2003年、明けましておめでとうございます。
1) 私は今年初めて、朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会中央本部)に年賀状を出した。 年賀状であるから「謹賀新年 本年も良い年でありますように」といった、当たり前の文章である。しかし、その後の余白に、私は以下のような文を添え書きした。 「『共和国』の民主化と明るい未来のために、金正日体制打倒へ向けて共に頑張りましょう!」
それを書くために、私はわざわざ年賀状を出したのだ。 朝鮮総連では、こんな年賀状は勿論見向きもしないだろうし、廃棄処分にするに違いない。しかし、私としてはどうしても出したかったのだ。
私は自分の名前の後に、わざわざ「61歳」と年齢まで書いてしまった。 年賀状に自分の年齢を書いたことは一度もなかったが、朝鮮総連に対してはそうしてしまった。 どうして、そこまでする必要があったのだろうか。自分にも理由が分からない。 多分、無意識のうちに、自分の存在と主張をアピールしようという衝動が働いたのかもしれない。
私の添え書きは真剣である。 だから後で、「共に頑張りましょう!」ではなく、「共に立ち上がりましょう!」とか「共に決起しよう!」と、もっと強く書けば良かったのにと反省しているぐらいだ。
年賀状のことはともかく、今年は「金正日体制」が昨年以上に問われる年になるだろう。 昨年9月の日朝首脳会談以降、その傾向は日増しに強まっていると思うからだ。
2) 北朝鮮の金正日体制がいかに醜悪なものかは、今やほとんどの日本人が理解している。 昨年からの連日のマスコミの報道によって、在日朝鮮人の大方の人も同じ気持になっているだろう。
これは拉致事件、核開発、工作船の問題だけではない。 マスコミが伝えるものの中には、やや誇張したり興味本位で取り扱っていたものも若干あったかもしれないが、北朝鮮国内の惨状と異常な事態は、もはや誰の目にも明らかになっている。
飢えに苦しむ民衆、ヤミ市場でさまよう悲惨な子供達、残酷で苛烈な強制収容所、金日成・正日親子への異常な個人崇拝、想像を絶する不衛生な病院、覚せい剤や麻薬の生産と密輸、産業施設の荒廃、電力の欠乏、凄まじい階級差別と弾圧、外国援助物資の横流し、物不足、不自由な生活、人権の無視、移動の制限、密告制度・・・数え上げれば切りがないほどだ。
一体、誰がこのような社会を作り上げたのか。北朝鮮はどうしてこうなってしまったのか。 同じ社会主義の隣国である中国が、民生の安定と向上のために目覚ましい努力をしているというのに、北朝鮮にはその“カケラ”も見えないではないか。 これが誰の責任かは明白である。そんなことは言わなくても分かるだろう。
3) 我々日本人も、拉致犯罪や工作船などによって多大の侵害を受けてきた。 そして、今現在も侵害(工作船による覚せい剤の搬入など)を受けているだろう。逐一それを、ここで述べる必要はない。 金正日体制に対する憎悪と憤激は、日本人の中では今や頂点に達しているのだ。
朝鮮半島には、昔から恨(はん)という民族感情があるという。歴史的に様々な外敵の侵害を受けてきたからだろうか。 しかし、日本列島にも昔から、怨念とか怨霊といった怨(おん)の民族感情があることを忘れてはならない。
ここ数十年、金日成・正日体制から受けた侵害や迫害、損害に対して、我々日本人は正に怨念を抱いているのだ。 私自身も、今や怨念の塊になっている。この怨みは決して忘れないだろう。 この怨みは、必ずいつか晴らすつもりだ。
(私がここで「迫害」と言ったのは、北朝鮮に渡った日本人妻達が、里帰りの約束を踏みにじられ、あろうことか金日成によって強制収容所に収監されたことなどを指しているのだ。 北朝鮮に渡った日本人の消息不明が、余りに多いことをどう考えればよいのか。)
いくらコメの援助をしても、飢えに苦しむ民衆の手元に届かないようでは、最早この「共和国」も終わりだ。 援助物資のほとんどが、朝鮮労働党や軍部だけに横流しされるようでは、なんのための援助だと言うのか。
日本からの北朝鮮への送金停止、マンギョンボン(万景峰)号の入港禁止など、北朝鮮に対する経済制裁がこれから俎上に上ってくる。 民衆を餓死させ専制政治を敷いている金正日体制に対して、当然の措置だと言えよう。
4) 金正日とその体制が醜悪で極悪非道であることは、今や白日の下に曝け出されたのだ。 こんな体制は一日も早く打倒された方が良い。北朝鮮の民衆が哀れである。 そのためには、我々日本人と一緒に生活している在日朝鮮人の人達も、今こそ立ち上がるべきだ。 本当に祖国を思うなら、尚更そうである。
