雑録、寸評、一言、エッセイ、日記、思い出・・・

 

 このページは「一言集」(第146項目)と「雑録・寸評・エッセイなど」(第148項目)を引き継いだものです。

2006年

9月1日  成人年齢を「満18歳」に引き下げるべきである。

9月6日(水) ! 秋篠宮家に親王殿下ご誕生!(この日の午前8時27分) 

9月8日  過日(5日)、某先輩の勉強会で衆議院議員・平沼赳夫氏の講演を聴くことができた。“誇り高き無所属”の平沼ですと挨拶していた。 平沼氏は右寄りの保守政治家で、左寄りの私とでは政治観、歴史観、社会観(靖国や皇室典範の問題など)で大きなギャップがあるのだが、とても頼もしい“硬骨漢”に見えた。 憲法改正や自主防衛の確立などでは認識が一致している。自分が右寄りになってきたのだろうか? そんなことはないはずだが、左翼的民族主義・強国主義・愛国主義を奉じる私にとって、平沼氏は妙に近しい存在に見えるのである。

9月9日  イエス・キリストは人類史上、最大の「革命家」である。

9月13日  妻が「あなた、誕生日に何か欲しいものがある?」と聞いてきたが、欲しいものは特にない。「愛がほしい」と答える。

9月15日  「私心」を無くせば全てに通じる。 

9月18日  65歳で“高齢者”なんて冗談ではない、80歳でも元気な人が沢山いるというのに。 せめて70歳以上を“高齢者”と呼んでほしい。(65歳に達した感想)

9月26日  42年前に早大のフランス文学科を卒業した同窓生でクラス会をやろうというので、幹事役になって大忙し。40年ぶりに会える人もいるので楽しいが、他界した人も十数人にのぼるのか?

9月27日  安部晋三内閣が昨夜(26日)発足したが、「論功行賞内閣」そのものだ。あまり期待はしていないが、初の戦後生まれの首相だというから“お手並み拝見”といこう。

9月29日  幼児の死亡事件・事故ほど痛ましいものはない。

10月1日  「アカシア並木の 黄昏は 淡い灯がつく 喫茶店 いつもあなたと 逢った日の 小さな赤い 椅子二つ モカの香りが にじんでた・・・」《「喫茶店の片隅で」作詞・矢野亮、作曲・中野忠晴、唄・松島詩子》 1960年(昭和35年)、第1次安保闘争の年にヒットした歌だ。しかし、僕にはこの歌の中身さえ縁がなかった。なんと侘びしく味気ない青春だったことか・・・せめて、彼女と一度だけでも喫茶店に行きたかった。

10月2日  敵を挑発する。(イエス・キリストでさえ最後にエルサレムに入り“敵”を挑発した。)

10月5日  結果がどうであれ、安部首相が就任早々、中国・韓国両国を訪問するのは極めて良いことだ。(8日に中国、9日に韓国)

10月9日(月) 本日午前、北朝鮮が核実験を強行した。新たな「核保有国」の誕生である。 2年余り前、この項目の前身である“一言集”の冒頭で、私は「北朝鮮が核兵器を持てば、日本も核武装して当然である」と書いた。 日本は自国の安全のために「非核3原則」の撤廃などを真剣に考えるべきである。さもないと、事態は予測できないほど深刻なものになるかもしれない。今日においても「核抑止力」というものが、厳然として存在していることを忘れてはならない。

10月11日  自分は罪多き人間である。

10月12日  我が家は“ボロ家”だ、豪邸でも美邸でもない。従って、よほどの事がない限り他人様をお招きする事はない。(ちなみに65歳になっても、家のローン返済がまだ5年も残っているのだ!)

