1) 先日、東京・四谷で大学時代の同窓会が開かれた。集まったのは男性14人、女性2人で、いずれも60歳を超えた者ばかりである。 40年ぶりに再会した人も多く、懐かしさの中に楽しい一時を過ごすことができた。
私達の同窓生は、昭和35年(1960年)に早稲田大学仏文科に進学した者で、幹事である私が調べたら、1クラス50人ほどの中で、分かっているだけでも7人が他界していた。 還暦を過ぎたばかりだというのに、これは結構高い死亡率である。(7人のうち、1人は自殺である)
この同窓会は今年の5月に、同窓生の1人がガンで死亡したことが元々の発端となって開かれたもので、そういう事がないと、なかなか旧友と合いまみえることはない。 “ご隠居さん”暮らしをしていて最もヒマそうな私などが、幹事役にさせられたのである。
しかし、40年前の学生名簿を作るのは、ヒマを持て余していた私には楽しい仕事だった。 久し振りに母校・早稲田大学に行って、校友会の名簿を調べたり、人づてに電話をかけまくったりして名簿を仕上げることができた。 もっとも10人余りの学友については、どうしても所在を確認することができなかった。
同窓会の出席者は、現役で活躍している某大学の学長や、オンライン書店の有名編集長、辞書作りの「名人」、ジャーナリスト、仏文学者、舞台俳優、古書店の店主等々、多士済々であったが、私のような“ご隠居さん”も何人かいて、話しは大いに盛り上がった。
ところで、話しをしているうちに感じたことは、今やフランス文学などというものは、ほとんど魅力のないものに成り果てたということらしい。 我々の若い時代には、サルトル、カミュ、マルロー、ジッド、ロマン・ロラン等々から、影響を受けた青年は数多くいたはずである。
しかし、今やサルトル等の影響力はほとんどないという。時代の流れなのだろう。 フランス文学はまだしも、ドイツ文学をやろうなどという学生は皆無に近いという。 若者の読書離れが進んでいると言われるが、携帯電話やゲームにうつつを抜かす現代を思い知らされる。 もっとも、私のような“ご隠居さん”も、毎日のように将棋ゲームを楽しんでいるのだから仕方がないのか・・・
2) フランスの作家、アナトール・フランスの言葉で、「もし晩年に青春というものがあれば、人生は大きく変わるだろう」というのがあったと思う。 私は同窓会をやったことで、この言葉を思い出した。 それもあって、皆で撮った写真を同窓生に送った時に、「還暦を超えたばかりでは、まだまだ“はな垂れ小僧”“おてんば娘”と同じだ」と書いておいた。
「老いてからの青春」というのは、ないに違いない。しかし、老いらくの恋というのはある。 恋がなくとも、晩年になって、人生が変貌を遂げることだってありえるはずだ。 年を取れば激変とはいかないだろう。しかし、人生の集大成の時期に、生き方が変わってきてもおかしくはない。
たとえ生き方が変わらなくても、「青春を取り戻す」ことはできるかもしれない。 最近、冒険家の堀江兼一さんが40年ぶりに、ヨットで太平洋無寄港横断を成し遂げたということがあった。 今から40年前、堀江さんが「マーメイド号」で太平洋を横断した時、我々はびっくりしたものだ。 堀江さんは今、63歳になるという。彼こそ青春を取り戻したと言える。
登山でもそうだ。 最近は還暦を過ぎた人達が、ヒマラヤの世界最高峰の登頂などで、次々と最高齢の記録を塗り替えている。 世の中は“最年少記録”というのが一般的だが、昨今は“最高齢記録”というのが目立ってきている。
日本は世界一の長寿国である。これは世界に誇ってよいことだ。 最近では、80歳、90歳でも元気一杯のお年寄りは大勢いる。その人達から見れば、還暦を過ぎたぐらいでは“はな垂れ小僧”“おてんば娘”と思われても不思議ではない。
40年ぶりに顔を合わせた人もいる、今回の同窓会は楽しく面白かった。 次はいつやるかどうか知らないが、なにか青春を取り戻したような気分になった。 かつて文学青年だった我々の中から、やがて70歳、80歳を超えてから、「芥川賞」「直木賞」を取る人が現われるかもしれない。 いや、是非そうなって欲しい。 文学の面でも“最高齢記録”を塗り替えていって欲しいものだ。 現代の日本とは、そういう時代ではなかろうか。 (2002年10月11日)