「ちゃんと起きて」
耳元で声がした。
カーテンを開けたまま眠ってしまった僕は
朝陽が充満して息苦しいほどの
白い部屋から外へ出た。
「こっちよ」
初めは戸惑いながらゆっくり
そしてだんだんと足早になって
そのうち全速力で
曲線を描きながら進む風を追いかけていた。
心が走って走って
足が空回りしそうだった。
ここ数年、仕事もプライベートも順調だった。
悩みと呼べるほどの事もなく、
不自由の無い暮らしをしていた。
厚いコートとさよならしたのは一昨日のこと。
薄いジャケットを羽織り
風を追いかけ、辿り着いたところが此処だった。
つくしが背伸びをしながら
明るい歌をハミングしている。
小さな名も知らぬ花が、
起きたてのまぬけ顔でぬくぬくと咲いている。
空が雲を連れて溶け込んだせいで
野原との境界がなくなった。
そこは薄乳色の空間になっていた。
幻想と甘美の香りに抱かれて
思考回路の時計が狂いかけていた。
・・・ボクはこの光景を何度みたことだろう。
春はいつだってこうやってボクを
ミルクプリンにしてしまう・・・
とても心地よい調べの中に佇む。
だけど今日は不思議なことに
ここに留まることをもうひとりのボクが嫌がっていた。