10月18日  悪しき共産主義者ほど質(たち)の悪い者はいない。 

10月20日  北朝鮮が「核保有国」になったことによって、核武装が最も急がれるのは韓国のはずだ。韓国が核武装すれば、日本もそれがしやすくなるだろう。あるいは、日韓両国が話し合って同時にやっても良い。

10月22日  小泉前首相にはどこか“天才的”なところがあった。

10月23日  DVDでイングリッド・バーグマンやエリザベス・テーラーを見ていると、心が晴れ晴れとする。美女はいつまで経っても素晴らしい。

10月26日  朝のんびりと散歩していると、気ぜわしげに通勤するサラリーマン諸君に出会う。「がんばれよ」と心の中で言うが、自分はそういう日常生活を“卒業”したのだと思うと、申し訳ないが優越感のようなものを覚えてしまう。

10月27日  ノーベル平和賞を受賞したアメリカの元国務長官のヘンリー・キッシンジャー氏が、日中国交回復が果たされた1972年に、日本のことを「ジャップ、ジャップ」と蔑称で呼んだことは有名な話しだ。「ジャップに裏切られた」という意味らしいが、ノーベル平和賞の受賞者でもこういう“汚い言葉”を放つ。

10月28日  日本が核武装するには最低限、アメリカの「了解」が必要となる。自衛のための核武装は認められるべきだ。 日本の核武装問題・・・これには非核3原則やNPT(核拡散防止条約)の問題が絡んでくるが、それらに比べれば靖国問題などは極めて些末なものだ。

10月29日  私は左翼的民族主義者(愛国主義者)だから、靖国神社への“A級戦犯合祀”には徹底的に反対していくが、日本の「核武装」については最も前向きに、最も積極的に考えていく。 当面は北朝鮮の核兵器廃棄をねばり強く求めていくべきだが、それが不可能となった場合、日本は重大な決断をすべきである。

11月8日  安部晋三さん(自民党)も小沢一郎さん(民主党)も、ド・ゴールのような偉大な政治家になってほしい。ド・ゴールは“フランスの栄光”のために全力を尽くした。しかも彼は、時代の趨勢をよく理解してアルジェリアの独立を認めたのだ。    

11月9日  拡張型心筋症の赤石朱里ちゃんを「救う会」に幾ばくかの寄金をしてきた。居酒屋での飲み代程度だが、善いことをしたので今夜も飲むぞ! 

11月10日  NPT・核拡散防止条約は、国際正義に反する条約だ。これほど不平等で理不尽で不公正な条約は他にない。こんな差別的で不条理な条約なら、北朝鮮が脱退したのも当然である。あの北朝鮮を褒めてやりたいくらいだ。

11月12日  昨日(11日)、1960年に早稲田大学フランス文学科に入学した者(ほとんどが65歳以上)によるクラス会を開いたら、40年以上ぶりに“初老”になった同窓生にも会えて話しが弾んだ。それは良かったのだが、出席者の中にも欠席者の中にも、90歳前後の親(圧倒的に実母や義母が多い)を介護している者がかなりいることが分かった。いわゆる「老老介護」というものだ。「老老介護」はこれから益々増えそうである。中には「老老寝たきり」になるケースもあるそうだ。高齢化社会になった日本では、当然の成り行きということか。

11月18日  日米関係でアメリカを“力強く頼もしい男”にたとえると、日本は東洋における“絶世の美女”と言ったところだろう。

11月20日  人間として生まれたからには「発狂」と「冷静」の間を行きつ戻りつしてみたい。

11月22日  悪を憎む。

11月23日  昔、右翼の諸君は「ヤルタ・ポツダム体制」を打破せよ、と叫んでいた。今、左翼的である私は「NPT(核拡散防止条約)体制」はナンセンスだ、と叫んでいる。 どうやら左も右も無いようだ。時代は大きく変転している。

