日本の初等教育には、21世紀になっても習字の時間があります。 ドイツなどでも萬年筆(ペン)を用いた書写の時間があるようです。 日本で習字の時間があっても、多くの日本人は日常的に筆を使うことはありません。 同様にドイツなどでも、日常的に萬年筆(ペン)を使うことは少ないと言われています。
Pelikan や Lamy が初等教育の書写の時間に使う萬年筆を作っています。 ごく小量ですが日本にも輸入されており、大人が使うにも十分な製品に仕上っています。 一方、小学校で販売されているセットで3,000円ほどの習字セットを見てびっくりしました。 2本の筆は“高級筆”と書いてあります。 セットの値段を考えるとほんとうに“高級”な筆だとは思えませんし、 穂先は化学合成で作られているようです。 墨は表面にわざと模様を付けて高級品らしく見せてあります。 ちょうど蠏風味の蒲鉾の表面に、蠏に見える赤白の縞模様があるのと同じです。
硯は最悪です。インジェクション(射出成形)で作られ(射出口の処理も悪い)、
持ち上げるとどこも厚みは1mm程です。余りに軽く、ふちの部分しか接地しないので、
滑べり止めのゴムまであります。
習字はいったいなんの為の授業なのでしょう。 これからの時代、筆で字を書く機会がどれだけあるでしょうか。 結婚式や葬儀の記帳にもポーラスポイントペンが用意されています。 「これは日本の文化を教えるためだ」という意見も聞きます。 文化を教えるならなおさらもっといいものを使わせるべきではないでしょうか。
義務教育なら(エゲレスのやうに)学校の学習で使うものはすべて学校で用意するのは日本では無理かもしれません。しかし、文化を教えるのであれば、いい文具を学校で用意し、それを代々の生徒に使わせるようにできないのでしょうか。 音楽室で用意する楽器と同じやうな予算の運用をすればいいのではないでしょうか。 こどもにはよい文具を与えることをもう少し考えていきたいと思ひます。
