専守防衛』とは、馬鹿げた“妄想”である

1) 有事関連3法案が国会に提出された。 ここで法案の是非について論じるつもりはない。 ただ一言、あまりに遅すぎるぐらいの法案提出である。

 私は安全保障や防衛問題の専門家ではないし、軍備管理や軍事技術についてももちろん素人である。 しかし、一国民として、国の安全保障については重大な関心を持っている。 そこで、日本が国防の基本方針としている「専守防衛」について考えていきたい。

 専守防衛とは、相手(他国)から武力攻撃を受けた時に、初めて防衛力を行使するものである。 「防衛政策の基本方針」によれば、その防衛力の行使も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も、自衛のための必要最小限のものに限られるとなっている。

 戦争を放棄した平和憲法の下では、防衛力の保持と行使について、厳重な制約がかけられているわけだ。これを“受動的な防衛戦略の姿勢と言うのだそうである。 自衛隊の存在が合憲か違憲かは別として、このような「防衛政策の基本方針」については、以前から賛否両論が激しく対立してきた。

 平和憲法の下では当然とする意見と、これでは到底国を守ることができないとする意見である。 最近では、その対立が更に激しくなってきたように思われる。 私は端的に言って、このような防衛戦略では、日本の安全の確保は極めて難しいと考えざるをえない。

2)「防衛政策の基本方針」では、海外派兵は自衛の範囲を超えるものとして認めていない。 ただし、日本が侵略や攻撃を受けている場合、それを阻止する目的で相手国の基地を攻撃することは、自衛の範囲に入るとして認めている。

 これでいくと、侵略や攻撃を受けてから初めて相手国の基地を叩くことができるということになる。これが専守防衛の精神なのだろう。 これでは、我が国に惨禍が及んでから初めて、自衛の行動が許されるということになる。 果たして、これが有効な防衛政策と言えるだろうか。

 こんな防衛政策なら「防衛」とは言えない。「どうぞ先に攻めて下さい」と言っているようなものだ。 相手国の先制攻撃で我が国の基地が叩かれたら、どうして反撃することができるだろうか。 相手が本当に侵略をしようとすれば、まずこちらの基地や軍事施設などに攻撃をしかけてくるだろう。 こんなことは軍事の常識である。私でなくとも、小学生でも分かることだ。

 防衛を真剣に考えるならば、「専守防衛」などというものはありえない。 侵略や攻撃を未然に防ぐために、当然こちらから先に攻撃をする場合だってありえる。 よく言われるように「攻撃は最大の防御」ということである。

 日本の防衛政策では、我が国の人命、領土、軍事施設などが被害を受けないと、自衛のための行動が取れないというのである。 これでは「先に損害を与えて下さい」というようなものだ。 まるで「防衛」になっていない。 この世には、100%の迎撃システムが完成しているわけではない。もし、そういうシステムがあるのなら教えて欲しい。 戦域ミサイル防衛(TMD)でも難しいと言われている。(100%の迎撃システムを作るとすれば、途方もない巨額の軍事予算が必要となろう。)

3) 防衛をいい加減に考えるならば別だが、真面目に効率的に、また国民の生命や財産を本気で守ろうとするならば、専守防衛などという“幻想”は捨て去るべきだ。「効率的防衛」を考えるべきである。

 日本は「対人地雷禁止条約」に加盟している。これは大変良いことである。 アメリカ、中国、ロシア、北朝鮮、イラクなどは加盟していない。それほど、日本は人道主義的で平和主義に徹している。

 いま列挙した国々は、侵略などによって防衛上必要と判断すれば、何時でも地雷を敷設することができる。これらの国は別に専守防衛の国ではないからだ。 ところが日本は専守防衛の国だから、他国の戦車や軍隊が侵入してこないと、領土の面では自衛の行動が取れない。 しかし地雷を敷設することはできない。こんな矛盾したことがあるだろうか。

 地雷を敷設できないのであれば、より一層、他国の戦車や軍隊が侵入してこないように、事前の策を真剣に考えるべきである。これが論理的思考というものだ。 日本は「対人地雷禁止条約」から脱退すべきではないから、なおさら攻撃や侵略を未然に防ぐことを考えるべきである。

4) 日本は専守防衛の国だから、攻撃的な兵器、例えば弾道ミサイル、戦略爆撃機などは持てないことになっている。 また「非核3原則」を国是としているから、もちろん核兵器は持てない。 また、もちろん化学兵器、生物兵器なども持てない。

 これにはいろいろ議論があるだろうが、とにかく全てが「きれいごと」に終止している。 いま核兵器を持つべきだとは言わない。しかし、有効で効率的な防衛力を考えるのは当然のことである。 防衛において、抑止力というものがいかに重要であるかということは、私のような素人でも分かる。 

 憲法と同様、防衛についても“タブー”を見直そうではないか。 効率的な防衛とは何かを考えよう。 先日、インターネットを調べていたら、陸上自衛隊を廃止して軍事衛星など最新の防衛システムを構築すれば、年間5兆円の防衛予算は半分ぐらいに圧縮できる、という専門家のご意見にお目にかかった。 陸上自衛隊には災害対策や国内の治安、テロ対策などの仕事もあるから廃止はできないと思うが、こういう大胆な提案、発想は貴重である。

 先程の抑止力から言えば、弾道ミサイルや戦略爆撃機、原子力潜水艦、航空母艦などについても、導入すべきかどうか真剣な議論があっておかしくはないと思う。 日本は絶対に侵略国にはならないのだから、あくまでも「防衛」という視点から検討すべきである。 要は限られた防衛予算の中で、いかに効率的な防衛システムを作るかということである。

5) 国防というのは、他国との相対的な面が強いから、侵略や攻撃の恐れがなければ防衛費は少なくて済む。 しかし、近隣に脅威となる国があれば、当然防衛を強化しなければならないだろう。

 日本の場合は、もちろん北朝鮮が脅威である。 ノドン、テポドンに始まり、不審船や日本人拉致の疑惑、ミサイル技術の輸出などがあるが、なんと言っても“核開発”の疑惑が重大である。 アメリカは北朝鮮を「悪の枢軸」と非難している。要するに「国際テロ国家」ということである。

 このような国が日本のすぐ隣にあるということは、脅威以外の何物でもない。 日本の平和憲法が抑止力になるというなら、これほど結構なことはないが、ほとんどの人はそうは思っていないだろう。

 「専守防衛」などという、馬鹿げた妄想はもう捨てるべきである。 国土や国民が被害を受けてから防衛出動するなどというのは、国が防衛の義務を果たしていないのと同じである。 災害も未然に防ぐことが求められている。侵略や攻撃も未然に防ぐことが上策である。 従って、防衛政策については、今後あらゆるタブーを排斥して、真剣に議論していって欲しい。

 以上、私は防衛というものを、純粋に論理的に軍事面から指摘したつもりだ。 憲法の制約等については、別途改めて考え直していくべきだと思う。 (2002年4月21日)

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