11月26日  創造の根元はインスピレーション(霊感)であり、その原動力はデモーニッシュ(魔力)である。

12月2日  皇位継承に関する皇室典範の改正論議は、9月6日に秋篠宮家に悠仁(ひさひと)親王殿下がお生まれになったことで“立ち消え”になった感がする。 しかし、いずれ悠仁さまか愛子さまかといった問題が生じてくるだろう。それとも、この問題は40年以上も先のことだから、考えない方が賢明なのだろうか。いま考えるのは愚かなのだろうか。 国民の代表である国会議員が決めれば良いことだが、「天皇家」の問題だから少なくとも天皇陛下のご意思を尊重する必要があるのではないか。主権在民だから、何でも国民が決めれば良いという問題ではなかろう。(ボールを天皇家に返そう。)

12月6日 「核の廃絶」を本気で求めるのであれば、まず欺瞞(ぎまん)に満ちたNPT・核拡散防止条約を廃棄させることだ。 核保有国と非核保有国を峻別した条文こそナンセンスである。全てはそこからスタートするのだ。

12月12日  私は執筆家だが、自分の拙い文章は「出版」に堪えられるものではない。

12月13日  自分の最大の欠点は“傲慢さ”だろう。従って、努めて“謙虚”でなければならない。

12月18日  下手なゴルフの練習をしていると、まるでマスターベーション(自慰)と同じだ。運動には良いかもしれないが、自分を慰めているだけだ。

12月20日  自分は左翼的な人間だが、“惰弱”な左翼は大嫌いだ。それよりは健康で健全な右翼の方が好ましい。

12月21日  青島幸男氏が74歳で亡くなった。多才な人で作詞家、テレビタレント、作家などで活躍し人気があったが、政治家(東京都知事や参議院議員)としては“無能”だった。

12月23日  共産主義は「貧者」の理想主義である。

12月25日  昔、まだ20代の若い頃、警視庁の記者クラブで“事件記者”をしていた。右も左も分からない若造だったが、同じ弱輩の記者たちと共に懸命に“地取り”(聞き込み調査)をしていると、刑事さんから「少年探偵団」と揶揄(やゆ)された。しかし、やり甲斐があって面白かったぞ!

12月26日  「純粋」であるということが、人間にとって最も尊いのではないか。 

12月28日 “イジメ”を行う生徒が悪いのだ。イジメられて自殺する生徒がいるというのに、悪い方の生徒に対し、なぜ停学とか退学などの懲罰を加えないのか。 イジメを黙認したり、野放しにしている学校側に大きな責任がある。イジメを行う生徒の親に対しても、学校はなぜ注意しないのか。なぜ警告を発しないのか。 今の教育現場は最低である。昔の学校はそうではなかった。教育水準はたとえ低くても、正義感のある毅然とした教師が大勢いた。今の教師には正義感とか、友愛精神を育もうという気持があるのか?

12月29日  拡張型心筋症の赤石朱里ちゃん(3歳)を救うため、全国から寄せられたお金が1億2千万円を超えた! 温かい心を持った人が大勢いるのだ。

12月30日  純愛書簡集「愛と死をみつめて」(大和書房)を読んでいると、“マコ”が病床の“ミコ”に吉永小百合の絵を贈るところがある。後年、吉永小百合さんが映画「愛と死をみつめて」にミコ役で出演したことを思うと、不思議な因縁を感じる。 大島みち子さん(ミコ)が喜びを語る部分を引用してみよう。「今、絵が着きました。どうもありがとう。本当にうまい! 指示された所にセロテープではりました。今、こうしてじっと見ていますと、吉永小百合も、ジェームス・ディーンもマコの顔に変わっていきます。これから毎日毎日、これを見つめて生活していきます。」(大和書房の単行本「愛と死をみつめて」の68ページより)

12月31日  イラクのサダム・フセイン元大統領に対する絞首刑が30日に執行された。

        自分の生命に挑戦すること、これが「生きるために生きる」ということだ。

2007年

 1月

1月2日  日本はアジアの一員ではあるが、同時に「太平洋国家」である。

1月3日  インターネットの優れた特性を考えると、自分はそのために奉仕し頑張りたい。

      正月は昨日、今日とどうしても「箱根駅伝」のテレビ中継を見てしまう。新春早々、若者たちが“ひたむき”に走る姿は、いつ見ても清々しくて気持が良い。

1月4日  「感性」では人道的感情から、核の廃絶を願ってやまない。しかし、「理性」では国家的見地が入ってくるから、核抑止力の効用を考えてしまう。感性も理性もどちらも正しい。

