1) 本日、2002年4月28日は、日本が独立を回復して50周年に当たる記念すべき日である。 今から50年前の1952年(昭和27年)4月28日、対日講和条約が発効し日本は独立国に復帰した。 6年8ヵ月に及ぶ占領時代からようやく解放されたのである。
対日講和条約は前年の9月8日、サンフランシスコで日本と連合国・48カ国との間で調印されたものだ。 当時は全面講和か多数(単独)講和かで、日本国内は議論が真っ二つに分かれて争われたが、吉田茂内閣の決断で多数講和に踏み切った経緯がある。
日本が独立を回復してから50年、その間、実に様々の出来事が起こり、50年前とは比べようもない現在に至っている。その頃生まれた人達も今では50歳前後に達しており、中にはお孫さんを持つ人達もいる。 正に隔世の感がする。
2) この50年間、日本は奇跡の経済復興と発展を遂げ、世界第2位の経済大国にのし上がった。 ほとんど全ての面で、日本は先進国としての役割を果たしている。 またリーダーシップを発揮しうる立場に至っている。 こうした点は大いに誇りえる現実である。
しかし、今の日本人に真の自信と自覚があるだろうか。 生活は豊かになり、教育水準は高まり、国際的援助も推進している日本だが、日本人そのものが真の自信と自覚を持っているだろうか。 はっきり言って、それは疑わしい。多くの面で惰性と怠慢、事なかれ主義がはびこっていると言わざるをえない。
これはあまりに豊かに恵まれてきたために、どうしても現状追随、自己保身の気風に染まってきたと言えるようだ。 50年前には、そういう気風はほとんどなかった。これは当たり前のことで、まだ貧しく、食べるものも着るものも不十分だったから、「なんとかしなければならない」という気持が強かった。
当時は毎月々々毎年々々、豊かになっていくことが楽しかった。豊かになっていくのを実感できた。 これは生活にも張りが出てくるもので、やりがいのある日々が続くことになる。先進国に追い付いていく楽しみ、励み、実感があった。「豊かさ」というはっきりした目標があったのである。「エコノミック アニマル」と言われようとも、その頃、日本人はフレッシュだった。
3) ところが、今ではどうか。ある程度の豊かさを手に入れると、なにが目標なのか見えてこない感じがするのだ。 現状追随と自己保身に汲々としているから、はっきりした目標が見えてこないのだ。 今や日本人の心理状態は、極めて保守的になっていると言わざるをえない。自信も自覚も失いつつあるようだ。
昔は「成長、成長」とよく言われたが、最近は「改革、改革」とよく言われる。「構造改革なくして景気回復はない」などと小泉首相も言っている。 改革が全て良いのかどうか分からないが、なんとかしなければ日本はおかしくなる、ということだろう。改革も「総論賛成 各論反対」というのが多い。 なんとなく突破口が見えてこない感じがする。
これも惰性と事なかれ主義の影響なのだろうか。 つい最近の「みずほ銀行」のシステム故障の不始末を見ていると、正にそういう感じがする。 合併に伴う“心機一転”という姿勢が全然見えてこないのだ。こうした傾向が至る所に現われている。
「改革、改革」と叫ぶ前に、まず日本人は「新鮮な気持」を持つことが求められているのではないか。 大企業が合併しようが、公社・公団が民営化しようが、どんな構造改革が行われようが、基本は原点に帰ってフレッシュな気持で取り組まなければ、何も新しい価値は生まれてこないような気がする。
今や老大国になってきた日本が再生するには、この“フレッシュ”さが特に求められているのではなかろうか。 独立回復50周年を期して、日本と日本人を思う時、私は殊更そう感ぜざるをえないのである。(2002年4月28日)