「首相公選制」は理想的だが時期尚早か?

1) 首相公選制については、40年以上も前からいろいろ議論されてきた。その是非については、すでに意見が出尽くした感がする。後は、実施するかしないかだけの問題である。 ところが、それが最も悩ましい問題だと言える。賛否両論が真っ二つに分かれているようだ。より具体的に言うと、積極論と慎重論に二分されている感じだ。

 相当以前は、積極論は少数だったのだが、「永田町政治」への不信が高まるにつれて、首相公選制を支持する声が強くなってきた。国政のトップを直接国民の手で選ぼうという考えは、充分に理解できる面があると思う。 そして昨年、就任したばかりの小泉首相が公選制の検討を提唱してから、にわかに国民全体の注目を集めることになった。

 それはそれで良いのだが、この問題は当然「憲法改正」に絡んでくるので、その面からも慎重論が逆に台頭してきている。 憲法改正をしなくても、国民投票で出来るという議論があるが、それはごく少数である。公選制を実施するなら、やはり憲法を改正しないと、諸々の問題や矛盾が生じてくることが間違いないからである。 特に、公選された首相と議会との関係、天皇の地位との関係が、憲法上はっきりと規定される必要があるからである。 

 私自身もここ数年は、首相公選制を支持したい気持になってきたが、よく考えると、この制度はけっこう危険な面があるとも思うようになってきた。 理想としては、是非実施すべきだろうが、現実には、相当に危険な面があるのではないかと思う。

2) 慎重派の人達がよく指摘するのは以下の通りである。 人気投票になりやすく、首相にふさわしくない人物が選ばれる可能性がある。 首相の権限が強化されて、独裁化の恐れがある。 議会と対立するケースが起こりやすく、国政が混乱、停滞する可能性がある。 国民の直接選挙で選ばれた首相は、大統領と同じような地位なので『元首的』となり、今の天皇制と矛盾する恐れがある、などとなっている。

 一方、首相公選制を支持する人達の考えは以下の通りである。 首相が直接国民の手で選ばれることは、政治への関心と意識を高め、首相の政策に連帯責任感を持つことになる。 派閥政治や、族議員政治を解消することができる。 一定の任期が保障され職務に精励できるので、首相としてのリーダーシップが発揮できる。 広く有能な人材を登用できる、などとなっている。

3) 公選制の長所、利点は良く分かるが、問題は理想どおり行くのかどうかである。 理想どおり行けば、これほど素晴らしい制度はないと思う。議院内閣制より優れた面が多々ある。 国民主権の立場から言えば、民主主義がより徹底されることになる。 しかし、現実はどうか。現実をよく見て欲しい。 例えば、国民の直接選挙で選ばれる、都道府県知事選挙はどうだったか。 大阪では、横山ノックのような知事を圧倒的多数で当選させたではないか。東京では、青島幸男のような知事を悠々と当選させたではないか。

 横山ノックについては、とかく良からぬ風聞が広く流れていたのに、彼は二度目の知事選に圧勝した。大阪府民は何か面白がって投票した感がある。 しかし、再選の時点で、女子運動員に対する猥せつ行為がばれて、馬脚を露し消えていった。こうした事について、大阪府民が真摯に反省しているとか、責任を痛感しているという話は、ほとんど伝わってこない。 

 青島幸男についても、最初の頃はほとんど有力視されなかったのに、あれよあれよという間に都知事に当選してしまった。 彼は横山のように破廉恥漢ではなかったが、知事在任中の4年間、一体何をしたというのか。ほとんど何もしていない。にも拘わらず、もし青島が再選に立候補していたら、また当選した可能性が十分にあった。

 横山や青島の対立候補が、いかに魅力に乏しかったのかは知らないが、直接民主主義とは、往々にしてこんなものである。 議院内閣制では、横山ノックのような男はまず総理大臣にはなれない。しかし、首相公選制なら横山のような男でも容易に総理大臣に当選するだろう。 古代ギリシャの時代から、民主主義は『衆愚政治』の代名詞のように言われてきたが、現代においても、残念ながらそれを否定できない側面がある。 もとより、そうは言っても、独裁政治や貴族政治が良いわけではない。相対的な価値観から言えば、民主主義に勝る政体はないからである。

4) それならば、民主主義を守りながらそれを正当なものにしていくには、どうしたら良いのか。それは正に、選挙民・有権者の政治意識一つにかかっている。 しかし、こんなことは、戦後一貫して言われ続けてきたことだ。今さら何を言うのか、ということだ。にも拘わらず、大阪と東京の知事選は、あのような結果を引き起こした。

 従って、国政の最高責任者(首相)を選ぶ方法が、国民の直接投票によるというのは、現時点では極めて危険な要素があると言わざるをえない。 公選制に慎重な人達が指摘するように、単なる人気投票に終わってしまう恐れが十分にある。 しかも、ヒトラーのような独裁者を当選させてしまう危険性がある。

 大統領制を採用している韓国やアメリカでは、議院内閣制への移行がしばしば議論されている。 最近では、イスラエルが首相公選制を採用したが、まったく上手くいかず、わずか5年で廃止してしまった。 イスラエルでは、少数政党がますます乱立して、首相の指導力がかえって弱まってしまったのである。 勿論、イスラエルと日本とでは、政治環境が大きく異なるだろうが、理想と現実が余りに食い違ってしまったので、イスラエルでは今、大いに反省しているという。(衆議院憲法調査会の資料を参考)

 私も本来ならば、首相公選制を支持したいが、前述したように、現時点では多くの疑問点があると言わざるをえない。 結論から言って、時期尚早ではないかと思う。 公選された首相と議会との関係、天皇の地位との関係等が明確になった上で、国民の政治意識がもっと高まり、連帯責任を感じるようになった時にこそ、初めて首相公選制を導入すべきだと思う。 (2002年2月12日)

(追記・・・しかし、本心から言えば、近い将来にも、この制度が実現することを期待しているし、そういう方向に世論が高まってくれることを願っている。2002年10月30日)

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