《前書き》
中国の現代史を彩る「文化大革命」とはなんだったのか。それは、政治における凄まじい権力闘争ではなかったのか。 1966年の夏、突如“紅衛兵”が出現した時の衝撃を、私は今でも忘れることができない。私なりに「文化大革命」を追究したくて筆を執った。 なお、これは“レーゼドラマ”であるため、あくまでもフィクションである。
時代背景・・・1965年から1971年にかけての中国
構成は「第一幕・・・苦境に立つ毛沢東 第二幕・・・毛沢東、文化大革命を発動 第三幕・・・紅衛兵旋風!! 劉少奇派の没落 第四幕・・・毛沢東・林彪体制に亀裂 第五幕・・・林彪死す」となっている。
《登場人物》
毛沢東(中国共産党主席) 劉少奇(中華人民共和国・国家主席) 林彪(国防部長・後の党副主席) 周恩来(国務院総理) 登(とう)小平(党総書記) 陳伯逹(党中央文革小組組長) 康生(党政治局常務委員) 彭真(北京市長) 羅瑞卿(人民解放軍総参謀長) 黄永勝(後の人民解放軍総参謀長) 劉仁(北京軍区政治委員) 陸定一(党宣伝部長) 楊尚昆(党中央書記処書記) 呉法憲(空軍司令) 李雪峰(北京軍区第二政治委員) 李作鵬(海軍第一政治委員) 李先念(党政治局委員) 汪東興(党中央軍事委保衛局長) 江青(毛沢東夫人・党中央文革小組第一副組長) 王光美(劉少奇夫人) 劉濤(劉少奇の娘) 葉群(林彪夫人) 林立果(林彪の息子・空軍作戦部副部長) 林豆豆(林彪の娘、「空軍報」記者) 登(とう)頴超(周恩来夫人) 張春橋(中央文革小組組員) 姚文元(中央文革小組組員) 王洪文(上海市革命委員会主任) 陸平(北京大学学長) 聶元梓(北京大学哲学科助手) 李文波(北京市の元大地主) 李文波夫人 宝石店主人 馬思聰(北京中央音学院院長) 馬瑞雪(馬思聰の娘) 陳東元(馬思聰の友人) 王力(「紅旗」第一副編集長) 他に党中央委員、紅衛兵、学生、北京市民、人民解放軍兵士ら多数 (注・登小平と登頴超の登(とう)の字は、正しい漢字がないため、慣習の当て字としている。)
第一場(1965年9月上旬。 北京・中南海にある毛沢東の居宅。 毛、部屋の中を行きつ戻りつしながら、モノローグ)
毛沢東 「天に二つの日が輝かないように、この広大な中国大陸に、二人の指導者がいるわけがない。 わしが劉少奇を打ち倒すか、それとも劉少奇がわしを葬り去るか、道は二つに一つしかない。 あの“大躍進”“総路線”“人民公社”の三面紅旗がつまずいてから、わしの権威、わしの指導力にはますます影がさしてきた。
その代りに、国家主席となった劉少奇が一段と力を強めてきて、党や政府の中に着々と影響力を増してきた。あのチビ猫の登小平も、豚のように脂ぎった彭真も、今では完全に劉一派になってしまった。 わしは劉少奇を後継者にしたというのに、あいつはわしの社会主義路線を踏みにじり、修正主義の泥沼の中に、この中国を引きずり込んでいっている。
それだけではない。人民解放軍の中にも、わしに背こうとする奴らが、ミミズのようにウヨウヨとはい回っている。 あの裏切り者の彭徳懐は、六年前に首を切ってやったというのに、羅瑞卿らが、でかい面(つら)をしてのし歩いている。畜生、それに何だというんだ!
彭真の子分に成り下がった呉含(ごがん。注・当て字)の奴が、『海瑞、官をやめる』という馬鹿馬鹿しい戯曲を書いてからというもの、人民の英雄・海瑞に彭徳海が見立てられて、このわしは、すっかり暴君ということになってしまったのだ!
これ以上、放っていたらどうなるのか。わしは人民を抑圧する暴君ということで、名誉主席か何かに祭り上げられ、党や国家の権力は、全て劉少奇らに持っていかれてしまうのだ。 グズグズしているわけにはいかない。忍耐にも限度がある。(そこへ、江青、陳伯逹、康生が部屋に入ってくる。)
おお、待ちかねたぞ。まあ、座れ。 よく聞いてくれ。わしは決心したんだ。陳伯逹同志、今月下旬に党中央委員会の拡大会議を開くよう、皆に通知を出してくれ。 いいか、これは党主席としてのわしの権限で開くものだ」
陳伯逹 「拡大会議を開いて、どうしようというのですか?」
毛沢東 「決まっているじゃないか。今度こそ、『海瑞、官をやめる』を批判する党の決議と、人民公社の回復決議を正式に決めてやるんだ」
康生 「しかし、そう性急に事を起こしても、はたして上手くいくでしょうか」
毛沢東 「なにを言うんだ! わしは、もうこれ以上黙ってはおれんのだ。わしが大人しくしていればいるほど、劉少奇らの連中は、ますます図に乗って修正主義の路線を押し進めていく。 だからいずれ、あいつらとは決着をつける大闘争をしなくてはいかんと覚悟している。 そこで、今度の拡大会議は、あいつらの勢力がどんなものか、測ってみる良い機会だと思っているのだ」
陳伯逹 「しかし、主席。党決議をしようとして、負けたらどうなるのですか。私の見る限り、中央委員会では今のところ、あの連中の方が多数を制しているように思えるのですが・・・」
毛沢東 「わしが負けるというのか! 中国革命を指導し、社会主義共和国を樹立して“赤い太陽”と言われるこのわしが、負けるとでもいうのか! いや、万一負けるとしても、わしはもうこれ以上、後に退くわけにはいかない」
康生 「しかし、もし決議を図って敗れたら、主席の権威と名誉に大きな傷がつくことになりますが・・・」
陳伯逹 「そうです。主席のお気持はよく分かりますが、ここは、がむしゃらに突き進むことだけが得策ではないと思います。 どうでしょうか、拡大会議では、急いで結論を出そうというのではなく、じっくりと討論するだけに止めたらいかがでしょうか?」
毛沢東 「いや、わしにはもう、そんなのんびりしたやり方では気が済まないのだ。 江青、お前はどう思う?」
江青 「私はあなたの考えに賛成です。劉少奇らの傍若無人な振舞いには、この数年間、耐えに耐えてきましたが、私の忍耐もあなたと同じように、もうこれ以上は持ちません。 今度こそ、こちらの固い決意をあの連中に思い知らせてやる絶好の機会だと思います」
陳伯逹 「しかし、決議を図って敗れたらどうなるのだ。 あとは、武力に訴えるしか方法がないじゃないか」
康生 「そうです。もしこちらが負けたら、あとは戦争しかない。そうした事態に突入するようになって、いいものだろうか。 ここはまず、“宝殿を修理したあとに山門に登る”ような策を取るのが賢明だと思うのですが・・・」
毛沢東 「康生、君の言うこともよく分かる。しかし、わしはいま自分で宝殿を修理し、自ら山門に登ろうとしているのだ。 わしは、拡大会議で必ず勝つと思っている。万一、わしが負けようとも、それで全てが終るわけではない。そのあとに、取るべき方法はいくらでもある。
さっき、君達が言ったように戦争になるかもしれない。それでもいい。 六年前、彭徳懐の首を切ってやった時も、もし、わしの決議が通らなければ、わしはもう一度山に籠り、別の紅軍を創ってゲリラ活動をしてやると脅してやった。
そうしたら、さすがに劉少奇達も、大人しくわしの言う通りに従ったではないか。 今度だって、呉含を血祭りに挙げることができなければ、わしには覚悟ができているのだ」
陳伯逹 「しかし、彭徳懐の時と今とでは、状況があまりに変っています。 あの頃より、劉少奇達の勢力はずっと強くなっています」
康生 「私もそう思います。ここは、無理に決議を図るのではなく、もっと党内の大勢を見極めた上で、思い切った手を打つべきだと思いますが・・・」
毛沢東 「ええい、もう何も言うな! 党内の大勢を見極めた上でなどと、日和見的なことを言っている場合なのか。 わしが一日黙っていれば、それだけ日一日と状況は不利になっていくだけではないか。
わしは、もう六年間もじっと我慢してきたのだ。いま、こちらが攻勢に出なければ、ますます取り返しのつかないことになるのだ。 二人とも何も言うな!
