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第五章 同苦 そして 「Captain is last」
涼子は女酒豪らしく一気にビールを飲み干した。彼女は酒量と共に元気が出る。
「じゃあ、今度は私が質問する。例えば、森中君が頑張って造ったおいしいお酒もまずいお酒も飲む人の境涯で美酒にも悪酒にもなるなら、誰もおいしい酒を作らないわ。お酒を飲む人が苦しまないでも、おいしいお酒をを楽しめるんこともあるんじゃないのかな。?」
「好い質問!」
「涼子がマネージャーをやっていても試合や練習を楽しめるのと同じ!」
「そうか、人の苦しみ、苦労を自分の苦しみとして感じている。だから、楽しい」
「そう、同苦 そして,同楽」
「お酒も同じね、森中君の苦労を自分の苦労と感じる。だからおいしいと」
「料理もスポーツ観戦もみんな同じ、でもね同苦を感じるには一つ条件があると思う。なんだと思う?」
「わかった、自分もたとえ違う体験でもよいから苦労したこと、なにも苦労した経験のない人はすぐ努力する人を冷笑するね。」
「そう、得にアマチュアスポーツなどは金にもならないのによくやるなと、冷ややかな視線を送る人が多い。一度でもいい、なんでもいい、本気で戦ってみる。これがその後の人生の糧になる。食べ物でも作った人の苦労を考えるようになる」
「これは世界平和にもつながるね、結局他人の苦労がわかるということだもの」
「さすが,平和の天子!でもね,俺も昔はわからなかった。マネージャーを続ける楽しみが、俺には絶対できないと思っていた。実際,マネージャーを四年間やった部員は滅多にいない。なかなか同苦同楽ができないからだろう。涼子はに鼓笛隊の苦しい練習があったからできたのだと今思う。
ただ、それまで苦しい経験がなくとも真剣にその他人になりかかわることができれば同苦したことになるとは思うが、ただしこの真剣というところが難しい。」
「そういえば、涼子は二年の途中からバレーボール部に入ったよね。あのとき
兼部を認めるかどうか幹部でミーティングがあった。
俺がキャプテンになったときから兼部は禁止にしていた。選手と同じと考えていたからね。だから、涼子もやめてもらうのが筋だった。
でも、俺が言い出した気がするんだが、バレーは同好会ではない。本気で練習している。遊んでいるわけではない。だめなのは文化部と同好会で体育会は苦しい練習をするからいいんだ。という新たなルールを作って兼部を認めたんだ。
まあ、無茶な理屈だが、みな納得したんだ。要するにバレーで苦しい思いをするなら俺達と同じだということだった。これも一種の同苦かな。」
まあ。本音は涼子のビデオが上手いのと、あの熱狂する声を失いたくなかったことかな。涼子のビデオは好評だった。みんな感心していたよ。選手よりルールをよく知っているって、頑張ったものね」
「そうよ、マネージャー自身だって頑張れるところはいくらでもあるのよ。マネージャーにも苦しみは有るのよ」といって涼子は角川の顔を見た。
「悪い。そうだな,なんでも真剣にやれば苦しい、大切なのは自分に厳しくなれるかだ。」
角川はここ数年、自分に厳しくなることはもちろんだが「利他」ということを意識し始めていた。王監督とセネタの日米ホームラン王対談でも、二人はこの点で一致していた。自分のために頑張るのは限界があると、その先は自分のホームランを見て喜んでくれるファンのために頑張ったと。こうしないと結局自分も成長しないと。
このこと御書に照らせば「一身の安堵を祈らばまず四表の静謐を祈らんものか」(立正安国論)の御文に一致する。さすが世界の王である。
実は角川はこのことで昔から考えていた。自分は確かにフットボールでも仕事でも頑張れる。しかし、自分のためという殻から抜けていないのではないか。
もちろん、必死に努力する姿を周りが見れば感動を与えることはできる。しかし、
それは結果論であって、まず「四表」から祈っている訳ではない。
