1) 秋篠宮妃・紀子さまの第3子“ご懐妊”のニュースが昨日(2月7日)、電撃のように日本中を駆け巡った。時あたかも、皇室典範改正の動きが出ている真っ最中だけに、この慶事は一層の関心を呼んでいるようだ。まずは、国民の一人として祝意を表わしたい。
ところで私自身は、女性天皇にも女系天皇にも大賛成であるが、先に(昨年11月24日)「皇室典範に関する有識者会議」が小泉首相に提出した報告書の中で、唯一反対であるのは、皇位継承順位で男女に拘わらず“長子優先”としたことである。
この点について、報告書は「“長子優先”の場合、出生順に皇位継承順位が決まることから、制度として分かりやすく、また、国民の期待やご養育の方針も早期に定まる」として優れていると述べている。確かに、そうした面はあるだろう。
しかし、これは余りに安易な考え方ではなかろうか。長子さえ生まれれば、もうそれで決まりという考え方だ。 私自身が“古い”人間なのかもしれないが、皇室の伝統を考える時「兄弟姉妹間での男子優先」の方が、よほど日本国民に馴染むものだし、女性や女系の天皇に反対する人達を説得しやすいと思うのである。
もっとも、これは個人的な考えだからどうでも良いが、「男系天皇」にこだわる人が未だに多くいることから、男子優先という考えは「伝統主義者」を説得する上で、何らかのメリットがあると思うのである。
2) ところで、“2665年”の皇室の伝統だとか“Y1染色体”がどうだとか、男系天皇に固執する人達はいろいろ言っているが、皇室が2665年も続いているなどとは、全く非科学的で非常識ではないか。
「日本書紀」によれば、初代の神武天皇は(西暦の)紀元前711年にお生まれになり、紀元前585年に127歳で崩御したという(即位の年は紀元前660年)。 第六代の孝安天皇は在位102年で「古事記」によれば123歳、「日本書紀」によれば137歳で崩御したという。さらに、第十代の崇神(すじん)天皇は「古事記」によれば168歳、「日本書紀」によれば120歳で崩御したという。(「歴代天皇総覧」笠原英彦著・中公新書より)
大昔の天皇の多くが、大変な長命(?)であるのは結構であり喜ばしい。 しかし、これは歴史的、科学的に全く証明されておらず、皇統が2665年も続いているというのは、全く“ナンセンス”である。今の皇室の誕生は、早くてもせいぜい紀元後4世紀の代というのが科学的常識ではないか。従って、皇室を尊ぶのは良いが、皇統2665年などと“デタラメ”なことを言うのは絶対に止めてもらいたい。(もし必要とあらば、「建国記念の日」の問題を今後徹底的に追及するつもりだ。)
3) 話しが横にそれてしまったが、歴史によって証明されている天皇が全て「男系」だという意味は大きい。 従って、9月末にもお生まれになるという紀子さまの御子がもし男子であれば、現行の皇室典範のままで良いではないかという意見が必ず強まるだろう。反対に御子がもし女子であれば、皇室典範の改正が急がれるに違いない。
先の有識者会議の報告書では、「男系継承自体が不安定化している現状を考えると、男系による継承を貫こうとすることは、世襲そのものを危うくする結果をもたらすものであると考えなければならない」としている。
しかし、もし紀子さまの御子が男子であったら、私のような女性・女系天皇賛成論者でも、態度を変える者が出てくるだろう。なぜなら、当面は男系の継承が可能になるからだ。 もとより男系にこだわっていれば、世襲が危うくなる事態も想定される。従って、旧皇族の皇籍への復帰などが浮上してくるだろうが。(但し、これには相当な反対、疑問、抵抗が予想される。)
結論は、9月末まで待てということである。紀子さまの御子誕生を待たなければ、何とも議論の仕様がないだろう。 それを待たずに、今の国会で皇室典範の改正を急ぐことは危険である。将来に禍根を残すことにもなりかねない。
皇室に関心のある国民は、ただじっと“静かにして”9月末を待つことである。そして、9月末が過ぎたら、再び大いに議論をしようではないか。 (2006年2月8日)