1) 関西テレビ(フジテレビ系列)制作の「発掘!あるある大事典」(以下、「あるある大事典」)が1月7日の放送で、納豆がダイエットに効くことを立証するために、データを幾つも捏造していたことなどが発覚し社会問題にまで発展した。それと言うのも、放送日の翌日から納豆が品切れになるくらい売れて話題になったからだ。
捏造放送の裏に何があったのか・・・我々は厳正な調査の結果を待つしかない。世間では、納豆業界と制作者との間に、タイアップや取り引き(金銭の授受も含む)があったのではないかという“疑惑”まで取り沙汰されている。 真相はどうだったのか、視聴者・国民が最も知りたいところである。
デタラメな内容を伝えて社会を騒がせたのだから、同番組が直ちに放送打ち切りになったのは当然だが、これを機会に“虚偽放送”と視聴者との関係などについて考えてみたいと思う。
まず、問題になった「あるある大事典」だが、視聴者の一人である私は、この番組をほとんど見たことがない。それと言うのも私は、ダイエットだとか美容、美肌、若返りなどの話題にはほとんど関心がないからである。
年を取った(65歳)せいもあるが、今さらダイエットや美容などと言われてもピンと来ないし、死ぬまでに好きなことがやれればそれで良いと考えているから、こんな番組は少しも見たいとは思わなかった。
ところで、新聞記事などを整理してみると、ワサビで脳を活性化、レモンでダイエット、レタスで快眠、みそ汁で減量などと「あるある大事典」はそれらの効能も取り上げたという。 本当にそうなのか! また、視聴者はそれを信じるのか! 個人的な感想だが、私にはとても信じられない。(こういう話題に、ほとんど関心がないせいもあるが)
納豆がダイエットに効くという話しは、データを捏造していたから“インチキ”だと分かったが、視聴者はワサビやレモン、みそ汁やレタスなどで、霊験あらたかな効果が直ちに得られるとでも思っているのだろうか。 どんな科学的根拠があるかは知らないが、もしそう思ったとしたら、失礼だがそれは“単純”すぎるのではないか。
確かにワサビを多く食べれば、脳までツ〜ンと刺激されるような感じになるが、それで自分の頭が良くなるとは思えない。逆に、私などは脳がしびれて“退化”するのではと疑ってしまう。 番組を見ていないからこれ以上何とも言えないが、一般の視聴者はこの種の番組が好きだから「あるある大事典」を見ていたのだろう。
2) さて話題を少し変えるが、多くの視聴者は「占い」が好きなようだ。占い師が登場する番組はけっこう視聴率を取っている。 私は占いなんか好きでもないし、信用もしていないからそういう番組はほとんど見ないが、たまに娯楽として見ることもある。
「真実」を伝えるべきテレビが、占いを公然と番組にして良いのかと思ってしまうが、好きな視聴者が大勢いるからほとんど問題になっていないようだ。 問題になるとすれば、A占い師は良く当たるが、B占い師は外れることが多いから駄目だといった程度だ。
占い番組に代表されるように、テレビというメディアは真実を伝える「報道・情報」のためだけにあるのではない。他にもバラエティ、スポーツ、ドラマ、映画、音楽、アニメ、お笑いなど、楽しい番組が沢山ある。 人は楽しみたいためにテレビを見ることが多い。つまり「娯楽」のためにもテレビは存在するのだ。
そう考えると、占い番組に目くじらを立てる必要はないのだろう。 しかし、テレビ局で長い間「報道記者」をしていた堅物(?)の私などは、某テレビ局がニュース時間の合間か直後に、その日の運勢を占う“星占い”を放送し始めた時は、驚くと同時に憤りを覚えた。
その日の運勢だって・・・? ウソ八百、デタラメ、インチキもいいところじゃないか! 真実を伝えるべきテレビ局が、ウソ八百を並べてどこが良いのか。恥ずかしくないのか!・・・と怒ったのである。ところが、その後、いつの間にか全ての民放テレビ局が“星占い”や“血液型占い”などを放送するようになった。(さすがに、NHKだけは放送していないようだ。)
私の子供たちも楽しそうに“星占い”を見ているではないか。私はだんだん馬鹿馬鹿しくなって、怒るのも忘れるようになった。 大多数の人は、テレビに真実だけを求めているのではない。娯楽や癒し、アミューズメントを求めているのだと諦めるようになった。
だからと言って、バラエティ番組の一種とはいえ、データを捏造して納豆がダイエットに効くなどとウソ八百を並べてはならんのだ!
