(うわさ)に振り回されやすいからね。とにかく明朝にかけての偵察の結果を見て、作戦を決めようということになった」

藤吉 「浦和へ進撃しようという大方針はどうなったのですか? 大宮郷を占拠したら、何かもう受身になったような感じですね」

井出 「そういうことはないと思うが・・・しかし、秩父にこだわっていると、浦和総攻撃の勝機を見失うかもしれない。 明日は僕も菊池さんを支持して、積極的な意見を述べるつもりだ」

藤吉 「田代総理は今夜、大宮郷にいるお姉さんと久しぶりに会うそうですね」

井出 「うむ、それは微笑ましくていいじゃないか。積もる話しもあるだろう」(その時、民家の玄関から、藤吉の母・ミツと妹のハルが入ってくる)

ミツ 「藤吉、ずいぶん探したよ」

ハル 「兄さん、元気にやってる?」

藤吉 「ここにやって来るとは思わなかった、何かあったの?」

ハル 「いいえ、兄さんの顔が見たかっただけ。(笑) この前、兄さんが大変なことが起きると言っていたのが本当になって、驚いて駆けつけて来たのよ」

藤吉 「ああ、そうか。本当に大変なことになっただろう、秩父の人達が目を覚ましたのだ。 井出さん、こちらは僕の母と妹です、よろしくどうぞ」(ミツとハルが井出に会釈する)

井出 「初めまして、井出と申します」(井出も会釈する)

ミツ 「藤吉がいろいろお世話になっています」

井出 「いえ、彼にはあれこれ助けてもらっているのですよ。 藤吉君、お母さんと妹さんがせっかく来られたのだから、今夜は3人でゆっくりと話せばいいじゃないか」

藤吉 「はあ、有り難うございます」

ミツ 「何もないのですが“お握り”や山菜を持って来ましたので、召し上がって下さい」

井出 「これは有り難い、いただきます。(ミツから弁当を受け取る) それじゃ、親子水入らずの話しでもしたら」

藤吉 「ええ、それではどうも」(藤吉とミツ、ハルが奥の部屋に引き込む)

第22場[11月2日深夜、高崎線・本庄駅前の広場。 東京憲兵隊の春田少佐、隈元少尉ら100人ほどの憲兵隊員が集結。大里郡役所の役人数人が応対に出ている。]

役人1 「憲兵隊の皆さん、ご苦労さまです」

春田 「いや、そちらこそ夜遅くにご苦労さまです」

役人2 「県庁からの指令により、この一帯の“人力車”を全て集めました。また、食糧も十分に用意してあります」

春田 「ありがとう、助かります。 それにしても、鉄道が開通すると本当に便利になりましたな。上野駅からここまでアッと言う間に着きましたよ」

役人3 「我々も東京に出るのに大変楽になりました。鉄道と“歩き”とでは、正に天地雲泥の差ですから」

春田 「鉄道と言い電報と言い、文明開化の力がなければ、我々憲兵隊はこんなに早く本庄まで来ることはできなかった。 いや、話しはともかく早速、寄居方面へのご案内をよろしく頼みます」

役人1 「道案内を付けますので、最短の距離でご案内します」

春田 「ありがとう。 (憲兵隊員に向って)全員、整列! 憲兵隊はこれより、寄居、皆野へ向って進軍する! 徹夜の行軍だが一刻も早く騒乱現場に赴き、賊徒を鎮圧しなければならない! それでは、進めーっ!」(憲兵隊が進軍を開始。) 《第154項目へ続く》

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