わしの執務室に盗聴器を仕掛けられたり、彭真の豚野郎に過去の身辺調査までされるほど、今のわしはあいつらに追い詰められ、馬鹿にされているのだ。これ以上、黙っていられるか! 勝つも負けるも、会議を開いてみなければ分からない。
いいか、陳伯逹同志、これは党主席の命令だ。直ちに会議を開くように、通知を出せ。 幸いなことに、わしには、あの青白い顔をした病身の林彪をはじめ、周恩来総理など味方は大勢いるはずだ。 わしは絶対に勝つ! 今度こそ必ず勝つ! 分かったら二人とも早く、会議開催の手続きを取ってくれ」
(陳伯逹と康生、一礼して部屋を出ていく。 ここで陳伯逹が康生の横顔を見ながら、モノローグ。)
陳伯逹 「いやはや仕方がない。主席は逆上してしまって、目の前が真っ暗という感じだな・・・」
第二場(9月下旬の某日、北京。党中央委員会拡大会議の席。 毛沢東、劉少奇、周恩来、登小平、陳伯逹、彭真ら多数が出席)
毛沢東 「私は今まで、党内外の情勢について詳しく述べてきたつもりだが、ここで同志諸君に対し、二つの重要な提案をしたいと思う。 一つは、すでに失敗したかのように言われている、人民公社のことだ。 しかし、人民公社は、社会主義中国を建設していく上で、絶対に必要なものであり、多少の失敗はあったとはいえ、これを回復しなければ、将来の社会主義社会の実現は望めないと思う。
もう一つは、呉含が書いた『海瑞、官をやめる』という劇を、党中央委員会の席で公式に批判して欲しいということだ。 この劇は、党内に修正主義をはびこらせる“毒草”となるものだ。 これはあたかも、裏切り者の彭徳懐を復権させて、党の毛沢東路線を否定するかのように一般に受け取られている。
このように、修正主義路線を復活させるかのような呉含の歴史劇は、この中央委員会の場で公式に批判していただきたい。 以上、人民公社の回復と、『海瑞、官をやめる』の批判を、当委員会の決議として正式に認めて欲しい。
諸君が、真に革命的な社会主義者であるなら、私の提案に賛同してくれると思うが、いかがだろうか」
劉少奇 「毛主席の言われることはおかしい。われわれは、なにも人民公社路線に反対しているのではない。 いろいろ行き過ぎた点があったので、それを今まで手直ししてきたまでだ。これ以上、人民公社の何を回復しようというのか。今のままで良いではないか。
経済も生産も、1961年以来、順調に伸びてきている。 今さらわざわざ、人民公社の回復などを決議したら、せっかく順調に推移してきた我が国の経済活動を、再び混乱に陥れるようなものではないか。
また、呉含の歴史劇を、党として批判するのも極めてふさわしくない。 あれは、悪逆非道な恩知らずの皇帝を、海瑞が勇気をもって諌めるが、逆に罷免される物語だ。 あの物語のどこが間違っているというのだろう。むしろ、海瑞のような立派な人物こそ、誉められて当然ではないのか。
そのように書き上げられた呉含の歴史劇を、この中央委員会で批判する決議をしようという方が、間違っているのではないか」
登小平 「劉主席の言われるとおりだ。 大体、党は人民公社運動を無茶苦茶に押し進めようとして、失敗したのだ。 あれこそ、現実を無視したプチブル的熱狂と言えるものだった。“乞食の共産主義”と言われたが、それも無理のないことである。 だから今さら、人民公社の回復決議などというのは、時代錯誤もはなはだしい。
呉含の歴史劇だって、立派なものである。 愚かで悪辣な皇帝に諌言する海瑞を、誉め称えるあの劇のどこが悪いというのだろうか。今こそ、海瑞のような勇気のある正直な人達が、もっと多く出てこなくてはならないのだ。『海瑞、官をやめる』の批判決議を、この場でやろうなどとは、もっての外だと思うが・・・」
毛沢東 「劉同志、登同志。 君達は、人民公社路線に反対しないと言いながら、この数年間何をやってきたというのだ! 労働者の物質的な欲求を刺激したり、賃金の引き上げやボーナスによって、利潤への甘い誘惑をテコにして、生産を伸ばしてきただけだろう。
おかげで、誰もが個人主義的になり、利益の匂いがしてこないと働かなくなってしまったではないか。 まるで、資本主義社会に逆戻りするようなことばかりを、君達はしてきたのだ!
どこに、社会主義へのビジョンや路線があるというのだ。君達は社会主義を修正して、この中国を資本主義に引き戻そうというのか!」
劉少奇 「とんでもない! あなたが強引に無理矢理に、現実の経済活動を無視して、人民公社や大躍進政策を皆に押しつけたから、我が国の経済は破滅寸前にまで追い込まれてしまったのだ。それを救ったのは、私や登同志らである。
われわれが、柔軟で現実的な政策を取らなかったら、この中国は一体どうなっていただろう。 われわれが、この中国を資本主義に引きずり戻すだって? 毛主席、あなたは何をたわけたことを言うのだ!
あなたは自分が失敗したから、政治の第一線から身を退いたではないか。もし、われわれが適切な政策を実行しなかったら、我が国はとっくの昔に破滅していたんだ!」
毛沢東 「劉同志。君はいつから、そんな横柄な口を利くようになったのだ。私が、君を後継者にしてやったからか! (少し、間を置いて)さあ、同志諸君。私が先ほど提案した二つの決議について、諸君の賛同を得たい」
彭真 「誰も賛同なんかするもんか」
毛沢東 (彭真をにらみつけて)「黙れ! さあ、諸君。私の提案した決議に賛同してくれる人は、手を挙げて欲しい」(数人の中央委員しか、挙手しない。)
登小平 「周恩来総理も手を挙げないじゃないですか」
毛沢東 「周総理、君も私の提案に賛成してくれないのか?」(周恩来、黙したまま何も語らない。)
劉少奇 「結果はこのとおりだ。 ほとんどの人が、あなたの提案には賛成していない。これで、よくお分かりでしょう」
毛沢東 (顔を真っ赤にして立ち上がる。)「黙れ! 黙れ!! 劉少奇、お前は今まで何をしてきたというのだ! 国家主席としてデカイ面ばかりして、この中国のために何をしてきたというのだ! 社会主義と反対のことばかりしながら、中国を資本主義の泥沼の中に放り込もうというのか。 中国のフルシチョフとは、お前のような奴のことを言うのだ!」
中央委員A (低い声で密かに)「毛主席は、どうかしてしまったのか」
中央委員B 「すっかり逆上したようだ。大丈夫だろうか・・・」
毛沢東 「劉少奇、お前が今日(こんにち)あるのは、わしのお陰なんだぞ。それが分かっているのか! お前は、いつからそんなに偉くなったのだ。どういうことなんだ! さあ、答えてみろ!」
陳伯逹 (あわてて毛沢東に近寄る。)「主席、もういい加減にして下さい。さあ、退席しましょう」
毛沢東 「ええい、うるさい! 黙れ! おい、劉少奇。お前はわしの言うことよりも、王光美の言うことの方が有難いと思っているのだろう。え? どうなんだ? お前の女房は確かによく出来た女だ。お前なんかより、ずっと出来がいいぞ。 だからお前は、王光美の尻に敷かれているのだ!
女房にへつらい、女房の機嫌ばかりとっているこの馬鹿が・・・どうして、お前なんかが国家主席としてデカイ面をしているんだ! この野郎! どうして、お前なんかが・・・」(毛沢東、興奮の余り気を失って倒れる。江青が、必死の面持で駆け寄る。)
江青 「あなた! あなた! 大丈夫ですか! ああ、誰か・・・」(陳伯逹と康生が駆け寄り、江青と共に気絶した毛沢東を支えて退場)
登小平 「本日の会議は、これにて終了します」(中央委員ら全員、退場へ)
彭真 「いやあ、驚いたね。毛主席があんなに取り乱すなんて、今までに見たことがないよ」
劉少奇 「まったく信じられない。あれでは、全然話しにならん」
登小平 「ひどいものだ、主席を早く病院に入れた方がいいね。もう、先も長くないな・・・」
劉少奇 「私は公式の場で侮辱されたが、このことは箝口令をしいて、国民に知られないようにしよう。動揺が広がるといけないからね」
彭真 「そのとおりです。 それにしても、レーニンの“左翼小児病”ではないが、あれではまるで“左翼老衰病”だね」
劉少奇 「まったくだ。頭が完全に老化している。 下らない教条をくどくどしゃべるなんて、聞いていて嫌になるよ」
彭真 「本当にどうしようもない老人だ。気でも狂ったかと思ったよ。 われわれも、あんな老人にはなりたくないもんだ。ウワッハッハッハッ」(劉少奇、登小平、彭真が退場)
第三場(10月上旬の某日。 北京・中南海にある毛沢東の居宅。毛と江青)
毛沢東 「先日の中央委員会の時には参った。陳伯逹らの言うとおりだったな。 わしが一声あげれば、大抵の連中はわしの言うとおりになると思っていたが・・・失敗だった」
江青 「あなたが倒れたので、私はもう駄目かと思いました。でも、よく回復してくれましたね」
毛沢東 「わしは、つくづく自分が情けないと思う。もう、北京にいては何をやっても上手くいきそうにない。 この北京では、確かに“水一滴も通さず、針一本も刺せない”という状況だ」
江青 「でも、あなたは数日で健康を回復しました。元気を出して、やり直そうではありませんか。中国の人民大衆は、今でもあなたの味方のはずです。 それに、なんと言っても、林彪国防部長はあなたに忠誠を誓っています。林彪部長さえ私達に味方してくれれば、人民解放軍の後ろ盾で、劉少奇らを必ず打ち倒すことができるでしょう」
毛沢東 「そうだ、問題は林彪だ。林彪さえ抱き込めば、必ず勝てると思う。 いいか、江青、お前は近い内に林彪の所に行ってくれ。そして、こう言うんだ。『毛主席の後継者はあなたです』と。 そうすれば、林彪はますますこちらの味方になってくれるはずだ」
江青 「それは良い考えです。機会を見て、できるだけ早く林彪部長の所に行ってみましょう」
