ホームページ・ボランティア

1) 私がホームページを作り始めてから10ヵ月ほど経つが、けっこう面白い経験をしてきた。 なんといっても一番快感を覚えるのは、文章をアップロードする時である。 自分の文章が一瞬のうちにインターネット上に載った時は、いつでも「やったー!」という気分になる。 この快感はなんとも言えないもので、“アップロード”というのが最も好きな言葉になった。

 アップロードというのは、著作で言うと“上梓”に当たる。 つまり、書物の出版と同じような意味を持つ。 勿論、何百ページにも上る本の出版とは重みが違うが、その文章が“世に出る”ということでは同じだ。 私もこれまでに3度自費出版をしたことがあるが、その時の感動を思い起こさせるものである。

 さて、自費出版については、基本的には自分の「利益」にはまったく関係がない。 利益どころか、調査や資料収集、出版費用などでお金がどんどん出ていくだけだ。なんと実入りのないことだろう。 それと同じで、自費出版ほどではないが、ホームページの作成というのも、持ち出しばかりでなんの利益にもならない。

 しかし、自分の意見や考えを、いつでもなんでも自由に発表できるのが大きな魅力だ。 この魅力はたまらない。いうなれば、自分だけの“メディア”を所有しているのだ。 しかも、必要とあれば、そこに第三者から意見などを寄せてもらって、大いに論じ合うこともできる。

 私のようにテクノロジーやメカに弱い者は、ひとたびインターネットやホームページの魅力に捕われると、かえって底無し沼にはまっていくようになるのかもしれない。 いわば“呪縛”にかけられたようなものだ。

2) ところで、私がこのホームページに載せた意見や主張は、第三者の方々から“強い支持”を受けているなどとは、勿論思ってもいないし、そう自惚れてもいない。  しかし、21世紀への改革提言や憲法改正の必要性などは、いつの日か必ず聞いてもらえると自負している。

 21世紀への改革提言などは、仮にそれが実現するとしても、何十年もかかるものがあるだろう。 しかし、自分の“メディア”を持ったかぎり、それを主張し続けていくことは、メディアを所有する者の責務である。

 どのような反対、中傷、妨害があろうとも、それは断固として続けなければならない。それは死ぬまで続くだろう。 もし、それが嫌になれば、ホームページなどは直ちに閉鎖すべきである。

 こう考えてくると、私の場合のホームページは、一種のボランティア活動と同じものである。 ボランティアとは、信念や信条を持って行動するわけだから、利害打算とは一切関係ない。 むしろ、現実的な利益を失う方が多いのだ。そして幸か不幸か、敵を作ることだって大いにありえる。

 私の場合、このホームページが契機となって、残念ながら、中学時代からの友人と絶交状態になってしまった。 つまり、「憲法改正」に対する彼の論評が、私にとってあまりに底意地が悪く冷たいものだったからである。精神衛生上、彼との絶交状態は続けていくしかない。

 別の言い方をすれば、私にとってこのホームページとは、信念や信条と同じ位いの重要性があり、人生の“証し”みたいなものである。そのくらいの決意がなければ、ホームページなどは馬鹿々々しくてやっていられない。 数少ない読者は呆れるかもしれないが、私は“命がけ”でホームページをやっているつもりである。 例えば、売国奴、金正日の手先、俗悪なマスメディアなどとは徹底的に闘うつもりだ。 

3) 私は闘争本能が強い人間なので、敵と闘うことが好きである。(敵を見つけ出そうとしているのだろうか?) 2週間ほど前、ホームページに「掲示板」を設置したので、罵詈雑言を浴びせる敵が現われないかと腕をさすっていたら、全然現われない。拍子抜けである。 つまり、私のホームページというのは、全然読まれていないか無視されているかの、どちらかである。 それはそれで良いのだが、やや寂しい気持になってくる。

 今のところ「掲示板」には、“投稿”なるものが3件しかない。 だいたい最初に来たのが、孫の名を騙った娘からのもので、掲示板の設置を祝っているものの、「気にいらないメールがきても、怒りすぎないでね」と、私の性格をよく知る内容のものだ。

 次に来たのが、親しくさせてもらっている秋田県のKさん(テレビ局時代の友人)で、掲示板の設置を祝ってくれると共に、先頃亡くなった共通の友人・N君について話しを交わすことができた。

 3番目に来たのが、フジテレビのキャスター・黒岩祐治君(テレビ局時代の後輩)で、ホームページの内容が「スゴイ充実ぶりだ。感銘を受けた」と賞めてくれた。お世辞が入っていても、賞められれば嬉しい。 ちなみに彼のホームページを見たら、看護や救急医療問題などを取り扱っていて、非常に“充実”しているのに驚いた。

 いずれも好意的な投稿で有り難いが、私にケンカを売ってくるようなものはまだない。 しかし、ケンカ闘争)するためにホームページをやっているわけではないから、これで善しと考えた方が素直かもしれない。 それにしても、社会に害毒を流す輩(やから)とは、死ぬまで徹底的に闘っていきたいものだ。 私も61歳なので、“大義のためには”命は惜しくない。

 随分気張った言い方で、不快感を与えたかもしれないが、「ホームページ・ボランティア」の精神こそ最も重要だと考える。 それがなくなったら、ホームページを閉鎖するしかない。 (2002年11月1日)

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