1) 年末になって、ホームページをやっていることにつくづく良かったと思う出来事があった。 滅多にないことなので紹介させてもらう。ホームページでこんなに嬉しい思いをしたのは、初めてである。
広島県・福山市の小学校の先生から、私が以前書いた「感動!! 鉄道開通物語」(参照)について、メールが寄せられた。 まったく知らない人なので何のことかと読んでみたら、元になったNHKの番組「その時 歴史が動いた」のビデオを送って欲しいという要望だった。
このNHKの番組は昨年(2001年)末に放送されたもので、題名は「汽笛一声・日本の産声(うぶごえ)」というものだった。 実に素晴らしい番組だったので、私はそれをビデオに収録し保存していた。そのことを私のホームページにも記しておいたのだ。
福山市の先生は私の拙文に感銘を受けたということで、近日中に教員同士のセミナーで、「明治の鉄道開通」と題して模擬授業をすることになっているという。 そこで元になったNHKの番組のビデオを、ぜひ見せて欲しいという申し入れだった。
これはごく自然な要望で、私自身もその番組を見て感動し、前述した拙文をホームページに載せたのである。 こういうリアクションが、見ず知らずの人からあるというのは初めてなので、私は非常に嬉しかった。
2) 早速、息子に手伝ってもらってNHKのビデオをダビングし、直ちにそれを福山市の先生に郵送した。 ダビング中にそのビデオを久しぶりに見ていると、私は改めて感動し泣いてしまった。
若き日の大隈重信と伊藤博文(当時は両者とも役人)が、あらゆる艱難辛苦にも屈せず、鉄道開通という“初志”を貫く生きざまが克明に描かれている。 普通の人間だったら、途中で間違いなく諦めてしまっただろう。想像を絶する困難と障害を二人は乗り越えていくのだ。 後日、二人とも偉大な政治家になったのは、十分にうなずけることだ。
二人の苦闘は、前述したホームページを読んで頂ければ分かると思うので、ここでは省略するが、私は再び深い感動に襲われてしまった。 福山市の先生からビデオの要望がなかったなら、年末の今時に、こんな感動を味わうことはなかっただろう。
インターネットは素晴らしいと思う。まったく見ず知らずの人と交流できるのだ。 それによって、感動や共感の輪が広まっていく。今さらインターネットの素晴らしさを云々するのは古臭いだろうが、私は改めてその“凄さ”を実感した。
私などは、人のお役に立つなんてことはありえないが、インターネットとホームページのお陰で、初めてそれが可能になった。そんなことは、つい2〜3年前までは想像もできないことだった。 あんまり私が喜んでいるので、B型(冷徹な人が多いようだ)の女房が「O型の人間って、乗りやすくて嫌ね」と言った。 私はO型である。
3) 福山市の先生は「明治の鉄道開通」を模擬授業するために、インターネットで資料を随分検索したようだ。 その結果、たまたま私のホームページが見つかったと述べておられるが、これはお互いにラッキーだったと言える。
インターネットの交流も素晴らしいが、なんと言っても、元になったNHKの「汽笛一声・日本の産声」が秀逸なのである。私はこの番組をぜひ再放送して欲しいと願っている。 俗悪な番組も多い当世だが、中にはキラリと光るものも少なくない。
民放テレビは視聴率を稼ぐために、「ラーメン」や「万引き」などの特集をよく放送する。 私もテレビ局に38年も勤めたから、その辺の事情は痛いほど分かっているつもりだ。しかし、要所々々でキラリと光る番組をぜひ放送して欲しい。
今年9月以降、北朝鮮関係の放送が急増した。 北朝鮮問題は非常に重要なので、テレビを始めあらゆるマスコミが積極的に取り上げている。これは当然のことだが、視聴率は稼げるし、新聞や雑誌などの売れ行きが伸びていることも分かっている。
かつて、「オウム真理教」事件の時は、雑誌や週刊誌などが物凄く売れたという。それと似たような現象が「北朝鮮」問題でも起きている。 従って、マスコミは益々「北朝鮮」関係の報道に熱を入れざるをえないだろう。
しかし、その一方で、秀逸な番組や特集記事、感動的な話しが人々の共感を誘い、連帯の輪を広げているのも事実だ。 インターネット社会では、その傾向が更に顕著になってきた。それは実に喜ばしいことだと思う。
話しが多少マスコミ論的になってしまったが、見ず知らずの人との今回の交流で、私は益々インターネット社会への期待と展望を大にしたのである。 文明の利器はしばしば“諸刃(もろは)の剣”となる。悪いことにも多用されるが、良いことにも無限の可能性を秘めているようだ。
年末に、このような意義深い交流ができたことに、私はホームページとインターネットに感謝したい。 (2002年12月28日)