「すべてがFになる・犀川創平」 |
| 重い…重すぎる言葉だ。翼も牙も持たぬ人類が食物連鎖の頂点に立ち、もはや天敵がいない状態なのは、環境を破壊する能力があるからなのだ。もし、自然を全く汚さないとなったら、人類は食物連鎖の最下部に転落するのではないか?やたらと自然保護と叫ぶ人たち、もっとエスカレートして自然に帰れと言う人は、その覚悟があるのだろうか? 自然を破壊する人類は、それではまずいということで、自然のバランスを管理しようとし出した。だが、よく考えてみれば、人類以外の生物は自然のバランスを維持しようとしてなどいない。全ての生命は自分のエゴにしたがって動いているにすぎず、結果としてバランスがとれているだけである。それを自然の調整力とでも呼べばいいのか・・・。もしその自然の調整力(を働かせている存在?)が、人間が自然を壊すのはまずい、というなら我々人類はなぜ自然から生じることができたのだろう。考え方としては、もう調整するのをやめて終わらせようとしているのか、もしくは、結局人類は自然の調整力の手の中なのか、それとも、もうまもなく自然の調整力が働くのか…。 |
「別に解明しなくても、すべては物理的な現象なんだよ」「間違っているのは、観察している人間の認識だ。したがって、人間さえ見ていなければ、何も不思議は起こらない。すべては自然現象だ」 「幻惑の死と使途・犀川創平」 |
| 実はこの台詞、直後に屁理屈だと言われて、撤回してしまうのだが、私は全くその通り! と思った。超常現象オタクの連中に聞かせてやりたい。自分で見たことが真実だと思いこみ、間違っているとは夢にも思わない思い上がった連中に、ぜひ! まあ、聞く耳持たないだろーが。人間は現象を観測するとき、その全てを見ているんじゃなくて、ある側面からしか見られないわけだから、見たままが真実ではない。手品のようなものだ。客席から見ているから不思議なんであって、舞台裏に回れば、なんのことはないわけだから。 |
解かなくてはいけない問題の難度を、それに取り組んでいる頭脳の数(あるいは思考力の総量)で割った値が、犀川の思考対象選択の優先順位を決める。 「幻惑の死と使途」 |
| よーするに難しいければ、難しいほど、また、考えている人が少なければ、少ないほど、自分が考えようという意欲がわくってこと。研究者らしいといえば、研究者らしい考え方である。難しくて、誰も考えようとしないことを研究するのがいいからね。まあ、世間一般では通用しないだろう。それに小説の中でも探偵役のこの人がこう考えて、事件のことはなかなか考えようとしないから困ったものだ。でも、ちゃんと解いちゃうんだなあ・・・ |
「学問には王道しかない」 「まどろみ消去(キシマ先生の静かな生活)・キシマ先生」 |
| 普通は、「学問に王道なし」だが、今は全く逆のことを言っている。言われてみれば、確かにその通りかもしれない。誰もが歩めて到達できる・・・それが学問、特に科学の条件と言えるから、真理に至る道はあって、その1つに限られているということも納得がいく。(世間一般のわからんぞーとか言っているのは、理解しようとする努力が単純に不足している)。 |
「少なくとも数学者だけは、自分たちが役に立つなどとは決して言わなかった。何故なら、それが我々の唯一の真理であり、名誉なのだ」 「笑わない数学者・天王寺翔蔵」 |
| なんか、開き直っていますねえ。いや、科学者というのはこれでいいのかもしれない。役に立つ、立たないで研究の価値が決められるものではないしね。役に立たなければ意味がないというならば、そういう人間はなんの役にたっているのだろうか? 医療技術の発展や工業技術の進歩は人の役に立つと言われるが、それで人の暮らしは裕福になったとして、それが何の役に立つ? 「裕福になったら楽しいじゃないか」と言うなら、人間が楽しく生きられることがなんの役に立つのだろうか? そういえば、こんな会話もあった(一部不正確)。「その研究が何の役に立つか聞かれたらどうしますか」「なぜ役に立たなきゃいけないのかって聞き返す。だいたい役に立たないものの方がおもしろいじゃないか」 しかし、この意見に耳を貸す人はまだまだ少数だろう・・・。 |