毛沢東 「それだけではまだ足りない。林彪を完全にこちらの味方にするためには、『劉少奇を倒した暁には、いずれ党の正式会議で、あなたを後継者に決定し、それを党の綱領の中に明記する考えです』と言ってやれ」
江青 「えっ、そこまで林彪部長に約束するのですか。 そんな思い切ったことは、今まで聞いたことがありませんが・・・」
毛沢東 「いや、いいのだ。そう言えば、あの男は感激してのぼせ上がり、完全にわれわれの味方になってくれるはずだ。 林彪は、確かにわしに忠実な男だが、国防部長になってからというもの、野心に満ちあふれてきた。 あの男は、劉少奇や周恩来に相手にされていないから、わしの権威と名声に頼るしかないのだ」
江青 「なるほど、分かりました。それでは、あなたの言ったことを、バラ色の夢のように彼に吹き込んでやりましょう」
毛沢東 「それにもう一つ、お前に嫌なことをお願いしなければならない」
江青 「なんでしょうか、その嫌なこととは」
毛沢東 「王光美の所に行って、わしが病気療養のため、杭州へ行くことを許可してくれるよう、劉少奇に取り次いで欲しいと頼んでくれ」
江青 「えっ、私が王光美の所に行って、そう言うのですか。あの高慢ちきな女に、そう頼むのですか」
毛沢東 「そうだ、そうしてくれ」
江青 「いやです、それだけはいやです!」
毛沢東 「江青、お前が嫌がるのはよく分かるが、この北京にいては、わしは何もできないのだぞ。 お前があの女に頭を下げるのは耐えられないだろうが、大事の前の小事だ。韓信の股くぐりだと思ってやってくれ。
わしが北京を脱出するには、それ以外に良い方法はないのだ。病気療養と言えば、劉少奇に疑われなくて済む。 また、王光美を通して頼めば、女房に弱い劉少奇のことだ。必ず、わしを杭州に行かせてくれる。 なあ、江青、頼む」
江青 「ああ、私が王光美に頭を下げる・・・八歳も年下の、あの女天狗に私が哀願するのですか。 以前は、私が中国のファーストレディだったというのに、いつの間にか、あの女が国家主席夫人ということで、ファーストレディになってしまった。 あなた、私は悔しいんです。どうして、あんな女に頭を下げなくてはいけないのでしょうか」(江青、ハンカチで涙を拭う。)
毛沢東 「江青、泣くな。今はただ我慢だ、忍耐だ。必ず、あいつらに思い知らせてやる時がくる。その時までの我慢だ。 お前のその無念さを、その屈辱を胸の奥にしまっておけ。そうすれば、必ず屈辱を晴らす時がやってくるのだ。 わしのたっての願いだ。頼むぞ、江青」
江青 「分かりました、やってみましょう。できるだけ哀れっぽく、慈悲にすがるように、うやうやしくやってみましょう。 そうすればそうするほど、私の胸の奥深くに、抑えがたい復讐心が宿るようになるでしょう。 私が傷つけば傷つくほど、私はその傷口をなめながら、あいつらへの敵がい心を育むことになるでしょう」
毛沢東 「よく言った、江青。 わしが首尾良く、杭州から上海の方へ脱出できた暁には、態勢を整えて、林彪と共に、再びこの北京に攻め上ってくる時が必ずくる。いま一時の辛抱だ。 いいか、戦いはすでに始まったのだ。
しかし、敵であるあいつらは、まだ来るべき戦いの深刻さに気が付いていない。 それこそ、こちらの付け目というものだ。江青、しっかり頼むぞ」
第四場(10月中旬。 北京・中南海にある劉少奇の居宅。王光美と江青)
王光美 「まあ、江青同志、お久しぶりですわね。暫くお会いしていなかったので、どうしていらしたのかと思っていましたわ。 相変わらず、おきれいなこと。でも、お顔の色はあまり優れませんわね。何かあったのでしょうか」
江青 「いいえ、特に。あなたはお元気そうね」
王光美 「ええ、私はいつも気楽なものですから、気が塞ぐこともありませんわ。 ところで、毛主席はお元気ですか。この前の拡大会議の時は、途中で倒れられてしまったので、その後どうなったのか心配していました。 余りにお口が激しくて、私達はもうびっくりしてしまいましたわ」
江青 「あの時は、本当に申し訳ありませんでした。あの人が、あんなに激高したのを見たのは初めてです。 その後、意識は回復しましたが、年のせいでしょうかすっかり意気消沈してしまいまして、身体の方もひどく参っています。
このまま放っておきますと、もう先も長くないのではないかと心配になり、いま医者に診てもらっているところです」
王光美 「まあ、それは良くありませんわね。お医者さんに十分に診てもらわないといけませんわ」
江青 「ええ、ところが医者の話しですと、どこか南の暖かい所へでも療養に行って、十分に休養を取ることが必要だと言っています」
王光美 「まあ、そうですか。これから寒くなりますからね」
江青 「そこで、あなたに一つお願いがあって、今日ここに参ったのです」
王光美 「なんでしょうか」
江青 「医者の強い勧めもあり、私も夫の弱り果てた身体を見るに忍びないので、南の杭州の方へ転地療養させたいと思っているのですが、その許可を劉主席にお願いしてもらえないでしょうか」
王光美 「まあ、そうですか。でも、毛主席の身柄は、党の正式な承諾がないと、勝手に動かせないことになっていますわね。 それに、主席が北京を離れるとなると、いろいろ健康問題の憶測や、国民への動揺を引き起こすことにもなりかねませんわ。 その点、毛主席はどのようにお考えなのかしら」
江青 「夫は、今さら南の方へ療養に行くのは大儀だし、北京に残っている方がいいと言っていましたが、私や医者が、病身の老人には南の暖かい保養地が一番良いと強く説得しますと、夫もしぶしぶ、それでは杭州辺りにでも行ってみるかと、ようやく気持を変えてきました。
そういうことですから、ここはどうか、あなたから劉主席に、夫の杭州への転地療養を許可してくれるよう、お願いしてもらえませんか」
王光美 「そう・・・でも、あなたなり毛主席から、夫に直接、お願いした方がいいのじゃありませんか。別に遠慮もなにもいらないでしょう。 夫思いのあなたの心遣いに、劉少奇もきっと心を動かされるでしょう」
江青 「いいえ、それはとてもできにくいことです。この前の中央委員会の時にも、夫は劉主席のことを悪口雑言の限り罵りました。 あんなにひどいことを言っておいて、夫や私が転地療養をお願いしても、劉主席は気を悪くしておられるでしょうから、とてもお許しにはならないでしょう。 ですから、ここはなんとか、あなたから劉主席に取り次いで頂きたいのです」
王光美 「困ったわ。私にはなんの権限もないし、劉少奇の妻ということだけですから」
江青 「いいえ。 いま劉主席の心を動かせるのは、あなただけです。他の人では、たとえ周恩来総理でも登小平総書記でも、あなたほどには劉主席のお心を動かすことはできません。 お願いです。ここはなんとか、私の心情を察して頂いて、劉主席に取り次いで下さい。どうか、お願いします」
王光美 「そう・・・あなたがそんなにおっしゃるのなら、やってみてもいいけど上手くいくかしら」
江青 「それは上手くいきますとも。 あなたからじかに言ってもらえれば、劉主席は、きっと聞き入れてくれるでしょう」
王光美 「分かりました。とにかくやってみましょう」
江青 「まあ、有難うございます。心から恩にきます」
王光美 「でも、万一上手くいかなくても、悪く思わないでね」
江青 「それは勿論です」
王光美 「では、中へ入って、これからあの人にお願いしてみます。夫思いのあなたには感心しますわ、フッフッフッ。 それでは又、あとで返事をします。さようなら」
江青 「よろしくお願いします。今日のことは、一生忘れません。(江青が一礼すると、王光美は舞台の奥に退場) 忘れるものか! 今日の屈辱は、一生忘れるものか! あの女天狗に、私は犬のように尻尾を振りながら、頭を下げて頼んだのだ。蛙のように這いつくばって、お願いしたのだ。
上手くいくかしらなどと、思わせぶりなことを言って! 今に見るがいい、今にあのファーストレディを奈落の底に叩き落としてやる。 私が味わった屈辱の、百倍も千倍もの屈辱をあの女に思い知らせてやる!
王光美よ、その前に、まかり間違って死んだりするな! 私のこの呪いが、天に届いて成就するまでは生きておれ! ああ、これが人の世の現実なのだ。私の呪いが成就しないなら、この私が地獄の釜の煮物にでもなってやる。 なんと情けないことだ。屈辱で胸が張り裂けそうだ。この屈辱を雪いでやるまでは、死んでも死ねるものか!」(江青、退場)
第五場(10月下旬。上海にある林彪の司令部の一室。林彪と江青)
林彪 「お元気ですか、江青同志。よくいらっしゃいました。毛主席は、ようやく杭州へ脱出できたと聞いていますが・・・」
江青 「ええ、お陰さまで。それが本当に苦労しました。 私が王光美に頭を下げてお願いし、劉少奇の許可を取るよう頼みました。 あの女はすぐ劉に伝えてくれたのですが、今度は劉が登小平や彭真と相談した結果、毛主席の杭州行きは駄目だということになったのです。
理由は、毛主席が北京を離れることは、その健康問題について、国民に不安と動揺を与えるから、暫く見合わせた方が良いということでした。 主席と私はまったく困ってしまいまして、もうこれまでかと一時は観念しましたが、最後の手段として、周恩来総理を通して劉に頼むことにしたのです。
そうしたら、どうでしょうか。さすがに周総理でした。 劉少奇とひざ詰め談判までしてくれて、毛主席の健康を考え、短い期間なら杭州行きを認めるという、劉の言質を取ることに成功したのです。
その間の説得工作の内容はよく分かりませんが、客観的に見ても、周総理は中立というより、われわれの方に好意ある態度を取っていると理解できそうです。 周総理は劉のことを、いつも目の上の瘤(こぶ)と見ている節がありますからね。
