1) 作家・陳舜臣さんの著作に「中国五千年」(講談社文庫)というのがあり、以前読んだがなかなか面白かった。 中国の書物には「史記」を始め「三国志演義」「西遊記」「水滸伝」など、我々日本人にもよく読まれているものが多い。 我々には主に短縮したものしか読めないが、それでもどの書物も壮大なスケールで実に面白い。感化を受けた日本人も多いはずだ。
中国の5000年に及ぶ「歴史時代」は、日本の「歴史」よりはるかに深みがある。これは到底太刀打ちできるものではない。 日本では2世紀から3世紀に至る“邪馬台国”ですら、一体どこにあったのかさえ確証がつかめていない。 それに比べて中国では、紀元前14世紀ぐらいからあった殷王朝の所在(殷墟)も明白になっているというから、日本とはまったく気の遠くなるような差がある。
日本人の先祖(ルーツ)については諸説あるようだが、中国からも相当数の先祖が日本に渡来してきたことは間違いない。 歴史書によれば、紀元前2〜3世紀には、日本は大陸文化(中国文化)の影響を強く受けるようになったと言われる。 その頃の日本の歴史はよく分からないというのに、中国では秦の始皇帝による統一から前漢時代へと、歴史の真実がはっきりと記録されているのだ。 歴史的に見れば、あらゆる面で中国は日本の“大先輩”に当たる。
2) 歴史に素人の私が言うのもおこがましいが、古代日本の文化はほとんど中国からの影響で成り立っているのではないか。 稲作農耕に始まり漢字や儒教、仏教などが、中国大陸から主に朝鮮半島を経由して我が国に入ってきた。 古代日本は遣隋使や遣唐使を派遣し、中国から多くのことを学んできた。 聖徳太子の17条憲法にも「五経」や「論語」の句が取り入れられているという。
大和朝廷が確立していく中で、日本は独自の政治・文化を築いていくことになるが、その後も中国からの影響は絶大であった。 630年に始まった遣唐使は延々と9世紀末まで続いた。その間に、有名な最澄や空海らの入唐がある。 日本がようやく中国文化から独立して、文化の和風化(国風化)を目指すことになったのは、ほぼ10世紀に入ってからである。
10世紀初頭に唐が滅亡してから、日本は初めて中国から精神的に自立したと言ってよい。 しかし、それまでの中国からの影響が余りに大きかったため、中国文化は和風化されたまま沈殿していく。 日本が本当に中国より優位に立つことができるのは、明治維新を待ってからであろう。
3) ご存知のように、明治27年(1894年)からの清国(中国)との戦争で日本は勝利した。 これによって、日本は有史以来初めて中国より優位に立った。その後の日中関係は大多数の人が知っているので、詳しく述べることは差し控える。 近代化や富国強兵に成功した日本に、今度は中国の革命家達が学ぶようになる。1905年、孫文が中国(革命)同盟会を結成したのは東京であった。
「中華民国」の成立、そして孫文から蒋介石へと指導者が変わっていく中で、1931年(昭和6年)の満州事変は、明らかに日本による中国への侵略だった。「満州国」を樹立した日本は、やがて日中戦争を引き起こし泥沼の戦いにはまり込んでいく。 歴史上、日本と中国は最も不幸な関係に陥ってしまうのだ。
そして、1945年の日本の敗戦、1949年の「中華人民共和国」の成立によって事態は大きく変わっていった。 日本はアジア・太平洋戦争での敗北によって、朝鮮半島、台湾を始め多くの領土・支配地を失った。そればかりでなく、独立さえ失い連合国に占領されるまでに転落した。 これによって、50年間中国に対して優位を誇っていた日本の立場は崩壊していく。
4) 中華人民共和国に対して、日本は政治的に絶えず劣勢に立たされてきた。日本がいかに経済発展を遂げても、政治的には中国の風下におかれていた。 1972年9月に日中国交正常化が成ったが、中国はすでに国連安保理事会の常任理事国となっており、国際政治の上では日本より格上の立場になっていたのである。
「文化大革命」の混乱や「民主化運動」の弾圧等、中国は国内的に動揺を繰り返してきたが、対外的にはアメリカ、ロシア(旧ソ連)などに対しても、絶えず毅然とした姿勢で臨むことができた。 香港、マカオの祖国復帰も果たし、残るは主に“台湾問題”だけである。(もっとも、“台湾問題”は複雑な要素があるが・・・)
日本が今、中国に学ぶことができるものと言えば、正にこの国の毅然とした対外姿勢である。外交姿勢と言ってもよい。 1840年のアヘン戦争以来、この国は100年以上にわたって外国の侵略を受けてきた。外国に侮られてきた。 その痛恨の歴史が、中国をして今毅然とした対外姿勢を取らせている。
それに比べて日本はどうか。 いかに第2次大戦の「敗戦国」とはいえ、必要以上に他国の顔色ばかりを窺っている姿勢が目立っているのではないか。 平和主義はもとより良いが、往々にして卑屈な外交姿勢を見せているのではないか。
5) もともと「中華思想」があるものの、中国は他国から侮られることを最も忌み嫌う。どの国もそうであろうが、先に述べたように、この国は100年以上にわたって外国の侵略を受けてきたから、その思いは尚更強い。 従って、日本は中国に対し十分な配慮をもって接していかなければならない。
しかし、その配慮も、なんでも中国の言う通りにすべきだということではない。 日本としても言うべきことは言い、主張すべきことは主張するべきである。そうでなければ、こちらがかえって侮られてしまうだろう。 お互いに道理に叶ったことを言い、行うことによって“真の平等互恵の友好関係”が樹立されるはずである。
靖国神社参拝問題でも教科書検定問題でも、言うべきことはこちらからも言わなければならない。 日本としても、中国の毅然とした姿勢に学ぶべきである。 この点、中国は間違いなく日本よりはるかに率直である。
つい最近の“瀋陽における北朝鮮国民亡命事件”の経緯を見ていると、かなりの日本人がこれで良いのだろうかと思ったに違いない。 テレビなどを見ていると、日本の総領事館は何をしているんだと怒っている識者が多かった。 中国の武装警官が総領事館に侵入してきて、亡命を求める北朝鮮国民5人を強制連行したから、主権を侵害されたと怒っているのだ。
中国政府は「日本側の同意を得た上で連行した」と正当性を主張しているが、日本の外務省は「同意を与えた事実はない」と反論し、中国側と対立している。 我々は外務省を信じたいが、テレビ等の報道を見ていると、どうも心もとない気がしてくる。
総領事館員らの対応を見ていると、日本の主権は本当に守られているのかと疑いたくなる。毅然とした姿勢が見えてこないのだ。 これに反して、中国はいつも堂々としていて、こちらが“内政干渉”ではないかと思っても、靖国問題や教科書問題等について明白に自国の主張を示してくる。
日本も少しはそうした姿勢を見習うべきだ。 戦後、(敗戦によって)自尊心も誇りも失ってしまった日本は、事なかれ主義と惰性に終始してきた。 それに比べて、中国は自尊心と誇りを回復し、今や堂々たる政治大国として甦った。
日本は歴史上、多くのことを中国から摂取し学んできたが、今こそ日本に最も欠けているもの、つまり毅然とした政治姿勢・外交姿勢を中国から学ばなければならない。 そして、中国と“対等”の友好関係を結ばなければならない。
(2002年5月13日)