明治17年秩父革命

第3幕

第1場[11月3日早朝、秩父郡役所。 田代、加藤、菊池、井上、高岸、落合、新井周三郎、小柏、飯塚、井出、大野苗吉の他、困民党の主だった幹部が作戦会議を開いている。]

高岸 「きょうは“天長節”だから、ちょうど良い。天皇の軍隊でも警察でも、一網打尽にやっつけるにはもってこいの日だ」

大野 「お恐れながら天朝様に敵対するので加勢しろ、と言ってきたからな」(笑)

小柏 「そうだ、我々全軍で国家権力の部隊を叩きのめそう」

新井 「総理は昨夜、実のお姉さんにも久しぶりに会えたそうで良かったですね」

田代 「ああ、有り難う。ついつい話し込んでしまったよ」(苦笑)

落合 「寝不足のようですが、体調はいかがですか?」

田代 「まあまあだが、二、三日前から胸の痛みが少し酷くなってね。持病なんだよ、年も年だし」

井上 「けっこう無理をして、頑張ってきましたからね」

田代 「いやいや、皆さんほどには頑張ってこなかったが、やはり年かな。総理は加藤さんに代ってもらった方がいいかもしれない」(笑)

加藤 「何を言われる、総理はあなたしかいないでしょう。 さあ皆さん、作戦会議を始めよう。まず参謀長から意見を聞かせてもらいたい」

菊池 「昨日も述べたように、小川から寄居へかけて軍勢を集中させ、浦和への突破口を開いていくのが最も重要だと考えます。とにかく兵力を集中させなければ、敵に打撃を与えることは出来ないでしょう」

加藤 「しかし、先ほど入った報告によると、憲兵隊や警官隊が吉田方面に進入してきたというが」

菊池 「それはおかしい。警官隊はともかく、憲兵はまだそんなに近くまで来るはずがない。何かの間違いでしょう」

田代 「いや、斥候係りが言ってきたのだから信じるしかないのではないか」

飯塚 「もう一つ、中山道の熊谷駅周辺で一揆が起きた他、寄居や野上の警察署が破壊されたということです。このため、熊谷までは簡単に進めるということですが」

菊池 「誰か、はっきりと確認したのだろうか?」

飯塚 「そこまでは分かりませんが、もしそうなら寄居へ進出する絶好の機会ではないですか」

井上 「どこまで事実か確認のしようがないが、今のところ偵察の報告を信じるしかないだろう」

井出 「いま参謀長が言われたように、寄居方面に軍勢を集中させるのが最も効果的でしょう」

加藤 「いや、敵が吉田に向かってきたというなら、それを迎え撃つべきだ。寄居に進出するのは良いが、背後から攻められて秩父の中心部が征圧されたら終りになる。従って、甲大隊は吉田・小鹿野方面へ向かうべきだ」

井出 「そうすると兵力が分散されますよ、敵に痛撃を加えることができない」

田代 「いや、北から攻められたら、この大宮郷が危うくなる。それに、近くで自警団の動きも出てきそうだ。ここは斥候係りの報告を信じて、甲大隊は吉田方面に行ってもらおう。 新たに創った丙大隊は大宮郷を守るとして、乙大隊は大野原から皆野、寄居方面へ展開してもらえればいい。時間がないので、とにかくそうしよう」

菊池 「仕方がありませんな。それでは、私は飯塚大隊長と共に、乙大隊を率いて皆野の方へ向かいます。そこで、戦線の拡大にともない皆野を“本営”とすることでどうでしょうか」

田代 「それには異存はない、私も皆野へ行こう」

加藤 「私は新井君と共に、甲大隊を引き連れて吉田に向かいます」

第2場[11月3日朝、郡役所近くの民家前。 日下藤吉と母のミツ、妹のハル。藤吉は白鉢巻に白ダスキ姿で、腰に刀を差している。]

藤吉 「いよいよ出陣だ。僕は菊池参謀長の伝令係りをしろと言われている」

ハル 「私も付いていきたいけど、駄目かしら」

藤吉 「駄目だよ、女性は“銃後の守り”だ。母さんをしっかりと見守ってほしい」

ミツ 「藤吉、無理をして危ない所に行ったりしないで。お前は若いから血気にはやるので心配だよ」

藤吉 「心配しないで。僕は伝令係りだから、それに徹するよ。むやみに血気にはやったりしない」

ハル 「それならいいけど、兄さんは直ぐに突進していく所があるから。私は母さんと一緒にいるけど、出来るだけ困民党のお手伝いもするわ」

藤吉 「うん、よろしく頼む。いったん戦場に出ると何が起きるか分からないが、出来るだけ連絡を取るようにするよ」(その時、農民1が藤吉の所にやって来る)

農民1 「日下君、参謀長がお呼びだ。出陣の時ですぞ」

藤吉 「はい、それでは二人とも元気でね」

ミツ 「お前も気を付けて」

ハル 「兄さんもご無事で」(藤吉、農民1と共に立ち去る)

第3場ーA[11月3日午後、皆野の荒川沿いにある親鼻の渡し場。 飯塚盛蔵、犬木寿作の他に、困民軍の鉄砲隊数十人が警戒に当たっている。そこへ“斥候”係りの農民が飛び込んでくる。]

斥候 「大隊長! 憲兵隊がいま対岸の金崎に現われました!」

飯塚 「なにっ、よし、鉄砲隊は銃撃の用意!」(暫くの間)

犬木 「おお、見えたぞ、見えたぞ。(少しの間) まだ撃つな、敵がもっと近づいたら撃とう」

飯塚 「大した人数ではないな、向うはまだこちらに気付いていない。よし、もう少し引き付けろ」

犬木 「ふむ、あれが天皇の軍隊か、天長節に鉄砲をぶっ放してやるか」

隊員1 「まだですか? 腕がムズムズする・・・」

犬木 「まだまだ、もっと引き寄せろ」

隊員2 「渡し場に近づいてきましたよ」

飯塚 「よ〜し、もうちょっと・・・(少しの間) 射程圏内に入ったな、よし、撃てーっ!」(隊員達、一斉に銃を撃つ。ダダダダーン、ババババーンという射撃音が鳴り響く)

第3場ーB[親鼻の渡し場・金崎側。 隈元少尉以下、30人ほどの東京憲兵隊員]

隈元 「敵だーっ、撃ってきたぞー! 応戦の用意!」

憲兵1 「敵は火縄銃ですな、我々の村田銃をぶっ放せば奴らは“イチコロ”だ、ハッハッハッハッハ」

憲兵2 「“おもちゃ”の銃を相手にしているようなものだ」

憲兵3 「どれ、一発かましてやりますか」

憲兵4 「初めて村田銃を撃つぞ、胸がワクワクする」

隈元 「油断は禁物だぞ。全員、射撃用意!(少しの間) よし、撃てーっ!」(ババン、ババンという冴えない音)

憲兵5 「小隊長、私のは弾(たま)が出ません!」

憲兵6 「私も、私もです!」 

隈元 「なにっ、どうした、火薬が湿っているのか?」

憲兵1 「薬莢(やっきょう)が発火しないようです、畜生! 最新式の銃だというのに」

隈元 「何たることだ、発火しない火薬があるか! 畜生、大丈夫だと言われたのに、西南戦争の時の火薬じゃ使い物にならん! 仕方がない、これでは銃撃戦は無理だ。 全員、退却!」(憲兵隊、退却する)

第3場ーC[飯塚、犬木ら困民軍の鉄砲隊]

飯塚 「ウワッハッハッハ、見ろ、あいつらはほとんど銃も撃たずに退却するぞ」

犬木 「あれが天皇の軍隊か、情けない奴らだ」(笑)

隊員1 「勝ったぞ、俺達は天皇の軍隊を打ち負かしたんだ!」

隊員2 「立派な軍服を着ているくせに、からっきし駄目な奴らだな」(笑)

隊員3 「これで皆野を守ったぞ、敵はいつでも来やがれだ!」

飯塚 「よし、勝利を祝して、勝ちどきを上げよう! えいえいお〜!」

隊員達 「えいえいお〜!」「えいえいお〜!!」「えいえいお〜!!!」

第4場[11月3日午後、秩父郡北方にある大淵村の農家。 加藤織平、新井周三郎、大野苗吉、坂本宗作、島崎嘉四郎、新井悌次郎ら甲大隊の幹部が作戦会議を開いている。]

大野 「小鹿野から下吉田、太田を通って来ましたが、いっこうに敵に出会いませんね」

加藤 「・・・斥候の報告は間違いだったのか、憲兵隊も警官隊もいない。無駄な時間を過ごしたのかな」

周三郎 「そんなことはありませんよ。途中、高利貸しの家を幾つも打ち壊し証書類も焼き捨てたし、農民も随分動員できたでしょう。やることはやってきました」

坂本 「北西の矢納村あたりに、憲兵隊が現われたという報告がありますが」

加藤 「うむ、その連絡もどれほど正確かな・・・信じたいところだが、きょうは敵に遭遇していないからね」

島崎 「確かに、斥候の農民達は慣れないことをしているので、噂や風評に振り回されている面があるかもしれない。しかし、この地域も重要な拠点ではあるので、態勢を強化する必要はあると思います」