1月5日  「愛って泥沼のようなものかしら。いくらもがいてもそこからぬけ出せないもの」(大島みち子。 大和書房の単行本『愛と死をみつめて』の174ページより)

1月6日  65歳では“気恥ずかしくて”書けないものでも、80歳になれば書けるものは幾らでもある。80歳になるまで待とう。 きょう「愛と死をみつめて」を読了した。

1月9日  きょう「防衛庁」が「防衛省」に格上げされた。それは結構なことだが、昨年発覚した防衛施設庁による“官製談合事件”を思い出すと複雑な気持になる。 防衛省は国民のためにあるものだから、その信頼と期待と負託に応えなければならない。もし、信頼や期待を裏切るようなことがあれば、再び防衛庁に格下げされて当然だろう。

1月16日  文は命である。

1月18日 「君の努力は愛の中にあれ。君の営みは行動であれ」と言ったのはゲーテだったか。

1月20日 「人生は愛に始まり愛に終わる」と言ったことがあるが、“純粋な人間愛”こそ、何ものにも代えがたい至高の善ではないのか。

1月21日  家庭内のこと(家事など)が全く苦手な自分だから、「私が先に死んだら、お父さんはどうするの!」と時たま妻に叱られる。

1月25日  愛と祈りは最も共通した情念である。

1月26日  憲法改正は当然である。

1月27日  再び「日中友好」の雰囲気になってきたのだろうか。 2年ほど前は、北京や上海などで「反日デモ」が繰り返され、二度と中国なんかに行くものかと思ったものだが、妻と一緒に中国観光がしたくなりツアーの予約をした。楽しみだ。 たとえ「反日デモ」が起きようとも、必ず行くぞ!(旅行会社からストップがかかれば仕方がないが)

 2月

2月2日  ある人の話しによると、わが国は3万7千発の核弾頭を配備できる能力があり、潜在的な核兵器の生産能力はアメリカ、ロシア、フランスに次いで世界第4位だという。もとより、3万7千発も核弾頭は要らない。金もかかるから、200発もあれば十分な「核抑止力」になるそうだ。

2月3日  テレビを見て楽しむのは良いが、そのまま信じてはならない。

2月4日  天を相手として、人を相手とせず。

2月6日  居酒屋のカラオケで小林旭の「北へ」を歌ったら、なんと94点が出た! 点数が甘いのではないか・・・しかし、これで自信がついたから大いに歌いまくるぞ。

2月7日 「スポット派遣」と言う携帯電話を使った人材派遣に、410万人も登録しているとは驚きだ。一般に“デジタル日雇い”と言うのだそうだが、スポット登録の医師も4000人いるとのこと。年寄りにとっては、携帯電話時代をつくづくと思い知らされる。

2月8日  強者優先、勝ち組優先の政治を改めるべきだ。 かつて日本の経済を支えた「中産階級」というものが、今や没落しつつあるようだ。勝ち組と負け組がはっきりとしてきて、日本は富者と貧者の“二極分化”に陥りつつある。景気が良いというのに、国民総所得はむしろ減っている。一刻も早く「中産階級」を復権させなければ、この国の社会も経済も危機的状況を迎えるだろう。

2月14日 「国家」を認める以上、自分はド・ゴーリスト(ド・ゴール主義者)である。「国家」を認めないのであれば、アナーキストになるしかない。(ド・ゴールとは、フランスの軍人・政治家で“救国の英雄”と言われた人物だ。)

2月15日  ゲーテも“親馬鹿ちゃんりん”だった。一人息子が兵役に就くことを免除してもらうために、八方手を尽くしてこれを実現した。 もとより、彼は多くの人から非難されたのである。どんな偉人にも欠点や弱みがあるということか。

