1) 先日(3月7日〜10日)、中国の上海・杭州へ妻と一緒に短い観光ツアーをしてきた。天候が良くてそれほど寒くなかったので小旅行は楽しかったが、中国について色々なことを考えさせられた。 以下、現地のガイドさんから聞いた話しを基に書いていきたい。
上海市は人口2000万という巨大都市だ。改革開放政策のもと経済発展が続いている。事前に建築ラッシュだと聞いていたが、ビルやマンションなどの建築工事が至るところで行われていた。 高さ468メートルの「東方明珠テレビ塔」の展望台に上ると、それより高くなる新しい「森ビル」が建築の真っ最中で、来年には竣工するとのことだった。
人口も多いが車も多い。日本製の車はもとより、欧米や韓国の車もひしめいている。中でもタクシーはフォルクスワーゲンがやけに目立った。聞いてみると、フォルクスワーゲンはいち早く中国に進出したのだそうだ。 車の混雑は相当なもので、至るところで交通渋滞が起きている。
私は上海訪問は3度目だが、14年前に行った時は勿論こんなに車の混雑はなかったと思う。経済発展は素晴らしいのだが、建築ラッシュも車の数も“目一杯”のところまで来た感じだ。 それでも尚、ビルや車は増え続けるという。いったい、どこまで経済発展は進むのか。3年後にはここで万国博が開かれるというから、少なくともそれまではこういう状況が続くのだろうか。 (下の写真は、超高層ビルが建ち並ぶ上海の中心部。右から2つ目が建築中の「森ビル」)

市内の経済発展も凄まじいが、郊外にある広い「浦東(プートン)国際空港」もこれから4倍の拡張工事が行われるという。(調べてみたら、4000メートル滑走路1本を4本に増やすということだ。)そうなると、浦東国際空港は成田空港をはるかに凌ぐ世界的な大空港になるだろう。
また、この空港からはリニアモーターカーが運行されているが、30キロ離れた上海市東端の駅に最高時速430キロで7分余りで到達する。 このリニアモーターカーはいずれ、上海・杭州間の約200キロの距離を30分という飛行機並みの速さで結ぶというから驚きだ。(残念ながら、リニアモーターカーには乗れなかった。)
こう述べてくると、上海とその周辺の発展は目を見張るものがあるが、車の激増や工業化の影響があるのだろうか、空はスモッグでどんよりと濁っており、公害に苦しんだ昔の日本の大都市を思い起こさせる。それもあってか、オートバイの乗車は禁止されているとのことでその姿は見られなかった。これには、交通混雑や渋滞などの理由もあるのだろう。
市民はオートバイの代わりに“電動自転車”を乗り回している。これは充電したバッテリーを自転車に付けて走るもので、自転車だから免許も何も要らない。もし電気が切れたら足で漕ぐだけだ。 1回の充電で40キロの距離を走れるというから便利な乗り物ではあるが、駐車中にバッテリーがよく盗まれるため、利用者がいちいちバッテリーを外しているのが可笑しかった。(上海では盗みや置き引き、スリが多いとのことだ。)
2) 中国では、土地や不動産は基本的に国の所有物である。改革開放で「私有財産」の枠は広がっていくだろうが、社会主義の国だから原則はそういうことだ。 だから、道路を造ったりリニアモーターカーを通そうと思えば、簡単にできるのだのだろう。その点が日本とは大違いである。
国民(市民)は土地や不動産を国から「借りている」形だから、道路などの工事で家を追われても金の補償はないという。この点も日本と大違いだ。 家を追われた人達は、代わりにアパートやマンションなどの住居をあてがわれる。
土地も不動産も個人の所有物ではないから、家に住むということは「住む権利」を確保するということだ。上海の場合、例えばマンションに「住む権利」は70年と長いようである。もとより、家賃は払わなければならない。