加藤 「うむ、引き上げるつもりはないが・・・どうしようか。新井君、君の考えは?」

周三郎 「皆野の本営からは特段の指令は来ていません。従って、我々甲大隊はこの地域に展開していても良いということです。 この際、敵を探索するためにも遊撃隊をつくりませんか」

大野 「それは良い考えだ、私も同感です」

坂本 「私も賛成です」

加藤 「そうか、それならそうしよう。遊撃隊については、新井君の判断に任せる」

周三郎 「それでは遊撃隊を2つつくり、島崎さんと新井悌次郎さんにそれぞれの指揮をお願いしましょう。 島崎さんには日野沢方面に、新井さんには石間(いさま)の方へ出てもらうということで、どうでしょうか」

加藤 「もちろん結構だ。遊撃隊の人数は?」

周三郎 「それぞれ250人とします」

加藤 「大部隊だな、ご両人ともそれで宜しいか?」

島崎 「喜んで遊撃隊を指揮します」

悌次郎 「むろん、それで結構です。2つの遊撃隊が日野沢から石間にかけて展開し、矢納村を包み込むようにして進んで行けば、やがて敵の軍勢とも遭遇するかもしれない」

加藤 「よし、決まった。島崎君と新井君はすぐに出発してもらおう」

島崎 「了解しました」

悌次郎 「それでは出発します」(島崎と悌次郎が出て行く)

第5場[11月3日夕刻、皆野にある困民軍の本営・角屋旅館。 田代、菊池、小柏、柴岡、井出ら幹部の他に、藤吉もいる。]

菊池 「憲兵隊が親鼻の渡し場に現われましたが、鉄砲隊がこれを撃退しました。まずは幸先の良い緒戦です」

田代 「それは良いが、敵は確実に包囲網を狭めてきたようだ。予想以上に早く皆野に現われたではないか」

菊池 「そうかもしれませんが、憲兵隊を撃退するなど、わが軍は非常に良く戦っています。敵の警備本部があったこの角屋旅館も奪取しましたからね。 問題は、加藤さんや周三郎君が指揮している甲大隊が、どういう戦いをしているかです」

藤吉 「甲大隊は下吉田、太田を通って、いま大淵村辺りに進んでいるようですが、敵に遭遇したという連絡はまだ来ていません」

小柏 「憲兵隊がいるという斥侯の報告は、間違いだったのか」

柴岡 「仕方がない、間違えることもある」

菊池 「総理、憲兵隊がこちらに現われたということは、敵は寄居、小川、飯能の線に進出してきたということです。 この方面に主力の防衛線を敷くためには、甲大隊を呼び戻したらどうですか」

田代 「うむ、それは私も考えていたが、北方作戦も重要だ。こうなると、高崎の鎮台兵が児玉方面に出てくる可能性も大きい」

菊池 「しかし、敵の主力は目下、こちらに集中していますよ。防衛線を突破されたら、大宮郷までいっぺんに征圧される恐れがある。とにかく、甲大隊を早く呼び戻しましょう」

田代 「いや、加藤さんや周三郎君の判断もあるだろう。もう一日待ってはどうか」

菊池 「北方にはまだ敵の影はないのです。こちらが主戦場になっているのですよ、絶好の戦機を見失ったら、わが軍は一挙に守勢に回る恐れがある。 だいたい、我々の戦力は分散し過ぎている。敵の主力に対して“包囲作戦”を取るとか、兵力を集中して“突破作戦”に出るとか、臨機応変に対応しないと勝機を逃してしまうでしょう。 総理、ここが決断のしどころです。すぐに甲大隊を呼び戻しましょう」

田代 「うむ、しかし・・・申し訳ないが、先ほどから胸が痛くて堪らないのだ。ちょっと休ませてもらえないか」

柴岡 「これはいけない、例の持病ですな」

井出 「総理は休んだ方がいい、疲れが溜まっているのです」

小柏 「静かな所に行きましょう」

田代 「そうさせてもらおう」

柴岡 「ここは最前線なので良くない、大野原に退いて民家で休まれたら」

田代 「すまない、そうさせてもらう。後は参謀長に任せる」

小柏 「さあ、行きましょう」(小柏、柴岡らが田代を抱きかかえて退場)

菊池 「仕方がない、どうしようか・・・うむ、日下君、君はすぐに甲大隊の所へ行ってくれないか。こちらの情勢を伝えると共に向うの様子を連絡してほしい。 特に、坂本さんにはしっかりと伝えてほしい。あの人は全体の動きを良く把握できるからね」

藤吉 「分かりました、すぐに出発します」

菊池 「私が全軍の指揮を取るわけにはいかないが、総理が回復したらもう一度作戦を考えよう」(藤吉が急いで退場)

第6場[11月3日夕刻、東京・内務省の内務卿室。 山県有朋内務卿と大迫貞清警視総監が協議している所に、東京鎮台の乃木希典参謀長が入ってくる。]

乃木 「作戦は順調に進んでいますが、いま入った連絡によりますと、皆野へ向った憲兵隊は暴徒の一団に遭遇したものの、ほとんど戦いをせずに矢那瀬という所に退却しました」

山県 「なにっ」

大迫 「現地の警察からも同様の報告が上がっていますが」

山県 「どうしてそうなったのか?」

乃木 「春田少佐からの連絡によりますと、わが方の火薬は西南の役の際に製造されたもので、銃撃しようとしても薬莢が発火しなかったというのです」

山県 「何だと、それでは戦(いくさ)にならんではないか!」

乃木 「はっ、現地からは至急、新しい弾薬を送ってほしいとの要請が来ましたので、そのように処置します」

山県 「当たり前だ! 新品の弾薬だけでなく、村田銃ももっと大量に送れ」

乃木 「はっ、そのように致します」

山県 「参謀長、これは単なる農民一揆ではなく“戦争”なんだぞ。西南の役以来の戦争なんだ! いくら陸軍に金がないとはいえ、ここで“ケチ”ったらとんでもないことになる。至急、銃や弾薬を現地に送ってくれ」

乃木 「はっ、承知しました」

山県 「すぐに行って手配してくれ」

乃木 「はっ、そのように致します」(乃木が急いで退場)

山県 「まったく、乃木は何を考えているんだ、のほほんとしやがって!」

大迫 「内務卿、まあまあ・・・」

山県 「だから、あいつは駄目なんだ。 西南戦争の時には陛下の“軍旗”を賊軍に奪われるし、同輩の桂太郎や児玉源太郎などに比べると全く能力が劣る。あれは軍人には向いていない、教育者にでもなった方がましだ。同じ長州の人間でなかったら“クビ”にしてやるところだが・・・いや、失礼、つい愚痴をこぼしてしまった。大迫さん、ここだけの話しにしてほしい」

大迫 「大丈夫ですよ、内務卿。乃木参謀長はとにかく山県さんに忠実だから、一所懸命にやるはずです」

山県 「ふむ、忠実だけが取り柄か」

大迫 「東京鎮台と高崎分営鎮台が全力を挙げて取り組めば、暴徒の反乱などはすぐに平定できます」

山県 「うむ、そうしなければ。 とんでもない天長節になってしまったが、一日も早く暴動を鎮圧して陛下にご報告しよう」

第7場[11月3日夜、横瀬村の安藤久作の家。 自警団のメンバーである息子の安藤貞一、川本平三、山中彦太郎、村岡耕造が話し合っている所に、岩上慎次と林善作が駆け込んでくる。]

岩上 「おい、みんな、朗報だぞ! 軍隊が出動して、間もなくこちらにも到着するそうだ」

林 「東京の憲兵隊だけでなく、鎮台兵もやって来るということだ」(林と岩上が座敷に座る)

川本 「ご苦労さん、とにかく良かったな」

山中 「これで暴徒は鎮圧され、秩父の秩序も回復する」

安藤 「軍隊の“お出まし”となれば、何も怖いものはない」

村岡 「名栗村の状況はどうなのだ?」

岩上 「うん、伊藤郡長も郡の役人もみんな元気そうだった。裁判所の人達も村役場に避難していたよ」

林 「浦和から村役場に電報が入って、軍隊の出動が分かったのだ。これで、暴徒どもは秩父の盆地で“袋のネズミ”になったということだな」(笑)

川本 「いや、素晴らしい。我々自警団も立ち上がる時が来た」

村岡 「安藤も山中も暴徒に“復讐”する時が来たぞ」(笑)

