2004年7月31日(土)
毎年この時期恒例の吹奏楽コンクール。今年度になってからは初めて聴きに行く。
北海道生活が長くなると、教え子が出場する学校もチラホラとエントリーしていて・・・。応援ついでに大きくなった姿を見るのが楽しみでもあり。
現役を退いて10年になるなぁ。コンクールかぁ・・・白く飛ぶような明るいライトの当たるステージで、拍手喝采を受けていたのももうはるか彼方のことのようだなぁ。
今日のコンクールは、中学校部門。
ういういしいなぁ。緊張してるなぁ。あがってるんだろうなぁ。・・・見て分かるモン。・・・良くも悪くも、それは演奏にも表れていて・・・。
最初は俺も、そうだったんだよなぁ。
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俺が中学校に入って、すぐに選んだのは「卓球部」だった。
でも、1ヶ月も持たなかった。2週間ほど経つと、だんだんサボるようになり・・・。
それからは、部活の時間は勝手に帰って、同じように部活をサボった仲間の家にたむろしたり、買い食いしたり、そこらで遊んだり・・・。2年が終わるまでのクラブ活動の思い出は、ほとんど無い。
3年になって少し経った頃、担任に呼ばれた。
「おまえは中学の3年間で、何をしてきた?(高校受験用の)調査書に書けるようなことなんにもないぞ!」
「生徒会役員してます。」
「それはあるかもしれないけど・・・、クラブ活動はしないで終わるのか?」
「・・・・・。別に、クラブなんていいです。」
「もう運動部はレギュラーが決まっていて今さら出られないけど、まだこれから大会があるクラブがあるんだよ。おまえ、やってみたらどうだ?」
それが「吹奏楽部」だった。・・・俺に「吹奏楽部」を勧めてくれた先生は「柔道部」顧問の先生だったけど、その先生は自前のトランペットを持っていて、俺がちゃんと吹奏楽部の活動に出るのなら、そのトランペットを貸してもいい、とまで言った。
それから俺は5ヶ月くらいの間、その先生から借りたトランペットとともに「クラブ活動」をすることになる。(当時、吹奏楽のコンクールは9月だった。)もともと高校の進学先なんて、こんな成績でも入れるところならどこでもよかったから、クラブに時間を十分に割くことができた。
うちの中学の吹奏楽部は、毎年予選落ち。部のみんなの目標は「地区予選突破、県大会出場!」・・・でも、俺にとってはなんでみんながそんなに「県大会」にこだわるのか、よく分からなかった。自分たちの演奏が評価される場があることを、そのときの俺は知らなかったからね。
俺にとって、初めてのコンクール出場は、緊張し通しで、よく覚えていない。なんでこんなに緊張するんだろう。なんでみんなこの本番のステージにここまでのめり込むんだろう。なんで県大会に行きたいんだろう。・・・・・分からないたくさんのことと、緊張とで頭がゴチャゴチャになりながら、訳も分からず大勢の観客と審査員の前に進み出て、ライトを浴びて、演奏して・・・。
俺が初めて出場した吹奏楽コンクールの結果は、うちの中学校は地区代表として県大会に推薦されていた。部始まって以来の快挙。みんなの念願だった「県大会出場」。会場の一角で、仲間が声を上げて泣いている。うれし泣きだ。・・・それを見ていた俺も、なんだか涙がこみ上げてきて・・・・・。中学に入って、声を上げて泣いた、ただ一度の感動の思い出。
県大会に向けて、俺が顧問の先生に聞いたのは、ほとんどこのこと一つだけだったように思う。
「なんで、こんなに緊張するのかなぁ。俺、緊張するとうまく演奏できなくなるよ。」
「きっと、『迷い』があるんじゃないかしら。」と、顧問の先生。
・・・「迷い」が無くなったとき、緊張もなくなって、全力を尽くした演奏ができるのかもね、と教えてくれたっけ。
部として初めて出場する県大会に向けて、部全体で燃えるように練習した。
「間違うかも・・・」「緊張するかも・・・」という迷いが無くなるよう、ベストの状態がモニターされるまで、納得するまで何度も練習した。
そうして迎えた県大会。会場は県内最大のホール。
・・・やっぱり俺は、そのステージのこともほとんど覚えていない。ステージにいる俺たちよりもはるか高いところまで観客が座っていたのを思い出す。そして、自分が吹いた音が、ステージから遠くに座っている観客のところまで響いていっているのが時々分かるくらいの余裕があったことも覚えている。
中学の頃の、悪い思い出ばかりな俺の、数少ないいい思い出。
のちに俺が進学する高校の吹奏楽部顧問の先生が、そのときの県大会の俺たちの演奏を聴いていて、俺はしっかりその先生に覚えてもらっていた。
高校に進学してすぐ、その先生に声をかけられ、俺は高校ではすぐに「吹奏楽部」に入ることになるが、残念なことにまたすぐサボるようになり、停学もするようになり・・・。
中学でのあの素晴らしい思い出は、なんだったのか・・・。俺って、そんなことばっかり。
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今日のコンクールの中学生達も、かつての俺のように緊張しているのがよく分かる。
残念ながら、その緊張が悪い方向に出てしまった団体がほとんどだった。
もっとのめり込まなくちゃいけないのだよ、中学生達よ。全力を尽くすほどに。緊張になど負けないほどに。
・・・そう思いながら、俺は励ましの意味も込めた拍手を贈っていた。
教え子達の中学校は、予選トップの成績で通過。青は藍より出でて藍より青し。
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それにしても、
一生の間に、全力を尽くすことって、どのくらいあるのだろう。
何もかもに全力で取り組む、なんて無理だろうから、一生の間に使える「全力」ってのは限りのあるものなのかもしれない。・・・かといって、いつか全力を尽くすときのために力を温存するふりをしてグータラしていても、いざというときに全力を出せるものかどうか・・・。
今日、吹奏楽コンクールを聴きながら、ちょっと考えていた。
全力を出し切れるかどうか、というのは「迷いのなさ」にあるのではないだろうか。
取り組むことに「迷い」があったなら、そのことに全力を出し切ることはできないなぁ、と。
吹奏楽で言ったら「楽器の技術の向上」とか「音楽性」かもしれない。人によっては「家族を守ること」かもしれないし、「仕事」や「生き方」かもしれない。そのことについて深く考え、感じ入り、価値を認識し、納得しながら「迷い」を拭い去っていくことで、人は「全力を尽くす」ことができるんだろう。
誰にでも、そのことのために「全力を尽くす」だけの力があるはずなんだ。発揮するためには、そのことの価値を認識し納得するために、誰しもが考えていかなくちゃいけないんだ、と。
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こうして日記を書いてみると、俺としてもいろいろと実りのある吹奏楽コンクールだったと思う。明日は大会2日目、明日も聴きに行きます。
でも、家に帰ってみると、この暑さに溶けてしまったようにダラダラしてしまって・・・。
こんなんじゃ、「全力を尽くす」の話どころじゃないよ。
でも、暑いのはダメなんです。今年の夏は、暑くて死にそう・・・。ダラダラダラァァァ。
・・・・・成長してないなぁ、俺。
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空高く そびえるガラの山の頂きに独り たたずみ
暮れゆく横浜(まち)を見下ろす
この場所に やがて出来る新しい未来と 新しい出会い
そのために明日も また汗を流そう
(manzo:作詞「希望の丘陵(おか)」から/「日本ブレイク工業 社歌」より)
汗を流すのだって、苦になるのと、ならないのがあるでしょ。そういうのを考えていたわけで・・・・・。
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