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チューリッヒでユングを歩く


zurich
チューリッヒ ケー橋から

      ○ ユングの生まれ
     カール・グスタフ・ユングは、1875年7月26日にボーデン湖畔ケスヴィルに生まれた。
     その後、牧師である父の転任に伴い、76年にラウフェン、
     79年にバーゼル郊外クライン=ヒューニンゲンに転居し、ここで成長する。

      ○ チューリッヒ ブルクヘルツリ精神病院
     1900年に、バーゼル大学で医師免許を取得すると、チューリッヒに移り、
     ここのブルクヘルツリ(Burghoelzli)精神病院の助手となる。
     ブルクヘルツリ精神病院は、チューリッヒ中央駅からSバーン6号線で「Tiefenbrunnen」駅を下車、
     チューリッヒ湖へ向けて下る急な坂道(Fluh gasse)を登っていった先にある。
     「ブルクヘルツリ精神病院」をネットで検索しても、うまくひっかからなかったが、
     現役の病院として存在しているようだ。

burghoelzli
ブルクヘルツリ精神病院

      ○ チューリッヒ大学
     1905年には、チューリッヒ大学精神科の非常勤講師、また大学付属病院の医師になる。
     チューリッヒ大学へは、6番トラムで「Universitats-spital」を下車、
     通りの東側に大学付属病院、西側に大学本部(事務局)がある。

/universitats1        universitats2
チューリッヒ大学付属病院                    大学本部(事務局)

      ○ キュスナハトの私邸
     1909年、チューリッヒ郊外キュスナハト(Kusnacht)の
     ゼー・シュトラーセ(See Strasse)228番に私邸を構えた。
     ここが、亡くなるまでユングの居所となる。
     キュスナハトは、チューリッヒ中央駅からSバーン6号線で「Kusnacht」を下車、
     駅前の大通りのゼー・シュトラーセを南へ下ったところにある。
     この辺りでは、普通の規模なのかもしれないが、実に立派な邸宅だ。

kusnacht        seestrasse
Sバーン キュスナハトの駅                       ゼー・シュトラーセの私邸

      ○ ボーリンゲンの「塔」
     1922年、ユングは自身の精神的危機を癒すため、
     チューリッヒ湖畔ボーリンゲン(Bollingen)に土地を購入し、
     そこに石造りの「塔」を建てた。
     この「塔」が、今回のチューリッヒ訪問のメイン・ターゲットである。

     ボーリンゲンには鉄道が通っているが、
     駅はなく、東側の「Schmerikon」駅まで行ってしまうようだ。
     Sバーン7番線で、ボーリンゲンの手前のラッパースヴィル「Rapperswil」駅を下車、
     そこから622番バスに乗って、バス停「Wagen Alte Post」で下車、
     バス停からチューリッヒ湖側(南側)へ向かうムース・シュトラーセ(Moose Strasse)を通って、
     小山を越えると、ボーリンゲンの町の中心部に出る。
     片道約50分。行くためだけの手段だと思うと辛いが、
     チューリッヒ湖畔をハイキングすると思って歩くと十分行ける。
     牛小屋の点在する山道は、いかにも「スイス」という感じだが、
     リアルな牛小屋には、牛糞のにおいが漂っている。

     ボーリンゲンの中心部から、線路沿いの歩道を東へ進んでいくと、
     湖側(南側)に懸案の「塔」が見えてくる。
     この歩道から先は私有地と思われるが、
     共用の桟橋への通路にもなっているようで
     門扉は開いているので、ちょっとだけ入らせてもらう。
     「塔」は、予想どおり、大きいものではない。
     ユングは、最初に建てた「塔」に不満を感じると、
     27年にはもうひとつ「塔」を建て、
     ふたつの「塔」を回廊でつないで「鉄アレー」形にし、
     また31年には、さらに「塔」を建て増しして「トライアングル」形にして、
     最終的に、そのトライアングルの回廊部の1辺を2階建てにして
     ようやく自分の意が達成されたと満足した、ということだ。

moosestrasse        bollingen
ムース・シュトラーセ                    ボーリンゲン 線路沿いの歩道

tower
ユングの「塔」

      ○ ユング研究所
     1948年、キュスナハトのホルン・ヴェク(Horn weg)28番にユング研究所を設立した。
     ここは、ゼー・シュトラーセの私邸から、ぐっとキュスナハトの駅前に戻ったところになる。
     写真で紹介されているのを見たことがあったが、
     行ってみると、心細いぐらいの路地に面していて、
     建物も、少し広めの庭がある個人の住宅にしか見えない小さなものである。

instuitute
ユング研究所


      ○ ユングの墓
     1961年6月6日、キュスナハトの私邸にて亡くなる。86才の大往生だ。
     墓は「キュスナハトのプロテスタント教会の墓地にある」と紹介しているHPがあったので
     そこにあるものと思って行ってみたのだが、
     どうもこのHPは、実際に行って撮影したのではなく、
     別の外国のHPから転載したもののようで、
     キュスナハトのプロテスタント教会には、実は、墓地そのものが存在していなかった!
     チューリッヒ中央駅のツーリスト・インフォメーションで調べてもらうと
     キュスナハト駅から919番、もしくはベルヴューのバスターミナルから912番のバスで
     バス停「Itschnach Dorf」で下車、
     そこからシュラッハー・シュトラーセ(Schracher strasse)を入っていった先の 
     墓地(Friedhof)にある、とのこと。
     早速行ってみると、何とかその墓地にはたどり着いたのだが、
     肝心の墓石は、、、どうしても見つけられなかった!!!


grab
Itschnach Dorfの墓地

      ○ 旅の食事
     「Zeughaus keller」のポークのチューリッヒ風。
     (グラスビールとで約40SF)
     「チューリッヒ風」とは、キノコのホワイトソース煮込みのようだ。
     この店は、兵器庫を改装して作った有名なレストランだが
     そのせいか観光客が殺到して、非常に混雑している。
     その意味でおすすめできない。

zeughauskeller1        zeughauskeller2
Zeughaus keller                           ポークのチューリッヒ風

      ○ 旅の宿
     チューリッヒ中央駅に近いワルハラ・ホテル。(Walhalla Hotel)
     立地、設備とも、申し分ない。
     1泊209SFは、かなり高めだが、スイスは万事物価高なので仕方ない。
     空港から中央駅への車窓で見える「Walhalla Hotel」の電飾看板は、
     系列のゲスト・ハウスに付けられたもので、
     そちらのほうが、宿代は安いのではないかと思う。(2013年4月旅行)

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ワルハラ・ホテル                           その室内

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