安藤 「うむ、この時を待っていた。必ず打ちのめしてやるからな」

山中 「俺は特に、父を斬った日下藤吉のことが気になるが、何よりも秩父の治安が回復し元どおりになることを願っている」

岩上 「そうだ、それが一番だ。明日にも我々は立ち上がろう」

林 「俺達を支援してくれる態勢はどうなってる?」

川本 「君達が名栗へ行っている間に、特に“猟師団”の応援を取り付けた。彼らはみんな猟銃を持っているから、力強い味方になってくれる。これで万全の態勢だろう」

林 「それは素晴らしい、百万の味方を得たようなものだ」

村岡 「軍隊や警官隊の動きを見ながら、我々は抜刀隊となって斬り込もう」

山中 「うむ、後方から暴徒を襲えば、あいつらは挟み撃ちに遭って潰れるだけだ。俺達の出立(いでた)ちも大丈夫だろうね」

安藤 「任せといてよ、赤い鉢巻もタスキも、赤い“昇り旗”も十分に用意してある。あとは出陣を待つだけだ」

岩上 「よし、いよいよ賊徒どもをせん滅する時が来た。腕が鳴るな〜」

川本 「これで衆議一決だ、我々は明日立ち上がろう」

第8場[11月4日朝、国神村の長楽寺の境内。 甲大隊の本陣になっており、加藤、新井周三郎、大野苗吉、坂本ら幹部の他に藤吉もいる。他に農民多数。]

加藤 「炊き出しも順調にいっているな、みんな、腹一杯食べて戦いに備えよう」

農民1 「きょうこそは、敵を蹴散らしてやりましょう」

農民2 「早くこの銃を撃ってみたいものだ」

新井 「島崎さんらの遊撃隊も、きょうはきっと敵に出会うでしょう」

大野 「副総理、われわれ風布村の部隊は児玉方面へ進もうと思いますが」

加藤 「それも良いな、児玉から本庄、熊谷を制圧すれば、高崎線に大きな打撃を与えることが出来る。新井君、風布の部隊はそうしたらどうだろうか?」

新井 「結構ですね」

加藤 「よし、大野君にはそうしてもらおう」

大野 「分かりました、早速出撃の態勢を取ります」

加藤 「遊撃隊と風布部隊の布陣は問題ないが、残る我々の部隊をどうするかだ」

坂本 「これは田代総理の指示を待つしかありませんが、ここにいる日下君からの報告によると、皆野方面に敵の憲兵隊が現われており、残る軍勢は皆野へ引き返すのが順当だと思います」

加藤 「うむ、肝心の大宮郷も守らなければならないし、私もその考えに賛成だ」

坂本 「しかも総理は胸の痛みが酷く、随分気弱になっていると聞いていますが」

加藤 「心配だな、田代さんに倒れられたら統率が効かなくなる。残る部隊はとにかく皆野へ引き返そう、それでどうだろうか?」

新井 「問題はありません。こちらの方は我々に任せて下さい」

加藤 「よし、そうと決めたら私と坂本君は・・・」(その時、新井の背後に忍び寄ってきた“捕虜”の青木巡査が、抜刀して新井に斬りかかる)

青木 「逆賊め! 死ねーっ!」(青木の刀が、新井の後頭部に振り下ろされる)

新井 「グワーッ!」(新井はよろけるが、刀を抜いて青木に応戦)

農民達 「謀反だ!」「出合えーっ!」「巡査を叩っ斬れーっ!」(農民達も刀を抜いて、青木に斬りかかる)

青木 「貴様らも皆殺しだーっ!」(青木は奮戦するが、やがて農民達に斬殺される。倒れている新井に、皆が駆け寄る)

加藤 「新井君! 大丈夫か・・・おお、酷い怪我だな」

坂本 「大変だ、大隊長を運ばねば・・・」

加藤 「すぐに皆野の本営へ運ぼう」

大野 「何ということだ、最も勇敢な男が倒れるとは・・・」

第9場[11月4日午前、皆野の角屋旅館。 菊池、落合らがいる所に、田代が高岸や柴岡に抱えられるようにして入ってくる。]

菊池 「総理、お加減はどうですか?」

田代 「いや、すまない。どうも痛みが退かないのだ」

菊池 「それは良くありませんな、大切にして下さい」

田代 「その後の情勢だが、どうなっているのだろうか」

菊池 「正直言って、厳しい状況になっています。困民軍は良く戦っていますが、本野上や寄居方面から憲兵隊が進出してきているほか、小川口の坂本村にも敵が現われたという報告が入りました。 この他にも、飯能口に軍隊や警察の動きが見られるということです」

田代 「う〜む、厳しいな、包囲された形になったか。我々の態勢はどうなっているのだろうか」

菊池 「軍勢を配置していますが、残念ながら鉄砲隊の数が足りないようです」

田代 「鉄砲は2500挺もあると聞いていたが・・・」

落合 「数はあっても、動員した農民達の中から逃げる者が出ているようです」

田代 「う〜む、まずいな。自警団の動きはどうなのだろう?」

落合 「大宮郷の南の方で一部動きがあるようですが、まだはっきりしたことは分かりません」

田代 「あちらには遊撃隊が出ているはずだが、連絡はあるのだろうか」

菊池 「宮川寅五郎さんが指揮を取っていますが、何の連絡もないのです」

田代 「何もない? それでは逆にやられてしまったのか・・・」

菊池 「分かりませんが、急ぎ斥候を出しています。とにかく厳しい状況になったので、外秩父の坂本方面には落合さんの大隊に行ってもらいたいのです」

落合 「それは良いですよ、すぐに行きましょう」(その時、数人の農民が、重傷で“血だらけ”の新井周三郎を板に乗せて運び込んでくる)

農民1 「新井大隊長が、長楽寺の境内で捕虜の巡査に斬られました。すぐに手当てをして下さい」

菊池 「何だと!」(田代、菊池、高岸らが新井の周りに集まる)

田代 「新井君、傷は大丈夫か」

高岸 「君が倒れるなんて・・・おい、しっかりしてくれ!」

新井 (苦しそうに)「だ、大丈夫です・・・油断をしていて申し訳ありません。後のことは坂本さんにお任せしました」

菊池 「すぐに救護班を呼んでくれ!」(一人の農民が急いで出て行く)

田代 「残念だ、新井君が大ケガをするとは・・・ああ、胸の痛みが余計に酷くなった」(田代がうずくまる)

高岸 「総理、しっかりして下さい、総理に倒れられたら困民党は終りです。気を強く持って戦っていきましょう」

柴岡 「そうです、我々はまだ負けたわけではない。総理、ここが一番の踏ん張りどころです」

菊池 「う〜む、きつい情勢になってきた・・・」

第10場[11月4日午後、皆野にある荒川の渡し船場。 東京憲兵隊の小笠原大尉、隈元少尉、内田少尉に率いられて、憲兵隊員が進撃の用意をしている。]

隈元 「小笠原大尉、きのうは参りました。銃を撃っても、弾が飛んでいかないのですからね」

小笠原 「ハッハッハッハッハ、それは参ったろう。しかし、きょうは大丈夫だ、新品の弾薬を沢山持って来たからな」

内田 「きょうこそが、村田銃の本当の“撃ち初(ぞ)め”というやつだ。 隈元、俺達は陸軍の歴史的な日に立ち会っていると思え」

隈元 「ふむ、内田は相変らず大げさな言い方をするな。しかし、お前と一緒に村田銃の“試し撃ち”とは、同期の腐れ縁というやつだ」

内田 「ハッハッハッハ、相変らずの“減らず口”だな。どちらが腕がいいか試すには、ちょうど良い機会だ」

小笠原 「二人とも気を引き締めろ。 いいか、船場の向うにいる鉄砲隊らしき者を狙え! 全員、構えー筒(つつ)! 撃てーっ!」(隈元、内田ら憲兵隊員が射撃。ダダダダーン、ババババーンという激しい射撃音が鳴り響く)

隈元 「すごい! 何人も倒れたぞ!」

内田 「ものすごい威力だ! みんな逃げていくぞ!」

小笠原 「よし、進撃だ! 全員、進めーっ!」(憲兵隊員、進撃を開始)

第11場[11月4日午後、大宮郷の南方の丘。 赤い“昇り旗”を持ち赤い鉢巻にタスキ掛け、刀を手にした自警団が、猟銃を持った30人ほどの猟師団と集結している。]

川本 「おい、みんな、いま皆野の方角で凄い射撃音がしたぞ!」

岩上 「あれは憲兵隊の一斉射撃のはずだ」

村岡 「間違いない、とうとう憲兵隊が攻撃に出たのだ」

安藤 「よし、俺達も出撃するか!」

林 「この時を待っていたのだ、暴徒どもを残らずやっつけよう!」

山中 「猟師団の皆さん、用意はいいですか?」

猟師1 「いつでもいいぞ、腕が“ムズムズ”しているところだ」

猟師2 「早く行こう、これ以上待っていられるか!」

川本 「猟師団の皆さんも異存がないようだ。それでは、我々も暴徒どもを鎮圧するために出撃しよう!」

岩上 「あいつらを背後から襲撃すれば、憲兵隊と一緒に挟み撃ちだ!」

村岡 「よし、出撃だーっ!」(「うお〜っ!!」という喊声とともに、自警団と猟師団が出発。数人の猟師が空へ向って猟銃を撃つ)

