1) 二大政党制が良いのではないかという議論が、もう随分昔から出ている。しかし、現代の日本において、本当に二大政党制が良いのだろうか。 率直に言って、私はそんなことはないと思っている。 いや、むしろ民主主義の多様性からいって、「多党政治」の方が好ましいはずである。
二大政党制を主張する人達は、政権交代を可能にするシステムとして、しばしばこれを推奨してきたが、二大政党でなくとも政権は交代してきた。 1993年には自民党政権が崩壊し、7党1会派による細川連立内閣が誕生している。
また、昨今では、自民党による単独政権はとても無理な状況で、社会・自民・新党さきがけによる村山連立内閣が出来たり、最近では、自民党を軸にした連立内閣が続いている。 このように、二大政党でなくとも、政権交代や政権の改造はいくらでも可能なのである。
現実の日本の政治をよく見ようではないか。 大政党ではないが、例えば公明党や共産党、社民党といった政党がなくなるとでも、誰が思うだろうか。ほとんどの人達はそうは思っていないだろう。 それとも二大政党論者達は、衆議院に小選挙区制を導入することで、これらの中小の政党を解消しようとでも考えたのだろうか。
そんなことは、現実には無理である。 現に比例代表制を併用することによって、中小の政党は生き残っている。保守陣営には、自由党や保守党までが誕生してきたのだ。 二大政党制どころか、逆に中小の政党が増えているではないか。
本来、小選挙区制を導入した時、将来の二大政党制を夢見た人は多かったはずである。 ところが、事態はまったく別の方向に進んでいるようだ。こうした現実を、二大政党論者はどう見ているのか。
2) 私はもう一度、民主主義の多様性という視点から、一般的な選挙制度の問題に触れていきたい。 9年前、非自民の細川連立内閣が誕生した時、日本は“政治改革”の熱に浮かされていたようだ。 小選挙区制になると金がかからなくなり、国会議員の汚職も減るだろうと真面目に議論されていた。(政界浄化のためには良いことだが)
たしかに選挙運動の面から見れば、選挙区が小さいほど金はかからないはずだ。 それは良いのだが、政治資金の問題の方をなおざりにしていた側面があった。しかし、ここでは政治資金のことを論じるつもりはないので、小選挙区制の問題に切り込んでいきたい。
小選挙区制だけでは、民意は完全に反映されない。「死票」があまりに多く出てしまうからだ。 だから得票数による比例代表制を併用するわけだが、日本では衆議院の場合、政党名を書く「並立制」が取られている。 各政党の党利党略があるものの、日本ではそれなりに工夫している。
完全小選挙区制だけだと、いかに酷いかといえば、憲政の“模範国”と言われるイギリスの場合だ。 ご承知のように、イギリスでは労働党と保守党という二大政党があるが、自由民主党という有力な第3党もある。
自由民主党は現在、イギリス下院(定数・650人)で52の議席を持っているが、かつては総得票数が全体の15%から20%あっても、議席が10台ということもあった。 これなどは、いかに「死票」が多いかを示すものである。
こんな選挙制度が良いと言うのか。全然、良くない。 イギリスを民主主義の模範のように言う人が多いが、なんでも先進諸国を拝みたがる、日本人の“奴隷根性”と言う他はない。 ついでに言うが、イギリスには未だに貴族院(上院)があって、選挙もしない世襲貴族が議員として頑張っている。しかも、定数もないというのだ。 これが、民主主義の模範だと言えるのか!