この点折伏は最も「四表」をまず祈る行為といえる。角川は結婚相手を折伏したが、自分が大変な感動を得たことを思い出した。「一身の安堵」につながったのである。しかし、仏法対話を友達にすることはなかなかできない。ただ仏法から派生する人生論を友達に語ることはするが・・・・
「これからは自己満足ではなく、所願満足の人生を生きてください」これは陸蔵が真実入信したとき故山田参議から指導を受けたときの言葉だ。「所願」自分よりまず「他」ということである。これを父から聞いた角川は頭を打たれたのだった。
「Captain is last 」角川の好きな言葉のひとつである。船が沈没するとき、船長は船員の安全を確かめて、最後に退艦する。
一往の意味は、責任者は責任を放棄するなという意味である。しかし,再往の意味は、船長の心意気で生きよう。自分を捨て、まず人のこと、利他の精神で。という意味だ。
角川はこの言葉に含まれるヒーロイズムも好きだった。英雄願望とでもいおうか。
実際角川はいざというときは「Captain is last 」で行動しようと思っていた。
「Captain is last 」が現実になる事件が起きたのである。
平成六年の秋だった。角川は仕事を終え、松山から最終電車に乗っていた。疲れからうたた寝をしていた。
「エーガナーちゃん。付きおうてくれや。ええケツしとるがな。」
「許してください。助けてぇー!」
若い一人の女性が、言葉からして高松のやくざ二人に絡まれている。しかも彼女のほおやお尻など身体にも触わりはじめている。
角川は彼女の声で目が覚めた。この車両にはこの四人しかいない。彼は「Captain is last 」の言葉を思い出した。しかし、どう見てもプロのやくざである。でもこのままではあの女性が危ない。勇気を振り絞った。それと、自分の決めたポリシーを守りたかった。
「やめえ!、いやがっとるやないか!」車両中に響く声だった。
やくざはビックリした様子だった。兄貴分が角川に急行した。
「おい、わしら組もんやど! ただで済むとおもうとんか」
「やかましいわ、彼女を放したれ」
兄貴分が角川の胸倉を掴んだ。角川はその手をねじ上げてやった。
「兄貴になにすんねんな」弟分が飛んできた。
「今だ逃げろ!」若い女性はすっ飛んでいった。
弟分が追いかけようとしたが
「ほっとけ!こいつが先じゃ」やくざ相手に格好つけてしまった。やくざは素人に面子をつぶされた。ただで済む訳がない。
角川はやくざから電話で脅かされたり、強請られたことはあったが、すべて一蹴していた。しかし、やくざと面と向かって、実際事を構えたのこれが初めてであった。どうすべきか彼は考えた。
幸い体格は二人とも小柄である合わせて一二〇キロぐらいである。さらにスピード、パワーとも当時フットボール選手の角川にはひよこに見えた。角川はこの点幸運だった。
しかし、やくざに怪我をさせたら後が面倒だ。彼は刃物が出ない限り怪我をさせないことにした。刃物が出たらどうするか、これも考えた。相手の右に回りこみナイフの持っている腕の間接をきめ場合によってはへし折る。残り一人ならこのスピードならどうでもできると。不思議に冷静だった。
弟分が角川の腹を殴ってきた。兄貴分は角川の胸倉を掴んでは腕を捻られた。彼は腹筋に力をいれた。腰が入っていないので何も痛くない。ただ、二人は必用だった。素人に馬鹿にされたので面子がかかっていた。
「きかんのか?」
「腎臓いけ腎臓!」
後ろから腎臓を殴る気だ。角川は彼が後ろに来た瞬間右足で相手の足を払った。弟分はひっクリがえった。
兄貴分が角川の顔にビンタをしようとした。角川はその手を掴み指を捻った。
「指が折れた、どないしてくれんじゃ 治療代よこせ!」
「どこがおれとんじゃ」といってもう一度腕を捻ってやった。
角川はいい加減だるくなってきた。そこで、次の停車駅で二人をふっとばし電車を降りた。しかし、二人は非常停止ボタンを押して電車を止めたようだ。タクシーが出ようとする前に立ちはだかった。