従って、私は今回初めて、朝鮮総連に年賀状を出した。 朝鮮総連は見向きもしないだろうが、私は断固として「金正日体制打倒」を呼びかける。 北朝鮮はもっと民主化された、平和を愛好する国家に生まれ変わらなければならない。そのために、日本人も協力しなければならないと思う。
そこで私は、正月を期して「RENK」に入会した(入会金は、年間1万円)。「RENK(れんく)」とは、北朝鮮の民主化と人権を要求する市民団体である。(Rescue The North Korean People!の略) 正に北朝鮮の民衆を救うための団体である。
私のような“老いぼれ”では如何ほどのことも出来ないだろうが、民衆(敵対層)を殺し続ける金正日体制には我慢ならない。 私はこれまで「RENK」とは一切関係なかったが、この団体が北朝鮮難民(脱北者)らの救援に、真剣に取り組んでいることを知り入会した。 多くの日本人や在日朝鮮人の人達が、この「RENK」に協力してくれることを切に望むものである。
5) 金正日と、その体制に対する“怨念”から私は行動を起こしている。その情念は日本人のものである。 しかし、もっと広い視野に立てば、金正日体制が極東アジアの平和と安定を脅かしている現実を、ほとんどの人達が認識しているだろう。 悪しき体制への嫌悪、憎悪といった感情からだけでなく、もっと冷静に現実を直視すれば、金正日体制打倒は当然のことであろう。
従って、アメリカへの思いは色々あるとしても、アメリカが金正日体制撲滅に乗り出せば、これに全面的に協力して当然である。 いや、自由と民主主義を愛する日本国民はこれに全面的に協力すべきであり、むしろアメリカにそうして欲しいと、要望すべき所にまで来ているのではないか。
今や多くの日本人が韓国に好感を抱いている。多くの人が韓国を訪れている。 我々と同じように、自由と民主主義を尊重する国だからである。 日韓共催のワールドカップ(W杯)も大成功を納めた。これは共通の価値観を有する両国だから、成果を上げたと言ってよいだろう。
北朝鮮も韓国と同じように、自由と民主主義の国家になって欲しいと願うのは、大方の日本人の思いだろう。「南北統一」は朝鮮民族の悲願だから、いずれはそうなるだろうと期待しながらも、それ以上のことは朝鮮民族の内政問題なので差し控えたい。
6)「RENK」で活動されている方々もそうだろうが、金正日体制の打倒を目指す人達は、多かれ少なかれ金正日の手先に狙われているだろう。 なにしろ、相手はテロを最も得意とする連中だから。
日本にはこれまで、北朝鮮の工作員が相当数入ってきた。また、それに協力する在日朝鮮人も多いと聞く。 平和な日本に、金正日の手先やテロリストが潜んでいるのだ。
ということは、反金正日運動には当然危険が伴う。 だからと言って、その運動を止めるわけにはいかない。 それは、テロに屈することになるのだ。それこそ、金正日一派の思うツボである。テロに対しても、我々は闘わなければならない。
私のような“無名”の者は、テロを心配する必要はないだろう。 しかし、“気構え”として、それに対抗する決意と覚悟はあってもおかしくはない。そのくらいの気構えは必要だと考える。 これから反金正日運動を起こそうという人達は、そうすべきだと思う。
従って、自意識過剰と言われようとも、被害妄想と笑われようとも、私なりに決意と覚悟を固めた。 金正日の手先に襲われることを想定して、枕元に木刀を用意したのである。 泥棒や強盗はともかく、金正日の手先にだけは一撃を返したいという気構えである。(この木刀は昔、長野県・戸隠で購入したものである)
本来なら、外出する時も“手先”に対して防備すべきだが、平和な日本で木刀をぶら下げて歩くわけにはいかない。 かといって、常時刃物や包丁を隠し持っているのもどうだろうか。 とにかく、金正日の手先に対しては、厳重な警戒が必要である。
私は妻に、「もし俺が不慮の死を遂げたとすれば、それは金正日の手先の仕業だと思え」と言っている。妻はおかしそうに笑っていた。 たとえ妻に笑われようとも、卑劣で凶悪な“手先”どもは何をするか分からないのだ。 現に大勢の日本人を拉致したではないか!!
従って、蛇足であり老婆心かもしれないが、反金正日運動を起こしている人達は、十分に気を付けて頂きたい。 また、釈迦に説法になるが、日本の警察、公安当局は十分に警戒をして頂くとともに、国民一人一人も“平和ボケ”しないように気を付けて頂きたい。 (2003年1月6日)