北朝鮮は生まれ変われるか

1) 北朝鮮による日本人拉致犯罪で、訪朝していた政府調査団が帰国した。 10月2日、その報告書が公表され、拉致事件についての北朝鮮側の説明が明らかになった。 しかし、その内容は極めて信憑性に欠けるもので、拉致被害者の家族や多くの国民の間から、不信と疑問の声が沸き上がっている。

 テレビ、新聞等のマスコミは、連日この事件を大々的に報道しているので、この問題をここで取り上げることはしない。 私がここで取り上げるのは、「悪魔の国」と言われる北朝鮮が、今後「良い国」として生まれ変われるかどうか、ということである。

 結論から言えば、今の金正日独裁体制が続く限り、北朝鮮は絶対に「良い国」として生まれ変わることはないだろう。 既に別稿で何度も指摘しているが、この金正日体制は“ウソ”で塗り固められたものであり、我々のこれまでの経験から推し量れば、到底信用できない国家体制なのである。

 その具体的な例を挙げていけば、とどまる所がないので(日本人なら大方の人は、もう十分に知っているだろう)、その点は割愛するとして、問題は、どうすればこの国が生まれ変わることができるのか、という点にある。

2) そこで、少し歴史的な話から入っていきたい。 中国革命の父・孫文も、朝鮮近代化の魁(さきがけ)・金玉均も長い間、日本で亡命生活を余儀なくされていた。 両者共に、本国では旧体制の権力に弾圧されていたから、日本などの亡命地で革命運動をせざるをえなかったのである。

 孫文や金玉均のような中国、朝鮮の革命家、反体制指導者の中には、多くの人達が日本に亡命していたことがある。 また亡命していなくても、周恩来(後の中国首相)らのように、日本に留学していた俊英も数多くいた。

 それは、日本が明治維新後、近代化に成功したアジアで唯一の国だったということが大きな背景になっていたと思うが、孫文や金玉均らと交わった日本人は少なくない。 特に金玉均の場合は、福沢諭吉、大隈重信、渋沢栄一、井上馨ら、当時の日本の最高指導者と交友関係を持っていたのである。

 当時(19世紀末)の日本は、朝鮮に大きな影響力を振るっていた清(今の中国)に対抗するため、金玉均ら開化派(改革派)の勢力を利用しようという意図があったが、金玉均らも日本を手本にして、祖国・朝鮮の近代化を実現しようとしていたのである。

 因みに、金玉均は日清戦争が始まる直前の1894年3月、スパイの工作によって日本から中国の上海におびき出され、朝鮮事大党(守旧派)の手によって暗殺された。 皮肉にもその4ヵ月後、日清両軍は朝鮮を舞台にして全面的な戦争に突入したのである。

3) 歴史の話がやや長くなったが、明治維新後から20世紀初頭にかけて、日本は中国や朝鮮の革命、改革の“最前線基地”となっていたのである。 孫文が中国(革命)同盟会を結成したのは1905年、亡命先の東京であった。 そして当時、日本に留学していた数多くの中国の学生が、孫文の革命運動に参加していったのである。 また丁度その頃、中国近代文学の祖となる魯迅も、仙台の医学校に留学していたのである。

 こうした歴史的事実は、何を意味するだろうか。 中国や朝鮮の改革・近代化にとって、日本は巨大な“養育所”となっていたのである。これは日本が誇るべきことである。 後に日本は侵略主義に陥り、中国や朝鮮に多大な損害を与えることになるが、明治時代末までは、日本はこれらの国の模範であり、改革・近代化の指針となっていたのである。

 ひるがえって、現代はどうだろうか。 戦後の日本の奇跡的な経済成長は、韓国や中国にも大きな影響を与えた。 それはそれで良いのだが、日本の「民主主義」「平和主義」が、どれほどこれらの国に政治的な影響を与えただろうか。 ほとんど皆無と言ってよい。

 勿論、政治体制については、それぞれの国が自分で決めることである。 しかし、戦後の日本は、どのような歴史的経緯があろうとも、民主主義、平和主義を原理として、その路線の上で政治を行なってきた。 戦前の歴史に対する、痛切な反省に立ってそうしてきた面もある。

 政治の腐敗が幾度か起きようとも、日本は民主主義、平和主義を大切に育ててきた。 こうした姿勢は、今の中国や北朝鮮には通じないかもしれないが、我々日本人の誇りとすべきことである。

