遺恨50年! 盛田光広さんの死を無駄にするな

1)北方領土とは? 

 過日(8月16日)、北方領土の貝殻島近くで、操業中の根室市の漁船がロシア国境警備隊に銃撃・拿捕され、乗組員の盛田光広さん(35)が死亡、3人が拘束されるという事件が起きた。まことに痛ましい出来事である。 ところが、テレビや新聞などマスコミの扱いはかなり小さく地味なものであった。まるで、そこには「北方領土問題」が存在しないかのように・・・

 マスコミは日頃、尖閣諸島竹島の問題には大騒ぎするくせに、北方領土問題にはほとんど関心がないのだろうか。 もし、竹島や尖閣諸島の「領海」で日本人漁船員が銃殺されたら、日本のマスコミは“金切り声”を立てて騒ぐだろう。韓国や中国には断固たる態度で臨むくせに、相手がロシアとなると諦めて尻尾を巻くのだろうか。

 考えてほしい。北方領土問題は、竹島や尖閣諸島の領有権問題よりもはるかに根が深く、また歴史的にも重要であったということを。 ところが、最近の若者たちは歯舞(ハボマイ)・色丹(シコタン)も、国後(クナシリ)・択捉(エトロフ)も知らない人がかなりいる。そこに「北方領土問題」があるなどとは思ってもみない人が大勢いるようだ。

 どうしてそうなったのか。はっきり言って、政府と政治家、マスコミの責任である。 この問題は戦後60年以上も続いているのに、解決へ向けて何も進展していない。領土問題などはどうでもいいやと思うなら仕方がないが、マスコミは尖閣諸島や竹島の問題には“目くじら”を立てて騒ぐくせに、北方領土問題には“知らん顔”をするから許せないのだ。

 はっきり言っておこう。 今回の銃撃・拿捕事件は、日本とロシアの「国境」で起きたと思っている人(特に若い人)が多いのだ。とんでもない! 日本とロシアの「国境」は千島列島の択捉(エトロフ)島と得撫(ウルップ)島の間にあり、事件現場の貝殻島付近は完全に日本領だということを再確認してもらいたい。

2)2島返還か、4島返還か

 北方領土に関心のない人とは、ここでお別れしよう。これ以上、付き合ってもらっても仕方がない。しかし、日本の「領土問題」に関心のある方はもう少し付き合って頂きたい。 私はいま領土問題と言ったが、その最大のテーマが「北方領土」だと考えている。

 先にも述べたように、この問題は戦後60年以上経っても一向に解決していない。靖国問題と同じように、日本国民の喉に突き刺さった“トゲ”のようなものだ。もうこの辺で、そろそろ解決の糸口をつかまなければならない。 そのために、私ははっきりと言いたい。国後(クナシリ)・択捉(エトロフ)のことは当面棚上げして、歯舞(ハボマイ)・色丹(シコタン)の本土復帰だけを考えろ!っと。 

 歯舞諸島と色丹島の返還を優先させるのを俗に「2島先行返還」と言い、これに対して、国後・択捉両島を含めたものを「4島一括返還」と言ってきた。 そして、日本は50年以上も昔から「2島返還」か「4島返還」かで国内がいつも揉めてきた。理想はもちろん「4島一括返還」である。4島が一括して返還されれば、こんなに良いことはない。それは誰もが思うことである。

 しかし、旧ソ連も今のロシアも「4島一括返還」には絶対に応じない姿勢を貫いてきた。その最大の根拠は、対日講和条約(サンフランシスコ講和条約)で日本が千島列島の領有権を放棄したからだというもので、歯舞・色丹は返還できても、国後・択捉は絶対に返還できないとするものだ。

 旧ソ連は対日講和条約に調印しなかったが、日本政府が国会で「放棄した千島列島に国後・択捉が含まれる」と一時的にも答弁したことを決して忘れなかったはずだ。 政府は後にこの答弁を正式に取り消したが、以後の対ソ連、対ロシアとの交渉で“負い目”を持ったことは間違いない。

 この後、1956年の日ソ交渉から実に50年間、日本は旧ソ連、続いて今のロシアと断続的に「平和条約」の締結交渉を行なってきたが、領土問題がネックになって何も進展しない状況が続いている。 ここで私が特に指摘したいのは、日本の原則である「4島一括返還」を主張するのは良いが、その結果、向うが返すと言っていた歯舞・色丹まで返還されないということである。

 原則を曲げないのだから、それでも良いと言うならそれも正しいだろう。しかし、とっくの昔に返還されたはずの2島が、50年経っても返ってこないという“現実”で果たして良いのだろうか。 歯舞・色丹が日本の領土に復帰していれば、貝殻島近くで漁船が銃撃・拿捕されるような今回の事件は絶対に起きなかったはずである。もとより、乗組員が射殺される事態も起きなかったはずだ。

 国民や政治家は「国益」というものを、どう考えているのだろうか。原則を主張していれば、それで良いと考えているのだろうか。 絶対にそんなことはないと、私は断言したい。仮に2島返還で平和条約が結ばれようとも、国後・択捉については、その後の「外交交渉」でいくらでも手立てを講じることができたと考える。たとえ国後・択捉が返還されなくても、領土交渉は継続できたはずだ。