「ややこしいことは困るんですよ,降りてください。」世間は冷たい。みな関わりを避ける。
「やくざに恥じをかかしてただで済むか!誠意を示せ!」
「誠意?おまえら恐喝する気か!」
またにらみ合いが始まった。きりがない。結局パトカーが三台駅に到着した。
「おまわりさん、ご苦労様です、こいつが暴力を振るうんです」と兄貴分がいう。
角川はやくざの汚さをしみじみ感じたのだ。
「Captain is last 」は楽ではない。
涼子はアヘン窟に続き角川の体験に驚いていた。
「光ちゃんは怖くなっかたの?」
「ナイフのことが気になっていた。でも、刺しても足とか腕だろうとは思っていた。あいつらは割に合わないことはしない。結局は金なんだ」
「なんで、ナイフの右なの?」
「これは戦記物に必ず書いてある。敵の右翼を攻めよと。右利きが多いからだ。自分の右外に向かっては相手の動きに対処できにくい。これはピストルでも槍でも同じだ。自分で想像してみたらわかる。もしピストルを向けられたら相手の右方向に向かて回転しながら逃げる。そう簡単には当たらないといわれているよ。」
緊急回避マニュアルを用意しとかなければいざ有事のときに対処できない。
「Captain is last」も実践できない。
「涼子も、もしナイフやピストルに襲われてどうしようもなかったら、相手の右からとうざかるように逃げるんだ。決して相手からまっすぐ逃げてはいけないよ。」
「Captain is last」の実践の他のマニュアルは?」
「心臓マッサージと人工呼吸」
「ひょっとしてそれも実践済み?」
「ああ、一回だけな、その人は蘇生した。その人とは俺の父だ。」
平成元年の冬、スタンディングベア-ズ誕生の頃だった。
陸蔵は死病と戦っていた。入退院を繰り返していた。このときは自宅にいた。
真夜中だった。首をさすっていた彼が急に痛みから卒倒したのである。
「光ちゃぁんー!来てぇー」母の必死の大音声だった。
角川は二階から転げる様に飛んできた。
「おやじぃー」泡を吹いていた。目は白目をむいている。身体が硬直している。
「救急車!」母に怒鳴った。しかし、母は動転してただ題目を大声で上げるだけだった。何も角川の声は聞こえない。
彼は何とか冷静を取り戻そうと心の中で唱題した。
「心臓!心臓!」彼は胸に手をやった。反応がない。耳をあてた。母の題目で聞こえにくい。冷静に聞こうとした。
慄然とした。止まっている。身体の硬直がさらに激しい。
「心臓マッサージしかない。」彼は両手を心臓に思いきり押しあてた。一応知識としては持っていたが、練習すらしたことがない。ましてや相手は実父である。
「死ぬなよ!」涙が止まらない。すでに心臓は停止して一分は経っている。
「勝負だ」
「頑張れ」自分に言い聞かした。テレビで見たマッサージを思い浮かべ必死にやった。
同時に「救急車を呼んでくれ」と叫んだ。なお母は動転していたが今度は受話器をもってきた。
手が離せない。彼は天を仰いだ。!
「いち!、いち!、きゅう!と押してくれ!頼む!」母はまるで夢遊病のようにダイヤルした。しかし、しゃべれる状態ではない。
「ワシの口に受話器をあててくれ、こちら津島南・・・・」角川も興奮していたので何度か言いなおしたが通じた。マッサージは開始後三十秒経過したが反応はない。彼はハットとした。本か何かのマウスツウマウスの図解が浮かんだ。
「気道を確保しないと!」泡で気道が塞がっている可能性がある。母はあてにできない。仕方なく右手一本で心臓マッサージを行い、左手で後頭部に座布団を入れ、口を開けた。近くに座布団があってよかった。中に吐者物が詰まっていた。指で掻き出した。そしてマウスツウマウスで息を送った。右手は心臓マッサージをしながらである。体重が掛けられないので右腕に渾身の力をこめた。長い時間が経過したように思った。でも最初から三分と経っていない。
「イタ、イタい。やめてくれ!」どこかで聞いたことのある声が聞こえた。父の声だ!
蘇生したのだ。!
右手一本でもマッサージはできていたのだ。!