だって、劉はほとんど周総理に相談せずに、もっぱら登小平や彭真と諮って、国政の重要な方針を決めているんですから。 周総理だって、劉少奇のことを内心、面白く思っていないはずです。私はそう思いますが・・・」
林彪 「それは、とりあえず良かったですね。中立顔をしている周総理も、いざとなればわれわれの味方になってくれるでしょう。 ところで、毛主席はいつ上海に来られるでしょうか。お迎えしなければならないのですが」
江青 「林彪部長、それはあなた次第です。 あなたが人民解放軍を上海の周辺に配備してくれて、主席の身辺が大丈夫となれば、主席はいつでもこの上海にやって来ることができます」
林彪 「よろしい。早速、手を打ちます。 主席の身の安全は、私が万全の措置を講じてお守りしましょう」
江青 「有難うございます。それを伝えたら、毛主席も大喜びで上海にやって来るでしょう。 ところで、林彪部長にお話ししたいことがあるのです」
林彪 「いや、その前に、私もあなたにお願いしたいことがあるのだが・・・」
江青 「いえ、これは毛主席からの伝言ですので、先に言わせて下さい。重要なことです」
林彪 「なんですか、その重要な伝言とは」
江青 「これは、絶対に秘密にしておいて下さい。よろしいですか、林彪部長。 毛主席は自分の唯一の後継者に、あなたを指名することを決意しました。そのことを、あなたに伝えるように言われて、急いでここにやって来たのです」
林彪 「えっ、私を主席の後継者に?」
江青 「そうです。毛主席は『後継者は林彪同志しかいない』と、はっきり言われました」
林彪 「おお、それはなんということか。身に余る光栄でなんと言ったらいいのか・・・毛主席は、本当にそうおっしゃったのですか」
江青 「この私が、どうして嘘など言えるでしょう。私は毛沢東の妻です。 そればかりではありません。劉少奇を倒したあと、しかるべき党の決定機関で、あなたを正式に後継者として認めさせ、それを内外に明らかにするということです」
林彪 「本当ですか」
江青 「それだけではありません。 これは私も驚いたのですが、党の綱領の中に、あなたを後継者として明記すると言っていました」
林彪 「えっ、そんなことは前代未聞のことだ! そのようなことを、主席はおっしゃっているのか」
江青 「そうです。ただし、今のところは、これは絶対に秘密にしておかなければなりません。 周総理を始めとするわれわれの陣営の中に、不協和音が出ては困るからです」
林彪 「おお、なんと光栄なことだろう。私が毛主席の後の主席になれるとは・・・私の胸の内の感動を表わす言葉もない。身の震えるような思いです」
江青 「よろしいですか、林彪閣下。私達は一致協力して、劉少奇達を倒すのです。 敵は、私達が本気で武力闘争に決起することに、まだ気が付いていません。敵に油断させながら、私達は機を見て、一挙に北京を攻め落とすのです。これが毛主席の戦略です」
林彪 「いま、武力闘争と言われたが、毛主席は我が人民解放軍の力を当てにされているわけですな」
江青 「勿論そうですとも。後継者となるあなたの軍事力を当てにしているのです。 お引き受け願いますか?」
林彪 「よろしい! 勿論喜んでお引き受けしましょう。それなら、いっそのこと、この上海に中国全体に指令を発する党の中央部を設置したらどうですか」
江青 「それは、毛主席も考えています。 主席は、この上海を拠点にして“文化大革命”の狼煙(のろし)を揚げることにしています」
林彪 「文化大革命?」
江青 「そうです、文化大革命です。 まず、呉含が書いた『海瑞、官をやめる』を徹底的に批判し、攻撃する文化面での戦いからスタートします。それをエスカレートしていって、最後は武力によって北京を攻略するというものです」
林彪 「そうか、毛主席は遠大な戦略を立てておられる。 私などの一介の軍人では、とても思いも及ばない戦略だ。素晴らしいじゃないですか」
江青 「私達の考えていることに賛成してくれますね」
林彪 「勿論、大賛成です。これ以上の戦略はない。 ところで、江青同志、だいぶ申し遅れたが、こちらのお願いも聞いてもらえないだろうか」
江青 「なんでしょうか」
林彪 「私は国防部長に就任してから、『解放軍報』などを通じて、毛沢東思想の周知徹底を人民解放軍の中でずっと行なってきた。 そして、それは相当、効果を発揮してきたと思うが、かねてから文芸工作の面で活躍されてきたあなたに、この際、解放軍の中の文芸活動をお任せしようと思っているのです。 いかがですか、引き受けてくれますか」
江青 「この私に、解放軍の文芸活動をお任せするというのですか」
林彪 「そうです。あなたは毛主席の夫人だ。 毛沢東思想によって、文芸面での“整風”を行なうには、あなたが最もふさわしい人だと、以前からそう思ってきました」
江青 「まあ、林彪閣下、それはなんと素晴らしいことでしょう。 あなたのご好意、ご信頼は、私などには過ぎるものです。私には荷が重すぎます」
林彪 「いや、あなたなら、きっと立派にやってくれるでしょう。引き受けてもらえますか」
江青 「ああ、勿体ない。林彪閣下、感謝致します。 こんな私が、偉大な人民解放軍の文芸工作を任せられるなんて、感謝以外の言葉もありません」
林彪 「引き受けてもらえますね」
江青 「はい、喜んで。 毛主席になんと報告したらよいのか、嬉しさで胸が一杯です」
林彪 「いやいや、毛主席にはこうお伝え下さい。 林彪は一介の軍人で、戦争のことしか知らないのに、主席の後継者に決めて頂いた。これは私の一生で、この上ない感激であり、林彪は毛主席の最も忠実な僕(しもべ)になると誓ったと。
毛主席がどのような辛い目にあおうとも、また、どんなに苦しい試練を受けようとも、私の目の黒いうちは必ずお助けし、中国の赤い太陽としての地位を、きっとお守りするとお伝え下さい。
さあ、江青同志、乾杯だ。偉大な中国のために、そして、中国人民の輝ける太陽、偉大な毛沢東主席のために乾杯だ!」
江青 「毛主席の最も親密な戦友、そして、毛主席の唯一の後継者である林彪閣下のために、乾杯しましょう!」(林彪がラオチューの瓶を持ってくると、二人のグラスになみなみと注ぎ、林彪と江青が乾杯する)
第一場(11月上旬。 上海市党委員会の一室、毛沢東のモノローグ)
毛沢東 「つい三週間ほど前、北京にいた時がウソのように、わしは今、この上海に来て生き返ったような気がする。 ここには、彭真らのうるさい監視の目もなければ、尊大な劉少奇の顔を見ることもない。ここには、わしに心から忠実な張春橋や、姚文元ら可愛い連中が沢山いる。
しかも、林彪の部隊がわしを守ってくれているし、黄永勝や陶鋳のオルグにも成功した。 あとはわしに敵対する憎っくき羅瑞卿を、人民解放軍から追放してやればいいが、これは林彪が上手くやってくれるだろう。 近いうちに、あの薄のろを杭州にでもおびき出して、逮捕してやればいいのだ。そこの所は上手くいくだろう。
劉少奇がもうすぐ南西アジアを訪問するから、その時を見計らって、わしが軍事クーデタを起こそうとしているという噂を流してやれば、羅瑞卿の頓馬は一大事とばかりに、こちらの方にすっ飛んでくるだろう。そこで、あいつは一巻の終わりということだ。
林彪があいつを逮捕し、総参謀長を首にしてやればいい。なにせ、あの二人は犬猿の仲だからな。 林彪はこの時とばかりに羅瑞卿を痛めつけて、二度と立ち上がれないようにしてやるだろう。そして、総参謀長の後任には、わしの味方になった黄永勝を当てればいいのだ」(そこに、江青と姚文元が入ってくる)
江青 「お待たせしました。 姚文元同志が、呉含の歴史劇を徹底的に批判した論文を完成しました」
姚文元 「主席や江青同志のご指示どおり、完璧なものを書いたと自負しています。ご覧下さい」(姚文元、論文を毛沢東に手渡す。 毛沢東、暫くの間、論文を読む)
毛沢東 「おお、良くできている。わしが指示したとおり見事に出来上がっている。 君は素晴らしく文筆の立つ男だな。この鋭い破壊的な論文は、北京に巣くうムジナどもの心臓を一突きにしてくれるだろう。 良くやった、この半年以上の君の努力は大変なものだったな。有難う」
姚文元 「主席から、そのようなお誉めの言葉を頂くとは、私にとって一生の光栄です。有難うございます」
毛沢東 「呉含の『海瑞、官をやめる』には、この五年間、わしは地獄の苦しみを味わってきた。 あれをなんとしても、叩きのめしてやろうと努力してきたが、逆にこちらが暴虐な皇帝に見立てられ、心臓にチクチクと針を刺されてきたのだ。
この論文の完成で、わしもようやく立ち直ることができる。北京のムジナどもに、目に物見せてやるぞ」
姚文元 「主席、この論文は『文匯報』に載せますが、北京には、事前に予告しておかなくていいのでしょうか」
毛沢東 「そんな必要はない。 姚文元、これは単なる論文ではない。これは、北京に対する“宣戦布告”なのだ。宣戦布告なら大胆に、なんの予告もなしにやってやる方が、敵に与える衝撃が一段と強く、大きいものになるのだ。
『海瑞、官をやめる』が毒草ならば、それを支持してきた北京の連中は、毒グモみたいな奴らだ。 あいつらを、この論文の一撃で叩きのめしてやる以外にない!」
姚文元 「分かりました。それでは何の通告もなしに、この十日をメドに『文匯報』にこれを掲載しましょう」
毛沢東 「そうしてくれ。 江青、姚文元、いよいよ大戦争が始まるのだぞ。もうすぐ七十二歳になるわしにとって、これが最後の命懸けの戦争になるだろう。 江青、お前には、この前言っておいたが、これは“文化大革命”という戦争なのだ。中国を資本主義に引きずり戻そうという党内の修正主義、反動分子に対する絶対に妥協のできない戦いなのだ。