第12場[11月4日午後、皆野の角屋旅館。 菊池、高岸、飯塚、小柏、井出らが協議している。]

小柏 「荒川の方で凄い射撃音が聞こえたが、軍隊が進撃してきたのだろうか」

高岸 「大宮郷の方でもいま銃声が上がったが・・・」

菊池 「敵が一斉に攻めてきたようだ、我々の主力部隊で戦わなければならない。迎え撃つ準備をすぐにしよう」(その時、“伝令”係りの農民が駆け込んでくる)

伝令1 「大変です! 敵の憲兵隊100人以上が荒川を渡り、いまこちらに攻めてきます。敵は強力な銃を持っており、わが軍の鉄砲隊を打ち破って進んでいるため、守備隊は総崩れとなり逃げる者が多数出ています!」

菊池 「う〜む」

小柏 「参謀長、ここはいったん避難した方が良いでしょう」

飯塚 「やむを得ません、いたずらに犠牲者を出すのは得策ではありません」

高岸 「敵が強力な武器を持って攻めてきたら、いったん退いて“遊撃戦”に持ち込みましょう。今はそれしかありません」

菊池 「う〜む、主力部隊で一戦も交えずに退くとは・・・」

飯塚 「大宮郷へ退いて甲大隊、丙大隊と連絡を取り、迎撃態勢を考えるしかありません」(その時、もう一人の伝令が駆け込んでくる)

伝令2 「田代総理を迎えに行ったのですが、姿が見当たりません」

菊池 「なにっ、休憩場所にいないというのか?」

伝令2 「はい、一緒にいるはずの井上会計長らの姿も見えませんでした」

井出 「そんな・・・」

飯塚 「一体、どういうことだ!」

小柏 「総理は逃げたのだ! 何の連絡もよこさずに・・・」

菊池 「何ということだ。田代総理が逃げたら、全軍を統率することが出来ないではないか! これでは四分五裂だ。やむを得ない、我々は大宮郷の方へ退くしかない。すぐに退却しよう」(菊池ら全員が角屋旅館から出ていく)

第13場[11月4日夕刻、皆野の郊外。 転進してきた加藤織平ら甲大隊のメンバー20数人が、退却中の高岸、井出、萩原勘次郎らに出合う。]

加藤 「おお、善吉さん、わが軍は退却しているのか?」

高岸 「そうです。敵の猛烈な追撃に遭って、残念ながら“総崩れ”になりました」

加藤 「田代総理はどうなっているのか?」

井出 「行方をくらましました」

加藤 「なに、総理はいなくなった・・・」

萩原 「はい、総理も井上さんも犬木さんも皆、どこかへ落ち延びたようです」

加藤 「そうか・・・菊池参謀長はどうしてる?」

高岸 「総理が行方をくらましたので、憤激して小人数で吉田方面へ向いました」

加藤 「ふむ、わが軍は“崩壊”したな。 これでは、どうしようもない。後は散発的に遊撃戦を起こすしかないだろう」

井出 「副総理はどうしますか?」

加藤 「仕方がない、こうなっては逃げるだけだ。ここへ来る途中、幾つもの自警団が立ち上がっていたからな」

萩原 「敵の軍隊の銃撃は凄まじいものがあり、我々も逃げるのがやっとでした」

加藤 「やむを得ない。 おい、みんな、ここで解散だ。固まっていると怪しまれるから、出来るだけバラバラになって逃げよう。 自警団に捕まらないように、諸君の幸運を祈る!」(加藤ら、三々五々に落ち延びていく)

第14場[11月4日の夜、金沢村の出牛(じゅうし)部落。 大野苗吉、大野又吉ら甲大隊のメンバーと500人以上の農民が集結。 日下藤吉もこの中にいる。]

苗吉 「みんな、聞いてくれ。 我々困民軍は、皆野方面で憲兵隊などから攻撃を受けた。しかし、ここには500人以上の軍勢が集結しているではないか。 ここに来る途中、我々は警察署や役場を襲って証書類を焼き捨て、金持から軍用金を沢山徴収するなど大きな戦果をあげた! 我々の動員によって、味方はこのように増えたのだ。官憲の圧力は強まっているかもしれないが、今こそ気持を改めて敵に戦いを挑もう!」

又吉 「諸君、この出牛(じゅうし)部落を過ぎると児玉町に入る。道は真っ直ぐに町役場や警察署に延びている。 さらにその先には高崎線が通っており、我々が“大攻勢”をかけるには持って来いの地域だ! たぶん、その辺には敵の軍隊が屯(たむろ)しているだろう。それこそ絶好の機会だ、敵をせん滅してやろうではないか!」

藤吉 「みなさん、我々は皆野や大宮郷で敗れたかもしれない。だから、もう後には戻れないのだ。前進して突破口を開く以外に道はない! 甲大隊の新井隊長を始め、多くの人が傷ついたり犠牲になったりしている。それらの同志の怨みを晴らすためにも、自由で平等な自治政権を樹立するためにも、最後まで断固として戦い抜こうではありませんか!」

農民達 「その通りだ!」「若いの、いいぞーっ!」「俺達も戦うぞーっ!」

苗吉 「この日下君というのは菊池参謀長の伝令係りだが、我々の部隊に来てから“止むに止まれず”戦いの渦中に身を投じたのだ。こういう勇敢な人間がいる限り、我々は決して屈服しない! 彼を見習って徹底的に戦っていこうではないか!」

農民達 「そうだ!」「俺達は屈しないぞーっ!」「徹底的に戦うぞーっ!」

苗吉 「よ〜し、それでは児玉へ向けて進撃するぞ! 鉄砲隊を前にして隊列を組めーっ! シュッパーツッ!」

農民達 「出撃ーっ!」「進めーっ!」「軍隊を蹴散らせーっ!」「児玉町を占拠するぞーっ!」(全員が一斉に行進を開始)

第15場[11月4日の夜、児玉町の路上。 平田大尉が指揮する東京鎮台第3大隊の兵士が集結。他に地元の警察官10数人。]

警官1 「平田大尉、ごらん下さい。いま元田の方向で火の手が見えますよ」

平田 「おお、よく燃えている」

警官2 「暴徒が近づいているという情報が入っていますので、あれは単なる失火ではなく“放火”でしょう」

警官3 「間違いなく放火だ。暴徒は至る所で金貸しの家などに火を付けていますからね」

平田 「うむ、そうに違いない」

兵士1 「何か喊声のようなものが聞こえます」

兵士2 「あっ、また火の粉が舞い上がりました」

警官4 「あちこちに火を付けているのでしょう」

兵士3 「しょうがない奴らだ!」(その時、数発の銃声が聞こえる)

平田 「暴徒がこちらの方向に近づいてきたぞ! 全員、進軍の用意!」

警官1 「敵は秩父新道の下り坂を真っ直ぐに進んできています。私どもがご案内しますが、宜しいですか」

平田 「ああ、宜しくどうぞ。 全員、出発っ!」(警察官の先導で、東京鎮台兵が行進を開始)

第16場ーA[11月4日深夜、児玉町・金屋の農村地帯。 大野苗吉、大野又吉の率いる困民軍が戦闘隊形を取っている。]

苗吉 「敵の軍勢は我々の前に現われた。いいか、人数では我々の方が圧倒的に多い。敵を包囲して“もみ潰して”やろう!」

又吉 「鉄砲隊は出来るだけ相手に近づき、一斉射撃を行なう。その後、抜刀隊と竹槍隊が突撃する。肉弾戦になれば、人数の多いわが軍の方が有利なはずだ!」

苗吉 「それでは前進!」(困民軍が前方へ進む)

又吉 「もっと近づいて、近づいて。よし、射撃用意! (少しの間)撃てーっ!」(ダダダダーン、ババババーンという一斉射撃の音)

苗吉 「おお、敵は“竹やぶ”の中へ逃げ込んだぞ、進めーっ! 進めーっ!!」(困民軍、大きな竹やぶの方向へ進撃)

第16場ーB[竹やぶに潜んだ東京鎮台兵。 身を伏せながら、平田大尉、広瀬中尉の指示を待つ。]

平田 「いいか、敵は人数は多いが寄せ集めの雑兵ばかりだ! 先頭の鉄砲隊をやっつけ、側面から攻撃してやれば崩れるに決まっている」

広瀬 「火縄銃なんかに、こちらが負けてたまるか。最新式の村田銃の威力を見せつけてやろう!」

兵士1 「その通りです、撃って撃って撃ちまくりましょう」

兵士2 「きょうこそ、暴徒どもを全滅させましょう」

兵士3 「敵の先頭が近づきました!」

平田 「まず鉄砲隊を狙え、その後に総攻撃だ!」

広瀬 「敵は“散開”の隊形を取ってきたぞ。いいか、延びきった右翼が攻撃の急所だ!」

平田 「接近してきたな、よし、撃てーっ!」(鎮台兵が一斉に射撃、ダダダダーン、ババババーンという音)