 友人である山元泰生君の著「世田谷一家殺人事件の真実」(九天社)を読む。さまざまな犯人像の中から、スケートボーダー説が浮上してきたということだ。 昨年世間を騒がせた“外国人3人組犯行説”は、全くナンセンスでデタラメだということが分かった。

2月16日  映画「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」をDVDで見た。自由な言論を圧殺し、ユダヤ人を虐殺したヒトラーとナチス・ドイツの醜悪さが否(いや)という程よく分かった。

2月17日  書く限り屈しない。

2月20日  孫は可愛いが疲れる、疲れるが可愛い。

2月21日  昔、功を急いで「誤報記事」を書いたことがある。“二流記者”に有りがちなことだ。

2月23日  テレビは7割が「娯楽」のために、残り3割が「真実」のためにあるのではないか。

2月24日  始めは全てを信じ、終わりは全てを疑うことから、学問・検証の道が開かれるのだろう。

2月28日 「誰でも、情欲を抱いて女を見る者は、心の中ですでに姦淫(かんいん)をしたのである」というキリストの言葉が真実であるとしよう。 すると「誰でも、ある対象をテロの標的と考えた者は、心の中ですでにテロをした」ということになるのか。

 3月

3月6日  憲法改正は必然である。

3月12日  7日から10日まで上海・杭州へ観光ツアーをしてきたが、中国は改革開放政策のもとダイナミックに経済発展を続けている。 しかし、格差の拡大など色々な矛盾、問題を抱えており、それらの解決を迫られているようだ。また、年金や医療などの制度も立ち後れており、貧困層や弱者に大きな“しわ寄せ”が来ている感じだ。いずれにしろ、13億の人口を養っていくのは大変なことだろう。

3月13日  ふと思う。 民主政治は良いのだが、2年とか3年と期間を限定して、誰か強力な人物に専制的な政治を断行してもらいたいと。そうしないと、なかなか改革が進まない。憲法改正であれ道州制の導入であれ何であれ、思い切った改革をしてもらいたい。 大久保利通や信長、ビスマルクのような人物を望む。ただし、独裁になってはまずいので2年とか3年と期間を限定する。その後は、必ず引退してもらってゆっくりと休んでもらう。民主主義の世の中で、こうした“夢想”を抱くのは不適切だろうか。

3月16日  何事も“中途半端”は良くない。徹底的にやるか、初めから何もしないかのどちらかだ。ただし、徹底的にやるつもりでも、途中で行き詰まることが往々にしてある。その場合は、いさぎよく撤退することだ。さもないと“泥沼”にハマってしまうだろう。

3月17日  日本人は犬を見ると「可愛いね」などと言うが、中国人は「美味しそうだ」「うまそうだね」と言うのだそうである。(上海で中国人から聞いた話し)

3月18日  いま魯迅がもし生きていたら、中国をどのように分析するだろうか。鋭い観察力を持った人だから、民主化や人権擁護のために働くだろうか。 それとも、今の中国は偉大な国家になりつつあるから、ニコニコ笑いながら黙って見ているだろうか。あの世にいる魯迅に聞いてみたいものだ。

3月21日  昨日ふと、自分のホームページにアクセスしている件数を項目別に知りたいと思い、調べてみた。 その結果、驚いたことにトップは「理想の死に方”について」(448件)だった。人は“死に方”に関心があるようだ。 以下「八木亜紀子さんの結婚を祝う」(364件)、「国家とは“税金”である」(317件)、「小説『青春流転』第一部」(312件)、「自衛隊は憲法9条に違反する。ただちに憲法を改正せよ!」(305件)、「最も美しいもの・女性への愛」(286件)、「ドラマ『文化大革命』その1」(239件)、「ベートーヴェンへの感謝」(216件)、「金嬉老事件の現場で」(206件)、「野中広務さんのこと」(198件)という順だった。(これ以下は省略)

       

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