国が何かをしようと思えば、社会主義体制の下では実にやりやすい。しかし、市民は国の命令どおりに従わなければならないから、本当の「市民社会」とは言えない。 もっとも、こんなことを言っていてもラチが明かないのでもう止めよう。より具体的な話しの方が面白そうだ。
私たちツアー観光客のガイドであるKさん(男性)に、年金や医療など社会保障について聞いてみた。中国の社会保障制度については何も知らないから、現実はどうなっているのかと聞いたのだ。 結論から言うと、一般市民の場合は「年金」は全くないというのだ。(しかし、後で中国関係者から、「年金」に相当する支給はあるという話しを聞いた。)
医療についても健康保険などあるわけがなく、医師にかかればかかるほどバカ高い金を支払わされる。従って、市民(特に貧しい人達)は医者の所には行かず、家で漢方薬を飲んでいるしかないというのだ。それは本当だろうか? 実は私は社会主義体制の方が年金や医療制度については、日本のような自由主義社会よりずっと優れていると思い込んでいたので意外であった。
Kさんの話しでは、とにかく病気にならないことが肝心だという。病気になったら終わりだということらしい。 それを聞いたら、社会保障の面では日本の方が中国よりはるかに良いように思えた。
中国は13億の人口を抱えているので、人口抑制のため長らく「一人っ子」政策がとられてきた。しかし、少子高齢化や将来の労働力などを考慮して、この政策はじゃっかん緩められている。少数民族や農村部の家庭では男の子がいないと、二人目を産んでも良いというのだ(ただし、二人目も女の子だとそれで終わりということらしい)。
上海などの都会では、例外的に二人目を産むと莫大な“税金”を取られるという。従って、子供を二人産むのは「金持ち」の家庭に限られる。 庶民の場合、「一人っ子」で何が大変かというと、成人して結婚した後に彼(彼女)は4人の親の面倒を見なければならないことだ。
配偶者の両親も含めて4人ということだが、先にも述べたように「年金制度」が確立していないから、親がよほど貯蓄をしていない限り、4人分の生計を一人で見なければならない。 子供が大金持ちであれば別だが、考えるだけでも大変だとKさんは嘆いていた。
3) 短い観光ツアーだったが、意外に面白かったのが中国のテレビ放送だった。私はテレビ局出身の人間なので、夜のオプショナル・ツアーは遠慮してホテルでテレビをできるだけ見た。 杭州の某ホテルでは40チャンネルほど見ることができた。
日本と同じような多チャンネルにも驚いたが、CM(コマーシャル)の多さにもびっくりした。国営放送である中国中央電視台(CCTV)の放送にもCMが沢山流れるではないか! 後で調べたら、政府の補助金が減ったため企業の広告宣伝を行なうようになったというが、その多さは資本主義国と同じである。
放送がなぜ面白かったかというと、全ての音声に「漢字」の字幕スーパーが付いていることだ。 ニュースにもドラマにもスタジオ・トークにも、何にでも字幕スーパーが出てくる。中国語が全く理解できない私だが、漢字を見ていると中身がだいたい分かってくるから助かる。
中国では北京語、上海語、広東語などの発音が非常に異なるため、字幕を出さないと理解されないという理由があるのだろうか。とにかく、漢字のスーパーには助けられた。 ビールや強烈な茅台酒(マオタイチュウ)を味わいながら、テレビをゆっくりと楽しむことができた。
そのテレビ放送の中で、私が一番ショックを受けたのは「軍事専門チャンネル」を見た時だった。日本ではあり得ない放送だが、迷彩服のようなものを着た元気の良い若者が、台湾の軍事力や“中国大陸反攻作戦”の概要をとうとうとまくし立てている。(蒋介石が生きていたら喜んだだろうか?)