広瀬 「見ろ、次々に倒れたぞ、わが軍の勝利まちがいなーしっ!」

平田 「よ〜し、突撃ーっ!!」(鎮台兵が竹やぶから現われ、困民軍に向って進撃)

第16場ーC[困民軍側。 大野苗吉、大野又吉、日下藤吉らがおり、鎮台兵と接近戦となる。]

苗吉 「今こそ決戦の時だーっ! みんな、見ていろ、俺が先頭で突っ込む!」

又吉 「白兵戦だ、俺も突撃するぞーっ! みんな、続けーっ!」

(抜刀した苗吉、又吉を先頭に「うお〜!」という喊声とともに、困民軍が突撃する。 鎮台兵側が猛烈な射撃、苗吉を始め困民軍の多くの人が倒れる。藤吉が苗吉の側に駆け寄る)

藤吉 「大野さん、大丈夫ですか!」

苗吉 「う〜む・・・やられた」

藤吉 「僕の肩につかまって!」

苗吉 「・・・もういい、俺は満足だ・・・ここで死なせてくれ、君は戦え・・・」(苗吉、息を引き取る)

藤吉 「畜生・・・俺は戦うぞ!」(藤吉は苗吉の遺体から離れ、白兵戦をしている困民軍の中に駆け込んでいく)

第17場[11月4日深夜、長留(ながる)村・芝原部落の山道。 田代栄助、井上伝蔵、犬木寿作が“とぼとぼ”と歩いてくる。]

井上 「総理、敗れましたね。振り返ってみれば、呆気(あっけ)ないことだった」

田代 「うむ、致し方ない」

犬木 「しかし、高利貸しの家を徹底的に破壊し、証書類を燃やしてやったことは痛快だった」

井上 「それだけが成果だったか・・・しかし、悔いはありませんよ

田代 「私も悔いはない。貧しい農民を救うためにやるだけのことはやった。後はこういう定めが待っていたのだ」

犬木 「追われる身となって、後はどうやって逃げ延びるかだけです」

井上 「ここで別れましょう、自警団や猟師達の追手が迫ってきますからね。出来るだけ一人になって身軽になることです」

田代 「そうしよう」

井上 「総理・・・」

田代 「もう、総理と呼ぶのは止めてほしい」

井上 「田代さん、我々は一人になって逃げても、自首するようなことは決してしないようにしましょう」

田代 「うむ、そのつもりだが」

犬木 「とことん逃げ延びることです」

井上 「この先どうなるか分からないが、私も逃げおおせたい。捕まれば、重罪は間違いないですからね」

田代 「そうだ、私などは間違いなく死刑になるだろう」

井上 「それでは、別々に逃げることにしますか」

田代 「うむ、ここに軍用金の残りがあるので、お二人には少しだが持っていってほしい」(田代が懐から金銭の包みを取り出し、井上と犬木に手渡す)

犬木 「胸の痛みの方はどうですか?」

田代 「ああ、何とか騙したり“すかしたり”しているよ」

井上 「それでは、お身体を大切に」

犬木 「また会える日があると良いですね。さよなら」

田代 「さよなら、お元気で」(3人がそれぞれの方向に落ち延びていく)

第18場[11月4日深夜、上吉田村にある塚越部落の河原。 菊池貫平、坂本宗作、伊奈野文次郎、新井寅吉、恩田卯一、横田周作ら困民軍のメンバーと、150人ほどの農民達が集まっている。]

菊池 「我々は秩父の戦いで敵に敗れたが、これで終ったわけではない。 もともと、何かあれば群馬から長野へ戦線を拡大しようと考えていた。こうして新井さん、恩田さんら“上州勢”も数多く加わってもらったのだから、新たな気持で戦いを進めていこうではないか」

伊奈野 「その通りだ。わしは昨日から困民軍に入ったが、このまま戦いを終らせてはならない! せっかく立ち上がったのだから、最後まで諦めずに戦い抜こう!」

新井 「我々上州勢も同感だ。困民軍に賛同して参加してくる農民は、まだ大勢いるはずだ。これからが“本番”だという気持を忘れてはならない」

坂本 「甲大隊の新井隊長が傷ついて倒れた時、何と言ったか・・・諸君に伝えよう。彼は『菊池参謀長がいる限り、困民軍は大丈夫だ。いろいろ作戦を考えているはずだから、すぐに菊池さんの所へ駆けつけてほしい』と言ったのだ。 だから、いま私はここにいる。菊地さんに新しく総理になってもらい、戦いを貫徹していこうではないか!」

恩田 「賛成だ。田代さんも加藤さんもいなくなった現在、“首領”に仰ぐべき人は菊池さん以外にない」

横田 「その通りだ! 菊地さん、このさい困民軍の総理になってもらいたい。我々は全力をあげて貴方を支えていくつもりです」

伊奈野 「皆がそれを願っている。菊池さん、総理を引き受けてもらいたい」

菊池 「皆さんの熱い期待に私も奮い立つ思いだ。不肖・菊池貫平は皆さんのものだ。最高指揮権を執らせてもらう」

坂本 「ありがとう。これで我々は戦う態勢を取ることができた」

新井 「新しい総理のもと、全力で戦おう!」

全員 「おう〜!」「異議なーしっ!」「我々は戦うぞーっ!」「今度こそ勝つぞーっ!」

恩田 「新体制が整ったのだから、これから群馬、長野へと出撃しようではないか。総理、いかがですか?」

菊池 「それでは皆さんが考えているように、我々は明日以降、群馬を通って長野への進軍を開始しよう。 神流(かんな)川沿いに進んでいけば、味方の農民も数多く加わってくれるだろう」

横田 「それは間違いありません。この地域の山中谷(さんちゅうやつ)の農民は、日頃から我々の運動に協力的でした。困民軍が進んでいけば、きっと支援してくれるでしょう」

菊池 「うむ、それなら今夜はここで野営して、明日以降、わが軍は山中谷を通って出来るだけ早く長野県に入る。 政府側は我々が長野で暴れるとは、まだ思いもしていないだろう。目にもの見せてやるぞ」

伊奈野 「さすが菊池総理だ、決めることが早い。俺も大暴れするぞ」

新井 「武者震いする思いだ、これで群馬や長野の農民が立ち上がる」

菊池 「新しい大隊長には坂本さん、参謀長には伊奈野さんを指名する。全員、軍律5カ条を守って戦い抜こう!」

全員 「おう〜!」「戦うぞーっ!」「困民軍バンザーイ!」「敵を蹴散らすぞーっ!」

第19場[11月5日未明、浦和の埼玉県庁。 県令・吉田清英の執務室に、笹田黙介書記官が電報を持って入ってくる。]

笹田 「県令、お疲れさまです。児玉郡役所から、わが軍勝利の電報が入りました!」

吉田 「君も徹夜でご苦労だね、どんな内容かな」

笹田 (電報を見ながら)「昨夜遅く暴徒500人以上が児玉町に侵入しましたが、東京鎮台兵がこれを迎え撃ち、激しい銃撃戦の結果暴徒を鎮圧したということです。 わが軍と警察の被害は負傷4名と軽微なもので、賊徒の方は分かっている限りで死者が10名程度、重傷も10名程度ですが、他にも多くの怪我人が出ているもようです」

吉田 「良かった、大勝利ではないか」

笹田 「はい、賊軍が決定的な敗北を喫したことは間違いなく、すでに大宮郷一帯も憲兵隊、警官隊が制圧していますので、これにより秩父郡の秩序は回復されつつあると判断して良いようです」

吉田 「うむ、秩父の郡役所も奪回できたのだな」

笹田 「まだ、公電は入っていませんが、名栗村などから郡の役人、警官等が大宮郷に入ったという報告は受けていますので、奪回できたと考えられます」

吉田 「そうか、これでようやく元に戻ったと言えそうだな。川越の方へ暴徒を進出させなかったのが何より良かった。 賊軍の支配は正に“三日天下”で終ったということだ、ハッハッハッハッハ」

笹田 「そうですね、敵は“秩父コミューン”などと大法螺(おおぼら)を吹いていたようですが、コミューンはわずか3日で崩壊したのです」

吉田 「まずは結構だ、早速、山県内務卿に報告しなければ」

笹田 「はい、ただちに内務卿宛てに電報を打ちます」

吉田 「ご苦労さん、よろしく」(笹田、一礼して退場)

第4幕

第1場[11月6日午後、群馬県南甘楽郡の楢原(ならはら)村。 菊池、坂本、伊奈野ら困民軍が行進している所に、日下藤吉が駆けつけてくる。]