イギリスのことを悪し様に言ったのは申し訳ないが(各国にはそれぞれの事情があるので)、日本人は、自分の国の方がずっと民主主義的だということを自覚すべきである。 我が国の民主政治体制に誇りを持つべきである。
3) 次に、二大政党制の問題を考えてみよう。 二大政党と言うと、いかにもカッコ良く思われるだろうが、私に言わせれば民主主義を軽視しているような印象を受ける。 民主主義の多様性から言えば、本来、政党は多ければ多いほど良いはずである。
ただし、政局の不安定や混乱は良くないし、各議員が自分の主張を実現していくために、一つの政党に収れんされていくのは当然かもしれない。 また、選挙を戦うためにも、大きな組織に入る方が有利である。このため、より大きな党が生まれて微小な党は自ずと減っていく。
それはそれで良いのだが、本来はもっと多くの政党があって当然である。 私は二大政党というものに、なにか民主主義の形骸化を見る思いがするし、どこか活性化が失われていくような気がしてならない。
例えば、アメリカの場合は、共和・民主の二大政党にはっきりと分かれている。 あれほど多くの人種や階層を有しているというのに、どうして政党は多くないのか。私にとっては、不思議である。 大統領制を採用しているから、そうなるのだろうか。(日本も首相公選制を導入したら、二大政党化が進むのだろうか。)
アメリカ人の知恵が、二大政党化を実現したのだろうか。 しかし、昨今では、この二大政党制に疑問を持つ人達が増えているという。選択の余地が、二つの政党しかないのだ。 分かりやすいと言えばそれまでだが、まるで「白か黒か」の世界である。
余談ではあるが、アメリカ人の中にも、日本のような議院内閣制の方が良いと考える人達が多いそうだ。 それにしても、国民や役人は勿論だが、裁判官までが共和党か民主党に色分けされるというのが、はたして良いことなのだろうか。 他の選択の余地はないのか。どこか、民主主義が硬直化している気がしてならない。
この前の大統領選挙の時は酷かった。 ブッシュ候補(共和党)対ゴア候補(民主党)の戦いだったが、何時までたっても大統領が決まらないのである。 事実上、世界のナンバーワンを決めるというのに、世界中が注目しているというのに、新大統領が決まらないのだ。
フロリダ州の開票の遅れも酷かったが、私が最も驚いたのは、海外の相当数の不在者投票の到着が開票日に間に合わないということだった。 いくらアメリカ人が大らかとはいえ、これは酷すぎる。これは民主主義を否定するものだ。 日本ではまったく考えられないことである。
あまりに酷いので、ロシアのプーチン大統領がたまりかねて、選挙監視団を送りましょうか、と言ったほどだ。(これは、相当な皮肉が込められている。あの大ざっぱなロシアが言うのだから。) フロリダ州の開票結果については、共和党の支持者が多い連邦最高裁の決定で、結局、ブッシュ候補が大統領に当選する道が開かれた。 その間、実に1ヵ月以上ももめたのである。
大体、裁判官までが共和・民主両党に色分けされるというのは、完成された二大政党制の弊害以外の何ものでもない。 このように、アメリカは世界に醜態をさらけ出したのだが、こんな二大政党制になるとは、“民主主義の父”でもあるトマス・ジェファーソン(彼は少数意見を尊重した)ら、アメリカ建国の偉人達は想像もしていなかっただろう。
4) アメリカの例を出してしまったが、民主主義は硬直化してしまったらお終いである。そのためには、政党はできるだけ多くあった方が良いし、選択の余地を広げて欲しい。 ただし、20も30も政党があると混乱するから、10ぐらいもあれば民意は大体反映されるだろう。(実際は、5つか6つの政党が、政権担当能力を持つことになろう)
多くの政党が切磋琢磨する方が、民主主義にとってはプラスである。 かつての日本の55年体制、つまり自民党対社会党という二大政党制が良いなどと思っている人は、どのくらいいるのだろうか。 今や、ほとんどいないのではないか。
それと違った二大政党制を、その論者達は考えているのだろうが、民主主義の活性化のためにも多党政治の方が有効である。 いろいろな要素を組み合わせた連立政権の方が、一党独裁的になりかねない単独政権よりはマシである。
もっとも、現実の日本政治を見れば、二大政党制にはなりえないだろう。 先述したように、公明党や共産党、社民党は党名が変わろうとも、なくなるとは思えないからだ。
以上、二大政党制について考えてきたが、こういう問題はどうしても選挙制度と係わりがあるので、いずれはその問題についても考えたい。 ただし、現時点では、今の衆参両院の選挙制度は複雑で分かりにくく、国民を当惑させている面がある。 もっとすっきりした選挙制度になれないのだろうか。
私自身はむしろ、小選挙区制よりも、かつての中選挙区制の方がずっと良かったと思っているし、また完全比例代表制などの方がすっきりしていると思うが、機会があれば後日考えていきたい。
いずれにしろ、二大政党制などというものは、民主主義の多様性、その活性化のためにはむしろ有害であり、今や世界の民主主義の模範、手本になろうとしている日本にとっては、まったくの“幻想”“妄想”に近いものだと考える。 (2002年12月5日)