後で病院に運ばれレントゲンを撮った。、あばらが二本折れていた。刺激としては十分過ぎたのだろう。この体験は父にとって最大の自慢話になった。
「息子はワシを蘇生させてくれたんや」となくなるまでの四ヶ月間、見舞客に言いつづけたのである。
涼子は目を真っ赤にして聞いていた。
「光ちゃんって、人間味があるんだね」
「ありがとう。父はこのあと、最後の試合をする。死魔との、しかも壮絶な。俺が助けなければ楽だったかもしれないが。……
しかし、最後の試合の機会があって、本当に良かったと思っている。」
陸蔵は蘇生後再び入院した。そこで、懸命に最後の試合をした。
弟の浩は大の学会嫌いだった。陸蔵が信心をはじめても
「ついに,女房に屈したか」とうそぶいていた。
陸蔵は懸命に浩に仏法を説いた。この二人、年子でもある。なにより共にサッカーキチガイという点で共通していた。
彼はスポーツ記者の道を選んだ。このとき、彼はスポ-ツ新聞社をやめ、フリーのサッカージャーナリストであった。
陸蔵はこのとき必死だった。なんとか弟に仏法を伝えたい。角川は二人が話しを始めると席を立った。兄弟の真剣勝負のために。
浩はうなずいていた。しかし,本心はどうなのか、この答えは後になってわかることになる……。
陸蔵は懸命に唱題をし,新聞を読み、御書を読んだ。そして、角川に語ってくれた。
「付き添いご苦労さん。悪いな」死魔のことなど気にも止めない口ぶりだった。
しかし、死魔は容赦なかった。やがて、喉が悪化し、口が利けなくなった。しかも、喉に穴をあけてタンを取らなければならなくなった。それでもなお、彼はくじけなかった。再び、訪れた浩に筆談で仏法を語ったのである。はたから見ればなんとも痛々しい光景だったろう。しかし、陸蔵は口が利けなくともなお意気盛んだった。相変わらず新聞、御書を読み、心の中で懸命に唱題していた。角川にもメモを書いた。
「信心して本当に良かった」
「お母さんに感謝」
しかし、死魔はなお猛威を振るった。目もほとんど見えなくなった。角川は新聞を声を出して読んだ。うなずく陸蔵。
そして、なお、メモを書いた。目が見えないのに。
角川は一字書くごとにその字を耳元で確認した。身体も衰弱してきて手の力も弱くなり、こうしないと判別できないからである。
陸蔵は角川の愛情に感謝してくれた。そして、昏睡状態になる直前に
「なお、希望を持って生きる。」のメモを最後に、二度と書くことはなかったのである。
そして、青年に全てを託した日、3月16日に陸蔵の生命は再び宇宙のなかに帰っていった。
「ワシはもっと、はよう信心すべきやった。」と語っていた彼の願いなのか、青年として生まれ変わりたかったのかもしれない。
サッカー全日本代表,特攻隊、名物社長と派手な彼にふさわしい命日となった。
角川は臨終の瞬間、病室の床に土下座をした。
「今日まで育てていただき有難うございます。人生を教えていただきました。」
と、床で号泣し始めた。泣き方が余りにすごかったのか,担当医と看護婦まで一緒に泣いた。この担当医、川崎医科大のサッカー部出身で,陸蔵がコーチをしていたときの選手でもあった。なんとも不思議な因縁である。
「角川さんの生命力はすごかったです。普通はモルヒネがないと絶えられないのですが、角川さんは絶えてしまいました。見事でした。」
葬式は翌日だった。浩が段取りをしていたが,学会方式に何の異論も唱えなかった。海軍14期会の同士によって同期の桜が歌われたあとだった。浩の答辞だった。
「…信仰と家族に支えられた最後のシュートは、ナイスシュートでした。」彼はついに陸蔵の信心を認めたのである。彼は七七歳の今もサッカージャーナリストとして活躍している。
「俺は学会の理解者や」と、サッカー関係者に語っているという。陸蔵の勝利であった。
「俺が父を救って一番良かったと思ったのは、おじのこの言葉があったからだ。本当に父はすごい試合をしたよ。痛みでどんなに苦しくても負けなかった。」
涼子はことばがなかった。ただ、うつむいていた。
「そうだ、この葬式で、ものすごく感動したことがあった。」