藤吉 「菊池さん、坂本さん、日下です!」

坂本 「おお、藤吉君か、無事で良かったな」

菊池 「君と別れてから、どうしてるかとても心配だったぞ。元気でやっていたか」

藤吉 「はい・・・しかし、児玉町で敵軍と戦い多くの同志を失いました。大野苗吉さんらも立派な戦死を遂げました」

菊池 「そうか、大野さんも亡くなったか。残念だ」

藤吉 「みんな勇敢に戦いましたが、敵の銃砲は凄まじくどうしようもありませんでした。大野さんは先頭に立って突撃しましたが、敵弾に倒れました。それは非常に英雄的な戦死で、あの人らしい最期でした」

坂本 「うむ、それで加藤さんや井上さん、井出さんらはどうしたのだろうか」

藤吉 「僕は児玉町の戦場にいたので、皆さんがどうなったのか全く分かりません。ただ、困民軍の一隊が山中谷の方へ向ったという話しを聞いたので、こうして後を追いかけてきたのです」

菊池 「加藤さんらはきっと落ち延びたのだろう、それは仕方がない。 だが、我々は信州へ向って行軍を始めたのだ。これから長野、山梨一帯で第二の戦いを起こすことになる。日下君、君も一緒に戦ってくれるね?」

藤吉 「ええ、勿論です。困民軍の旗がある限り、僕は戦い続けます」

伊奈野 「日下君とやら、新しい総理には菊池さん、大隊長には坂本さんが就任したのだ。新体制のもと、困民軍は戦いを更に強め拡大していくぞ」

藤吉 「素晴らしいことです、徹底的に戦っていきましょう」

菊池 「新しい世の中を実現していくために、我々は決して諦めない。最後の最後まで戦い抜くのだ」

藤吉 「そうです、自由で平等な社会を実現するために、僕らは絶対に屈してはならないのです」

第2場[11月6日夜、東京・内務省の内務卿室。 山県内務卿、大迫警視総監、乃木東京鎮台参謀長。]

山県 「暴徒の一部が、群馬から長野方面へ向っているというのは本当か?」

大迫 「はい、地元警察からの報告によると、暴徒の一団が群馬県の神流(かんな)川沿いに長野県の方へ向っており、周辺の村役場などが襲撃されたということです」

山県 「しぶとい奴らだな、長野に入ると余計に厄介だ。地図を見ながら説明してくれないか」(3人が机上の地図を囲む)

大迫 (地図を指差しながら)「一団は今この辺を進んでいますから、もうすぐ十石峠を越えて長野側に入るでしょう。従って、長野県警に緊急配備態勢を取るように指示しました」

山県 「うむ、しかし、警察の力だけでは、賊徒を鎮圧するのはとても無理だな」

大迫 「敵は未だに多くの銃を持っていますので、警察の対応だけでは全く不十分です」

山県 「この地域は鉄道が走っていないから、困ったものだ。乃木君、高崎から急きょ軍を出すしかないだろう」

乃木 「それしかないと思います」

山県 「ちぇっ、暴徒と追いかけっこか・・・信越線を早くつくってくれと言っておいたのに、こうなるから困るんだ」

乃木 「内務卿、とにかく追いかけるしかありません。高崎鎮台にはすぐに出動命令を出しますが、この碓氷(うすい)峠を越えて、浅間山の裾野から佐久(さく)盆地に入るしかないでしょう」

山県 「碓氷峠を越えるのか、難儀だな」

乃木 「仕方ありません」

大迫 「当方から、地元の警察等へ“馬車”や“人力車”を全て借り出すように指示します。そうしなければ、碓氷峠を軍隊が速やかに越えることは無理です」

山県 「分かった、そうしてもらおう。とにかく、長野県下で暴徒を徹底的に鎮圧しなければ、ますます騒動が広がってしまう。お二人とも、よろしく頼みますぞ」

大迫 「了解しました」

乃木 「ただちに手を打ちます」

第3場[11月7日昼頃、群馬・長野の県境にある十石峠。 峠の茶店の外に菊池、坂本、伊奈野、島崎嘉四郎、横田周作、小林酉蔵、新井寅吉と貞吉の親子、藤吉らがいる。他に、両手を縄で縛られて捕虜となっている巡査。]

伊奈野 「十分に腹ごしらえしたぞ。総理、いよいよ長野県に入りますな」

菊池 「勝手知ったる信州だ。井出君がいないのは残念だが、これからは私に任せといてくれ」

坂本 「紅葉がこんなに美しいとは・・・思わず見とれてしまいますよ」

菊池 「うむ、きれいだろう。昨夜(ゆうべ)は雨が雪に変ったせいか、白いものがあちこちに残っているな。 ほら、左手に見えるのが八ヶ岳連峰だ。この下の方が、私や井出君が出てきた北相木村なんだよ」

島崎 「斑雪(まだらゆき)があちこちに見えるとは、寒くなってきましたね」

菊池 「もうすぐ冬本番だ、農民達の暮しは寒さの中で一段と厳しくなるだろう・・・いや、そんな感慨にふけっている場合ではない。同志達が峠の下で待っている、一刻も早く彼らと組んで戦いを進めていかなければならない」

伊奈野 「それでは、出発しますか」

横田 「その前に、この巡査をどう処置しますか?」

小林 「それは斬るしかないだろう、いつ我々に刃向ってくるか知れないぞ」

寅吉 「ここで“処理”した方が安全だ。どさくさに紛れてもし逃げられたら、後が面倒だ」

藤吉 「ちょっと待って下さい! 捕虜を勝手に殺すのは“まずい”ですよ。相手がいかに警察官とはいえ、それはやり過ぎでしょう」

貞吉 「何を言うんだ! この巡査は敵ではないか、生かしておいては碌(ろく)なことはない。ただちに斬るべきだ!」

藤吉 「いや、“万国公法”でも捕虜を虐待してはならないとある。まして斬るなどとはとんでもない」

横田 「何が万国公法だ、ちょっとぐらい勉強したからといって“青臭い”ことを言うな!」

小林 「巡査は敵だぞ、俺達はいつもこいつらに酷い目に遭ってきたんだ」

藤吉 「だからと言って、捕虜を勝手に斬ってはならないはずだ」

寅吉 「日下君、君は高利貸しの山中常太郎を殺そうとしただろう? 巡査も高利貸しも同じ敵ではないか」

藤吉 「山中を斬ったのは、父の仇だったからです。それと捕虜の扱いとは関係ないでしょう」

貞吉 「きれいごとを言うな! 高利貸しも巡査も同じ敵じゃないか」

伊奈野 「新井周三郎さんも“捕虜”の巡査に斬られたではないか。日下君、よもやその事を忘れたわけではないだろうな?」

藤吉 「勿論、忘れていませんよ。しかし・・・」

横田 「しかしも何もないだろう。周三郎さんのように、我々も突然襲われたらどうなるんだ!」

藤吉 「その巡査は“丸腰”じゃないですか」

貞吉 「いや、いつ隙を狙ってくるかも知れない。俺達の刀を奪うこともあるからな。今のうちに始末をつけた方がいいに決まってるぞ」

寅吉 「そうだ、周三郎君のように油断をしていて斬られたら堪らない。 総理、大隊長、ここは腹を決めて巡査を処理すべきです」

小林 「同感です、生かしておいては為になりません」

坂本 「やむを得ない。総理、ここで処理しましょう」

菊池 「日下君の言うことも分かるが、我々は周三郎君が斬られたことを忘れてはならない。害になるものは早く取り除こう」

藤吉 「しかし、総理・・・」

横田 「つべこべ言うな! そんなに文句があるなら、君は秩父へ帰ったらどうなんだ」

藤吉 「・・・」

小林 「総理も了承してくれたのだ、早いうちに処理しよう」

貞吉 「よし、それではやろう」(貞吉が刀を抜いて、巡査に近寄る。背後から、抜刀した小林が寄ってきて巡査に斬りつける)

巡査 「ギャア〜ッ!」(貞吉もほぼ同時に刀を突き刺したので、巡査は絶命する)

第4場[11月7日午後、長野県南佐久郡の大日向村。 村役場に岩村田警察署の警部補・桑名四角之助ら10人ほどの警察官と数人の役人がいる。]

警官1 「偵察の報告によりますと、200人以上の暴徒は十石峠を越えて真っ直ぐにこちらに向っています」

桑名 「武器はどうなのか?」

警官2 「大勢の者が火縄銃を持っており、他は刀や竹槍で武装しているということです」

桑名 「峠の近くに配備した警官隊と猟師はどうしたのか?」

警官1 「指示された通り、無益な戦いは避けて撤退中であります」

桑名 「うむ、それは仕方がない。優勢な敵と正面衝突しても、こちらの損害が増えるばかりだ。 それで、農民達の反応はどうなのか?」

警官2 「ほとんど家に閉じこもっているようですが、中には暴徒に“炊き出し”をする者も現われています」

桑名 「ふん、この辺は民権運動に熱心な連中が多いからな、暴徒に共鳴する奴もかなりいるんだ。そいつらがいい気になって動き出したら大変だ。 役場の皆さん、あなた方は重要な書類を持って早く避難した方が良い。我々も間もなく退却するので急ぎなさい」

