「生類憐れみの令」と動物愛護

1) 犬や猫など動物を可愛がる人は多い。 日本でもペットブームは完全に定着したと言ってよい。 テレビにも雑誌にも可愛いペットが登場してくる。スーパーマーケットなどへ行けば、犬や猫などのペットフードがいやというほど置いてある。 動物を可愛がる人達にとっては、まことに素晴らしい時代である。

 さて、動物愛護のことを考えていると、よく思い出すのが「生類(しょうるい)憐れみの令」という、江戸時代の法律だ。この法律については、知っておられる人も多いはずだ。 5代将軍・徳川綱吉が発布した“天下の悪法”と言われるものだ。 歴史書やインターネットで調べてみると、これが実に興味深いので、少し詳しく紹介しながら話を進めたい。

2) 「生類憐れみの令」は1687年(貞享4年)に発令された動物愛護令で、徳川綱吉が死ぬ1709年(宝永6年)までの22年間続いた、動物の殺生を禁止した法律である。

 歴史書などによると、綱吉には世継ぎの男子ができず(1人生まれたが夭折してしまった)困っていたところ、隆光(りゅうこう)という僧が「将軍は前世に多くの殺生をしたので、その報いがきたのだ」と説いた。 綱吉の母・桂昌院が隆光をいたく信仰していたこともあり、綱吉はこの僧の説教を信じて、殺生禁断の「生類憐れみの令」を出すことにした。 隆光の言説によれば、綱吉は戌年生まれなので、特に犬を愛護すべきだというのである。

 当初は、野良犬が可哀想だから収容させるとか、馬の荷駄を軽くしてやるとか穏便なものであったようだが、次第に動物愛護が徹底していったらしい。 そして、犬や猫などを殺した者は死刑になるなどの厳しい処置が取られた。 鳥を撃ち殺した役人が死刑になったり、頬にとまった蚊を叩いた小姓が島流しになったりしたという。

 中野、大久保、四谷などには「お犬様御用屋敷」ができて、数十万頭の野良犬が手厚く収容され、“お犬奉行”以下大勢の役人が管理をすることになった。 江戸市民は、犬の保護のために途方もない経費を払うまでに至ったのである。

3) ところで、綱吉は生来学問を好み、1680年(延宝8年)に将軍に就いてから、儒教や仏教を基本にした徳治政治を目指したらしい。 戦国時代からの荒々しい気風を改めようとしたのは当然で、平和で安定した時代には相応しい将軍だったと言える。 綱吉の初期の治世は「天和・貞享(てんな・じょうきょう)の改革」と言われ、高く評価されている面がある。

「生類憐れみの令」も、“聖人の世には禽獣(きんじゅう・鳥や獣)にまで仁恵が及ぶ”という、儒教の理想を綱吉が目指したことも背景にあったと言われる。 こうした治世の方針は決して間違いではない。 いや、正しかっただろう。“元禄太平”の世の中には相応しいものかもしれない。

 しかし、庶民は苦しんだ。泣いた。 過って犬などを殺したために、死刑になった人も多い。 幼児に犬が襲いかかってきても、どうしようもない。ただ逃げるだけだ。 人間より犬の方が偉いのだ。 特に江戸市内では、こうした生活が20年以上も続いたのである。

 庶民の苦しさも知らずに、綱吉は1709年に63歳で亡くなった。皮肉なことに、あれほど望んでいた世継ぎの男子は結局生まれずに終わった。 臨終の時に綱吉は、「生類憐れみの令」を継続するように遺言した。 しかし、後を継いだ6代将軍・徳川家宣(綱吉の甥)は、ただちにこの法律を廃止したのである。前将軍の遺言をただちに破棄したということは、「生類憐れみの令」がいかに悪法であったかを物語るものである。

4) 犬公方・綱吉の死後、打って変わって犬は虐待されたという。犬には罪はないのだが、庶民の「お犬様」に対する恨みは積もりに積もっていたのである。 それまで羽振りの良かった犬医者達も、イジメや迫害を受けたという。

“聖人の世には禽獣にまで仁恵が及ぶ”という理想は良いのだが、動物愛護もやり過ぎるとこのような結果に終わる。 何事も善かれと思って法令などが施行されるが、放っておくと法律だけがどんどん一人歩きしてしまう危険がある。 運用の面を十分に考えないと、とんでもない事態になってしまうことがある。

 将軍天下の時代だったから「良識」が働きにくかったのだろうが、現代においては、もっと「良識」や「バランス感覚」が生かされるにちがいない。 動物愛護や弱者救済の精神は良いのだが、惰弱な時代はえてして、その精神がバランスを欠いて常軌を逸することにもなりかねない。

 平成の我々の時代にも、“元禄太平”と同じような予兆が現われてきてはいないか。 動物だけでなく、犯罪者をも優遇してはいないか。 私は別稿(参照)で、犯罪加害者の「人権」が優遇され過ぎてはいないかと問題提起したが、それは「お犬様」に善良な市民が苦しめられてはいけないのと、同じ気持から述べたものである。

 他にも動物愛護などの問題はいろいろあるが、この稿はこれまでとして、要は「良識」と「バランス感覚」が大切なのである。 それを失ったら、どんな立派な法令も“天下の悪法”になってしまうだろう。(2002年4月8日)

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