出棺のときだった。角川は父の写真を抱いて家の外に出た。背広のきつそうな男達が大勢いた。
セリオのメンバーだった。チームに、この葬式について、知らせていないにもかかわらず。
橘高、小田、古城、山根、河合、中野、神藪、後籐、橋本、吉田……異例だった。後にも先にもメンバーの身内の葬式に、こんなに大勢が参加することなどなかった。
角川は気が付いた。セリオのメンバーは、角川が父の重病にもかかわらず、あの代表更迭劇に一人起ち、自らシナリオを書き、新生セリオの結成の中心者であったことへの感謝のため、父の葬儀に参列してくれたことに。後藤と中野が仕事の関係から、今日のことを聞きつけ、手配してくれた。さらに、これを聞いた河合が岡大OBである井上、谷本、岩谷、そして槙本にも声を掛けてくれたのだ。
角川は皆の心意気が嬉しく深ぶかと礼をした。
「頑張れよ!」
「しっかりせい!」
「気を落とすな!」葬儀には似合わない、試合のときのような激励が次々と飛んだ。角川は涙で顔を濡らしていた。嬉し涙だった。
もちろん、このような、いきさつについて男達は何も語らない。でも,互いに分かりあっているのである。
「いいな、男同士って」涼子はうらやましそうにいった。
「あの事件の頃だったの、私がセリオのマネージャーになる前のことだけど、みんながよく話している事件だから知っている。」
「詳しくはヤブのサイトに連載しているからそっちで見てほしい。ただ、この事件で俺がパワーを出せたのは父のことで必死に題目が上がっていたからだと思う。だから,完全勝利ができたんだ。」
「じゃあ,児玉君のときと同じ、利他の祈りはすごい力が出るんだぁ。智恵も出る。勇気も出る。行動もできる。すごい!」
「まさに、「Captain is last」、「一身の安堵を祈らば、まず四表の静謐を祈らんものか」ね。」
彼は他人のためのこれほど祈ったことは、児玉と父の事件以外になかったのだ。もちろん、本当は世界平和や他の学会員
のことも真剣に祈らなければならないのだが………もし,真剣に祈れたならば自分にも帰ってくるのに・・……。
「この方程式に今回初めて気づいた。今まで過去をこんなにまじめに,、客観的に振り返ったことなどなかった。過去は振り返らない主義だったから。」
この点、彼は宮本武蔵の「我、事において後悔せず。」という言葉を上っ面しか理解していなかった。この真意は後悔しないよう万全を期すという意味であり、決して反省しないという意味ではない。このこと、「宮本武蔵」(吉川英志作)を全巻読んで考えを改めていた。
「聞いてくれる人がいなければ語れない。この点、涼子は俺の人生の基礎であるフットボールを大学、セリオと見てきた。しかも、フットボール仲間で唯一の学会員だ。 でもまだ不十分だ。さらに、涼子が先に、涼子の過去のこと、鼓笛隊や、恋愛や,信心について語ってくれた。そして,俺にとっても、今は人生の転換期でもある。だから,俺も自分を見つめなおそうと思ったんだ。
不思議だな、プライバシーも何もない。洗いざらいしゃべっている。家族のことまで。安心感と信頼があるからなんだろう。
それと、光ちゃんみたいな人を紹介してっていうから。だから,俺を紹介しようとした…。
ともかく、涼子に感謝しないといけないな。」と苦笑いしながらいった。
「私だって、児玉君の話なんか感動して涙が止まらなかったもの、私もあのときを振り返ることができた。それに,聞いていて震える感動もあったよ、こちらこそありがとう」
「そう言ってくれると、話した甲斐があるな、しかし、調子に乗ってしぇべっていると自慢話になってしまう。」
「そう,八風に犯される。傲慢になり、自分が偉くなった気分になり、人を軽んじてしまう。」
「光ちゃん、昔から調子にのりやすいところがあるからね。人間味があるともいえるけど……」
「うん、なぐさめの言葉に感謝するよ。俺はおだてに乗りやすく、すぐ天狗になってしまう。わかっているつもりだが、いざというとき忘れている。仕事やフットボールでもこれで失敗したことが何度もある。肝に銘じないと。…」