この戦争に、わしは中国の将来と、自分自身の命運をかける。 そして、文化大革命の大嵐を、中国の隅々にまで、八億人民の一人一人の心の中にまで吹き込んでやるのだ」
姚文元 「文化大革命ですか・・・なんと壮大な響きを持った言葉でしょう。身の引き締まるような思いがします」
毛沢東 「そうだろう。しかも、その大革命の突破口になるのが、君の書いたこの論文なのだ。 この論文こそ、文化大革命の歴史的な幕開けとなる“大砲”なのだ」
江青 「素晴らしい。主席の話しを聴いていると、まるで偉大な詩人が天に届けとばかり、唄を歌っているように聞こえます。 私などは、その唄の翼に乗せられて、中国大陸の遠い彼方へ飛ばされていくような気がします」
毛沢東 「これは唄でも詩でもない。生きるか死ぬか、食うか食われるかの、激烈な革命戦争なのだ」
江青 「そう、革命戦争ですわね。 私も林彪将軍の推挙により、解放軍の中で呉含を攻撃する工作を始めましたが、極めて順調にいっています」
毛沢東 「よろしい。 林彪こそ、われわれにとって最も力強い味方だ。彼の軍事力さえあれば、われわれは最後に必ず勝つことができるだろう。戦いを決するのは武力だ。君達も、このことはしっかりと頭に叩き込んでおけよ。 それでは、姚文元、君のその歴史的な論文の発表を待っているぞ」
姚文元 「ご安心下さい。 張春橋同志らにも伝えたあと、見事に“大砲”を撃ち放してみせます。それでは、失礼します」(姚文元、退場)
第二場(11月下旬。 北京・中南海にある劉少奇の家。劉少奇、登小平、彭真、羅瑞卿)
彭真 「実にけしからん。 姚文元とかいう、名前も聞いたことがない三流の評論家が、上海で『文匯報』という新聞に、呉含批判の論文を書いた。 そうしたら、上海の党機関紙『解放日報』までが、こちらになんの連絡も予告もなしに、その論文を掲載してしまった。
まったく、上海の党委員会は北京をどう思っているんだ! 党中央を無視するなんて、人を馬鹿にするにも程があるというもんだ。 けしからん、実にけしからん!」
登小平 「しかし、彭真同志、これにはどうも、相当根深い背景があるようだ。 君が憤慨する気持はよく分かるが、書記処でいろいろ調べたところ、どうやら毛沢東が裏で指示した疑いが非常に強いのだ」
劉少奇 「それは本当か」
彭真 「まさか、あの老いぼれが・・・」
登小平 「いや、どうもそのようだ。 上海の党委員会は始め、われわれに予告してから姚文元の論文を発表するつもりだったらしい。そうすれば一応筋道が立つし、角が立たなくて済む。 ところが、上海がそうしようと思っていた所に、誰かが北京にはなんの予告もせずに、一方的に発表してしまえと、ねじ込んだらしい。
そんなことができるのは、いま上海にいる毛沢東しか考えられない。 張春橋クラスの人間では、そんな無茶なことができるはずがない。つまりこれは、北京の党中央に対する、毛沢東の宣戦布告と受け取って間違いないようだ」
劉少奇 「そうか、毛沢東の差し金か」
彭真 「畜生、あの老いぼれだったら、やりかねないことだ。だから、あの“左翼老衰病”の老人を北京に閉じ込めておけば良かったのに・・・残念だ。 それにしても、三流の評論家が、いやしくも北京の副市長である呉含に対して、悪口雑言の限りを並べ立てたのを、黙って見過ごすわけにはいかない。
呉含の歴史劇を“毒草”だとののしり、文学の衣をかぶって、毛主席の大躍進政策を攻撃するものだなどと、言いたい放題ではないか。 あの論文こそ正に毒草だ。このまま黙っていれば、北京でも、どんな毒草がはびこってくるか分からない。 なんとかして、びしっとした対抗措置を取らなければならん」
劉少奇 「『海瑞、官をやめる』の論争が起きてしまったことを、今となっては押しつぶすことはできない。毛沢東は必ず、この論争を政治問題化しようとしてくるだろう。 だから、われわれとしては、これを学術問題の枠の中に閉じ込めて、政治問題に決して広げないように注意することだ。
この論争が政治問題にまで発展したら、党内の混乱は一層大きなものになってくる。そうなったら、それこそ毛沢東の思う壷となってしまうからな」
羅瑞卿 「そのとおりだ。ここはなんとかして、混乱を大きくしないようにしなければ・・・彭真同志はいま、『文化革命五人小組』の組長をやっておられるから、何かいい手を打つ考えはないだろうか」
彭真 「分かった。海瑞論争を学術問題に限ってしまう、いい方法を考えよう。小組の中に、そのための委員会みたいなものを創るのもいいと思うが。 それはともかく、あの老いぼれが本気でわれわれに対抗してくるとなると、これは油断できない。
この前の拡大会議の毛沢東を見ていると、墓に片足を突っ込んだ気違い老人のように思えたが、なにしろ、あの老いぼれは人民大衆の中では、依然として権威や名声が高いからな。用心しなくてはいけない」
登小平 「彭真同志の言うとおりだ。毛沢東との戦いを党内に限定してしまえば、われわれの方が、今や多数派だから有利だ。 しかし、戦いが党の外にまで発展するようだと、何が起きるか分からない。林彪が向うについているし、一般大衆の動きも予測ができない。
年が明けると、劉主席はパキスタンやビルマ、アフガニスタンをゆっくりと訪問されることになっているから、その間は、特に十分に注意しなければならないと思うが・・・」
羅瑞卿 「その点は、任せておいて欲しい。劉主席が外国に行っている間に、もしものことがあるようなら、私の息のかかった解放軍の力で、不穏な動きは立ち所に鎮めてみせましょう。 なに、あの青臭い林彪よりは、私の方が今や、解放軍の中では信望を集めていますよ。そのうち、林彪を必ず解放軍から追っ払ってやる」
劉少奇 「それを聞いて安心した。羅瑞卿同志が解放軍の中で頑張っている限り、林彪も馬鹿な真似はできないはずだ。 いずれ、しかるべき党の正式会議で、林彪を国防部長から解任し、その後を羅瑞卿同志にお願いしたいと思っている」
登小平 「とにかく、目の上の“たんこぶ”は林彪だ。あの男は、人民戦争万歳などと、毛沢東思想を解放軍の中で躍起になって宣伝している。 あんな古臭い思想を振りかざしたって、ベトナムを侵略しているアメリカ帝国主義に勝てるわけがない。
もっと、解放軍の装備の近代化や、実戦能力を高めていかなければならないのだ。 それを、林彪の奴、自分が毛沢東の後継者になりたいのか、古臭い紅軍精神を毛沢東思想に名を借りて、解放軍の中で押し売りしているのだ。あいつの考えこそ“張り子の虎”だよ。
まったく、危険極まりないと言ったらありゃしない。『解放軍報』は今や、毛沢東思想の宣伝道具に成り下がった感じだ。 羅瑞卿同志、われわれはあなたを応援していくから、しっかり頼みますぞ」
羅瑞卿 「分かりました。 林彪の息のかかった第四野戦軍系の連中は、頭の弱い者が多い。あいつらは今、林彪を盛り上げていい気になっているが、そのうちに機会があったら、思い切り叩きのめしてやりますよ。
毛沢東思想だけでは、アメリカとの戦争には勝てません。登総書記が言われるとおり、解放軍の装備の近代化や、ソ連軍との協力を図っていかなければ駄目です。 劉主席らのお陰で、総参謀長になれた私です。全力を尽くして、林彪の追放と軍の近代化を図っていきますので、まあ、見ていて下さい」
第三場(1966年3月。 北京・中南海の羅瑞卿の家)
羅瑞卿 「劉主席が外国訪問に出発されると、この北京は、なにか主人のいない街のようになってしまったな。留守を預かるわれわれがしっかりしていないと、何が起きるかしれたものではない。 我が家でじっとしているだけでも、ソワソワしてくるから困ったものだ」(そこに、北京軍区政治委員の劉仁があわただしく入ってくる)
劉仁 「総参謀長、大変です!」
羅瑞卿 「どうしたというのだ、劉仁同志。 随分あわてているようだが、何かあったのか」
劉仁 「大変な情報を手に入れましたぞ。 毛主席と江青の女狐が、杭州で軍事クーデタの緊急秘密会議を招集しているというのです」
羅瑞卿 「なに! それは本当か」
劉仁 「本当のようです。私の部下が先程、知らせてきたばかりです。確度は非常に高いと思いますが」(その時、電話がけたたましく鳴る。羅瑞卿がすぐに受話器を取る)
羅瑞卿 「うん、私だ・・・なに! そうか。いま劉仁同志も、それを知らせにここへ来ているところだ。 そうか・・・分かった。あとは私が上手くやるから、君は他の幹部にも知らせといてくれ。それじゃ。(羅瑞卿、受話器を置く)
王尚栄作戦部長がいま、同じ情報を知らせてくれた。とんでもないことになったぞ。 劉主席が国外に出かけた時を狙って、軍事クーデタ会議を招集するとは、まったく悪らつで陰険な奴らだ。 私はこれから、すぐに杭州へ行く。軍事会議の開催を未然に防がねばならん。
劉仁同志、君はこのことを登総書記を始め、党幹部の皆に知らせて欲しい。事は急を要する。一刻も遅れてはならない。 頼みますぞ、劉仁同志」
劉仁 「承知しました。 総参謀長もどうかご無事で、あいつらの陰謀を徹底的に粉砕して下さい。そうしてやれば、あの連中の勢力も木っ端微塵となります。 ご健闘をお祈りします。それでは」(劉仁、退場)
第四場(3月。杭州にある林彪国防部長の司令室。 銃を持った数人の兵士が、羅瑞卿を拘引して入ってくる)
羅瑞卿 「誰が私を拉致せよと言ったのだ! 言え! 私は人民解放軍総参謀長の羅瑞卿だぞ!(そこに、林彪が現われる) おっ、林彪部長ではないか。あなたなのか、私を拉致したのは」
林彪 「そうだ。この頓馬の間抜け野郎! お前を反逆罪で逮捕してやる。毛沢東主席に対する反逆罪だ」
