主人と阪神

私は、この世に生を受けた瞬間から、「阪神タイガースファン」になる運命にあった・・・と言っても過言ではない。私と阪神は、切っても切れない運命の糸で結ばれているのだ。この運命の糸は、私が死ぬか阪神球団が消滅するか・・・いずれかにならない限り、切れることはない。

私と阪神の「運命の糸」を作り上げたのは、まぎれもなく
私の親父である。おとん(←いつも私は親父を こう呼んでいる)の阪神好きが、息子の私に多大な影響を与えた。おとんは、熱烈な阪神ファンである。生まれてくる子供は、必ず阪神ファンに育て上げる・・・という信念を持っていたようだ。その信念通り、私は阪神バカになる為の「英才教育」を、2・3歳ぐらいから受けていく事となる。この頃の記憶は、私は全く覚えていないが、3歳当時の古い写真を数枚見ると、8割の確率で私は阪神の野球帽をかぶっている。ここにも、おとんの「英才教育」ぶりが垣間見れる。

4・5歳ぐらいから、私の阪神ファンとしての記憶が始まる。阪神ファンとしての私の記憶の中で一番古い記憶は、4歳(1984年)当時の
サンテレビ(関西のローカルTV局)の阪神戦の中継である。この中継中に映し出された、当時阪神の監督だった安藤統夫監督(現毎日放送解説者)の、何ともいえない苦虫を噛み潰したような苦悩の表情・・・これが阪神ファンとしての私の最古の記憶である。

この当時から、平日の夜のTVと言えば、必ずおとんとサンテレビの阪神戦中継を見ていた。いや、おとんが仕事の出張で家にいない時も、私は自らサンテレビにチャンネルを合わして見ていた(すでにこの頃から、阪神バカの道を私はばく進しつつあった)。このサンテレビ、阪神ファンにとっては神様のようなTV局である。甲子園の阪神戦は、ほとんどの試合を中継してくれる上に、
試合終了まで完全放送。まさに、「阪神オフィシャルTV局」である。今後も私は、お世話になり続けるであろうTV局である。

そして私が5歳(1985年)の時、私は完全に
阪神バカになった。そう、この年阪神は21年ぶりのリーグ優勝・そして初の日本一になったのである。もちろん、この時のおとんは尋常ではなかった。阪神の快進撃・優勝・日本一に狂喜乱舞したのは、言うまでもない。家の中は、まさに阪神一色。「優勝記念・阪神テレホンカード」などの「優勝記念グッズ」が家の中にあふれた。そんな中で私は生活をしていたのだから、純度100%の阪神バカになるのも、無理はない。

小学校へ通う頃も、
文具のほとんどが阪神色で固められた。下敷き・鉛筆・筆箱・給食袋・定規。私の身の回りには「HANSHIN」の文字が必ずあった(もちろん、阪神関係の文具ばかりだった訳でも ないが)。また、小学校の子供もほとんどが阪神ファン。巨人ファンの子供は少なかった。こうなると、阪神バカの純度も、100%どころではなく、130%ぐらいまで上昇。

が、しかし・・・この頃から、阪神は
「ダメ虎」に成り下がっていく。最下位定位置の弱小球団・・・これが阪神の実態になっていくのである。こうなると世間では、「阪神ファン離れ」が始まり、阪神ファンは肩身の狭い思いをしなければならなくなってくる。ところが、私は世間の流れとは全く逆に、より阪神という球団を応援していく事となる。なぜなのか・・・説明するには、「根っからの阪神バカだから」という言葉しか見当たらない。もう、阪神以外の球団は応援できない体質になってしまったのだ。

今では、
おとんをも越える阪神バカになってしまった私。もう、どうしようもない阪神バカである。
私はたまに考える事がある・・・「我が家に、おとんの子供として生まれてなかったら、阪神ファンにはならなかったであろうか」・・・と。が、結局はいつも結論はこうなる・・・
「どこの家に生まれていても、阪神バカになっていた」。もし親父が巨人ファン、場所は関東圏、周りも巨人ファンだらけ・・・そんな家に生まれていたとしても、結局は私は阪神ファンになっていたと思う。理由は「なんとなく」。なんとなくとはいい加減な答えだが、阪神ファン以外の自分の姿が、どう考えても想像できないのである。まあ、それだけ阪神が好きという事なのであろう。




主人のスポーツ観・野球観

私は、阪神ファンと同時に、スポーツ好きであり野球好きである。野球というスポーツが、本当に大好きで仕方ない。

「スポーツに興味ない」「プロ野球なんかどうでもええわ」と思っている人が意外と多い。私はこの現実が、残念でならない。
スポーツと言うのは、一種の「ドラマ」だと私は思っている。単に勝ち負けを競うだけでなく、その裏には色々なドラマが展開されているのだ。サッカー・ラグビー・アメフト・ゴルフ・テニス・K−1・プロレス・大相撲・スキー・陸上競技・水泳・F1・・・・・・野球以外にも世の中には無数のスポーツが存在する。私はどのスポーツにも関心を持っている。それぞれに多種多様なドラマが展開されていて、面白いし感動する。そのいい例がオリンピックだ。全てを掛けたアスリートたちの祭典は、今までにも数々の名勝負・ドラマを展開してきた。この様なドラマから、私達は普段の日常生活では感じ取れる事の出来ない「何か」を感じ取る事ができる。スポーツからしか感じ取れない「何か」を。「何か」は、人によって様々な感じ方があるので、一概には一くくりでは言えないが、例えばそれはとてつもない「感動」であり、「勇気」だったりする。

「スポーツに興味ない」と思っている方、是非
どんなスポーツでもいいので注目して、興味を持って見てほしい。楽しめたり感動したりできる事が、スポーツには山ほどあるはずだから。

そんな「ドラマ」のスポーツでも、特に私が好きなのが野球である。もちろん「阪神ファンだから」という理由もあるが、それ以外にも理由がある。
野球は特に「ドラマ」を感じ取れる事ができる。それは、プロ野球以外にも、高校野球や草野球でも言える事だ。野球のドラマは、長い歴史がある。もちろん、サッカーや大相撲などの他の国民的スポーツにも長い歴史があるが、その中でも野球はドラマ性に富んでいる。

そして、どのスポーツよりもTV中継やファンが多く、
多くの人達とドラマを共有する事ができ、感動できる。野球は我々の生活に、「楽しい時間」を与えてくれるのである。野球に興味の無い方も、一度関心を持って見ていただいたら(特に球場での生観戦)「楽しい!」と感じれるはず。野球好きになって、損な事はないと私は思う。

やはり、野球好きになるには、ひいきのプロ野球チームを作る事が手っ取り早い。私は、「阪神」というチームを皆さんに勧めたいが(笑)、別にひいきのチームが巨人でも構わない。どのチームでもいいので、球団のファンになれば、野球がもっと楽しめる。



阪神を語り尽くす

ここからは、主人が「私的感情丸出し」で阪神を「熱く」語っております。


1985年〜2001年の阪神
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阪神外国人助っ人論評
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阪神監督・選手論評
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極私的 阪神随筆大全集
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