役人1 「分かりました。すぐに避難しますが、鎮圧に来る軍隊はどうなっているのでしょうか?」

桑名 「はっきりしたことは分かっていないが、高崎の鎮台兵が佐久に到着するのは、たぶん明日遅くになるでしょう。 それまでは、警察の力では如何ともしがたい」(その時、警官3が慌ただしく村役場に駆け込んでくる)

警官3 「暴徒の一隊40人ほどが、古谷を過ぎて間もなくこちらに達すると思われます!」

桑名 「うむ、それでは全員退却だ。我々警察はとりあえず高野町辺りに退くが、役場の皆さんもそうしたらどうだろうか?」

役人2 「我々も高野町の役場に避難します。その後のことは、暴徒の動きを見ながら判断しましょう」

桑名 「それが良い。では、撤収しよう」(警察官と役人全員が村役場を出て行く)

第5場[11月7日夜、大日向村・本郷部落の龍興寺。 困民軍幹部の宿営地になっており、菊池貫平、坂本、伊奈野、島崎、新井寅吉、大野喜十郎らの他に、地元の菊池恒之助がいる。]

坂本 「十石峠からここまで、アッという間に制圧しましたね」

貫平 「うむ、極めて順調に事が運んだ。この辺の農民はほとんどが負債に苦しんでいるから、我々にとても協力的なのだ。 借金返済の延期と税の減免は、以前から佐久自由党が強く求めてきた。その運動を続けてきたからこそ、いざと言う時にはこういう成果となって表われるのだ」

伊奈野 「食料の炊き出しだけでなく“さらし”などの衣類、酒なども提供してくれたよ。ここの人達は我々の面倒を本当に良く見てくれるので、胸が熱くなった。心の底から有り難いと思っている。日頃苦しんでいる貧しい農民のために、何でもやってあげるつもりだ」

貫平 「ハッハッハッハッハ、伊奈野さんは情に厚いからな。 これもここにいる恒之助君らが大いに奮闘してくれたお陰だ。なあ、恒之助君」

恒之助 「いえ、皆が自由で平等な社会を強く望んでいるからですよ。この佐久地方を解放し、我々の自治政権を打ち立てましょう。それが井出さんらも求めていたことではないですか」

貫平 「うん、井出君は今どうしているか分からないが、彼や私らが望んでいるのは、公正で平等な社会を実現することだ。それが革命的“ロマンチシズム”だと笑われようとも、社会主義的だと非難されようとも我々の夢なのだ。 富める者から奪って貧しい者に分け与える、つまり天下の貧富を平均にする世均し(よならし)こそが我々の理想なのだ。そのためにこれまで戦ってきたではないか。明日以降も、その戦いをさらに進めていきたい」

島崎 「素晴らしい考えだ、ますます闘志が湧いてきたぞ」

大野 「金持どもの家を打ち壊し、金を農民達に分け与えましょう」

坂本 「そうだ、世均しを徹底的にやっていこう。秩父にいた頃は、そこまで考えが及ばなかった」

新井 「俺達の戦いは正義の戦いだ、それを邪魔する奴は叩きのめすだけよ」

伊奈野 「そうだ、革命の大義のためには血を流すこともやむを得ない」

貫平 「恒之助君、敵の出方はまだはっきりしていないのか?」

恒之助 「ええ、警官隊は高野町から臼田村の方へ逃げて行きましたが、肝心の軍隊の動きがまだはっきり掴めていません。しかし、高崎から鎮台兵が出ているというので、早ければ明日には、佐久の北方に現われるかもしれません」

貫平 「うむ、そうすると警官隊は手も足も出ない状況だから、軍隊が到着するまでは、我々がこの地域を完全に支配したことになる。 よしっ、明日は佐久の歴史に残るような栄光の戦いを思う存分やってやろう!」

全員 「おう〜!」「異議なーしっ!」「徹底的に戦うぞー!」「金持どもを全部やっつけるぞー!」

第6場[11月8日午前、大日向村の矢沢部落にある豪農・浅川家の土蔵前。 坂本、伊奈野、小林、藤吉らに指揮された30人ほどの農民が、土蔵から銀貨や天保銭、刀剣、槍、衣類などを持ち出してくる。土蔵の前には、数十人の農民が群がっている。]

坂本 「諸君、この浅川家というのは、高利貸しもやる悪質な豪農だと聞いている。浅川が溜め込んだ多くの財貨を、今こうして白日の下にさらすことができた。 これらの物は全て、浅川が農民諸君から搾り取ったものだ。富める者から奪い取って、皆さんに分け与えるのが困民党の使命だ。これから皆さんに配るから、前に並んでほしい」(多くの農民が列をつくると、小林や藤吉らが衣類や刀剣類、天保銭などを配り始める)

伊奈野 「我々はこれから、この一帯の金持や高利貸しの家を次々に襲撃する。皆さんも刀や槍を持って加わってほしい。 警官隊はいち速く逃げ去ってしまったので、何も怖がるものはない。正々堂々と暴れてやろう!」

小林 「これが正義の戦いなのだ! 俺達を苦しめて“ぬくぬく”と肥え太った輩(やから)を、徹底的に叩きのめしてやろう!」

伊奈野 「日頃の“うっぷん”を晴らす絶好の機会だ。困民軍の白い旗の下にみんな参加してくれ!」

坂本 「それでは隊列を組んで、小海方面に押し出そう! 龍興寺の前には、我らの頭領である菊池総理がお待ちかねだ。菊池さんはこの地元を代表して、秩父でも大いに戦ってこられた。菊池総理の指揮のもと、我々はこれから長野、山梨一帯に戦いを広げていく。 さあ、出陣だ! 全員、武器を持って進撃しよう!」

農民達 「おう〜!」「出撃だっ!」「戦うぞーっ!」「金持をやっつけろーっ!」「困民軍、万歳!」(坂本、伊奈野、小林らを先頭にして、農民達が行進を開始)

第7場[11月8日夜、南佐久郡の岩村田警察署。 ここに長野県警本部が臨時に置かれており、井上署長、桑名警部補以下大勢の警察官がいる所に、高崎鎮台の吉野大尉、前川中尉らの率いる兵隊が“合流”してくる。]

吉野 「遅くなりました。高崎鎮台第3中隊を指揮する吉野です」

井上 「ご苦労さまです。碓氷峠を越えて来られて大変だったですね」

吉野 「いや、これしきのこと、日頃訓練を積んでいるので“さほど”のことはありません」

井上 「頼もしいかぎりです、これで我々も勇気百倍になります。暫くお休みになって英気を養って下さい」

吉野 「かたじけない。腹ごしらえをさせてもらってから、作戦行動に移ります。現在の状況はどのようになっていますか?」

桑名 「この地図を見ながら、ご説明しましょう」(桑名が机上に地図を広げると、井上、吉野、前川がそこに集まる)

桑名 「暴徒どもはいま、この海瀬(かいぜ)から甲州街道を南下した小海(こうみ)方面に進出しており、南北両相木村の一帯は敵の支配下に置かれています。 村役場や豪農、金貸し業者などの家が次々に打ち壊しに遭っており、金銭や刀剣類などが強奪されているのが現状です」

前川 「敵の人数はどのくらいですか?」

桑名 「はっきりしたことは分かりませんが、5〜600人はいると思われます」

吉野 「おおよそで結構ですが、火縄銃はどのくらい持っていそうですか?」

桑名 「たぶん60挺から70挺ぐらいでしょう」

前川 「それなら大したことはない、こちらには最新式の村田銃が120挺もある。それで、暴徒は今後どのような行動に出ると見られますか?」

井上 「それは我々の出方にもよりますが、南下して千曲川沿いにこの川上村の方に向うか、あるいは真っ直ぐに山梨県に入るかのどちらかでしょう」

吉野 「騒乱地域を広げてはならないので、いずれにしろ明日、この小海方面で暴徒をせん滅しましょう。いかがですか?」

井上 「もとより、それが一番良いと思います。我々長野県警は150人の警察官を動員していますので、そのうち100人の主力を、この臼田の一帯にすぐに配置したいと思っています」

吉野 「結構でしょう。それならば我々は、臼田を通って対岸のこの入沢地域に進み、今夜はそこで宿営して明日出撃します。それで宜しいですか?」

井上 「むろん結構です。暴徒をせん滅するために、お互いに緊密な連絡を取り合っていきましょう」

桑名 「我々100人の主力部隊は私が指揮しますので、宜しくお願い致します」

吉野 「こちらこそ宜しく。 前川中尉、長野県警のご協力で、明日は暴徒を一網打尽にせん滅できそうだね」

前川 「ええ、陸軍の名誉にかけて明日中には賊徒を退治しましょう」

第8場[11月9日早朝、南佐久郡・東馬流(まながし)にある井出直太郎家。 困民軍の本陣となっており、菊池、坂本、伊奈野、島崎ら幹部の他に、藤吉らもいる所へ斥候係りの農民1が駆け込んでくる。]