「ほら、古城がよくいっている「僕は角川さんのいるチームではフットボールはしません」という、藤野と那須の発言があるだろう。」
「うん、よく知っている。」
「この言葉をを最初に聞いたとき、そばにいた神藪や河合は、俺をかばってくれたけど、俺は正直ショックだった。こんなことをわざわざ言わなくたって断る理由はいくらでもあるのに、敢えて言った。俺との絶縁も覚悟して。よっぽど,俺のやり方が気に入らなかったとしか考えられない。
でも、このことがあったから、俺はセリオの騒動の後、敢えて代表や監督にならなかったんだ。この頃,俺は自分がよく見えていた。俺は傲慢になりやすい。セリオの騒動でも、結局俺が火をつけ、シナリオを書いた。だから,天狗になると思った。そうすると,人を傷つけてしまうと……。
大学のときは自分を基準にものを考えていた。自分で言うのも照れくさいが、自分に自信を持っていた。俺は出来るんだとね。だから、たぶん傲慢になって、後輩を傷つけることをしてしまったのだろう。自分でも気づかないうちに。気づかないから余計に始末が悪い。反省できないからね。
だから,藤野と那須のこの発言には感謝しなければならないよ。多分忘れないだろうからね。もちろん、それを度々言う古城にもね。
しかし、こうして意識していてもまたやってしまう。きっと宿業なんだろう。」
「宿業だって,人間革命すれば乗りきれるよ」
「そうだな,失敗を糧にしてな。」
この点に関し、歴史上の面白いエピソードがある。
戦国時代、武田信玄が上洛の大兵を上げ、徳川家康の本拠地、浜松城の前をあざ笑うかのように素通りした。
このとき、若き家康は憤慨し,城から打って出た。重臣や織田信長の使者の静止も聞かずに。結果は大惨敗を喫し、何人もの重臣を失った。家康は命からがら,城に戻るのだが不覚にも馬上でクソを漏らし、袴や鎧に飛び散ったという。
このとき,家康はこの惨めなおのれの姿をそのまま絵師に描かしている。そして,生涯この絵をそばに置いたという。その結果彼は天下人となった。この絵は現在も残っているが、本当にクソが描かれている。
自らの失敗を糧にした、よい例といえるだろう。
「まさに難を難として乗りきった。そういうことね。難をエネルギーに代える。これが勝利の方程式。」
「もちろん、だからといって成功体験を語って悪いということではない。語ることによって、聞き手に感動を与え、聞き手も歴史的事実として学ぶ。もちろん、語る本人にとっても。」
「え、歴史的事実?どう言う意味?」
「俺は十九世紀のドイツの鉄血宰相、ビスマルクの「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という金言が好きだ。
この金言の一往の意味は、賢者は自己のみならず、他人の体験すなわち歴史においても学ぶ、という意味だが,再往の意味として、賢者は他人の歴史的事実のみならず自己の体験をも歴史的事実として学ぶ。という意味ではないかと、今回の自己回帰によって、俺自信の解釈をしてみた。
この歴史的事実というのは、客観的事実ということだ。ここがポイント、自己の体験はともすれば都合のよいように理解される。例えば,スポーツで何か失敗しても、自分のことは棚に上げて、他人のせいにしたり、運が悪かったことにしてしまう。そうではなく、冷静かつ客観的に歴史的事実として考えるべきだと思う。」
「じゃぁ、さっきしたクソの絵の話なんかまさに歴史的事実。客観そのものだもの。」
「あと,他人に語ることも客観化のよい方法だ。人に話すなら嘘はつきにくいし、嘘だとつじつまが合わなくなるから。そして,嘘なら人は感動しないよ。なんとなくわかるものだ。」
語ることは難しい。ともすればただの自慢話になってしまう。人の生命は絶えず流転する。仏界だと思ったら修羅界になったり、まさに十界互具である。絶えず真剣勝負の気持ちが大切である。
「同苦、「Captain is last」からすこし離れたみたいだ。ここで、休憩にしよう。」
小説 内なる戦い 外なる戦い
第五章 同苦 そして 「Captain is last」