羅瑞卿 「なんだと、どうして私が反逆罪だというのだ」
林彪 「お前は先月から、毛主席に対する軍事クーデタを起こそうと企てていたではないか。私の諜報機関がそれをつかんだのだ」
羅瑞卿 「出たら目を言うな! 私が毛主席に対して、クーデタを起こすなどという証拠があるのか! 軍事クーデタを起こそうとしているのは、毛主席の方ではないか」
林彪 「ウワッハッハッハッ、馬鹿者め。 毛主席がいつ、クーデタを起こそうとしていると言うんだ。そんなものは真っ赤なウソだ。 お前はニセの情報に騙されて、北京からはるばる杭州にまで飛んできたのか。“飛んで火に入る夏の虫”とは、お前のことだ。この馬鹿者め」
羅瑞卿 「それでは毛主席がここで、軍事クーデタの緊急会議を招集しているというのは、ウソだったのか」
林彪 「当たり前だ。毛主席はここにはおらん。 根も葉もない噂を信じてここに来るとは、お前もよっぽどの馬鹿のタワケだな」
羅瑞卿 「畜生、騙しやがったな。悪党! 貴様がニセの情報を流したんだな」
林彪 「そんなことは知るもんか。騙される奴の方が悪いんだ。 さあ、お前を逮捕して総参謀長をクビにしてやるから、この書類にサインしろ!」
羅瑞卿 「誰の許可を得て、私を逮捕するのだ! 劉主席の許可を得ているのか。党中央だって、そんなことは決めていないぞ。勝手な真似はさせるもんか!」
林彪 「劉主席の許可などは要らん。毛主席の許可を得ているのだ。 さあ、じたばたせずに、この書類にサインしろ。そうすれば、お前は目出たく総参謀長を解任されるのだ」
羅瑞卿 「嫌だ! 誰がそんな書類にサインなんかするもんか!」
林彪 「往生際の悪い奴だな、この朴念仁め。大人しくサインするなら、手荒なことはしない。 お前がいくらもがいても、劉主席が軍隊を率いて救出に来ない限り、お前は助からんのだ。 その劉主席は今頃、パキスタンやアフガニスタンを、王光美と一緒にのんべんだらりと回っているのだ。 さあ、観念して、この書類にサインしろ。言うことをきかないと、ひどい目にあうぞ!」
羅瑞卿 「くそっ、悪党! 人でなし! 誰がサインなんかするものか。 お前みたいな極悪人はそのうち、地獄の底に叩き落としてやる!」
林彪 「大人しくしていれば、いい気になりやがって。こいつは、犬のように吠えるじゃないか。 おい、お前達。毛主席に反逆し、毛主席のお命を奪おうとしている、この大罪人を許すな! わが中国人民と人民解放軍に敵対する、この裏切り者を徹底的に懲らしめて、この書類にサインさせろ!」(兵士達、羅瑞卿を椅子に力ずくで座らせ、羅を殴打し始める)
羅瑞卿 「何をするか、止めろ! 悪党は林彪の方だ! お前こそ解放軍の恥だ、国防部長を止めろ! ああ・・・殺すなら殺せ!、殺せーっ!」(羅瑞卿、兵士達に殴打され続け、力尽きてテーブルにうつ伏す。 兵士達が、羅の右手にペンを持たせ、書類に無理やりサインさせる。その後、兵士達、羅を抱え上げて退場)
林彪 「ふん、上手くいったぞ。邪魔者を一人片づけた。 これで、わが人民解放軍は、完全に俺のものになったと同じだ。あとは『解放軍報』などを通じて、文化大革命を声高に推進し、毛主席の後継者たる俺の地位を不動のものにしていけばいいのだ。 朝日が勢い良く昇るように、俺の権力と名声は、この中国大陸に輝かしく広まっていくのだ」
第五場(4月。 北京・中南海にある劉少奇の家。劉少奇、王光美、登小平、彭真、陸定一、楊尚昆)
劉少奇 「私がアジア各国を訪問している間に、情勢は極めて緊迫してきたようだな。 羅瑞卿同志が杭州で林彪に逮捕され、総参謀長を解任されたと聞くし、北京の様子も日毎に険悪になってきた。
『人民日報』までが『解放軍報』の二番せんじをするようになっては、事は重大だ。なんとか、打つ手はないものだろうか」
登小平 「この夏には、第十一中全会を開く予定ですので、その時までには、こちらの態勢を整えておかなければなりません。 こちらが、中央委員会の多数を制しておれば、十一中全会で、毛沢東と林彪を党から追放しないまでも、彼等の権限や地位を、はく奪してやる手立てはいくらでもあります」
陸定一 「しかし、夏までじっとしているわけにはいかない。 私などは、党中央宣伝部長の地位を、すでに事実上、上海の張春橋に奪われてしまった」
彭真 「私も『文化革命五人小組』の中に、呉含の歴史劇批判論争を、学術問題として封じ込めようとしたのに、林彪は『解放軍報』の中でこれを取り上げ、さらに、社会主義文化大革命を推進しようなどと呼びかけている。
呉含批判論争はもう、私の手の届かない政治問題にまで発展してしまった。私なども、いつ北京市長をクビになるかもしれないような、事態になってしまった。 聞くところによると、林彪がすでに、大部隊を北京の方へ動かしたとのことだが・・・」
楊尚昆 「どうも、そうらしい。 われわれも、こちらの息のかかった解放軍を、北京に移動させなくてはならんのではないか」
劉少奇 「いや、そんなことをしたら、混乱をかえって大きくするようなものだ。 もっと合法的な手段で、局面を打開することはできないものだろうか」
楊尚昆 「もう、合法的手段なんて言ってられませんよ。そんなことを言っている段階ではないんです。 やつらは、社会主義文化大革命とか言って、本気で革命を考えているのです。 しかも、党内での権力闘争ばかりでなく、もっと人民大衆を巻き込んだ暴力革命を考えているようです。
連中は、党内では少数派であることを知っているから、人民大衆や学生、解放軍の圧力を使って、外からわれわれを締め上げようとしています。 そうした動きが、北京大学や清華大学で、すでに現われてきているようです」
陸定一 「楊尚昆同志が言われるとおり、そうした不穏な動きが出てきていますね。 だから、こちらもそれに対抗して、何か手を打たなくてはなりません。 たとえば、新たな工作組を、全国の工場や学校、その他の組織に送り込むといったような・・・」
王光美 「それは良い考えですわ。 皆さんのお話しを聞いていたら、本当に恐ろしくなってきました。真綿でじわじわと首を絞められてくるようで、もうじっとしていられません。 北京の幾つかの学校で、毛一派のグループ、組織が秘密のうちに作られているようなら、こちらも新たに工作組を作り、学校に送り込みましょう。
早ければ早いほどいいですわ。大衆闘争の面でも、毛一派に負けない態勢を早く打ち立てるべきです。 まず真っ先に、私が工作組を作って清華大学に乗り込み、青年学生を再組織してみせましょう」
彭真 「それはいい。王光美同志には、そうしてもらおう。 楊尚昆同志と私は、毛沢東の過去の罪悪や過ちを、もう一度徹底的に洗い出し、西南地方や西北地方の中央委員のオルグに、全力を尽くすことにしよう。
また、やつらがわれわれのことを、修正主義だと非難するようなら、こちらもやつらのことを、教条主義だと批判するキャンペーンを強めていきましょう」
劉少奇 「うむ。いよいよ、毛一派と全面対決する時が来たようだ。 登総書記が言うとおり、こちらが中央委員会の多数を制しておれば、いつでも勝つことができる。現実には、われわれの方が、必ず多数を制することができるという自信はある。
しかし、相手は今後、死に物狂いで何をしてくるか分からない。 しかも、毛沢東の権威は党内で落ちてきたとはいえ、八億人民の中では、依然として根強いものがある。油断はできない」
楊尚昆 「油断できないどころか、先程も私が言ったように、向うは本気で戦争を仕掛けてこようとしているんですよ。これは、生きるか死ぬかの戦いだ。 もし、こちらが負けるようなことがあれば、われわれは党から抹殺されるかもしれない。勝利か、しからずんば死かという覚悟で戦わなければ駄目です!」
劉少奇 「うむ、分かった。今までのわれわれの対応に、甘さがあったかもしれない。 これからは、工作組の派遣を始めとして徹底的に戦っていこう。毛沢東がわれわれを抹殺しようというなら、こちらだって、最後は毛一派を根こそぎ粉砕し、壊滅させてやるだけだ!」
楊尚昆 「その決意を聞いて、安心しました。頼もしい限りです」
彭真 「よしっ、やろうじゃないか。あの“もうろく爺い”に負けてたまるか!」
陸定一 「われわれが結束して当たれば、必ず勝つぞ!」
王光美 「今度こそ、あの江青なんかにいい顔はしませんよ」
第六場(5月上旬。上海市党委員会の一室。 毛沢東と江青)
毛沢東 「全ては順調に動き出してきた。頓馬な羅瑞卿は、林彪が逮捕して総参謀長をクビにしてやったし、『解放軍報』は文化大革命を声高らかに呼びかけ、『人民日報』もそれに倣うようになってきた。 陸定一らが立てこもっていた中央宣伝部の“閻魔殿”も、張春橋らの力を借りてぶち壊してやった。
次の目標は、彭真の豚野郎を北京市長から解任してやることだが、これも近い内に片をつけてやれるだろう。 それに、江青。わしは、腐り切った党中央や北京を粛清してやるために、地方から“赤い孫悟空”を動員しようとおもっている」
江青 「赤い孫悟空ですって?」
毛沢東 「そうだ。如意棒を振り回して、修正主義の妖怪変化どもを叩きのめしてやる赤い孫悟空だ。 毛沢東思想によって百パーセント武装された、若くて元気の良い孫悟空だ」
江青 「すると、青年や学生を動員するのですか」
毛沢東 「そのとおり。 純粋で汚れを知らない、革命精神によって貫かれた青年達を地方から集め、北京を攻撃するのだ。 いや、すでに北京の中にも、赤い孫悟空が生まれる手は打ってある。そして、時期を見て、彼らを腐り切った修正主義の化け物どもにけしかけるのだ」
江青 「まあ、素晴らしい。それはまったく、あなたらしい革命的なやり方ですわね」
