小説 内なる戦い、外なる戦い
第一章 「宮使いも法華経と思しけれ その一」
土門涼子は嬉しそうに、そして少し照れながら自分の鼓笛隊歴12年を語った。それは大きな自信に満ちていて、細身の身体の奥にあるコア(核)自信が語っているようだった。
人は本気で戦ってこそ、戦った分、その人の礎(いしづえ)、コアになる。”平和の天子” いや、”仏の軍勢”か。
角川光太郎はふっとそんな仏法用語を思い出した。鼓笛隊は軍楽隊から由来するもので戦意高揚が本来の目的である。しかし、涼子が語るように”平和の天子”それも戦う平和の天子イメージだった。
角川も礎には自信があった。角川は土門がマネージャーを務めた大学のフットボール選手だった。
角川は熱い情熱と明晰な頭脳から、その恵まれた体格もあいまって選手としてはOB会長から”岡大ライン史上ピカイチの存在”と称され、四年時には主将を務め最後の試合でOBの長谷川から全員の前で
「春に児玉が死んでがたがたになったのに、秋には甲南戦で劇的な逆転再試合などを見せてくれ、入れ替え戦トーナメント出場までやってくれた、最高のチームだった。角川は最高のキャプテンだった」と涙交じりで言われた事をずっと誇りに思ってきた。
角川も土門と同様に学会二世だった。しかし、中学校ぐらいから信心に疑問を持ち、不良グループに入っていた高校時代、そしてフットボール漬けの学生時代は学会から逃げていた。ただ、不良グループから抜ける事ができたのも正義に生きなければならないという仏法の教えが体のコアにあったからであるし、壁にぶつかった二回の受験時など題目をあげれば乗り切れるという母の言葉を疑いながらも実践した。もちろん、半分は母の熱意に負けたとも言える。角川は鉄の意思を持つ反面、そういう熱意にも弱かった。
角川は”宮使いも法華経”と言う御書が好きだった。どうも学会活動が好きでなかったため”他のことだって懸命にやれば法華経だ”と考えていた。大学時代も座談会は結構出たが、学生部の活動者会には一、二回しかでなかった。
「いや練習があります。ミーティングがあります。」と言い訳をした。”信心は自分でするもの”と考え、たまにしかしない勤行も家族とは別にするのが好きだった。
こんなこともあった、四年生の春だった。練習が終わり帰宅すると、何時も来る学生部の角川担当が玄関前で待っていた。
「またか」と思う反面、角川はその熱心さと純粋な目に敬意を持っていた。
「練習帰りですか、ご苦労様」同じ四年生だと思うが、丁寧なものいいである。
「はい、今帰るところです。ご苦労様。」破天荒で剛毅な性格の角川も彼の前では恐縮していた。
「今から部活に行きましょう」
”今から?”やられた。断る理由がない。今度あるという誘いなら予定がなくても作ることができるが。
たった今から予定を作ることはさすがに信義にもとる。”仕方がない今日は負けた行くか。”と角川は脱帽し、
「すぐ後から行きます。」
「いや一緒に行きます」角川はなぜか担当のこのまじめさが可笑しくなって
「練習が済んでなにも食っていない。どんぶり飯を一杯だけ食べさせてくれ、五分で済むから、行くと言った以上絶対に行く」少しぞんざいな言葉を使った。今度は相手が恐縮していた。
角川は約束どおり、いや正確には飯をどんぶり飯で二杯食べた、いや呑んだ。
会場についてみると新入生が自己紹介をやっていた。何人目かの番だった。細身だが長身の新入生が立ち上がった。角川はどこかで彼を見たような気がした。ただ角川は人の顔を覚えるのが苦手だったのでだれか直ぐにはわからなかった。
「自分は壱岐の島から来ました」ひときわ元気があった。
途端、角川はハットした。”あ!壱岐の島”それでも名前は出てこなかった。角川には地名を人名代りにする癖があった。
角川は咄嗟に思いをめぐらせた。フットボール部には自分以外一人の学会員もいないし過去も居なかったことを、もし居れば自分の支部が岡大の下宿街にあることや少なくともその隣接支部の情報は自分がフットボールをやっていることを知っている担当者や部長が見逃すわけがなく角川に伝えるはずだからだ。
角川は嬉しくなった。四年目にして初めて学会員の同僚ができると、しかしそれも一瞬だった。
「私はアメフトに熱心に勧誘され入部しましたが、練習が厳しく、学生部との活動との両立は、支障が出ます、だから、ここにアメフトをやめることを決意しました。」途端、会場から拍手が起こった。
「いやよく決意した。」と声をあげている者も居た。見ると角川の事をよく知っている部長や担当者まで拍手をしている。さすがに角川は困惑した。”フットボールをやって悪いのか。”と再び会場で一人になっている自分を見つめた。
その後、皮肉にも角川が皆なに紹介された。
「ぼくは今日うれしいんです。角川さんが一年通った末初めて来てくれました。角川さん一言お願いします。」
”いい気なものだ”と思ったがここは落ち着こうと冷静に何か無難な事を言った。
帰り際に”壱岐の島”が寄ってきた
「そうゆう事ですから、お世話になりました。角川さんも部活をやった方がよいですよ。」部活とはもちろん学生部の活動の事である。
「ああ、フットボール部の部活をな」と角川は切り返した。
ただこれだけ堂々と自分にモノが言える新入生を頼もしく思った。
同時に”信心している奴はやはり強いな。”と。
「やるからには真剣にやれよ」とのセリフを残し会場を後にした。
その後、彼は四年間学生部で戦いきり幹部にもなった。現在の彼を見てみたいものである。
翌日、壱岐の島が学会のため退部したことが話題になっていた。
「学会は部活動を禁している」
「学会なんかよく入るな」
「新興宗教に騙されるな」という心無い者もあった。
角川は言った。
「壱岐の島の事は直接本人から聞いた。学会が禁止しているんじゃねぇ、本人が自分の判断で決めた事じゃ」
彼は学会について誤解をあたえないよう精一杯のつもりだった。この限りでは彼は学会員の自覚がある。しかし、決して自分が学会員であることや学会について弁舌しようとは思わなかった。彼が学会員だと知っているのは四年生のほんの数人だけだった。この件に限っていえば彼は孤独だった。
彼自身も昨日のことで考えさせられた。”宮使いではだめなのか、そんな馬鹿な。”と
涼子もこの退部劇を聞いて自分なりに考えていた。鼓笛隊、学生部、マネージャー、講義と目がまわっていた。さらに涼子はマネージャーだけでは飽き足らず。自ら選手になりたいと思うようになっていた。フットボールの激しい練習、勝利への執念、チームの一体感、それを肌で感じていた。”自分もやってみたい。”もちろん女性の涼子はフットボールをする事はできない。だから、自分もできるバレーボールをしたい。でも鼓笛隊をやめることも悲しい、フットボールのマネージャーも続けたい。彼女には旺盛な好奇心と鼓笛隊で鍛えた根性があった。
しかし、彼女は学会員であることを回りに言っておらず誰にも相談できなかった。
角川は述懐した。”あのころ学会員と知っていれば互いに相談できたのにな。”と。
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第一章 宮使いも法華経と思しけれ その一 終