1) “ヤスケン”こと安原顯(あきら)さんが先日、肺ガンで死去した。63歳だった。 彼は、その道では大変有名な雑誌編集長であり、みずから「スーパーエディター」と豪語していた。 ネット上で彼のホームページ(編集長日記)などを読むと、自分のことをよく「天才」だと言っていた。相当、自信があったのだろう。
実は、私はヤスケンのことはよく知らない。ここ何ヵ月か、彼のホームページを時おり見ていた程度だ。 それなのに、どうしてこの拙文を書くかというと、彼は大学時代の同窓生(早稲田大学・仏文科)という縁である。(ちなみに、彼は中退である。)
昨年9月末に、久しぶりに大学の同窓会を開いたら、彼も喜んで参加してくれた。(「大学時代の同窓会」を参照) 私が同窓会の幹事をしていたので、その2ヵ月ほど前から、彼を含めた同窓生とよく連絡を取るようになっていた。 彼も数人の連絡先を教えてくれたりした。
そこで、メールを使って彼とよく連絡を取ったのだが、「君はいま何をしているのか」と聞かれたので、定年退職して悠々自適(実は“ギリギリ自適”)となり、こういうホームページをやっているから暇な時に見て欲しいと言うと、「悠々自適とはうらやましい。僕なんか薄利多売でいつも四苦八苦している」という返事が返ってきた。
50人ほどしかいないクラスメートのうち、7人が既に他界していると知らせると、彼はメールで「そんなに死んでいるのか。次は俺の番だな(笑)」と言ってきた。
ヤスケンはすぐに私のホームページを見てくれたが、「やっぱり君は悠々自適なんだね。 どうも“ぬるい”よ。特に『天皇制』についてはね(笑)」と言っていた。 天皇制について私は、日本の伝統と文化という視点から、基本的にそれを擁護する立場だが、彼はその考えに不満を持っていたようだ。 そういえば、彼はホームページのどこかで、昭和天皇の“戦争責任”に触れた文を載せていたことを思い出す。
昭和天皇の戦争責任については、人それぞれ見方が違うだろうが、天皇制そのものについて、ヤスケンと私はイデオロギーを異にすることがはっきりしたようだ。 以後、メールでの意見交換はなくなってしまった。
2) ところで、先述した同窓会を開いたところ、ヤスケンは幹事である私よりも早く会場の割烹料理店に来ていた。 見た目には血色も良く、周りの同窓生と楽しく語り合っていた。 どう見ても元気そうで、編集長日記で彼が言っていたような、両肩に激痛が走るとか、両手の自由が利かないというような素振りはなかった。
同窓生みんなが来し方を伝え近況を報告する中で、彼も中央公論社時代のことなどを楽しそうに話していたし、タバコも吸っていた。 一次会の中締めということで、彼に一本締めを頼んだら心良くやってくれた。
ホームページによると、ヤスケンは月に100冊ぐらいは本を読むという物凄い読書家だが、ジャズ等の音楽についても無茶苦茶に強いことが分かった。 晩年はオーディオに相当凝っていたようだ。
ネット上でヤスケンの言動を調べていたら、実は彼は、私のいた高校の2年先輩であることが分かった。 早稲田大学高等学院といって、早大の付属高校の先輩なのである。彼が言う所によれば、高等学院で2年落第したということだ。
それで思い出したのだが、高等学院ではたしか60点平均の成績を取らないと留年してしまう。 彼は文系の科目は良く出来たが、理数系の科目はまったく苦手だったようで、60点平均に届かなかったのが2回あったと述べている。 文系では天才的だったのに、理数系では随分苦労したようだ。(私も、60点平均を取るために四苦八苦した。)
3) 同窓会が縁で私は一時、ヤスケンのホームページを毎日のように読んでいたが、文学や音楽だけでなく、政治、経済、社会の面でも実に鋭い評論をしていて参考になった。 特に、日本の“役人天国”ぶりへの酷評は胸のすくようなものがあった。
ある時、彼が北朝鮮の金日成・正日・正男の関係を間違って記載していたのでメールで注意したら、すぐにホームページで「矢嶋という同級生から指摘があった。有り難し」と述べていたので、私は嬉しくなった。
彼の葬儀・告別式は、今月(1月)26日上野の寛永寺で営まれ、私も数人の友人と参列した。 友人代表で司会を進行していたのが露木茂さんで、参列者の中には、田中康夫・長野県知事らの姿もあった。 ヤスケンの葬儀にしては、なにか堂々として正統派のものだと感じた。
大学時代の同窓会の幹事であった私は、名簿を一手に引き受けている。 私は「物故者」の一覧にヤスケンの名前を記すことになった。7人が8人になったのである。「次は俺の番だな(笑)」と言ってきた彼のメールが思い出され、寂しい気分になった。
こうして1人、また1人と他界していくのは寂しい。 いずれ私も「物故者」の一覧に登場することになる。 あまり付き合いはなかったとはいえ、“ヤスケン”こと安原顯さんの冥福を祈るものである。 (2003年1月30日)