理屈では可能かもしれないが、締切より1日早く論文を完成させるということは、複雑系宇宙の原理には存在しない。 「封印再度」 |
| 部誌の原稿だと、締切以前に書き始める原理が存在してない気がするが・・・。ま、それはこっちにどついておいて、上のことは確かに真理である。なぜかというと、早く完成させると、見直し始めてしまうからであろう。一度見直し始めたら、おかしいところ・気に入らないところが続々出てくるのは間違いない。しかし、それを直したからといって、その論文やレポートがよくなる・・・ということでもなかったりするわけだ。そのことは、国語の模試の記述問題なんかで、さんざん迷って書こうが、適当に書こうが、結局大きな×がつけられるだけで終わる、ということからも分かる。それに集中できないということもある。試験5分前のあの集中力。もしあの集中力が数時間続けられれば、誰だって東大いけるぐらいである。逆に時間がたっぷりあるときは、集中できず、能率は低い。締切直前なら短時間で出きるものを、長時間かけるわけだから、結局、時間の無駄なわけだ。そのことを理系の人はみんな気づいているに違いない! |
問題を解くことがその人間の能力ではない。人間の本当の能力とは、問題を作ること。何が問題なのかを発見することだ。 「冷たい密室と博士たち」 |
| その通り! だからといって解けなくてかまわんというわけじゃないが。小学生ぐらいだと、質問する=分かっていない、という図式が成り立ったが、大学の授業、特にセミナー等では全く逆である。発表者がなにか発表したことに関して質問がない、というのはありえない。それは「全部分かった」のではなく「全然わかっていない」のである。全く分かっていないと質問もできない。無理に質問をしてもたいてい的外れな質問になるだけである。また、「全部分かった」から質問がないなどということも、やはりおかしい。たとえ、「E=mc2」のような簡単な法則にしたって、奥には深い深い意味があるわけで、本当に全部分かっている人がどれだけいるのか、疑わしい。それに、仮に「全部分かった」状態になっても、そこから発展を思いつけないようでは、やはりだめだということであろう。 |
「そもそも、生きていることの方が異常なのです」「死んでいることが本来である。生きているというのは、そうですね・・・、機械が故障しているような状態。生命なんてバグですものね」 「すべてがFになる・真賀田四季」 |
| うむ、いきなりすごい重みのある言葉だー。重い、重すぎる。さらに「生きていることは、それ自体が、病気なのです。病気が治ったときに、生命も消えるのです」と続く。そんなバカな、と思うだろうが、理由としては「眠っているのは心地よく、起こされるのは不快である。なぜ我々の意識は、意識を失うことを望むのか? 意識がなくなることが正常だからではないのか? 誕生も同じことで、生まれてくる赤ちゃんは、だからみんな泣いている。生まれたくなかったって・・・」だそうである。私としては、他に、1つの生命が存在するのはせいぜい100年、宇宙の年齢は約100億年、つまりある生命が「存在」できるのは、時間にして1億分の1だけで、あとの1億分の9999万9999は存在していない。だから生きている方が異常、ということになるんじゃ、と思ったのだが・・・。まあいい。 そのあとで、「神の作ったプログラムのバグこそ、人類」という台詞もあるが、これは確かにそうだろう。ちと、バグが多すぎるプログラムのような気もするが、まだ神は結果を見ていないんでしょうな。私も、シミュレーションを使って研究しているが、バグがあると、とんでもない結果が出てくるが、しばらく気づかないこともあるからねえ。気がついたら、どうするか? もちろん、プログラミングしなおし。ひょっとしてその「神」とやらもそろそろ結果を見て、デバックとかするかもね・・・。 |
番外・・・テンソルってベクトルの親分みたいなもの?
under construction!