毛沢東 「わしは、彼ら赤い孫悟空達を、“紅衛兵”と名付けようと思っている」
江青 「“紅衛兵”ですって? 文化大革命をやり抜くためには、これ以上に頼もしい同志はいないように思いますわ」
毛沢東 「しかも、わしは、彭真が組長をしている文化革命小組を近い内に解散してやり、代りに、文化大革命を推進する中央文化革命小組を作ろうと思っている。 この中央文革小組が紅衛兵達を指導し、修正主義者どもに鉄槌を下してやるのだ」
江青 「なるほど、そうなれば、彭真や陸定一もおのずから失脚し、まったく新しい組織に衣(ころも)替えするわけですね」
毛沢東 「そして、中央文革小組の組長には陳伯逹を当て、康生をその顧問に据えるのだ。あの二人は腹心中の腹心だから、きっと上手くやってくれるだろう。 それに、江青。お前も、中央文革小組の第一副組長をやるのだ」
江青 「えっ、この私もですか」
毛沢東 「そうだ。 お前は人民解放軍の中でも、林彪によく協力して熱心に文芸工作をやっている。お前の日頃の努力、活動にはわしも感服している。 林彪も、お前のことを高く評価しているぞ。 お前だったら、陳伯逹をよく助けて、中央文革小組の仕事を立派に推し進めていくことができるはずだ」
江青 「まあ、嬉しいです。光栄です。 私はいま初めて、あなたから信頼を受けたような気持がします。延安の洞窟であなたの妻になれてから、もう四半世紀がたちましたが、その間、私はいつも、あなたの陰に隠れるようにして毎日を送ってきました。
『江青は、賀子珍夫人に嫌気がさした毛主席を、媚態の限りを尽くしてたらし込んだ』などと、あらぬ陰口をたたかれながら、私は長い間、じっと耐えてきました。 私はいつも、日陰者としての悲哀を味わってきました。
あなたが国家主席であった時も、今の王光美のように、私は表舞台に立つこともできず、ただ毛主席の夫人ということで、あなたの身の回りを見るだけでした。 私は別に、それに苦情を言ったりはしませんでしたが、なにか皆から、毛主席の夫人であるとは、本当に認知されていないような寂しい気持を味わってきたのです。
でも数年前から、あなたが私に、演劇や文芸方面の仕事を言い付けてくれるようになってから、私はようやく、一人前の主席夫人になれたような感じがしました。 そして今、あなたから中央文革小組の仕事を言い付けられ、私は晴れて、公けの場に誇りを持って登場することができるようになったのです。
もう私は、元女優の江青でもなく、また日陰者の主席夫人でもなく、れっきとした中央文革小組の第一副組長として、中国共産党の輝かしい仕事を担当する女として、表舞台に登場することができるのです」(江青、ハンカチを取り出して嬉し涙を拭う)
毛沢東 「そうだ。 お前はわしの妻というだけでなく、文化大革命という偉大な事業を推進する、党の重要な人物の一人になったのだ」
江青 「嬉しいのです、私は。 あなたのために、公けの場で思い切り活動できるなんて、こんなに嬉しいことはありません」(江青、毛沢東ににじり寄ってその手を握る)
毛沢東 「いいか、江青。 文化大革命というのは勿論、わしのためにやるものではない。この中国に、真の社会主義社会を建設するために、革命精神を失って堕落した劉少奇一派を打倒し、彼らから権力を奪い取る戦いなのだ。わしは、これを“奪権闘争”と呼ぶぞ。
わしがいつも言っているように、ゴミは掃かなければ無くならないし、階級の敵は戦わなければ倒れないのだ。 江青、お前は毛沢東の妻というだけでなく、真の革命左派の一員として、この偉大な文化大革命の先頭に立って戦ってくれよ、いいか」
江青 「勿論ですとも。 私は文化大革命のために、また毛沢東思想のために、そして、あなたのために戦っていきます」
毛沢東 「ああ、わしには、若くて力にあふれた紅衛兵の姿が目に浮かぶようだ。 彼らこそ、来るべき文化大革命の担い手であり、明日の中国を背負って立つ人民の英雄なのだ。 紅衛兵に勝利と祝福がもたらされるよう、江青、共に祈ろうではないか」
第七場(5月25日、北京大学の構内。 哲学科助手の聶元梓(じょうげんし)女史と、六人の文革派学生が集会を開いている。 周囲に一般の学生が十数人)
聶元梓 「北京大学の皆さん! 私はいま、驚くべき事実を皆さんに報告しなければなりません。 それは、私達の心の支えであり、中国革命の生みの親であるわが中国共産党の中に、資本主義の道を歩む反党、修正主義の分子が巣くっているということです! 皆さんは信じないかもしれませんが、それはまったくの事実なのです。
しかも、その修正主義、反動分子の者達は、長い間、中国革命推進の光栄ある砦となってきた、わが北京大学の中にも、ドブネズミのように潜んでいるのです。 皆さん、驚いてはいけません。私は率直に言います。 資本主義の道を歩むそうした修正主義・反動分子は、北京大学に、なんと陸平学長以下、何百人、何千人もいるのです!」
一般学生A 「おい、馬鹿なことを言うな!」
文革派学生A 「お前らこそ、黙ってよく聞け! 聶同志が言われることは本当なんだぞ」
聶元梓 「私達はこの際、そうした反党、修正主義分子を徹底的に摘発しなければなりません。 そして、学力第一、知識偏重という、まったくブルジョア的な教育方針に偏っている、今の北京大学の現状を打ち破り、真に革命的な教育方針を樹立しなければならないのです。
ところが、陸平学長らはこれまで、毛沢東思想にのっとった私達の正当な要求を、ことごとく斥けてきたばかりでなく、私達を追い詰め、弾圧し、北京大学から追放しようと圧力をかけてきたのです。 特に、卑劣な修正主義者・呉含の書いた『海瑞、官をやめる』を、大衆的な討論の場に持ち出すべきだという私達の要求に対して、陸平学長らはこれをまったく無視して、押さえ付けてきました。
こうした反革命的な、卑怯な態度は絶対に許すことができません! 私達は重ねて、『海瑞、官をやめる』の公開討論を要求すると共に、反党、修正主義の道を歩もうとしている陸平学長らの責任を、この際、徹底的に糾弾していこうではありませんか!」
文革派学生B 「そうだ! 陸平らの責任を追及せよ!」
文革派学生C 「毛沢東主席に逆らう者は、北京大学から出ていけ!」
文革派学生D 「反動分子は処罰しろ! 毛沢東主席、万歳!」
文革派学生E 「反革命の犬どもを追放しろ! われわれは、聶同志と共に闘うぞ!」
一般学生B 「何をたわけたことを言うんだ! お前達こそ出ていけ!」
一般学生C 「北京大学の方針は正しいぞ。 間違っているのは、お前達の方だ!」
一般学生D 「もっと現実をよく見ろ! 教条主義で中国が良くなるのか!」
聶元梓 「それでは、皆さん。 陸平学長ら資本主義の道を歩む反党・修正主義分子、腐り切った反動のウジ虫どもを糾弾し、彼らに自己批判を求めるこの大字報を大学構内に貼り出して、闘いを開始しようではありませんか!」(聶元梓ら七人、大字報を持って進もうとする所へ、陸平、大学教授達、さらに数人の一般学生らが近寄ってくる)
陸平 「君達は何をしているんだ! この北京大学を汚し、秩序を破壊しようという反革命分子は放ってはおかんぞ。 そんな大字報は破り棄て、さっさと解散しなさい!」
教授A 「さっきから聞いていると、私達の多くが資本主義の道を歩もうとしているなどと、出たら目なことばかり言っているではないか。聞き捨てならん」
教授B 「お前達こそ、中国革命の前衛となっているこの北京大学を、破壊しようとしているじゃないか!」
教授C 「すぐに解散しなさい! いつまでも、そういう風にたむろしていると、学内の秩序を乱した罪で、君達を厳しく処分するぞ!」
聶元梓 「あなた達こそ、そこをのきなさい。 私達は、毛沢東思想にのっとって行動しているのです。私達の邪魔をする者は、反革命分子です」
文革派学生達 「そうだ! そこをのけ! 革命の鉄槌を受けたくないなら、お前らこそ解散しろ!」
陸平 「なにを言うか! われわれこそ、これまで毛主席の指示に従って行動してきたのだ。 お前達こそ、左翼小児病の極左盲動分子だ。大人しく解散しないと、後で痛い目にあうぞ!」
一般学生達 「そうだ! 陸平学長の指示に従え! とっとと解散して消えてしまえ!」
教授A 「そのまま無法な行動を続けるなら、われわれは正当な力を行使して、君達を排除するぞ!」
文革派学生達 「黙れ! お前らこそ早く自己批判しろ! われわれの要求どおりにしないと、後でひどい目にあうぞ!」
聶元梓 「さあ、皆さん。この大字報を貼りに行こうではありませんか。 どちらが革命派で、どちらが反革命派かということは、後ではっきりと分かることです。さあ、行きましょう」 (聶元梓ら七人が進もうとするのを、陸平、教授達、一般学生達が阻止する。 双方が小競り合いをして罵倒し合うが、少数の聶らは押し返され、大字報を陸平らに取り上げられる)
聶元梓 「何をするんです! 私達を弾圧するのは、毛主席に背くことですよ!」
文革派学生達 「弾圧を止めろ! 今に見ていろ! お前らはわれわれを弾圧し圧迫したことで、みずから反革命分子であることを証明したんだ! 後で必ず断罪され、中国人民の前にさらし者にされるぞ!」
陸平 「ええい、黙れ、黙れ! お前達こそ北京大学から追放だ。革命の前衛である北京大学に反逆した罪は重いぞ!」
教授達 「そうだ! お前達こそ反革命分子だ! すぐに党中央に申し立て、お前達七人を学外追放処分にしてやるぞ!」
文革派学生達 「覚えていろ! お前らを倒し葬ってやるまでは、われわれは絶対にこの闘争を止めないぞ! 毛主席の指示で、その大字報を貼り出そうとしたのだ。それを取り上げ、われわれを弾圧したのは、毛主席に反逆した証拠だ!