3) 真実を伝えることによって、逆に視聴者から猛烈な抗議を受けることもある。 私が勤めていたフジテレビという放送局では「サザエさん」というアニメを流しているが、何年前だったろうか、ちょうどクリスマスの頃に「サンタ・クロースはいないよ。子供に贈り物をしているのは、実はお父さんやお母さんなんだ」という趣旨の放送をした。
私のような報道上がりの人間はそれでも良いと思うのだが、放送中から「子供の夢を壊すのか!」「サンタさんはいると子供に言っているのに、どうしてくれるんだ!」といった抗議や苦情が局に殺到したのである。そこで、フジテレビの広報部は視聴者に陳謝した。(真実が敗北したのである。)
真実を伝えたら逆に視聴者から怒られる。つまり、視聴者はアニメなどには夢やロマン、おとぎ話を求めているわけで、そういう架空の話しを楽しむのだ。 真実を伝えて“夢”を壊す・・・なんと無粋なことか!? TPOをわきまえろと言いたくなるが、映画やドラマはもとより占いやアニメも、フィクション(虚構)によって成り立つ部分が圧倒的に大きいということを知るべきだ。
要するに、テレビ局の番組というのは、真実を伝えるべきニュース、情報番組、ドキュメンタリーなどがある一方、作り話で成り立っている映画・ドラマ(ノンフィクションも一部あるが)、アニメなどが混在しているため、その中間に位置するようなバラエティやスタジオ番組などは、真実と虚構の狭間で微妙な立場にあると言ってよい。
しかし、いくらバラエティ番組とはいえ、あまりにも荒唐無稽でナンセンスなことをやっていると視聴者から叱責を受ける。 まして、出演者がもっともらしい顔をして、捏造データの塊(かたまり)であるウソの情報を伝えれば、番組が打ち切りになって当然である。
番組作りには大勢のスタッフが係わっているから、最大のポイントは「チェック機能」ということになる。「あるある大事典」の虚偽・捏造放送も、このチェック機能が十分に生かされていなかった。 ただし、放送される番組については、視聴者も大いにチェックすることができる。
従って、過去に取材や相談を受けた関係者(大学教授らの専門家)や、放送を見て変だと思った視聴者がもっと厳しく「あるある大事典」の担当者、あるいは関西テレビに詰問していれば、今回のような不祥事は起きなかったかもしれない。 視聴者・国民にも大きな“チェック機能”があるということを忘れてはならない。
4) 最後にどうしても言いたいことは、視聴者や国民が放送をチェック(検査)できない場合もあるということだ。 それは恐ろしい事態だが、現実にあった。今は視聴者がいくらでも放送をチェックできる幸せな時代だが、第2次世界大戦中の日本では「大本営発表」を国民の誰もチェックできなかったのである。
「大本営発表」は国家による“虚偽報道”だった。当時はテレビはなかったので、ラジオや新聞によって国民に伝えられた。 もとより、日本軍の戦果について正確な情報も伝えられたが、戦況が不利になるにつれて虚偽・捏造報道が繰り返されたのである。
日本軍がアメリカ軍に大敗したミッドウェー海戦では、日本側は主力空母4隻と航空機322機を失ったのに、大本営発表では空母1隻喪失、航空機35機が帰還せずと、まったくデタラメな虚偽報道を行なった。 また、ガダルカナル島の攻防戦で日本軍は甚大な被害を受けて敗退したのに、米軍を撃砕しつつ“転進”したとウソの発表をした。
大本営はこういう調子で虚偽報道を繰り返していったから、大多数の国民は終戦直前まで戦争に勝利すると信じ込まされた。 国民がそれらの報道をどのようにして“チェック”できただろうか。出来るわけがない! 「大本営の発表はおかしい」などと公言すれば、厳重な言論統制が敷かれていたから、特高(特別高等警察)や憲兵隊に捕まって刑務所にぶち込まれるだけだ。
大本営は虚偽報道の他にも、同じくらい悪質な“事実の隠蔽”を行なった。日本軍が惨敗した戦闘の詳細は極力これを隠蔽したし、重要な人物が戦死してもなかなか公表しなかった。 山本五十六連合艦隊司令長官が戦死した時も、その事実を発表したのは1カ月以上経ってからである。
連合艦隊司令長官が戦死すれば、普通のマスコミだったら臨時ニュースやニュース速報で伝えるだろうし、また直ぐに“伝えなければならない”出来事である。 国民の戦意喪失を恐れての処置だろうが(しかし、いずれ事実は分かるというのに)、山本長官の死を1カ月以上も公表しなかったところに「大本営発表」の隠蔽体質がはっきりと出ている。
このように、国が「不正報道」をする場合は、国民はほとんどチェックすることが出来ない。しかし、現代においてはマスコミを自由にチェックすることが出来る。また、そうしなければならない。 現代は情報過多の時代だからチェックしにくい面もあるだろうが、視聴者はテレビを楽しむだけでなく、それを十分に監視することも出来るのだ。
私も視聴者の一人である。毎日、テレビを楽しんでいるが、一方では絶えず“疑い”の目を持って接している。 納豆でダイエットできるなんて初めから疑ってしまうが、ダイエットしたい人は飛びついてしまうのだろう。虚偽放送は断じて許されるものではないが、視聴者の方も厳しい目を持ってテレビを見るべきである。
関西テレビの虚偽放送に関連して色々なことを述べてきたが、私も含めて視聴者はもっと賢く、もっと冷徹になるべきだと思う。 あの「大本営発表」についても、内心は極めて“疑わしい”と思っていた人もかなりいたはずだから・・・(2007年2月3日)
後記・・・「テレビを見て楽しむのは良いが、そのまま信じるな」と言いたい。報道・情報番組では真実が伝えられるが、あるサイドだけの“一面的”なことが往々にしてある。他のサイドの動きや事実が分からなければ、人間は“総合的”に判断することができない。