4) そこで、当面の北朝鮮問題に絞って考えていきたい。 結論から言えば、日本は北朝鮮の民主化、近代化に寄与すべきである。 隣国ということもあるが、先程、歴史的事実を示したように、かつて日本は、朝鮮の近代化に側面から支援したことがある。

 明治時代の日本は勿論、清(中国)やロシアとの対抗関係の中で朝鮮政策を考えていたが、朝鮮や中国の若い有為な人材が多数、日本から大いに学ぼうと来日していたのである。 歴史は繰り返されると言うが、現代においても、韓国や北朝鮮が日本から学ぶべきことは多くあるはずである。

 特に北朝鮮は今後、経済の面だけでなく、政治の体制や制度において日本から学ぶべきである。 日本が先の大戦の敗北により、甚大な犠牲を払った上で手にした民主主義、平和主義は貴重なものがある。 今日、北朝鮮に最も欠けているのは、この民主主義と平和主義である。

 ご承知のように、金正日独裁体制の下では、これらの原理どころか、人権も自由も生命さえも脅かされているのである。 こうした事実を、日本をはじめ外国に在住する朝鮮の人々は、どのように受けとめているのか。 このままで良いと思っているのだろうか。

 21世紀に入った今日、世界の人々はこの金正日独裁体制を認めているだろうか。 そんなことは絶対にない、と断言できるだろう。 東欧やソ連邦などの社会主義独裁体制は、十数年前に崩壊した。現在、中国やキューバなど、ごく少数の国が社会主義体制を維持しているが、北朝鮮のような異常な独裁体制を取っているわけではない。

 北朝鮮は余りに異常である。 こうした事実を、在日朝鮮人の方々はどのように思っているのだろうか。 これで良いと思っているのだろうか。そんな筈はないに違いない。

5) 最近、私は幾人かの友人から興味深い話を聞いた。 例えば、東京・新宿区にある朝鮮人学校では、金日成や金正日の肖像が、何ヵ月か前から姿を消したと聞いている。 また、大阪や神戸の朝鮮総連の中には、祖国・北朝鮮の民主化が必要だと唱える人々が、増えているとも聞いた。

 こうした徴候は歓迎すべきことである。 勿論、日本に在住する人々だから、そうしたことが言えるのだろうが、今回、「拉致犯罪」「不審船犯罪」の事実が明白になったことで、金正日独裁体制に対する、在日朝鮮人の方々の批判は一層強まっていくだろう。

 それならば問題は、どうしたら金正日独裁体制を打倒できるかということである。 これは容易なことではない。独裁的な権力機構というのは、簡単に崩れることはない。 例えばアメリカが、金正日政権の核開発やミサイル輸出問題などに業を煮やし、北朝鮮を攻撃するというなら別である。

 しかし、これはあくまでもアメリカの問題であり、我々日本人が決めることではない。 そうであるなら、我々が北朝鮮の民主化を望むならば、在日朝鮮の人々に粘り強く働きかけていくしかないないだろう。

 日本に在住する朝鮮の人々は、民主主義の価値や平和主義の尊さを知っているだろう。 また、祖国がそのような原理に立脚した国に生まれ変わるよう、望んでいる人も少なからずいる筈である。 我々日本人は、そうした在日朝鮮人を支援していくべきである。

 今から100年以上も前に、朝鮮の近代化を目指した金玉均を、日本の有識者達は応援した。 日本の国益という立場も勿論あったが、それと同じように今、北朝鮮の民主化を目指す人々を我々は応援していくべきである。

 もとよりそうした過程で、金正日独裁体制を死守しようという守旧派の妨害、弾圧が繰り広げられるだろう。 金玉均が守旧派の手で暗殺されたように、民主派のリーダーが命を狙われることは、十分に予想される。 工作員(スパイ)やテロリストが暗躍するだろう。

 しかし、北朝鮮が今のままで良いという筈がない。心ある人達は立ち上がるべきである。 孫文が東京に中国(革命)同盟会を興したことに、見習うべきである。 朝鮮の民主派の人々はそうした組織(『亡命政権』と同じもの)を、日本でもアメリカの地でも良いから、早期に結成すべきである。

 北朝鮮の“夜明け”は近いと思う。 いつまでも、腐敗した独裁政権が永く続くとは思えない。 生命も人権も自由も踏みにじられた北朝鮮が、一日も早く解放され、生まれ変わることを切に望むものである。 (2002年10月4日)

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