見ていろ! 後で必ず、革命的な制裁を加えてやるからな! 陸平を倒せ! 反党・修正主義、反動分子を葬れ! 毛主席万歳! 毛主席万歳!」
陸平(教授連や一般学生達に対して)「さあ、皆さん。この反逆分子どもを退散させましょう」
教授達・一般学生ら 「そうだ! 反逆分子どもは出て行け! お前達は北京大学から出て行け!」(聶元梓ら七人は、教授連や一般学生らに小突かれ、押されながら退場。 双方の罵声、喚声、悲鳴などが続く)
第八場(6月中旬。 武漢市内の某所。毛沢東、陳伯逹、江青)
毛沢東 「全てはだいたい上手くいっている。 彭真を北京市長から引きずり降ろしてやったし、小うるさい陸平も、北京大学学長をクビにしてやった。 林彪の息のかかった解放軍は、すでに北京周辺を制圧し、劉少奇らにニラミをきかせている。
わしが先月十六日に党幹部に出した通知によって、中央文革小組の成立は揺るぎないものとなった。 すでに北京大学では、聶元梓らが目覚ましい活動を始めたし、清華大学の付属中学にも“紅衛兵”が誕生している。
水が高きより低きに流れるように、全てが順調に進んでいるようだが、一つ気になるのは、劉少奇らが紅衛兵運動を弾圧するために、工作組というやつを各大学や学校に派遣していることだ。 あいつらは工作組をますます増強して、われわれの“奪権闘争”を妨害しようとしているようだな」
陳伯達 「あちこちの大学や学校で、工作組と革命派学生との間で、激しい攻防が繰り広げられています。 しかし残念ながら、今のところ工作組の力の方が強くて、革命派は各学校から閉め出されているのが現状です。これは“白色テロ”であり、放っておいては大変なことになります。
このままでは、せっかくできた中央文革小組が活動しようとしても、文化大革命を進めていくのは難しい情勢になってしまいます。 なんとか早く、強力な対抗手段を取らないと駄目ですね」
毛沢東 「分かっている。 時機を見て、わしは工作組廃止の処置を取ろうと思っている。今はもう少し、劉少奇らのやりたいようにやらせて、敵の動きを十分に観察しておくことだ。 その間に、こちらも態勢を整えて、大反撃に出るチャンスを待つのだ。
戦いは、まだ始まったばかりだ。あわてることはない。打つ手は着々と打ってある。 じっくりと腰を落ち着けて、こちらの力を養っておくことだな」
江青 「そんなに悠長に構えていて大丈夫でしょうか。 王光美は引っ切りなしに清華大学へ行って、工作組を指導しているし、劉少奇、登小平までが師範大学の付属中学に出かけて、革命派を弾圧しているのですよ。
こうして武漢にじっとしていることが、私には耐えられません。 私は一時も早く、戦いの真っただ中に飛び込んで、王光美らに、火のような革命の鉄槌を打ちおろしてやりたいのです」
毛沢東 「まあ、待て。 あわてて手を出して、犬にかまれてはいけない。犬をゆっくりと袋小路に追い込んでから、ドブに叩き落としてやるのだ。 工作組を学校に送るなということは、わしが二度、三度とここから通達を出してやる。そうしておいて、敵の出方や状況を暫く見守るのだ。
これは、あくまでも前哨戦の段階であり、わしがいずれ北京に乗り込んでから、本格的な戦いを開始する。 その時には、はっきりと工作組を廃止し、紅衛兵という赤い孫悟空の大軍によって、一挙に勝負を付けてやる。 この戦いは、必ずわしが勝つ。わしは今、英気を養って、来るべき革命戦争に備えようと思っているのだ」
江青 「それでは、ここで暫く作戦を練るということですか」
毛沢東 「うむ。それもあるが、部屋の中でじっとしているのも面白くない。 揚子江を泳いでやろうと思うのだ」
江青 「えっ、揚子江を泳ぐんですって?」
陳伯達 「主席。 いくらあなたが水泳が好きだとはいえ、そのお年で揚子江を泳ぐのは危険です。大事の前のお身体には、十分に気をつけて頂かないと困ります」
江青 「そうです。もしものことがあったら、大変です。長江の水泳は止めて下さい」
毛沢東 「なにを言うか! 偉大な文化大革命の戦いを開始しようという時に、その位いのことができなくてどうする。 しかも世間では、毛沢東は七十歳を超えて衰え、墓に片足を突っ込んで死を待っているかのように噂さされているのだ。
ここでわしが、揚子江を遠泳してみろ。 毛沢東は健在なり、中国の“赤い太陽”はなお輝いているということになる。 これは、文化大革命を始めようという時に、紅衛兵達革命派をどれほど勇気づけ、鼓舞するか計り知れないものがあるんだぞ」
江青 「それは分かります。しかし、陳同志も言われたように、大事の前のお身体にもしものことがありますと・・・」
毛沢東 「ええい、止めるな! わしは衰えてもいなければ、もうろくもしておらん。お前達の心配こそ、杞憂というものだ。 わしは今まで、何度も揚子江を泳いできた。わしは、偉大な揚子江が好きだ。とうとうと流れる長江の大河は、わしの人生のように何ものにも屈せず、何ものにも妨げられない、勝利の栄光に輝く偉大な大河なのだ。
文化大革命という、いまだ中国民族が体験したこともない大事業をやろうという時に、なにを恐れ、なにに怯えることがあろう。 わしの人生の総決算が、文化大革命の成否にかかっている時に、揚子江で浩然の気を養ってなにが悪いというのか。 お前達も“てん足”の老婆のように、下らんことをぶつぶつ言うのは止めろ」
江青 「そうですか。 あなたは、とめても止めるような方ではありませんね。見事、長江を泳いで、天下に毛沢東健在なりと、知らしめてやって下さい」
陳伯逹 「主席の言葉を聞いていると、私どもよりずっと若く、たくましい気性の持ち主であることが分かりました。 私も文化大革命を前にして、一段と勇気づけられ、身も心も奮い立つ思いがします。 主席、どうか頑張って、揚子江を泳いで下さい。ご成功をお祈りします」
第九場(7月初旬。 北京・中南海にある劉少奇の家。劉少奇、登小平、彭真、楊尚昆、王光美)
彭真 「まったく、なんて馬鹿げた話しだ! 毛沢東が揚子江で、十五キロの長さを一時間余りで泳いだんだって? 馬鹿な。こんな出たら目なニュースを、新華社が流すとはひど過ぎる。ひど過ぎる!
河の流れに乗って泳いでも、どんな水泳の天才だって、そんなに速く泳げるもんか! まして、あの老いぼれが十五キロも泳ぐなんて、信じられるか。ちょっと揚子江に浸かっただけで、こんなに大々的に報道されるんだから、たまったものではない」
王光美 「毛一派の言論、報道機関を使った宣伝攻勢は、まったく目茶苦茶です。 聶元梓の大字報は、人民日報にも大きく掲載されるし、『全ての妖怪変化を退治しよう』とか、『フルシチョフのような、反革命修正主義分子を全部一掃しよう』とか、われわれを、まるで極悪人のように非難し、蹴落とそうとしているんですから」
登小平 「たしかに、あの連中の言論攻勢には目に余るものがある。 しかし、われわれだって、工作組を各大学や学校に派遣して、毛一派の“騒乱分子”を封じ込めているし、それは多くの所で成功している。
表向きは文化大革命に賛成するように装いながら、毛一派の学生を上手く押さえ込んでいる。 工作組の活動をもっと強化していけば、あいつらの運動は、いくらけたたましく跳ね上がっても、必ず鎮圧することができるはずだ」
楊尚昆 「しかし、こうした状態が続いて混乱が大きくなると、それこそ敵の“思う壺”ということになるだろう。 早く十一中全会を開き、公式の場で、毛沢東と林彪を葬ってしまわなければならないと思うが・・・」
劉少奇 「同感だ。 ソ連共産党が緊急中央委員会を開いて、フルシチョフを失脚させたように、われわれは十一中全会で、多数の力で毛沢東らを罷免するのが一番良いと思う」
登小平 「そうです。今月二十一日をメドに、十一中全会を開くよう手筈を取りましょう。 問題はそれまでに、われわれが中央委員の多数を確保できるかどうかということです」
彭真 「私は北京市長を解任されたし、羅瑞卿同志も逮捕されている。 同志の多くが圧迫されている現在、会議を開いても勝てるかどうか分からない」
楊尚昆 「しかし、十一中全会を先に延ばせば延ばすほど、毛一派の圧力がさらに強まり、われわれの方が不利になっていくのではないか。 現時点ではまだ、われわれの方が優勢だと思うので、ここは一日も早く会議を開いて、毛一派を打倒しなければならないでしょう」
王光美 「私もそう思います。日一日と、敵の圧力は強まってくるでしょう。 放っておいたら、中立系の多くの中央委員が敵の圧力に屈して、われわれから遠ざかってしまいます。楊同志が言われるように、一日も早く十一中全会を開くべきです」
楊尚昆 「私にいい考えがある。 華北の連中は大体、われわれの味方になっている。それに反して、華東や中南地区の中央委員は、ほとんどが毛一派の息がかかっている。 従って、問題は西南と西北地区の委員だが、そこを彭真同志と私が手分けして、オルグするのが一番良いと思うのだが、どうでしょう」
劉少奇 「それは、いい考えだ。西南と西北地区の委員多数を制してしまえば、こちらの方が断然有利になるはずだ。 そうすれば、われわれの思いどおりになる」
彭真 「ふむ、それしかないな。 よし、それじゃ、私が西南地区をオルグするから、楊同志は西北地区をまわって欲しい。そして、登総書記がさっき言われたように、今月二十一日に十一中全会が開かれるのをメドにして、それまでに、西南、西北地区の中央委員を全員、北京に連れてきましょう。 この方法しか、われわれが勝てる道は他にない」
劉少奇 「良く言われた、彭真同志。いつもながら、君の素晴らしい決断には感服する。 十一中全会で勝てば、毛沢東を党主席から解任、林彪も役職停止に、さらにできれば、二人を党から除名、追放することだってできる。 ただ、私がいま最も気掛かりなのは、周恩来の動きだ。
彼は中立を保っているが、もし彼が毛沢東の側につくと、中立系の委員が相当こちらから離れていく危険がある。 なにせ周恩来は、国務院を中心に大きな影響力があるし、林彪などよりずっと人徳があるからな」
登小平 「周総理のことは、私に任せて下さい。 もう四十年以上も昔のフランスにいた頃から、私は周総理と二人三脚で一緒に仕事をしてきました。彼とは切っても切れない間柄です。 私がじかに話しをすれば、彼もきっと心を動かしてくれるでしょう。明日にでも、私が周総理の所へ行ってみます」
劉少奇 「そうしてもらおう。 彼の動向が、今後の事態の推移にとって重要な鍵になるからな。彼があくまでも中立を守ってくれるなら、こちらとしてもやりやすい。もし万一、彼が毛沢東の側についたら、大変なことになる。 登総書記、よろしく頼みますぞ」
登小平 「分かりました。私にお任せ下さい」
《この後は、第100項目に続きます。》