3)政治判断と「国益」

 そういうことを言うと「お前は外交を知らない素人だから、勝手なことが言えるのだ」と直ぐに反論されそうだが、果たしてそうだろうか。 もう30年ほど前のことだが、私が外務省記者クラブで仕事をしていた頃、“夜回り”取材で外務審議官の高島益郎(ますお)さん宅に伺ったことがある。

 高島さんはそれより5〜6年前だったか、日中国交回復交渉の時に条約局長を務めていたが、中国に対して一歩も引かず強硬に渡り合ったため、当時の周恩来首相から「法匪(ほうひ)」と渾名されたほどの“硬骨漢”で、外務省の強面(こわもて)の代表のような存在だった。

 ウィスキーを飲みながら雑談しているうちに話しが北方領土問題に移ったため、1956年の日ソ国交回復交渉の際に「(4島一括返還ではなく)歯舞・色丹の2島返還で妥結できたのではないか?」と私が質すと、高島氏は「それもあり得た。要は“政治判断”だ」と答えた。

 私はこの言葉を決して忘れない。外務省切っての硬骨漢が、当時のソ連に妥協・譲歩するかのような姿勢を示したのだ。 外交とはそういうものではないのか? にっちもさっちも行かない時は、機を見て「取れる」ものは必ず取って表面上は譲歩しておく。これが「国益」というものではないのか?

 ところが、56年当時の自民党は『保守合同』したばかりで党内は激しい政争に明け暮れ、反主流派は鳩山一郎政権を絶えず揺さぶっていた。 鳩山首相と当時の重光葵(まもる)外相は何としても日ソ交渉を成功させ、シベリア抑留者の帰還や日本の国連加盟などを実現させようと努力していたが、領土問題では党内から激しく突き上げられていたため、平和条約締結でソ連に妥協することができなかった。

 この時の「政治判断」で結局、国後・択捉の問題は棚上げされ、歯舞・色丹の2島は日ソ平和条約締結後に返還されるという「共同宣言」で落着、北方領土は何一つ返ってこなかった。“オール オア ナッシング”、“白か黒か”という決着である。「二兎(にと)を追う者は一兎(いっと)をも得ず」という言葉があるが、「4島を追う者は2島をも得ず」という結果になった。

 これが外交交渉なのか!? 4島一括返還にこだわる余り、島は一つも返ってこなかったのだ。いつの世の中にも「原則論」「強硬論」はある。その方がカッコ良いし勇ましい。 原則論者や強硬論者は、現実的で柔軟な外交路線を絶えず「軟弱だ」「相手に屈服するのか」と非難する。妥協や譲歩を決して認めようとしない。

 しかし、4島どころか1島も戻ってこないで、これが「国益」だと言えるのか! 高島氏が指摘した「政治判断」が間違っていたのではないか? 仮にあの時、2島だけでも取り返しておけばその後、ソ連が崩壊して相手が「ロシア」に“変質”したのだから、それを機に国後・択捉の返還交渉を進めることができたかもしれない。

4)ああ、遺恨50年

 あれから50年が経った。50年経っても何一つ変わっていない。北方領土の悲しい歴史が続く。 こうした現実が更に30年も50年も続くのだろうか。日ロ平和条約の締結はどうなるのか。 北方領土の地図を見てもらおう。歯舞・色丹の海域だけでも相当な広さだ。

 もし、この2島が日本に返還されれば、漁業関係者らにとってどんなにプラスになることか。また、それは「国益」にも繋がるのだ。 納沙布(のさっぷ)岬の目と鼻の先に事実上の国境線(漁業協定の中間ライン)を敷かれ、日本は完全にロシアに押さえ込まれた形だ。

 そこで起きた今回の漁船銃撃・拿捕事件。 外務省はロシア側に強く抗議し、人命が失われたこともあって人的・物的な賠償を求める意向を示している。しかし、船長ら乗組員3人は国後島に連行されて取り調べを受けており、事件がいつ解決されるかまったく予断を許さない状況だ。

 漁船員が射殺されたのは、奇しくも日ソ交渉があった1956年以来50年ぶりのことだという。50年の悲しい歴史が、また新たな犠牲者を生んだのだ。 日ロ平和条約交渉はいつ始まるのか? 歯舞・色丹はいつ日本に返ってくるのか?

 今度、日ロ間で領土交渉が始まったら、4島一括返還などという原則論にこだわらず、たとえ歯舞諸島一つでも色丹島一つでも、取れるものから取り返すという姿勢で臨むべきだ。そうしなければ、また50年経っても何一つ返ってこないという結果になってしまうだろう。

北方領土問題」は、戦後最大の問題として厳然として残っている。50年間の“空費”を終えて、更に50年間を“空費”させてはならない。 我々は、北方領土に散った盛田光広さんの死を、決して無駄にしてはならないのだ。 (2006年8月29日)

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