字幕スーパーでだいたい意味が分かるが、CGなどを使って台湾のミサイルが上海や北京などに飛んでいく説明をしている。 その後、アメリカ海・空軍の軍事力を分析していたが、迎え撃つ中国海・空軍の戦力や装備の貧弱さを指摘しているようだった。
こんな軍事チャンネルは見たことがないので私は唖然としたが、とにかく日本に匹敵する多チャンネルだと思った。他にもお笑いチャンネルや歌番組、アニメ、子供向け番組など豊富な内容だった。大量のCM放送と相まって、中国のテレビ放送が今後どこまで発展していくのか注目したい。
4) テレビ放送の件でも述べたように、中国はどこへ行っても「漢字」で表記されているから親しみやすい。英語などのローマ字もけっこう目に付く。 余談だが、以前韓国に行った時は面食らった。漢字が全くと言って良いほどなく、ローマ字もほとんどないのだ。99%が「ハングル」である。お国柄とはいえ、漢字はともかくもう少し英語などのローマ字を使ってほしいと思ったものだ。その方が、韓国を訪れる世界中の人達に分かりやすいだろう。
われわれ日本人は「漢字」とは切っても切れない縁にある。平仮名もカタカナも漢字から派生している。漢字は日本人の言語と認識の“母胎”なのだ。 だから、中国や台湾を訪れてもあまり違和感はない。話し言葉が駄目でも、漢字をメモ帳に書けば意味が通じることがある。その点、中国や台湾は本当に助かる。
漢字の話しに逸れてしまったので、本題の旅の話しに戻ろう。 杭州は何と言っても西湖(せいこ)が素晴らしかった。北宋時代の有名な詩人が、西湖を春秋時代の絶世の美女・西施(せいし)になぞらえて絶讃した。「晴れていても雨が降っても良いし、薄化粧しても厚化粧しても素晴らしい」といった詩を書いている。 (下の写真は、遊覧船から撮った西湖の風景)

われわれが西湖を訪れた時は晴れていたが、遊覧船で湖上巡りをしていると景観は実に優美である。“たおやか”な感じとはこの湖を言うのだろう。 湖畔の柳を眺めていると『柳腰(やなぎごし)』という古い言葉を思い出した。美人の腰は柳のように“しなやか”なのか。
中国の美人というと、われわれはすぐに楊貴妃(唐の玄宗皇帝の愛妃)を思い出すが、ガイドのKさんの話しによると、中国の人達はまず西施を挙げるという。 楊貴妃は妖艶でふくよかな美女だったそうだが、伝説によれば西施は細身でたおやかな美人だったという。中国人はそういう女性を美の典型と見ているようだ。
西施のことになると、呉・越両国の興亡の歴史という長い話しになるので止めるが、彼女が生まれ育ったのは越の国、まさに西湖のある所で、この湖が別名「西施湖」と呼ばれるのもうなずける。
5) 最後に上海の観光のことだが、ネオンやイルミネーションが輝く夜景は素晴らしいが、昼間は市内に長くいると人や車がやたらに多くて疲れてしまいそうだ。名所である「豫園(よえん)」という庭園も人、人、人の雑踏で、ゆっくりと見物する気持になれない。それに、ここは押売りや物乞いが多くて閉口した。
杭州は緑豊かで快適な都市だが、上海の中心街は公園も少なく緑に乏しい。ただし、最終日に行った郊外の「魯迅(ろじん)公園」は緑豊かで広々としていて気持が良かった。 土曜日で休日だったせいか、園内にはダンスに興じたりアコーディオンで音楽を楽しむ人がかなりいた。太極拳をする人もいた。
「魯迅公園」の中には、中国の偉大な文学者である魯迅の墓や記念館がある。私たちは彼の銅像がある墓に詣でたが、墓碑銘は建国の父・毛沢東が書いたものであった。 わが国に留学したことのある魯迅は日本人にも親しまれているが、私も魯迅の墓に敬愛の念を込めて深々と首(こうべ)を垂れた。(下の写真は、左が魯迅の銅像。 右が魯迅の墓で、毛沢東の筆になる「魯迅先生之墓」という碑銘がある)

魯迅はあの世で、今の中国をどう見ているだろうか。良くやっていると見るか、それとも苦笑しているだろうか・・・そんなことは分からないが、魯迅も毛沢東も同志達と一緒に、アヘン戦争から日中戦争に至る約100年間、外国勢力(列強)に侵害され続けた中国を解放するために全力で立ち向かったのは事実である。
観光ツアーの最後が魯迅の墓参りだったのは面白いし、意味があったと思う。彼や同世代の人達が“嘆いた”中国は、今や大きな変貌を遂げている。中国はどうなるのか。 隣に位置する日本とこの国は、良くも悪くも切っても切れない関係にある。互いに相手を研究し理解し合っていかなければ、どんな不都合が生じるか分からない。
わずか3泊4日の短い観光ツアーだったが、13億人が生きている中国の存在が、改めてズシリと重く心に残った感じである。 (2007年3月16日)