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○ ベルリン クラシック音楽の現場
次にナチス政権前後のクラシック音楽の現場を見て回る。
○ クロル・オーパー
ブランデンブルグ門のすぐ北側にドイツ連邦議事堂がある。
この議事堂の西側、ティアーガルテン内にクロル・オーパーがあった。
1932年2月27日の議事堂放火事件後は、このクロル・オーパーで議会が開催された。
ちなみに映画「ベルリン天使の詩」でおなじみのジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)も
1938年のナチスによるベルリン改造までは、この議事堂とクロル・オーパーの間に建っていた。
○ 国立歌劇場
ベルリンの国立歌劇場は、ウンターデンリンデンに面してある。
この西側の広場ベーベル・プラッツで、1933年5月10日、ナチスによる焚書が行われた。
現在では、広場地下に空っぽの書棚のアート・オブジェが作られ、人々が取り巻いて見入っている。
○ 聖ヘドヴィッヒ聖堂
ベーベル・プラッツの南東隅に聖ヘドヴィッヒ聖堂がある。
戦後、クリュイタンスとベルリンフィルによる
ベートーベンの交響曲集は、ここで録音された。
(正面のファザードが補修中のようだ。)
○ 旧ベルリンフィルハーモニー・ホール
現在のベルリンフィルハーモニー・ホール(カラヤン・サーカス)が建てられる以前、
戦前のベルリンフィルの本拠地は、ベルンブルガー・シュトラーセ22番地の
旧フィルハーモニー・ホールにあった。
当時ベルリンフィルを率いていた指揮者フルトヴェングラーは、
1945年1月23日、ここで指揮していた。
プログラムは、モーツアルト魔笛序曲、モーツアルト交響曲40番、ブラームス交響曲1番。
モーツアルトの交響曲を演奏中に、空襲でコンサートが中断され、
空襲解除後、モーツアルトの残りの楽章は打ち捨てて、
ブラームスの悲壮なイントロをはじめたという。
これが、終戦前フルトヴェングラー最後のベルリンでの演奏となった。
○ ティタニア・パラスト
戦後、しばらくナチス協力の嫌疑でパージされていたフルトヴェングラーは
1947年5月25日、アメリカ占領地区ステグリッツにあった
映画館ティタニア・パラストでベルリンでの指揮を再開する。
(Sバーン、フォイヤーバッハ・シュトラーセ駅下車、西側へ)
この日のプログラムは、オール・ベートーベンで、エグモント序曲、交響曲6番、5番。
数多くのフルトヴェングラーの名演奏が、ここのライヴ録音で残されている。
○ ベルリン・ドイチュ・オーパー
今回の旅行は、ベルリン・ドイチュ・オーパーでの「神々の黄昏」の上演にあわせて行った。
ドイチュ・オーパーのリングは、ゲッツ・フリードリヒの演出で一時代を劃したもので
初演から20年は経っていると思うが、ありがたいことに、しつこくやっている。
折りしも、ハーゲン役にマッティ・ザルミネン登場で、大盛り上がりだったが
おかげでチケットの入手が大変だった。(2008年1月旅行)

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