農民1 「大変です! 敵の軍隊が高野町に現われた後、境田を通って真っ直ぐにこちらへ向っています」

坂本 「なにっ、そんなに早く軍隊が現われたのか」

伊奈野 「敵の軍勢はどのくらいだ?」

農民1 「百数十人はいると思いますが、その他にも警官隊が100人ほど加わっているようです」

島崎 「ここで逃げれば困民軍は総崩れだ。勝ち負けはともかく、敵の主力と一戦交えなければならない!」

藤吉 「もとより、我々兵士もその覚悟で戦ってきたのです。精一杯、迎え撃ってやりましょう!」

菊池 「うむ、これが最後の一戦になるかもしれないが、困民軍の旗を掲げて戦おう。たとえ敗れたとしても、貧民の救済に立ち上った我々の決起は永久に歴史に刻まれるだろう。 坂本さん、伊奈野さん、すぐに部隊の配置をお願いしたい。千曲川の流れを上手く利用して両岸に部隊を展開できないだろうか?」

坂本 「それは敵の布陣を見なければ、何とも決めようがありません。とにかく、今すぐ出撃の用意をしましょう」

伊奈野 「先鋒は鉄砲隊だ。わしは鉄砲隊を指揮するが、坂本さん、島崎さんらは抜刀隊を率いてそれに続いてもらえまいか?」

坂本 「それで良いだろう、さあ行こう」

菊池 「よし、出撃だ!」(全員、立ち上がると本陣を出ていく)

第9場ーA[11月9日午前、東馬流の農村地帯にある“天狗岩”の周辺。 吉野大尉、前川中尉率いる高崎鎮台兵と、桑名警部補率いる警官隊が“混成”した隊形で困民軍を待ち構えている。]

前川 (望遠鏡を覗きながら)「中隊長殿、暴徒どもの姿が見えました! 白い旗や幟(のぼり)を立てています」

吉野 「うむ、どのような状況か?」

前川 「数十人ほどの鉄砲隊を先頭にして、後ろに抜刀隊が続いています。隊形はほぼ一列縦隊で進んできていますが、後方は暴徒の群れが広がっているようです」

吉野 「よし、それならば暴徒どもをもっと引き付けよう。千曲川の西岸にいる別働隊が、敵の側面から攻撃しやすい所まで引き寄せるのだ」

前川 「別働隊の立川少尉は、十分に心得ていますね?」

吉野 「勿論だ、敵を包囲する陣形を取るよう指示してある。別働隊が敵の側面から背後に回れば、相手は逃げ場を失って“袋のネズミ”になる。 桑名警部補、我々が一斉射撃を始めたら、あなた方も散開する形で攻撃を仕掛けて下さい」

桑名 「了解しました。暴徒が混乱に陥ったら、我々も拳銃とサーベルであいつらを一人残らず打ちのめしてやります。 同僚の警察官が何人も殺されているんですよ、今日こそその“弔い合戦”です」

吉野 「お気持はよく分かります。今日一日で暴徒を完全に鎮圧しましょう・・・おお、敵の先陣がはっきりと見えるようになったな、もう少し引き付けよう。村田銃の威力を存分に発揮する時が来たぞ」

桑名 「その最新式銃の射撃はまだ見たことがありません。きっと凄いものでしょうね」

前川 「哀れな奴らだ、もうすぐ木っ端微塵に粉砕されるとはな・・・中隊長殿、敵は射程距離に入りました」

吉野 「うむ、火縄銃ではとてもこちらには届かんだろう。 全員、射撃の用意!」(兵士達、銃を構える)

桑名 「敵もこちらに気付いているでしょうが、問題になりませんな」

吉野 「もう少し引き寄せろ、もう少し・・・よし、撃てーっ!!」(兵士達、一斉に銃を発射。ババババーン、ダダダダーンという猛烈な射撃音が鳴り響く)

第9場ーB[同時刻。伊奈野、大野長四郎、大野喜十郎を始めとする困民軍側。藤吉もこの中にいる。何人もの農民が銃撃に遭って次々に倒れる。]

伊奈野 「敵が撃ってきたぞーっ! 俺達も撃ち返せーっ!!」(鉄砲隊が応射する)

喜十郎 「駄目だ、こちらの銃ではほとんど届かない」

長四郎 「危険だが、もう少し前へ出るしかないだろう。鉄砲隊、前進!」(鉄砲隊が前進を始めると、高崎鎮台兵の一斉射撃が再び起きる。凄まじい射撃音)

伊奈野 「伏せろーっ!」

喜十郎 「うわっ、やられた・・・」(喜十郎が倒れる)

長四郎 「喜十郎、大丈夫か!」

藤吉 「喜十郎さん!」(長四郎と藤吉が喜十郎の側に駆け寄る)

喜十郎 「は、腹を撃ち抜かれた・・・俺に構わず、い、行ってくれ・・・」

長四郎 「う〜む、畜生」

農民1 「あっ、西の方向から別の兵隊が現われました!」

伊奈野 「この野郎、俺達を取り囲もうというのだな・・・」

藤吉 「参謀長! あちらからも警官隊が迫っています!」

伊奈野 「うっ、巡査どもか、あいつらなら弱いはずだ。鉄砲隊、巡査どもを狙え!」

第9場ーC[同時刻。桑名警部補らの警官隊が、困民軍の側面に接近する。激しい銃声が断続的に起きる]

警官1 「暴徒がバタバタと倒れています!」

桑名 「きゃつら、浮き足立ってきたな。いいか、敵がもっと混乱したら、抜刀隊に拳銃をぶち込め! それから突撃だ」

警官2 「鉄砲隊が近づいています!」

桑名 「構わん、あいつらは鎮台の兵隊さんにやられるだけだ・・・うむ、だいぶ乱れてきたぞ、みんな拳銃を構えろ! 射撃、用意! 撃てーっ!」(警官隊、一斉に拳銃を発射)

桑名 「よしっ、サーベルを抜け! 突撃だーっ!・・・うっ、畜生・・・」(桑名、困民軍の銃弾に胸を撃ち抜かれ倒れる)

警官3 「隊長殿!」

警官4 「大丈夫ですか! 隊長殿・・・」(警官3、4が倒れた桑名に駆け寄る)

桑名 「こ、これしきのことで・・・おのれ・・・みんな、暴徒どもをたたっ斬れ!・・・」(桑名がうつ伏す)

第9場ーD[同時刻。伊奈野、大野長四郎、藤吉ら困民軍側。]

農民1 「参謀長、敵にほとんど囲まれました!」

伊奈野 「どこか脱出できる所はないのか!」

長四郎 「う〜む、四方を包囲されたな・・・」

藤吉 「このままでは全滅です! 本陣の方へすぐに撤退しましょう」(その時、鎮台兵の銃撃で困民軍の幾人かが倒れる)

伊奈野 「やむを得ん、後方に血路を開くか」

長四郎 「南に逃げるしかないだろう」

伊奈野 「よし、全員、退却!」(困民軍、雪崩を打って退却。鎮台兵の執拗な銃撃に次々に倒れる人達・・・藤吉も足を撃たれるが、引きずるようにして逃げ落ちる) 

第10場[11月9日午前、南佐久郡・海ノ口村の戸長役場。 菊池、坂本、伊奈野、大野長四郎ら困民軍の幹部の他、藤吉らが入ってくる。役場には柿沼戸長ら村人数人がいる。]

菊池 「柿沼さん、北相木村の菊池ですが、少しご厄介になりますぞ」

柿沼 「ええ、どうぞ。あなた方がやって来ることは、村人から聞いていましたよ」

坂本 「戸長さん、とにかく200人分の食事の“炊き出し”をお願いします。腹が減って叶わんのですわ」

柿沼 「了解しました、すぐに用意しましょう」

伊奈野 「それから、各農家から一人ずつの“人足”もお願いします。いろいろ運ぶものがあってね」

柿沼 「ええ、いいでしょう。さっそく手配します」

菊池 「かたじけない、助かります。柿沼さんとは久しぶりにお会いできたというのに、このようなことでお願いするとは因果なものですな、ハッハッハッハッハ」

柿沼 「構いませんよ。 ところで、菊池さんらはこの後どうするつもりで?」

菊池 「ご覧のような出立ちでやってきましたからね、これから山梨方面にでも出て、協力してくれる農民達と一緒に戦っていくしかないですな。 始めたことをクヨクヨしても仕方がない。やるだけやるしかないでしょう」

柿沼 「相変らず豪放な方だ、昔と全く変わりがありませんね」

菊池 「私は生れつきの“ロマンチスト”でね、それでよく“しくじって”きたが、今度も失敗ということですかな、ハッハッハッハッハ」

柿沼 「いえいえ、あなたのような人がいないと、世の中は変らないでしょう。どれ、さっそく炊き出しや人足の手配をしましょう。 みんな、村の衆に言って用意させてくれ」(村人達が承諾の意を表した後、役場を出ていく) 《第158項目へ続く》

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