1) アメリカの年間国防予算は、日本円で50兆円を超える。これは、日本の防衛予算の10倍以上に及ぶ巨大なものだ。 1991年にソ連邦が消滅し、米ソ冷戦時代が終結して、アメリカの一極支配が確立した。 これによって、アメリカは巨額な国防費が、それ以前よりは必要でなくなったかに見えたが、現実はそうなっていない。
ご存知のように、米ソ冷戦の終結とほぼ同じ時期に、湾岸戦争が勃発した。 アメリカは多国籍軍を編成したが、軍備費が不足したので、日本、ドイツ、サウジアラビアを中心に多額の資金を調達した。 この時、日本は実に130億ドル(約1兆7000億円)もの財政負担を強いられたのである。
フセイン大統領のイラク軍がクウェートに侵攻した時、アメリカが容易に介入してくるとは、フセインは予想していなかったかもしれない。 イラクはもともと、「クウェート」は歴史的に自国の領土だと思っていたし、米ソ冷戦の終結でアメリカに緩みが生じ、まさか大規模な軍事行動に出てくるとは、考えていなかったかもしれない。 しかし、事態はイラクの思惑から大きく外れ、湾岸戦争に突入したのである。
その時、アメリカは、やはり世界の「保安官」「警察官」でなければならないと自覚したのではないか。 ソ連に勝ったという美酒を味わったのも束の間、地域紛争の勃発で酔いから醒めたようなものだ。
2) クリントン政権時代のことはともかく、ブッシュ政権になって、アメリカは明確に、世界の「保安官」「警察官」の立場を鮮明に打ち出してきたようだ。 これは勿論、昨年の「9・11テロ事件」の要因もあるだろうが、ブッシュ政権は発足当初から、中国などに対して強硬な姿勢を示していた。 そして、最近では、イラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と決めつけている。
アメリカには、伝統的に「孤立主義」の精神がある。 これは「自立自尊」の精神と言ってよいものだが、歴史的には、他国のことには介入せず、また絶対に干渉されないという政治哲学であろう。 ところが、20世紀に入って、第1次世界大戦を契機に「孤立主義」は大きく変貌した。 アメリカの国力そのものが、「孤立主義」を容認できない所にまで巨大化してしまったのである。
第2次世界大戦で、この変貌は決定的になる。 名実共に世界一の大国になったアメリカは、今度は世界をリードしていく役割を担うことになった。 そうした中で、アメリカ自身も、“世界チャンピオン”という晴れがましい栄誉を実感することになる。
ベトナム戦争の失敗はあったが、アメリカの覇権はますます強まってきた。 第2次大戦後のライバルであり、挑戦者であったソ連が消滅して、“世界チャンピオン”の座は不動のものになった感がする。 今から2000年ほど前に現出したパックス・ロマーナ(ローマの支配による平和)になぞらえて、パックス・アメリカ−ナ(アメリカの支配による平和)と呼ばれる由縁である。
3) この「パックス・アメリカ−ナ」はいつまで続くのだろうか。 どのような巨大帝国も、永久に続くことはない。 ペルシャもローマも漢も元も滅びていった。たとえ滅亡しなくても、ギリシャやスペイン、大英帝国のように衰退していくのである。 アメリカの支配も永遠ではない。 21世紀中に、アメリカの支配が揺らぐことは当然予想される。
アメリカが衰退していくとすれば、その大きな要因は国内問題になるのではないか。 外敵に対して、アメリカが屈することはないだろう。 真珠湾奇襲攻撃やキューバ危機、9・11同時多発テロに対して、アメリカは一致結束して断固たる姿勢を貫いた。 アメリカは外敵に屈服する国とは、とても思えない。
外敵に侵略されなくても、国内的な要因で徐々に衰退していった大国は、歴史上いくらでもある。 世界史の話をここで述べるのは控えるが、アメリカが衰退するとすれば、今のところ国内的要因しか考えられない。
勿論、アメリカの外交政策が行き詰まり、諸外国から反発を買うことは大いにありえる。 しかし、そんなことは過去にいくらでもあった。そうした場合、日本などと比べると、アメリカは実に柔軟に多数派(多数国)工作をしてきた実績がある。 アメリカが外交面で決定的に孤立することも、まずあり得ない。
4) アメリカの国内問題で、最も重要なのは人種問題ではなかろうか。 アメリカの総人口は約2億7500万人だが、この内、黒人やヒスパニック、アジア系などの、いわゆる「非白人系」が28%(約7700万人)を占める。 しかし予測によると、2025年には、その割合が37、5%(約1億2500万人)に達すると言われる。 総人口も6000万人増えて、3億3500万人に達すると予想されるが、白人に比べて、非白人系の増加率が際立っているのが特徴だ。
非白人系の中では、特にヒスパニックの人口増加が著しく、もうすぐ黒人を抜いてトップになり、2025年には5900万人(17、6%)、黒人が4300万人(13%)、アジア系が2100万人(6、2%)となり、白人は2億900万人で、比率は62、5%に減少すると見られている。
こうした予測は、非白人系の移民増加や出生の増大を示すもので、アメリカがますます、多民族国家の様相を呈してくるということだ。 それは又、人種問題を更に増幅させる可能性を秘めている。 移民を制限する動きも、当然予想される。貧富の格差が更に拡大する恐れもある。
アメリカ社会がますます複雑な構造になってくると、国内の矛盾や対立が深まることが充分に考えられる。 こうした点から、アメリカが内向きの姿勢を取ってくる可能性が大いにありえる。 もともとアメリカは、「孤立主義」の精神を持っているわけだから、世界がなんと言おうと、「俺は俺だ」という気持になりやすい。 最近の、国連を軽視するような態度、京都議定書問題への対応などを見ていると、アメリカが「一国主義」に進む危険性は充分にあると言える。
5) アメリカは、エネルギーでも食糧でも、十分に自給自足ができる国である。 勿論、自国の領土の防衛も自分だけでできる。いざとなれば、その巨大な国土に閉じこもることが可能だ。その点が日本と大違いである。 従って、アメリカがいつ「孤立主義」に立ち戻るかどうか、まったく予測がつかない。
アメリカが孤立主義に立ち戻れば、「パックス・アメリカ−ナ」は弱まるだろう。 その時は、第2、第3のフセインが世界の至る所に現れるかもしれない。 もとよりアメリカは、民主主義陣営のリーダーだから、世界の「保安官」「警察官」の立場を、やすやすと放り出すことはないと思う。 しかし、国内世論の高まりで、アメリカが世界の諸紛争にコミットしなくなる可能性は十分にある。 そうなった時は、地域紛争が更に激化することになるだろう。
そうした事態を予測すると、必然的に地域的な集団安全保障が必要となってくる。 「アジア安保」とか「ヨーロッパ安保」などが、より具体的に現実のものとなってくる。 当面はまだ、「パックス・アメリカ−ナ」が健在であるとはいえ、いずれはそうなっていくだろう。 その時、アジアでは、中国や日本が中心となって、集団的な安全保障が模索されることだろう。 (2002年3月1日)